【アブノーマル・ヒーロー】


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 高等部に進学してしばらくたったある日、山中《やまなか》ぴぃ子は恋に落ちた。
 きっかけは些細なことだった。その日ぴぃ子は朝寝坊をし、学校に遅刻しそうになっていた。急いだ彼女はパンを咥えながら通学路を駆け抜ける。しかし慌てたのが災いし、道の角を曲がると、大きなトラックがぴぃ子のほうへと突っ込んできたのだ。
 道を走っていて角で男の子とぶつかり、そこから恋に落ちるというのはよくあることだが、トラックにぶつかったらただでは済まない。
(あっ、死んじゃう)
 その一瞬でぴぃ子は死を悟る。これまでの十五年間の人生が頭の中で映像として流れこんできた。とくに語ることもないような、絵に描いたように平凡な人生だった。彼女にとって人生最大のイベントはせいぜい先週のラーメン屋での大食い大会で優勝したことだろう。
(死ぬ前にもう一度ファミレスのチョコパフェ食べたかったなぁ。それと田中さんのところのおいしいパンも。ダイエットしてたせいで最近大車輪のチャーハン食べてなかったし……)
 トラックがぴぃ子に激突する寸前、ぴぃ子はそんな後悔をしながら目を閉じた。しかし突然彼女の体から、ふわり、と重力が消える。自分は死んで魂だけの存在になってしまったのだろうか。いや、そうじゃない。何かが自分の体を包み、風が自分にぶつかってくるのをぴぃ子は感じた。
「え?」
 勇気を出して目を開けると、「バカヤロー! あぶねえじゃねえか!」と運転手が怒鳴り、トラックが遠ざかっていくのが見える。
 目の前に広がる光景も、三途の川やお花畑なんかではなく、見慣れたいつもの通学路であった。
(わたし、生きてるの? どうして? 突然スーパーパワーに目覚めたのかな。それとも)
 ぴぃ子は自分の足を見て幽霊ではないと確認する。なんだかわからないが助かったようだ。
「大丈夫かいキミ。駄目だよ、そこは死角になってるからちゃんと車に気をつけないと」
 頭上からそんな声が聞こえた。視線を上に向けると、そのすぐ近くに男の子の顔があった。
 その少年の顔を見て、ぴぃ子は思わず目をぱちくりさせる。
 女の子よりも綺麗に整っている顔。栗色の長髪に、長い睫毛に宝石みたいな青い瞳。背が高く、モデルのようにすらっとしている。その少年はまるで絵本から飛び出してきた王子様のようであった。
 学園指定のブレザーを着ていることから、同じ双葉学園の生徒だということがわかる。それに彼のネクタイの色は二年のものであった。ぴぃ子の一個上の先輩ということになるのだろう。
 ぴぃ子はその美しい男子生徒にお姫様抱っこされていたのだ。ぎゅっと肩を抱かれ、ゆっくりとその少年にぴぃ子は地面に下ろされた。
「大丈夫? どこも痛くないかい」
 甘い美声で優しくそう尋ねられ、ぴぃ子は顔を真っ赤にし、ドギマギしながらしどろもどろになりながらもなんとか答えた。
「え、あの、はい……大丈夫です……」
「そっか。よかったよ。女の子の体に傷がついちゃったら大変だからね」
 その時ようやくぴぃ子は彼が自分を救ってくれたのだと気がついた。トラックにぶつかる寸前、その少年はぴぃ子を抱き上げてトラックを避けたのだ。
「それじゃあ僕は日直だから先を急ぐからね。きみも遅刻しないように、でも気を付けて登校するんだよ」
「え、はい」
 ちゃんとしたお礼を言うその前に、少年は名前も名乗ることすらせずにその場から立ち去ってしまった。
 残されたぴぃ子は茫然と立ち尽くす。
 彼女の小さな胸を、心臓がまるで鐘のように激しく打ち鳴らしていた。そのドキドキはいつまでたっても消えない。しかし、それはトラックと事故を起こしそうになったことに対する恐怖ではない。
 この感情は、この感情はなんなのだろうか。心地の良い胸の高鳴り。そして彼の顔を思い出すとギュウっと胸が締め付けられるような気がした。
(なんだろう、この気持ち……)
 初めて覚えるこの感情に、ぴぃ子は戸惑いを覚えながらも、嬉しい気持ちで胸がいっぱいになっていた。





「それはね、ぴぃ子。恋よ」
 女の子同士が抱き合っている絵が描かれている漫画本を開きながら、ぴぃ子の親友である平沢《ひらさわ》静香《しずか》はそう言った。
「恋? これって恋なのかなしーちゃん。なんだか食欲もいつもよりないの」
 ぴぃ子はきょとんとした表情でテーブルの上に置かれている味噌ラーメンとハンバーグとカレーライスと天丼に箸をつけ始めていた。小柄で細身のぴぃ子の身体のどこにこれだけの食べ物が入るのかは誰も知らない。それを静香は呆れたように見ていた。
 昼休み、ぴぃ子と静香の二人はいつも通りに学生たちで賑わう学食のテラスで昼食をしながら雑談に興じていた。そうして今朝の出来事をぴぃ子は静香に話したのであった。
「そうよ、恋。ラブね、ラブ! ようやくぴぃ子にも春が訪れたのねー」
