【魔剣領域BladeZoneⅢ】


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 【魔剣領域Blade ZoneⅢ】

 日本に住み始めて一ヶ月経った。
 時の流れが早い気もするが、俺から見ても本当に目まぐるしく過ぎていった一ヶ月だった。カルラとウルカさんが隣の部屋に住み始めてからも、この街では色々なイベントがあった。それも落ち着いて、今はルーチンワークのように護衛と家事を繰り返す日々。
 ここで大問題がある。
 現在の俺の仕事は護衛と家事。護衛も家事も一日も休まず続けなければならない。休めない。一ヶ月働き通し。ありえない。ブラック過ぎる。
 そしてこのままでは怠惰キャラが崩壊する。俺はこんなに勤勉な人間ではなかったはずだ。
なので、そろそろ一日くらい休みが欲しいという旨を「私だって一日くらい休み欲しいのでーす!」と覚えた日本語で精一杯主張した。なんだか世の主婦のようだと思ったが閑話休題。
 すると予想外にカルラから「では明日と明後日はお休みにしましょうか」という返答が出た。なぜかと問うと、「実は明日は恒例のお泊り会なので、今回は潤香さんも連れて行こうかと」とのこと。
 「泊りがけで外出するなら護衛外せないだろ」と言うと、「いえ安全ですから」と返される。詳細を聞くと、化物狩りなどで活躍する実戦要員が集まって交流や訓練をするのだと言う。そういった異能力者の訓練に同行させてウルカさんの異能発現を促す算段らしい。それは世間一般ではお泊り会ではなく合宿では、と言いかけて俺は言葉を飲み込んだ。
 まぁそれだけ人数いるなら俺一人いなくても余裕がありそうだ。この学園の生徒でウルカさんを害そうとする人間は今のところいないだろうし。戦力揃っているならもし化物が出てきても何とかなるだろう。ならなかったらウルカさんどころかこの街と国が危ない。


 そんなこんなで翌日になり上司にこの仕事を押し付けられて以来、初めての休日。
 ウルカさんとカルラは早朝に出発した。俺は二人の朝食とお弁当、プラス自分の分の朝食を作って二人を見送った。
 その後は休日に入る前の最後の仕事をこなす。
それはゴミ出し。俺が休日でも勤務中でも日本のゴミ出し曜日は変わらない。俺は自室から出たゴミと、ウルカさんとカルラの部屋から出たゴミをまとめてゴミ捨て場に持っていく。ちなみにプライベートの問題もあり、「ゴミには見られてもいいものだけ捨て、見られてはいけないものは自分で処分してくれ」ということは予め言い含めてある。しかし、カルラはその通りに捨ててくれるのだが、ウルカさんの方は無頓着に捨ててくるので困りものだ。「見られて困るものなどありません。私の恥などはどうでもいいことです」とまた影が出る。流石に十年以上ネガティブ続けていると一ヶ月では中々抜け切らないようだ。

 ゴミを捨てて部屋に戻った俺は、一枚の紙を手にとりその文面を読んでいた。それはウルカさんのゴミの中に混じっていたもの、透明なビニール袋越しに見えてしまったものだ。普通に考えてプライベートの侵害。俺も普段なら見ず、無視する類の代物。しかし目に入ってきたものが少し問題だった。
 その紙には『家庭訪問のお知らせ』、と書かれている。
 学園都市の生徒の多くは一人でこの街に住んでいる。だから家庭訪問というものは不要、を通り越して無用の行いと言えなくもない。
しかしそういった生徒が全てではなく、いくらかの生徒は親や親に代わる保護者と共に暮らしている。そういう生徒、家庭向けに外の学校と同じく家庭訪問を行うことはあるらしい。
 ウルカさんの場合は姉のカルラや……血縁もない雇われの身だが俺が保護者扱いってことだろう。
 お知らせには希望する日時を書いて提出する用紙もついているものの、提出期限は数日前に過ぎている。
 俺やカルラに見せるか悩んだのか、あるいは悩みもせずに決めたのかはわからないが、結局ウルカさんはこれをそのまま捨ててしまうことにしたらしい。
 初対面のときよりマシになったとしても、まだまだ彼女の根は深い。
 ああ、面倒くさい。


