【ラストリゾート - Last Resort -】


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 ◇六月二十一日(金) 就寝後


 考え直してみれば、その違和感は親友|相羽《あいば》|呼都《こと》の夢に侵入した最初からあったのだ。
「獏《ばく》化しなきゃ人の夢に入れないなんて、こんなこと今まで一度もなかったのになぁ」
 人型に戻った獏の異能者、|姫音《ひめね》|離夢《りむ》はその赤黒く長い巻き毛を指で梳きながら、全裸姿のままひとりごちる。
 肉体が睡眠状態になり意識が夢の中へと向かえば、いつものならばイメージする先の夢へと入り込むことができるのだが、今回に限ってコトの夢の周りに、まるで見えない壁が自分を遮っているかのように覆っていた。
 これもまた、先ほどの帰宅時にコトが「最近夢を見ていない」と言っていた原因と関係があるのだろうか……。

「とりあえず服を調達しなきゃ」
 一度獏化してしまうとその体格差故に身につけていた衣類は破れてしまう。本人の知る限りその夢を食べて消す力しか持ち合わせていないリムには、一度目を覚まし夢へと再突入しないことには、自身に起こった状態変化をリセットすることができないでいた。
 例え親友コトの夢とはいえ全裸のまま闊歩するわけにもいかない。リムは接続地点として寮の自室に着地し――、本来そこにあるべきである自分の私物の一切ない、備え付けの家具だけとなっている空部屋の自室に疑問を感じた。
「えっと、なんで?」
 見知らぬ他人の夢ならまだしも、この部屋に幾度となく訪れたことのある親友コトの夢なら、記憶の断片としてでも自室について何らかのパーツが構築されていてもおかしくないはずなのだが……足がかりさえあれば共通の認識として上書き補正することもできるのだが、ここまで情報のない状態からでは介入する余地もない。
「やっぱり、何かがおかしい……よね」
 リムは空っぽのクローゼットの前で、顎に手を当て首を捻り考え込んだ。
 衣類を探すのは諦め、このままコトにばれないように探りを入れてみようか。それとも一度戻ってみるべきか……、しかしまた獏化しなければ再突入できないならそれは無駄足となってしまう。
 ひとまず、窓の外からコトに見つからないよう様子を覗いてみようと、リムはベランダに手をかけ空中へと踏み出そうと――、

「へぇ、まさかこんな早くに会えるとは思わなかったよ」

 突然、先ほどまで自分しかいなかったはずの|空《・》っ《・》ぽ《・》の《・》自《・》室《・》から声をかけられ、リムは踏み出そうとした足を止め、部屋へと振り返った。
 部屋の中央、そこには双葉学園男子制服を纏った、リムと同じほどの背丈をした線の細い少年が、彼女に向かい微笑み立っていた。

「いっ……嫌ぁぁぁぁぁあ!!」
 リムは、普段なら滅多に出さないほどの大声で悲鳴をあげた。男の人に裸を見られてしまった。顔面を真っ赤に染め、慌ててその豊満な胸を両腕で隠すと、勢いよくベランダへとしゃがみ込む。
「おっと、これは失礼。女性に素肌を晒させたままというのは申し訳ないな」
 しかしその少年はリムの悲鳴にもまるで物怖じしない様子で、彼女へと右手を差し出すとその爪の尖ったその指をパチンと弾き鳴らした。
 突如、座り込んだリムの体の周りを黒い影が覆い、そしてそれはリムの背丈に合った漆黒のワンピースドレスの形を成した。
 何が起きたのかわからなかったが、ひとまず男の人の前で全裸でいるという事態が回避できた安堵感もあり、リムは頬を赤らめたまま眉間にしわを寄せゆっくりと立ち上がると、じっと少年を見つめた。
 先ほどはあまりに急なことで確認できなかったのだが、襟足を刈り揃えられた赤黒い癖っ毛に、彫りの深い目鼻立ちと鋭い八重歯。その姿はまるで自分と同じようで――
「……えっと、何。誰?」
 嫌な予感がよぎり、リムはいぶかしげに少年を睨みつけ、ゆっくりと尋ねた。
「そうか、僕の方は幾度か君を目にしていたんだけど、いつも遠目に君を見つめていただけで自己紹介がまだだったね」
 そして、少年は微笑みを崩さないまま、言った。

