【壊物機 第八話 前編】


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 夜の街に無数の灯りが灯されている。
 ここは合衆国、先進国の都市が人工の灯りで不夜城と化すのはおかしな事ではない。
 しかし、この街のある一角に灯された光は、不安を織り交ぜて回る赤と青だった。
 パトカーの回転灯が、照明車のメタルハライドランプが照らしているのは交差点に面したビルの一階――焼け焦げた喫茶店。
 KEEPOUTと刻印されたテープで閉鎖された店内を、警官や鑑識が動き回っている。
 この場所は昼に起きたテロによって炎上し、多数の犠牲者を出した。火が鎮火された今はこうして警察が事件の調査に当たっている。
 事件が起きたのが昼過ぎだったためか、夜になって遠巻きに眺める人も減っている。続く二回目のテロに巻き込まれて野次馬からも被害者が出たことも関係あるだろう。好んでここに近づく人間はいない。
 それでも、現場に近づく人々はいた。
 彼らは目に涙を浮かべ、或いは嗚咽と共に号泣しながらその場にいた。
 彼らは遺族だった。このテロで死んだ人々の、家族であり友人であり恋人だった。
 ここで死んだ人々には縋りつける遺体など残らなかった。誰の者とも知れぬ焦げた肉が張り付いた骨と、僅かに燃え残った遺留品しか残らなかった。
 ゆえに、遺族は彼らの死んだ場所で泣くことしかできなかった。
「……バカな、娘でした」
 遺族達の一人、他の人々から少し離れたところに立っていた老人が声を漏らした。
「十代の半ばを過ぎたばかりだったというのに、日本の留学生と恋をして、私の反対を押し切ってこの国を飛び出していってしまいました。まだ、生き方だってろくに知らない子供でした……」
 吐き出すように、搾り出すように、言葉を続ける。
「そんな娘から、十年ぶりに連絡がありました。『子供が大きくなったから会って欲しい』、と。私は、すぐに来るようにと言いました……。言いたいことは沢山あった、叱りたいことも沢山あった……婿を怒鳴ってやりたかった、二人を許してやりたかった…………孫に会いたかった……それが、それがこんな……」
 老人は膝を着き、泣き崩れる。
「あんまりです……こんなことは、あんまりです……これから、これからまた、娘達と、家族として……家族に……」
 そっと、一人の青年が老人の肩に手を置いた。
 その青年は異様な風体をしていた。奇妙に分厚いコートを着込み、夜だというのにサングラスをかけている。
 彼は老人にこう声をかけた。
「……それで、ダグラス会長。『貴方は』、『僕に』、『何を』、依頼なさりたいのですか?」
 老人は答える。
「孫が……、娘夫婦の子供が誘拐されたらしいのです……。犯人からは何の要求もありませんが、車ごと連れ去られるのが目撃されたそうです……お願いします! どうか、どうか孫だけでも、孫だけでも無事に……」
「承りました。しかし……それだけで、宜しいですか?」
 青年は確認するように問いかける。
 まるで、老人が胸の内に抱えたものを引き受けるかのように。