 静香はずれ落ちるメガネを押さえながら、感慨深そうにそう言った。
 しかしぴぃ子には言葉で「恋」と言われてもあまりピンと来ない。テレビの中にいたヒーローを好きになったことはあるが、男の子を異性として好きになったことはこれまでには無かった。
「これが恋なのかなぁ。なんだか苦しいよ」
「いいのよそれで。それが健全な女子高生の証拠なの。それでぴぃ子。あんたの白馬の王子様はいったい誰なの?」
「それがね、しーちゃん。彼の名前はわからないの」
「聞かなかったの? バカな子ね。あたしだったら即メルアド交換にまで持って行くわよ。まあ男になんかに興味はないけど」
「仕方ないよぉ。ぼーっとしてたらもういなくなっちゃってたんだもーん」
 ぴぃ子はそんなふうに拗ねながらジュースをストローでじゅるじゅると飲んだ。静香はそんなぴぃ子を愛おしそうに眺めている。
「どうしたのしーちゃん。わたしの顔に何か付いてる?」
「なんでもないわよ。それより、その男の子の見た目は? もしかしたら私の知ってる奴かもしれないわ」
「えっとね、えっとね。こう、パーっとしてて、ふわりとしててスラーっとしてる人だったの!」
「抽象的すぎてわかんないわよ!」
 やれやれと静香はため息をついた。ぴぃ子は必死に彼の姿を思い出し、なんとか彼女に伝える。
「そうだ、その人は二年生だったよ。先輩だったの。綺麗な顔でそれに長い髪で、こう、本当に『王子様』って感じの人だったの!」
「長髪に王子様風のイケメンねぇ……」
 静香はアゴに手を置きながら考え、何かに思い至ったかのようにはっと顔を上げる。
「まさか、“あの人”じゃないでしょうね。もしも“あの人”ならやめときなさいぴぃ子」
「え? なに? 誰なのしーちゃん」
「“あの人”はね……」
 静香が歯切れ悪そうにしていると、突然周りがざわざわと騒がしくなった。なんだろうかとぴぃ子はその騒ぎのほうへと目を向ける。
 その騒ぎの中心には彼がいた。
 ぴぃ子の心を一瞬にして奪った王子様の姿が、そこにはあった。
「きゃあ、誰あのかっこいい人!」
「きれー! あしながーい!」
 ぴぃ子と同じ一年生の女子たちははそんなふうに黄色い声を上げている。しかし、不思議なことに彼と同じ二年生の人たちはうんざりしたような顔で彼に視線を送っている。
「ねえしーちゃん! あの人だよ、あの人!」
 一気にテンションの上がったぴぃ子は静香にそう言うが、静香はほかの二年生と同じような顔をしていて、深い溜息をつきながら頭を抱えていた。
「いやな予感が当たっちゃったよ……」
「どうしたのしーちゃん?」
「あの人は二年生の王城院《おうじょういん》英知《えいち》って言ってね……」
 静香がその少年、英知のことをぴぃ子に説明しようとしていると、再び食堂の中はざわざわと騒がしくなった。
 またも驚いてぴぃ子はその方向へと目を向ける。すると、食堂の入口から、ものすごい美人が、数人の取り巻きを引き連れて入ってきた。顔も整っているが、とくにその女生徒の容姿の中で際立っているのは大きな胸だった。中学生の時からろくに成長していないぴぃ子の胸とでは比べるだけかわいそうである。
「ああ、三年の宗岳《むねだけ》紅絹子《もみこ》先輩だ!」
「すげえでけえ! あんなのアニメじゃなくてリアルで見たの初めてだ!」
「爆弾だ、おっぱい爆弾だよあれ!」
 男子たちはそんな下品なことを小声で話し合っていた。しかしそれも仕方がないであろう。健全な男子高校の興味はそこにいってしまうものだ。宗岳本人も、むしろ「さあ、我が胸を崇めろ愚民共」とでも言いたげに胸を張り、冷めた目で男子生徒たちを見下ろしている。男子生徒たちも遠巻きで彼女(の胸)にチラチラと視線を送るだけであった。
 しかし、その宗岳のほうへと一人の男子生徒が歩み寄っていった。
 美男子、王城院英知である。
 二人は美男子、美少女同士で、こうして並んでいるとそれこそ物語の王子とお姫様のように見える。
(やだな……あの人がほかの女の人と見つめあっているのを見てると、なんだかむずむずする……)
 モヤモヤした感情を抱きながら、ぴぃ子は二人を見つめた。いや、その場にいる誰もが二人に注目をしている。
 その直後、英知はとんでもない行動に出た。
「宗岳先輩! おっぱいを揉ませてください! お願いします!!」
 そう大きく叫び、膝と手と頭を床につき、いわゆる土下座のポーズで地面に這いつくばったのであった。
 その時世界が凍った。
 シーンという音が大音量で聞こえてきそうなほどに場が静まり返る。誰もが英知の突然の行動にドン引きし、さっきまで澄まし顔であった宗岳もこれには顔を引きつらせ、
「いやああああ! 変態変態変態!! 気持ち悪いいいいいいいいいい!」
 と叫びながら土下座をしている英知の頭を何度も何度も踏みつけて、食堂から走り去ってしまった。
「紅絹子様になんてことを言うのよこのバカ!」
「死ね、死んで詫びろ!」
「この変態!」
 宗岳の取り巻きの女子生徒たちもボコボコにされ、英知はぐったりと床に倒れこんだまま動かなくなってしまった。
