【A Big Gun Epic 前】


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A Big Gun Epic

4月5日 双葉島北部海岸
その日、霧に包まれた双葉島北部の砂浜に複数の水死体が打ち上がった。
男性2人、女性1人、男児1人、水鳥3羽、猫2匹…
普段ならば、人間はともかく、海岸にある水鳥の死体など、誰も不思議には思わないだろう。
しかし、これらの死体には共通点があった。
死体の消化器官から肺にかけて多数の傷があり、出血が確認されたのである。
調査した検死官によれば、死体になってから後、魚や微生物にやられたわけではなく、生前から消化器官や肺がやられていた可能性が高いとのことであった。既存の寄生虫、死体の生前の治療記録などが調査されたが、答えらしきものを見つけることは出来なかった。
その後、二日に渡って、警察と海上保安庁により、他の死体の有無、そして何らかの手がかりを求めて調査が行われた。しかし、この季節には珍しく霧の日が続いたこともあり、調査はなんら得るところなく終わった。
「ずっとこの天気だ……いやな、本当にいやな霧だな……」
調査に当たった警察官の一人がそっと呟いた。だが、その呟きもまた、同僚の耳に入ることもなく、霧の中に飲み込まれていった。



4月12日 双葉学園高等部男子学生寮
学生寮にはキッチンがある。そもそもは、学生の自炊用に設けられているのだが、その使用頻度はお世辞にも高いとは言えない。
せっかくあるのにもったいない、そう思った俺、牧野徹(まきのとおる)は、親友たる根本宗太郎(ねもとそうたろう)を優雅な日曜の昼餉に誘うことにした。
「と、いうわけでたまには飯作ろうぜ!」
根本が困惑した顔を見せる。
「飯、作るの? 俺とお前で?」
俺は基本、優しいから同じことを何度でも答えてしまう。
「そう、俺らで飯作ろうぜ!」
俺の朗らかな呼びかけに対して、根本は大きくため息をつく。
「いいけどさぁ……俺、野菜炒めと野菜、親子丼しか作れねーぞ? 何作るんだよ?」
「ラーメン! ねも、ラーメン好きだろ?」
俺はそう言って、ラーメンの生麺の袋を取り出した。先日スーパーで買ったものだ。ネット上のとあるサイトでオススメされていたのを見て、買ってみたのだ。
「おーけー、そこまで用意されてるんじゃやるしかないな……全力は尽くそう……」
そして、俺と根本のキッチンスタジアムが開幕した。
「ねも!キャベツとってくれ!」
俺は根本に指示を出す。ところが、根本の方に顔を向けた際、リーゼントが無防備な根本の顔面を強打する。
「いでっ!?」
「あ、悪い」
リーゼントが根本の顔面を強打した瞬間、いい音がした。
(調理中)
塩味をベースにして、たっぷりのキャベツ、もやし、白髪ネギと剥きエビを乗せたラーメンが完成したのは、その10分後のことであった。
「なんだこれ!?うめぇっ!!」
根本が驚愕と感動のコラールを叫ぶ。
「だろう? たまには自分で飯作るのもいいもんだろう?」
「牧野、普通にすげぇっ!!」
そりゃ、そうだろう。母を亡くして以来、ずっと自分で自分の飯を作ってきたのだから。
俺の家は、初等部に入学した頃はごく普通の家庭だった。父も母も優しく、いつも一緒に遊んでくれたものだった。
初等部4年のときに、母は重い病気にかかった。そして、2年の闘病生活の果てに亡くなった。
母が病死した後、父は崩れてしまった。
酒に溺れ、暴力を振るうようになった。だが、まだ我慢できた。
次第に、見るからに安っぽい女を連れ込むようになった。それも一人ではなかった。これは我慢できなかった。
幸い、双葉学園は全寮制であるため、自分からアクションを起こさない限り、家族と会う必要はなかった。何度か実家に帰ったこともあったが、決まって後悔した。
大好きだった母を亡くし、優しかった父を失くし、最後に残ったのは、腐れ縁の友達だけだった。
根本宗太郎、ねもは、いつもへらへらと、ニヒルというかやる気があるようなないような言動ばかりしている。おまけに、自分の性癖を正直に吐露しようとしないむっつりスケベ(多分)。そんなやつなのだが、なかなかいいやつなのだ。
小学5年生のとき、俺の母が病気になり、危ないと言われた。そのとき、ねもは俺の母の病気平癒を祈願して双葉神宮に百度参りをしてくれた(どうも、実際のところは数え間違いを犯して、98回くらいらしいが)。
あいつがあのとき、俺に持ってきてくれた双葉神宮の御守りは、今も俺の財布の中に入っている。
結局、母は死んでしまったが、あいつが御守りを届けてから数日の間、一時的に母の体調が回復し、母とゆっくり話す時間を得ることが出来た。
今、俺のテリトリーと呼べる場所は、ねもをはじめ、何人かの友人と構成された双葉学園の空間しか残っていない。
きっと、いつまでもこのままでやってはいけないのだろうけど、今は、少なくとも今はこれで十分だった。

