【無題】


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「強さって何だろうね。木村くん」
 山田は脈絡無く、突然そんなことを言い出した。
 もう随分と日が沈み、下校時刻がとうに過ぎた学園には人影はほとんどない。
 僕たちはそんな双葉学園の屋上から、茜色に染まった双葉区の街を、この世界を見つめ
ていた。


 その日の放課後、僕が寮に帰ろうと部室を出て廊下を歩きながらふと窓の外に視線を移
すと、屋上に人影が見えた。その人影は給水塔のある場所へ登り、何やら空を見上げて手
をバンザイのような形にして広げている。
 そこにいる人物に僕は見覚えがあった。それは隣のクラスの山田だった。
 山田はいつも不良グループに絡まれ、いじめられているのをよく見る。正義感のある生徒
がそのたびに教師に報告して、一時的にはイジメが収まるのだが、しばらくすると別の人
物からイジメを繰り返される。そんなことが僕の知る限り十回程度はあった。時には壮絶
なリンチを受けたのか、ギプスに包帯姿で登校してきて事件になったこともある。その気
の毒な山田とは今まで喋ったこともないが、屋上に立つ山田の姿はどこか不気味で、ひど
く陰気だった。
 山田は僕が知る限り、一番弱い人間だった。
 誰にも逆らわず、ただ蹂躙されるだけの山田。
 哀れと思いながらも僕はそれが仕方のないことだと思っていた。弱い奴がイジメられる
のは当然だろうと。
 だから僕は山田が屋上にいる理由を、自殺だと思った。
「バカ野郎!」
 人並み程度の正義感しかない僕でも、さすがに自殺の現場に居合わせれば止めなければ
ならないという気持ちになった。
 屋上へ続く階段を駆け上がり、扉をバンっと開くと上から声が聞こえた。
「……珍しいなこんなところに生徒が来るなんて。キミは隣のクラスの木村くんだね」
 山田は機械のように淡々とそう言った。
 扉の上の給水塔に山田は立っていて、虚ろな瞳で僕を見下ろしている。
「……山田。そんなところで何をしてるんだ」
「別に。きみには関係ないことだよ。それとも僕が自殺でもすると思ったのかい」
 そんなことを言われ、僕は思わず顔が赤くなるのを覚えた。どうやら自分の勘違いだっ
たようだ。
「じゃあなんでこんなとこいんだよ。もう帰る時間だろ」
「僕はただ、星を見ているだけだよ」
 僕のことなんて興味なんて無さそうに、そう呟いて山田は視線を空に向けた。紫がかっ
た空には星がいくつも輝き、半透明の月が僕たちを見下ろしている。
「強さってなんだろうね。木村くん」
「え?」
「強いということはどういうことなんだろう。そして、強いということに何の意味がある
んだろうね」
「……言ってる意味がわかんねーよ。僕はそんな哲学めいたこと考えたこと無いよ」
 こんなところに立って空を見つめ、山田は自分に酔っているんじゃないかと僕は思った。
根暗な奴が考えていることなんてわかりたくもなかった。だけど僕はバカらしいと思いつ
つも、立ち去ることはしなかった。
「強いって……そりゃあれだろ。強靭な意志とか勇気とかそんなんだろ」
「そんな精神論はいらない。ぼくは物理的な意味での“強さ”について聞いているんだ」
 山田は僕の言葉を打ち消し、意味も無く空に手を伸ばしていた。
「強いってことは強いんだろうよ。ほら、この学校にだって凄い異能者だっているだろ。
それに外にはすっげー強いらしいラルヴァがうじゃうじゃいるっていうじゃないか」
「そうだね。この世界には強いラルヴァがたくさんいるね。でもさ、彼らにとって強いと
いうことに何の意味があるんだろう」
「ああ?」
「だってそうだろう。自然界は弱肉強食というだろう。強い物が、弱いものを喰らう。で
もそれは、食物連鎖に必要な法則だ。ライオンやトラが強いのは食べて生きて行くためだ
し、ゾウやキリンが力強いのは防衛のためだ。それは世界を回していくためだろう」
「まあ、そうだな……」
「なのに彼ら強いラルヴァは世界のバランスを崩しかねない過剰な力を持っているよね。
中には食べる必要のない存在だっている。なのに彼らはなぜ不要な力を持っているのだろ
う」
 山田はつらつらとそう述べる。なんてくだらないことばかり考えているんだろう。
 こんなだからいつもイジメられるんじゃないだろうか。バカが無理に利口なことを喋ろ
うとしているようで、こいつの言葉を聞いているだけでイライラしてくる。
「だから異能者はラルヴァと戦ってるんだろ。それに過剰な強さを持っているのは人間も
同じだ。異能者の中にだってふざけきった強さを持ってるやつもいる」
「そうだね。異能者の中にもそういう存在がいる。じゃあ戦争で使用される兵器はどうだ
ろうか。核は世界を滅ぼしかねない危険なものだ。だからと言って核爆弾を“強い”と表
現するのはおかしなことだろう」
 山田の理論で言えば、強さとは世界を回すシステムということなのだろう。だから核な
どの兵器を強いと表現するのは間違っているというのは納得できる。だけどそれがなんだ
というのだ。山田の言っていることはいまいちわからない。
「強いとされるラルヴァも同じことだ。僕はそれを強いとは思わない」
「じゃあなんだっていうんだよ」
「さあね。ただの“無駄”だよきっと」
 山田は顔をこっちに向けてそう言った。今日もイジメられたのか、右顔面に青あざがあ
り、大きく腫れ上がっている。僕はそれを直視できず、思わず目をそらしてしまう。
「ねえ木村くん。ぼくは毎日こうして屋上に立って、ずっと宇宙を守っているんだよ」
「は?」
 とうとう頭がおかしくなったのだろうか、山田はそんなことを言い出した。だけど冗談
めいた様子もなく、本人は真面目な表情で語る。
「遠い遠い宇宙。地球から百億光年離れた場所に、銀河系サイズのラルヴァがいるんだ。
そいつは百兆度のエネルギー波を放って、あたりの銀河を破壊してるんだよ。僕の魂の一
部はそこにあって、生まれた時からずっとそのラルヴァと戦ってるんだ。何度も、何度も
倒してもそいつは復活する。でも倒さなければ、倒し続けなければいつかは太陽系にやっ
てきてぼくたちの宇宙は崩壊する」
「何のアニメの話だよ。頭おかしいのかお前」
「そんなぼくでも同じクラスの不良たちには逆らえない。ぼくの力を誇示すればいつでも
宇宙は終わる。だけどそうしない。意味がないからだ。そんなぼくをきみは強いと思うか
い? 使えない力を強さというのかい? 強大過ぎる力は、ただ気持ちが悪いだけだ」
「…………」
 僕は押し黙った。
 山田は過ぎた力を気持ち悪いと言った。
 僕には山田が気持ち悪くなってきた。
 言っていることは支離滅裂で、主張したいこともほとんどわからない。不気味。吐き気
がしてくるほどに気分が悪い。
 イジメを受け過ぎて山田は壊れてしまったのだ。そう納得して僕は山田に一言も何も言
わず、屋上を降りた。
 それから下校途中に屋上を見つめると、そこには山田がいる。
 毎日山田はそこで空を見ていた。そして、毎日イジメられていた。
 あいつはいつまでも自分が宇宙を守っていると信じ続けるのだろう。
 もしあいつの言うことが本当のことでも、僕にはただ山田が気の毒で気持ち悪くて不気
味な男としか思えない。
 僕には宇宙の危機や世界のシステムなんてどうでもよく、ただいつもの日常に戻るだけ
だった

 終り


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