 ひとまず気持ちを切り替えて俺は休日を楽しむことにした。
一人分の昼食を作り食べ終えた後、何をすべきかまず考えて「シェスタしかあるまい」の結論に至る。昼寝、おお昼寝。当たり前だったはずなのに今では至福の高級タイム。
 ふかふかのソファーに寝転び、肘掛を枕に睡眠へと没頭する。そう、これ、これだ。この就寝時間以外に眠る贅沢と喜び。これがあるから……Zzz。

「出てこーーーーーーーーい!!」

 ぁ?
 窓の外から安眠妨害としか言いようのない糞の声が聞こえる。
「出てこーーーーーーーーい!!」
 じゃまだうるせえ、眠らせろ。呼ばれてんの誰だよ早く出て行って黙らせろよ。
「ダルキー・アヴォガドロ! 出てこーーーーい!!」
 ……ぁあ?
 面倒かつ億劫に思いながら、窓際まで歩いて地上を見下ろす。
 そこには見覚えのあるバカの顔があった。
 たしかアイアン某。
「フッ! 見つけたぞ! ガイジン、いやダルキー・アヴォガドロ! ここであったが百年目、お前を倒して雪辱を晴らし! 依頼も完遂させてもらうぜ! 一ヶ月の特訓でパワーアップした俺の力をって!?」
 ヒダルカミ起動と同時に窓から飛び出し地上へと落下、運動エネルギー吸収で減速、着地と同時にアイアンをロック、運動エネルギーを吸収して動きを鈍らせ、肉薄、どてっ腹に蹴りをぶち込み、悶絶したところに右のフックと左のアッパー、ラッシュ、成長溜まったので「――食い漁れ ヒダルカミ」運動エネルギー吸収、動けない相手をボコる、ボコる、最後に刀身を押し当て「――暴食反転――」運動エネルギー放出で地面に叩きつける。終了。
「よし、終わった。寝る」
 糞かったるい、眠い、服汚れたから着替えないといけないのも面倒くせえ。
「お、……お、い。ま、て」
 鬱陶しい、まだ生きてたか。
「休日に仕掛けてくんな阿呆が」
 仕事ならまだしも休みの邪魔すんじゃねえよめんどくせ。
 頚椎に踵落とし叩き込んで意識をぶっ潰す。
 完全に落ちたのを確認してマンションに戻る。
 よーし寝るぞー。


 午後5時。三時間ほどのシェスタに多少の物足りなさは感じつつも気分は爽快。
 もう日も暮れはじめだが、夕食の材料を買い出しに行かなきゃならない。出かけるのも面倒だけど仕方ない。こんなことなら昨日もっと買い込んでおくべきだった。
 マンションを出るともうアイアン某は落ちていなかった。誰かが片したのだろうか。
 しかし俺のシェスタ中にあいつが起きて、寝込みを襲ってこなくて良かった。
 そしたらいよいよ殺さなきゃならないところだった。
 まあどうでもいいかと思いつつチャリに乗って買い物に出る。……んー、やっぱバイク送ってもらうか。

 食材をマーケットで買い込み、帰宅の途につく。
良い鶏肉があったから今夜はこれをトマト煮込みにでもしようか、と夕飯の献立に思いを馳せていると、前方に見覚えのある男が立っている。
 再びアイアン某ことバカの顔。
「フッ、さっきは貴様の卑怯な奇襲戦法にしてやられたが今度はそうはいかねえ! 貴様は今! 棺桶に上に乗っているぞ!」
 その言葉と共に乗っていた自転車が高速でスライドする。
 咄嗟に車上から飛び退くが、自転車はそのまま車道に飛び出し、通りかかったトレーラーに轢かれて全損した。
 もちろんディナーの食材も。
「フハハ! 逃げるのが上手い奴だ! だが次は逃げられ」

