【初夏のある光景】


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 初夏のある光景


 日差しがすっかり厳しくなった6月後半、ハンカチで額を拭いながら双葉学園の構内ゆっくりと並んで歩く。夏が殺人級の酷暑なのは言われてから久しいが、まだ7月にもならず海の真ん中の埋め立て地ですら真夏の様な日差しは、若人でもゲンナリさせる。
 だが、この学園の生徒達はそんなことはお構いなしに、学園生活を謳歌しているようにも見えるから不思議だ。
「なぁ川又先輩、私を何処に連れて行くんだ? わたしゃ暑くて休みたい」
「はは……まあまあ……彩子ちゃんに用事があってね。ディマンシュで人の待ち合わせするの」
 そんな心地よい風も吹きそうもない高等部校舎を横切る二人の女の子、六谷彩子と川又ふみが話しながら並んで歩いていた。
 この二人見た目にもかなり目立っており、ぴょこぴょこと動く耳と尻尾を持つ少女と、グラマーと言えるスタイルを持つベリーショートの茶髪の少女が並んで歩く様は、嫌でも周囲(主に男)の視線を集めていた。
 川又ふみは本来なら年齢相応のシックな服装と、飛び跳ねればショーツが見えかねない丈の短いタイトスカートを履いているのだが、見た目が幼い事と犬の耳と尻尾を持ったその姿は、色香と可愛さのギャップを嫌でも漂わせ、ナンパではない男でも思わず振り返ってしまうほど目立っていた。
「それにしても、先輩が私を呼び出すなんて初めてじゃない?」
「そうだねぇ」
 はははと笑いながら軽く話を流すふみだが、暑さの影響なのか彩子はその事に気づかないまま聞き流す。
「それにしても暑くないんですかふみ先輩……ダレそうだ」
「ボクは平気だよ。暑いのも寒いのも嫌いじゃないさ」
 だれる彩子の言葉に、元気一杯に返すふみ。何処となくシュールな光景と言えなくもない元気よく受け答えるふみを見て、彩子は暑さでだれそうなのを我慢しつつ、
(先輩よう、ブラウスからブラが透けてるのと、パンツ丸見えだ)
 脳内で極めて冷静に指摘している自分に気付いた。

「……夏場の喫茶店っていいな、空調効いていて気持ちいい」
「あはは、元気だねぇ」
 ディマンシュに逃げ込むように入り、一番空調の効いていそうな席に一目散に座る彩子。それをしょうがないなあと言う目でふみは見つめた。
「取り敢えず冷たい飲み物注文しようか。好きなの頼んで良いよ」
「え、おごりなんですか?」
「そうだよ。ケーキとか良いし、お腹空いてればスパゲティでも良いよ」
 ふみの思わぬ言葉から彩子の目が輝く。この彩子、硬派な見た目によらずケーキなどの甘い物が好きで、六谷姉妹でケーキバイキングに行って殆ど食べきった過去がある。
 この為『好きなものをおごりで』注文して良いとなれば、迷わずケーキを注文する。
「じゃあ、アイス珈琲とミルフィーユにレアチーズケーキをお願いしますね」
「わかったよ。ボクはアイスティーとショートケーキ」
 彩子の要望を聞いたふみがウェイトレスに注文すると、ものの数分で注文したドリンクや食べ物が机に並べられた。
「遠慮せずに食べて」
「じゃあ、御言葉に甘えて」
 フォークを手に取り、嬉々としてレアチーズケーキを一口大に切り分けながら、口に頬張っていく。
「うーん……甘くて美味しい。ケーキ好きなんですけど、こういう所って美味しいけどお高いんで、あんまり食べられないから嬉しくて」
「喜んでくれて何よりだよ」
 彩子は味わいながら夢中になってケーキの味に舌鼓みをしている。どうしてふみに『ディマンシュ』に誘われたかと言う理由など、どうでも良いと思うくらいに。

「ケーキバイキングも良いけど、こういう所のケーキも最高」
「そうでしょ? ボクもたまに来るんだ。ボクの場合はもっぱら軽食だけど」
 一通りケーキを食べて、アイス珈琲の苦みを楽しんだ彩子はニコニコと微笑みながらこんな事を口にする。
「さてふみ先輩、私に用事とはなんですか?」
 生真面目な性格の彼女は用件など忘れておらず、食べた後寧ろきりっとした表情でふみを見つめて話を切り出した。
「ちょっと待っててね。まだみんな揃ってないんだ」
「??」
 彩子の頭上にクエスチョンマークが多数飛来しているが、ケーキやドリンクをおごって貰っている手前、彩子は大人しく待っていることにした。


