【魔剣領域BladeZoneⅣ-Ⅲ】


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

【魔剣領域BladeZoneⅣ】 赤い帽子の少女 Ⅲ


 ・白東院迦楼羅

 妹が生まれたのは、私が双葉学園に入学してからのことです。と言いましても、その頃の私はまだ四歳。小等部以前、幼稚園保育園に当たる学園施設に入りましたから、入園と言うのが正しいかもしれませんね。
 その日、私が学園都市内の別邸に帰ると、当時の使用人が妹――潤香さんが生まれたことを伝えてくれました。
 最初にそのことを聞いたときは、お母様がお産みになったと思っていました。
 けれど、潤香さんを産んだのはお母様ではなく、他の女性だと実家に帰ってから知りました。当時の私は正妻や愛人、いわゆる二号さんのことがよくわかっていなかったので、よくわからないままに妹の潤香さんを可愛がることにしました。
 普段は学園で暮らしているので会えませんが、お盆や年末年始に家に帰ったときはよく話したり、カルタで遊んだりしていました。潤香さんは物静かで大人しい子でしたが、私はそのことを深く考えませんでした。
 潤香さんも早く学園に入学すればよろしいのに、なんて思いながら十年と少しが経ちました。ようやく念願叶ったのか、潤香さんが双葉学園に入学することになりました。
 私はとても喜びましたが、直前になって不安にもなりました。
 十年以上学園都市で暮らした人間として、この街がいかに危険やトラブルと隣り合わせ……どころか背中合わせの街だとは知っていました。異能という自衛能力を持つ生徒は多いですが、それでもトラブルに対して万全ではありません。ましてやこれから入学する潤香さんは異能に目覚めそうなだけで異能に目覚めてはいません。
 このままでは少し危険かもしれない。
 そう思い、私は少し荒療治な方法で潤香さんの異能を目覚めさせることにしました。
 私が潤香さんを守ってあげなければ、そう思って。
 まぁそれはダルキーさんに阻まれて失敗して、その後に私自身もダルキーさんに敗れました。
 最初は何て邪魔な奴だろうと思いました。
 ですが、後になって潤香さんを守っていたのは私ではなく、ダルキーさんだと知りました。
 私は、潤香さんを助けていなかった。それに気づきもしなかった。
 私はようやく潤香さんの置かれていた環境を知りました。
 私は怒り、お父様と電話越しに口論しました。
 そのときの私は、きっと今までで一番怒っていました。
 何に怒っていたのでしょう?
 潤香さんを冷遇したお父様でしょうか?
 何もしなかったお母様でしょうか?
 それとも、何も気づいていなかった能天気で愚かな私自身でしょうか?
 ともあれ、私はお父様との口論の末、家を出ることにしました。これからは潤香さんと一緒に暮らそう、と。
 今度こそ、私も潤香さんを守ろう、と。