 中略

「いい加減にしねえと本気で息の根止めるぞ糞馬鹿」
 足元でボロボロになって痙攣しているバカを見下ろして吐き捨てる。
「お、おま、あきらかに、一ヶ月前より、おかしい、つよい」
「知るか呆け」
 しかし、昔に上司にも言われたっけか。「あんた、明らかに休みの方が戦闘力上がるわよね」とか。どうでもいいけど。
「失せろ、俺の休日の邪魔をするな」
「フ、フフ、それは出来ん相談だな」
 ボロボロで地面に転がったまま、やたらカッコイイ表情でアイアン某は喋る。うぜえ。
「殺し屋としての俺は、貴様を倒さない限り前に進めねえ、足踏みばかりだ。だから貴様をブッ倒し! ターゲットをブッ殺し! 依頼を完遂して! 初めて俺は前に進めるんだからな!」
 成功率0%なんだからずっと前から足踏みしっぱなしだろうが。俺とウルカさん絡めるなや。
 ……ん、依頼と言えば。
「お前、聞いてないのか?」
「何がだ?」
 俺は携帯電話を取り出し、カルラに連絡をとる。で、軽く事情を話した後に携帯をアイアン某にパス。
「何のつもりだ……っおお! 依頼人じゃねえか! 任せろ、この護衛を始末し、お前の妹を……え? 『それなし』? 『キャンセル』? 『もし妹に手を出したらぶち殺すぞソテツ野郎が』ってどういう…………」
 こちらにも聞こえるくらいブツッと勢いよく通話は切れた。
 俺は放心しているアイアン某から携帯を回収。
「そういうわけだから、帰れ」
「いや、待て、しかし」
「帰れ」
 それだけ言って俺はマーケットへと踵を返す。また食材買わにゃならん、面倒くせえ。
「ぐ、く、うぅ……」
 後ろから悔し泣きのような声が聞こえるが面倒なのでパス。
「お、覚えていろ! 次こそ必ずお前を倒してやるぜ!」
 捨て台詞が聞こえてきたが面倒なのでパス。
「う、うぅ……うぉぉぉおおおおおおおおお!!!」
 泣きながら走り去る声が聞こえたが面倒なのでパス。
 さーて、夕飯の買い物だ。


