【魔剣領域BladeZoneⅡ】


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  【魔剣領域Blade ZoneⅡ】

 この街で、と言うよりこの国で生活を始めてはや一週間。
 日本は思っていたより過ごしやすくてめんどくない。こういうのを日本のコト技で住めば都と言うらしい。
 少なくとも食住に不満はない。
 料理は大抵の種類はデリバリーが利くし、食材としても味や清潔さにも特に不満なし。
外の蒸し暑さは地獄だが住まいの空調は快適だし、温熱便座とウォッシュレットつき水洗トイレもいいもの。
 その気になれば無限に引きこもれそう。
 そういうわけにもいかないのが面倒くさい。
「……ダルい」
 早朝五時半、面倒だが眠気を振り払って起床。パジャマの上だけ脱いで歯磨きとフェイスソープで洗顔。
 その後、エプロンを身につけ朝食の準備。寝かせておいたパン生地を取り出す。数分間捏ねてから、このマンションに備え付けのオーブンに入れてパンを焼く。
 パンが焼きあがる前にミネストローネの具材となる野菜を刻み炒める。朝なのでパスタは市販品を使おう。
 焼きあがったパンは上下二つにカットし、間にベーコン、トマト、サニーレタスを挟みバジルで味付けてパニーニにする。
 午前六時半、TVのニュースを見ながら出来上がった朝食に舌鼓を打つ。
 TVは左下に天気予報を移しながら交通情報と朝の通勤ラッシュを報道している。詰め込みすぎた菓子箱の様相を呈している通勤電車、あんな面倒をしながら毎日仕事にいく日本人はM?
 午前七時朝食の片付けをし、シエロブランドのパンツとシャツに着替えて家を出る。着替えは住居が決まった後に自宅から送ってもらったもので、今では使い慣れた品々が揃っている。
部屋を出ると丁度オトナリさんのカタライさんと顔を合わせた。
「おはよう」
「おはよございーまーす」
 一週間のうちに覚えた朝の挨拶をする。発音はまだ調律の狂った翻訳呪のようで、日本語の発音面倒くさい。
 まだあまり日本語で長話も出来ないので挨拶そこそこに出勤。
 午前七時二十分。双葉学園中等部女子寮の前に到着。登校する女子生徒達と挨拶を交わしながらウルカさんを待つ。
 午前七時四十分。ウルカさんが友人と門から出てきたので、彼女の邪魔にならないよう隠れて、それでいてすぐに飛び出せる距離で護衛開始。
 ウルカさんは友人――先日のトラぬいぐるみの少女とは別の少女――と話しながら登校している。話し方はまだぎこちなさそうだけど、あのトラ少女のアプローチもあってか友人も少しずつ出来ているようだ、などと思いながら周囲の警戒が面倒な尾行護衛開始。
 基本的に、俺がウルカさんを護衛するのは登校時と下校時だ。寮内や学内では他の生徒達がいるのであまり襲撃の心配はほぼない、はず(そもそも面倒なことには俺は中に入れない)。
 だからまた彼女が襲われるとしたらこの移動中。どちらかと言えば独りのことが多い下校中が危険。でも朝も面倒だけど念のために護衛する。面倒。
 彼女の姉の指示でまたああいうバカが襲ってくるかもしれないからだけど面倒くさい。
 初日の一件で取り巻き連中は逮捕できたものの(アイアン某はふっ飛ばしすぎて見つからなかった)、結局彼女の姉には繋がらなかった。あるいは、繋がったという事実をもみ消されたのかもしれない。そっちの方が面倒くさい。
 だから彼女の姉はまだ学園に通っている。幸い姉の方は高等部で、住まいもこの学園都市内に構えた別邸なので、校内や寮内の危険はあまりないはず。
 一度失敗したのにまたやるかどうかも半々。ただ、襲わせた動機の方がまだ分かっていないので安心は出来ない。
