【ピ○ニック】


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 ピ○ニック

 それは、昭和五十六年から販売している乳製品の名称である。ブリックパックと呼ばれる直方体容量二五〇ミリリットルの紙容器にポップな書体でPiknikと記載されたパッケージングの飲料は、誰もが見知ったものであろう。
 というのも、形状からくる運搬性の良さや密封性による長期保存が可能なこと、可燃ゴミとして処理可能な紙容器であること、また、二五〇ミリリットルという昼食の飲料として飲み切りやすい容量などメリットが多く、学校などの公共施設の売店などで販売されることが多いからだ。
 多分に漏れず、当校の購買部でも購入可能な飲料の一つであり、昼食時にはパンを片手に生徒が口にするのを皆さんも見かけることが多いのではないだろうか?
 さて、こんなどうでも良い話をしたのにはワケがある。このピ○ニックにはある伝説があるのだ。
 恐らく、一部の生徒は聞いたことがあるのではないだろうか?
 そう、星の数ほどある双葉学園七不思議のひとつに数えられる“幻のピ○ニック”の存在だ。
 幻のピ○ニック――。それは入荷日も入荷数も不明で、何味なのはもちろん、どんなパッケージであるかも判明していないという謎のピ○ニックである。
 この幻のピ○ニックを奇跡的に入手し、飲み干した人には『好きな人から告白されました』とか『期末試験のヤマが大当たりでウハウハです』とか『飲み干したパッケージを懐に仕舞っていただけで突如として幸運が舞い込むようになりました』とか『飲んだだけで悩みだった身長が五センチ伸びました!!』とか『競輪競馬で大儲け! 幻のピ○ニックさまさまです!!』といったなんとも摩訶不思議な幸運、いや露骨にうそ臭い奇跡が舞い込むという…… 噂である。
 まあ、都市伝説に代表されるような根拠が曖昧な噂というものは、基本的には眉唾物であり、尾ひれが付くのは当然で、時には尾ひれや背びれだけでなく、手足まで生えて一人歩きしてしまうもの。
 恐らく、この幻のピ○ニックもそういった類のものであり、誰かの勘違いから始まり、フォークロアが辿る流れと同様に伝聞する間により面白く装飾され、時には枝葉を切り落としブラッシュアップされ現在の形になったのだろう。
 少なくとも私はそう考えていた。
 だが、私は出会ってしまったのだ。幻のピ○ニックを知っているという人物に。
 幻のピ○ニックを知っているという人物の情報が私の元に届いたのは今年の十二月の中旬のことである。
 十二月中旬といえば、恐らく多くの生徒の懸念だった期末試験も終了し、目前に迫った冬休みに心躍らせたり、クリスマスの予定についてイチャイチャしながら乳繰り合ったり、ソロイベントだけは避けようと血眼になってお相手を探そうとしたり、すっかり諦めモードになり悪意を周囲に振りまいたりと、一年を通して二番目くらいに学園内がドロドロに愛憎渦巻く時期である。
 そんな時期にあるツテから情報がもたらされたのだ。
 独特の空気感に辟易し、センセーショナルな記事のネタを探していた私にとってそれは渡りに船と言えた。
 ただ、情報提供者に直接会うことは叶わず、電話でのインタビューが精一杯とのこと。だが、これでは裏が取れない。間を取り持ち、このインタビューのお膳立てをしてくれた馴染みの情報屋も、情報提供者の人物像を曖昧に口を濁すだけ。なんとも歯痒い。
 私は情報提供者と何とか直接接触し、確証を得たかったが、頑として相手の許可は下りなかった。
 結局、折れたのは私の方で、先方の指定する公衆電話を通じてのインタビュー、しかも向こうは変声機で声を変えてという非常に用心したものだった。
 私は先方に指定された当日、島内のとある公園に設置される公衆電話に足を運んだ。
 予定の時間に一秒も遅れることなく、公衆電話のベルが鳴り響き、私を驚かせる。
 私は慌てずに受話器を取り「もしもし?」と相手に向かって話しかける。
 暫しの沈黙、そして――。
『周りには誰もいないか?』
 電子的に変声された音声が耳障りなノイズと一緒に聞こえてくる。電子的に変換されているとはいえ、相手の緊張感が手に取るほどに伝わってくる。この告白は彼もしくは彼女にとって相当な勇気が必要なものだったのだろう。
 もちろん私一人だ。
 そう答えると、安心したのか大きく息をする音が聞こえてくる。
『では、電話機の下にある封筒を取って中を見ろ』
 なるほど、電話機の下にある電話帳を置く棚に大きめの茶封筒がある。私は肩と耳で受話器を挟みながら封筒を拾い上げ、中にあるものを取り出す。それは一枚の写真だった。
 これは?
『それは証拠の写真だ。それが幻のピク○ックだ』
 私は相手に伝わるように大げさにため息をつく。
 理由は簡単だ。その写真というのがなんともピントがぼけて殆ど判別できないような代物だったからだ。
 これでは証拠にならない。私はそう言う。
『しかし、それが私には精一杯なのだ。購買部のお姉さんの目を盗んで撮影するのにどれだけ苦労したと思う?』
 そんなことは知らない。貴方が苦労しようと、購買部のおばさんが邪魔しようと、こちらの知ったことではない。確実な情報が欲しいのだ。
『――お姉さんだ』
 はい?
『おばさんではない。お姉さんだ。ああ見えても、まだ二十代後半なんだぞ』
 とりあえず購買部のおばさんの情報は私は知りたくもない。嫌いじゃないが年上過ぎる。
 しかし、これでは確証を得られない。もっと有用な情報はないのだろうか?
『なら、明後日の昼休みに購買部にくるといい。保冷機の右隅に一つだけ黄金色に輝くピク○ックがあるはず。それが幻のピク○ックだ。自分の目で確認してみるがいい』
 それは入荷するということか? だがこの写真では判断しようがないぞ。
『黄金色に輝くハートのパッケージ。言えるのはそれだけ。あとは何とかしろ。それとおばさんじゃなくてお姉さんだ』
 受話器の向こうでガチャリと音がして、電話が切れる。
 全く、情報提供者は一体誰なのだろう? 私には全く分からない。ただ、購買部のおばさんの年齢を気にする人なことは確かなようだった。
 うーむ、全く分からない。謎の人物だ……。