 英知のことを知らぬであろう一年生たちはその一連の騒ぎを見て唖然とし、彼のことを知っている二年生たちはいつものことだとばかりに食事に戻って行った。
 そしてぴぃ子もまた、そんな英知を見てただひたすらぽかんと口を開けているだけであった。
「わかったでしょぴぃ子。あの人はやめておきなさいって。彼がなんてあだ名で呼ばれているか知ってる? 『変態王子』よ」
 静香は汚いものでも見るかのように倒れている英知を見下ろしていた。そうして彼の二つ名を口にした。
「変態王子……?」
「そう、女の子に『おっぱい揉ませてください』だとか『パンツ見せてください』とか、ああやってよく土下座してるらしいの。その王子様みたいな見た目のギャップから『変態王子』なんて呼ばれてるらしいよ」
「そ、そうなんだぁ……」
 その情報に驚きながら英知のほうへ目を向けると、よろよろと立ちあがって食堂を出て行くところであった。





 その放課後、ぴぃ子はがっくりと肩を落として落ち込んでいた。
 まさか自分の初恋の相手があんな変態だなんて。なぜあの人は急にエッチなことを言い出したりするんだろうか。そんなことを考えながらぴぃ子は教室で帰る準備をしていた。
「はぁ……」
 思わずそんな溜息も漏らしてしまう。
「どうしたのぴぃ子。あの変態王子のことを気にしてるの? あの人のことはもう記憶から消去しちゃいなさい。あの手の変態に関わるとろくなことがないわよ」
「だけどしーちゃん……」
「じゃあ私は漫研の部室に行くからね。車と変態に気をつけなさいね」
「はーい」
 部活に入っていないぴぃ子は静香を見送って、寮に帰宅しようと校門を出た。すると、その目の前を英知が歩いているのが見えた。鞄を手に持っているから彼も帰宅するのだろうことが窺えた。黄金色の夕日に当たり、彼の綺麗な長髪が輝いて見える。
(うう、やっぱりかっこいいなぁ)
 一人でこうして歩いているのを見ると、昼間の時とはまるで別人に見える。今朝自分を助けてくれたときに見せた、柔らかな笑顔が頭に浮かぶ。
(でも、あの人は変態さんなんだよね) 
 ぶんぶんと頭を振って、ぴぃ子は頭の中で美化されている英知を振り払う。今まで恋愛経験の無かったぴぃ子は、そういう男子の欲望とは無縁の世界で生きてきた。純粋と言えば聞こえは良いが、ようするにそういうところは潔癖な女の子であった。
(でもやっぱり気になるなぁ……よしっ)
 自分はまだ英知のことを何も知らない。もう少し彼のことが知りたい。彼の存在が気になる。
 ぴぃ子はこっそりと、帰宅する英知の後ろをついていった。その姿は傍から見ればただのストーキング行為に他ならないが、恋する女の子は盲目だ。周りの目なんて気にしていられない。
 そうしてしばらく尾行しながら歩いていると、大きな荷物を持って歩いているおばあさんが横断歩道を歩いていた。おばあさんが道を歩いていると、信号が赤に変わってしまい、止まっていた車が急かすようにクラクションを鳴らしていた。
(そんなに鳴らさなくてもいいのに。おばあちゃん可哀想)
 仕舞には運転手が窓から顔を出し、「早くしろ、轢くぞババァ!」と怒鳴る始末だ。その運転手の顔は怖く、遠くから見ているだけでも足がすくみそうになる。
 しかし、ぴぃ子が立ち尽くしていると、目の前を歩いていた英知が先にそのおばあさんのもとへと走っていった。
「ほら、おばあちゃん。僕が荷物持っていますから、渡りましょう」
「あらあらまあまあ。悪いわねぇ」
「いえ、気にしないでください」
 英知は優しくおばあさんに話しかけ、横断歩道を安全に渡るまで見守っていた。そして、キッと運転手のほうを睨み、低い口調で言った。
「あなたの気持はわかります。ですがレディを『ババァ』なんて呼ぶのは僕が許しません。今度そんなことを見かけたら、容赦しませんよ」
 その目は鋭く、力強いものがあった。
 運転手は畏縮し、そのまま何も言わず走り去ってしまった。
(先輩……)
 ぴぃ子はほっとするのと同時に、また英知に魅かれていくのを覚えた。
 英知はそのまま荷物を持ち、おばあちゃんを家まで送っていった。その後はポイ捨てられた街のゴミを拾ったり、迷子を捜したり、木に引っ掛かった風船を取ってあげたりと、一日一善どころではないほどに、善行に励んでいた。
 良い事をした時の英知の顔は爽やかで、そこに嫌味も感じることは無かった。
「これからは気をつけるんだよ」
 そう言って英知は大きな猫に襲われていたところを助けた仔猫を手から放し、親猫と合流するのを見送った。
(やっぱり、見た目だけじゃなくてすごくカッコイイ人だぁ)
 その姿を後ろから覗き見て、ぴぃ子は改めて自分は英知のことが好きなのかもしれないと思い始めた。
 しかし、なぜこんな人があんな変態的なことをしたんだろうか。しかもそれは一度や二度ではなく、『変態王子』というあだ名がつくほどだ。たしかにこの年齢ならば女子の胸やパンツに興味を持つことが悪いことだとは言えないだろう。しかしそれは女子であるぴぃ子にはよくわからないものである。
