【ゴーストヘッドにうってつけの日 第二話】


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※この物語はフィクションです。作品には暴力的、残酷的な描写を多く含みます。苦手な方はさけてください。



 act.2「サディスティック・ハード・ゴア」


※ ※ ※   

 異様な人物が街にいた。
 休日で人通りの多い商店街の人込みを、一人の男がフラフラと危なっかしい足取りで歩いている。だが男のその風態は和やかな街並みの中では明らかに異質であった。
 男は灰色の背広に、きちんとネクタイを締めているが、まるで頭から血液のシャワーを浴びたように全身が赤く染まっていた。よく見ると彼の身体のあちこちに肉片のようなものがへばりついている。左手でズタ袋のような布を掴んでおり、右手には柄の長い斧が握られている。金属とアスファルトがこすれる音を響かせ、斧を引きずるようにして街を歩いていた。
 しかしそんな彼に街の人間は誰ひとり気を止めてはいない。
 誰も彼に視線を向けず、まるでそこに存在していないかのように無視していた。
 幽霊。
 男は幽霊のように存在感が希薄だった。これほどまでに異彩を放つ姿をしていても、誰も彼の存在を認識することができなかった。


※ ※ ※


 せっかくの休日だと言うのに、けたたましい電話の音で起こされたテディは頭を回転させるために煙草に火をつけた。煙草はやはりラッキーストライクだな、と煙を吐きながら呟きながらベッドからもそもそと起き上がる。
 休日前だからってスコッチを飲み過ぎた、テディはズキズキとする頭を抱えながら後悔するが時間は戻らない。まさかいきなり呼び出されるとは夢にも思っていなかったようだ。昼過ぎまで眠り、午後からは家でのんびりと音楽でも聞きながら過ごそうと思っていたのにプランが台無しだ。テディは二日酔いの頭を冷やすために、洗面所で水を被ってから支度を始めた。
 テディは青色の瞳を隠すようにサングラスをかけた。そしてお気に入りのピンクのパジャマを脱ぎ棄てて真っ黒なスーツに着替え、同じく黒いネクタイをビシッと締める。それが彼の仕事着だ。黒というのは気持ちが引き締まる、というのがテディの持論である。
 仕事そのものは構わないが急な呼び出しのため、髪のセットに時間を割けないのが不満であった。宗教画の天使のようにクルクルとしたブロンドのくせ毛が幼いころからのテディのコンプレックスで、くしをかける時間も無く、テディは急いでアパートを飛び出した。
 貯金して買った日本車を走らせ、テディは“事件現場”へと急いだ。
 現場は双葉島の第三住宅区域だ。そこには大きくて綺麗な家が多く並んでいる。テディはビバリーヒルズのようにセレブが集まっているようなところだなと思った。だがそんな和やかな雰囲気の中で、たくさんのパトカーが物々しく一つの家の前に集まっている光景はやはり異様だった。
「非番のところありがとうございますセオドア・グレアム捜査官。私はこの現場の指揮を任されている課長の的場《まとば》と言います」
 テディが現場の一軒家の前で車を止めると、玄関に立っていた一人の刑事が彼の元へと駆け寄ってきた。テディよりいくつか年上だろうが捜査一課の課長にしてはまだ若い。的場と名乗る刑事は爽やかな笑顔を浮かべてテディに軽く頭を下げた。
「堅苦しいからテディでいいですよ。向こうの仲間はボクのことを、ルーズベルト大統領と同じようにみんなテディという愛称で呼びます」
「そうですか。ではテディ捜査官。さっそくですが現場のほうに来てください」
「わかりました。行きましょう。ボクお仕事大好きですから」
 おどけるように大げさに肩をすくめ、テディはキープアウトの黄色いテープをくぐり抜けて家の中へと入って行った。
「ボクはまだ事件の概要をよく知らされていないのですが、資料はありますか?」