 バカに襲撃された翌日、つまりは俺の休日二日目。
 俺は朝食を食べてから、荷物を担いで海へと出掛けた。
 この国に来た時も思ったが、この辺りの海は非常に綺麗だ。昔は真っ黒な汚い海だったそうだが、この学園都市を作る過程で異能も含めた水質浄化を行い今の綺麗な海になったらしい。サマーシーズンには学生達もこの海でよく泳いでいるそうだ。
 今はもうオフシーズンなので流石に海水浴客の姿はないが、桟橋には俺と同じ目的の人間がちらほらと見え、皆が思い思いに竿から糸を垂らしている。つまりは釣り人。
 俺もケースからロッドとリールを取り出し組み立て、餌をつけて海に向って振り下ろした。
 ポチャンという着水音の後、あとはオレンジ色の浮きがプカプカと水面に浮かぶ。
 俺は折りたたみ式の椅子に腰掛けて、ぼけーっと浮きを眺める。
 この街に住み始めてから、一度こんな風にまったりと釣りを楽しみたいと思っていた。この海は地中海とは気候も美しさのベクトルも違うものの、こうして綺麗な海に釣り糸を垂らして無心でいると、日ごろのストレスが落ちていく気がする。
 これだ、これこそ休日の……って昨日も考えた気がするなこれ。
 そんなゆったりとした時間が三時間くらい過ぎると、ランチタイムが近いためか他の釣り人達の姿は見えなくなっていた。俺も何匹かの釣果があったので、帰ってこれを昼食にしようかと思っていると……奇妙な匂いを嗅いだ。
 潮の匂いとは異なる鉄臭さ、それと香水の甘い匂い。
 どこからそんな匂いがするのだろうと視線を巡らせようとすると、
「釣れるかしらん?」
不意に後ろから声を掛けられた。
 一瞬、俺はその声に反応できなかった。いや声掛けられるまで気配がなかったとかそういう戦闘系の話ではなく、その台詞と声音にどうしようもない『違和感』があったからだ。
 恐る恐る後ろを振り向くと、
「あら、大漁ねぇ。美味しそうなお魚だこと」
という台詞を、香水をたきしめ、化粧をした成人『男性』が口にしていた。
 いわゆる、あれだ。
 オカマだ。
 オカマに絡まれた。
「あらやだ。固まらないでほしいわねぇん。私、こんなだけど性癖ノーマルだから怖がらなくていいわよん?」
「何か、ゴヨウでしょか?」
 相手の言葉が日本語だったので、こちらも日本語で応対する。
「あ、そうそう。ちょっと聞きたいのだけど、あなた、ダルキー・アヴォガドロちゃん?」
「……ええ、まあ、そうです」
 名前を呼ばれたことに対する警戒から、そしてちゃん付けで呼ばれたことに生理的嫌悪感から俺はいつでも戦闘体制に移れるよう準備する。
 前回、似たようなパターンで最終的にはカルラと戦闘になったし。
「私の名前は榊芳春、双葉学園の中等部で教師をしてるわん」
 ヨシハルという案外普通の名前だったこととこんなので教師だということのどっちに驚けばいいか悩む。
「それで私、白東院潤香さんの担任なのよん」
お前担任かよ!?
 辛うじて声には出さなかったが最大の驚きに心の中では思い切り突っ込んでしまった。学内のことはあまり把握できていなかったが、よもやそんなことになっていようとは。
「ウルカさんの担任が、なにか?」
「あの子の保護者、今はお姉さんとダルキーちゃんでしょぅん? それでちょっとお話聞きたかったのよん。あの子、段々と明るくなってきているけどまだちょっと壁があるみたいで……」
 ああ、なるほどそういうことか。ウルカさんが例の用紙を提出しなかったことが要因だろうか。
 心配になって休日に足を伸ばしたのだとしたら、見た目にしてはまともな教師だ。でもちゃん付けやめろ背筋凍る。
「よくここにいるのがわかりましたね」
「携帯にかけてみたけれど繋がらないし、マンションまで行ってみたのだけれどお留守だったみたいだから、散歩がてらに探していたら偶然見つけたのよん」
「ああ、それはすみません」
 そう言えばウルカさんの緊急時の連絡先で俺の住所と携帯電話の番号も登録しておいたんだったか。……釣りに没頭したくて携帯電話の電源まで切ったのはやりすぎたか。本当の緊急時の前に問題に気づけてよかった。
 まぁ本当の緊急時は連絡されるまでもなく俺も傍にいる気がするけど。
「それで、お話伺ってもよろしいかしらん?」
「ええ、構いません。ですが……私で保護者役になりますかね?」
 暗に、姉のカルラに聞いた方がいいのではないか、というニュアンスで尋ね返す。
「十分だと思うわよん」
 なぜそう思ったのかはわからないが、この教師は俺でいいと判断したらしい。
 そうして野外の家庭訪問は始まり、俺は教師ヨシハルの質問(家での様子など)に答えていく。彼は聞きながらメモを取っており、真剣に生徒に対して向き合う教師なのだと分かる。見た目は教育者らしからぬが。
 同時に俺の方も学校でのウルカさんの様子を聞くことが出来る。姉のカルラは学部が違うし、何よりあいつの場合はどこかしらバイアスが掛かる。
「榊センセイは、ウルカさんの家庭環境について、どのくらい、ごぞんじですか?」
「大まかに、っていうところねん。教師がこんなことを言っていいかはわからないけれど、あまり好ましくない環境だったのは知ってるわん」
「ええ、その影響もあって前は友達もいなかったみたいです。でも、この学園ではすぐに仲の良いクラスメートが出来たみたいで」
「美鈴さんねぇん。双葉学園には白東院家以外にも異能関連の名家って多いけどあの子もその一人ねぇ。でも、そういうこと関係なくみんなに愛されてるし、あの子もみんなが好きなのよ」