(何か理由があるのかなぁ)
 そんなことを考えている間に、すっかり日が落ちて、周りは真っ暗になってしまっていた。もう夕食の時間を過ぎてしまっている。そのせいか、ぴぃ子のお腹は激しく鳴り始めてしまった。
「は、はわわわわ!」
 慌ててお腹を押さえるも無意味で、その音は辺りに鳴り響く。
「うん? 何の音だろう」
 音に反応し、英知は後ろを振り返った。そして、電柱の陰から顔を出していたぴぃ子とばっちり目が合う。これには思わずぴぃ子も苦笑い。
「あは。あはははは」
「きみは、確か今朝の――」
「ごめんなさぁい!」
 バレたことにより英知の後ろを尾けてきた罪悪感に襲われ、思わずぴぃ子はその場から逃げ出してしまう。しかし、三メートルくらい走ったところで、空腹に襲われていたぴぃ子はひざから崩れ落ちてしまった。
「だ、大丈夫かいキミ!」
「はわわわわ……もうダメぇ。お腹すいたぁ」
「よし、僕に任せて!」
 一歩も動けず電柱にもたれかかるぴぃ子を、英知はまたもやお姫様抱っこをして持ち上げたのであった。







「すいませんエッチ先輩。こんなに食べさせて貰って」
 ぴぃ子は目の前に座る英知に申し訳なさそうにそう謝った。
 彼女の目の前には昼食以上の料理の山ができていて、それをガツガツと食べていた。英知は財布の中身を気にしながらぴぃ子と料理を交互に見比べている。
「いや、僕の名前はエッチじゃなくて英知……」
「わたしってば、エッチ先輩を尾行してたのに。こんなに良くしてもらって、ありがとうございます」
「いや、だからエッチじゃ……まぁいいや」
 二人は双葉区のとあるファミリーレストランにやってきていた。空腹で倒れてしまったぴぃ子を、英知がここまで運んできて、夕飯を奢ってくれたのだ。もっとも、英知はぴぃ子がこんなに食べるとは思ってもいなかったのだろうが。
「それで、えっと」
「ああ、わたしは山中ぴぃ子って言います」
「山中さんは――」
「ぴぃ子って呼んでください!」
「じゃあ、ぴぃ子ちゃん。キミはどうして僕の後をついてきたの。僕に何か用事でもあったのかい?」
「そ、それはですねー」
 あなたに一目惚れをしたから。
 なんてことを、本人を前にして言えるわけもない。もはやそれじゃあ告白だ。それにぴぃ子自身は、まだこの恋をどうしたらいいのかまったくわからなかった。
「ちょっとエッチ先輩に興味がわいたというか、なんというか」
「はははは。それは御光栄だね。でも僕なんか観察しても面白くなんかないだろう。僕はどこにでもいるただの男子高生だよ」
 大げさに笑いながら、英知は頼んだ紅茶を飲んでいる。
「そんなことないです。わたしはちゃんと見てました。エッチ先輩は、なんであんなにいいことばかりするんですか?」
「いいことって?」
 意外なことを言われたかのように、英知はぽかんとした表情になった。
「困ってるおばあちゃん助けたり、ゴミ拾いしたり……」
「そんなの大したことじゃないよ。善行のうちに入らないさ」
「謙遜しないでください。わたしそんなことできませんもん。ほとんどの人だってそうだと思います」
「そうかなあ」
「そうですよ。素敵、だと思います」
 思わずそう言ってしまいぴぃ子ははっとなり赤面する。それには英知も照れているのか、ぽりぽりと頬を掻いていた。
「僕はね、ぴぃ子ちゃん」
「はい」
「僕は『正義のヒーロー』になりたいんだよ」
「正義のヒーロー?」
「そう、テレビの中に出てくるようなヒーローさ」
 そう言う英知の顔は真剣で、冗談や嘘を言っているようではなかった。
「僕は子供のころ、小学校の文集の将来の夢に『正義のヒーローになりたい』って書いたんだ。バカみたいでしょ。でもね、その時の僕は本気だったし、今もその気持ちに変わりはないんだ」
「それで、ああいうことをしてるんですか?」
「そうだよ。出来るだけ『正義のヒーロー』に近づきたいと思うから。『正義』なんて立場によって、人によって異なるものだけど、それでも僕は自分が『正しい』と思うことを率先してやってるだけなんだ。いつか本当の『正義のヒーロー』になるために。まあ、そんな英雄願望からくる打算的な考えでやってるだけだから、僕はそんな立派な人間じゃあないんだよ」
「そんなことないです!」
 思わずぴぃ子は大きな声を上げてしまう。英知は面食らったように目をパチクリしてしまう。
「ぴぃ子ちゃん」
「あのおばあちゃんの笑顔は嬉しそうでした。先輩が掃除した場所はすごく綺麗になっていました。お母さんに会えたあの子供は安心して泣いてました。エッチ先輩はいいことをしたんです。胸張っていいんですよ!」
「…………ありがとう」
 ぴぃ子の言葉に、英知は優しく微笑んだ。何やら胸のつかえでも取れたかのような柔らかな笑顔であった。それはとても美しく、ぴぃ子の顔からはボッと湯気が出てきてしまう。
「はうはう、すいませんなんか熱くなっちゃって」
