【双葉学園の怖い噂 最終怪「目比くん」】


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  「目比くん」


 その日の朝、ぼくが教室に入ると、クラスメイトたちが不思議そうな目でぼくを見た。
 なんだろう、どこかにゴミでもついているのかなと思って自分の席に座ろうとすると、ぼくの席には別の男子生徒が座っていた。
「ねえ、そこぼくの席だよ。どいてよ」
 そうぼくが言うと、彼は怒ったように立ちあがっていこう言った。
「何言ってるんだよてめえ。ここは俺の席だ。お前は一体誰だよ」
 それを聞いた時、意味がわからなかった。彼の机には「田中太郎」と書かれていて、確かにぼくの席ではなかった。
 おかしいと思ってほかの机もざっと見てみるけど、ぼくの机はどこにもない。
「お前人の机をじろじろ見るなよ」
「誰なんだお前。どこのクラスだ」
 クラスメイトたちは口々にそう言う。なんだよ、なんなんだよこれは。
「ぼくだよ、同じクラスの目比《めくらべ》だよ!」
 ぼくがそう訴えかけても、シーンとクラスには静寂が訪れるだけだ。
 むしろ怒っていた生徒たちも、ぼくに憐みの目を向ける。
「このクラスに、目比なんてやつはいないよ。お前、クラスか学年間違えてるんじゃないのか……?」
 ぼくの席だったはずの場所にいる田中太郎も同情したようにそう言った。
 違う。確かにぼくはこのクラスだ。 
 なのになんでみんなはぼくのことを知らないんだ。
 怖くなったぼくは、教室を飛び出した。
 そうか、これはイジメだ。
 イジメに理由なんてない。突然いじめられることだってあるだろう。
 きっとみんなはぼくのことをクラスに存在しないやつとして無視するつもりなんだ。
 情けなくもぼくは目に涙を浮かべて廊下を走る。
 すると、角を曲がってきた人影とぶつかってしまう。
「いてて……」
 その大きな体にぶつかって、ぼくは思わず尻もちをついてしまう。顔を上げてその人の顔を見ると、それは担任の先生であった。
「あっ、飯田先生!」
 ぼくがそう呼びかけると、飯田先生は怒ったようにメガネを押し上げ、ぼくの襟首を掴みあげた。
「廊下を走るなんてけしからんな。お前一体どこのクラスだ? 名前は?」
 そう先生が言って、ぼくは絶望する。
 先生まで何を言っているんだ。確かにぼくは影が薄いけど、教師にまで忘れ去られるほどとは思えない。
「ぼ、ぼくは先生のクラスの目比です……」
 そう言うが、先生はぽかんとした表情で少し考え込み、
「目比なんてやつはうちのクラスにはいないぞ。嘘をつくなんて最低なやつだ。生活指導室に連れて行ってやる。来い!」
 そう怒鳴った。
 そのまま引きずられそうになり、怖くなったぼくは思わずそれを振り払う。
「あっ……」
 パニックで頭がおかしくなりそうだった。
 先生は顔を真っ赤にして怒っている。
 気が付いたらぼくは全力で走りだしていた。
 なぜだ。なぜ誰もぼくのことを知らないんだ。もしかしてぼくの記憶がおかしくなっているのか。本当は別のクラスなのか。
 ぼくは図書室に駆けこんだ。
 そこにあるパソコンへと向かう。電源を入れ、学園の生徒たちに公表されているデータベースにアクセスし、中等部の名簿を見る。
 ぼくは自分の名前を入れて検索を開始する。
 しかし、

