【bust a move 1】


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 姿見を眺める。
 映っているのは一人のギャルソンだ。
 華奢な体付きを、地味だが仕立てのいいスラックスとベストで覆っている。
服の裁断は細身だが中身ぴったりという程ではない。好きな人間に言わせれば、
そのお仕着せのような雰囲気もまた好ましいのだという。
 いわゆる萌えるというやつか。知らんけど。
「似合わねーんだよなァ……フォーマルなカッコ」
 嘆息。
 聞いた説明では、これは『一身上の都合でとある給仕に身を窶す、そこそこ
やんごとない身上の令嬢』というキャラのコスプレらしい。それに扮するのが
男であるオレというのがまたややこしい。
 微妙な心境丸出しの自分と睨めっこするオレを、背後の変態美形は喜色満面
に眺めている。
「こういうのも……アリだね」
「無ェよ」
「その服はキミに差し上げよう。遠慮は無用だよ」
「要らん」
「ああ、心配はいらない。ちゃんと広報用の衣装も用意してあるからね。
 楽しみは後にとっておくものだ……そう楽しみは! ああ! ああ!」
「話聞け」
 身悶えする変態の妄想も無視できないが、まずは放置して耳を澄ました。
 更衣室の壁をも揺らし、響いてくる会場の喧騒。有明で催される夏冬の祭典
には非常識な人数が詰め掛けるというが、流石にそこまでの規模はない双葉島
でのこのイベントも、しかし雑踏的には似通ったものだという。
 "奴"は既に侵入し、祭の中に潜伏しているのだろうか。
 集まった人々に『巨乳』を啓蒙する為に。
 冗談みたいな話だ。オレ自身考えていてアホらしくなる。何でこんな趣味人
どもの縄張り争いに巻き込まれたんだったか。
 服掛けに吊られた、メイドだの巫女だの特殊風俗性全開なコスチューム群。
それらとオレとを楽しげに見比べる変質者。そいつの肝臓にボディーブローを
叩き込む為に振り返りながら、オレは走馬灯のように思い返していた。
 事の発端は一ヶ月前に遡る。


