【死神さんの怪奇レポート/『牛の乳』:前編】


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   0


 二つの球体が闇に浮いていた。
 それはブルンブルンと音を立て、左右上下に激しく揺れている。
 学校の帰り道で少年はそれに遭遇した。
 辺りに人気は無く、すっかり日は沈んでいて、頼りになるのはわずかな街灯だけだ。その闇の奥から全速力で走ってくるような足音が聞こえたのだ。
(な、なんなんだろう)
 少年は身構える。ここは双葉区だ、一体どんな恐ろしいものが闇から現れても不思議ではない。しかし、街灯の光に照らし出されたそれは、少年の予想をはるかに超えるものであった。
「わあああああ変態だあああああ!」
 少年は絶叫を上げる。
 それも仕方がないだろう。
 目の前からやってきたのは大きな胸を揺らしながら、とんでもないスピードで走ってくる下着姿の女だったのだ。
 Hカップほどはあるであろうその胸は、ブラジャーからはみ出さんばかりに激しく動いている。その女は陸上選手のような完璧なフォームで少年のもとへと駆け寄ってくる。
 それだけならばまだいいものが見れたと思うかもしれない。しかし、その女の顔は人間のものではない。
 その女の頭は、牛の頭だった。
 それはホルスタインのような白黒の模様だ。覆面なのかそうではないのか判断がつかないが、女性の下着姿を前にしても、少年は欲情ではなく、そのチグハグな姿にただ純粋な恐怖を覚えた。
 しかし、体がすくみ動かない。そうしているうちに女は少年に飛びかかり、その豊満な胸で少年の顔を挟みこんだ。
(ああ、超柔らかい……)
 その胸に挟まれた瞬間恐怖は吹き飛び、柔らかな肉体の快楽におぼれていく。少年は天国にいる気分だった。
 しかし、その直後、体中の力が抜け、少年の意識はそこで途絶えた。
 これが『妖怪|牛乳女《うしちちおんな》』の最初の目撃談である。


   1


 四谷《よつや》司《つかさ》はひたすら走る。
「やばいやばい! また遅刻だ!」
 運動神経が無駄にいい司は素早く通学路を駆け抜けていく。ガードレールを飛び越え、近道のために塀の上を走り、人込みをかき分けて走る。猫毛のショートカットの彼女は、ボーイッシュを自称し、学校でもスカートを穿かず、いつもジャージにハーフパンツだ。だからどれだけ飛んだり跳ねたりしても平気であった。
(よーし。このまま行けばちょうど間に合うな)
 司は時間を計算し、ふうっと一安心する。遅刻なんてしたらまた担任に怒鳴られてしまう。これで今月入って遅刻は五回目だ。
(これも全部|鳴海《なるみ》さんのせいだ!)
 昨日も真夜中まで知り合いの大学生、鳴海《なるみ》麗一《れいいち》の手伝いをさせられて、結局彼の部屋に泊まることになった。しかし鳴海アパートから双葉学園は遠く、自転車も無い司はただ全力で走るだけであった。
 しかし、あと少しで学校につくという油断が命取りになった。
「あっ!」
 前方から人が歩いているのが見えた。このままではぶつかってしまう。早く走っている司は、急に止まろうとして思い切りけつまずく。
(しまった!)
 そう思った時は遅く、司はその目の前の人物に突っ込んでしまっていた。しかし、激突した衝撃は無く、ふんわりとした、まるでエアバックにでも包まれたかのような感触が司の頭を襲った。
(なにこれ、柔らかい)
 ずぶずぶと顔が沈んでいく。
「そんなに急いでいては危ないですわよ」
 綺麗で透き通った上品な声が司の頭上に降り注ぐ。ぽよんっという弾力のある感触に弾かれ、司は息が出来るようになり、その人物と目があった。
 その人物はものすごい美人であった。まるで絵本の中のお姫様のように上品な雰囲気で、栗色の長い髪をくるくるとロール状に巻いている。睫毛も長く目も輝いていて、男の子に良く間違われる自分とはまるで別次元の生き物のように司は思えた。
 しかし、一番司と違うところはその胸であった。
 司は自分があの胸に飛び込んで怪我をせずに済んだのだと理解した。その胸は驚くほどに大きく、自分なんかとは比較するのが失礼なほどだ。
「あ、あの。ご、ごめんなさい!」
 司は慌てて頭を下げる。ぶつかったのは自分に原因があり、助かったのは彼女の胸のおかげだ。
「いいのよ。見たところ中等部の子かしら。お互いお怪我が無くてよかったたじゃないですか。それではごきげんよう」
 ひらひらと手を振り、その上級生は華麗に去って行った。その彼女の後ろを「まってください先輩!」とか「お怪我はありませんか先輩」とか「ああ、いつ見ても御美しいです」と取り巻きの女子たちが彼女を追いかけていく。
 まさに女の子の鏡と言った感じの人だ。司はぽーっと憧れの視線で彼女をただ見送るだけであった。


