【スカイラインピジョン04(前半)】


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    スカイラインピジョン04


「フライハイユニットは魂源力を飛行能力に変換する装置だ。適正があれば誰でも扱える」
「適正がある、とはどういうことですか?」
「異能が『フライハイユニットを使える』なら、誰でもオッケーってこと。中田もつばめもそういう異能者だったんだ」
 なるほどな、と中田青空は思った。
 長らく彼は、自分が何の力を持つ異能者かわからなかった。編入当初の検査では何度も同じ検査を受けさせられたが、結局判明にはいたらなかった。
 何の異能者かわからない。その残酷な事実が、島外から双葉学園にやってきて早々、青空に劣等感を植え付けてしまったのである。
「私も最初そうだったんだ。渡部先生に出会うまではネ」
 隣には黒髪ロングヘアーの女の子が座っている。今日は学園の制服ではなく、おしゃれな私服を着ていた。今日は日曜日だ。
 いよいよ明日、青空専用のフライハイユニットがお目見えする。青空はこの日、博士による「特別講義」に参加していた。具体的にはアツィルトコンバーターの理論、フライハイユニットの運用法、簡単な航空知識・技術についてである。
「アツィルトコンバーター理論は、異能者の飛行のために確立されたのですか?」
「うんにゃ、そいつは違う。もともとは兵器火力をブーストするシステム理論だった」
 博士は青の水性マジックを右手に持ち、きゅっきゅとホワイトボードに図解を示す。
「魂源力をな、俺っちのアツィルトコンバーターで火力に変換させたかったんだ」
 飛行能力じゃなくて、火力にですか。そう青空は相槌を打つ。
「実弾兵器も弾数無制限で撃ち放題とか、光学兵器も本人の気持ち次第でド派手な攻撃になったりとか、まぁ色々と応用の利きすぎたブラックボックスだったんだよ」
「よくそのような仕組みの発見に至りましたね」
「簡単なことだ。この島にはべらぼうな数の異能者がいて、とんでもない種の異能がある。しかしどいつもおんなじ魂源力を基にして、それぞれの力を発揮する」
 マジックにキャップをはめてながら、博士は語り続ける。
「魂源力って好きなように変換させることができるんじゃないか? さすれば力を自由に超科学で作れるんじゃないか? こんな感じでアツコンの研究は進んでいったな」
「勉強になります」
 熱心に大学ノートに文字を書きこむ青空。ホワイトボードに描かれたおかしなイラストまで細かく映している彼を前に、博士は思わずつばめにきいてしまう。
(おい、本当にこいつが担任も手を焼いているおちこぼれ君なのかよ?)
(青空くんはやればできる人なんです。当然です!)
(俺が昔、大学で受け持っていたアホ学生よりも利口だぞ)
 博士は不思議そうな顔をしつつ、脂ぎったぼさぼさの茶髪を引っ掻き回す。昨日今日と風呂に入っていないので、フケが飛ぶ。「やめてください不潔博士!」とつばめが抗議をした。
「まー、これでつまんねぇ座学は終了だ。明日はいよいよ中田の機体が完成する」
 筆記用具を鞄に入れながら、青空はごくりと唾の塊を飲み込んだ。
 丸一日に及ぶ講義がこれで終わった。駆け足で色々なことを頭に詰め込んできたが、とうとう実践に移るときが来たのである。やれる限りのことは全部やったわけだが、やはり緊張と不安でいっぱいだ。
 つばめが「早く一緒に飛ぼうね!」とニコニコ顔を向けていたときである。
「ここで注意しておきたいことがある。つばめ、お前もよく聞いとけ!」
 青いマジックが、机にコンと打たれた。
 これは川崎博士が真面目な話をするときのサインである。青空はもとより、くつろいだ雰囲気のつばめも表情を硬くした。