 ある日のこと。
「女装が得意と聞いてきた。よろしく頼むよ」
 即殴り飛ばした。


「い、いきなり何をするんだいっ!? 仮にも先輩に対して!」
「ああ。やっぱ年長だったんだ――訊く前に殴っといて良かった」
「知らなかったで済ませる気! ヒナタ君、恐ろしい子……!!」
「ヒュ! ウ! ガ! だ!! 誰様だよテメーは!?」
「知らない!? この僕を!」
 知っててたまるか。
 オレの名前は国友日向(くにとも・ひゅうが)。双葉学園の高等部一年A組。
面倒なので自己紹介を概略するが、あまり男らしいとは言えない背格好を生まれ
持った者だ。
 だが間違っても倒錯仮装が得意な覚えなどない。
 昼休みに心地よくまどろんでいた所、教室に尋ねてきた輩がいたので応対に
出た結果、この事態である。周囲の喧騒を一気に注目させてしまったが、この際
それは無視する。
 先輩と称する不審人物は、両足を横揃えにしたイヤに女々しい座り方で廊下に
くずおれていた。涙目で頬を押さえているが、オレが殴ったのは鳩尾だぞ。
 その流し目が及ぼすのは身の毛もよだつような微笑。
「誰様とは心外なり。だが意欲的な姿勢は評価しよう。
 フフ……可愛いじゃないか、仔猫ちゃん。僕に興味があるのかい……?」
 振り上げた拳に馬鹿は胸を押さえて後ずさった。
「名乗れ。及び失せろ。それ以外の回答は射殺する」
「照れ屋なんだね? 怖がらなくていいんだよ。さあ僕とめくるめく官能の地平
――あれ? ヒナタ君どこへ……て、あ、ちょ、やめて! それはやめて!!
マジごめん、ホントごめん! 今の無し! 無しで!! すんませんッしたァ!」
 自席からトミーガンを持ってきたことでようやく馬鹿は黙った。『異能』絡み
で取得した火器の携行許可がこういう形で役立つとは。アングロサクソンの作法
も馬鹿にしたものではない。
 トリガーから指を引き、しかし銃身は水平のまま。立ち上がった相手と改めて
向き合う。悠然と身形を直す様は平然を装いたいが為のようだが、痙攣する目尻
はせわしなく銃口をチラ見していた。
 なんなんだコイツ。
「じ、自己紹介が遅れたね。僕は填島慎一(まきしま・しんいち)。
察しの通り三年、F組の者だよ」
 填島慎一。どこかで聞いた気もするが……まあいい。問題はそこじゃない。
 填島先輩は顔を傾けると額を指で撫ぜ、そのまま前髪をふわりと梳き上げた。
嫌味ったらしいくらい気取った所作だが、これが実に様になっている。
 というのもまず背丈。オレの短身を差し引いても、見上げる彼の上背は百八十
センチは下らない。やや面長の顔は彫りの造形が秀麗で、細い眼鏡はともすれば
酷薄さと紙一重の才知を漂わせる。眉は柳眉、長髪の色は銀。制服こそブレザー
だが、これで白ランだったらグランドスラムだ。
 とにかく。彼は模範的(?)なくらい完璧な美形だった。同性のオレですら、
目の前にして怖気を震うぐらいの。
 ただし物怖じするには、初見の伊達者ぶりが華美さを相殺して余りあるが。
「そんなに見つめないでおくれ、ヒナタ君。輝いてる僕に敬愛の念を禁じ得ない
のは分かるけど、裸眼は危ないよ裸眼は。僕自身、姿見フラッシュバック対策に
UVカット眼鏡を着用するくらいだから。ふふ、自分が眩しいね?」
 あと超絶ウザい。間違いない。
「鏡より人生の照り返しが酷くて後頭葉に気遣われてません? お脳は本気か」
「ハハハ脳だろうと君だろうと僕の中の全米はいつでもソウルフル押し売り上等
だとも。だから安心して無遠慮に敬うといい。無遠慮に!
 ――なぜ引くのかな。ちゃんと本気だよ?」
 だから正気かとは言わんといてやってるものを。
 腕を広げた手招きの意味不明さを軽やかに無視して話を進める。
「で……填島先輩。オレに一体何の用ですかね」
「だから女装――避けろ。タワ言だ。今のは保留で。だから引き金触るのやめて」
「かしこまりました。話はそれだけですね。ではゲラウェイ」
 銃口で廊下の向こうを指す。先輩は暫し黙考したのち唐突にワルツ風の手話や
月面歩行をこちらに見せつけ何事か珍主張していたが、脇腹に銃口を押し付けると
肩を落として右向け右で歩き始めた。
 だが背を見せ数歩進んでのち、突然謎の回れ右。
 それを不審に思う間もなく填島先輩はこちらへ向けて跳躍する。
「!?」
 咄嗟に応射姿勢をとるが、先輩は空中で身を縮めて回転。射線を避けて優雅に
宙転し、そのまま着地と同時に繰り出したのは――。
 土下座。
「じ……ジャンピング土下座!?」
 ギャラリーがどよめいた。
 本家は科学者か投球竜か。それは絶えて久しく聞きしに及ぶ伝説の謝意表明。
オレも実際に目にするのは初めてだった。
 上靴を履きながらも綺麗に重ねた足裏。ぴったり合わせて畳まれた脚から腰・
背を経て肩に至るSラインは流麗のひと言。一糸乱れぬ左右対称で張り出す両肘
からは緊張感が漂い、その間で堅固に平伏した額の下から、先輩は声を震わせる。
「こちらも殊に貴下をお伺いしておりますれば、何卒! 何卒! 話だけでも
お聞き入れを……!!」
 騒然とする廊下。幾人かが口を半開きにしてこちらを見つめる中、数人の女子
が「キャー! 土下座! 慎一様のアスロック土下座よー!!」とか騒いでる。
土下座に異名をとるとか何者だよ填島慎一。何この事態。
 野次馬が大挙する前にやむなく直訴を受け入れると、先輩はキョンシー宜しく
体を跳ね上げ即座に直立姿勢に復帰した。V字に開いた親指と人差し指の間に顎
を載せ、斜め四十五度の顔角度で唇の端を上げる。
「ご承諾頂けて幸いだ。やはり人間話し合いが一番だからね。ノーモア放ち合い。
ビバ僕の人徳。なによりキミの細腕に荒談判は似合わないさハニー」
 ――ハニー漬けにしてやろうかこの馬鹿?
 ぬあああああああうぜぇ。
 早まったかオレ。