食事を終え、俺は根本に一つお願いをしてみた。
「実は、先日ラルヴァ討伐に行かされたんだが、まだ慣れてないせいなのか、うまく当たらねーんだよ。一人でやるのもあれだから、練習に付き合ってくれ」
「当てるって、何を?」
根本がさっぱり分からない、という顔をする。
「俺の異能だよ。リーゼントキャノン」
「ぶっ!」
根本が麦茶を噴いた。だが、こっちは真剣だ。俺の異能とは、この自慢のリーゼントを砲身として魂源力を弾丸として打ち出し、敵を攻撃するというものなのだ。打ち出すものが魂源力であるため、連続的な射撃回数には制限があるが、物理的な実体を持たないようなラルヴァに対しても効果がある。
しかし、先日のラルヴァ討伐戦において、初陣だったこともあり、柄にもなく緊張してしまい、何度も外してしまったのだ。
「いまひとつ、照準が正確じゃないんだよ……」
まず、自分のリーゼントから、どのように魂源力が発射されているのかを把握し、練習によって狙いの精度を矯正していかなければならない、そう思っていた。
「分かった。せっかく飯もご馳走になったことだし、付き合うぜ。で、牧野、俺は何をすればいいんだ?」

俺は根本を連れて森林公園にやって来た。この奥まったところにある貯水池近辺は滅多に人が来ないエリアであるため、なにかしらこっそりやるのには適していた。
「本当に見てるだけでいいのか?」
根本が問う。
「どんな風に魂源力がリーゼントから出ているのか、見ててくれ、それだけでいい。あ~、もしできるなら、携帯電話でその時の動画を撮っといてもらえると助かるわな」
「了解した」
根本はポケットからアクアブルーの携帯電話を取り出した。俺は買っておいた安物のビニールボールを貯水池に投げ込む、あれが今回の標的だ。
「始めるぜ」
俺は根本の準備が済んだことを確認すると、頭部のリーゼントへと魂源力を集中させていった。魂源力をチャージして、強力な一撃を放つこともできるが、今回は練習だ。その必要はない。
俺はリーゼントが軽く金色に光った段階で魂源力を発射した。この時点で根本は笑いをこらえ切れず、噴き出している。
「ファイエルぅぅぅっ!」
リーゼントの先端から金色の光弾が放たれ、ビニールボールのやや手前で水柱をあげた。次第に波が収まり、ビニールボールが存命中であることが確認される。
「どうだったねも? リーゼントからまっすぐ弾は出てた?」
根本は腹筋を押さえながら、携帯を突き出してきた。動画で確認しろ、ということなのだろう。
「おい、牧野、いくらなんでもさ、リーゼントキャノン発射時に、後頭部からバックブラストが出るのは反則だろう……ダメだ、思い出したら腹筋が……いてて……」
動画で確認したところ、リーゼントの先端が地球に負けて、やや垂れており、そのせいで魂源力の弾丸が下よりに発射されているようだった。
俺は根本と話し合い、幾つかの解決作を試してみることにした。

A案:台座によってリーゼントを固定する
俺と根本は、そこら辺にあったダンボールや発泡スチロールで、覗き穴つきの台座を作り、その上にリーゼントを乗せて固定、射撃を行ってみた。
しかし、今度は覗くのに夢中になると、リーゼントが台になっている部分と擦れ、微妙に角度を変えてしまい、ダメだった。
ただ、箱の上にリーゼントがツチノコのように乗っかり、魂源力を打ち出す様子は、横で見ていた根本の腹筋を破壊するのには十二分な威力を持っていたようだった。