「フライハイユニットの『貸し借り』は絶対にやるな! 絶対だぞ!」


 休日の繁華街は、双葉島で暮らす家族の親子連れでとても賑わう。
 あのお母さんもお父さんも、この島で育ってこの島で出会ったのかな。あの男の子は幸せそうだな。権藤つばめは彼らを遠巻きに見ながら、そのようなことを思っていた。
「フライハイユニットの貸し借りって、例えば俺が権藤さんのユニットを使っちゃダメってことだよな?」
 青空がそうきいた。研究所を出てからも、ずっと真面目な顔を崩さない。
「先日のような使い方はもうするなって、暗に怒ってるのかもね」
 この数日前、青空は非常に危険なラルヴァ『口裂け女女カオル』に遭遇し、殺されかけるという大変な出来事があった。
 負傷したつばめの代わりにフライハイユニットを背負い、青空は恐ろしい敵と戦った。河原ひかりが残した『ゴム弓』を使い、何とか後輩の仇をとることができた。
「普通に戦うぶんには、問題なかったけど・・・・・・」
「でしょ! 使ってみて問題なかったんだから、平気だよ!」
 つばめが青空に微笑む。青空はそれにどきっとしてからすぐ目を逸らし、苦虫を噛み潰したような難しい表情を作って黙り込んだ。
「そういえばさ青空くん、髪切らないの?」
 彼の両目は奔放に伸びた前髪に隠れてしまっている。つばめはそれを覗き込みながら、細い指先で彼の前髪を摘んだ。青空が「こらっ」と顔を真っ赤にして飛び下がると、彼女はくすくす笑いながらこう言った。
「髪、切ろうよ? 青空くんは短いほうがステキだよ」
「いつも自分で切ってる。今晩やるよ」
「ダメ! 実はもう予約してあるんだ。さあこっちに来なさいっ」
 その後青空は生まれて初めての美容室を体験させられ、妙な緊張感をたっぷり強いられたあと、それまでとは比べ物にならないぐらいさっぱりとした男に化けていた。


 そんな次の日の月曜日。昼休み前の英語。
 髪を切って少しは見栄えの良くなった中田青空が、強敵を前に苦笑いを見せる。
 対するは、二年B組の英語を担当する、厳しい表情のエヴェリン野本。
 野本は巨大な顔を真っ赤にして、ぷるぷる小刻みに震えながらこう言った。
「ものの見事に間違ってるわねぇ。あんだけ教えたのにわかんねーって、どういうこっちゃ?」
「あはは、もうなんていうかすいません」
「あはは、じゃねえ!」
 バコンと黒板を殴る。怒らせると迫力が伴うのが彼女だ。そっくりな芸能人が森公美子で、外見がマツコ・デラックスと輪郭が完全に一致するぐらいにまん丸だ。
「まぁ宿題をやってきたのは評価しましょう。っていうかあんたが宿題やってくるなんて、とんでもない進歩だわさ。この調子で溜まっている追試も消化してくれな」
「ボロクソ言いますね先生」
 あれだけ不真面目だった青空が、ちゃんと宿題をやってきた。野本のみならず他のクラスメートも驚いていたぐらいである。
(とにかく俺は、ちゃんとした異能者になりたい)
 そのような前向きな気持ちが、青空の私生活にも好影響を与えていた。散らかっていた部屋はきちんと片付けられ、昨晩は夜更かしもしなかった。
 授業が終わったあと、青空はいつものように校舎の屋上へと足を運んだ。
 椅子に座りっぱなしはどうも好きになれない。秋の日差しを存分に味わいながら、うんと背伸びをする。それからいつものように手すりに寄りかかって景色を眺める。
「こんな調子で大丈夫なのかなぁ・・・・・・」
 先の長さを考えると、つい途方に暮れてしまう。今日の英語のような悲しい手ごたえを思い出すと、すっぱり投げ出したいぐらい嫌になってしまうのが本音だ。