「ヒナタ君。キミは最近巷を騒がせている『怪傑』をご存知だろうか」
「怪傑……?」
 隙あらば教室に闖入を試みる填島慎一を廊下際でガードしながら、とりあえず
聞くだけ聞いてやることにした。しちゃった。
 にしても一言目から珍妙なご下問がきたものだ。
 実虚問わず古今東西二つ名に"怪傑"を帯びし名は数知れないが、現代大まかに
使われる分には文字通り「奇態な傑物」ということになるだろうか。
 ……しかし怪傑とはまた。
「パルプヒーローもこの国じゃ活躍の余地ないでしょ。それとも唯一神から
ピピピ電波受信しちゃった虐殺宗教開祖の二代目でも出現しましたか」
「物言いがヤバすぎるのでコメントは差し控えるが、語意としては前者かな」
「タブロイドならご免ですよ」
「この学園自体タブロイドではないかね?」
 思わず唸る。
 そもそも本来の『怪傑』の意味からすれば、異能者でごった返す当学園はそれ
こそアルティザンの佃煮状態なのだが。マスクド義賊の不在だろうがぶっちぎり
で学紙のタブ面に事欠かぬのが異能キネマたる双葉学園である。
 まあそんな余談はともかく。
「怪傑なんて聞いたことないス。学園、少なくともオレの生活圏じゃ」
「無いかい」
「無いなあ。何やってんですか、そいつ」
「施された主観者から見れば、善行ということになるのかな」
「……んじゃあほっときゃいいじゃないすか。何なら風紀にタレ込んで」
「まあ発破を書き割りに名乗る戦隊とか、サーチライトで高笑いする珍態紳士な
類の"怪傑"なら、僕とて放っておくんだが……これがそうもいかなくてね。
 というのも実は――事はおっぱいなのだよ」
「…………」
 ――はァ?
 オレの怪訝面を見かねてか、身を寄せて再度囁く先輩。
「おっぱい」
「…………」
「おっぱいだ」
「…………」
「りぴーとあふたみーおーけー? セイ、おっぱいおっぱいおぱブッ!」
 あ。思わず我ながらイイ正拳を……。
 しかし周知よろしく耳打ちされてもサッパリ話が見えない。かといって大声で
連呼されてもそれはそれで黙らせたろうけれど。
 まるで忌まわしい言葉でも口にしたかのように、填島先輩は自らの発言を大仰
かつエレガントな身振りで嘆く。結構強めに殴ったのに元気そうだな。
「嘆かわしい。実に嘆かわしいね。そうは思わないかねヒナタ君? 目先の胸部
突起に捉われて魅力の本質を見失っているよ。女性の価値は脂肪じゃないのさ」
「アンタは色々と良識を見失ってるよ。ともかく話が見えん」
「だから乳さ。おっぱいだ。余人に巨乳を啓蒙しようとしている輩がいるのだよ。
いや実際にもう動いている。怪傑という姿で世を忍んでね」
「それ世に忍んでも世を忍んではいねェーだろ」
「同じ事だよ。おまけに奴のやり口は聡い実利で女性を釣るという低俗な布教だ。
これは看過できぬ事態だろう?」
「施善だとか言ってたじゃないすかさっき。啓蒙ってオパーイ教でも興したのか」
「ほう。ヒナタ君も人が悪い。知っているのなら話は早いよ」
 早くも追い返す肚を決めかけた時。こちらの投げ遣りな返事も意に介さず、
先輩が差し出した携帯電話。
 その小さな液晶に映し出された画面に、オレは沈黙した。
『ぱうろすさまー。ぱうろすさまー』
「…………」
『ぱうろすさまー。ぱうろすさまー。ははー』
 内蔵カメラで直に撮影した動画らしい。場所は判然としないが暗幕から察する
に視聴覚室だろうか。
 内容は――理解を超えていた。
 薄暗い室内、その僅かな照明の中。中心に据えられたお立ち台と『ぱうろすさま』
なる謎の呪文でそれを囲み崇める人々。
 数十人はいるかという崇拝者達は、全員が女性だ。制服姿ばかりで殆ど女子生徒
のようだが、中には教師と思しきフォーマルな姿も散見される。
 そして彼女たちが奉じる信心を一身に浴びる壇上の人物。
 まず目を引くのが頭に被った骨の仮面だ。面長の面構えと、額の上から後頭部
にかけて突き出る、湾曲した頭角。山羊の頭骨の仮面か。その頭を載せる体は滑らか
なサテン地の黒マントに覆われ、まるで仮面の中から湧き落ちた闇がそのまま
人体を模造しているかにも見える。
 羊頭人身という、紋切型というにはあまりに象徴的すぎる装い様。邪教の教主
はおろか悪魔そのものと言っても十分通る怪人を、暗室のなか車座に崇める女達。
 魔胎祈願かさもなければ、サバト以外の何物でもない様相を呈していた。
「これ……校内?」
「うん」
「…………」
 我が国は国憲第二十条において信教が自由なので、密教的に相伝する分には好き
勝手気ままにやって頂いて構わないのだが。いわゆる邪教にしては教主の主張が別
の意味でいかがわしい。
 一張羅の黒装で、垂れ幕よろしく唯一純白な部分がある。
 その前掛けに達筆で染め抜かれた渾身の一字。