「ううん。嬉しいよぴぃ子ちゃん。ほら、遠慮せずいっぱい食べてね」
「あっはい。ああ、ウェイトレスさん。チョコレートパフェも追加でお願いしまーす!」
 そうしてどんどんぴぃ子の前には食べ物が増えていった。それだけ英知の財布の中身は減っていくのだけれど。
(好きな人の前で食べるご飯は楽しいな。やっぱりわたしは彼のことが好きなんだ)
 ぴぃ子は自分の気持ちを再確認する。
 でも、なぜ『正義のヒーロー』を目指しているのに『変態王子』などと呼ばれる行為をするのだろうか。それだけがぴぃ子の中に疑問として残っていた。
「あのぉエッチ先輩。ちょっと聞きたいことがあるんですが、いいですか?」
「うん? 何?」
 失礼なことだと思いながらも、ぴぃ子は勇気を振り絞ってその疑問を口にしてみようと思った。
「きゃーーーーーーーーーー!」
 しかし、その直後、ファミレスの店内にそんな悲鳴が轟いて二人の会話は遮断された。
 ゴキブリでも出たのだろうかとそんな暢気なことを考えながらぴぃ子が振り返ると、可愛い衣装のウェイトレスがガスマスクで顔を隠した男に銃口を突き付けられていた。
(何だろう。ドラマの撮影かな)
 ストロベリーケーキを頬張りながらぴぃ子はその光景を眺めていた。平和に今まで生きてきたぴぃ子にとって、それはとてもリアリティの感じられないものでしかなかった。
「ぴぃ子ちゃん! 頭下げて!」
 そう英知は叫び、ぴぃ子の頭を押さえつけた。その瞬間銃声が響き、隣にあった窓ガラスに穴が空く。
(え? え?)
 混乱して思考が停止するぴぃ子とは対照的に、英知は冷静な目でそれを見ていた。
「聞こえなかったのか、全員しゃがんで俺の指示に従え。勝手に動いたりしたら、すぐに殺すからな」
 ガスマスクの男は店員に窓のシャッターを総て下げるように指示し、このファミレスは完全に彼の支配下に置かれたのであった。
「さあ、お前たちもいつまで客のふりしてるんだ。作戦を始めるぞ」
「あいよー」
 そう言って店内にいた五名ほどの客が立ち上がり、同じように覆面をかぶり始めた。それぞれ猫、犬、パンダ、馬、サルとデザインが違う。彼らは手に持っていた鞄の中から拳銃を取り出し始めた。最悪なことに犯人は一人ではないということらしい。
 ガスマスクの男は拳銃を天井にぶっ放し、店内にいる全員の視線を自分に向けさせた。
「はーい良い子のみんなー。ちゅうもーく。今からここは我々“聖痕《スティグマ》”の支配下に置かれました。神を冒涜する貴様たち全員、犠牲になってもらいまーす」
 ガスマスクの男はくぐもった声でゲラゲラと笑い始めた。
 聖痕。その名前はぴぃ子も英知も聞いたことがあった。双葉学園を敵視しているラルヴァ信仰団体。その中には武力を行使する過激な派閥もあると聞く。
(つまりこれって、これって)
「これは――」
 テロだ。




 まさか自分がこんな大事件に巻き込まれることになる日がくるなんて、夢にも思わなかった。
 ぴぃ子はよくも悪くも平凡で、平坦な人生がずっと続くと信じていた。世界の悪意なんて自分には関係ないと、どこかで思っていた。
 しかし現実は違う。
 ぴぃ子たちファミレスの客と、店員は全員両手両足を縛られ床に座らされた。テロリストの仲間たちは彼らに銃口を向け、不審な動きをしていないか監視していた。
 リーダー格らしきガスマスクの男は何やらゴテゴテしていて、タイマーのついた赤と青のケーブルが繋がれている機械をいじっている。
「せ、先輩。あれって」
 床に転がされながら、ぴぃ子は小声で隣に座っている英知に話しかけた。
「うん。間違いなく時限爆弾だろうね」
 ガスマスクがスイッチを入れると、タイマーが三十分から動き始めた。自分たちの命がわずかあと三十分という事実に、ぴぃ子は目をそらしたくなる。
「わたしたち助かりますよね先輩。きっと風紀委員とか、いろんな人が助けに来てくれますよね」
「それは、どうかな。連中はどこかに交渉をしている様子もない。店内もシャッターが閉まっているだけだし、外の人がこの異常事態に気づくまでにどれだけ時間がかかるかわからない。多分、連中の目的は僕たちを殺すこと“だけ”にあるんだろう。テロとはそんなものだよ」
「そんなぁ」
 ぴぃ子は大粒の涙を浮かべ、情けない声を出した。それを見て、英知は困った顔をして顔を伏せる。
「……ごめんぴぃ子ちゃん。こういう場合は安心させられるようなことを言うべきだったね。どうも僕は人の気持ちに疎いようだ」
 重たい空気が店内に流れる。誰もかれも、死を目前にして諦めているようであった。
「さあて、みなさん後三十分で仲良く地獄にいけますよー。楽しみですね。きっと死後の世界ではジム・モリソンがあなたたちを歓迎してくれるに違いないですよ。くくく、これで異教徒をたくさん殺せば、俺はもっと上にいける」
 ガスマスクはテーブルの上に座りながら、拳銃を全員に向け、高笑いをしていた。そんな中、何を思ったのか、英知が彼のもとまで芋虫のように這って行った。それを見たガスマスクは、彼に銃を向ける。