「…………娘と、婿の命を奪ったテロリストに……裁きを……」
「承りました。フリーランサー『アルフレド』。これより貴方の依頼を達成します」

 ・・・・・・

 壊物機 第八話『エネミー』前編

 ・・・・・・

 秘密結社のアジト。そう聞いて何を思い浮かべるだろうか。
 人里離れた城? 地下迷宮? あるいは別次元の要塞か?
 しかしながら、“敵《ネメシス》”の本拠地はそのどれでもない。強いて言うならば城が近いが、それとは趣と立地が異なる。
 “敵”の本拠地はオフィス街に立った一棟の高層ビルディングだった。
 ビルの周囲には高さや細部こそ異なるが似たようなビル群が並び、それらとの境は小さな路地のみ。完全に街に溶け込み、そこが“敵”――テロ組織の本拠地であるとは一見してわからない。
「それが狙いなんだろうねー。こんな一般人の生活空間に密接した場所に陣取っていたんじゃ合衆国お得意の強行突入と爆撃が使えないからねー」
 このビルの外観と内面の違いを如実に表す場所――留置場じみた牢の中でラファエロは話していた。
「おまけにここも異能力者の数はまだそれなりに残ってるだろうから、単純な戦力として見ても中々の物だしね」
「残ってるって言い方だと前より減ったみたいに聞こえっけど、何かあったのかい?」
 ラファエロの言葉に糜爛が答える。糜爛はラファエロの対面の牢屋に収監されていた。口調は軽いが半日経ってもまだダメージが抜け切っていないのか、その顔は少し生気が引いているように見える。
「ッ……」
 糜爛は息苦しさを感じ、口元を手で押さえて咳き込んだ。
「風邪? それとも戦闘のダメージ?」
「いや、こっちは持病みたいなもんだ」
「ふーん、お大事に。で、それはそうと“敵”のことね。あいつらはやっばい連中だからねー。出来たのはだいたい10年前、あの一連の騒動のころだけど、その時から国の正規機関や他の秘密結社に喧嘩売ってたみたい。ボクの古巣や今巣にもね」
 でも今巣からはもう除名されてるかなー、とラファエロは言った。
「あの一連の騒動?」
「1999年のあれこれだよ。知ってるでしょ?」
「……生憎、こっちの世界に踏み込んでまだ半年も経ってないんでね。こっちの常識はロクに知らねーのよ」
「へー、そうなんだ。それにしては随分あっさりだったよね?」
「?」
「マドンナ壊すときさ、まったく躊躇しないでボクがいるかもって箇所を攻撃したよね? 経験半年未満なのに人を殺すまでのハードルが低すぎない?」
「俺は『悪人《ヴィラン》』だからなぁ
「でも君のは『悪人』の殺し方じゃないんだよねー」
 ラファエロの言い様に、糜爛は怪訝な顔をする。
「『悪人』の俺が殺してるのに『悪人』の殺し方じゃないってのはどういう意味だ? 手口なんて関係ないだろ、それともレイプしてから殺せば良かったってか?」
 糜爛はまたラファエロが「殺すのはダメ」や「道徳が」どうとか言うかと思ったが、彼女の返答は糜爛の想像とはまるで違うものだった。
「そう、手口の問題じゃないね。ねえ、人はどんな風に殺人を犯すと思う?」
 ラファエロは薄く笑う。先刻までの、実年齢よりも子供らしかった彼女には似合わない笑みだ。
「……さーてね」
 糜爛のわずかに警戒した返答に対し、ラファエロは指を一本立てて見せた。
「一つ目は突発的に殺すこと。この場合は殺してしまった、の方が正しいかもね。一般人が人を殺すときは大抵これだよ。やっているときは無我夢中で、終わってから後悔と恐怖が襲ってくる。でもこれは君の殺し方じゃない」
 また一本、指を立てる。
「二つ目は相手を人間だと思わずに殺すこと。戦争で兵士が人を殺すときとかかな。罪悪感を消すために殺人の意識を希薄にしつつ、正義を胸にたたえて人を殺す。もちろん君のじゃない」
 三本目。
「殺人行為を特別な何かだと考えて人を殺す。連続殺人犯や、ここの連中だね。殺人の忌避感を特殊な高揚感に変えて喜びながら人を殺す。これが所謂『悪人』の殺し方だけど、君はこれじゃない。躊躇わないけど喜んではいないもん君」
「…………」
 そして、四本目。

「息をするように人を殺す。
 食事をするように人を殺す。
 日常の行為として人を殺す」

「殺人に恐怖を抱かず、殺人に正義を感じず、殺人に喜びを覚えず、ただ単に殺さなければ生きていけないから殺す。君はこれでしょ?」
「……さぁて、ね」
「この殺し方は野生の獣か相当に訓練と経験を積んだ暗殺者のそれなんだけど。でも君がこの世界に足を踏み込んだのが半年前なら暗殺者の殺し方はありえないよね。この殺し方はそう簡単には出来上がらないもん。なら、君はどうしてこんな殺し方ができるのかな? いやいや、こんな殺し方をしなければいけないのかな?」
 ラファエロは亀裂のような笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「あるいは君は本当に野生の、飢えた、獣かもしれない。それとも、藁を掴む溺人かもね。実は必死だよね? ねえ、君はどうしてそんなに必死なんだい?」
「その前に、俺からも質問させろ」
 糜爛はジッとラファエロ――だったモノを睨む。
 既に、ラファエロはラファエロに見えていない。
 不定形の歪んだ黒い影、糜爛を見刺して笑う黒影に変貌している。
 糜爛は影に問うた。
「……お前、誰だよ?」