 目比に一致する情報は見つかりませんでした。

 と出るだけであった。
 検索なんて信用できない。全名簿を今度は目で確認していく。
 だけど、どこのクラスにもぼくの名前は無い。
 嘘だ。
 ありえない。
 ぼくはこの双葉学園に存在しない。
 そんな事実を突きつけられても、ぼくは信じることが出来なかった。信じたくなかった。
 一体ぼくは誰なんだ。何者なんだ。
 ぼくの中にある記憶は、すべて嘘なのだろうか。
 がっくりと肩を落とし、茫然としていたら、誰もいない図書室の扉ががらりと開かれた。
 虚ろな気分でそっちに目を向けると、一人の女の子が入ってきていた。
「あっ……」
 ぼくはその子と目が合う。
 そのおとなしそうな女の子は、ぺこりと会釈だけして恥ずかしそうにそそくさと隅の机についた。
 彼女は度の厚そうなメガネで、長い黒髪を三つ網にしている。いかにも文学少女と言った感じの女生徒だ。
 でも可愛い顔をしている。なぜだか知らないけれど、彼女のことがぼくは気になった。
 すると、なぜか彼女のほうもぼくをチラチラとみているではないか。それがなんだか嬉しくて、ぼくは彼女のほうへ歩みよる。
「ねえ、キミ。ぼくのほうをさっきから見てるけど、どうしたの?」
 ぼくがそう尋ねると、彼女は驚いたような顔をして、すぐに彼女顔は耳まで真っ赤になった。
「あ、ご、ごめんなさい……迷惑でしたよね。すいません……」
 彼女はそう言ってぺこりと何度も頭を下げる。そんな、謝ってほしいわけじゃないのないのに。
 ふっと、視線を下に向けると、ぼくは彼女が何かを書いていることに気づく。そこに広げられているのは原稿用紙で、彼女は何やら小説のようなものを書いているようであった。
「へえ、キミは小説を書いてるんだ……」
 感心してぼくはそれを覗きこむ。
 だけど彼女は恥ずかしそうにそれを隠した。
「隠さなくてもいいのに」
「す、すいません。あの、なんだか貴方が私の書いている小説の主人公のイメージそのままの人で、見られるのが恥ずかしいんです……」
「それでぼくのほうを見てたのか」
「ごめんなさい……」
「いや、いいんだ」
 むしろぼくは嬉しかった。誰もぼくのことを知らないのに、彼女だけは気にかけてくれたから。
「ねえ、その小説見せてくれないかな。ぼくとイメージが似てるって言われたら気になっちゃうし」
「え……?」
 女の子は驚いた顔をしm恥ずかしそうにしながらも、鞄からいくつもの原稿用紙を取り出してぼくに手渡した。
 それにはそれぞれ順に『隙間女』『穴』『瓶詰めの少女』『予知夢』『人魚姫』『化猫』という題がつけられている。どうやら六つの掌編からなるオムニバス怪談小説のようだ。
「人に見てもらうなんて初めてで恥ずかしいです。こういう話を書いてるなんて知られたら、絶対引かれるもの。でも、ちょっと嬉しい……」
 女の子はもじもじとしながらぼくを見つめる。
 ぼくはその期待にこたえようとそれを読み始める。
 そして、衝撃を受けた。
 内容は平凡な怪談だ。どこかで見たことあるような、別段オリジナリティがあるわけではない。とくに語ることのないようなものだ。
 問題はそこじゃない。
 その登場人物の名前だ。
 それに毎回登場する主人公の名前は『目比』。
 ぼくと、同じ名前であった。
「ねえキミ! キミはぼくのことを知っているんじゃないのか!」
 ぼくは驚いてそう声を張り上げる。
 だけど女の子は目をパチクリしてぽかんとするだけであった。
「いえ、あなたのことは初めて知りましたけど……」
「じゃあこの目比ってなんなんだよ。ぼくの名前も目比なんだよ!」
 ぼくは思わず原稿を叩きつける。自分で言うのもなんだけど、こんな変な名前がそこらにあるものじゃない。ぼくの名前を知らなきゃ、使わない名前だろう。それに彼女はぼくとこの掌編の主人公のイメージが同じと言った。これは逆で、ぼくをイメージしてこれを書いたんじゃないのか。
 ぼくはその時、必死のあまり怖い顔をしていたのかもしれない。
 女の子は目に涙を浮かべ、恐怖に体を震わせていた。
 彼女は原稿用紙を掴みあげ、泣きながら図書室を飛び出した。
 その時ようやくぼくは自分のしたことに後悔する。ようやく得られたと思った理解者に、こうして理不尽に怒鳴られたのだ。彼女の悲しみは想像にたやすい。
 それに彼女だけがぼくのことを知っている可能性が高い。
 彼女だけがぼくにとっての蜘蛛の糸になるかもしれない。そう思い、ぼくはすぐに追いかけた。
 どこに行ったのだろうと廊下を走っていると、窓から彼女が校舎裏にいるのが見えた。
 ぼくは素早く階段を駆け下り、彼女の居る場所へ向かう。
「待ってくれ! さっきは悪かった……」
 そう言いかけた時、ぼくは彼女がチャッカマンを持っていることに気づく。
 彼女はそれを点火させ、手に持っていた原稿用紙に火をつける。
 じりじりと、原稿用紙が灰になっていく。
「そんな、燃やす必要ないじゃないか!」
 ぼくがそう叫ぶと、ゆっくりと彼女が振り返る。その目には大量の涙がつたっている。
「私嬉しかったんです……。初めてこんな風に話しかけられて……。でも、あなたにとってこれは嫌な物だったみたいですね……」
「いや、それは……」
「いいんです。私はこんな怪談みたいなことが実際にあったら面白いかなって、『目比』くんが実在したらいいなって気持ちの悪い妄想ばかりしてました。あなたが私の『目比』くんのイメージにあってて、嬉しかったんですけど。もういいです……」
 虚ろな目で彼女はそう言い、着々と火が原稿用紙を燃え上がらせる。
 そして、その六つの原稿用紙とは別に、さっきまで図書室で書いていた書き途中の原稿用紙にも火をつける。
 その瞬間、ぼくの身体も発火した。
 熱い。火が体全体を包み込んでいく。
 そして、自分の身体も目の前の原稿用紙と同じようにただの灰に還っていく。
 ボロボロと体が焼け崩れ、地面に落ちていく。
 ぼくはようやく自分が何者なのかを悟る。
 ぼくは『目比』だ。彼女が生み出した架空の存在。
 彼女が書いている途中だった七つ目の掌編怪談。それに登場する目比がぼくだったのだ。


 完




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