「ああ、こちらです。私としても今回の事件は胸を痛めています。なんせ被害者は二人ともまだ十四歳の女の子だったんですから」
 テディはプリントアウトされた事件の資料を的場から受け取った。そしてその内容を読み、かすかに眉間にしわを寄せる。
「この部屋です」
 的場に誘導され、テディは扉の開けられたリビングに足を踏み入れた。その直後襲ってきた凄まじい死臭に思わず鼻を抑えてしまう。
「オオウ。これは……ヒドイですね……」
 家族の団らんの場であるはずのリビングは地獄絵図と化していた。テディは現場のあまりの凄惨さに目を背けたくなるが、自分の役割を果たすためには逃げてはいけない。テディはサングラスの奥の青い瞳で部屋全体を見回した。
 部屋は真っ赤に染まっている。まるでバケツに入ったペンキをぶちまけたように、目が痛くなるような強烈な赤が部屋を支配していた。
 部屋の中心に二つの死体が転がっている。的場が言うように二人の少女の死体だ。
 だがそのうちの一つは少女のものかどうか、判断することが難しい状態になっていた。資料がなければそれを人だったかどうかすらもわからないかもしれない。それほどまでに非現実的で、一種のファンタジィを思わせるような光景になっている。
 少女の死体は原型を留めていなかった。
 今までにも“異能捜査官”としてテディは色んな事件に携わり、酷い死体をいくつも見てきた。アメリカの凶悪犯罪に比べれば日本はどれだけ平和だろうか、そうテディは今の今まで思ってきた。
 だがこれはあまりにもあんまりだ。そう思いながらも、テディは死体の元まで近づいた。
 被害者のうちの一人、加賀《かが》怜奈《れいな》の死体は下半身だけしかまともな形が残っていない。腹部の中心から上が存在しないのだ。大きな刃物で切断されたように、傷口からは血と臓物がはみ出ていた。体内に収められているはずの腸が引きずりだされており、まだ死後から時間が経っていないためかテラテラとした十代特有の綺麗なピンク色の光を放っていた。だがなぜかそれは途中でぶつりと切れていて茶色の内容物が周囲に漏れていて悪臭を漂わせている。
 テディは部屋中に視線を向ける。切り離された上半身は肉片として部屋中に散らばっていた。ミンチ状態になっており、どれがどこの部位なのかもわからない。だが、明らかに部屋に落ちている肉の質量が|足りていない《・・・・・・》ことだけは一目瞭然だった。
 部屋に散らばっている切り刻まれた上半身部分が明らかに少ない。だが腕や頭、胴体などの骨は床に落ちている。その骨は肉が綺麗にそげ落ちていて、一見では鳥か何かの骨に見えるだろう。
 一体どういうことなのか、テディはしばし思考した。
 今までにもこれと似たケースを何度も見たことがある。これは明らかに屠殺の跡だ。
 食人嗜好《カニバリズム》。そう考えれば答えは簡単だろう。肉が足りず、骨だけ残されているということは、犯人がこの場で怜奈を切り刻み、生のまま血肉や臓物を食べた――あるいは持ち去ったかという推測が成り立つ。
 テディはアメリカで食人衝動による殺人事件の解決に関わったことがある。日本でもその手の事件は少なからずあるし、人を食べるラルヴァなども多く存在する。
 だがこれはそんな単純な話ではないようだった。
 テディは隣に転がるもう一人の死体に目を向ける。頭をぱっくりと割られ、目を見開きながら脳髄を垂れ流して死んでいる少女は岡本《おかもと》啓子《けいこ》だ。一目で即死と分かる。だが啓子の身体中にそれ以前に受けたであろう暴行の痕が生々しく残っている。
 しかし啓子の死体の異常さを際立たせているのは傷痕などではなく、彼女の無傷なお腹だった。
 わずか十三歳の啓子の腹部はまるで妊娠でもしているかのように膨れ上がっていたのだ。極限まで膨れているそれは、針でつつくだけで破裂してしまいそうなほどに大きくなっていた。啓子はむしろ本来は痩せている女の子だったはずだ。なのにどうしたらここまで腹が膨れるのだろうか。