 そう言う彼の顔は微笑ましそうだ。……オカマじゃなければいい先生なんだろうけどなぁ。
「ダルキーちゃん、家の方では潤香さんについて何か変わったことないかしら」
「そうですね、もう解決した話ですが殺し屋に狙われたくらいですね」
 殺し屋送ったのが今は仲良し?の姉カルラだし、殺し屋と言うより噛ませ犬の類だったが。
「怖いわねぇ。無事でよかったわ」
「ええ。フリーのチンピラみたいな相手でしたから私で何とかなりました。これが『水没竜王』や『鉄血最小』みたいな猛者だったら私の手に負えなかったかもしれませんが」
「あら、ダルキーちゃん。『鉄血最小』は殺し屋じゃなくて護り屋よん? しかももう廃業してるわん」
「ああ、そうでしたね。日本国内のデータはまだ覚えきれてないもので」
 やっぱりこの異能の学園の教師だけあって、色々と国内の仕事屋についても把握しているらしい。
 その後も十五分ほどかけてウルカさんのことについて話し合った。ヨシハルはできた人物で、オカマでなければ普通にいい教師なんだろうけどなぁと何度も思った。
「ありがとうねぇ、お陰で助かったわぁんダルキーちゃん」
「いえ、こちらこそ。でもちゃんはやめてくださーい」
 握手などして礼を言い合う。
 さてそれじゃちょっと遅くなったが釣り道具をしまって帰ろうかなどと思っていたら、
「見つけたぞ! ガイジン野郎!」
 昨日こっぴどくぶちのめしたはずの馬鹿が堤防の上からこっちを見下ろしていた。こっち見んな。
「フハハハハ! 今日は昨日のような汚い手に破れはしねえ! パワーアップした俺の実力を見せてやる!」
「……依頼は解約されたはずだろうが」
 思わずイタリア語で毒舌を吐く。
「そんなもん関係ねえ! てめえへの復讐は俺の自由だ!」
 傍迷惑な自由だ。
 って昨日は気づかなかったけどこいつイタリア語わかるのかよ、残念な知性の持ち主の癖に。
 ……そういや残念と言えばカルラも残念だったけどイタリア語喋れたな。この国は残念な人間ほどイタリア語習熟率高いのか?
「ねえダルキーちゃん、この子何者?」
 馬鹿とは初対面のヨシハルが尋ねてきたので日本語で簡潔に答える。
「前にウルカさんを狙ったフリーのチンピラ紛いの殺し屋ですよ」
「あらやだ」
 ヨシハルは体くねらせてオカマ特有のお困りポーズしながらそんなことを言った。
「おい、そこのオカマなにもんだ?」
 っと、そこでようやくヨシハルの存在に気づいたのか馬鹿が誰何を問う。
「私? 私は潤香さんの担任教師の榊芳春よん?」
「フンッ、センコーか。巻き込まれたくなかったらさっさと尻尾巻いて逃げな!」
 恫喝するように声を荒げ、馬鹿は両腕を振り上げる。
 それに呼応するように、桟橋に留まっていた漁船が馬鹿の異能で浮かび上がった。
「どかねえとそこのガイジンと一緒に叩き潰すぜ!」
 こいつ結局ヒダルカミの対策打たないままぶつかってきたな、と思いつつも俺はヒダルカミを抜く準備をする。さて今から最大駆動までの時間稼ぎに何をしたものかと考えて、
「そう言われてもねぇ」
 ヨシハルが動じるでもなく、科を作って頬に手を当てたまま、そこに不動で立っていることに気づいた。
「私、教師だから学区内での荒事って無視できないのよねん」
 ヨシハルが言うと同時に、浮かび上がっていた漁船が水面へと戻った。
「あ?」
 馬鹿は再度漁船を浮かび上げようとするが、すぐに戻る。
 その様は以前俺がやったこととよく似ていたが、あれとは違い何かに引っ張られて戻っている印象を受ける。注視すれば漁船の船底には黒い何かが付着し、周囲には鉄の匂いが漂う。
 そう、鉄の匂い。先刻、ヨシハルが現れる前に嗅いだ匂いが、より強く周囲に香る。血の匂いかと思ったが、その後の光景を見てそれが純粋な『鉄』の匂いだと理解した。
「とりま漁船はやめときなさいな。持ち主の人に迷惑が掛かるし弁償するのも大変よん?」
 ヨシハルが言うと同時に、水音を立てて水中から黒い砂が大量に出現する。
それは砂鉄の群れ。水底から這い上がってきた海底砂鉄が、ヨシハルを中心に桟橋の上に敷き詰められていく。
 磁力操作、ではない。そんなエネルギーの気配は感じないし、俺が持つ金属製の品々も無反応。だからあれはきっとアイアン同様に鉄元素限定のテレキネシス。ただし、同時にいくつ動かしてるか数えるのは面倒くさくて絶対にやりたくなさそうな数。血にも似た鉄の匂いを振りまきながら、統制のとれた群体やスライムのように、無数の砂粒ほどの大きさの鉄、最小の鉄が動いている。
「あ」
 その光景に、俺の記憶に埋もれていたある情報が掘り起こされる。
「……フ、フハハハハ! それがどうした! 俺の念動パワーに比べれば! 砂粒をいくら集めても足しにはならねえぜ!!」
 アイアンは漁船の代わりに、岸に放置されていた錆びた錨をテレキネシスで射出する。その最大速度は以前よりも速く、言葉に偽りなく以前戦った時よりレベルアップしている。
 俺はヒダルカミを抜かない。最大駆動を打つ準備が整っていないのもあるが、そもそも抜く必要がないと判断。
 あれは届かないとわかっている。
 なぜなら、俺の隣にいる男が誰なのかを理解したから。
「あ、それなら迷惑掛からないからオッケーよん♪」
 ヨシハルは指を鳴らすと、足元の砂鉄が動いた。