 私がピンボケの写真と僅かな情報を手がかりにして色々と調べるも全てが徒労に終わり、あっという間に情報提供者がいうその日になる。
 手元にあるのはピンボケした写真と『黄金色に輝くハートのパッケージ』という不確かなものばかり。
 しかもそれが購買部の保冷機の右隅に今日置かれるということだけだ。
 だが、確かめざるを得ない。千載一遇のチャンスなのだ。私は自分の能力に感謝する。
 私の能力は固定座標の空間を認識から除外する能力。つまり、私が指定した空間は誰も認識することができなくなる。適用空間の範囲は最大でも三メートルで、効果を発動できる距離は十メートルと限定されるが、補助系の能力としてはかなり有用だ。
 私は前日、入念に購買部の位置関係を確認し、失敗のないように祈る。
 保冷機の右《・》隅だ……。
 当日、いつものように人の波が購買部へと押し寄せる。もちろん、全ての生徒がではない。弁当を持参する者もいるし、食堂で済ます生徒もいる。そういった中で、購買部でパンやおにぎり、お弁当を買う人たちがいるというだけだ。
 だが、呆れるほどに生徒数が多い双葉学園ではそれだけ分散していても食物の確保は戦争状態である。能力を発動させて他者を蹴散らす馬鹿者どもは殆どいないが、それでも主婦の狩場と変わりない弱肉強食の世界がそこでは繰り広げられる。
 四時限目の授業をばっくれていた私は授業終了のチャイムと共に能力を発動させる。これで他者には該当のブツは見えなくなるはずだ。だが、チャイムが鳴り響いた直後にも関わらず大量の生徒が購買部に集まってくる。私のようなさぼり組みはもちろん、テレポーターや加速系、身体強化系の能力者たちが存分に能力を発揮して希望のブツを手に入れようと購買部に集合したのだろう。
 一瞬気圧され戸惑ったのが運の付きだった。気が付いた時にはそこは戦場。私の目の前は人《・》山《・》の黒《・》だ《・》か《・》り《・》で一歩も前に進むことができない。だが、能力はすでに発動している。あとは持続時間が終わる前になんとかそこに辿りつくだけだ。
 私は幾重にも重なった人の集まりに辟易しながら、その山の中に突入することにした。
 これ下さい!
 私は、私だけが認識できるように保冷機の右《・》隅のそれを手に取ると、起用に大量の生徒たちをあしらい清算していく“お姉さん”に小銭と一緒に突き出す。
「はい、これおつりね」
 そう言っておば……お姉さんは私に籤に外れた人を見るような残念な顔をした。
 私は再び人だかりを掻き分け、餌に群れる群集から抜け出ると、大きく胸を撫で下ろす。これで、幾万もあると言われる双葉学園七不思議のひとつが判明するのだ。
 鼻息荒く、高鳴る鼓動を抑えつつ、私は手に持ったそれを視界に入れる……。