 テディは手袋を着用し、啓子の口に指を突っ込み、無理矢理開いた。彼女の口の周りは血で染まっていた。そして、口の中に並んでいる歯も、口内そのものが血で溢れかえっている。歯と歯の間には肉のようなものが挟まっているのが見えた。
「何か、気付きましたか?」
 少女たちの惨たらしい死体を悼むような目をし、的場はテディに尋ねた。
「……解剖すればすぐわかるでしょうが、恐らく加賀怜奈の死体を食べたのは岡本啓子だと思います」
 それがテディの出した結論だった。だがそれは悪夢のような答えだ。
「やはり、そうですか」
 的場もその考えには至っていたようで、大きな溜息と共に頭を抱えた。テディも的場と同じ気分だった。資料によるとこの二人の少女は友達同士だったようだ。この家は啓子の自宅だ。両親が家にいることが少ない彼女はいつも怜奈を自宅に呼び、一緒に遊んでいるようだった。恐らく今日も休日と言うこともあり、啓子は怜奈を呼んだのだろう。
 それなのに一体なぜ、怜奈の肉をお腹が破裂寸前になるまで食べなくてはならなかったのか。
 その理由を知るためにテディは呼ばれた。
「お願い出来ますか。テディ捜査官」
「ええ。やりますよ。これがボクの仕事ですから」
 テディはサングラスを指で押し上げながら、わざと軽い笑顔を作って言った。
 そして啓子の死体に再び触れ、“異能”を発動した。
 電流のような衝撃が指先から脳にまで伝いテディの頭の中に映像が流れ込んでくる。それは啓子が死の直前に見た恐怖の光景だった。
 これがテディの異能“ビジョン・クエスト”である。
 通常のサイコメトリーとは違い、応用は利かないが、死の直前の壮絶な感情を読み取ることで断片ではなく鮮明な死の映像が対象の目線で頭の中に再生されていく。


 最初に見えたのは既に死亡している怜奈の死体だった。その段階ではまだ首を切られて死んでいるだけで、その他の部位は損傷していない。
 血塗れの斧を手に持つ男が視界に映った。その男が怜奈を殺した犯人であることは明白だった。しかしテディは「ガッデム」と心の中で悪態をつく。
 男は顔を隠していた。ズタ袋のような白いマスクですっぽりと顔を覆っていたのだ。それはさながら幽霊の頭のようで男の不気味さを醸し出している。これでは顔がわからず、犯人を特定することは難しくなった。
 啓子は椅子に縛られているようだった。手だけは自由にされているようで、必死に何か抵抗しようとバタバタと手を動かしている。啓子は怜奈の死体を見て絶叫した。だがその時間帯、近所には人がいなかった。壁に防音対策が施されているせいもあり、啓子の悲鳴が外の誰かに伝わることはなかった。
 マスクの男は啓子の叫びに構わずに怜奈の解体を始めた。
 男は何度も何度も斧で切り裂いていく。最初に切断したのは右腕だった。まるで薪を割るように思い切り斧を肘に打ちつけて切り離した。男はその怜奈の腕を、啓子の目の前――テーブルの上に置いた。
 そして男は自分の口のあたりをトントンと指で叩き、ジェスチャーで啓子に伝えた。何度か行為を繰り返すうちに、啓子も彼の意図することを理解し、愕然とする。
「た、食べろってこと……」
 小さいながらも、絶望している啓子の声が聞こえた。マスクの男はこくりと頷く。そして、食べなければ殺すとでも言うように、男は斧を振りかざし、啓子が怜奈の腕を食するのをずっと待っていた。
 啓子の視線が一瞬だけ怜奈の死体に移る。怜奈の変わり果てた姿を見て、ただひたすら憐れんだ。しかし啓子の胸の奥から、怜奈に対する悲しみ以外の感情が浮かんできたのだ。こんな風に死にたくない。まだずっと生きていたい。そんな気持ちがテディにも伝わってきた。
 ごめん怜奈。ごめん怜奈。ごめん怜奈。