   2


「おっぱいこそ至高。おっぱいこそロマン」

 そんな言葉が厨房の奥から聞こえてきた。
(なんか下品な言葉が聞こえてきたけど聞かなかったことにしよう)
 司は空耳に違いないと自分に言い聞かせ、頼んだチャーハンを口に運んだ。熱々のチャーハンはとても美味しく、いくつもの具のうま味が口内にじんわりと広がっていく。
「あー、いつ来てもここのチャーハンは最高だなぁ」
 司は幸せそうにニヤつき、チャーハンを心の底から味わっていた。 司は今、商店街にある中華料理店『大車輪』のテーブル席に座っていた。彼女の前にはクラスメイトの靴之裏《くつのうら》ガム子が杏仁豆腐を食べている。二人は昼食をここで済ませていた。
「そう言えばつーちゃん」
 ふと思い出したように、ガム子はグルグルメガネを押し上げ司に話しかけた。司も食べるのを止め、彼女の顔に視線を移す。
「なにガム子」
「あのねー。おっぱいで思い出したんだけどー」
 思わず含んでいたチャーハンを吹きそうになる。おっぱいで思い出す用事とは一体何だというのだろう。思わず司は今朝の巨乳の上級生を思い出してしまう。今もまだ彼女の胸の柔らかさが感触として頬に残っていた。
「そんな大きな声で女の子が下品なこと言うなってば」
「おっぱいは下品じゃないよ! 怖くないよ! つーちゃんもそのうち膨らんでくるから大丈夫だよ!」
「うるさい! それで、早く話を進めてよ」
 マイペースなガム子と話すのは疲れる。司はやれやれと頭を抱えた。ガム子はそんな司を気にせず、ポシェットからメモ帳代わりにしている電子端末を取り出し、その画面を司に見せた。
「これだよこれー。今わたしたち中等部の新聞部が追ってる怪奇事件!」
 司は身を乗り出し、その端末に映し出された情報を読む。そこにはこう書かれていた。
「『怪奇! 牛乳女は実在した! 既に何人もの男子生徒が骨抜きに……!?』」
 それを読んだ後、司は首をひねる。
「……ぎゅうにゅうおんな?」
「違うよつーちゃん! 『うしちちおんな』だよー!」
 ガム子はプリプリ怒りながら端末を操作した。しかし『牛乳女』と書かれていたら『ぎゅうにゅうおんな』と読んでしまうのは仕方ないだろう。
(牛乳飲む女なんて怪奇でもなんでもないじゃん)
 ちょっとだけ頭の中で想像し、プッと吹き出してしまう。自分だって牛乳はよく飲む。それだけで怪奇扱いされたらたまらないだろう。
「それでガム子、その牛乳女って一体なんだよ」
「うん。あのねー。牛乳女ってのは最近双葉区で目撃される変態さんのことなんだよー」
「……変態?」
 変態なら高等部にでも行けばいくらでも見られると思うが、誰が聞いているかわからないから黙っていよう。