『 乳 』

「……世俗への信仰も宗教って言うんスかね」
「超常的なものへの観念という点では、あるいはね。ご覧よ」
 と、画面の中で不意に動きが生まれた。
 教主が信者の中から一人を選び、指差す。すると選ばれた女子は喜色満面で立ち
上がり、他の者達は羨望の視線と嫉妬の溜息を漏らした。
 前へ出て、おもむろに衣服の前をはだける少女。
 おもむろにはだけた胸を掴む羊頭。
 おもむろにそんな画面へ頷く先輩。正確には露出した肌へ。
「実に奥ゆかしいお乳だ……素晴らしいね?」
 どう反応しても負けな気がしたので無視。
『あっ……』
 母性を象徴するには青く、それ以上に謙虚な胸部脂肪を捕えられ、しかし漏れる
艶かしい吐息。
 教主は満足気に頷くと鉤爪のように指を立て、力を入れずに控えめな乳房を捏ね
回し始めた。
 鳥の足にも似た手鉤が柔らかな肌を撫で回す所作は、まさに猛禽が獲物を嬲る様
と重なって見える。だが恥辱を受ける側に苦痛の表情は伺えず、むしろ悦びを滲ま
せて積極的に甘受する姿勢だ。
 暗い空間に暫し、荒い息と卑猥な動作が繰り返す。その按摩の末、教主は女の体
でそこだけ色付く先端を擦り上げた。
『あうっ……!』
 殊更の刺激がとどめになったか。乳首を強く摘まれ、女子は瞬間的に痙攣すると、
そのままぐったりと床にへたり込んだ。湿り気のある呼気が気だるい安堵を表して
いる。
 そして。
 劇的な変化はその直後に訪れた。
『……んっ!?』
 余韻を覚えたように再び反応する少女の肉体。震える体をのろのろと動かして
仰向けに倒れると、まるで内側から突き動かされるように二度三度と背筋が反る。
 その動きのせいか、最初は錯覚かと思った。
 徐々に彼女の胸が大きくなっていくなどというのは。
「……!?」
 我が目を疑い凝視するオレとは対照的に、填島先輩は目頭を押さえて画面から顔
を逸らす。
『はぁっ……あっ、あうううんんん……!!』
 乳揉みの時より更に悩ましい声音で、小刻みな身震いを繰り返し、その度に乳房
は膨らんでいく。やがて豊かさは自重に負けて、滑らかな撓みをアンダーバストに
現した。
 微乳だった胸が変幻し、巨乳のそれとして完成した瞬間だった。


