【キャンパス・ライフ1 その5】


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「ふっふっふ。醒徒会室へようこそ、遠藤雅」
 幼女は会長のデスクに両肘をつき、ニヤニヤと妖しい笑みを向けていた。
 雅はというと、すっかり憔悴しきって様子でパイプ椅子に座り、うなだれていた。先ほど起こった騒動に、疲れきっていた。彼は雨降りしきる空き地でこの子と遭遇し、こうして連行されてきたのであった。

『お前が遠藤雅か! とても会いたかったぞ! ずっと捜していのだ!』
『へ? 醒徒会長が、俺を・・・・・・?』
『そうだ! さあ早速、私の部屋に来てくれないか? お前と二人きりで話がしたいのだ』
『ちょっと、 何で腕を組んでるんですか! って、いつの間にか衆人に囲まれてるー?』
『人目がなんだというのだ。私と一緒に来てくれないのか? それとも、私がイヤなのか・・・・・・?』
『どうしてうるうるとした目を向けるんですか! 泣かないで! 泣かないでください! ・・・・・・うわあ、睨まれてる。俺、すっげえみんなに睨まれてる』
『私はずっとお前を待ち焦がれていたのだぞ? 治癒能力。諜報部がくれた映像で、しっかりその神秘を見届けた。私はお前の全てを見たいのだ・・・・・・』
『ひいい、そんな、ぴったりとくっつかないでください! 抱きつかないでください! 幼女の分際でいっちょまえに誘わないでください! ・・・・・・イテ、おいコラ誰だ空き缶投げつけたタワケは』
『何ならばお前の望みどおり、ここでハダカになって帽子だけになってもいいんだぞ? 遠藤雅の治癒能力をこの目で見ることができるのならば、恥ずかしいが、この藤神門御鈴、これぐらいのこと・・・・・・!』
『そんな望み抱いてねえよ! わー、脱ぐな、脱ぐな! わかった、話を聞きます! 話を聞きに行きますからどうかやめてください! ・・・・・・いて、痛い、痛い、お前ら石やらコンパスやら刃物やら、物を投げつけてくるんじゃねええええええ』

