【ストライキ】


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 親友の中村が病欠で学園に来なくなってから、三ヶ月が過ぎた。
 どうやらもう病院ではなく自宅療養していると聞いたので、ぼくはお見舞いをしようと彼の自宅へとやってきた。
 中村の家に行くと、暗い顔をした中村の母が出迎えた。
「ごめんなさい。あの子、起きられないから……」
 中村の母は泣きそうな顔でそう言った。なんだか酷く深刻な雰囲気がする。部屋の場所を教えてもらったぼくは、一人で二階に上がった。
「中村、ぼくだ。見舞いに来たよ」
 部屋のドアを数回ノックすると、ためらったような間の後「入れよ」という声が聞こえてきた。声だけ聴けば、元気そうである。
 しかし扉を開けた先の光景を見てぼくは息を飲む。
 そこには痩せ細った体をベッドに沈ませている中村の姿があった。
 自宅療養ということで、少しは病気もよくなったのかと思ったが、とても体調は良好とは言えない。それだけ大きな病気ということなのだろうか、中村は体を起こすこともできないのか、顔だけをぼくの方に向けてじっと見つめた。
「よお。お前か。見舞いなんていいのに。こんな姿、友達に見せたくなかったよ」
「そんなこと言うなよ。お前が入院している間はずっと面会謝絶だったんだぜ。少しだけでも顔を見たいと思うさ」
 だが確かにこうも別人のように衰弱している姿を、強がりな中村は人に見せたくなかったのかもしれない。
「そうか……ありがとうな」
「気にするな。それよりこれ、溜まってたプリントとか持ってきたから。ここに置いておくぞ」
「いや、悪いけどそれはもう俺には必要ないよ」
「え?」
 ぼくはプリントを机に置く手を止める。中村の表情は絶望に満ちていた。
「俺は、もう学校には行けないから」
「な、なんでだよ」
「俺はいわゆる不治の病にかかったんだよ。この三ヶ月間、治療法を学園の研究機関に探してもらったけど、今の医療じゃ治療は無理だって言われたさ」
「そんな」
 ぼくはその場にへたり込んでしまった。
 中村は自分と違い、筋骨隆々で、たくましい体を持つ優秀な異能者だった。ラルヴァ討伐にも率先して出陣し、様々な戦績を上げ続けてきた。どんな強敵と戦っても必ず勝ってきた中村が、病に負けるなんて考えられない。
「だって、もう退院したんだろ。だからこうして家で――」
「もう治療すらできないんだから病院にいても仕方がないのさ。俺も治療のめどもないのに病院にいるのは嫌だったから、家で過ごすことにしたんだ。母さんもその方がいいって言ってたし」
 ぼくは何も言えなかった。慰める言葉も、ぼくにはわからない。
「不治の病って、いったいどんな病気なんだ」
 ただ会話を繋ぐためだけに、ぼくはそんなことを尋ねた。すぐにこんなことを聞くべきじゃなかったと思い至ったが、中村は微笑を浮かべて答えた。
「俺のは正確に言えば病気とはちょっと違う。これは異能の暴走のせいなんだ」
「異能の暴走?」
「そうだ。お前は俺の異能を知っているよな」
「ああ」
 ぼくは中村の異能を思い出す。中村の異能は身体強化だ。だが普通の身体強化と違い、強化方法がかなり特殊である。
 中村は自身の肉体と“対話”を経て、肉体を強化するのである。
 肉体に意志を持たせ、肉体の声を聞き、各部位の能力を極限まで引き出させることができるのだ。中村はその異能を“肉体労働《マニュアル・レイバー》”と名付けていた。
「俺の異能は肉体との対話だ。だけどな、これが仇になった。肉体に意志を持たせたせいで、奴らストライキを起こしやがったんだ」
「ス、ストライキ?」
 ぼくはもう中村の言葉にオウム返ししかできない。肉体がストライキだなんて、まったくもって理解不能だ。
「そうさ。あれは三ヶ月前のことだ」と言って、中村は遠い目をして過去を振り返り始めた。
「あの日も俺はラルヴァ討伐のために地方に飛んだ。そこの山奥で凶悪なラルヴァと戦闘をしたんだ。相手は特殊な能力があるラルヴァじゃなくて物理攻撃しかしてこない奴だったからな、俺の異能なら楽勝だったさ。
 俺は腕や足に『お前は強い。お前はもっと強くなれる。鋼鉄の強度と熊のような力強さを引き出すんだ』という命令をだした。腕と脚はそれはもう俺の命令通りに強化され、ラルヴァをタコ殴りにしてやったんだ。