  †††


 私は潤香さんとダルキーさん、ナス野郎と一緒に針山市という町を訪れました。
 それは今日が潤香さんのお母様の命日であり、この町にその方のお墓があるからです。
 実を言えば、私はその方にお会いしたことがありません。
 病弱な方だったらしく、潤香さんをご出産なさった後はずっと伏せっていたそうで、私は会うことができませんでした。そして病床についたまま、潤香さんがまだ幼いうちに亡くなったそうです。
 学園に入っていた私はお葬式に呼ばれず、その方が亡くなったことを年末に帰省してから知りました。
ひょっとすると、お父様はお葬式をあげなかったのかもしれません。
 そういうこともありえる、と思うくらいには今の私はお父様を信用していません。
 ただ、その方のお墓はちゃんと白東院の墓所に置かれているらしいので、それは良かったと思います。
 ……もしかしたらご本人にとっては良くないかもしれませんが、私は潤香さんのお母様の人となりを知らないのでそこは判断がつきません。
 ともあれ、私達が向かっている墓所は白東院の墓所です。それと同時に、『他の分家』の墓所でもあります。
 私の実家である白東院家は元々或る家の分家で、同じような分家が他にもあります。何百年という歴史の中で元々の家が無くなり、分家だけが残りました。
 分家同士は仲が悪かったり逆に婚姻関係を結んだりと色々あったようです。私のお母様は他の分家、朱門(シュモン)の生まれです。
 そんな少し複雑な親戚関係ですが、分家の墓所は共通でこの針山市にあります。なぜ各々のホームタウンではなく、この町に墓所を置いているのか、その理由は私も存じません。
 ですが、親戚のお墓が一箇所に集まっているのは便利と言えば便利です。ものはついでという言葉もありますので、潤香さんのお母様のお墓を参ったら朱門のお婆様とお爺様のお墓も参ることにします。
 と、思っていたのですが……。
「あらあら」
 つい今しがたまで私の先導で墓所に向かい、後ろには潤香さん達も着いてきているように見えたのですが。
 気づけば私一人しかおらず、道も墓所に向かう道ではありません。
 まるで私一人迷子になってしまったような状況です。
 けれど、その過程におかしい部分が多々あるのでこれは私が自分で迷ったのではなく、迷わされたのだとわかります。ええ、断じて迷子ではありません、迷わされたのです。
 人でもラルヴァでもこういう類の幻術を使う輩は少なくありません。
 しかしそういう輩は大抵小細工する能しかもっていないクズヤロウなので、他に戦闘力に秀でたものと組むことが常だ。
「こんな風になぁ!」
 “アタシ”はすぐさま思考を『殺し合い』へと切り替え、左手に陰摩羅鬼を顕現。後方に潜んでいたソレを呪いの光矢で撃ち抜いた。
 ソレは光矢を避けようとするが避けきれず腹に食らい、続く一射で額をぶち抜かれ、無様に地面を転がって屍を晒した。
 息絶えたソレは何と言うか、バケモノだった。より詳しく言えば狼に似た肉食動物の頭と下半身、猿に似た上半身を持ったバケモノ。獣型(ビースト)か亜人型(デミヒューマン)で言えばビースト寄りかねェ?
 どっちつかずの身体構造のせいか速度は遅い。特殊能力の類も無いと見た(あるとしても牙や爪に毒がある程度か?)。生き物としては出来損ない。普通に生きていたら生態系を構築する前に絶滅する類。知性もあるようには見えない。
 そこまで分析して、再度続けて呪いを放つ。
 物陰の第二第三のバケモノがそれぞれ心臓と脳天を射抜かれてくたばる。
 弱いが、数は多い。
 と、ここで最初に殺したバケモノに変化があった。
 体が爪先や頭といった端っこから光のチリになって消えていく。その光は魂源力の光によく似ていた。
 これまでの所見で考えてこいつらが死んだら非物質に分解されるようなエレメントや高等ラルヴァには見えねぇ。と、なるとこいつらの正体もあらかた予想がついてきた。
「使い魔だな」
 使い魔ってのは、そういう芸当に特化した魔術系異能力者が自身の魂源力を消費して作る擬似生命体。主に三種に分類され、動物の死体に魂源力を混ぜて作るタイプ、魔術式に沿って一から自分の魂源力で作るタイプ、先祖伝来の使い魔を引き継いでいくタイプがある。
 機能停止後にすぐさま魂源力に分解されるところを見ると二番か三番に近いが、この程度の完成度の使い魔を伝える意味もないから二番だな。
 チビ会長のトラネコと比べると良く分かる。この使い魔共は弱いし、粗が目立つ。後世に伝えられる家宝の使い魔の域には程遠い。
 しかし、ラルヴァの襲撃でなく人間の魔術師が関わっているとなると、アタシの分断も含めて計画的なものか。
 今頃、潤香の方も襲われてるかもしれねえ。
 となると、こんな調子でポンポン出されても鬱陶しい。さっさと術者を仕留めるのが最良なわけで、
「ぶっ殺しにイクかよ」
 また目についた使い魔をぶち抜きながら、アタシは使い魔の主人の姿を探した。


 ベアトリス・ハイランダー(<使い魔>の魔女)