 午前八時、無事に学園に到着。一先ず午前中の仕事は終了。次は放課後の下校時間にまた護衛する。それも彼女が部活動に入るなりすれば変わるのだろうけど、彼女はまだ帰宅部なので授業終了がそのまま下校時間になっている。
 さて、これから放課後までにやることは二つある
 一つはマーケットに寄って食材を買い足すこと。
 この国、たしかにデリバリーで大抵の食事は出来るものの、イタリア料理だけは自分で作った方がいいという事情があるのでチーズと野菜、小麦粉を切らすわけにはいかない。
 アメリカの豚の餌のようなピザよりは遥かにましだけれど、日本のもアレンジが利きすぎている。何で日本人はピザにあそこまで色々なものを載せてしまうんだ面倒くさい。パイン載せが定番メニューって何だ。マルゲリータでいいだろう。
 料理の話はさておき、買い物ではないもう一つのやるべきことも面倒で重要だ。
 それはウルカさんの姉について調べること。
 面倒なことに学生ではない部外者の俺では学内の聞き込みといった手段が使えず、この街にある(かどうかも分からない)情報屋とも渡りをつけられていない。
 それでも公的な記録や資料からある程度は調べることが出来た。
 名前は白東院迦楼羅。面倒くさい漢字だがカルラと読むらしい。
 白東院家の正嫡にして次期当主。成績優秀で容姿端麗、名家の出でありながら気さくで話しやすく男女問わずファンも多い。今年で17歳だが、既に実戦経験も豊富で多数の化物
――ラルヴァも葬っている。
 出来すぎなくらいの傑物。実に面倒くさそうな生き方をしている。
 写真を見ると……ウルカさんに年齢と自信と二割増の美貌と優雅な笑顔を足したような顔だ。相当の美人だけど面倒くさそうな気がするのでパス。
 この一週間調べて分かったのは殆んどここまで。彼女の力の詳細などには全く辿り着いていない。精々で『弓使い』であるという情報だけ。恐らく俺と同じで魔剣使い……この場合は魔弓使いなんだろうが情報が少なすぎる。
このままウルカさんの護衛を続けていると、いずれ白東院カルラとも戦闘になるかもしれない。そのときになっても相手の戦力について把握できないままではまずい。
 そんな風にこれから先の事を憂いて面倒に思いながら移動していたが、朝日も昇りきってこの国の蒸し暑さが自己主張を始めると更に面倒くささが増してきた。
「……ダルい」
 移動が面倒くさいからバイクも送ってきてもらおうか……なんて考えていると、道の先から一台の車が走ってきた。
 黒塗りの高級車、いわゆるリムジンだ。
ここは学生がメインの街ではあるが、実は意外と高級車も走っている。御曹司やらご令嬢の送迎車だ。そういったものを使わない子も多いけど、使う奴も勿論いる。俺も使えたら毎日送迎車で移動したい。
 しかし生徒ならもうホームルームも始まっているだろうに重役出勤だな、と思っているとリムジンは俺のすぐ横で停車した。不審に思い、懐のヒダルカミに手を伸ばし備える。
 すぐにリムジンのウィンドウが開き、中の人物が俺に声をかけてきた。
「失礼。EADDのダルキー・アヴォガドロさんですか?」
 それは俺から聞いても実に滑らかな発音のイタリア語で、まず間違いなくネイティブと言っても通じるレベルだ。しかしその言葉は日本人の少女から放たれたもので、俺はその顔に見覚えがあった。ありすぎた。
「……ああ、俺がダルキー・アヴォガドロだ。合ってるよ」
「人違いでなくて良かったです」
 その少女は優雅に微笑みながら名乗る。
「私、白東院迦楼羅と申します。よろしければこれからご一緒してくださりませんか?」
 …………本気で面倒なことになりそうだ。