B案:リーゼントを短くして射軸の安定を図る
俺のチャームポイントなので、問答無用で却下である。

C案:リーゼントをポマードでより固める
とりあえず、近くの薬局に行き、何種類かのポマードやハードスプレーを買ってきて試してみた。しかし、一回リーゼントを解除すると、再構成に時間がかかるため、根本は途中で帰宅してしまった。
その後、俺は一人で出口の見えない戦いを続け、油性のポマードとハードスプレーを併用することで、以前よりも堅く、しっかりしたリーゼントを構築することに成功したのである。
翌日、根本と再び行われた試射では、10回中8回命中という好成績を収めることができた。
「いいじゃん! 牧野! これなら実戦でも心配ないんじゃないか?」
手を叩く根本に向かって、手を差し出し、ハイタッチを決める。
まだまだリーゼントキャノンの命中精度には向上の余地があるものの、照準のつけやすさと安定性ははるかに良くなった。
「特訓つきあってくれてサンキュな! 今日はなんかうまいもん作ってやるよ、一緒に食おうぜ!」
「マジか! 喜んで食べちゃうぜ!」



同日 双葉学園醒徒会
醒徒会にはとある事件に対する警察からの協力要請が来ていた。例の双葉島北部海岸における連続水死体事件である。
その日も、例の消化器官から肺にかけて多数の傷を持った水死体があがった。しかもその水死体は、以前、この海岸を調査した警察官の一人だった。今回の水死体には以前のそれとは異なる点があった。水死体の体内から小さな二枚貝が発見されたのである。そして、それはラルヴァであった。
ラルヴァの種類の同定は双葉大学に依頼された。数時間後に帰ってきた結果には、その正体について「蜃の幼生が疑われる」とのことであった。
「蜃」は双葉島でも過去に確認されたことのある二枚貝のラルヴァであるが、あくまで蜃気楼を見せるだけなので、人間に直接被害をもたらした例は報告されていない。
伝説では、蜃気楼を吐き出す巨大ハマグリとされ、その吐き出す気が海上に楼閣などを出現させることから、「蜃気楼」と呼ばれるようになったとされる。
それがなぜ、水死体の体内から発見されたのか、更なる調査と研究に期待された。
ただ、ラルヴァの同定を担当した助教授が、知人である本学生物学教諭の佐久間盛寛(さくまもりひろ)と、この話題について居酒屋で話し合った際、修士論文で二枚貝の生態を研究していた佐久間先生は「グロキディウム幼生」と呟いたという。それは、魚類の鰓に付着する、二枚貝の幼生の名だった。
また、もう一つ、新たに分かった事実があった。動物はともかく、水死体として上がった被害者たちは、いずれも発見される数日前に一度はこの双葉島北方の海岸を訪れていたのである。
翌日、醒徒会の指揮の下、副会長である水分理緒(みくまりりお)と、対ラルヴァレーダーとして名高い神那岐観古都(かんなぎみこと)ら数名が、蜃の探知と、海水の採取のために現地を訪れることになった。