 啓子は心の中で何度も呟いた。怜奈だけが啓子の心の支えだった。その怜奈は不条理な死を迎えた。啓子は怜奈の死を無駄にしないように、自分は生き残ってこの目の前の|クソったれ《・・・・・》を警察に突き出してやる。そう自分に言い聞かせる。
 啓子は意を決したように怜奈の腕にかぶりついた。口内に血の味が広がり、肉の嫌な感触が歯を浮かせる。死のショックで筋肉が凝縮されてしまっている人間の肉は堅く、とても食べられたものではない。それでも殺されないために啓子は必死で親友の肉を食み始めた。
 ビジョン・クエストは死者と同じ視点のため、啓子がどういう表情をしているのかはわからない。だが恐怖で歪み、涙を溢れさせていることは容易に想像できた。強要されて、親友の肉を食べなければならない。これほどまでに人間の尊厳を破壊する行為があるだろうか。
 次第に精神が啓子の残留思念と同調し、恐怖や苦悶がテディにも伝わってくる。気が狂いそうだった。それでもテディは必死に精神を集中させてビジョン・クエストを続けた。
 腕の肉を必死に口の中に詰め込み、吐き気を抑えながら突っ伏している啓子の目の前に、マスクの男はもう一本の腕を置いた。それだけではなく、顔の肉や肩から脇にかけての肉を和えものとして添えていく。
 男は“食べろ”とジェスチャーで強要した。
「嘘……もう許して」
 啓子は男に懇願した。男は何を思ったのか、啓子の頭を掴みあげ、テーブルに叩きつけた。酷い音が響き、脳が揺らされたように気持ちが悪くなってしまう。男はそのまま部屋の中を物色し、父親の引き出しから工具箱を持ってきた。
「ひっ……!」
 男は工具箱から釘と金槌を取り出し、釘を啓子の手の甲に当てた。ひんやりとした鉄の感触がゾクゾクと伝わってくる。
「お、お願い! やめて!」
 啓子が叫んだ瞬間、マスクの男は金槌を容赦なく振り下ろした。啓子の手を、釘が貫通しテーブルに打ちつけられる。啓子は声に鳴らない絶叫を上げ、必死に体を動かした。だが男は啓子の顔面を執拗に殴りつけて抵抗する意思を奪っていく。押し黙った啓子に、男は二本、三本、四本と次々に釘を打ちつけていく。文字通り手をテーブルに釘付けにされた啓子は、もう暴れることは無かった。
 それからは、男に無理矢理口の中に怜奈の肉を押し込められていった。男は怜奈の服をたくし上げ、怜奈の死体の胸に肉切り包丁の刃先を置いた。男は怜奈の小さな胸の間からへその辺りのラインにそって包丁で縦に裂いた。
 男の手さばきは見事だった。骨を避けて綺麗に肉だけを切り離していき、怜奈のお腹にぽっかりと穴が開いた。その中に男は白い手袋をしているその手を突っ込んだ。そして男は引き裂いた怜奈の腹部から腸を引きずり出した。腸は一体何メートルあるのかわからないくらいに際限なく怜奈の腹からズルズルと出てきた。
 まるで太い縄のようなそれを啓子の口の中に押し込んだ。それでも生き延びるために、男が満足するようにそれを食べた。腸の中の糞が口内に広がっていくのが耐えられないほどに気持ち悪い。
 途中で嘔吐しても、吐瀉物をまた無理矢理飲みこみさせられた。啓子の胃が限界に近づくと、男はキッチンに置いてあったジューサーを取り出した。
 ジューサーの中に、腹部から取り出した残りの内蔵や怜奈の眼球を突っ込み、スイッチを入れた。壊れそうな機械音を鳴らしながらジューサーの肉片は液状になっていく。
 男は満足したようにジューサーのスイッチを切り、液状化したそれを律儀にコップに移して啓子に差し出した。
 啓子に拒否権は無かった。
 黙ってそれを飲み下していく。そのまま食べるよりは楽ではあるが、異様な気持ち悪さで啓子の中にある人として何か大事な物が崩れていきそうだった。
 次々と人肉ジュースを飲まされ、啓子の腹は破裂寸前に膨れ上がった。異常な腹痛がするが、吐くことは許されず必死に口を抑えるしかなかった。
