【モテ期】


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 目の前にいる少年は恐らく自分と同じくらいの歳だろう。ただ、自分よりも小柄で線が細く頼りなさげで、どことなく保護欲をかき立てる風貌だった。
「う、噂を聞いて来たんです。あなたに会えばモテるようになるって本当ですかっ!?」
 うだるような熱気が充満する部室に、彼なりに精一杯の大声が響く。
 隣で机の上に座っていた比留間《ひるま》は下敷きを団扇代わりにして面倒そうにその少年の方を見てこう言った。
「悪いことは言わないから帰った方がいいよ。彼と関わるとろくな目に遭わないからね」
 俺を揶揄するその言葉を無視し軽く流すと、目の前の少年の目を見つめ質問する。
「つまり、君はモテたいのかい?」
「だから、さっきから言ってるじゃないですか! 僕は彼《・》女《・》にモテたいんです!!」
「うーん、隣の馬鹿の言葉を繰り返すようだけど、悪いことは言わないから帰った方がいいよ」
「馬鹿は余計だ」
 比留間は、俺の馬鹿という言葉が癇に障ったのか、それまで部室を満遍なく生ぬるい風でかき回していた扇風機の首振りを解除すると自分の方に向け、一人涼もうとする。
「帰った方がいいって言うのはどういうことです? あれですか? どっきりですか!? 告白する勇気もない僕を騙そうっていうんですか?」
 そう言いながら少年は勝手に妄想を膨らませ、空回りしている。なんか凄く面倒な人のようだった。
「いや、そういう意味じゃない。確かに俺は君が異性にモテるようにすることができる。そういう能力だからね」
「だったら今すぐ!」
 少年は見た目と違ってかなり気が短いようだった。こういった手合いに説明するのは骨が折れるのだが仕方ない。
「フェロモンってあるだろ?」
 俺は少年に同意を求める。
「はい……」
「俺の能力は対象者のそれを変質させ、より異性に効果を発揮させるようにしたり、完全に効き目をなくしたりするのさ。といっても、フェロモン自体が人間に効果があるかどうか自体が不明だから、本当にそうなのかは分からないけどね」
「あ~~~~~~」
 比留間が扇風機に顔を当てながら声が震えて聞こえるのを楽しんでいる。暑いんだから独り占めしてないでこっちに向けて欲しいものだ。
「つまり、出来るってことでしょ?」
 少年はそう言ってこちらに詰め寄ってくる。このくそ暑いのに男と密着するのはゴメンなんだがなあ。
「まあ……モテるようにはなる。確率としては三、四割といったところだけど。それともう一つ、誰にモテるのかは分からない」
「それってどういう……」
「意中の彼女が君のフェロモンに反応してくれるかは分からないってことさ。フェロモンにも相性ってのがあるんだよ。でも成功した場合には、これだけは約束するよ。不特定多数の女性にモテモテだ!」
「それでも……僕は……」
 少年は何か歯切れの悪い表情をする。恐らく、まだ諦め切れていないのだろう。しかし、こっちは暑さでそろそろ我慢の限界だ。一刻も早く比留間から扇風機を奪い返さないといけない。
 俺は机の引き出しから一枚の書類を出し、彼の目の前に突き出すことにした。
「じゃあこれ、契約書ね」
「契約書?」
 細かな字でびっしりと埋め尽くされた紙切れを受け取りながら、少年はこちらの意図を理解できず、不思議そうな顔をする。
「いやなに、こちらも面倒ごとはゴメンでね。後々ゴネられても困るってこと。『思ってたのと違う』『全然モテない』なんて言われても困るから。なーに契約料なんてのは頂かないから安心していい。そこまで阿漕じゃない」
 少年の目は俺と書類を往復させている。これはまーだ悩んでいるな。全くもって困ったものだ。
「だからやめちゃっていいって。本当にいいことないぞ。それより、僕は君の何度告白しても諦めないその勇気が好きだぞ」
 おい、比留間、扇風機を抱きしめながら、茶々を入れるな。
「えっ!? 僕は彼女に告白なんて一度もないですよっ!? そう思うことはあるんですけど勇気が足りなくて」
「あれ? じゃあ、いつものあれは僕の勘違いか」
「言っていることが良く分からないけど……うん! なんとなく分かった気がします。そうですね、人様の力に頼ろうというのが間違ってました。僕は勇気を振り絞って告白します!」
「おー」
 扇風機を抱えながら拍手をするという器用なことをしながら、比留間が感嘆の声を上げる。いい加減、こちらに向けて欲しいものだ。汗で手がべとついて仕方ないのだ。
「なるほど、それではこの契約書は不要だな。それと、そろそろこの部室から出ていった方がいい」
「へ?」
 突然の退出を告げられた少年は先ほどまでの勇気溢れる凛々しい表情とは一転して、実に間抜けで情けない顔つきになっていた。
「比留間の話だと、そろそろ揉め事がやってくるからだよ。いいかい? 日頃モテない人物が急にモテるとどうなると思う?」
 時計を見るとまだ時間があるようだった。ものはついでだ、能力を付与した人間の末路も教えておくことにするためちょっとした質問をする。
「そ、そりゃあ、それを謳歌するんじゃ」
「正解。でもねそれは最初のうちだけさ。赤子の頃からモテる人間なんてのはいない。モテるってのは顔や性格、運動や勉強など、様々な要素で成り立っている。モテて行くその過程で異性の扱い方やかわし方も学んでいくんだ。もちろん、天性の才を持つ人もいるけどね。だけど多くはモテたいから努力し、切磋する」
