【うれしかった日。或いは醒徒会乗っ取り未遂事件のこと】


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。


 ある日の放課後、醒徒会室には微妙な空気が漂っていた。
 現在部屋にいるのは二人、会長の藤神門御鈴と会計の成宮金太郎である。
 ハッキリ言って金太郎は、この醒徒会長が苦手だった。ビジネスの世界を基本に生きる彼にとって、この自分と一つ違いだという少女はあまりに子供過ぎる。
(何で誰もいないんだ)
 カタカタとキーボードを叩く音がやけに大きく聞こえる。
 正直間が持たない。
 いつもなら、うざったいとしか思えない陽気な大男や能天気娘でも、この場にいてくれたならその存在に素直に感謝できそうだ。でも自分のやることにいちいちケチをつけるあのロボ野郎はいなくてもいい。
 その人物はそんな事を思っている時にやってきた。

「失礼しまぁす」
「あー、お姉ちゃんだ」
 入ってきた人物を見て、御鈴は飛び込んでいった。彼女の豊満な胸に、御鈴の小さな頭が沈み込む。
 やってきたのは清廉唯笑、放送委員長をやっている高等部の生徒だった。
「お久しぶり、御鈴ちゃん。いい子にしてた?」
「うん」
 胸に顔を埋められたままの状態で、唯笑は御鈴の頭を撫で回す。うにゃ~と御鈴の幸せそうな唸り声が聞こえた。
 子供の面倒を見るのが好きな唯笑は、よく初等部の寮に遊び相手のボランティアとして顔を出しており、御鈴とも醒徒会に入る前からの知り合いだった。
 金太郎もこれで一安心という訳にはいかなかった。
「今日はね、お姉ちゃん、お願いがあって来たの。『御鈴ちゃんここに判子押してくれる?』」
 唯笑の声に妖しい響きが混じる。彼女の能力は声を使って簡単な催眠をするというものだ。
「お安い御用だ。私は醒徒会長だからな」
 こんな風に元々唯笑に懐いている御鈴などは、何の抵抗も無く従ってしまう。
「おいコラ、ちょっと待て、何だこれは?」
 流石に堪りかねて、金太郎は醒徒会の承認の判が押される前に書類をひったくった。
「何って企画書よ。イベントをやろうと思って」
「アンタ、そんなに活動に熱心なタイプでもなかっただろう」
 金太郎の会計就任以降、放送委員は島内全域をカバーするケーブル局に様変わりした。最新機種で揃えられた撮影機材に、スタジオや編集室を備えた専用の視聴覚棟も建設し、運転手付きの中継車だって存在する。
 しかし唯笑がやっている事といえば、せいぜいがお天気お姉さんの真似事くらいだ。
 そんな唯笑が何故今頃になって――その答えは彼女が持ってきた企画書に書いてあった。
 そもそもこれは企画書ではない。細かい文字にわざと漢字を多用した難解な文面そしてその内容、これは完全に契約書と呼ぶべきものだ。しかも悪質な。
 そこに書かれた内容を要約するとこうなる。
 いつやるかわからないイベントの準備をするので、準備期間中は特別処置として醒徒会長と同等の権利をよこせ、ただし責任は全部醒徒会にある、と。
「冗談じゃねえ」
 到底受け入れられる内容じゃない、即刻却下だ。
 金太郎は、この悪質なクセに、ビジネスマンの目から見ても良くできた契約書を丸めてゴミ箱に放った。
 確かに各委員長には、学校全体でのイベントを行う際に一時的に醒徒会長と同等の権利が与えられることがある。
 だがその特例が通ったのは過去に一度、それも一日だけのことだった。
「何をする金太郎。お姉ちゃんをいじめるな」
 御鈴はそれを、てくてくとおぼつかない足取りで拾い上げた。
「バカ! お前、それがどんなモンかわかってんのか?」
「ええい黙れ。はい、お姉ちゃん。ごめんね、うちの会計が」
「ありがとう、御鈴ちゃんはホントにいい子ね」
 唯笑は丸められた紙を必死で伸ばそうとしている御鈴を抱きしめた。
「えへへー」
「特別にこれあげちゃう」
 唯笑はポケットから包みを取り出した。
「わーい、お姉ちゃんキャラメルだ」
 唯笑は趣味でお菓子を作っており、そのプロ顔負けの腕前は、よく言うことを聞いてくれる良い子に振る舞われる。
「うーん、おいしい」
「で、成宮くんはどうなの?」
「決まってるだろ、こんな条件飲める訳あるか」
 別に金太郎はアンフェアな契約に腹を立てるつもりは無い。自分だって相当あくどい真似はやってきたのだ。
 ただその全てが、自分が有利に立つものだった。おままごとみたいな醒徒会の事だとしても、この成宮金太郎が不利な契約を受け入れる事が許せないのだ。
「そう、あくまで言うことを聞いてくれないのね、残念だわ」
 唯笑がパンパンと手を叩くと、数人の男子生徒が醒徒会室になだれ込んできた。
 唯笑がその能力で手足の様に使っているという噂の生徒たちだろう。よく統率の取れた動きで一瞬のうちに取り囲まれる。
 金太郎の総資産と金運を見る能力『ザ・ハイロウズ』で見ると軒並み金運は下降中だった。
(揃いも揃ってたかられやがって)
「どうかしら? これで少しは『言う事を聞いてくれる気になった?』」
 穏やかな笑みを浮かべたまま唯笑が迫る。この緊迫した状況なのに、その顔はさっき御鈴に見せた優しい笑顔と全く同じだった。
 脅しに能力を使った強制、それは金太郎がもっとも嫌っているものだ。こんな手段で勝ち取るものはビジネスとは言えない。
 しかし実際問題として、この人数が相手では例え能力者でなくても金太郎にはどうしようもできない。
(ぐっ、どうする?)
「ただここで『大人しくしてくれればいいのよ』」
 その言葉に縛られたように、金太郎の身体は動かなくなってしまう。
 もうダメか。金太郎が諦めかけたそのとき、醒徒会室に声が響いた。
「お姉ちゃんをいじめるな!」
 どうやら男達に囲まれている状況を見て、御鈴は唯笑が危機に陥っていると思ったらしい。
「がおー」
 何も無い空間から白い猫のようなものが現れ、一瞬のうちに男達を倒してしまった。
 さすが学園最強の呼び声が高い醒徒会のトップ、巨大化やビームを撃たなくても人間くらい造作も無いと言う事か。
「大丈夫だった? お姉ちゃん」
「うん、御鈴ちゃんのおかげで助かったわ。御鈴ちゃんは私の命の恩人ね」
 御鈴の胸の中に抱すくめられ、御鈴はまたえへへと笑っている。若干無視されているようで納得いかない部分もあるが、とにかく助かったようだ。
(子供は守るものだと思ってたんだが、逆に助けられちまったな)
「それじゃあ御鈴ちゃん、またねー」
「うん! また来てね、お姉ちゃん。絶対だよ」
 気を失った兵隊をあっさり見捨て、唯笑は醒徒会室を去っていった。
 御鈴は最後までどんな事が起こってたのか理解してないようだったが、別に無理して教えることもないだろう。