 彼女の誘いに対する不安要素は大きいものの、ここで虎穴に入らなければより状況は悪化して面倒くさくなると俺は察した。
 彼女に勧められるままリムジンに同乗すると、車はUターンしてどこかへと走っていく。
「学校はいいのか?」
 と尋ねると、
「私、今日は病欠ですの」
 とケロリとした顔で返してくるのだから恐れ入る。
 以降はどちらも言葉を発さないまま、揺れもしないリムジンでどこかへと向っていく。
 俺はいつでもヒダルカミを抜けるように警戒しているし、向こうも同じだろう。少し「ここで先手を打ってしまおうか」と考えて、それはあまりいい手ではないと断念する。場の主導権はあちらにあり、こちらはまだ情報不足。
 彼女は俺がEADDの人間だと知っていたから、俺のヒダルカミの機能も知っている公算が高い。その上でヒダルカミの射程内にいるのだから、逆にこちらが危うい。ああ、もう、面倒。
 リムジンは十分ほど走ってから、住宅街、それも普通の住宅街とは空気の違う一角に入り込んだ。それは和風の屋敷や洋風の館が立ち並ぶエリア。いわゆる名家や、資産家の子供達のために親が用意した高級住宅が多数ある場所だ。
 その中の古風でありながら高級であることはバカでも分かる屋敷の門をリムジンは潜った。
「白東院家の別邸です」
 彼女を調べているときに入り口までは確認したから俺もそれは知っていた。
 リムジンを降りて玄関に入ると、そこもまぁあちこち高級そうで品もある調度品や日本画が飾られていた。
 作法に従って靴を脱ぎ、控えていた使用人に案内されて屋敷の中を歩いた。
 すると中庭に行き当たる。日本の庭園に決して詳しくはないものの、これが見事な庭であることはわかった。
 庭園の中央には主のように立派な松の木が伸び、庭の各所には剪定された生垣があり、広々とした池には紅白の錦鯉が泳ぎ、石畳は美しさを計算して敷かれている。
 美しく見る価値もあると思ったけれど、自分でやるならここまで面倒なことはしないよなとも思った。
 使用人はそこで下がる。ここからは彼女自身が案内してくれるらしい。
 また履物(木製のサンダルのようなもの)を履いて、中庭を歩く。
 よく整備された庭園を見ると心が和むが、一つ不満点があるとすれば虫が多いことだ。
 大きめの羽虫は飛んでいるし、蚊が寄ってきて鬱陶しい面倒くさい。
 庭全体に殺虫剤撒けばいいと思うのは素人意見だろうか、と思っていると飛んできた雀が羽虫を啄ばんで食べていた。……自然の摂理だ。
「着きました」
 案内された先、中庭の一角に小さな小屋のようなものが建っていた。
「茶室です。あそこでお話いたしましょう。ああ、私の護衛や使用人はこの庭から下がらせているのでご安心ください」
 茶室の中の気配を探ろうとしたのを察せられた。嫌だこいつ猛者くさい。面倒。
 彼女の先導で小さな戸を潜り、茶室の中に入る。
 屋敷に比べれば圧倒的に小さな小屋だったが、中はそれなりに広く感じる。
 しかし、これならヒダルカミの射程距離だ。相手が遠距離戦に秀でる『弓使い』なら、距離で言えばこちらが有利。てっきりもっと面倒な環境に誘導してくると思ったんだが。
「ご自由にお座りになってください。正座でなくても結構ですよ」
 正座という日本独特の座り方は面倒で慣れそうもなかったので、片膝を立てていつでも立って跳べる態勢で座る。無作法な座り方を見ても彼女は眉一つ動かさない。こういう冷静な手合いほどやばくて面倒くさい。
 3メートル弱の距離を開けて、俺と白東院カルラは向かい合う。あちらは優雅な正座でこともなげに座っていた。
「本来なら茶の湯を立ててもてなすべきなのでしょうけれど、貴方はきっとお飲みになりませんよね?」
「敵地での飲食じゃ、何を盛られるか分からなくて面倒だからな」
「敵地、ですか」
 彼女は困ったように苦笑する。それが演技か素なのかはまだわからない。
「そうですね。貴方にとって、潤香の命を狙う刺客を放った私は敵なのでしょうね」
「……自供かい?」
「ええ、ここ一週間の、貴方の私を探る動き。核心をもって怪しまれているのは理解してますよ?」
 やっぱりバレてたか。彼女も流石に自分の雇った殺し屋がペラペラと喋ったから彼女に繋がったとは思いも寄らないのだろうが。
「フウ……それにしても、困ったことをしてくれましたね。折角有名な殺し屋を雇ったのに、あの子を守って撃退してしまうなんて」
 ……え? 有名なのあいつ? あんな奴なのに?
 日本の殺し屋業界どうなってるの?
「お陰で私の目論見も台無しです」
「実の妹の命を狙うなんて目論見は、ご破算になってしかるべきだと思うけどな」
「倫理的にはそうなのでしょうけれど、こちらにも引けないものがありますから……」
 また困ったような苦笑だ。読めない。何を考えているか読めなくて面倒くさい。
 しかしわかってきたこともある。こいつ、間違いなくあのバカ……アイアンボルトより遥かに格上だ。
 気配の格が違う。
「ところで、ダルキーさん。貴方の会社、EADD……帝国強襲殲滅探偵社だったかしら? 探偵社と言うには色々な仕事をされているようですね」
 ああ、俺も「業務内容はむしろPMCかSP、クリティカル仕事人じゃない?」とはよく思うよ。探偵社なのは単に上司が社名の頭文字をEADD(エアッド)って語呂よくするために、ラストをDにしたかっただけだし。
「御社の料金表を見ていたのですけれど、潤香さんの護衛は随分お安く引き受けられてしまったんじゃないですか?」
 だろうな。
「そこでご相談です。私が依頼額の倍額お支払いいたしますので、潤香さんの護衛から手を引いてください」
 ああ、そう来る。
「……一度失敗したのに、またやる気なのかい?」
「はい。今度は確実に目的を果たせるように。けれど、貴方に邪魔をされるとまた失敗してしまうかもしれないので……手を退いて頂けませんか?」
 また困ったような笑顔。もうわかった。この笑顔は演技、本心を隠す仮面の類。
「そりゃ無理だな。面倒なことに金受け取って帰ったら上司に殺されるんでね」
「あらあら」
「それに……これでも俺は一度受けた仕事はキチンとこなす方でさ」
「あら格好いい」
 それで決裂。
 もう、一瞬先に殺し合いが始まってもおかしくない。
 全身を緊張させ、感覚を研ぎ澄まし、視線を周囲に走らせる。
 今も目の前の白東院カルラ以外の気配はない。
 そして『弓使い』だという彼女の得物の弓も室内には見当たらない。
 畳の裏にでも隠してあるのか、それとも俺のヒダルカミのように普段は小型化しているのか。
「どうなさいました? 怖い顔してらっしゃいますよ」
「いつ殺し合いになるか気が気じゃなくてね」
「うふふ。そんな、殺し合いなんて」
 彼女はご冗談をという風に口に左手を当てて笑って、