「そう、変態さん。これ、目撃者の情報を集めて漫研部にイラスト頼んだんだけどー。見て見てー」
 端末に映し出された画像を見て司はぎょっとする。プロレベルの画力で描かれたそれはなんとも不気味なものだった。
 ホルスタインの牛の頭に、バカみたいに大きな胸。しかも下着姿である。確かにこんなのが街を歩いていたら変態というか変質者に思えるだろう。
「なにこれ。警察は何してんのさ。歩くトラウマ製造機じゃん!」
「それがねつーちゃん。これはラルヴァかもしれないって噂もあるのー。この牛乳女と遭遇した男子生徒は、みんな原因不明の症状で寝込んじゃったのー」
「それは、どういうこと?」
 実害があるってことは、ただの噂話や都市伝説というわけではないのだろうか。その話に司も少々興味を持った。
「うん。なんでも牛乳女のおっぱいに顔をはさまれると精力を奪われちゃうらしいのねー。何人もの男子生徒が犠牲になっててー、みんな一週間ぐらいベッドから動けないくらいだったらしいのー」
「そっか。やっぱりラルヴァの仕業かもしれないね」
「そうなのー。それで、わたしたち新聞部はスクープの大チャンスなのよー。風紀委員よりも早くこの牛乳女を捕えれば、きっとわたしたち新聞部の部費は倍に跳ね上がるに違いないのー!」
 ガム子はメガネをピキーンと光らせながら不気味に笑った。とろそうな雰囲気の彼女だが、部活動のこととなると途端に活動的になる。根っからのジャーナリスト気質というか、野次馬根性というのか。こうなったガム子を止めることは誰にもできないことを司は知っていた。
「そう。じゃあ頑張ってね。僕は応援してるよ、遠くから」
「駄目なのつーちゃん! こうして今日はつーちゃんに協力を求めにきたんだからー!」
 そう言ってガム子は体を乗り出して司の両手をぎゅっと握りしめた。
「や、やだよ! そんな変態化け物なんかに関わったらろくなことなんかないもん!」
「お願いつーちゃん。頼れるのはつーちゃんだけなの。私ほかに友達いないし、つーちゃんの『見鬼』の能力に頼るしかないのー!」
 そう言われると弱い。自分の能力が人の役に立つのなら、それは嬉しいことだ。司の持つ異能『見鬼』は、幽霊や妖怪と言った、怪異的なラルヴァを視認する能力である。しかし話に聞く限り牛乳女は一般人にも見える存在だ。自分の異能が必要とは思えない。
 しかし、メガネの奥の瞳に、涙を浮かべるガム子のお願いを無下にすることは司にはできなかった。
 司は深い溜息をつきながら、
「わかったよ……。ここを奢ってくれたらな」
 と仕方なく呟いた。