「察しの良いお嬢ちゃんさね」
 視線の先には、あたしが身を隠している衣料品店に置かれていた大きな姿身がある。
 けどそこにあたしは映ってなくて、代わりにあたしの相手のお嬢ちゃんとその周囲の景色が映っている。お嬢ちゃんをこのエリアに誘導したのと同じ、<鏡>の魔女のサポートさね。
 お嬢ちゃんは凄い形相しながらあたしの撃った使い魔を射殺している。
「もうこれで20。追加発注がいるさね」
 あたしは手にしたフリントロック式に似た形状の大型マスケット――魔剣巨銃ベヒモスを構えて、撃った。
 銃口からは今しがたお嬢ちゃんにやられたのと同じ型の使い魔が飛び出す。
 一般的な使い魔作成と比べてベヒモスの使い魔は非常にお手軽。
 祖母ちゃん――あたしの前の所有者が言っていたクッキーの例えが非常に分かりやすい。
 あたしの魂源力が生地、ベヒモスがクッキーの型抜き兼オーブン、引き金を引くと型抜いて焼き上げて出来上がり。とてもイージー。
 同じ工程を十度繰り返して、十匹の使い魔が生まれる。
 そいつらは生まれた端から店外……お嬢ちゃんの下へと駆け出していく。
「戦力の漸次投入だけど、こればっかりは仕方ないさね」
 お手軽で早く、事前準備も要らない代わりにベヒモスの使い魔は完成度が低い。撃ち出す瞬間に念じた作業しかしてくれない。複雑な命令も受け付けない。命令以外の行動で出来るのは自衛行動のみ。用が済んだら消える。
 だから「あのお嬢ちゃんを探して倒せ」と命じると、数が揃う前に一匹ずつ飛び出していく。あのお嬢ちゃんレベルが相手だとこの使い方は時間稼ぎにしかならないね。
 第一波の連中に命令していた「お嬢ちゃんがこのポイントに到達したら攻撃しろ」という指示が無駄になったのが痛い。
 けどそれよりも問題なのが、この戦いの内容。
 銃と弓の戦い。心躍る組み合わせだと思っていたものの、始まってみれば凡戦だ。
 あのお嬢ちゃんが弱いわけじゃない。むしろ強い。ただし戦いの内容がつまらない。
 あたしはひたすら使い魔を出し、お嬢ちゃんは使い魔を撃ちながらあたしを探す。それの繰り返し。まるでモグラ叩きであまり楽しくない。
 この戦い、このまま行けば最終的には魂源力が尽きた方の負けってことになる。
 ソレは別に構わないけど、消耗戦なら消耗戦なりに頭脳と技巧を駆使したい。
「……ちょっとした工夫が必要さね」