「僕は君と同じ、ラルヴァ『獏』だよ」

「え……っと、え!?」
 少年の言葉に嫌な予感が的中し、リムは躊躇した。
 この人も獏? しかも私が獏だってばれてる? やっぱり髪とか八重歯とか同じような特徴を持った仲間だと見られたから、獏だとばれたのだろうか?

 ……って、ラルヴァ?

「ちょっと待って、っていうかばれてるみたいだから隠すのはもう諦めるけど……私はラルヴァじゃなくて人間の、獏の能力を持った異能者だよ?」
 リムは困惑しながらも慌てて訂正する。
「そう思うのならそうなんだろう、君の中ではね」
 しかし少年は相変わらずの笑顔のまま続けた。
「でも、事実は変えられないよ」
 リムは大きく頭《かぶり》を振った。例えそれが事実だとしても受け入れられるわけがない。
「あなたはいったい何者なの、どうして、私のことを?」
「そうだね……。と、その話の前にとりあえず場所を移そうか。ここでは夢の主に近すぎる。この|素《・》材《・》に何かあったら大変だ」
 言って少年はリムから壁、正確には壁二枚先にいるであろうコトへと目線を逸らすと、再びパチンと指を弾き鳴らす。
 するとリムの視界が急に暗転し――、目が慣れるといつの間にか少年と二人、双葉公園の中央広場へと移動していた。
「なっ……!?」
 リムは驚きを隠せないままあたりを見回す。雨上がりの薄曇りの空。毎週休日の朝に散歩している見慣れた双葉公園だ。今ここには一定の距離を保って対峙する二人以外に人影はない。
「これだけ離れておけば夢の主に影響を及ぼすこともないだろう。逆に離れすぎて情景の再現度が酷く低下していたから、僕が再構築しておいた」
 少年が恩着せがましく言った。
「で……」
「そうだね、まず何から話そうか」
 口を開いたリムを遮るように少年が言葉を続け、リムは警戒しながら再び彼を睨みつけた。
 しかし少年は一切気にする素振りすら見せず、淡々と語り出した。
「初めて君を見かけたのは一ヵ月半ほど前になるかな。僕がずっと目を付けていたこの素材に君が現れたんだ。嬉しかったよ。同族の、しかもこんなに美しい異性と巡り合えるなんて思いもしなかったから」
 一息入れて、少年は目線を寮棟のある方角へ向ける。
「そして何日か前、この素材の|子持ち悪夢《プレグナント》化に成功した際に、再び目にすることができた。二人の会話から友達同士だと判断してね。それから新しい力の実験も兼ねて罠を張ってみたんだ。まぁこんなに早く再会できるとは思いもしなかったけど」

 罠。この夢に入り込みづらかったこと、そして自室の荷物が何もなかったことから察するに、なんらかの手法でこの夢から姫音離夢という存在そのものを拒絶するようなプロテクトをかけたのだろうとリムは考える。
「……そういえばあの時、君はは力任せに運よく|子持ち悪夢《プレグナント》を打ち消すことができたみたいだけど、君はまだ僕らの能力を上手く使いこなせてないみたいだね」
 そして少年は人差し指を立てると、キザっぽくチッチッチと舌を打ちながらその指先を左右に振って見せる。
「僕たちは『夢を見るだけの人間』なんかじゃない、夢に生き|悪夢《ナイトメア》を糧とするラルヴァ『獏』なんだ」
「っ……」
 単に『獏の能力を持った人間の異能者』とラルヴァ『獏』との考え方の差か、あの不味い|悪夢《ナイトメア》を自身の食料と捉える発想にリムは目眩がした。
 違う、やっぱりこの人は自分と同じなんかじゃない。リムの警戒心が一層強まる。
「心を解放しなよ、こちら側へおいでよ。君はその『人間』などという枠に捕らわれたままではいけない」
 言って、少年は突然リムの視界から消え去り、瞬時に、触れ合える程に間近へと再び姿を現した。
「何せ――君は僕の妻となるべき存在なのだから」