 ――XX


 そこで、糜爛は夢から醒めた。
「…………」
 景色は夢の中と寸分変わらない牢屋の中。糜爛自身も、大量の寝汗をかいていることと息苦しさが夢の中より重いことを除けば異常はない。
「あ、起きた。よくこんな状況で寝つけたねー、いつあいつらに拷問されるかわからないのに」
 対面の牢屋からラファエロが発言の内容に反してどこか暢気な口調で糜爛に話しかけた。
「……なぁ、人の殺し方ってどんなのがあると思う?」
「え? えーっと、銃殺と撲殺と……だから簡単に殺すとか言うのダメだって! 道徳の教科書送りつけるよ!」
「教科書はノーセンキュー、また夢の中って怪談オチじゃなさそうだから安心した」
「?」
 首をかしげるラファエロをよそに、糜爛は額に手を当てながら先刻の夢の内容を咀嚼する。
(随分と気分を害したが、単なる夢、とも考えられる。あれは自分自身以外知りえないことまで喋っていた。……が)
「もう一個質問。十年前に何があった?」
「十年前? 色々あったよ。巨大ラルヴァ<エンブリオ>の同時出現にラルヴァの発生率と異能力者出生率の同時増加。この国限定ならアリゾナの要塞ラルヴァ・<万魔殿《パンデモニウム》>と<パッチワーク>の出現とかねー」
「巨大だの要塞だの、言葉面はすげーね」
 言葉を返しながら、糜爛は再度思索に移る。
(十年前のそんな話は知らなかった。知らない情報が夢の中でベラベラと話されるわけがない。……そうなるとあれは夢ではなく何者かの干渉と受け取るのが自然か。異能なんてものがあるわけだしな……そういえば)
 異能、という言葉にこの牢獄に送られる直前の、敗戦の記憶が蘇る。
「フェイス、と言ってたか。複数異能を使える奴もいたんだな」
 人ならざる巨体を持ち、相手の動きを止める念動力を使い、メフィを通して糜爛を気絶させるだけの雷を放った。三つの異能を持つ男、フェイス。
 しかし、
「それは違うねー。異能は一人一つ、それは異能力者の大原則だよ」
 糜爛よりもずっと早くにこの世界に足を踏み入れていたラファエロは彼の言葉を否定した。
「じゃああいつは一つの異能で三つの現象を起こしてたってのか?」
「んー、そりゃ一流のテレキネシス使いみたいに万能な異能力者はいないでもないけど、あれの異能はバラけ過ぎてて技術でどうこうじゃないからねー。もっと単純な答えだと思うよ。わざわざあんな大きな鎧使ってるんだからまず確実に」
「もっと単純、鎧……ああ、なるほど」
 糜爛は早々に答えに至ったのか、納得した顔で回答した。
「あの中に異能の数だけ異能力者が入ってたんだな」
「正解。鎧型機兵の中に複数の異能力者が搭乗してたのか、巨人化異能力者に張り付いてたのかはわからないけど窮屈だっただろうねー」
 鎧の内側を想像してラファエロはくすくすと笑った。
「道理でろくに動きもしなかったわけだ。しかし、だったら最初からバラバラに出てくりゃいいじゃねーの」
「ハッタリでしょ? 複数の異能を持つ異能力者なんてそれだけで驚異に見えるからねー」
「そういうもんか」
「そういうものだよー」
「ふむ……」
 ラファエロの説明を理解し、納得しながらも……糜爛には一つだけ腑に落ちないことがあった。
 それは、フェイスから放たれたあの威圧感。
 糜爛は自身に問いかける。異能力者数人の寄せ集めのハッタリがあれだけの威圧感を発するだろうか、と。
(それにあいつ、鎧越しでもわかるくらい骨格が……ロボットだからか?)
「ところで糜爛。実はさっき、と言うよりは昼間から聞きたいことがあったんだけど」
「何だ?」
「その子供って誰? 糜爛の子?」
 ラファエロが指差したのは糜爛の隣の房だった。糜爛からでは壁と角度の都合で見ることが出来ないが、子供と言われた時点で誰のことだか糜爛にはわかっていた。
「あぁ、ケイスケ君か。俺の子じゃねーよ、俺が都合により誘拐した子供だ」
「……やっぱり身代金せしめて殺すの?」
「お前もメフィも俺のことどう見てんの?」
「悪人?」
「否定のしようがねえ」
 夢の中のお前には悪人じゃないとか言われたけどなー、と言って首を傾げられるも、返す刀で糜爛はラファエロに質問する。
「俺からじゃ見えねーけどケイスケ君どうしてる? 寝てる?」
「……起きてるよ」
 返答はラファエロではなく、壁越しに隣の慶介からだった。
「おっ、起きてたか。いやー、悪いねケイスケ君。ちょっと予定外なことになってっけどちゃんと逃がすからさ」
「って言いながら隙あらば殺そうとか、してないよね?」
「だからお前とメフィは俺のことを何だと」
「いいかげんにしてくれよ!!」
 糜爛の軽口を断ち切るように慶介の憤りと、怯えが混ざった声で叫んだ。
「もうわけがわからないよ! なんでこんなとこにいるのか、何に巻き込まれてるのか……あんた達が何なのか! なにも、なにもわかんないのになんで俺はこんなところにいるんだよッ……!」
 それは泣き叫びながらの吐露だった。
 彼はまだ幼く、異能の世界とも関わりのなかった子供だ。何の不思議もない……むしろ当然の反応だった。
 見知らぬ誰かに連れ去られたことに、見知らぬ場所で檻に入れられることに、尋常ではない恐怖を覚えている。
「帰してくれよっ! 俺を、母さんと父さんのところに帰してくれよぉ……!」
 そこから先は、ただ泣くだけだった。
 糜爛もラファエロもその痛ましい泣き声を聞くだけだった。
 ラファエロは彼の事情を知らず、彼をこの状況に巻き込んだ一因である自分が言うことは何もないと思っていたし、糜爛は……泣きながら懇願する彼の望みが、絶対に叶わないことを知っていた。
 彼の両親はもういない。糜爛を狙った“敵”のテロに巻き込まれて命を落としている。
 だから糜爛は慰めない。自分がそれをするのはあまりにも醜く、どうしようもない行為だと思ったから彼を慰めない。
 慰めることが出来なかった。