「明○のブ○ックじゃねーかっっ!!」
 私はとりあえず手にした四角い紙容器のそれを床に思いっきり叩きつけることにした。



「で、これを私にどーしろというのだ君は?」
 オレンジ色の夕日を背にしながら、目の前にいる人物はそう言ったあとに大きくため息をつくと、机の横にあったゴミ箱に今しがた書き終えた私の原稿の束を無慈悲に放り捨てる。
 これでクリスマスの予定も無視して全力でこの記事に打ち込んだ私の苦労は水の泡になった。この取材と記事にかまけて、メールや電話を無視していた彼女からは、ここ数日メールさえ来なくなった。私ではない男子と楽しそうに歩いているところを見たという情報もある。
 全く、これは最低のクリスマスの幕開けではないか。手遅れになる前にフォローの電話かメールを入れておくことにしよう。
 私の鬱々とした気持ちを無視して、編集長は机の上に置いてあったジュースのパックを手に取り一飲みする。
「あら、これ美味しい!?」
 そして、メガネの奥にある大きな目を丸々とさせて、手に持ったパッケージをマジマジと見つめ始める。
 それに釣られて私も彼女の手元を見てしまう。だが、彼女の手に隠れて上手くみることができない。指の隙間から見えるそれは私の知らない物のように見える。
「ふーん、また今度買って見ようかしら……」
 彼女がそう言ってゴミ箱に捨てた瞬間、後ろポケットに入れていた携帯が振動し、メールが着信したことを知らせる。
 私は部長に軽くお辞儀をしてメールを見る許可を得ると、携帯電話を開き、着信メールを確認する。
 久しぶりの彼女からだった。


 ゴメンナサイ さよなら


 それだけが液晶に表示されていた。馬鹿ではない私はそれで全て分る。私は振られたのだ。自業自得とはいえ、やはり目の前が真っ暗になり、世の中に絶望してしまう。もう部活を行う気にもなれない、このまま帰ってしまおう。
「と、ところで……森永君?」
 携帯に届いた着信メールに打ちのめされ、亡者のごとく今にも倒れそうにゆっくりと鉛のような両足を引きずりながらようやく部室の戸口まで辿り着いた私に声を掛ける。それは部長がいつもの部下を厳しく叱咤するのとは異なる、女性らしいトーンであった。
 なんでしょう?
「あの、あのね? 森永君はク、クリスマスとか何してるのかな?」
 今しがた自宅でフジテレビの深夜番組に電話をすることに決めましたが?
「そ、そうなの? 予定はないのね。実はさ、私その、と、友達とパーティをするんだけどさ、みんな彼氏付きでね、わ、私も男の人を連れて来いって言われてるの。でも、そういうあてもないから、森永君ならいいなら、一緒にどうかなーって? いや、あの、む無理だったらいいのひょ? だって…ほら、私なんてメガネで地味でいっつも森永君のこと怒ってばっかりだし、それに年上だし……」
 彼女は頬を赤らめ、私の方に視線を合わせることもなく、手で髪の毛をいじりながら一方的に話続けていた。
 おそらく、そのパーティというのは彼女の友人たちがこうなるように仕掛けたものだろう。告白する勇気のない彼女を無理矢理にでも告白させて、なんとかしようという魂胆に違いない。
 しかし、男ッ気のない部長が私に気があるとは日頃の態度からは全く気がつかなった。人一倍厳しく当たるし、事あるごとに小言と嫌味ばかり。もちろん、彼女の一言一言は正しく、校正や企画内容の駄目出しも的を射たものばかりである。
 それだけに尊敬こそすれ、女性と見なすことがこれまで出来なかった。
 彼女はこんなに可愛らしい女性だったろうか? 頬を染め自分の言ったことに恥らう姿に私の鼓動が早くなる。目の前にこんな魅力的な女性がいたのに気が付かないとは。私の目は曇っていたようである。


 ――いや、ちょっと待て。彼女が飲んでいたのはなんだ? 隙間から見えただけだが、まるで情報提供者からのアレのようではないか? チョット待てよ。アレには色々な効果があったはず。いや正確には噂される、だが。
 なるほど。そういえば効用の一つに『恋の成就』があったはずだな……。
 私は思わず彼女が飲み干したブリックパックの四角いパッケージを確認したくなる衝動に駆られる。
 だが、それを私は思いとどまることにした。もちろん、今全力でゴミ箱に走りより、そこに打ち捨てられたパッケージを確認すれば、一緒にゴミ箱に入っていた私の原稿もめでたく没ではなくなり、次号の誌面に掲載されるかもしれない。
 それはできなかった。
 彼女が捨てたものが、本当に幻のピ○ニックだったら癪だからだ。
 ジャーナリストとして、真実を追究する気持ちは揺ぎ無い。でも、そんな呪いのようなもので自分の心が動いたなんてことはそれ以上に思いたくもない。
 何故なら、私は彼女の精一杯の勇気を振り絞ったこのお誘いに笑顔で首を立てに振ることに決めたのだから。
 これは私の意志である。何より彼女が告白したのも彼女が精一杯振り絞った小さな勇気の賜物だ。
 幻のピ○ニックがもたらした奇跡でもなんでもないのだ。
 では部長、そのパーティはどちらで行われるのですか? 偶然にもクリスマスは暇なんですよ。
 私は彼女の問いにそう答えることにした。



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