4月14日 双葉島北部海岸
その日、俺と根本は、北部にある海浜公園に来ていた。ここは、島に数箇所ある人造砂浜(もっとも、人工島たる双葉島に天然の海岸などないのだが)の一つであり、豊富な砂量と、アサリ、バカガイなどの定着率の良さから、潮干狩り場としても有名なスポットだった。
静かな森の中の貯水池とは違い、ここならば、遠距離で、波間に揺れる標的に対するリーゼントキャノンの射撃訓練ができると考えたのだ。
「だが、いいのか? なんか死体が上がったから、海には入らないようにって、看板出てたぞ?」
根本が不安そうに言う。根本はいつもやる気のないことばかり言っている癖に、規則はちゃんと守るクチなのだ。面倒くさがり屋だからこそ、無用のトラブルを避けるために、規則に従順なのかもしれないが。
「別に海ん中に入るわけじゃねーから大丈夫じゃん? それにこの砂浜が一番視界がいいぜ」
ちょうど干潮時だったのだろう、初夏や秋の最大干潮に比べれば大したことないが、それなりに潮が引き、海底にあったはずの砂地や貝殻が顔を覗かせている。
「じゃあ、さっさとはじめっか!」
俺は蛍光塗料が塗られたビニールボールをあらん限りの力で遠投する。今回の標的は、遠距離で動く目標だ。
さすがにこの距離だと外すことの方が多いが、リーゼントキャノンを貯め撃ちすることで、爆発に巻き込むようにして、ビニールボールを吹っ飛ばすことが出来た。
「いい感じじゃん? 溜め撃ちすれば、精密射撃とか気にしなくていいんじゃね?」
根本が言うことももっともなのだが、問題もあるのだ。
「あんまり溜めると首に来る反動もでかくなるんで、狙いがそれることもあるんだよ。だから、つえーチャージショットは近距離しか使えねーんだ」
俺らの練習はしばらく続いたが、すぐに霧が出て来てしまい、いくら派手な色合いにペイントされたビニールボールでも視認が難しくなってきた。おまけに、普通の霧ならまだしも、やや褐色の霧が立ち込める。黄砂とかのせいだろうか? 太陽の光の屈折具合がなんたらかんたらなことになっているのだろうか?
「ちょっとトイレ行ってくるわ!ねもも一緒に連れションクロスファイアーするか!?」
「いや、全力で遠慮しとく」
特訓に付き合うのに飽きてしまい、根本は先程から砂浜に寝っ転がって読書をはじめてしまっている。あいつの好きなSF小説だろう。
俺は砂浜の外れ、少しヒルガオなどの海浜植物の群落が生い茂っている場所まで行き、放尿して帰ってきた。
砂浜の人影が増えていた。それも女子の制服、腕章からして醒徒会だろうか? 一人はその特徴的な髪の色と巫女装束から、対ラルヴァレーダーとして名高い神那岐だろう。
(危ねー、危ねー、立ちションする方向を間違えていたら、大変なことになるところだったじゃねーか!)
俺はそう思いながら、急いで社会の窓を閉鎖し、元来た道を歩いていく。霧はさらに濃くなっていた。俺が彼女達に近寄り、挨拶しようとしたその時
「ここから動かないでください! ラルヴァがいます!」
神那岐は凛とした声で言い放った。その輩には副会長の水分もいる。もう一人、黒髪の扇子をいじくっている女子生徒は知らない顔だった。
「霧を吸わないでください! すぐになんとかします!」
水分は精神を集中するかのように目を閉じると、すぅっと息を吐いた。
次の瞬間、目を見開くと同時に、何かを払うかのように、右手で正面の空間を薙ぐ。
その瞬間、水分の手で弾き飛ばされたかのように、一定の範囲の霧が消し飛ぶ。まるで、パンッと音が聞こえてきそうな光景だった。
「すげぇ……」
初めて見る副会長の異能だった。
「貴方、2年生ですね? 秋野くん……?」
水分が穏やかな声で尋ねてくる。だが、俺は秋野じゃない。
「牧野!」
「失礼しました……ここにはラルヴァがいます。貴方はここで一体何を?」
「いや、俺はダチと異能の特訓をしてただ……」
俺はそこで根本の姿がないことに気がついた。根本が寝そべっていた辺りには、あいつのものであろう文庫本だけが落ちている。
「ねもはどこだ!? 根本っていう俺のダチがこの辺にいたはずだ」
俺は霧の彼方にかすかに動く人影を見つけた。
「おい!?」
根本は、波打ち際をふらふらと歩いていた。靴が海水に浸かっているのを、まるで気にもしていないかのように、海へ向かって歩いている。
(何やってんだお前!?)
明らかに様子がおかしかった。根本はしゃがみ込み、海水をすくおうとしている。
「危険です! 海にはラルヴァが!」
「ねも! しっかりしろ! おいっ!」