「――とっくに始まってるぜマカロニ野郎」
下ろされた左手は既に青く輝く光の弓を握っていた。

 瞬きほどの間隙に彼女の手から突如出現した光の弓。
 ――異能魔剣
 彼女の得物の正体に気づいたときは遅く、第一射は俺に向けて放たれていた。
 真っ直ぐ俺の内臓を狙った一条の光の矢。
 立ち上がり避けるにはあまりにも時間はなく、俺は――。
「ッ!」
「ハァ! やるねえ!」
 咄嗟に左腕で胴体を庇った。
 左腕に純粋な痛みとは違う鈍く霞んだ痛みが走り、すぐに消える。
 同時に、左腕を貫いていたはずの矢も消失する。
「疾ッ」
 しかしそこで安堵する余裕はない。弓にとってほぼ零距離と言っていい超近距離で白東院カルラは第二第三の光矢を放つ。
 今度こそ、跳んで避ける。
 同時にヒダルカミを抜き放つ。既に起動済み、刀身20cmのヒダルカミを力学的エネルギーと光エネルギーを貯蔵するようにセット。
 同時に彼女が第四の光矢を射掛ける。同時にヒダルカミを振りぬく。
 彼女の光矢に対し、ヒダルカミのエネルギー貯蔵が――不発。
「!」
 光矢は俺の左肩に突き刺さる。
 俺はここにいたままでは嬲り殺されるだけと理解し、戸を蹴破って茶室の外へと脱出した。
 そのまま白東院カルラが茶室を出る前に距離をとる。ヒダルカミの射程距離優位? そんなものあれ相手には意味がない。
 日本庭園の、枝葉を切りそろえられた生垣に隠れながら俺は大きく息をつく。
 左肩の矢はまた消失し、傷もない。物理的にはありえない。
「まさかとは思ったが……」
 面倒くさいことに。
 あの女、俺の天敵だ。

 奇剣あるいは飢剣ヒダルカミはエネルギーを食う。
 人体のカロリーを食う。力学的エネルギーを食う。光を食う。音を食う。
 俺は出来ないが、歴代使用者には大火や稲妻を食わせた使い手もいるという。
 しかし、それらは全て物理現象だ。
 異能抜きの化学で全て説明できるものだ。
 だが、白東院カルラの弓はそうじゃない。
 あれはオカルト、霊的魂現力的な代物。
 光であって光でなく、速度はあっても物質じゃない。弓と矢の形をした幽霊のようなもの。
 そんなもの、ヒダルカミは食えない。
 そしてそういう類の代物ほど何かしら気味の悪い付与効果を発揮する。あの弓の効果は一体……。