 ・・・・・・

 “敵”と名乗り、“敵”と呼ばれる秘密結社。
 そのアジトである地上12階の高層ビルには大きく分けて三つのブロックがある。
 第一に上層――最上階にある監獄房。逃走を防ぐため、最も地上から離れた場所に設置されている。ここには現在糜爛達三人が捕らえられている。
 第二に中層――地上1階から11階までの機能区間。組織として動くための設備や、構成員の寝所が収まっている。
 そして下層――地下に埋設されたこのビルの最重要ブロック。シェルターの役割を果たす外壁と敬語の地上部構成員、そして特殊な手順を踏まなければ入れないエレベーター。間違いなく、この施設で最も厳重に警備されている。
 しかしながら、この施設で最も厳重な、最も重要なその場所は、全体に指示を出す司令部でも、秘密兵器の格納庫でもなく、ただの部屋だった。
 最新式のビルにあって何ゆえか古風な装飾が施され、天井が高く、立地や使用者の謂れを知らなければどこの貴族の屋敷かと思うほどだ。
 その部屋に、今は二つの人影があった。
 二つの人影は対照的だった。
 一人は高い天井にも迫る巨体で、全身に鎧を纏っている。“敵”のトップである長の地位についているフェイス。
 もう一人は、対照的に小さな、常人と比較しても半分もない小さな人だった。身体全体がローブで包まれ、フードを深く被った顔は僅かにも窺うことが出来ない。
 二人ともその姿を曝すことが望まないかのように、全身を衣装で隠していた。
[導師、ドウヤラ、彼ガ、目ヲ覚マシタ、ヨウデス]
「そうか」
[早速、導師ノ下ヘト、寄越サセ、導師ノ御力デ、導師ノ望ム事ヲ、調ベマショウ]
「そうだな」
 この組織に於いて誰よりも高い地位にいるはずのフェイスが、導師と呼ぶその小さな人物――声から恐らくは老人――に対しては敬った言葉を使っている。それも形だけではなく、本当に敬っていることが第三者でもありありとわかるほどに気配から伝わってくる。
[然ル後ニ、彼ガ持ツ、『断片』ヲ、手ニ入レマショウ]
「『断片』、か。なぁ、フェイス」
[何デショウ?]
「あれを揃えられると思うか?」
[私ニハ解リマセン。デスガ、導師ガ望ムナラバ、何ガ、アロウト、集メマス]
「そうか」
 両者の間の会話はそれで終わり、導師は黙し、フェイスは通信機で地上部の部下に糜爛を連行するように指示を出した。