「ああ? なんだお前。動くなって言っただろうが。殺すぞ」
「待ってくれ。みんなを解放してほしい。僕だけがここに残る。だからほかのみんなの命は助けてやってくれ!」
 英知は必死にそう訴えた。しかし、これほど愚かな行為は無かった。ガスマスクはしばらく沈黙した後、「はははははは!」と心底楽しそうに笑い声を上げ、床に這いつくばっている英知の顔面を蹴り飛ばした。
「エッチ先輩!」
 激しい音が響き、英知は鼻から大量の血を流して床に突っ伏した。そんな英知の頭を、ガスマスクは容赦なく踏みつけた。何度も、何度も。
「バッカかおめーはよぉおおお! どれだけ傲慢な生き物なんだよイケメンちゃんがぁ! お前一人の命でここにいる全員の代わりなるとでも思ってんのかよぉおお! どれだけ思い上がってんだよこのかっこつけやろうがあああ!」
 最後に思い切り腹を蹴り飛ばし、英知はゴロゴロと転がってぴぃ子のもとにまで戻ってきた。ガスマスクは息を切らせながら銃をこっちに向けたが、すぐに銃口を下げた。
「今すぐ殺してやりてえが、お前には死の絶望を嫌というほど味わってもらうことにするか。せいぜいあと三十分神様に祈るんだな」
 ガスマスクはそう吐き捨て、ドリンクバーの機械を銃撃して破壊し、そこから漏れるジュースをがぶ飲みしていた。
「だ、大丈夫ですか先輩!」
「うーん。ちょっと思慮が浅かったようだね。下手したらほかの人にも被害がいっていたかもしれないし、やっぱり僕は駄目だ。ヒーロー願望だけが先行して、周りが見えていない」
 英知はそう自己分析しながら自嘲した。綺麗な顔がアザだらけになり、鼻からは無様に血が流れ出ている。確かに英知の行動は勇敢とは言えず、ただ無謀なだけだったのだろう。
「でも先輩、何もしなくちゃこのままみんな死んじゃいますよ」
「そうだね……」
 そう頷く英知の目からは、まだ希望の光は消えていなかった。
 そうこうしていると、ガスマスクを中心に、ほかの犯人メンバーたちが一か所に集まって何やら相談をしていた。今後の逃走経路などの確認をしているようだ。彼らの視線は今、こちらに向いていない。そこで英知は何かを決意したのか、「ぴぃ子ちゃん」と、彼女の名を呼んだ。
「な、なんですか?」
 英知はじっと彼女の目を見つめた。力強く、燃えたぎるような目でぴぃ子の瞳を覗きこんでいる。傷だらけで端正な顔が台無しになっているが、それでも英知のかっこよさは消えていないとぴぃ子は思った。そんな彼に見つめられ、思わず彼女は赤面してしまう。
「…………」
 英知が小声でボソボソと何かを言っているので、仕方なくぴぃ子は彼の口元まで耳を近付ける。そうしてようやく英知の言葉はぴぃ子に届く。
 しかし聞こえてきた言葉は予想だにしないものであった。

「キミのパンツを見せて欲しい」

 英知はそう言ったのだ。
「~~~~~~~~~~~~~~~!!」
 ぴぃ子は絶句する。ドン引きである。
 顔を真っ赤にしてぴぃ子はブンブンと頭を横に振った。まさかこんな絶体絶命の危機的状況で『変態王子』としての英知が現れるとは思ってもいなかった。 
「ななななな何を言ってるんですか!」
 ぴぃ子は声を押し殺しながらも、英知の耳元でそう言った。しかし、英知の表情はふざけているわけでもないようで、真剣そのものだ。
「頼むぴぃ子ちゃん。お願いだ。キミのパンツを僕に見せて欲しいんだ」
「そんな」
「今しかチャンスがないんだ!」
「ううっ」
 真顔で、それも綺麗な青い瞳で見つめられ、ぴぃ子は言葉を詰まらせてしまう。ぴぃ子は考えた。
(こんなことを言われも、わたしは先輩を嫌いにはなれない)
 もしここで死んじゃうなら、最後に英知には良い思いをしてほしい。自分のパンツが見たいって言うことは、少なくとも英知は自分を女の子として見てくれているはずだ。
 ぴぃ子は恥ずかしさを振り切り、勇気を振り絞って言葉を紡いだ。
「いいですよ。わたしのパンツを、見てください」
 そう言うぴぃ子の顔は耳まで真っ赤で、心なしか目には涙が浮かんでいた。しかし両手両足が縛られているので、ぴぃ子は屈んで自分のスカートを口で掴み、そのまま上に引き上げた。
「ふぉおうへぇふか。みふぇまふ?(どうですか。みえます?)」
 たくしあげられたスカートの中から現れたのは、可愛らしいヒラヒラと、ピンクのリボンがついた純白のパンツであった。
(ううう。恥ずかしいよぉ)
 そこからは細くて白いぴぃ子の太ももが伸び、パンツの上には小さなおへそが見えている。小中学生のような幼い容姿のぴぃ子の、そのあられもない姿はどこか背徳的で、見るものの心にある何かに訴えかけるものであった。
 好きな人に自分の下着を見せるなんて、恥ずかしくて死にそうだ。それでもぴぃ子は悪い気分にはならなかった。この世界で、自分のパンツが見られてもいいと思う人間は英知しかいない。そうとまで思える。
 ぴぃ子が涙目で見せているパンツを、英知は食い入るように凝視する。瞳孔が開き、鼻血の量が増えていく。