「霊弓、又は霊柩陰摩羅鬼って名づけたシロモンだけど、どうよ? テメエのねじくれ剣とは相性悪いんじゃねえの?」
 俺の耳に、茶室を出たらしい彼女の声が届く。
「……その話し方が本性か?」
「本性ゥ~~? ちッげーよダァホ、相手に合わせて変えてるだけだっつーの。話し合いはあっちで……殺し合いはこっちってさぁ!!」
 俺の問いかけに対して真似したくない面倒そうな個性を説明し、生垣の向こうから矢を数発撃ち込む。
 来るのがわかってたから回避は容易……
「?」
 避けようとした俺はバランスを崩し、矢の一発が右足に命中する。
「今のは」
さらに矢は飛来する。先刻の連射で中りをつけたのかより正確さと速度を増した光矢が降り注ぐ。
 俺は逃れようとして、無様に転がる。
 先刻射られた右足の感覚がない。
 いや、それ以前に、左手は肩から下がピクリともせずただの錘で、バランスをとる邪魔にしかならない。
「これが、機能……!」
 身体機能の麻痺……いやこれはそれよりも更に深刻で面倒な
「やっと気づいたかボォケッ!」
「この機能は」
「答え合わせはァ、あの世でしろやァッ!」
 今までよりも強い光を放つ一矢が木の葉の幕を突き破り飛来する。
 心臓目掛けて飛ぶその矢を四肢が不満足な状態で回避を試みる。
 成否は半分、左胸は避けたが、右胸を撃たれた。
「カ、ハッ……」
 途端に、呼吸が困難になった。
 まるで肺が片方無くなったかのような違和感が胸にある。
 これは……
「呪い、だ」
 ヒダルカミに囚われない、オカルトのエネルギー。
 感染呪術や、日本にあるという丑の刻参りやその他の呪術をより直接的にしたもの。
 足跡と槍でもなく、釘と藁人形でもなく、呪いのエネルギーを、直接俺に叩き込んでくる。
 傷はない。痛みもない。ただ、射られた場所の身体機能を潰す。
 手足を射れば動かなくさせ、肺を射れば呼吸を潰し、心臓を射れば息の根を止める。
 物質じゃないから、大抵の防御はすり抜けて敵手に当たる。
 そして、解呪しなければそのまま二度と役立たず。
 確実に相手の力を削ぎ続ける呪いの霊弓。そりゃあ化物狩りでも役に立つさ。大活躍でファンも出来る。呪いと思えない見た目の格好良さも人気のポイントか?
 だが撃たれる方は、冗談じゃないくらい面倒なことになっていてイラつく。
「……ダルい」
 精神的にではなく、半身不随の体がどうしようもなく重くてダルい。
 それでもまだ勝ち目はある。
 あれは呪いでも手段はどうしようもなく弓矢だ。
 撃つためには弓を引くモーションが要る。
 接近して最大駆動を放ち、カルラ自身の動きを止めて、矢を放つ手そのものを止める。
 これさえできれば勝てる。
 だが、今の体たらくでは非常に面倒な作業だ。肺を撃たれて絶不調、このコンディションじゃ最大駆動の射程もそこまで延びない。
「…………ダルい」
 がやるしかない。
「――食い、漁れ」
 宣言を始め、満足に動く左足で跳んで、生垣を破り、白東院カルラの姿を――見失った。
 先刻までの射撃の方向、間違いなく生垣の先にいたはずの白東院カルラの姿が無い。
 だが、直後にこれまでと比較にならない殺気を感じ、視線を上へと跳ね上げる。
 この庭園の主のようだった一本松。その地上十数メートルの枝の上に白東院カルラは霊弓オンモラキを構えて立っていた。
 おい、いつの間にそんなところに登った。
 そんな疑問は松に立てかけられた梯子が答えだった。そんなものはさっき庭園に入った時には見当たらなかったが、よく観察すれば廊下から茶室への道から見ると死角になる位置にある。
 なぜ最初、俺を茶室に入れたのかもわかった。この庭園、この屋敷に於いて、最も弓使いが優位に立てるポジションの下準備だったわけだ。ああよくもここまでする面倒くさい。
 今の彼女は完全なキラーポジション。あそこからならばこの庭園のどこにいようと射掛けて殺せる。こちらは無理な移動で体勢を大きく崩しているし、高所にいる白東院カルラは未だ最大駆動の射程外。
これは詰んだなとすら思ったが、白東院カルラは未だ弓を打たない。引き絞ったまま、こちらを見据えている。その彼女が口を開く。
「ダルキーさん、これが最後通牒ですよ?」
 『話し合い』の顔だった。
「今ここで潤香さんの護衛をやめると誓うなら、見逃して差し上げます。最初の条件の金銭も差し上げましょう。会社に戻れないと言うなら、私の伝手でどこかへ逃がして差し上げます」
 詰んだ相手に出すにしては破格の条件だ。この学園都市の中での人殺しは後始末が面倒なのが理由かね。
 常識的に考えて死を待つだけってくらい窮地の俺がこれを断っても意味は無い。断らない理由がない。
「繰り返しますが、これは最後通牒です。これを断るなら」
「断る」
 口に出すのも面倒くさい。
 断らない理由がない以前に、俺は仕事を投げ出せない。
 生憎と、面倒くさがりでもやるべき事は果たすタイプなんで。面倒くさいけど。
「第一……、技の為の、時間、稼ぎが、見え見えだ」
 不自由な呼吸で面倒な思いをしつつ、彼女の企みを看破する。
「ヒャハッ! バレた?」
 霊弓の青い光が増している。光矢に込められた魂源力も相当な量に達しているのを感じる。
 あれは恐らく、最大駆動の発動兆候。
 俺のヒダルカミの最大駆動に刀身の成長が必要なように、奴のオンモラキにもチャージ時間が必要だった。俺を確実に殺すための最大駆動には。
「ですが、最後通牒は本当でしたよ? 今のやりとりで引いてくださるなら、生かしてやってもよかったのによォ。ま、仕方ねえ、ちぃと手間だが」
 『話し合い』と『殺し合い』の顔が入り混じる。
「ここで|死んで|くださり|やがれ」