 ・・・・・・

「ゴホッ、ゴホッ……」
 慶介が泣き出し、泣き疲れて眠ってから少しした頃、糜爛は一層重い息苦しさを感じて咳き込んだ。目覚めてからは段々と息苦しさが強まっており、今では喘息に近い。
(まずいな……)
 糜爛にとってその息苦しさは身に覚えのあるものだった。夢の中でラファエロに擬態していた影に持病と言ったのは事実で、彼の息苦しさは病気によるものだ。普段は発作を抑えるための『処置』を欠かさなかったのだが……、
(そういや……あのアライグマと戦ってからこっち、“何も”してなかったからなぁ。昼の戦いでも殺し損ねているし……。ここのところ、悪魔ちゃんもヘソまげていたから、仕方ねえけど、さ)
 彼はしばらく『処置』をしていないことを思い出した。
「どうしたの? 風邪?」
「ゲホッ、持病、かな」
 夢の中と同じように尋ねたラファエロに夢の中と同じように答えてから、糜爛は言葉を繋げた。
「ところで、エロちゃん」
「エロちゃん!? そんな名前の略され方したことないよ今まで!?」
「お願いがあるんだけどさ」
「何? できることならしたげるけど?」

「殺しても、いいか?」

「…………え?」
 唐突な糜爛の言葉にラファエロは呆気にとられた。いや、殺すという発言は昼間から何度か出ていたが、今の発言は少し毛色が違う。まるで頼むように「殺させてくれ」と言ったのだ。
「あー……、駄目か。道具がないし、そっちまで手も届かないから、無理だな……ゲホッ」
「何言って……、あ」
 そこで、ラファエロは何かに気づいたように声を漏らした。
「ねえ、糜爛。君、ひょっとしてさ、――エネミー症?」
「…………ッ」
 ラファエロの問いかけに糜爛は無言で、ただ咳き込んだだけだった。
「そっか、それで……。じゃあ仕方ないかな、殺されてはあげられないけど……納得したよ」
「……お前は何を言ってるんだ?」
「?」
「仕方ないッ? 納得? 何を、言ってるんだか。俺は、『悪人』だから、人を殺している。これは関係ない。俺が人を殺すのは、俺が元々『悪人』だからだ」
 息苦しさを押さえ込んで、糜爛はラファエロを睨みながらそう宣言した。
『悪人』という前提だけは覆すこと許さぬ、そう声に込められていた。
 両者の間には沈黙だけが流れた。

