【男子トイレにて】


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。




 絶体絶命。
 それが今の僕のこの状況を表す一番最適な言葉だろう。
 この僕は自分で言うのもなんだが、クラス一の秀才で優等生だ。試験はどの教科も九十点より下はとったことないし、スポーツだって万能だ。バレンタインともなればチョコをいくつももらえる。
 そう、僕は凡人とは違う。僕は選ばれた人間だ。
 いずれは完璧な大人になり、この日本のトップを目指す。それが僕の将来の目標だ。
 しかし、ピンチという名の試練は、等しく誰にでも訪れる。この秀才の僕にもそれはやってきた。こんな事態は生まれて初めてで、一体僕はどうしたらいいのかわからない。混乱のあまり頭が上手く回らないのだ。そう、この今の僕が置かれた状況を一言で説明するならばこうだ。

 紙が、無い。

 言っておくが『髪が無い』の誤字では決してない。僕の髪の毛はふさふさだ。僕は毛根にも気を使っている。
 僕は今高等部のトイレの個室の中にいる。狭苦しい四角の空間。三時間目の休憩時間に腹痛を感じた僕は、二年のトイレに駆け込んだ。幸い誰もいなかったからすぐに入ることができ、無事間に合った。
 しかし、安心するのは早かった。
 僕とあろうものが、急ぐあまりに事前の確認を怠っていた。いつも政治家の父親には『現場を把握し、常に最善の選択をせよ』と耳にタコができるほど言われたのだがこのありさまだ。
 トイレットペーパーがなければこの個室から出ることはできない。
 こんなことならポケットティッシュをきちんと常備しておくべきだった。何か紙の代わりになるものがないだろうかとあたりを見回して見るが、この狭い空間にそんな都合がいいものなんてあるわけがない。
 どうすればいい。ああ、そうだ!
 僕は名案を思いついた。さすが僕だ。どんな絶望的な状況でも冷静な判断ができるのが完璧な人間だ。僕はポケットから携帯電話を取り出す。そう、じいやに電話してトイレットペーパーを持ってきてもらえばいい。簡単な話だ。優秀な僕の執事であるじいやなら呼び出しで二秒で駆けつけてくれる。
 しかし、携帯電話を開いた瞬間「ピー」という音が響いて画面が真っ暗になった。
 充電が切れたのだ。
 なんということだ。そういえば昨日は夜中までツイッターをしていて、そのまま充電しないまま寝てしまったのだ。なんということだろう。僕としたことが今日はミスの連続だ。
 いや、まだだ。まだ状況は最悪とは言えない。
 このトイレには必ずほかの生徒もくる。少々屈辱的ではあるが、やってきた誰かに頼る必要があるだろう。
 しかし何分待とうと誰一人やってこなかった。仕舞いには余鈴のチャイムが校舎に鳴りびくのがトイレまで聞こえてきた。
 なぜだ、なぜ誰もこない!
 頭を抱えて考え込んでいると、僕は次の授業を思い出した。そうだ、次は二年生男子の合同体育で、みんな第三グラウンドに移動してしまったんだ。つまりこの二年の教室には男子は誰もおらず、助けを見込める気配は一切ない。
 一体どうしたらいいんだ。
 このままでは授業に戻れない。それは許されないことだ。完璧なる僕は授業にも一切穴を開けてはならない。サボったなんて父にばれてしまったら殺されかねない。完璧なる卒業を目指すためには無遅刻無欠席を貫きとおさねばならないのだ!
 そこで僕は考える。
 そうだ、異能を使おう。
 秀才なる僕は素晴らしい異能にも目覚めている。
 それは『瞬間移動《テレポート》』。優秀なる僕に相応しい、応用性の高い優秀な異能だ。
 だが僕のテレポートは小さなものしか移動させられず、射程範囲は狭い。こんな状況になるのならばもっと異能を強化する訓練を積めればよかったのだが、僕が異能に目覚めたのは数日前だ。仕方のないことだろう。
 だがこの状況を打破するにはテレポートを使うしかない。
 一体何を瞬間移動させるのか。
 そんなのは決まっている。勿論、紙だ。トイレットペーパーをこの場へとテレポートさせる。異能の射程範囲はだいたいこのトイレ全体ぐらいだ。男子トイレの個室は全部で四つ。そのすべてが横並びになっている。
 つまり、この隣の個室にはトイレットペーパーがあるということだ。
 そのトイレットペーパーをこっちの個室へと瞬間移動させるしかない。だが目標が見えていないとなると、テレポートは難しい。しかしきちんと座標を合わせることができれば見ていなくても物質を転送できる。