「――葬送れ 陰摩羅鬼」

 これまでで最大の蒼光で形作られた矢は、放たれた直後にその姿を化物じみた大鴉へと変じさせる。
 それは人間一人を飲み込むには十二分の巨大さで、あれを受ければ全身に呪いを受けて死ぬのは日を見るより明らかだ。
 だが、今の俺では這いずる程度にしか動けない。なまじまた跳べたとしても、あの大鴉は進路を変えてこちらを襲う気がする。ホーミング性でもなければ生物型に変じた意味がない。
 だから、常識的に考えて俺はやはり詰んでいる。
 今、ほんのわずかの幸運が訪れなければ。
「――食い漁れ ヒダルカミ」
 俺は周囲一帯無差別の、ヒダルカミ最大駆動を発動し、

 頭上を飛んでいた雀の位置エネルギーを食って大鴉の眼前に落とした

 大鴉は俺にぶつかる直前で雀と激突し、俺に突き刺さった矢のようにすぐ雲散霧消した。
 あとにはピクリともしない雀が一匹転がっているだけ。
「……え?」
「生憎と……物理の計算は得意でね」
 位置エネルギー吸収を使ったとき、どの程度の速度で物が落ちるかはすぐに弾き出せる。
 そして、白東院カルラの失策は最大駆動を使ったこと。
 呪いの光矢は確実に呪いのエネルギーを叩き込み、対象の身体機能を奪う。
 ただしそれは命中した対象に、だ。
 本来の呪いが相手の足跡や相手の血と毛髪でターゲッティングして呪うことに対して、オンモラキは矢が命中した相手をターゲットとして即座に呪っている。
 戦闘における即効性や有効性でオンモラキは他の呪いを超えている。代わりに、誤爆の危険を孕んでいる。
 あそこまで大きくなれば誤爆の確率は上がる。俺は、落とした雀が大鴉のどこに当たっても良かった。
「よいしょっと」
 俺は両足で立ち上がり、白東院カルラの陣取る一本松へと駆け出す。
 案の定、最大駆動終了後はこれまでの効果がリセットされて俺の手足や肺への呪いは消えている。
 彼女は再び光矢を番えてこちらを狙い撃つが、この距離でしっかりと見ていれば五体満足で避けられないものでもない。
 そして一本松に到達した瞬間に、駆けた勢いのままに思い切り松の幹を蹴りつける。松の木は枝まで振動し、その上に陣取っていた白東院カルラを落下させる。
 そして枝を離れた直後、位置エネルギー吸収によって彼女は急速落下する。
「チィィィィィッ!!」
 彼女はその状態でなおもこちらに照準を合わせ――こちらも狙いを合わせる。
最後の光矢が顔面を掠めると同時に、彼女の落下速度に合わせ、思い切りヒダルカミを振り上げる。
 刀身の腹が彼女の胸部にめり込み、アバラを砕いた感触が伝わるのと同時に
「――暴食反転――」
 貯蔵した全位置エネルギーを叩き込んで彼女を元の高さまで打ち上げた。
 胸部へのダメージと打ち上げられた衝撃。
 今度はこちらを狙うことも受身をとることもできぬまま、再度十数メートルの高さから彼女は地面へと落下した。
「あ」
 やべ。