 そして少年はリムの頬に手を添《そ》えると、
「――っ!?」
 有無を言わさず彼女の唇を奪った。


 それはあまりに突然の出来事でリムは頭が真っ白になってしまい、数秒の間、何の抵抗もできないでいた。
 頬を撫でる異性の手。初めて触れた唇同士の感触。
 何よりも先にひたすら恐怖心と嫌悪感が湧き起こり、手足の先が小さく震えだした。

 そして、少年の舌先がリムの唇をなぞった瞬間、
「……――ガァァァァアアアアアッ!!」 
 リムの理性は消し飛んだ。
 突如その肉体が膨れ上がり巨躯の獏へと変貌すると、たとえこれが夢の中とはいえ、ファーストキスを奪った少年の口を含めた顎周りをその鋭い牙で噛み砕く。
 そしてバランスを崩した少年を体当たりで突き飛ばすと、自身も大きく跳び下がり、
「ォォォオオオオオオオ!!」
 威嚇交じりに一吠えした。

 しかし少年は顔色一つ変えず体を起こすと、喉元まで抉られた顎周りを手のひらで覆い隠す。するとしばらくの間、手がぼんやりと陰り――その手が退《の》けられると、隠されていた傷口はまるで何事もなかったかのように元の状態に戻っていた。

 そして地を蹴り再度突進した獏の大きく伸びた鼻先を、少年は造作もなく片手一本で押さえ止め、
「――やはり、この程度なんだね」
 ため息交じりに言い捨てると、反対の手を獏化したリムの眼前に差し出し、パチンとその指を弾き鳴らす。
 すると音と同時にリムの獏化は強制的に解除され、そして再び先ほどの黒のワンピースドレスをまとった人間の姿に戻されてしまった。
「なん、で……?」
 少年の手で鼻先を触れられたままでいたリムは我に返ると、少年の傍らから飛び離れると狼狽《うろた》えながらその唇を手の甲で拭うようにゴシゴシと擦《こす》った。

 そのリムの行動に何かを感じたのか、少年は深くため息をつくと、
「さっきも言っただろう? 君はまだ僕らの能力を上手く使いこなせていないって。まぁこの僕からすれば、今の君の能力なんて獏化したところでまだまだ赤子同然なんだ。……それに、僕には――いや、なんでもない」
 それまで流暢に話し続けていた少年は急に言い淀み、リムから目線を逸らす。
 一瞬の間。
 リムは小首を傾げると、その隙間に口を挟んだ。
「以前から目を付けていたって言ったよね。どうしてコトの夢に……」
「コト――あぁ、この夢の主はチェックしていた|悪夢《ナイトメア》に取り付かれやすい素材の一人でね。しかも|子持ち悪夢《プレグナント》化できたとなれば、なかなかにレアなんだ」
 少年はリムへと向き直るとうんうんと頷き、言葉を続けた。
「それに友達同士のようだし、ここにいればまた君と出会えると思ったしね」
「やめて。そんな理由でコトの夢に入り込まないで」
 リムはその鋭い八重歯を剥き出し、少年へと睨みつける。
「おっと嫌われたもんだ。まぁ、ここで出来ることはあらかた片付いたし、仕方ない。もう二度とこの素材へと関わらないことを約束しよう」
「約束なんて、そんなの信用できない」
「それもそうだな、うぅむ」
 少年はわざとらしく考え込むような素振りを見せると、
「元々|悪夢《ナイトメア》にとりつかれやすい、つまりは僕らの糧である|悪夢《ナイトメア》を養殖できる|素《・》材《・》として利用していたに過ぎなかったんだ。でも実はそれももう終わり。この素材で成功した|子持ち悪夢《プレグナント》化を解析、応用して、僕は――それを僕自身に植え込んだ」
「植え込んだ……って、まさか!?」
 少年の言葉にリムは顔面蒼白になる。少年はニヤリと笑って見せた。
「そう、今の僕はラルヴァ『獏』であると同時に|子持《ナイトメア》ち《・》悪夢《プレグナント》でもある。|悪夢《しょくりょう》を求めてさまよう必要もない、自己発電できる永久機関なんだ」
 少年はまたその指を弾き鳴らしてみせる。音と同時に黒い|悪夢《ナイトメア》が姿を現し、そして少年はそれを掴むとパクリと口へ放り込んだ。