 そのまま五分ほどの時が流れてから、その空間に足音が響いた。
 足音、それは牢の外からのものだ。
 やってきたのは昼間の襲撃で撤収する折にフェイスの隣にいた痩せぎすの男と、その部下らしい体格のいい男だった。
 男は糜爛の牢の前に立ち、言葉を発した。
「我楽糜爛君、君を我々の導師の下へとお連れするよう指示があった」
 その言葉に糜爛が咳き込みながら答える。
「ゴホッ、導師? あのフェイスって鎧のデカブツじゃ、ねえのか?」
「その質問にはついて来れば解ると答えよう」
「そう、かい」
 男は糜爛の牢に鍵を差し込み、扉を開けた。
 次の瞬間、それまで息苦しさで呻いていた糜爛の長身が発条《バネ》のように動き、痩せぎすの男の喉元へと手刀を突きこんだ。
 喉を砕きそのまま殺す糜爛の算段。
 だが、そこで糜爛の動きは止まった。
 男の部下に取り押さえられたわけでも、発作が激しくなったわけでもない。
 唐突に、“糜爛自身”が動きに急制動をかけたのだ。
「…………異能、か」
「ええ、私の異能です。貴方の体は首から下はもう私の意のままですよ。バーンズ、私の代わりに一つお返しを」
 男の部下――バーンズが無言のまま動き、その丸太のような腕と石のような拳で糜爛の頬を殴りつけた。
 その一発で糜爛の意識はとび、開いた口元からは血と唾液、それから折れた歯が零れた。
 それでもなお、男の異能によってか糜爛の身体は直立し続けていた。
「これでよし、中々鋭い目をした方でしたからね。意識があっては運ぶのも恐ろしい。ああ、それとバーンズ。そちらの牢の少年は貯蔵庫《ストレージ》に移しておくようにとのことです」
 男の指示を受け、バーンズは眠ったままの慶介を牢から出して担いだ。
 そのまま痩せぎすの男とバーンズは、男の異能によって意識を失ったまま歩かされている糜爛と共に牢を去ろうとした。
「あのー、ボクはー?」
 一人残される形となるラファエロが痩せぎすの男に尋ねる。
 男は背を向けたまま答えた。
「そのうち我々の構成員の何人かが“暇潰し”に来るでしょうから。それまで待っていて下さい」
 それだけ言い残して彼らはこのフロアから去っていった。

「暇潰しって……うわぁ明らかに貞操の危機だよ。モラル低いなーこの組織―」
 言葉の意味を理解していたのか、鬱陶しげに言葉を発する。
「じゃ、その前に逃げようかな」
 そう言ったラファエロの手には小型の工具がいくつも握られていた。
「超科学技術者相手にろくに身体検査もしないのは、タブーだよねー」
 誰が聞くでもない言葉を呟いてから、ラファエロは鍵の解体に取り掛かった。