 白東院迦楼羅

「……ァ?」
 30匹ぶち殺したところで使い魔共の動きが変わった。
 露骨にアタシから距離をとって近寄ろうとしない。このままだとジリ貧と見て手を変えたか。
 しかし、さっきから街中で戦っているが人の姿が皆無だ。日曜日のこの時間帯に店舗含めて人がいないってのはアリエナイ。
 となると、この人払いも敵の手の内か。
 ここで問題なのは、人払いが誰の仕業かってこと。今アタシと戦ってる使い魔野郎が人払いしようとすれば自然と荒事になるし痕跡が残るはず。それがない。
 アタシをこの戦域に誘導した野郎がやったにしても能力に違和感がある。
 可能性が高いのは三人目、人体操作か精神操作に特化した奴がいてそいつが人払いしたって方向。つまり相手は三人組の異能集団。
 まだ少し腑に落ちない。使い魔集団、空間(あるいは幻覚による視覚情報)操作、人体操作。これらの能力はいずれも、これぞという攻撃性に欠ける。どれもサポートや脇を固める能力だ。使い魔野郎にはまだ奥の手がありそうだが、そうであっても攻撃性に特化したアタッカーがいる方がバランスは良い。アタシや学園の討伐隊編成なら、そうする。
 だから相手は四人組で、アタッカーはここにいない。潤香とダルキーのところに向かったと見るべき。
 ここに人がいないのも、そっちへ回ったからって可能性が高い。
「早く済ませなきゃならない理由が増えちまったな」
 ダルキーでもそれだけの戦力差があったらヤバイ。あいつ一人じゃ……あ、そういや糞ナスもいたナ。
 ひょっとしたらあいつが何かの拍子にアタッカーを一人で撃退した可能性も……ネーヨな。
 やっぱりアタシがちゃっちゃとここを片付けるしかネェ。
「……!」
 アタシの周りの建物、その影のそこかしこから使い魔の気配がする。囲まれている。だがこれまでみたいに短絡的には襲ってこない。まるで、何か機会を待っている。
「ニャア」
 不意に、路地裏からテコテコと一匹の野良猫が寄ってきた。
 猫と言えば学園都市にも大量にいたな、と思いつつ……寄ってきた猫の足を呪いで撃った。
 猫は転倒し、そこに転がる。
 猫は何が起きたかわからずにニャアニャア鳴いているが、特におかしな点はねえ。
「仕込みかと思ったが、気のせいかョ。鳴くな。今解除して」
 瞬間、背筋に悪寒が走る。
 まるで暗闇で背後を取られたときに似た、心臓が軋む感触。
 ヤバイと考える頭に体が反応するより早く、ソレは飛び出した。
 猫の首の毛の中に埋まっていた、カミキリ虫ほどの大きさの使い魔が飛び出し、アタシの足に噛み付いた。
「チィ……!」
 光矢を装填したまま弓を振り、直接足に食らいついていた使い魔をはたき落とす。
 小型の使い魔はすぐさま絶命し、塵になって消え去る。
 同時に、傷口から血が噴き出した。この傷、深い。
 サイズを変えられるのか、と吐き捨てる前に状況が動く。
 周囲に隠れていた使い魔共が、機を見たとばかりに一斉に飛び掛ってきた。
 その数、14。1匹ずつ撃っていては間に合わず、足がこの状態では掛けることも出来ない。
 だったら、
「一匹ずつ撃たなけりゃいいだけだろうがァ!!」
 陰摩羅鬼に20本の光矢を一度に番えて、使い魔の一角に水平に撃ち放った。
 群を成して飛んだ矢は百発百中とは行かなかったが4匹の使い魔を一度に仕留めた。
 残る10匹に対しても、同じように矢をばら撒いて対処した。

 都合四度の水平斉射を終えて、アタシを囲っていた使い魔共を全滅させた。
 だが、この状況は上手くない。と言うよりも……さっきまでとは桁違いに厳しい。
「糞ガッ、無駄に魂源力使わせやがって……」
 20本を一度に斉射するのに必要な魂源力は1本ずつ20回撃つよりも消費が激しい。数字にするとアタシの魂源力を1000とすると通常の光矢はおよそ2消費する。対して20本分の斉射は80消費し、それを四度行って消費は320。1匹ずつなら2×14の28消費で済んだことを考えると無駄遣いなんてレベルじゃねェ。
 そして、それ以前の光矢や戦闘行動と合わせてアタシは既に400近い魂源力を消費している。残り600の魂源力。150消費の最大駆動で数えればあと4発撃つとアタシの魂源力を使い切る。この戦いが本質的には持久戦であること、今の襲撃でアタシが足に傷を負ったことを踏まえると、腹が立つくらい分が悪くなった。
 このままジリ貧になるくらいなら……
「賭けに出るか、ヨ」