 だがそういう気持ちになりかけたとき、彼はある物を見つめることで気を引き締めている。後輩のゴム弓だ。
「俺がもっとしっかりしてたら、ひかりちゃんはあんな目に遭わずに済んだ」
 ひかりは青空が部活に復帰するのを望んでいた。
 ひかりは青空がカッコいい先輩に戻るのを望んでいた。
 ひかりは命の危機が迫っていたとき、誰よりも青空の助けを望んでいた・・・・・・。
 彼女のそんな気持ちを想像してみただけで、秋晴れの空が潤んでぼやけてしまう。
 ひかりは絶対に助かる。いつか帰ってきたとき、あの子が心から望んでた先輩の姿を見せてあげるんだ。そのためならいくらでも頑張ろう。硬いゴム弓を引き分けながら、青空は目の前の大空に強く誓った。
 ばちんと、ゴムが強い音を立てたそのときである。
 空を横切る赤い翼を発見した。ゆったりと旋回をしているようだ。体を真横に傾けているため、機械的な真紅の翼と、背中まである後ろ髪と、マントのような透き通ったエフェクトが、ここからでもよく見えた。
 それはだんだんとこちらへと近づいてくる。かなりのスピードで突き進んでくる。最後は縦にぐっと浮き上がり、ループをおっぱじめた。ゆうゆうと飛行してきた彼女は、ふんわり優雅に着地をしてみせる。
「ただいま」権藤つばめはにっこり笑った。「いつもこんなとこにいたんだね」
「権藤さん」
 青空はきょとんとしてしまった。
 いつもどこで昼休みを過ごしているのかわからなかったつばめが、青空のいる屋上に姿を見せた。当然、赤いフライハイユニットを背負っている。
「食べる? サンドイッチの余り」
「いらない。食欲ない」
「そう・・・・・・」
 彼はつばめのほうを向いたりせず、遠い水平線を見つめていた。別に彼女のことが大嫌いというわけでも、邪魔だというわけでもないのだが、この子がいると気持ちが乱れて落ち着かなくなるのである。
「飛んでたの?」
「ええ、お天気もいいし。でも今日はそれが目的じゃないんだ」
「え?」。
「ねぇ青空くん、飛んでみない?」
 青空は言葉を失った。
「別に青空くんなら、ユニットを貸し合いっこしても平気だと思うんだ。何も影響なかったでしょ?」
「馬鹿言うなよ! 博士が言ったばかりじゃないか。ユニットの貸し借りは絶対にやるなって」
 真面目な彼は声を荒げる。弓道をたしなんでいる者が、人に向けて弓を引いていいのか。いいわけがない。鉄道員が赤信号を盲進していいのか。いいわけがない。
 ダメと言われたことはダメだと認識し厳守するのが、彼の性格だ(授業や宿題のサボりといったものは、とりあえず置いておこう)。あれほど博士に「やるな」と釘を刺されたことを、涼しい顔をして破ろうとするつばめの神経が、正直のところわからなかった。
「見たいんだ、青空くんの飛んでるとこ。お昼休みだけならいいでしょ?」
「・・・・・・」
 青空は悩む。ほんの数十分間だけなら、という気持ちもある。実際つばめのユニットを使って見て、特に異常は感じられなかったから。
「ねえ、お願い」
 つばめの、じっと見つめてくる瞳が怖い。今日はいつになく強気で強引だ。
 青空は目を逸らしたまま、無言を貫いていた。つばめが物悲しそうに小首を傾げた、そのとき。
「少しだけだからな」
 これが彼の返事だった。つばめは本当に嬉しそうな顔を見せてくれた。
 完全に押し切られてしまった。そしてそんな自分自身に憤る。「やはりこの人は苦手だ」ということを、つくづく思い知らされたのであった。
「早く一緒に飛びたいんだ。だから今のうちに予習、予習。私が通信機で教えてあげる!」
「うん、わかったよ・・・・・・」
 つばめの赤いフライハイユニットを装着しながら、彼は不審に思う。
 権藤つばめってこんな子だったか?