 ――3分後。
「やっほー、ふみ先輩に六谷さん♪」
 カランカランと勢い良くドアが開くのと同時に、脳天気と言うのが最も相応しい形容詞と思える声でふみと六谷を呼ぶ声が聞こえた。
「ん? んん!? ……如月さん!?」
「千鶴ちゃんこんにちわ♪」
 彩子はその声の主を見て目を見開く。そこにはクラスメイトの星崎真琴とよく連んでいる、B組の如月千鶴の姿があったからだ。
「どうして貴女が此処にいるんだ」
「どうしてって……ディマンシュはよく通っているし、ここで集まる約束してるからだよ……あ、私はアイス珈琲とフルーツサンドウィッチね」
 千鶴は彩子の質問に答えつつ注文し、ふみの横の席に座った。
「それに、ふみ先輩とは結構遊んでいるしね」
「……そ…そうなんだ。それじゃ如月さん、今日は遊びに行く集まりなの?」
 千鶴の言葉に思わず彩子は納得して答えたが、釈然としない彼女は千鶴に質問をぶつけてみる。
「それもあるんだけど、その前に用事もあるんだ。現地集合でも良かったんだけどね」
「でも珍しいわねぇ、貴女が居るのに星崎さんが居ないのは」
 半ば嫌味にも似た言葉を彩子が言ってみるが、
「あはははは……真琴ちゃんと四六時中一緒にいる訳じゃないよ。食事だって私よりも美沙さんとの方が遥かに多いし」
「ははは」
 思いもよらない返答が返って来た。彩子は直接口に出して言わないものの、真琴とこの千鶴を一つの括りとして考えていたからだ。流石に悪いと思ったのか、彩子は笑って誤魔化した。
「そうだ、今日何処かに出かけるんだろ? 星崎さんにお願いして飛ばしてもらうか。携帯で連絡するわ」
「真琴ちゃんに電話するの? 止めといた方が良いと思うよ」
「はぁ? なんで? 大丈夫だろ……何処かに行くにしても星崎さんなら一瞬で飛ばしてくれるだろうし、そんなに時間も掛らないだろ」
 千鶴の制止を気にせず携帯電話を取りだした彩子は、そのまま真琴に電話を掛けた。
「もしもし、六谷ですけど」
『あー…もしもし、六谷さんか。ちょっち手が離せないから後にしてほしいのよ』
 電話が通じると、少々急かした様子の真琴の声が聞こえる。
「どれくらい時間掛るの?」
『そんなに時間掛らないと思うけど、終わらないと話にならない作業でね』