 リボンのような帯状に集合変形した砂鉄は、全体を震わせながら高速で宙を駆ける。
 そして、接触した瞬間に火花を散らして錨を八つ裂きにした。
 砂鉄の群れは電動糸鋸のように、けれども遥かに勝る速度で動いている。
「おおおおお!」
 それでもアイアンは錨の残骸の中で最大の物を再度動かしてこちらに飛ばすが、今度は巨大な手のように変じた砂鉄がそれを容易くキャッチしてしまう。
 同じ鉄元素使いだが、両者の格の違いは明らかだった。
「速度や対象変更の手際からすると筋は悪くないわねぇん。若いから伸びしろもあるし、真面目に訓練すれば一線級になれるわよん」
「なんだ、何なんだよ! このオカマ!? なんでパワーアップした俺がこんなにあっさり!」
 アイアンが理解不能の事態に泣きが入りながら嘆いている。無理もない。パワーアップしてリベンジしようとしたら、無関係なオカマに圧倒され、しかもそのオカマが全く同系統の異能を持っているんだから。同じ立場だったら俺もすごくやだ。
「おいガイジン! このオカマは何だ! お前の仲間か!?」
 仲間ではないが、振られたなら教えておこう。俺も気づいたのはついさっきだが。
「アイアン。お前、殺し屋を目指してるなら名うての異能力者の名前はいくつか知っているだろ?」
「もちろんだ! あと俺は殺し屋目指してるんじゃなくて殺し屋だ!」
「じゃあ四文字熟語の異名を持つ日本人の猛者を何人か挙げてみろ」
「えーっと、『水没竜王』涙目くじき、『赤熱庭園』塩谷鋼滅、『罪業十字』天津裁奇、『鉄血最小』榊芳春……あ」
 はい正解。EADDや殺し屋の属する異能界隈でも結構な猛者。鉄元素――砂鉄使いの護り屋、『鉄血最小(ビスマルク)』の榊芳春。まさか廃業して教師をやってるとは俺も知らなかった。
「ねぇ~ん、そんな殺し屋や殺人鬼と並べられると私の名前まで物騒に見えちゃうんだけどぉ?」
 オカマだということも知らなかったし知りたくなかった。
「ちょ、ちょっと待てよ! 何であんたみたいなエキスパートが教師やってんだよ! 殺し屋とか暗殺者とかヒットマンとか、もっとすげえこといろいろ出来るはずだろ!?」
 全部同じだな。
 その発言に対するヨシハルの解答は、
「教師の仕事が楽しいからに決まってるでしょン? 子供達が学んで成長していく姿って見てて感動するわよ?」
 と戦闘力や口調、見た目とは無関係に教師らしい答えだった。
「そ・れ・よ・り。あなたはどうして殺し屋になろうとしてるのん?」
「なろうとしてるんじゃなくて殺し屋なんだよ! ……まだ一人も殺せてねえけど」
「それで、どうして?」
「……俺が異能力者で、殺し屋になるのが一番カッコいい生き方だからだよ。国にあれこれ言われながらラルヴァ狩るのも、組織に入って歯車になるのも真っ平御免だ。俺は一人でカッコよく生きていける男になりてえんだよ!」
 まるで「俺はサラリーマンになんかなりたくねえ!」と言ってロックに走る高校生のような言動。社会に反抗したいだけの未熟な精神と言ってしまえばそれだけだが、こういうタイプの人間はイタリアにもそれなりにいた。まぁ大概は大人に言いくるめられ、抗争の駒にされて使い捨てられる存在だった。
 そういえばこのアイアン、何歳くらいだ? 俺よりは年下な気がするが。
「あなた、何歳?」
「14歳だよ、それがどうした」
 ……14歳。
 14歳!?
 想像よりも大分低かった。ていうかウルカさんと一つしか違わなかった。
「双葉学園のスカウトはどうしたの? 異能が発現したら来るはずだけれど」
「蹴って逃げてやったよ、国がラルヴァと戦う兵士を育てるための学校だって聞いてたからな!」
 そりゃまた一面的な情報だな。間違いと言い切れるほどじゃないが。
 異能の制御法や知識を教えるってのは、そういう化物退治の為面もあるといえばあるわけだし。
 さて、教師ヨシハルはこれにどう返す。怒るか、否定するか。
「わかったわ。あなた、双葉学園に編入なさい」
「「はぁ!?」」
 やばい、アイアンとハモってしまった。
 いやしかし何を言ってるんだこのオカマ。
「話聞いてたのかよ! 俺は一人で生きていけるカッコいい殺し屋に……」
「そんなことは一人で生きていける力を身につけてから言いなさい! あなたはまだまだ未熟よ! このままではすぐに死んでしまぅわん!」
 ピシャリと言い放つオカマ。
「だから今はこの学園で学びなさい。戦う術も生きるのに必要な知識もこの学園では教えているわ。まずはそれを身につけてから独り立ちなさい。そこから先は自由よ、殺し屋はオススメしないけれどねん」
「「…………」」
 アイアンの発言を肯定した上で「利用してその後の人生に生かせ」と言い切った。まるで「学校とはそういうもの」と言わんばかりに。
 このオカマが特別ヘンな人物なのか、それともこの学園の教師はこういう人材が多いのだろうか。
「元殺し屋を入学させていいのかよ」
「誤魔化すわ。それにあなた、まだ誰も殺してないんでしょ?」
「……金もないぞ、親はもういないしな」
「奨学金制度は完備されてるわね。保証人には私がなってあげるわ」
「…………勉強も」
「私が個人授業で教えてあげてもいいわ」
「………………一つ条件がある」
「なぁに?」
「あんた、俺と同じタイプの異能なんだろ? だったら、異能の使い方もあんたが教えてくれ。きっとその方が上達する」
「勉強とセットでなら教えてあげる」