 彼の知っている彼女は秀才で、落ち着いていて、少なくともこんな風に浮かれた性格をした子じゃなかったはずだ。


 その頃、川崎翼郎は潜伏先である研究所にて昼食を取っていた。
 具の入っていないインスタントラーメン。生活能力がゼロであるこの男が、自力で用意することのできる唯一の食事であった。
『博士、つばめです。聞えますかー?』
「はいよう、なんでござんしょー?」
 湯気の立つどんぶりを「あちちちち」と手に持ちながら、大型モニターの前に設置されている机にやってきた。椅子を持ってきてどっかと座ると、マイクを寄せる。
「どうした、何か用か?」
『これより権藤つばめ、飛行訓練に入りたいと思います』
「おう、昼間から熱心じゃねえか」
 そう言うと博士は受話器に手を伸ばし、双葉島の管制に電話をかける。これより異能者航空部隊の一つ、スカイラインピジョンが飛行訓練を始める旨を通告した。
 博士が研究所でせっせと訓練の支度に入っているその一方で、つばめは青空がフライハイユニットを装備した立ち姿に惚れ惚れとしていた。
(この日が来るのを、ずっと待ってたんだ)
 突如として笑顔を見せなくなった、悩める青年・中田青空。
 そんな青空が笑顔を取り戻し、華々しく活躍する場がスカイラインピジョンにある。彼の役に立てることがつばめの本望であり、彼と一緒に飛行するのが彼女の一途な願いであった。
『準備はできた。いつでもいいぞ。無理すんなよ?』
「はい、わかりました!」
 それを聞いたつばめは、不敵な笑みを青空へと向ける。彼はやれやれといった感じで軽くため息をついた。今回飛ぶのはつばめではなく青空だということを、川崎博士は知る由もない。
「で、どうしたら飛べるんだい?」
 前回フライハイユニットを背負って戦ってみせたものの、青空はまだ「飛び方」を知らなかった。またこっから飛び降りればいいのか? と青空は自虐的な冗談を言う。
「簡単簡単。飛びたいって念じればいいの」
「そりゃまた簡単だね」
「私たちの異能はそういうもの。自分の力は『飛行』。そう思い込むの」
 青空は空を見上げる。
 自分が「飛びたい」と思うときは、どんなときか。
 それは地上が窮屈に思えたときだ。
 様々なものが交錯し、絡み合い、入り乱れる平面世界。複雑すぎて、面倒すぎて、息苦しくなってきたとき。そういったときに青空は上を見る。
 すぐ身近にある、自由な空間。自由そのものを体現してみせた空間。自由の存在をありありと証明してみせた空間。それが空だ。
 そんな空へと逃げてしまいたい。自分に何かと絡みつく邪魔なものを、振りほどいてしまいたい。こんなちっぽけで無力な自分でも優しく抱いてくれる、慈愛に満ちた温かい大空。そんな世界でいつまでも自由気ままに生きたいな。・・・・・・青空の鼓動は早くなっていった。
「翼が開かれたよ。その調子!」
 そしてドンと、何かが背中から噴き出る手ごたえを感じた。
 背中のフライハイユニットが彼の気持ちに応えたのだ。棒状の機械的な翼から、赤いビロードが放たれる。
「飛べ、中田青空ぁっ!」
 つばめが人差し指を天に突きつけ、元気一杯に叫んだ瞬間。彼の体は綺麗に真上へと引っ張られていった。
「おぉお――ッ!」
 変な叫び声を上げてしまう。飛んだ。本当に飛んだ!