 ・・・・・・

 “敵”のアジトであるビルの下層。
 電子的にロックされたエレベーターを下った先にあるその部屋で、糜爛は気絶したまま椅子に座らされていた。
 手足は肘置きと椅子の足に縛り付けられ、椅子自体が木製でありながら重厚な造りになっているため、あたかも電気椅子に座らされた死刑囚のようにも見える。
 椅子に座した糜爛の後ろにはフェイスが立ち、糜爛の正面には導師と呼ばれたフードの老人が立っている。
 そして……、
「私のマスターを拘束して、これからどうしようと言うのですか?」
 室内にはもう一人、否、もう一体――メフィもいた。
「それに、私を壊さないでおく理由がわかりませんね」
 彼女は特に拘束もされず、人の形を取ったままその部屋にいた。使用者である糜爛がこの状態では永劫機への変身はできないだろうが、彼女自身はほぼ自由である。
「なぜ、だと思う?」
 導師が逆に問いかけた。
「論理的に推測するなら、私を壊さないのは私の現マスターを殺した後に新しいマスターになるためですね。けれどそれは……あなた方には無理でしょう?」
 異能力者であるフェイスは永劫機のマスターにはなれない。導師もまた、似たような理由でマスターにはなれない。
「その通りだ。ゆえに私がフェイスに御主の破壊を命じないのはそれが理由ではない。私が命じないのは命じても無意味だからだ」
「どういう意味です?」
「ここで御主を破壊しようとしたところで、結局10年後にも御主の物語はある。それでは破壊しようとしても結局は破壊できん結果に終わるのは明らかだ」
 意味のわからない導師の言葉。メフィはその言葉の意味を考え、それらしい推測を口にする。
「あなたの能力は未来予知ですか?」
 しかし、そのもっともらしい答えに導師は首を振った(と言ってもフード越しではわかりづらかったが)。
「違う。だが、この2009年から見れば2019年の物語を見る私の能力は未来予知のようなもの、か」
「……もったいぶって訳知り顔に。あまり良い答えじゃありませんね」
「そういうことではない。打ち明けてしまえば私の能力は『世界を覗く』ことだ。私の右の目は外から見たこの世界の姿を覗き見る。この『ワールド』の、姿をな」
「衛星写真、ですか?」
「当たらずとも、遠からずだ」
 そう言って、導師はフードを脱いだ。
 フードを脱いだ導師の姿に、メフィは小さく息を呑んだ。
 そこに顔はなかった。
 否、顔はあったが、それをメフィが顔と認識するには少しの時間が必要だった。
 それは双眼鏡だった。
 機械で組まれた首から、古めかしい双眼鏡が生えている。
 彼は、ラルヴァだった。
 そうであることをメフィは気配から察していたが、想像よりも奇異な外見にわずかに驚いていた。
「私の力は覗くことだ」
 双眼鏡のラルヴァは言葉を繰り返しながらゆっくりと糜爛に近づいていく。
「私の両目は世界を覗く。左の目は、人の内側の世界を、人の心を、人の記憶を、これまで抱いた感情を覗き見る」
 そして、左目が糜爛の心臓を皮膚越しに捉える。
 まるで、その心中の全てを書の如く閲覧しようとするかのように。
「……それで、その行為は私のマスターにどんな影響をもたらしますか?」
 導師の背後で、メフィが質問した。
 しかしその言葉には敵意と戦意が隠されておらず、言葉を発する身体も臨戦態勢をとっていた。
 場合によっては、永劫機になれなくともマスターの防衛のために行動する、そんな意思が込められている。
 彼女と糜爛の折り合いはお世辞にも良いとは言えない。だが、それとこれとは別の話だ。
 彼女に――永劫機にとってマスターと交わした契約、マスターに仕え、マスターに従い、マスターを守るという契約は決して破れない最大の存在理由《レゾンテートル》。
 ゆえに、糜爛にとって致命となる出来事ならばメフィは彼を守るために全力を尽くす。
 悪魔は約束を違えない。
「……フッ。別に彼自身に被害は生じない。私が見ている間、同じ記憶の夢を見るだけだ」
 メフィの敵意を込めた問いかけに、導師は正直に答えた。
「では、あなたはその行為で彼から何を引き出すつもりですか?」
「知りたいことは二つ。彼が持っているはずの『断片』の行方。そして……」
 導師は一度言葉を切って、やはり偽りなく理由を答える。
「彼が何故に今ここにいるのか、その理由を私は知りたい。いや、知らねばならない。『断片』を賭けて、彼と戦う前にな」
「戦う? あなた達にしてみれば既に決着はついているでしょう?」
「フェイスによってこの場所に連れて来られたことか? そんなものは戦いではない。『断片』とて……それを戦いとは認めていないだろう」
 導師の言い様に、メフィは違和感を覚えて尋ねる。
「まるで、あの石……『断片』が意思を持っているように言いますね」
「持っている」
 質問には、あっさりと奇怪な答えが返ってきた。
「何もおかしいことではない。双眼鏡の私でも、時計の御主でも、意思を持っている。ならば石がもたない理由もない」
「…………」
「私はこれから彼の心の中へと潜るが、その前に二つほど教えておこう」
 導師は置き土産のように、メフィにとって衝撃的な発言を残した。
「『断片』は意思を持つマジックアイテムだ。あれらは偶然を装って自らの持ち主を選ぶ。そうして四つの『断片』が選んだ持ち主同士の殺し合いで所有権を移動させ合い、全てを集めた最後の勝利者の願いを叶える」
「……!」
「ゆえに私がこの覗き見によって彼のルーツを見終えたとき、私と彼はフェイスと御主を使って殺し合うことになる。『断片』の所有権を賭けた殺し合いを……やるのだ」
 言い終えた導師の左目が、キリキリと螺子と機巧を動かし、糜爛を胸の中心を、その奥にある形のない何かを捉える。

「見せてくれ。御主の世界を、御主のルーツを……」

 壊物機
 続
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