 しかしやがて英知に変化が訪れる。
「来た」
「ふぇ?」
「来た来た来た!」
 英知はそう言葉を呟いた。ぴぃ子は英知の頭がとうとうおかしくなってしまったのではないかと思った。だが、英知の目には狂気ではなく、闘志が宿っている。
「おいそこのお前! 何を騒いでいる!」
 ガスマスクが英知に気づき、拳銃を構えたままこちらに近づいてきた。
「うおおおおおおおおおお!」
 英知は激しく咆哮する。
 それにガスマスクは激怒して、英知に拳銃の照準を定める。
「勝手な行動をとるなと言っただろ! もう殺す! 爆発まで待ってられねえ! 俺は自分の言うこと聞かないやつが大嫌いなんだよ!」
 そして、あっけもなく、いとも簡単にその引き金を引いた。
 乾いた銃声が店内に響く。火薬の匂いが鼻を刺激し、耳がキンキンと痛い。
「先輩!」
 すべてが終わってしまった。自分の初恋は彼の死という形で幕を下ろすことになった。その時ぴぃ子は本気でそう思った。
 頭を撃ち抜かれ、血まみれになって倒れる英知の姿――|は、そこにはなかった《、、、、、、、、、》。
 ぴぃ子は一瞬何が起きたのか理解できなかった。しかし、確かにガスマスクは銃を撃った。
 至近距離で狙いを定め、英知の眉間を撃ったのだ。外れるわけもない。
 それにも関らず、英知はただそこに座っているだけであった。怪我ひとつせず、吹き飛ぶわけでも、避けたわけでもない。
 さっきとまったく同じ姿勢で、ただガスマスクを睨んでいる。
 ほかの仲間も含め、店内の誰もがその英知の姿に視線を送っていた。
「な、なぜだ! 確かに弾丸は出たはず……!」
 ガスマスクは信じられないものを見るように英知から後ずさった。彼は|それ《、、》に気づいたのだ。
 そしてぴぃ子もそれに気づく。
 英知の眉間数センチ手前で、弾丸が静止していた。
 まるで一時停止ボタンでも押したかのように、弾丸が彼の前で止まっているのだ。そして、しばらくすると弾丸はぽとりと床に落ちて転がった。
「なんだおまえええええええ!」
 パニックを起こしたガスマスクは英知に向かって銃を乱射した。残り五発の弾丸がすべて英知のほうへ向かってくる。
 だが、そのどれもが英知に当たることなく空中に静止する。
「無駄だよ」
「ひっ!」
 ガスマスクの男は弾丸をリロードしようとするが、慌てているのか弾丸を全部地面に落してしまう。そしてさらに英知の身体にはある変化が訪れていた。
「先輩……」
 ぴぃ子も驚きの声を上げる。信じられないことに英知の身体が輝き始めていたのだ。眼がくらむような黄金の光。彼の髪や皮膚が神々しく輝きを放っていた。
「ここで勃起《たた》なきゃ男じゃない!」
 そう叫んだ瞬間、光はエネルギーに変化し、彼の衣服を吹き飛ばし、英知の引き締まった肉体が露わになる。かろうじて黒いブーメランパンツだけが大事な場所を包んでいた。思わずぴぃ子は目のやり場に困り眼を手で覆ってしまう。
「異能者だと。この光は魂源力のエネルギーが漏れているのか! ありえない! この店には少ない魂源力を持つやつしかいなかった。ちゃんと測定してここを選んだんだぞ!」
「そうか、キミたちは最初から弱いものを狙っていたんだね……」
 英知は冷めた目でガスマスクを睨み、ゆっくりと彼のほうへと歩いていった。
「な、何をしているお前たち! 撃て! 撃て!」
 仲間たちも銃を英知に向け、一斉に発砲した。何重もの弾丸が英知へと向かってくる。
「はっ!」
 しかし英知がそう気合いを入れて叫ぶだけで、すべての弾丸が撃った人間のほうへと返っていく。
「うわぁ!」
 仲間たちは鉛玉を体中に受け、吹き飛んで気絶してしまっていた。
「先輩! 先輩!」
「大丈夫だよぴぃ子ちゃん。僕がキミを、みんなを――守る!」
 それを聞いてぴぃ子は安堵した。
 目の前にはヒーローがいる。悪を倒す正義のヒーローが、変態という名のヒーローが、そこにはいるのだ。
「ふざけるなあああああああああああああ!」
 ガスマスクは手に持っていたカバンから予備の拳銃を取り出し、床に座っている一般客に銃口を向け、悲鳴が上がる。
「お前が逆らったりするから、ほかのやつが死ぬことになるんだ。ざまあみろ! ヒーロー気取りのお前は結局誰も守れないんだ! はははは……はは、へ?」
 しかし弾丸が放たれることはなかった。場が静まりかえる。
「そんな、引き金が引けない……。指が動かない!」
「吹き飛べ」
 英知がぶんっと腕を振るうと、ガスマスクの身体は宙を浮き、まるで台風にでも吹き飛ばされたかのようにシャッターにぶつかり、そのシャッターと窓ガラスをぶち破って外へと転がって行ってしまった。店の外に吹き飛ばされた彼はぴくりとも動かなくなり、もはやガスマスクも外れて不細工な素顔が覗いているだけだ。
 そうして一瞬にして英知はテロリストグループを壊滅させてしまった。
「あとはあれだけだね」
 残り一分を切った時限爆弾。