「おいアンタ、結局何が目的だったんだ?」
 廊下を出てすぐのところで、金太郎は唯笑に声をかけた。
「初等部にね、最近入ってきた子がいるの。とっても強い能力だからってすぐに討伐部隊に入ることが決まったわ」
 背を向けたままとつとつと唯笑が語りだす。
「でもあの子は、本当に優しい子なの。いずれ戦わないといけないにしても、今のままではきっと潰れてしまうわ」
「醒徒会の指揮権が欲しかったってことか」
 普段あまり意識される事は無いが、醒徒会にはラルヴァ討伐の作戦立案やメンバー選出の権利が与えられる。
「ええ、そう言う事ね」
 唯笑は振り返らずにまた歩いていく。
「っていい話風にしてもダメだ。だいたいその程度の事、水分や龍河にでも言えばどうにかなる問題だ」
 醒徒会長の権利を保持してまでやる事ではない。
「あら、バレちゃった?」
 唯笑が振り返る。相変わらずその顔には張り付いた様な笑顔が浮かんでいた。
「それじゃ、この子の事お願いね」
 唯笑は金太郎に一通の封筒を渡すと、返事も聞かずに今度こそ去っていった。
「全く、くえないヤツだ」
 個人や企業の思惑が複雑に絡み合ったビジネスの世界でも、あそこまで腹の読めない相手は珍しい。
 全く学園とは面白い所だと改めて金太郎は思い知った。


ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。