「……よろしく師匠」
「先生と呼びなさいよぅ」

 さて。
 途中から俺が完全に空気なんだがいつごろ退散すればいいですかね?



 後日、と言うかその日の夜。
 帰ってきたウルカさんに聞いてみたところあの教師、生徒に厳しくも優しい良い教師として普通に評判らしい。オカマなのに。
 また、結局合宿もといお泊り会に参加してもウルカさんの異能は目覚めなかったらしい。まぁ気長にやればいい。カルラがウルカさんの異能のためにアイアンボルト差し向けた結果として今回みたいな顛末に俺が巻き込まれたわけだし。お陰で休日が半ば台無しだったのを俺は一生忘れない。
 ちなみに夕食のメニュー、釣った魚と買ってきたムール貝で作ったアクアパッツァは好評だった。

 後日の後日。
 ウルカさんから聞いた話によると一つ上の学年にアイアンボルトが編入したらしい。当たり前だが普通の名前で編入していたそうだ。ウルカさんの担任のオカマがよく面倒を見ているらしい。
 さてここで一つ問題がある。あの馬鹿、もといアイアンボルト。オカマに稽古つけてもらっているらしいのだが、ちょっと強くなるたびにいちいち俺のところにリベンジに来るのである。オカマも止めるでなく「相手してあげてねん♪」などと抜かす始末。
 かくして週一の頻度で襲撃してくる馬鹿を撃退する作業が俺の仕事に追加された。
 今の気持ち、一言で言えばやっぱりこうなる。

「……ダルい」

FIN
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。