 ベアトリス・ハイランダー

 他人の魂源力の多寡は、そういう異能を持つか、相手の魂源力が余程威圧的か、バトル漫画のオーラのように目に見えるタイプでなければ普通は分からない。
 けど、経験則で推測することは出来る。あのお嬢ちゃんみたいなタイプは、普段は定格出力が定まっていて、そこから変化を出そうとすると途端に燃費が悪くなる。さっきの斉射で相当削れてくれているはず。それは確実だと判断できる。
 なにせ、アタシの魔剣も同じタイプだ。猫に仕込んだ小型使い魔も、消費量で言えば普通の使い魔より多いくらい。奇襲を狙いでもしなけりゃ使う気も起きない燃費の悪さ。
 でも、今回は功を奏した。今の奇襲でお嬢ちゃんはこっちの数倍魂源力を使った。もう少し上手く狙えば斉射も三度で良かっただろうに、焦っていたからか甘い射角で四度も撃つことになった。
 残りの魂源力を考えればお嬢ちゃんの動きも鈍る。同じ手は通じないかもしれないが、別の変化球でより消費を加速させることも出来る。
 そうすれば、あとはあたしの使い魔群で落とせる。
「戦いは数さね、お嬢ちゃん」
 あたしは自分の勝利を半ば確信した。
 そのとき、モニターの向こうでお嬢ちゃんが奇妙な行動を取った。
 また20本近い矢を番えて、明後日の方向に向けてピュンピュンと矢を飛ばした。
 それが飛んで行ったあと、また矢を番えて、無駄に斉射する。
 もう大分消費しているはずなのに、なぜまた無駄に消費しているのか。
 その無駄な斉射は三度に及び、

 不意に、あたしの左手が動かなくなった。

 携えていたベヒモスが大きな音と共に床へと落下する。
「は?」
 今、何が?
 あたしの左腕はもうピクリとも動かないし力も入らない。
 その様子に、あのお嬢ちゃんの矢に撃たれた使い魔たちを思い出した。
 完全にあのお嬢ちゃんの矢の効果を受けている。
 でもどうして。あたしはこうして矢の当たらない屋内にいるってのに……。
『当たったな?』
 モニターとなっている鏡の向こうで、お嬢ちゃんが嗤った。
 お嬢ちゃんは新しく矢を番えて、弓を構えながら、言葉を紡ぐ。
『どうせ使い魔か、仲間の異能の効果で聞こえてるだろうから、教えといてやる』
 彼女の矢の照準は、間違いでなければあちらからは見えないはずのあたしに向いていた。
『アタシの陰摩羅鬼は呪いの矢だ』

『生き物以外に当たりゃしねぇんだヨ』

「なん、だって……!?」
 今まで、斉射を除けば一発も外さずに使い魔を撃たれていたから気づかなかった。
 その斉射にしたって、水平に撃った後は地面に落ちて消えていたからそういうものだと思っていた。
 いや、まさか……。
「それすらも考えて、あたしの誤認を誘発するように撃っていたってことかい!?」
 建物を透過する角度で撃てばあたしが気づくから、斉射一発分を無駄にしても、その性質を隠蔽した。
 あたしが建物の中にいることを見越して、透過した攻撃で隠れているあたしに一発でも当てるため。
 そして、一発でも当たれば――ロックオンされる。
『くたばりやがれ』

『葬送れ 陰摩羅鬼』

 お嬢ちゃんの放った矢はすぐさま巨大な大鴉へと変貌して、あたしに向かって飛翔した。
 高速で飛ぶその大鴉はすぐさまモニター鏡から消えうせ、建物の壁をすり抜けてあたしの視界に入ってきた。
「まださねッ!」
 左足で転がっているベヒモスを蹴り上げ、右手で掴み、すぐさま使い魔を発射する。
 命令は唯一つ、『大鴉にぶつかれ』。
 あれも結局は一度限りの呪いの矢。あたしに当たる前に使い魔に当ててしまえばそれで済む。
 速度、ポジションは十二分に間に合う。

 大鴉と使い魔が激突する。

『――三羽烏』

 寸前に、大鴉は三羽の鴉に分散した。

「は?」
 鴉の一羽だけが使い魔に当たり、残る二羽はあたしへと――。



 白東院迦楼羅

「……当たったな」
 けど、くたばっちゃいないようだ。
 どうも頭や心臓には当たらなかったらしい。
「実戦で使うのは初めてだが、案外使えたな」

 陰摩羅鬼・三羽烏。
 ダルキーとの戦闘や、体育祭での失敗を活かして作ったばかりの最大駆動の変化形。そもそも陰摩羅鬼は他人が作った魔剣ではなく、あたし自身の内側から出てくる異能魔剣。多少のマイナーチェンジは、訓練すればやれるくらいの融通は効く。
 三羽烏は最大駆動の大鴉を三羽の鴉に分散することで、一か八かではなく総合的な命中率を上げている。代わりに一匹辺りの威力は大鴉の十分の一程度なので、威力だけで見ると消費そのまま総威力三分の一以下。普通なら失敗作だが、今回は功を奏した。