「……異能か」
「異能だろうね」
 信じ難いものを見た心境だ。現象よりも発想が。
 携帯の画面は既に暗転。奇跡の発現に信者達が歓声を上げ、我も我もと声を張る
所で動画は終了していた。
 溜息混じりに見合ったオレ達は、互いに眉根を寄せている。
「でも乳デカくする異能なんてあるのか……」
「マジ人体改造だとエラい話になるんで、本来はボイル・シャルルの法則みたいな
能力なのかな。固体容積に展開できる。何にせよこういう使い道を見ると、いずれ
異能って哲学みたいな扱いを受けそうな気がするね?」
「哲人の暇潰し同様、その理想乳の状態もいずれ萎みそうですが?」
「僕もそう言ったのだが。この動画を潜入撮影してくれた娘も見事な巨乳になって
戻ってきたよ。自分は拘らないとか言ってたクセにちょっと嬉しそうだったな」
 二人の間を再び嘆息が巡った。
「ともあれコイツがオパーイ教の首魁か」
「そう。純真な乳の悩みに付け込んでは、己が性癖をそこはかとなく流布せんと、
女性の願望と肉体を利用する悪漢……」
 握り拳を腰溜めに、填島慎一は憤りを滾らせて吠える。
「その名も! パァブリックエンネミィィ、バスト・ア・ムゥゥー……ッヴ!!」
「…………」
 アバウトに訳すと『乳揺らす脅威』。
 敵性対象を力一杯宣言し、やり遂げたような顔で深々と吐息を噴霧する先輩。
 ふむ。
「どうでもいいな」
 ていうかパブリックエネミー違う。
「この流れでどうしてそういう結論になるんだい!?」
「オレ男だし」
「なればこそ一家言あるものじゃないか! 君は本当に青少年か? 男か!?」
「乳で女選ばないし」
「君、バカじゃね?」
「あれェ!? 不意に真顔であしらうほど間違ってんのオレ!?」
 自分でも意外なほど傷付く心。何かこの人に蔑まれると異様に悔しい。
 そしてわざとらしいほどのしかめ面で何故かオレの下腹部を眺める先輩。
「……なんすか?」
「けっこう卑猥な動画だったと思うんだけどなあ。アッチの反応もイマイチ薄いし。
ヒナタ君はひょっとして不能なのかね」
 …………。
 まず後でまたブン殴るとして。
「アンタは嬉しそうだったな」
「不愉快だよ。体重がなんだ脂肪率がどうのと年中嘆いている割に、女性というの
はどうしてああも無駄な肉塊に気兼ねして生きるのか」
「男に不能とかこき下ろすのと割近い価値観だろ」
「確かに女性にとっての乳同様、精力剤や強根術の類は何かと男性の注目を引くね。
ひょっとしてちんちん揉んで盛んにさせる商売とかやれば流行るかな。異能力で」
「回春マッサージのブレイクスルーには成り得るだろうがこの島は性産業禁止だ。
思春期の風紀に悪影響とかで」
「ならば例え金銭を経ずとも、いたずらに少女の性意識へ介入するような活動は、
悪影響どころでないとは思わないかね? それこそ学園内で起きているのだから」
 それを否定する気もないが、一介の学生までもが問題として意識すべきかは別だ。
 無言を理解と取ったわけでもないだろうが、先輩は矢継ぎ早に言葉を続けた。
「我々としては生活指導上極めて不穏当なこの事態を、水際段階で鎮圧したい。
その為に是非キミの力を借りたいのさ。ヒナタ君」
「……やー。オレ、狙撃とかあんま得意じゃないんですけどー」
「殺る発想は無かったなあ……」
「いやだって能力が攻撃系だから。他に何をさせたいというのか」
「それは最初に言ったと思うのだが。物理的解決は本位ではないよ」
 そう言って内ポケットを探る先輩。
 最初?
 会話の流れを遡るが、その根を手繰るよりも早く鼻先に何かを突き付けられた。
 取り出されたのは数枚の写真だ。扇状に広げられたそれらは全て女の子を撮影
したものだが、身形年齢は様々。どれも相応に可憐という以外の統一性はなく、
スナップと思われる物やコスプレ衣装でカメラ目線など、被写体の有様も色々。
 不可解な提示品に困惑していたオレを、先輩は諭すように告げた。
「――微乳分が足りないんだ」