 ずっと感じていた違和感。他人の夢を操作したり、服を作り出したり、瞬間移動したり、傷口を一瞬で修復したり。リム自身には一切できない、大凡《おおよそ》『獏』というだけでは説明しきれない力の原因が、まさか|悪夢《ナイトメア》によるものだったとは……。

「さて、手の内も明かしてしまったし、今日はこの辺りで身を引くとしよう。それではいずれまた。僕のお姫様」
 そして、呆然とするリムに深々と一礼すると、少年はそのまま一瞬にしてその姿を消し去って行った。


 少年が居なくなったことで、構築されていた双葉公園の情景が徐々に崩れ始める中、リムはしばらくの間その場に立ち尽くしていたが、はっと我に返ると、急いで寮棟へと飛んだ。





 空を覆う雲は徐々に黒く厚みを増し、再びいつ雨が振り出し始めてもおかしくない。
 寮棟へと辿り着いたリムは、無意識に手の甲で再び唇を擦りながら、ベランダ側からコトの寮室の前まで移動する。すると――
 それはまるで彼女を待ち受けていたかのようなタイミングでコトが窓を開け姿を現し、ベランダを挟んで洗濯物越しに二人は顔を見合わせた。
「――なっ……!?」
 コトはリムの顔を見るなり絶句し、数歩後ずさった。
 無理もない、この夢のコトはリムに関する記憶を忘却させられているのだ。
「コト……」
 リムは居ても立っても居られず、ベランダを飛び越え勢いよくコトを押し倒すように抱きついた。
「ちょっ……?」
 突然の出来事に困惑するコトに、
「もう大丈夫だから、コト、夢から目を覚まそう? そして一緒に買い物に行こう」
 リムは力強く抱きしめると、彼女の耳元で優しく声をかけた。

「リム――」
 コトは少女の名を呼ぶと、目尻から一筋の涙が零れ落ちた。
 そして彼女はリムの腕の中からその姿を消した。





 コトの寮室で一人となったリムはゆっくりと立ち上がると、着せられていた黒いワンピースドレスを引き破ると徐《おもむろ》に口へと放り込んだ。

 夢の主であるコトが目を覚ましたから、この空間もじきに消え去るだろう。ここ数日間の夢を覚えていないということは、根幹となったのはきっとあの少年に依るものである可能性が高い。恐らく今夜の夢も覚えていないはずだ。

 これにて一件落着――なのだが……、
『僕は君と同じ、ラルヴァ『獏』だよ』
 リムの頭の中では先ほどの少年の言葉がずっとリピートし続けていた。

「私は、ラルヴァじゃないもん……」
 リムは俯き、誰にも聞き取れないほどに小さく呟くと、歯を食いしばり強く握った拳《こぶし》をわなわなと震わせていた。





 【眠り姫に迫る影】
 Rim's Side【ラストリゾート -Last Resort-】終











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