 下を見る。こちらを嬉しそうな顔で見上げているつばめの姿が、どんどん小さくなっていく。上昇が続いているのだ。
『落ち着いて! ちゃんと前を見て!』
 と、モバイル学生証の通信機からつばめの指示が聞えてきた。恐る恐る前方を向いて気持ちを落ち着けると、それまで続いていた上昇はぴったり止まる。
 眼下には、すっかり小さくなってしまった高等部校舎の屋上が伺えた。
「飛んでるのか・・・・・・?」
 不思議と飛んでいる感じがしない。「浮いている」感覚に近いものがある。落下することもなければ、左右に揺さぶられることもない。
 つばめは、自分を飛行能力者だと思い込めとも言っていた。もしも自分がそのような異能者だったら、難しいことを考えずにいつの間にか能力を使っていることだろう。
 難しいことを考えるな、ということだろうか。適当に前へ進もうとしてみる。
 すると彼の体は前方へと流れていった。双葉学園上空を離れ、繁華街の真上へと静かにスライドしていく。このとき、「ああ、これが『飛ぶ』ということなんだな」と理解した。
『やったね青空くん! 初飛行おめでとう!』
「うん、ちょっとしたらすぐ降りるからな?」
『えー。そんなこと言わないで、色々やってみてよぅ』
「あーもう、わかったよ」
 青空はしぶしぶつばめの言うことに従うことにした。
 まずうつ伏せに寝転がるような姿勢を取ることで、飛行機のような前傾姿勢となる。
 こうすると速度が付きやすくなり、まるで新幹線のようにどんどん加速していく。百キロに到達した時点ですでに息苦しい。目を開けていられない。
「まだ加速するの?」
『だめ、もうちょっと頑張って』
「そろそろ苦しいんだけ・・・・・・ど・・・・・・っ?」
『そこでぐいっと顎を上げて!』
 言われたように上体を起こす。すると青空はホップするよう上昇していった。彼は全身を弓なりに反らした状態で、天上へと突き進む。
「ぐぐぐ・・・・・・」
『我慢して。ピッチアップ、ピッチアップ!』
 簡単に言ってくれるが、頭がくらくらしてきており非常に危険な状況である。それでもここで失速したら墜落するので、さらに加速を強めなければならない。もう視界には青い空しか映っていない。
 反り返ってしまったあまり、とうとう自分の腹が水色の空に晒された。一瞬だけ背面飛行になるが、青空はそのまま回転運動を維持する。やがて降下が始まり、脳天直下に町の俯瞰図が広がったとき、「ひっ」と思わず怯んでしまった。
 それでも何とか耐え切って、頭から滑り落ちるように降下を続けた。ようやく真下に家々が戻ってきたとき、安堵の息をついてしまう。
『360度の縦ループ! 大成功だね、きゃはっ』
「冗談じゃないよ! 死ぬかと思ったんだぞ!」
 額に手を当ててみると、たくさん汗をかいていたことに気がつく。何でこんな目に遭ってんだろうとげっそりしていたそのとき、眼下に見覚えのある建物が近づいてきた。
 中央区の大病院だ。
(ひかりちゃん・・・・・・)
 青空がこうして空で遊んでいるさなかも、ひかりは目を覚ますことなく病室のベッドで深い眠りについている。食事もままならぬ状態では、きっとたくさんの管に繋がれて痛々しい姿を家族や友人たちに晒しているに違いない。
 急激に冷めてしまった。モバイル学生証を開く。ちょうど昼休みが終わろうとする時間であった。
「権藤さん、もう降りたいんだけど?」
『そんなぁ、もうちょっとだけ』
「いい加減にしろ! 俺は遊びたいわけじゃないんだ、早く教えろって!」
『う・・・・・・。はい・・・・・・ごめんなさい・・・・・・』
 通信機から聞える声の調子が、明らかに下がった。多少胸にちくちく来るものはあるが、毅然としなければならないときだってある。
 青空は旋回を始めた。先ほどつばめがやっていたように、翼を斜めに傾ければ曲がれるかな、と思ったら成功したので、ほっと安心する。これでどうにか学園に戻れそうだ。