「……び……びにゅ……何だって?」
「微乳分だよ。びにゅーぶん。微乳的有効成分」
「化学式を述べよ」
「CaH-P2I2」
「それはアナグラムだ」
 そんな化合物はない。
 そういえば写真の少女達は皆、恙なく慎ましい胸をしているが――。
「アンタ……CHIPPAIマニアなわけか?」
「失敬な。もっとノーブルにソムリエと言ってもらいたい」
「ふっ風紀委員さァん! ここに乳でテイスティングする変質者があァ!!」
「止したまえ誤解を招く表現は! そんなことせずとも上質なものは色と形で
格付け可能だとも!! 味見などせぬさ許可がない限りはッ」
「取り付けたことあんの!? 許可!」
「――ヒナタ君。希望というのは探求し続けるからこそ価値あるものでね」
 目を逸らすんじゃなくて泳がせるのはどういう意味だ。
 なにやら更に妙な雲行きになってきた。
「どうも乳に関する物言いが気になってたが、アンタはアンタで微乳狂いかよ」
「語弊があるねえ。僕は純粋に乳の未来を憂う者だとも。密会など催さないよ。
そもそも巨乳など存在しなければ出る乳が妬まれる事もない。身の丈に合わぬ
乳房を求めるようなこともね」
「だから小さけりゃ良いってことでもない」
「しかし最初から巨乳を携えて生まれる人間などいない! 誰もが平等だった
頃を省み、そこから考える意識が広がれば乳で懊悩する女性も消えるハズだ」
「乳はそれで済んでも今度は尻だの脚だの顔形だのでイタチごっこじゃねーか!
キリねーだろ!!」
「わかっていないなヒナタ君! 世に存在する全ての球面を備えると言わしめる
女体の中でも、乳のそれは別格だ! 小は大を兼ねずして、大も小へ還らず!
しかして大は小より出ずる! これ乳の真理だろう!?
 即ち微乳こそ絶対のオリジン!!」
「乳教祖共々もう自分の乳でも造形してろよお前ら!!」
「キミだって微乳だろうに!」
「見境なしかよ!? 板なら野郎の乳にすら欲情できるのかテメー!?」
「ご褒美ですともー!!」
 絶叫するや否や、なんと填島慎一はいきなりオレに抱き付いてきた。
「げっ!? おまっ何しやがる放せコラ―――!!」
「だが断る!」
 騒然とする周囲と、その中から飛び出す黄色い嬌声。なに喜んでいやがる。
 すぐさま肘を立てて押し飛ばそうとするが、この変質者なかなかどうして
膂力が強い。だがオレを戦慄させたのは拘束が解けない事ではなかった。
 密着した互いの間で弾ける火花。
 静電気かという錯覚は、次いで全身を駆けた痿痺感と、反射的な嫌忌とに
よって打ち消される。だが肌に帯電するような皮膚感覚は、良く知ったもの
ではあった。
 ――魂源力!?
「てめェッ!!」
 一瞬遅れ、得た判断としてこちらも魂源力を発生させる。力を練る余裕は
なく、ただ放出するという開放だ。
 主を違える二種の力は即座に反発という結果を生じ、放電にも似た飛火と
衝撃は弾く力で二人を引き剥がした。
「むっ……!」
 おお、という周囲のどよめき。
 その中心でたたらを踏んで退いた両者。オレは填島慎一に対し睥睨で牽制
を突き刺すと同時に、内心底冷えする思いを得ていた。
「穏やかではないねヒナタ君。照れ隠しにしては些かお転婆が過ぎるのでは
ないかね?」
「ふざけんな! どういうつもりだバカヤロウ!!」
 魂源力とは『異能』の源だ。当然それを操ることは異能者であるのを意味し、
今もし相手に害意があれば、己は順当に死んでいた。
 校内だからと油断していた事実。
 背筋を冷やすのは確かな戦慄だ。
 填島慎一は廊下の壁に背を預け、立ったまま足を組んでいた。左手は右肘を
支え、右手は顎を撫ぜている。
 だから何故そういちいち姿勢を演出するのか。
「キミの言うとおりだとも、ヒナタ君。僕は乳を区別はしても差別はしない。
男だろうが女だろうがちっぱいはちっぱいさ。まあモノは選ぶがね」
「はあ……?」
「残念ながら巨乳は微乳より求心力が強い。視覚的に。それは認めざるを得ない
事実だ。ゆえに微乳の魅力を伝えるには、より強く広報し、その為により多くの
『弾』を用意する必要があるのだよ。先ほどの写真も実は半分は"男の娘"でね。
ほら」
 と。胸元から出した手鏡を開き、奴はそれをこちらへ向ける。
 恐る恐る覗き込んだ鏡が映すのは当然、オレ自身だ。
 ただし。
 着用していた男子制服はどこかへ消え失せ、代わりにオレが纏っていたのは
 フリフリの、
 フリフリの、
 フリフリの、