 新聞部が集めた情報によると、牛乳女が現れるのは日が沈んでからだという。
 時刻はもうすぐ七時を回る。
 すっかり辺りは真っ暗で、何が出てきてもおかしくないような不気味な雰囲気が辺りにはあった。
「本当に現れるのかなぁ。牛乳女」
「現れるまで粘るよー。スクープ取れるまで帰ってくるなって来るなってあの怖い部長に言われてるからー」
 ガム子はビデオをバッと構え、司の顔をズームした。司はそれを手ではじく。
 司とガム子の二人は人気の少ない河川敷にやってきていた。街の灯りは遠く、月の光だけが二人を照らしている。
 司は自分の電子端末を開き、ガム子から送信されてきた牛乳女の情報に目を通す。そこで司は被害者の共通点に気付く。
「ねえガム子。これ被害者ってみんな男子生徒じゃん。つまり牛乳女は男の子しか襲わないってことだろ。僕たちがこんなところ歩いていても牛乳女が現れてくるとはとても思えないんだけど」
「おおー。それは盲点だったにゃー」
 ガム子はぽむんと手を打ってどうしたものかと考え込み始めた。司はまたふうっと溜息をつく。まったく考えなし過ぎるだろう。そうしてふと、視線を土手の道に目を向けると、何か奇妙な人影がこっちに走ってくるのが見えた。
「げっ! ガム子! あれあれ!」
 司はガム子の肩を揺すぶって、道の奥を指差した。二人はそれを凝視する。その人影は猛スピードにこちらに近づいており、やがて輪郭がはっきりとしてくる。
 それは、牛頭の巨乳の女だった。
「牛乳女だ~~~~~~~~~~!!」
 二人は同時にそう叫ぶ。噂どおりに頭から上が牛になっていて、上下紫色の下着姿だ。未だ発展途上の司とガム子とは比べ物にならないほどの大きな胸が、走るリズムに合わせて激しく揺れている。
「スクープ! スクープだー! 本当に牛乳女はいたんだよー!」
 興奮しているガム子はビデオを回し、ただひたすら撮り続けた。しかし、司はそれどころか純粋に恐怖し、引きつった顔でガム子の袖をひっぱり逃げるのを促した。
「やばいってあれ! 絶対まともじゃない!」
「ダメダメこんなすごいのから逃げるなんてジャーナリスト失格だよー!」
 そう言ってガム子は興奮してしまってどうしようもない。そうこうしてくるうちに牛乳女はすぐ目の前まで迫っていた。
 視界が牛乳女の巨乳で埋まる。
「わあっ!」
 そう叫ぶ暇もなく、司の顔は、牛乳女の肉に埋もれていく。水風船よりも柔らかな弾力で、顔が谷間に沈み、呼吸もままならなくなってしまう。
「んー! んー!」
 必死に司がもがいていると、牛乳女は司を解放し、そのまま走り去ってしまう。しかしその衝撃でくらくらしてしまった司は河川敷の芝生の坂を転がっていき、ドボンと川に落っこちてしまった。
「わあ、つーちゃん大丈夫!」
 なんとか川から上がり、必死に這う司に、ガム子は手を伸ばした。
「まったく大丈夫じゃないっての……」
 散々な目に合って、司は己の不幸を呪った。しかし、司はさっきの牛乳女の胸の感触に、なんだか覚えがあるような気がした。
(……気のせい、だよね)
 嫌な胸騒ぎだけが心に残る。