 ところが、事故は起こった。
 彼を繋いでいた糸がぷっつり切れたかのように、青空は急に旋回不能になって真っ直ぐ飛び出していく。砲丸投げの砲丸のごとく投げ出されていった。
「え、えぇえ!」
 尋常でない加速だ。膨大な出力がフライハイユニットから展開されている。どうにかして落ち着けようとするが、まったく収まらない。
「権藤さん、何かおかしい!」
『ふぇ? どうしたの?』
「急にパワーが強くなって、コントロールできないんだ!」
『嘘でしょ? ちゃんと舵取れるはずだから、落ち着いて』
「取れないって! 右も左も、上も下も向けない!」
『・・・・・・そんな、嘘よ! 故障なんてありえない!』
「どうでもいいから何とかして! 助けて!」
 フライハイユニットの暴走を起こした青空は、双葉島上空をあっちに行ったりこっちに行ったり、強烈に揺さぶられる。もはや彼の思い通りの操縦は不可能だった。


 同時刻、ラーメンをすすっていた川崎博士が異変に気付く。
 つばめを示す赤いランプが、妙におかしな軌道を描いているのだ。ぐにゃぐにゃと直進を保てなかったり、急にものすごい勢いで直進しだしたり。
「あー、こちら指令室。つばめどうした? 何かあったか?」
『博士ぇ! 青空くんが、青空くんがぁ!』
 彼の眉が釣りあがる。博士はどんぶりを横に除けると、しっかりと椅子に座ってマイクを口元に寄せた。
「落ち着け。何があった?」
『フライハイユニットを着た青空くんが、操縦不能になっちゃったんです!』
 彼は一瞬、つばめが何を言っているのか理解できなかった。
「・・・・・・お前、まさか」
『ごめんなさい! 私が青空くんにフライハイユニットを貸したんです!』 
「バッカヤロウ! やるなって言ったことをどうしてやんだクソガキ!」
 無線から、わあっと泣き声が大きくなったのが聞こえた。博士はちぃっ! と大きな舌打ちをすると、つばめとの無線を切断する。
「余計なことをしてくれた!」
 乱雑に積まれていた書類をどっとなぎ払ってどかし、透明のプレートに保護されていた、赤いボタンに手をかける。
「仮にも航空部隊の一つが、人様に迷惑をかけることになろうとは・・・・・・!」
 川崎博士はそのボタンを殴りつけるようにして押した。


 双葉学園の中等部グラウンド。
 昼休みももうすぐ終わり、まもなく三時間目の鐘が鳴る。体育を控えた一クラスぶんの女子が、のんびり朝礼台の前で列を作っていた。
 そんなグラウンドの脇を、高等部の男子が疾駆していく。もう一つのグラウンドにたどり着いたときには、五人の少女が彼を待ち構えていた。
「お待たせ!」
「遅い!」
 いきなりセンターの子に怒鳴られて、彼は身をすくめる。
 周囲の女の子たちはというと、そんな二人の様子をにやにや見守っていた。
「だって、真昼間から非常召集とは・・・・・・」
「あとちょっとで置いてっちゃうとこだったんだから!」
 腰まで流れる真っ直ぐな黒髪、中等部生とは思えない発育著しいバスト。
 何より彼女ら五人を際立たせているのが、真っ黒のとんがり帽子だろう。黒マントまで着こなしたその堂々たる姿は、本格的な仮装大会に紛れ込んだかのよう。特に気の強そうな真ん中の少女は、右手に大きな箒を持ち、凛とした姿で彼を待ち構えていた。
「ちょうど授業が始まったとこなんだよ。これでも出来る限り急いだ」
「まったく、非常事態だっていうのに」
 そう言う彼女の声はどこか弾んでおり、嬉しそう。
 箒を横向きにして呪文を唱える。うっすらと赤色の魔力の輝きが灯る。もう手を離しても大丈夫。なぜなら、箒はそのまま宙に浮かんでいるから・・・・・・。
 女の子が箒にまたがると男子生徒もその後ろに乗り、彼女の腰につかまる。それでも箒は地に落ちることなく、二人を頼もしく支えていた。