 ――フリフリの、エプロンドレス。

 構え。狙え。撃て。
 バララララララララララララッ。
「痛ててててててててててててッ!?」
 BB弾の槍衾は見事に命中した。
「う、撃った! 本気で撃った!! し、し、死んだかと思ったじゃないか!?」
「教室にマジもん持ち込むかバカ! プレイング用のモデルガンだっつーの!!
でも死ね!」
 驚愕で正気を失わなかったのは我ながら感心する。一体どのような奇術の様相
か、オレは一瞬にしてメイド姿に換装されていた。それもヘッドドレスにガータ
ー着用という、そのスジの店に比肩する徹底振りのだ。
「思った通りだよ、誂えたようじゃないか! しかしもうちょっとキュートさが
あっても良かったかな。そうだ次回は猫の意匠を」
「消し飛べ」
 激情が羞恥を塗り潰すままに殺意を解き放つ。トンプソンの名銃はその異名の
通り激しい打鍵の音を響かせ、吐き出された弾は縦横無尽に廊下を反射しながら
変態美形に襲い掛かった。
 全身を強かに殴りつける跳弾に先輩は苦悶し飛び跳ねるが、トリガーを緩める
つもりは微塵もない。ああそうだ。ニヤけ面でオレを眺めているまばらな野次馬
共もついでに誤射っておこう。
 幾重にも重なり狂乱する悲鳴。
 と。
「――!」
 こちらが僅かに気を逸らした間隙、不意に命中の手応えが消える。
 見ると、填島慎一はダンスの如くステップを繰り出し、器用に銃弾を回避し始
めていた。慌てて狙点を絞り直すが、白鳥の湖よろしく優雅に回転するヤツに、
今度はまったく当たらなくなる。
 本当に何なんだコイツは――!?
「何度でも言わいでか、良く似合っているよヒナタ君! コンパニオンとして
我々への助勢参加、是非とも考えてくれたまえ!」
「塩撒くぞてめェー!!」
 最後の連射をブチ込む。これも当たらなかったが、顔面に集弾してやるつもり
だった。右腕のブランク明けが心底憎い。
 遠ざかる高らかな笑い声と共に、標的はフィギュアスケートのように回転滑走
しながら廊下の角に消えていった。
 後に残ったのは銃声の止んだ廊下と、観衆の散った静謐だけ。
 そしてメイドルックで残りの授業に臨まざるを得なくなったオレは、恥辱の
午後を味わったこの日を一生忘れることはない。


 ちなみにバラ撒いた弾は放課後ちゃんと掃除しました。すみません。
 隅に落ちたのを拾う際に「スカート短めで」だの「もうちょっとお尻上げて」
だの注文つけてきた見物人の阿呆どもも残らず掃除しておいた。
 廊下の清掃を終え、立ち上がって一息。あとの思考は、この格好でどう下校
するかという難題にのみ拘泥される。
 ゆえに最後の詰めを逃した。
 その時オレに普段の冷静さがあれば、廊下の先から注がれていた敵意に勘が
及んだかもしれなかったのだが――。


<続>
ツールボックス

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