 だけど異常はその直後に起きた。
 突然両手両足の感覚が無くなって、まったく動けなくなった。どんなに肉体に命令をしても、奴らは無視して反応を示さない。医療班に運ばれて病院に運び出されたけど、原因不明の理由で神経の信号が停止していると医者は言った。
 俺は病院のベッドの中で何度も呼びかけたさ。
 すると、一度だけ反応が返ってきた。だけどそれは俺を絶望させるだけだった。
『あなたはいつも私たちを酷使して、労りもしない。もう肉体はボロボロなんです。だから長期休暇を頂きます。休暇が何年、何十年になるかは私たちの気持ち次第です。もうあなたに仕えるのはこりごりなんですよ』
 両手両足、いやそれだけじゃなくて腹筋や他の筋力も全部俺にそう言って、ストライキを起こしたんだ。せいぜい首から上だけがまだ俺のために働いてくれているだけだ。
 おかげでこの様さ。ずっと寝たきりだ。肉体を使うことがなくなったから、腕も足もどんどん筋肉が弱くなっているよ。
 異能制御装置を取り付けても暴走状態を解消できなかったし、俺自身の異能に前例のデータがないから対処の仕様が無かったらしい。今でも一応研究は進められているみたいだけど、回復は絶望的だな。俺は多分一生このままさ。体のことを気にせず戦い続けた結果がこれだ」
 長々と話し終えた後、「お前は体に気を使ってやれよ」と苦笑交じりに呟いた。
 なんということだろう。中村はこれからずっとこうなのだろうか。だが寝たきりというだけで、命に別状が無さそうなのが幸いか。いや、それは健康な自分だから思えるだけで、本人からすれば死よりも辛い、地獄の苦しみかもしれない。
 何より中村は体を動かし、戦うことが生きがいだった奴だ。その悲しみはぼくでは想像しきれない。
「なあ。悪いけどそこにある栄養剤取ってくれるか。研究機関が調合してくれた奴でな、めちゃくちゃマズイけどそれがないと飯もろくに食えない。顎の力もほとんどなくなっているから、これぐらい柔らかいものじゃないとダメなんだ」
「ああいいぜ。ぼくが飲ませてやる」
 ぼくは言われるがまま、机にあった栄養剤を手に取った。中村のベッドを起こし、スプーンでゼリー状の栄養剤をすくって口元へ持っていってやる。
「『あーん』なんてお前にやってもらうとは思わなかったよ」
「悪かったな。本当なら恋人にでもやってもらいたんだろうけどさ。ぼくで我慢してくれよ」
「美女にやってもらうのが一番なんだけどな。はは」
 軽口を叩きながら中村は栄養剤をもぐもぐと口に含んだ。よっぽどマズイのか、顔をしわくちゃにしている。だが我慢してなんとか飲み込んだのか、ゴクンという音が聞こえてきた。
「そんなにマズイのか?」
「ああ。普通ならとても食えたもんじゃねえ。胃がぐるぐるする気がする」
 そう言ってべーっと舌ベロを出して笑っていたが、中村は突然「ん?」と顔を苦痛に歪めた。
「いた、いたたたたた。腹が痛い。やばい」
「どうした。大丈夫か?」
「いやヤバイ。ドクターコールを……」
 痛みのあまりそれ以上喋れなくなったのか、中村は俯いてしまった。ぼくは慌てて中村の母親に医者を呼んでもらおうと思ったが、
『ちくしょう! 毎日毎日こんな糞マズイものを俺の中に入れやがって! こんな毎日は耐えられねえ。出ていかせてもらうぜ!』
 という声が中村から聞こえてきた。
 いや、違う。ぼくは中村が口を動かしていないのを見た。
 今の声は、中村のお腹の辺りから聞こえてきたのだ。
「おい中村今のって……」
「いたいいたいいたい! 裂ける、お腹が裂ける!」
 中村は叫び声を上げ、動けないはずの身体が大きくのけぞった。その勢いで布団ははがれ、中村のお腹がむき出しになる。彼のお腹はまるで別の生き物のように膨れ上がり、メリメリと肉が引き裂かれていくような音が響いている。
 その直後パンッという爆音と共に、中村のお腹が爆ぜた。それと同時に、彼の肉を破った奇妙な物体が、血と肉をまとわりつかせて飛び出してきた。
「わあ!」
 ぼくは思わず飛び退いてしまう。中村のお腹から出てきた物体は、まず一度天井にぶつかったあと、まるでカエルのようのぴょんぴょんと室内を跳ねまわったのだ。
 よくよく見ると、それは胃の形をしていることがわかる。
『てんやんでいバーロー。俺はこの肉体とおさらばしてやった。俺は自由だ。俺はどこまでも行けるんだ!』