 やがて男は斧で怜奈の胴体を雑に切り離す。上半身の残りも食べさせようとテーブルの上に置いた。だがもう怜奈は食べられないと思った。口に含んでも食道の辺りまで肉が戻ってきてしまっていて、飲みこめず呼吸にすら障害が及んでいた。
 怜奈の死体を半分ほど食べさせた後、男はこの“遊び”に飽きたのか、怜奈の死体を切り刻むことを止めた。そしてしばし考え込むようにソファに座りこむ。
 もう終わったのかしら。そんなありもしない希望を啓子は持ってしまった。
 その予想を裏切るように、男は斧の柄を握った。
「や、やめてよ……言う通りに、た、食べたじゃないですか……」
 啓子は涙を流し、パンパンのお腹を押さえながら男に必死に許しを乞うた。だが、男は啓子の言葉に耳を傾けることも無く、あっさりと斧を振りかぶった。
「――――」
 断末魔の悲鳴を上げることすらも間に合わずに、啓子の視界は真っ黒になり途切れてしまった。


「オオ、ジーザス! ファックファックファアアアアアアック!」
 ビジョン・クエストから戻ってきたテディは大声を上げながら、床を思い切り何度も何度も殴りつけた。
 ああ、畜生。なんだ今のは、あれほどまでに理不尽な行為をこの小さな女の子は受けたのか。テディの心は怒りと悲しみで煮えたぎりそうになっていた。予想していたこととは言え、啓子の受けた映像を見ることは辛かった。子供に対してあんなことを出来る人間がこの世に存在することが信じられない。信じたくない。テディはポケットに入れている十字架を掴み、二人の少女が天国に行けるようにと、神に祈りを捧げた。
「お、落ち着いて下さいテディ捜査官!」
 取り乱したテディの身体を的場は押さえつけた。そうしてようやくテディは呼吸を整え、申し訳なさそうな顔で謝る。
「ソーリーミスターマトバ……。もう、大丈夫です……」
 ビジョン・クエストから帰って来るといつもこうだ。疑似的にとは言え死の瞬間を体験するため、精神が不安定になる。今回のように小さな女の子の死を前にしても、何もできずに見ているだけしかできないのは耐えられない。
 あのマスクの男は何者だ。人間とは思えない所業。彼の行為からは何も感じない。主張も、主義も無くただひたすら残酷な行為を繰り返していただけだ。あの男は遊んでいるだけのように思えた。マスクの男が啓子に強要していたのは子供がするようなおままごとのようだったとテディは考えを巡らせた。
「それでテディ捜査官。何か見えたんですか?」
「イエス。見えましたよ。ペンと紙があれば貸して下さい」
 テディがそう言うと、的場は部下に指示を出して用意をさせた。テディは血で汚れていないキッチンのテーブルに紙を置いて絵を描いていった。
 白いズタ袋をマスク代わりにした、灰色の背広を着ている長身の男。その男の絵を、記憶を頼りにテディは描き映していく。
「犯人はこの男です」
 テディは紙を的場に手渡した。その絵を見て、的場の顔が一瞬で青ざめたのをテディは見逃さなかった。的場は深く目を閉じ、重たい口を開く。
「この絵、本当にこいつが見えたんですか」
 的場は信じられないという風にテディに聞いた。テディは特に気分を害することなく「その男が彼女たちを殺しました」と伝えた。すると的場はしばし沈黙したのち、その紙を部下たちに渡した。部下の刑事たちもみな一様に的場と同じような反応を示し、戸惑いながらお互いに目を合わせ、同時に一つの単語を呟いた。
「……“K”?」
 刑事たちは黙ってしまった。的場も頭を抱えるようにして壁にもたれかかった。
「どうしたんですかみなさん。“K”とはなんですか。この男のことを知っているんですか?」
「ええ、私たちはこの男を知っています。当時を知らない子供たちは|お化け頭《ゴーストヘッド》などというふざけた呼び名をつけていますがね。まさか十年経った今になって、この男が帰って来るとは思ってもいなかった」
 的場は口にするのも嫌だとばかりに言い淀んだが、テディに説明をしなければならないと思ったのか、気持ちを落ち着かせるように腕を組んだ後言葉をつづけた。