『おい姉さん! 後はデータをロムにぶち込むだけなんだから、見といてやるから泣いてないでシャワー浴びて化粧してこいよ!! 千鶴達待たせちゃうじゃん!!』

 刹那、真琴の声が通話口から離れたのか遠く聞こえる様になると、真琴の怒号とも言える声が響き渡った。
『あ…ああ六谷さん、申し訳ないね。姉さんが色々とミスってねぇ』
「い…いいのよ」
 通話口にまた口元を戻したのだろうか真琴の声が普通に聞こえ、気を取り直した彼女の言葉が聞こえる。だが、穏やかな真琴の声は直ぐに打ち消されることになる。
『ぉぅぃぇ』
『ふざけてんのか!? 大体『ディケイト消しの方がスタイリッシュよね』って柄でもないことやって、肝心なところ消してないで印刷所から指摘されたの姉さんの所為じゃねーか!!』
 またも声の距離が遠くなったと思ったら、大音量の『怒号』が彩子の耳を突き抜けた。
「……」
 通話口の『向こう側』から聞こえる真琴の『怒号』に、苦虫を噛み締めたような表情と共に思わず通話を切っている自分に彩子は気付く。
(何? 何今の!? あの子の容姿からは想像できない怒号!!)
 何時も上の姉二人が言い争い・殴り合いの喧嘩をしているのでこういった凄みには慣れている彩子だったが、予想もしていない人物の怒号などには素直に驚いた。
 半ば唖然とした表情を見せる彩子だが、直ぐに表情を戻してふみ達の方向に顔を上げる。
「ねぇ如月さん、如月さんの下の名前って『千鶴』だったっけ?」
「そうだよ。私と真琴ちゃんが喋ってるところ見た事無かったっけか?」
 千鶴の当然と言わんばかりの返答に、彩子は顔から酷く汗が流れる感覚を覚えた。とてつもなく嫌な予感がしてくる。
「『待ち人』ってよぅふみ先輩、もしかして星崎姉妹か?」
「当たり」
 想像通りなふみの返答に、まるで『顔だけ』汗をかく感覚を覚えた。
「真琴ちゃんと言うより美沙の用事なんだけど、美沙ヘマやらかしちゃってね。ちょっと時間掛っちゃってるんだなぁ」
 実に何時もの調子に喋るふみの様子に、彩子は喋るべき言葉を見つけられずにいる。
「……星崎さんが予想以上に怖かったんですけど」
「真琴ちゃん、美沙さんの所為で機嫌悪かったからなぁ」
 早く言えよ。そう言いかけた彩子だったが、ツッコミよりも釈然としない感情の方が遥かに強かった所為か寸前で止めさせた。
「なぁふみ先輩に如月さんよぅ……肝心なことを聞いて良いか? どうして私が此処にいるんだ? 用ってそもそも何だ?」
 彩子の言葉にふみと千鶴は一瞬固まる。
「用が有るから、ボクと一緒にディマンシュに来て欲しいのってふみ先輩に言われただけなんだぜ」
「ふみ先輩、もしかして六谷さんに用件言ってないの?」

「あははっ、ごめーん♪」

 千鶴の指摘に、ふみは頭を掻きながら陽気にこう言い放った。
「それ言わないとダメですよ、ふみ先輩!」
「ボクが言わない方が良いのかなーって思ったから、言わなかった」
 ツッコミを入れる千鶴にあっけらかんと言い放つふみ。その目の前で繰り広げられる寸劇に、彩子は顔から汗が噴き出た。
「……か、帰らせて頂く」
「「 待って!! 」」
 嫌な予感しか感じない彩子はそっと席を立とうとするが、ふみと千鶴にがばっと身体を押さえ込められた。
「はっ…放せ! なんか分からないけど、貞操の危機の予感しかしねぇ!」
「そんな事無いって六谷さん!」
「ボクの用事じゃなくて美沙の用事なの! 美沙直ぐに来るから、もうちょっと待ってて!」
 ふみと千鶴の必死とも言える言葉に、苦虫を噛み締めたような顔を一瞬するものの、彩子はそのまま席に座った。
「……じゃ…じゃあ、アイス珈琲とミルフィーユを追加で注文するよ? おごりで頼むよ?」
「うん」
 顔から汗が噴き出ている彩子はハンカチで汗を拭いながら、待つことにした。どんな用事であれ『おごり』でドリンクやケーキを食べられるのだから、ある意味では悪くないからだ。
 嫌なら断わればいいし、取り敢えずは美沙が来るまで待つのは悪くないと思ったのだろう。


 ―――30分後。
「ごめんねぇふみちゃんに千鶴ちゃん、遅くなっちゃったよ」
 カランカランと扉が開く音と共に、『待ち人』である星崎姉妹が一緒にやってきた。彩子が聞いた『怒号』は嘘だったのかと考えさせる程に穏やかな星崎真琴と、化粧とシックな服装で一段と大人びた星崎美沙が彩子の目の前に現れる。
「六谷さんごめんね、さっき見苦しい声聞かせちゃって」
「い…いや、気にするな」
 微笑み混じりで謝る真琴を見て、彩子は一瞬背中が凍る感覚を覚えたが、何事もなかった様に振る舞った。
「彩子ちゃんこんにちわ、星崎美沙です。何時も真琴がお世話になっています」
「こ…こんにちわ! い…いや、その節は兼々……」
 真琴が席に座るのと同時に美沙が彩子に同じように挨拶すると、物腰の優しい丁寧な挨拶に腰を引いて彼女は挨拶を返した。
 彩子が真琴に喧嘩を吹っ掛けた時以外にも、前衛能力を持った者なら少なくとも一度は会った事はあるだろうと言われている、星崎美沙を知らない訳はない。
「ごめんなさいね、本当は私が直接行くのが筋だったんだけど」
「姉さんが致命的なミスを犯した所為で時間無くなっちゃって、ふみ先輩にお願いして呼んでおいて貰ったんだ」
 嫌味タラタラに真琴が言い放つ。あの怒号は嘘じゃないんだと実感させられるのと共に、益々逃げ道が狭まっていくなと痛感した。
「そ…そうなんですか……で、用件は一体?」