「はあ……」
 少年は俺の話が良く理解できていないのか、的を射ないといった表情で、ぼーっとこちらを見るだけだった。
「そういったバックボーンがない人間が突然不特定多数の人間にモテるようになって、異性、いや彼女たちを上手くあしらえると思うかい?」
「そんなわけないよねー」
 だから、お前は茶々を入れるなよ。
「そこで扇風機抱えている人と同じ意見です!」
 ようやくこちらの言いたいことが分かったみたいだね。少年の表情が明るくなっている。
「そう! そういうこと。最初はいいけど、時が進むほど、関係する人間が増えるほど確実にその関係は破綻へと邁進する。優柔不断で八方美人なら尚更だ。そんな朴念仁のロクデナシに気を使ってくれるような異性なんて、それこそ絵空事の存在だし、多くはそのロクデナシを独占しようとするものさ。そもそも自分でモテる努力もせずに人の能力に頼ろうとするような人間だよ。ハーレムなんて複雑なパワーバランスに基づく人間関係、どうやっても維持できるもんじゃないのさ。必ず崩壊する。何より、自分にホレる女性に彼氏がいたとしたらどうするね? 君は彼女の愛情だけでなく、その恨みも一緒に受け止める必要があるんだよ。これを災難と言わずおけるかい?」
 俺がそんな御高説を垂れ流しながら、やれやれといいた表情でハリウッド映画のように両掌を上に向けてわざとらしいポーズをとっている時、部室のドアが勢いよく開けられた。
「手前ぇぇぇ! 今すぐ能力を解除しやがれ!」
「ほらきた」
 扉を豪快に蹴破って現れた男は、目の前にいた少年を豪腕で払いのけると、唾も飛ばさんばかりの勢いで自分に食って掛かってくる。先ほどまで相談に乗っていた少年が部室の隅へと弾き飛ばされ、倒れこむ。
「今すぐ解除しろ! お前のせいで俺は女に刺されそうになったり、知らない男にボコボコにされたり、散々な目に遭ったんだぞ」
 なるほど、数日前に契約を済ませたその男は顔の所々にアザを作り、制服の脇もきれいにパックリと裂けていた。隙間からはうっすらと赤い線が見える。
「そういう不義理なことをしたからだろ」
 ただでさえ空気がよどんで暑いというのに、この男の暑苦しさといったら室温を軽く五度は上げてくれるな。
「俺は女にモテていい夢見たかっただけだっ! 別に女に刺されようなんてどMなことは頼んじゃいねーぞ!!」
 頼むから怒りに任せて口角飛ばしながら喚かないでくれ。こういうやからがでるから契約書は不可欠なのだ。俺は、ゴソゴソと机に仕舞った目の前の男の契約書を探しながら、彼の怒りを更に沸騰させることにした。
「モテたいといったのはそちらだし、何より、不特定多数の女性をうまくあしらえなかった君が悪いだろう?」
「う、うるせー、あの時と今とじゃ状況が違うんだよ」
「では、規定通りの違約金を払って頂けば……」
 俺は契約書に小さく記載された一文を一ミリも違わず指差す。
「んだとゴラァ!」
 そう男がブチ切れた瞬間、いや、彼が切れるよりも速く動いていたのだろう。比留間はその男の背後を取ると瞬く間に組み伏せ、床に叩きつける。
「悪いね。きみが今《・》日《・》どうするか僕は全《・》部《・》知っているんだよ。悪いことは言わない。違約金を払って解除してもらいな」
 比留間は淡々と喋りながら、押さえつけた男の手首を掴み締め上げる。―――彼の能力は“一日をもう一度繰り返すことが可能”といういささかトリッキーなものだった。この状況も一《・》度《・》体験して理解しているのだろう―――男から悲鳴にも似たくぐもった呻き声が聞こえてきた。
「どうするね?」
 自分がそう問い質すと、男は必死の形相で懇願し始める。関節が極まっていて相当な苦痛なのだろう。
「分かった、払う! 払うから!!」
「ご利用有難うございました~」
 最大限の笑顔を作る。相手に抗う意思がないと分かったのか比留間もその力を弱める。
 その後、男は捻られた右手首を摩りながら、財布の中を空っぽにしてスゴスゴと部室を後にする。
「まあ、こういうことだよ」
 部屋の片隅で腰を抜かしボーゼンとしている少年の方を見ながら、悪戯っぽくウインクをした。 


「毎度毎度、面倒だなあ」
 購買部から買って来たアイスを頬張りながら比留間がぶちぶちと文句を言う。
「そうは言うけど仕方ない。ところで、君はどうして今の彼女と付き合ってる?」
 突然自分に振られて驚いたのか、アイスを加えたまま腕を組みしばしの間思案する。そして、なにやら思いついたか、ゆっくりと口を開き始める。
「うーん、それは一言で説明するのは難しいな……強いて言えば“気が狂いそうな世界の中で、唯一彼女だけが自分のことをずっと見ててくれた”そんなとこかな」
「始まりなんていい加減で意味なんて殆どないのさ。所詮色恋沙汰なんてそんなもんだよ。ただ、好きになったという事実だけで十分なのさ。あとはそれをどう受け止めるかだよ」
「随分と偉そうだな」
「そりゃあね。俺は“日頃モテない男が突然モテるようになる”って全世界の男子垂涎の出来事を身に染みて味わっているからだよ」
 比留間から差し出されたアイスを手に取ると、袋を破り即座に頬張る。心地よい夕方の風と口の中に広がるソーダ味が涼しかった。










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