「……どういうおつもりですか?」
 戦闘終了から二分ほど経って、気絶から目覚めた彼女の第一声がそれだった。
「両手を縛ったのはまた撃たれたら面倒でしょうがないからだ」
 今度は普通に死ぬかもしれんし。
「そうではなく……あなた、最後の最後で私を庇ったでしょう? 痛みが折られた胸にしかありませんから」
「ああ、そっち」
 最後の落下の瞬間、彼女はもう気絶していた。
 なのに、頭から落下していた。
 「あ、これ放っておいたら確実に死ぬわ」と思ったら両手でキャッチしてしまっていた。
「人死に出したらウルカさんの護衛できなくなるからな」
 この学園の生徒で名家の正嫡を殺したら色々面倒なことになった筈だ。少なくともこの街にはいられなくなる。
 それは困る。面倒くさい。
「あら? 重傷負わせただけでも十二分では?」
「そこは公平な捜査に期待する」
 難しいかもしれんけど一応正当防衛だし、死んでないから何とかなるだろう。でも証言とかすることになったら面倒だな。
「はぁ……どちらが死んでもあの子の護衛はいなくなる算段でしたのに。余計な気遣いでご破算ですね」
 どちらが死んでもって……。
「そこまでしてウルカさんを殺したいのか?」
 てっきり「名家の恥」とか「不出来な妹が目障り」とか、そういう古くて浅い理由で狙っているのかと思ったが。そこまでとなると何か根深い恨みでももっているのか?
 彼女の答えは、
「何を言っているのです? 私、潤香さんを殺そうとなんて思っていませんよ?」
「…………………………………………は?」
 前提が完全に崩壊する一言に、反応が遅れる。完全に隙だらけでもしも今彼女の両手が自由だったら殺されるんじゃないか、というくらい反応が遅れた。
「さっき命を狙ったと」
「だから、命は狙いましたが殺そうとは思っていませんよ?」
 …………訳がわからない。
「ふざけてる?」
「いえ、至極真面目にお答えしています」
「じゃあどういうこと?」
「ダルキーさん、異能はどういう時に目覚めることが多いですか?」
 色々あるだろ。生まれたときから目覚めてるのもいれば、俺みたいに魔剣と契約する奴もいるし、ただ確か統計で一番多いのは……あ。
「……命の危機に陥ったとき」
「はいそうです」
 じゃあ、なに、彼女……。

「自分で命を狙って、ウルカさんの異能を目覚めさせようとした、と」
「はい」

「バカかああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
 彼女の返事に思わず普段なら絶対出さない音量で絶叫してしまった。
 やだ、もう、本当、バカじゃないの、この娘。
 有り得ないレベルの発想の飛躍。考えても普通やらない。やるのはうちの上司くらいだ。
「馬鹿とは失礼ですね。これでも私なりに色々考えたんですよ?」
「色々考えてそれなら頭取り替えちまえよ!!」
「そうは言いますが……双葉学園はこれでも危険な場所です。ラルヴァに襲われることもありますし、粗暴な生徒の暴力を受ける危険もありますし、殺人事件が起きることもあります。だから自分の身を守るためにも異能に目覚めておくにこしたことはないですよ。貴方だって学内までは護衛できないじゃないですか」
 まるでアメリカ銃社会の理屈だ。
「それはそうかもしれんけどいくら何でもやりすぎだ! 何で殺し屋まで差し向けてんだよ! やるにしてももうちょっと安全な出来レースしろよ!」
「安全ですよ?」
「どこが!?」
「あの方、暗殺成功率0%の殺し屋でその筋では有名な方ですから」
「…………」
 アイアン、お前……そこまで雑魚だったのか。
 つーか廃業しろよ面倒くせえ。
「ただその計画も貴方という護衛がいて失敗してしまいました。これからも貴方がいると目覚めさせるのに邪魔だなー、と思ったので殺し合いを」
「殺し合いを、じゃねえ!?」
 ああもうさっきからツッコミすぎて疲れてきた。面倒くさい面倒くさい、いやもう本当に面倒くさい。勘弁して。
 この娘、思考のピントがうちの上司と同レベルでずれてる。
 シンプルに言ってクレイジーすぎる。
「そもそも冷遇してたんじゃねえのあんたら……」
「冷遇?」
 不思議そうに首を傾げている。
 さっきまでの困り笑顔とは逆に、これは素だと感じた。
「いやだからウルカさんが白東院家で……」
 言いかけて気づいた。
 ウルカさんは妾腹で異能にも目覚めてなかったゆえに長く白東院家で過ごし、そこで冷遇されていた。
 じゃあ、このカルラは?
 正嫡で幼少期に異能に目覚めた彼女は、逆に早い段階からずっとこの学園で過ごしていたのでは?
 実家の家庭環境とか無関係に。
「……ウルカさんのことどう思ってる?」
「可愛い妹に決まってるじゃないですか。これまでお正月とお盆くらいしか会えませんでしたけど、ちっちゃい頃からそれはもう可愛くて可愛くて」
 やはり素で、えへらえへらとした笑顔を浮かべる。
 あ、わかった。わかっちゃった。
 こいつシスコンだ。しかも空気読めない天然だ。
「残念なのはすぐに寮に入っちゃったからまだ会えてないことですね。この別邸に住めばいいのに。あ、ひょっとして護衛を考慮したダルキーさんの差し金ですか? もう、やめてくださいよー」
「やめてくださいよーじゃねぇ……」
 徒労感に肩を落とし、心身ともにひどい疲れを感じる。
 ダルい……。本当……ダルい。
「……お前、俺が場のセッティングをするからちょっとウルカさんと話し合え。あと命狙って異能覚醒させるのやめろ」
 俺いなくても今の彼女じゃネガティブでそのまま死にそうだから。
「えー」
「えーじゃねえ」