 英知が視線を天井に向けると、天井に穴がぽっかりと空き、夜空が見えた。そこに英知は時限爆弾を飛ばして、はるか上空でそれを爆発させた。
 すべてが、終わった。
 一連の出来事に呆気にとられていた人質たちは、一斉にして歓喜の声を上げ、英知を褒め称えたのであった。そんな彼らを縛っている紐を、英知は千切っていく。
「エッチ先輩、ありがとうございます!」
 ふっと身体の輝きが消えた裸の英知にぴぃ子は抱きついた。
「わたし先輩が好きです。好きです。大好きです!」
「ぴぃ子ちゃん……」
 お互いの無事を確かめあうように、二人は強く、強く抱き合った。







「ぴぃ子~~~~~~~~~~!」
「しーちゃん!」
 涙を流しながら静香はぴぃ子の手を握りしめる。
「よかった生きてて。無事で本当によかった~~」
 相当心配したのだろうか、静香は泣き崩れてしまった。そんな親友の姿を見て、ぴぃ子は、自分はなんて幸せなんだろうかと思った。
 あれからしばらくして警察と学園関係者がやってきて、テロリストたちを連行していった。人質たちもみなファミレスの外で無事の喜びを分かち合っている。今もまだ警察たちが店内を調べているようであった。
「あのぉ先輩。ちょっと聞いていいですか?」
 ぴぃ子は疲れ切って地面に腰を下ろしているパンツ一丁の変態王子に尋ねる。
「なんだい?」
「さっきのあれはなんだったんですか? わたしのパンツを見たことと、何か関係あるんですか?」
「なにぃ! この変態王子! 私だって見たことないのに!」
 後ろで静香が何かを騒いでいるが、英知はゆっくりと語り始めた。
「あれが僕の異能さ。“|愛の力《リビドーズ・ハイ》”って言ってね。性的興奮が頂点に達したときだけ、魂源力が増幅して強力な念動力《サイコキネシス》が使えるようになるんだ」
「じゃあ、変態王子なんて呼ばれてみんなにそういうことをしていたのはそういうわけだったんですね?」
「変態王子か……そんな呼ばれ方してたんだね僕。参ったな」
 たははとハニカム英知の姿が、ぴぃ子にはとても可愛く見えた。しかしこれで引っ掛かっていた疑問が解けたようだ。
「でも先輩。だったら最初から『異能のために』って言えばよかったじゃないですか。そうしたらわたしだってすぐに……」
「僕はね。女の子に強要したくないんだ。大義名分があって、それで女の子にエッチなことを頼むなんて僕にはできない。だから僕はただお願いするだけなんだ。でも、僕の頼みを聞いてくれたのは、キミだけだよぴぃ子ちゃん」
「先輩。わたし、わたしならいつでもパンツでも胸でも見せてあげます。だから、だからもうほかの女の子にそういうことを頼まないでください」
 ぴぃ子はボロボロと涙を流しながらそう言った。それは本心からの言葉であった。自分の好きな人が、自分に以外の女子をそういう眼で見るのが嫌だった。
「ぴぃ子ちゃん……」
「先輩……」
 英知は両手でぴぃ子の肩を掴み、二人は見つめ合う。
「ぴぃ子ちゃん。キミが好きだ。僕と交際してくれないか」
「――え?」
 それは意外な言葉だった。
 まさか英知に告白されるなんて夢にも思っていなかったからだ。
「キミはさっき僕のことを『好きだ』って言ってくれた。それは、僕も同じなんだ。今朝、キミを見たときからずっと気になってたんだよ。なんて可憐な女の子なんだろうって」
 驚いたことに、一目惚れをしていたのはぴぃ子のほうだけではなかった。
 英知もまた、ぴぃ子に一目惚れをしていたのだ。
「この学園は広いから、また会うことができるなんて思ってもみなかったんだ。キミが僕の後をついてきたと聞いて、僕は本当に嬉しかったんだよ」
「先輩、わたし嬉しい。わたし頑張って先輩がもっと興奮できるようにもっともっとエッチになります!」
 ぴぃ子は背伸びをして英知の唇に自分の唇を重ねた。
 するとまた英知の身体は黄金色に輝き夜の闇を明るく照らした。それはまるで二人の未来を照らす希望の光のようであった。


 ◆◇◆◇◆◇




「ラルヴァだー! ラルヴァが出たぞー!」
 平和な街に、突如として巨大な怪物が現れた。
 そして、その怪物の前には一人の少年の姿があった。それはとても美しい少年で、長い髪を風になびかせていた。
「エッチ先輩! 今日は黒のガーターを穿いてきました!」
 その少年の前に駆け寄ってきた一人の少女が何を考えているのかいきなりスカートをたくしあげて少年に見せつけた。少年は膝をついてそれを凝視する。
「おお、すごくエッチだよぴぃ子ちゃん!」
「ほんとですか、うれしい!」
「来た来た来た! うおおおおおおおおおおお。性欲解放アターーーーック!」
 少年は金色に輝き、念動力を操って怪物と対峙する。
「きゃー先輩カッコイイ!」
 こうして『変態バカップル』と呼ばれる二人は、今日も平和のために戦っているのであった。


(了)







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