   3


「つつつつつ司くん! その格好はどうしたんだね!」
 牛乳女に出会ったその後、ガム子と別れ司は近くにあるおんぼろアパートの一室にやってきていた。そこに住む知り合いの大学生、鳴海《なるみ》麗一《れいいち》を尋ねたのだ。
 黒の長髪で、長身痩躯の根暗っぽい鳴海は大学でラルヴァの研究を専門としている。司は牛乳女の手掛かりがないかと彼のもとへ訪れたのだ。
「どうもこうも無いですよ鳴海さん。変態にやられて川に落ちちゃって仕方なくこんな格好してるんですよ」
 そう、司の着ていた服はずぶ濡れになってしまった。着替えを持っていなかった司は困ってしまったが、なぜかガム子が予備の服を持っていて、それを貸してもらったのだ。
 しかし、その予備の服と言うのが趣味のコスプレに使う、ひらひらのフリルがついたメイド服であった。
 背に腹は代えられぬ。仕方なくその格好のまま鳴海の部屋にやってきたのだ。彼の家にまで行けば男物のコートなどを借りられることもできるだろうと高をくくっていた。
「あんま見ないで下さいよ。これ恥ずかしいんですから。僕が着たってこんなの全然似合わないんですから――」
 そう言いながらひらりとロングスカートを翻し、ちらりと鳴海のほうを見ると、なぜか彼は目をぎょろっとさせ、興奮したように鼻を鳴らしていた。
「あのう。鳴海さん?」
「似合ってないなんてとんでもない! すっごく可愛いよ司くん!」
「へ?」
 予想外の鳴海の反応に、司は顔を真っ赤にする。可愛いなんてそんなことを言われたのは初めてだ。司は確かに可愛らしい顔立ちをしているが、髪型と口調のせいか男の子に間違われることが多い。しかしこうして女の子そのものの格好をしていると、ごく普通の美少女であった。
「司くん! 可愛い! もうずっとこの格好でいてくれたまえ! 大好きだ! 結婚してくれ!」
 そう言ってテンションの上がった鳴海は、そのまま司の身体に抱きつき始めた。いつも陰気でダウナーで無駄に偉そうな鳴海のこの反応に、驚きどころか司は軽く恐怖を覚える。
「何言ってるんですか鳴海さん! 僕まだ中学生になったばかりですよ!」
「構うものか! 愛に年齢は関係ない。このアパートには金髪ロリと結婚してる暴力教師がいるんだ、気にすることない。さあ司くん私と愛の契りを――」
「いい加減にしろこの変態!」
 司は拳を鳴海の頂点に叩きこむ。すると気絶してしまったようで、力なく床につっぷしてしまった。
(もう、なんなんだよ一体。僕にも心の準備ってものが……)
 乱れた服を直しながらふと部屋に目を向けると、ビールの空き缶がゴロゴロとあちこちに転がっていた。
「うわ酒くさ!」
 思わず司は鼻をつまむ。どうやら鳴海は相当酔っ払っているようである。それで鳴海のテンションがおかしかったようだ。鳴海は呆れながら彼を見つめる。しばらくすると鳴海はむくりと起き上がった。
「……すまない司くん。どうやら酔ってしまっていたようだ」
「でしょうね」
 鳴海さんはいつも以上に青い顔で申し訳なさそうに頭を下げる。そしてトイレに駆け、「おろろろろろ」と吐き出していた。
(まったく。本気にしちゃったじゃないか。鳴海さんの酒癖の悪さには困ったもんだ)
 司は残念そうとも、迷惑そうとも取れる溜息を漏らし、このメイド服を着替えようとクローゼットの扉を開けた。こんな服以外ならなんでもいい。鳴海のTシャツとかのほうがましだと司は思った。
「げっ!」
 しかしその中にはメイド服は勿論、チャイナ服やナース服、アニメのキャラのようなカラフルな服が大量に置いてあった。司は思考を停止させ、ぱたりと扉を閉める。
(見なかったことにしよう)
 人の趣味は人それぞれだ。深く詮索しないほうが身のためである。