 胃は怒鳴りながらそう主張し、開いていた窓から飛び出して行ってしまった。
「な、なんてこった」
 ストライキどころか、中村の胃は職務放棄して脱走してしまったのだ。ぼくは慌てて腹に穴を開けて血だまりに沈む中村を見る。
「ちくしょう胃の野郎。今までいいもの食わせてやってきたのに……」
「だ、大丈夫か中村」
「大丈夫なもんか。お願いだ、俺の胃をとっ捕まえてきてくれ。じゃないと俺は栄養剤も食べられなくなっちまう」
 中村はゴフゴフと口からいっぱい血を吐いているが、とりあえず平気そうだ。ぼくは「わかった」と頷き、中村母に医者を呼ぶように伝えてから家から飛び出す。
 玄関先から出ると、ちょうど胃が跳ねまわりながら道の角を曲がる所だった。ぼくは全力疾走し、追いかけていく。
 だが走っても、走っても追いつけない。
 胃の癖にめちゃくちゃ速いのだ。まるでバネのように一回跳ねるたびに猛スピードで前進するので、とても駆けっこで勝てそうにない。
 それ以前に、元々ぼくは足が遅い。
 というか運動が苦手で、体育の授業もサボリにサボって部活動もしていないので慢性的に運動不足なのだ。もうすっかり足がガクガクしてきて、心臓の鼓動が限界を突破し、今にも破裂しそうだった。
「だけど、中村のためにもあの胃を捕まえてやる!」
 体が動かなくなった中村が、さらに胃まで失ったらどれだけ悲しいだろうか。親友として、ぼくは今出来ることをしたい。
 ぼくは走り疲れて筋肉が痙攣しだしてきた両足に命令を下す。
「頑張れ! 頑張れ俺の両足! 今だけでもいい、とにかくあの胃に追いつけるだけの速度で走ってくれ!」
 悲痛の思いでぼくはそう叫んだ。
 中村じゃあるまいし、肉体が僕の言うことを聞いてくれるわけがない。だが言わずにはいられなかった。
 だが、その瞬間からまるでぼくの足は別の物体のように勝手に動きだし、凄まじい速さで走り始めた。自転車以上、いや自動車並みのスピードでぼくの足は走り出したのだ。
 砂埃を上げ、風を切り、そして跳び逃げる胃に追いついた。
「そりゃあ!」
 ぼくは咄嗟に地面を蹴り、胃をダイビングキャッチした。
 空中で掴んだそれは、まだ血でぬるぬるしていたが、逃がさないようにしっかりと抱きしめる。飛んだ勢いでぼくは地面を転がり、壁にぶつかってしまったが、そんなことが気にならないぐらい自分でも驚いていた。
『ちくしょー。捕まっちまった!』
 ジタバタしていた胃は、観念したのかやっと大人しくなり、ぼくはようやく自分の身に起きた異常事態に目を向けることができた。
「ふう。なんで急にあんなに早く走れるようになったんだろう……」
 ぼくがそう呟くと、
『ご主人様の命令通り、ぼくたち両足を強化したまでさ!』
 という声が自分の両足から聞こえてきた。
 なんということだろう。親友を思う気持ちが奇跡を起こした。ぼくは中村と同じ“肉体労働《マニュアル・レイバー》”の異能に目覚めてしまったのだ。
 だがとある危惧がぼくの頭に浮かぶ。
「いや、ちょっと待ってくれ。だとすると、お前らも中村の体みたいに文句を言いだしてストライキを起こすんじゃないだろうな」
 ぼくは恐る恐る両足に尋ねた。
『そんなことしないよ! ご主人様がようやく運動をするようになってぼくたち両足は嬉しいんだよ。いくらでも走るからいつでも命令してね!』
 そうか。こいつらはぼくが運動嫌いだったため、むしろ鬱憤が溜まっていたのだろう。この様子ならストを起こすこともない。ともかく、異能に目覚めたお蔭でぼくは中村を助けることができたのだ。こんなに嬉しいことはない。
「はあ。よかった」
『よくねえし!』
「え?」
 なんだ今の声。
『冗談じゃないよ! お前ら両足はそれでいいかもしれないけどな、こっちはたまったもんじゃないんだよ!』
 今度はそんな声が聞こえてきた。
 それも、ぼくの胸のあたりから。
『運動不足の癖に準備運動もなしで走り出すから、ずっとドキドキバクバクと鐘を鳴らしていなきゃいけないし、今ももう激しい運動のせいで破裂してしまいそうなんだよ。二十四時間ずっとぼくは休みもなく働いているのにこんな仕打ちは酷過ぎる。こうなったらぼくもストライキを起こしてやる。もう二度と動いてやらないからな!』


 おわり





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