 後日。俺はウルカさんに事情を話して二人が話し合う場を作った。
 カルラはウルカさんと話して事の実態を把握。
 その場で携帯電話を使って父親と口論をはじめ二時間に及ぶ『話し合い』の末、「もう白東院なんざ知るかボォケ! てめえの代で終われ!!」と『殺し合い』モードで暴言を吐いて電話を切った。
 その様子をビクビクしながら見ていたウルカさん(と俺)。
 口論を終えたカルラが「これからは私が守ってあげますからね」と抱きしめると、戸惑いながらも受け入れていた。
 俺の存在は姉妹愛の前にしばらくスルーされていた。

 後日の後日。カルラはあの手この手で結構な額の財産を引き抜いてから家を出た。そしてどういうわけか俺と同じマンション、それも隣の部屋に引っ越してきた。ウルカさんと一緒に。
 最初はウルカさんと同じ寮に入ろうとしたらしいのだけど中等部の寮だったため断念。逆にウルカさんごとこっちに引っ越してきたらしい。ウルカさん曰く「早業でした」だそうだ。
 で、カルラが俺と同じマンションを選んだのは偶然ではなく、二人ともこれまで自分で家事をした経験がほとんど無く、覚えるまで俺に諸々やらせる気でいるらしい。
 俺の「護衛であって執事でも使用人でもない」という至極当然の抗議は「ああ、誰かさんが圧し折ってくれた胸骨がズキズキ痛みますわ」と返された。
 あとウルカさんの方は家事を自分でやろうとするのだけど、彼女絶望的に不器用で後始末がない分だけ俺がやった方がマシという次第。
 しかも家政夫代を護衛と別料金で払うということでEADD本社の方に申請されてしまい、こっちの苦労なんて歯牙にもかけない上司がそれを受けたので仕事として確定した。以後は毎日の護衛に加えて炊事洗濯掃除まで俺の仕事になってしまった。
 結局のところ、俺の現在の心境を総括するとやっぱりこうなる。

「…………ダルい」

FIN

【魔剣データ】
【霊弓・霊柩 陰摩羅鬼】
 レイキュウ オンモラキと読む。
 白東院迦楼羅の使用する魔剣、もとい魔弓であり彼女の異能そのもの。
 ヒダルカミのように過去に誰かが作成したものではなく、迦楼羅自身の内から生じた異能魔弓。必要に応じて弓自体を召喚するので、ヒダルカミのように普段から実体のある魔剣と違い持ち運ぶ手間は無い。代わりに迦楼羅一人のもので次代には残らない。

 機能は呪い。陰摩羅鬼から放った光矢が命中した部位を即座に呪い、身体機能を停止させる。物理現象ではないため、壁や乗り物などをすり抜ける。ただし、光矢が鳥など他の生物に当たると、どれだけの威力を込めていようと貫通しないで呪いが発動してしまう。
 一発毎に彼女の魂源力を消費するが通常光矢はさほど消耗せず、強射や連射では多くの魂源力を消費する。
 「――葬送れ(おくれ) 陰摩羅鬼」の宣言と長時間のチャージにより最大駆動が発動可能。光の矢が巨大な鴉に変じ、射掛けた相手を追尾する。人間大の生物なら全身の機能が停止し、即死するレベルの規模。ミサイルのようなものなので途中で他の生物に当たるとやはりそちらに対して呪いが発動する。相手が巨大強大で大鴉を受けても即死しない場合、大鴉は呪った対象が死ぬか迦楼羅が解除までは存在を持続する。
 呪いは迦楼羅自身の意思で任意に解ける。最大駆動の大鴉が消えるか迦楼羅が気絶すると全ての呪いが解ける。
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