俺は靴が濡れるのも構わず根本に走りより、その体を抱き止める。海水を飲もうとしていた根本は、その衝撃でぐらりと仰け反った。まるで夢遊病でも起こしているかのように、捕まえても抵抗もしなかった。その両腕はだらりと下がり、両手ですくおうとした海水が垂れていく。
「う?……」
頭がズキッと痛んだ。そこには、水分によって弾き飛ばされた褐色の霧が溜まっていた。次第に頭がぐらぐらし始めた。
(この霧はやばい……)
まるでひどい船酔いでもしたかのように、思考することが億劫になる。立っていることが困難になり、俺は根本を後ろから抱きかかえたまま、その場に膝をついてしまった。再び動き出そうとする根本を懸命に抑えつける。
靴下の辺りとお尻が海水に浸かってしまった。ふと、俺は見た。海水の中を、無数の何かが活発にうごめいている。
ここから離れないといけない、本能的にそう感じていたが、体が思うように動かなかった。霧が濃い。水分らがどの辺りにいるのか、いや、海がどっちで砂浜がどっちなのかも分からなくなってきた。
「こっちです!」
次の瞬間、俺と根本の周りの霧が晴れた。
「早く、こちらに…!」
水分が俺と根本の周りの霧を弾いてくれたのだ。
「行くぞ、ねも! うおおおおおおっ!!」
俺は残る力を総動員して根本を抱き上げ、走った。何度も倒れそうになりながら砂浜を走り、そして、水分らの前に倒れこんだ。頭から砂浜にダイブし、口内にじゃりっとした感触が広がる。
「いってぇ……」
顔面からダイブしたことで正気を取り戻したようだ。根本が呻き声を上げ、咳き込む。
「あの霧、そして海水は危険です。海水の中には小さなラルヴァがいます。そして、この先に一体だけ、大きなラルヴァがいます。」
神那岐が静かに海の一角を指差す。しかし、その先は霧で何も見えなかった。神那岐は説明を続ける。
「おそらく、褐色の霧も、通常の霧も、どちらもあの大きなラルヴァが出しているものです。詳しいことまでは分かりませんが、褐色の霧からは、何か、嫌な感じがします」
「どうすればいい?」
俺は水分と神那岐の顔を交互に見た。
「ここは逃げましょう。今は戦う術がありません。ただ、その前に、我々がここに来た目的を達成しなければいけません。」
水分が手を振り上げると、海水が海からヘビのように飛び上がり、水分の後方にあった自動車くらいのサイズの大きなポリタンクへ、ごぽごぽと吸い込まれていく。
「大丈夫か、ねも?」
さっきまでの「霧」による「酔い」は次第に覚めていった。
「け……のどが……のどが渇いた……水を、水を飲まないと……」
根本は正気を取り戻したものの、まだ苦しそうだ。
「ちょっとだ、もうちょっと待ってろ」
ものの数分でその大きなポリタンクはいっぱいになる。さすがに水分は少し疲れたようだった。
「ふぅ……ふぅ……では、星崎さん、お願い……ちょっと容量が大きいけれど、大丈夫かしら?」
「ん? 大丈夫ですよ、副会長。あそこに止めてある大学の車まででしたね?」
ふと星崎という苗字で思い出した。星崎真琴(ほしざきまこと)、2-Cの異能者で、その異能はテレポーテーション。自分の移動だけでなく、モノを移動させることもできるらしい。
星崎はポリタンクに両手を添えると、じっと海とは反対側を見つめた。俺がその視線の先を追うと、そこにはカーキ色の軽トラが停まっていた。恐らく、あの荷台にポリタンクを移動させるのだろう。
「ん!」
星崎の掛け声と共に、ポリタンクは一瞬にして消え去る。目を車の方に向けると、ちょうど荷台の上にポリタンクは鎮座していた。
「副会長、成功ですよ」
「ご苦労さま、じゃあ、帰りましょう……お友達、大丈夫ですか? 適当なところまで、星崎さんに飛ばしてもらいますか?」
水分に言われ、俺は根本の方を振り返った。
「いや、俺は……大丈夫で」
「まあ、ねも、無理すんなって!」
俺は根本をひょいと背中に背負うとそのまま歩いていくことにした。
「牧野……すまん……」
「ん~? まあ、あんま気にすんなって」
俺と根本は、そのまま水分の作る霧に対する安全圏の中を移動し、双葉学園へと帰って行った。根本はそこで先生の車に乗せられ、病院へと運ばれた。命に別状はなく、翌日には退院できるとのことだった。
そして、病院の検査結果より、あの褐色のガスは神経に作用し、幻覚を見せることが疑われた。根本は激しいのどの渇きを覚え、海水であるにも関わらず、水を飲みたいという欲求で一杯だった。




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