「単刀直入で悪いけど、次のコミケの売り子をやって下さい。コスプレで」

「……」
 真顔で言う美沙の言葉に、彩子は思わず絶句する。
「……ほ…星崎……?」
「何?」
 喜怒哀楽どれにも当てはまらないような微妙な表情と共に、真琴に助けを求める彩子。
「コミケッテナンデスカ?」
「同人誌即売会。8月に出展するんだけど人員が後一人欲しい。容姿端麗で可愛いと言えば、六谷さんしか思い浮かばなかった」
 助けを求めたはずの真琴の言葉は、今の彩子には追い討ちでしかない。
「……イインチョウガイルダロ」
「あの子は無理だと思う」
 そして横から千鶴が補足するように言い放った。
「それに、最後みんなでポートレイト作るんだ。真面目でショートカットで女の子の羨むスタイル持っている彩子ちゃんに、それ込みでお願いしたいのよ」
 更にトドメとばかりに美沙が付け加えた。
「……うぅ」
 美沙が言葉を〆ると、全員の懇願の視線が一斉に彩子に突き刺さる。冷静に鑑みても彩子に断れる材料が何もない事に、今になって彼女自身が気が付いた。
「……でも、衣装なんて作れ……」
「ああ、大丈夫。衣装は此方で作るから」
「でも色々とお金が」
「食事・交通費は経費から出すよ」
 必死に断わる理由を言おうとするもののすぐに真琴や千鶴がこう答え、彩子の反論の糸口を速攻で摘んでいった。

「うう……はぁ……わかりました、わかりました……美沙先輩が出てきた時点で断れなかったんだ。売り子でも何でもやります」

「やった―!!」
 渋々と受諾する彩子に、一同が大喜びで手を挙げた。
「はぁ、一時はどうなることかと思ったけど、引き受けてくれて助かりました」
 深々とお辞儀する美沙を見て、威風堂々な彩子でも腰を引かす。
「いいですっ! いいですって!! 何か気が重いけど、よろしくお願いします」


(ああっ! なんで引き受けちまったんだ!!)
 ディマンシュから出て歩いている最中、彩子は心の中で大絶叫する。声には出さないものの、苦虫を噛み締めた様な渋い表情で百面相している事までは、隠せなかった。
 ふみをはじめとした『あの面々』は、これから新宿に美沙の原稿入稿のついでに遊びに行くというのだが、彩子はそんな気分にはなれず、別れて帰路についていた。
 断れる材料が何もなかったとは言え、どうして引き受けてしまったのか、冷静になって考えている。
「よう彩子、帰りか?」
「……幸子姉か」
 とぼとぼと帰路についている彩子の後ろに、姉である幸子に声を掛けられた。
「『リアルストライクウィッチーズ』と美沙に会えたか? あの二人お前探していたからな」
「会ったよ、そして売り子手伝ってくれってさ」
 彩子がこんな事を言うと、幸子は『へぇー』と素っ頓狂な声を上げた。
「何かおかしい? 幸子姉」
「いや、珍しい事もあるもんだなって。頼まれることは多くても、頼むことはあんまり無いんだ。川又は元クラスメイトで友達だし、真琴は身内、如月は真琴と共通の友達だから、その面々には色々とお願いするんだろうけど」
 幸子の言葉を聞いた彩子は、何も言えなかった。
「あいつを中等部から見てるから分かるんだ。だから意外だなぁって思ったんだよ……それにしても、そっかそっか……」
 幸子は含み笑いと共に頭を上下に頷く。
「美沙と売り子のキーワードで連想出来るのは『コミケ』、コミケと言えばあいつは必ず『コスプレ』をする」
 彩子は自分の姉の言葉に目を見開いて唖然とした。嫌な予感と共に、嫌な汗がたら~りたらりと背を這う感覚を覚えたからだ。
「ヒヒヒ彩子、あたしゃ当日コミケに行くよ。お前のコスプレの晴れ姿、目に焼き付けたいからな」
「へ? ……い……いやだあああああああああああああああああああ!!」
 はははと高笑いしながら言い放つ幸子に、彩子は目を見開いて唖然としたまま腹の底から悲鳴を上げた。彼女の悲鳴を背に、幸子は随分と楽しそうに前を歩いていった。


終わり



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