「しっかりつかまってなさい。いくわよ空太!」
 魂源力が箒に注がれたとき、彼女は勢い良く離陸した。地上から坂道を駆け上がっていくかのように、大空目指して箒が赤いラインを描く。
 彼女の名は瀬野葉月。
 双葉学園の〝魔女〟である。


 その頃青空は、非常に危なっかしい空中散歩を続けていた。
 強引に首を上げたり左右に傾いたりすることで、何とかアップしたりターンしたりすることができた。フライハイユニットとのリンクは相変わらず不安定で、馬鹿みたいな高出力をたたき出したかと思えば、危うく墜落しそうなぐらい力が出なくなるなど、まさに綱渡り状態だ。
『青空くんごめんなさい、ごめんなさぁい』
 モバイル学生証から、ずっとつばめのすすり泣く声が聞こえてくる。あまりにも悲痛で悲壮感いっぱいであったので、いっそのこと切ってやりたいぐらいだった。
「泣くなよ。何とかして帰ってくるから。絶対死なないから」
『死んじゃ嫌ぁ・・・・・・死んじゃ嫌ぁ・・・・・・』
 ああもうと青空はため息をつく。全然頼りにならない。耳障りなだけだったので、本当にモバイル手帳の電源を切ってしまおうかと考えていた。
 だが突然、「ポン、ポン、ポン」と電子音が鳴り出した。フライハイユニットからだ。
「権藤さん、何か鳴り出したけど、何これ?」
『ぐすっ。あれ、接近音・・・・・・? 誰かが近づいているの・・・・・・?』
 はっとして青空は後方を振り向く。
 魔女がいた。箒にまたがって魔女が来た。
「うわぁ、何か来たっ!」
 青空はびっくりして大声を上げてしまった。
 黒いとんがり帽子を被った、黒髪の女の子。どこからどう見ても「魔女」である。
 しかもフライハイニットを背負った青空より、よほど速度や機動性に優れている。あっという間に横に並ばれてしまった。
「何か来たって何よ! 私は魔女よ。化物扱いしないで!」
 怒った彼女は両目を吊り上げて抗議をする。後ろに男子生徒を乗せており、「どうも」とこちらに苦笑を見せた。久世空太である。
「本当に箒に乗ってる・・・・・・。あ、もしかして助けに来てくれたの?」
「そうよ。救助に来てやったのよ」
 とげとげしく人に物を話す魔女。すると今度は後ろの人が青空にこう言った。
「今、双葉島上空は俺たちしかいない。君のところの指令がSOSを出したんだ」
 川崎博士がか、と呟く。これはすごく怒られるに違いない。今から気が重くなった。
「とりあえず背中の機体を止めよう。俺たちが君を連れて帰るよ。葉月、三人乗せることになるけどできるか?」
「まぁ、できるんじゃない?」
 彼女はそう素っ気無く答えた。
 何とか生還できるようである。青空はほっとして、フライハイユニットの翼を消去しようとした。消し方は教わってないが、パターンから察するに恐らく「消したい」と思えば消えてくれることだろう。
 ところが意に反して、背中の翼から淡い赤の光が大量に噴き出てきた。ユニットが爆発したかと思った。
「うわあ!」
 青空はとんでもない加速に入ってしまう。もうフライハイユニットは自分の力ではどうにもならないぐらい、深刻な暴走を起こしてしまったのだ。
「ちょっと、待ちなさい!」
 葉月も箒の柄を握り締め、加速する。しかし青空はぐんぐんスピードを上げて葉月を引き離しにかかった。それに彼女はカチンと来てしまう。
「・・・・・・レースじゃ負けないわよ」
 とんがり帽子から涌き出てきた湯気を感じ、空太が焦る。
「何言ってんだ、俺たちは競争をしに」
「うるさい!」
 次の瞬間には、彼の頭はガックンと後ろに倒れていた。
 葉月がフルスロットルで飛ばしていったからである。



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