 幸いなことに、全部の個室は中が一緒だ。すべて洋式で、左側にトイレットペーパーが設置されている。
 ならば迷うことは無い。実践するだけだ。僕は目を瞑って精神を集中させ、隣の個室をイメージし、トイレットペーパーをこっち側へと呼びよせるように手を掲げる。
 するとカランっという音が響いた。
 やった。成功した。
 そう思い目を開けると、コロコロとトイレットペーパーの芯だけが床のタイルを転がっていた。
 ノオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!
 僕は思わずそう心の中で叫び、目の前の扉を殴りつけてしまう。手が痛い!
 なんで隣の個室も紙が切れているんだ!
 いや、いやいやいや。落ち着け僕。まだ個室は二つある。
 もう一度精神を集中させ、僕は隣の隣の個室からトイレットペーパーを転送させる。
 コロコロコロ。
 また芯。
 隣の隣の隣の個室からトイレットペーパーを転送させる。
 コロコロコロコロコロ。
 またまた芯。
 ふざけんなあああああああああああああああああ!
 なんで全部の個室にトイレットペーパーがないんだよおおお!
 誰だ盗んでいった貧乏人は! あとで絶対に見つけ出してやる! 
 くそ、落ち着け。冷静になれ。クールになるんだ。素数を数えろ……よし、大丈夫だ。
 しかし、一体僕はどうしたらいいのだろうか。おとなしく授業が終わるまで待つか。それともこのままズボンを穿いてしまうかの二択だ。後者を選択することはまずできない。臭いですぐにバレてしまうに違いないからだ。そんなのは愚者の選択だ。
 ならばどうする……。
 そこでふと、僕の頭に光明が差した。
 これはいける。確実にいけるはずだ。
 この個室の後ろには、女子トイレがある。女子トイレの個室はトイレ内の左右両方にあるはず。つまりこの個室と女子の個室はお互いが背中あわせになっているはずだ。
 ならばその女子の個室からトイレットペーパーを転送させればいい。
 さすがに女子トイレのトイレットペーパーまでは盗まれているはずがない。女子は普通に授業があるため、このトイレを利用したはずだ。だから確実に紙はある。紙はあり、神はいた!
 思い至ったら即実行。時間はもう無い。
 僕はもう一度精神を集中させて女子トイレの個室をイメージする。しかし、当然のことながら僕は女子トイレには入ったことが無い。もしかしたら男子のそれとは構造が全然違うのかもしれない。女子トイレは男子にとって人外魔境だ。なにがどうなっているのかさっぱり想像がつかない。
 そんなふわふわした思いのまま、僕は転送を始めた。
 上手くいくかはわからない。
 しかし、その直後、僕の手にふんわりとした感触がした。
 紙だ。
 トイレットペーパーが僕の手に転送されてきたのだ。どうやら成功したようだ。さすがは僕。秀才なる僕は何をやっても完璧なのだ。この絶体絶命のピンチという試練を見事に僕は乗り切った。
 だが僕の手の中にあるそれは、妙な温かさを持っている。人肌程度の温度だ。
 なぜトイレットペーパーがあったかいのだろう。ようやく僕は目を開け、手の中にあるそれを見つめる。
 僕の手に握られていたのはトイレットペーパー――ではなく、白い布であった。
 両手で持ってみると、よく伸びる、三角形の布だ。リボンのようなものや、ひらひらとレースがついたりしている。
 これはこれは――

「きゃ~~~~~~~~~~~~! 私のパンツが盗まれたー!」

 そんな悲鳴が真後ろから聞こえてきた。
 そしてその数分後風紀委員が駆けつけ、僕の個室をノックする。
「おいそこのお前! 異能を悪用して女生徒の下着を盗んだな! 成敗してやる! 立てこもっていないで出て来い!!」
 そんな恐ろしい風紀委員の怒鳴り声が今の僕にとっては救いであった。
 僕は泣き声でこう言った。
「出て行くので、紙をください」









 その後、事情を説明してなんとか処分は免れたものの、僕は「テレポート能力でパンツを盗んだ変態」というレッテルを世間に貼られることになった。
 優しいクラスのみんなは「気にするな」と言うが、その目は白いものであった。ああもう僕の優等生生活は崩壊だ。
 こうなったら仕方が無い。
 僕は優秀で完璧な変態を目指すことに将来の目標を修正した。


 おわりんこ







ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。