 アタシは残った使い魔や他の仲間がいないか注意しながら、鴉の飛んでいった建物へと向かった(途中4匹ほど使い魔が襲ってきたので倒した)。
 建物……洋服屋の中に入ると、魔女みたいな赤い帽子を被った眼鏡女が床の上に倒れていた。傍にはその女の魔剣らしいマスケット銃が転がっている。
 斉射三回に最大駆動でいよいよ魂源力の残量が二割を切ったが、なんとか倒せたらしい。
 女は両腕と、下腹部から下に呪いが命中したらしく、動けずにいた。内蔵の機能がいくつか停止しているから苦しそうでもある。ざまぁ。
「弓の、お嬢ちゃん、かね」
「アタシの勝ちだな、使い魔女」
「……どう、かね? 魂源力で言えば、まだ、あたしに、余力がある、さね」
 たしかに。でもそれはただの強がりだとすぐわかる。
 両手両足動かなけりゃ銃は使えねえよ。
「さて、あんたにゃ聞きたいことがいくつかある。あんたの仲間の数、仲間の能力、そしてあんたらの目的だ」
「……話すとでも?」
「片肺止めてからもう一度聞く」
 アタシが陰摩羅鬼の光矢を引き絞ると

『――染まれ レッドキャップ――』

 店内に置かれていた姿見の向こうから、聞き覚えのない女の声が聞こえた。
 まるで最大駆動のような文言の直後に、眼鏡女の被っていた帽子が――血のように赤い帽子が明滅し始めた。
 瞬間、眼鏡女の様子が変容する。
「う、うぅゥウ……」
 唸り、痙攣し、視線がぶれ、歯の根も合わない。
 その有様は、帽子の明滅が激しくなるにつれて酷くなる。
「おいおい……」
 こいつの仲間に、人体操作か精神操作系がいるのは読んでたけどよ……。
「こいつ自身も、支配下か!」
 眼鏡女の痙攣が頂点に達し、バネのように体が跳ね起きる。
 あまりの急動に女自身の骨が軋み、筋肉がちぎれる音が聞こえた。
 両手両足が動かないまま、女は転がっていたマスケット銃に顔を伸ばす。
 アタシが矢を撃つより早く、女はマスケット銃の引き金を歯で噛み締めて咥え上げ、

「――地鳴ラセ ベヒモス」

 歯を閉じた口腔からのくぐもった宣言と共に、マスケット銃の台尻を床へと叩きつけ、引き金を引いた。
 激突の衝撃で女の歯が折れ、血が噴き出す。
 しかし、そんな些細なことがすぐに思考から消失するほどの変化が目の前に現出する。

 MOOooooooo――

 銃口から解き放たれたソレは、アタシ達のいた建物を内側からその体積で崩壊させた。
 出現しただけで周囲の建物が軋み、倒壊する。
 辛うじて屋内から脱出したアタシが見たもの。
 それは毛皮の壁。
 地面に突き立つ柱の如き四本の脚。
 そして、その上に鎮座する重厚な胴体。
 マンモスとサイを混ぜた、ビルの如き巨獣。

『BAMOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』

「……マジかョ」
 二階建て、三階建ての建物がほとんどのこの区域では、その背が建築物の高さを超えてはみ出している。
 自重はどれほどなのか、アスファルトの地面はかなりの範囲が罅割れている。
 討伐任務でも、早々お目にかからない類のバケモノだ。
 これだけのサイズ、普通は未開地域か地中、海洋にしかいない。
 間違っても街中に出てきていいものじゃない。
「ガス欠寸前のアタシじゃ、手に余るなんてシロモンじゃねえゾ」
 この傍迷惑なデカブツを呼び出した眼鏡女は、怪物の腹の真下で気絶していた。運良くデカブツが屋根になって建物の崩落からも無事に済んだらしい。いっそ死んでいたらこのデカブツも消えたんじゃ、と思ったが気絶しても全く問題なさそうなところからするとあれはこの女が死んでも残るタイプだ。一番簡単な解決法が潰れた。
『BAMOOOOOOOOOOOOOO!!』
 デカブツが眼前のアタシに向かい、その巨大な足を踏みおろす……ことはなかった。
 それどころか、アタシも、作成者である眼鏡女も無視して、あらぬ方向へと向かう。
 デカブツの行く先に見えるのは、アタシらが降りてきた針山駅だ。
「……ちょっと待て」
 何で目の前の戦闘をほっぽりだしてそんなところに向かう?
 そこに何がある?
 そこまで考えて、アタシは気づいた。
 アタシはこいつらに誘導されて、一人はぐれてこんなところにいる。
 で、他の奴らは?
 アタシを探してまだ駅の近くにいるんじゃねーのか?
 そして駅周辺で襲ってきた連中と戦闘になり、ダルキーが優勢になった。
 進退窮まった相手はなりふり構わず、アタシを押さえていた眼鏡女の精神を支配し、切り札のデカブツを徴用したんだ。
 ダルキーを叩き潰して、潤香も害するために。
「……させるか、ヨ」
 陰摩羅鬼を構えて、全速力で走り出す。小型使い魔に噛まれた足が痛み、血が噴き出すが構わない。
 しかし全速力で走っても歩幅の違いでデカブツの方が速い。
 呪いの光矢を数発ぶち込んでも、デカブツは効いてるそぶりを見せもしない。内臓を止めようにも、皮と肉が分厚すぎて通らない。
 だとしても、矢を撃ち続ける。
 今ここで、潤香をこのバケモノから守れるのはアタシしかいないからだ。
 アタシはこのバケモノからウルカを守る。
 何も気づけなかった頃とは違う。
 守っているつもりで、守れていなかった頃とは違う。
「だから」
 『私』は何としてもこいつを、倒しますから。

「貴方も、あの子を守ってあげてください……ダルキーさん」

 そして『アタシ』は残る力を振り絞って巨獣へと戦いを挑んだ。

 NEXT




【魔剣データ】
【巨銃・巨獣ベヒモス】

 旧約聖書に登場する大怪獣の名を冠する魔剣(魔銃)。その名は『獣達の王』を意味する。
 魔剣魔女ハイランダー一族に伝わる魔剣で、現在の所有者はベアトリス・ハイランダー。
 銃、それもフリントロック式という形状から分かるように、作られてからの歴史は浅い。しかし作り手の腕か、あるいは材料が良かったのか、使い魔の生成速度が同種の魔剣の中でも群を抜いて優れている。
 通常、犬類の頭と下半身、猿の上半身を持った使い魔を生成・射出できる。使い魔自身に特殊能力はなく、戦闘力も野生ビーストラルヴァと比べてもさほど性能の高いものではない。命令も生成時に命じた単純な指示しか受け付けない。しかしコストは低く、早く、何より手間が掛からない。型抜きして焼くだけのクッキーのようなお手軽さ。
 人形サイズの小型使い魔を作ることもできるが、必要魂源力コストはむしろ高くなる。
『地鳴らせ ベヒモス』の宣言により最大駆動を発動できる。
 最大駆動では、所有者の使用可能な全魂源力を変換し、その魂源力量に応じたサイズの巨獣を現出させる。上述のクッキーで例えるなら、残っている生地を全て一度にオーブンで焼くようなものである。そのためか巨獣のデザインは所有者によって異なり、ベアトリスはサイとマンモスを掛け合わせたような形状だが、前所有者は角と羽の生えたカバ(飛べない)だった。
 最大駆動の中でも特にシンプルなタイプだが、シンプルであるがゆえの破壊力・強靭さを持ち合わせている。
 ただし、他の使い魔同様に単一命令しか受け付けず、巨体ゆえに精密さに欠けた動作は周囲への被害に拍車をかける。
 何より異能やラルヴァの秘匿を考えれば文明圏での使用が好ましくないのは言うまでもなく、ベアトリス自身も正気であれば街中では決して使わない切り札である。
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。