「Kとは、そのマスクの男のイニシャルです。本名を口にするのも気分が悪くなる。そいつは十年前まで双葉学園の生徒でした。ですがKはある日、本土の精神病院へとぶち込まれたんですよ。そしてあいつはそこを脱走した」
「……なぜKは精神病院に?」
 テディが尋ねると、突然的場の表情が一変した。それは怒りの表情だった。さっきまでの爽やかな雰囲気は微塵も無くなってしまった。
「殺したんですよあいつは! ズタ袋のマスクを被りながら自分のクラスメイト、全員を殺したんです! あいつは最悪の殺人鬼なんですよ!」
 さっきまでテディを落ちつかせるために冷静でいた的場が、声を荒げてそう言ったことにテディは驚いた。部下の刑事たちもみな暗い顔をしている。Kとは何なのか、これほどまでに刑事たちの心をかき乱す殺人鬼とは何者だろうか。テディはビジョン・クエストで視たあの男のマスク姿を思い出し、ぞっと体を震わせる。
「いや、すいませんテディ捜査官。私が取り乱していては仕方がないですね」
 無理に笑顔を作り、的場はがっくりと項垂れた。そんな的場のフォローをするように、部下の一人がテディの耳元で言った。
「テディ捜査官。的場さんのことを悪く思わないでくださいね。俺たちもKのことは思い出したくないぐらいなんです。なんせ、あいつと俺らは同年代で、同じ双葉学園に通っていたんですから……あいつが精神病院を脱走したと聞いた時は、俺たちみんな愕然としました。あんな奴、精神病院に入れるんじゃなくて早く死刑にすべきだったんだ」
 部下の刑事も感情的な言葉を吐いた。そこからテディは刑事たちのKへの憎悪を感じることができた。
「いえ、ボクは気にしていませんから」
 テディは双葉区のこの刑事たちが学園の卒業生だということを思い出した。彼らはリアルタイムでその事件に遭遇していたのだろうと、テディは想像した。
「私の妹がKのクラスメイトでしてね……。私はKを捕まえるためにここの刑事の道を選んだんですよ」
 俯きながら、独り言のように的場は呟いた。再び顔を上げた時には最初のように爽やかな顔に戻り、平静を取り戻したのかテキパキと部下に指示を出し始めた。
「もしかしたら模倣犯の可能性もあるが、当面はこのマスクの男の正体をKと断定し、捜査を進めていく。C班は至急、区の警備を増やして住人たちに危険を呼び掛けろ。それと醒徒会に連絡を入れて事件に対応できる異能者を探してもらってくれ、風紀委員たちにも街の見回りを強化するように伝えるんだ。だが、あいつを見つけてもくれぐれも深入りするなと言っておけB班は聞きこみ、A班はここに残って私と捜査を続けるんだ」
 命令を受けた部下たちは一斉に散り、自分たちの仕事に取り掛かった。
「ミスターマトバ。今回の事件、これからボクも捜査に参加します。何か出来ることがあればなんでも言ってください。子供をこんな風に玩具のように殺す人間に、これ以上日の光を当てさせてはいけません。必ず捕まえてやりましょう」
 それはテディの本音だった。こんな鬼畜の所業を行う人間がのうのうとしているなんて許し難いことだ。子供は慈しみ、護るべき存在だ。テディは自分が育てられた孤児院のことを思い出していた。年に一度里帰りをし、そこの子供たちと顔を合わせるたびにテディは子供たちを護るために自分が捜査官になったことを思い出す。
「ありがとうございます。後でテディ捜査官にはKの資料を端末に送りますから、目を通しておいてください。特にあいつが持つ“異能”はとても厄介ですから、よく知っておいた方がいいでしょう」
「ラージャ。お互いに頑張りましょう」
 テディが手を差し出すと、的場は力なくもその手を握り返した。


 つづく



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