「牛乳女の話しは私も聞いたことがあるよ。私もちょうど調査に乗り出していたところさ」
 すっかり酔いが覚めた鳴海は、いつものように気取った調子で長髪をかきあげ、パソコンを立ち上げていた。もはやそこに威厳は無いが、司は黙って彼の話を聞いた。
「最初に被害者が出たのは一週間前。それから毎日のように現れ、もう被害者は七人だ。おっと、キミも合わせれば八人だね」
「でも鳴海さん。僕はほかの被害者のように寝込んだりしてませんよ。ただ驚いて川に落ちちゃっただけです」
 ほかの被害者たちはあの牛乳女の胸に触れ、精力を奪われたかのように体が動かなくなってしまったという。しかし司はそうではない。坂を転がって川に落ちるという散々な目にあったものの、すこぶる元気であった。
「うむ。それは司くんが女の子だからだろう」
「はあ。関係あるんですか?」
「あるさ。おそらく牛乳女は淫魔のようなものなのだろう。異性の精力を吸い取ることはできるが、女性の胸に性的興奮を覚えることのない同性相手では意味が無い」
 なるほど、と司はぽんと手を打った。
「じゃあ、なんで僕は狙われたんですかね。今まではちゃんと男子生徒をピンポイントで狙ってたみたいなのに」
「そりゃあキミを男の子と間違えたからじゃないかね」
 司はパンっと鳴海の頭をはたいた。そりゃあ自分は男みたいな格好をしているけど、そう直接言われるのは腹が立つ。司には女の子としてのプライドもある。
「いてて……。だからね司くん。男の子と間違われることのないよう、そういう格好をいつもしたほうがいいよ」
「それはお断りします」
「なんなら私のコレクション――」
「お断りします」
 鳴海さんはがっくりと肩を落としながら、デスクトップにアニメキャラが映っているパソコンを、カタカタといじり始めた。
「しかし、顔が牛で体が人間っていうと、神話に出てくる怪物ミノタウロスを思い浮かべるね」
「そうですね。僕も話を聞いた時、最初それを思い浮かべました」
「ううむ。だが淫魔の力を持っているということはそれとは関係ないのかもしれないな。」
 鳴海さんは頭を掻きながら自室に散らばっている本の山から、一冊の本を取り出した。そこには『裏世界魔術道具全集』と書かれている。凄まじく胡散臭い。
「えーっと。確か前に似たようなものを見た気がするんだよ」
 鳴海はパラパラと広辞苑のように分厚いその本をめくっていく。しばらくすると「あった。これだ」と、あるページを開き、司の目の前に本を置いた。
「『バービー教の魔術道具一覧』……? なんですかこれ」
 そのページには見たことも無いような怪しげな魔術道具らしくものが写真つきで載っていた。中には男性のシンボルを模したような卑猥な形をしたものがある。というかそういうのが多く、思わず司は顔を赤くしてしまう。
「『バービー教』とはアジアの小国、アジャルパカに伝わる独自の宗教だ。これは主にその地に伝わる邪神を崇め、神官たちは魔術を得意としているらしい。さらなる特色としては、邪神を祭る際に、サバトを開くことで有名だ。そのサバトは大人数での性交渉を行い、人間の体液を邪神にささげるという」
 鳴海は淡々と説明するが、司はなんとなくサバトの様子を想像してしまい、そのページから目をそらしてしまう。
(うう、やっぱり鳴海さんは女心がわかってない……)
 バービー教の魔術道具の項目をいくつかめくっていくうちに、見おぼえがあるものが目に飛び込んできた。
「鳴海さん、これ!」
 そこには牛の首がカラー写真で載っていた。あの牛乳女と同じように、ホルスタインのメスの首だ。その魔術道具は『邪神キスイダ・イ・パッオの覆面』という名前らしい。
 司はそれに喰いつき説明分を読んでみる。
「『彼らの崇めるキスイダ・イ・パッオは雌牛の姿をしている。これは邪神を象って実際の牛の首を切り落とし剥製にして作られたものだ。覆面には魔術付与がされており、これをつけたものは男性を誘惑し、精力を覆面に吸い取ることが可能になる。これはサバトにおける有効な精力の収集方法で、使用者は女性に限定される』」
 間違いない。あの牛乳女の正体はこれだ。
 つまりあれはラルヴァではなく、魔術道具を使用している人間ということになる。
「確かにこれは噂の牛乳女の首と一致するようだね」
 鳴海さんはガム子から転送されてきた、牛乳女の動画をパソコンで見ていた。さすがは新聞部のスクープ担当である。あの状況でもしっかりビデオに収めていたようだった。画像は荒いが、確かに牛乳女の首には覆面だということがわかる繋ぎ目があり、この魔術道具と同じ種類のものだと確認できた。
「どうするんですか鳴海さん」
 相手が人間だというのなら、鳴海の『異能』が通じることは無いだろう。しかしそれでも鳴海はニヤリと笑った。
「決まっているだろう司くん。闘牛をするんだ。牛乳女退治だ」






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