 ・・・・・・と、こんなことがあり、雅は御鈴を片手で抱きかかえ、逃げるように走ってきたのだ。
 会長は学園全体規模でファンが多く、四六時中、彼らはいたいけな幼女の監視を怠らない。与田からその話を聞いたとき、どこの漫画の冗談かと呆れながら聞き流していたのだが、その話は本当だったのだ。 
 御鈴にラブレターを送った高等部の男子生徒が、その翌朝、半殺しの状態で鐘楼のてっぺんに全裸で逆さ吊りに晒されていた事件まであったぐらい、この学園で藤神門御鈴はかわいがられているという。
「あれもお前をここに連れてくるためのさくせんだったのだ。おとなのみりょくでろうらくしてみせたのだ」
「はあ、そうですか。そうだったんですか。ぼくもうメロメロです。あなたにメロメロです。ですから、とっとと用件話して早く解放していただけませんかね」
「せっかちな男だな。そんなだと、女の子に嫌われてしまうぞ? しゅくじょというものは、気がきいて優しいしんしを好むものだ」
 御鈴は立ち上がり、とことこと会長室を歩き回りながら言った。「遠藤雅、お前はいつから自分の治癒能力に目覚めたのだ?」
「覚えてません。知りません。つい最近まで、自分が異能力者だってことを知らなかったんですから」
「そうであったか。あんなにすごい能力を持っているのに、もったいない」
 と、きょとんとした表情で御鈴は与田と同じ返事をした。やはり能力者からしてみては、才能があるのにその力を使えないのはもったいないと思うのだろう。
 しかし、御鈴は不敵な笑みをして、こう違う質問をした。
「じゃあ、その能力は、誰から授かったものだと思う?」
 雅は面食らった。「授かる」とは、どういうことなのだろう?
 例えば猫の能力を使う立浪みくは、血筋によるものであった。代々遺伝してきた能力だ。
 では、自分もそうなのだろうか。自分の家の血筋なのだろうか。しかし、兄も妹もごく一般の人間であり、自分もそうであるものだと思ってきた。遠藤の家はごく普通の家系だ。
「まあ、異能者といっても色々いるんで、一概に言ってはいけないのだがな」と、御鈴はデスクの横で寝ている「白虎」を撫でながら言う。「お前に関して言えばの話だが、異能力は自然的に発生するものではない。先代から受け継がれていくものなのだ。これだけ言ってもまだ、ピンとこないか?」
「まさか・・・・・・!」
「そうだ。お前の能力は雨宮愛(あめみやかな)から継承されたものなのだ」
 母さんが、治癒能力者だって・・・・・・?
 雅は自分の手のひらを見て、それから自分の膝小僧を見つめる。
 彼には、九歳まで一緒に暮らしていた母親がいた。おっとりとしていて、優しくて、抱きしめられたときの匂いを、雅は今でもありありと思い出せる。
 自分が転んですりむいたときや、乱暴者の父親に殴られたとき、彼女はいつも雅の怪我に手を触れてくれた。「いたいのいたいのとんでけ」。その一言だけで、どんな怪我も治ってしまった。
 そんな魔法使いのような母親を、雅はとても愛していた。だから両親が離婚して、遠藤の家のある名古屋に移り住んでも、ずっとずっと母親のことを思い浮かべ、彼女のとある「教え」を守ってきた。
「いい話じゃないか、母上の力をそっくり遺伝したなんて。兄と妹は一般人なのだろう? 遠藤雅、お前はその力を大切にし、磨いていくべきだ」
「そうは言っても、俺は自分の力をまったく使いこなせないんです」
「これから訓練していけばいいのだ」と、御鈴は言う。「ぜひとも、その件は我々醒徒会に任せてほしいのだ。今日はその話をしたくて、お前をここまで連れてきたのだ」
 雅はすぐに返事ができない。与田も御鈴も、そろって自分の能力を評価するが、雅は周りの人間ほど自分の力に期待をしていなかった。訓練を受け、力を使えるようにして、みくや同級生たちのように戦いに出たいなどと、全然思っていなかった。もちろん、母親から受け継がれた血や能力を、とても誇りに思ってはいるのだが。
「学園も醒徒会も、お前の稀有な能力に注目しているのだ。お前の能力は、これからの私たちの戦いを変えてしまう可能性だってあるのだ」
「そんなもんなのかなあ・・・・・・」
「ここだけの話だが、ラルヴァは年々その強さを増し、種類も増え、やっつけるのにも一筋縄ではいかなくなってきている。二ヶ月前の入学式を覚えているだろう? 上級ラルヴァにみすみす侵入を許し、好き勝手暴れさせてしまう始末だ。
 我々双葉学園は、そんな傾向に対応するためにこうして人材を捜し、人材を集め、人材を育ててきた。力には力を。ラルヴァには、異能の力を」
 御鈴は窓辺に寄ると、大粒の雨を降らせる分厚い雲を見上げた。明けない梅雨模様の景色はいつまでたっても灰色で、暗い影を学園に落としている。
「だから、お前のような防御の要となりうる人材を見つけることができたのは、学園にとって大きな収穫であった。大学生のスカウトなんて、もう何年ぶりのことだろうな。我々はみんな、お前に期待しているのだ」
「・・・・・・俺にはやっぱり、よくわからない。敵を倒せるわけでもないし、何の役にも立つとは思わない。そいつら戦いたいとも思わないし、みんなの役に立ちたいとも思わない」
 雅は椅子から立ち上がった、モバイル学生証で時刻を確認すると、教科書やルーズリーフが入ったカバンを肩に担いだ。
「俺はあくまでも、過去と決別して新しい生活を送りたいから関東に帰ってきたんです。ぶっちゃけ戦いに参加したくないし、母さんの力をそんなことには使いたくないよ」
「行ってしまうのか遠藤雅? これから美味しいお菓子がやってくるぞ? 一緒にお茶しながら、しゅくじょの口説き文句でも聞かないか?」
「遠慮しときます。俺お昼食べてないんで、これから学食でがっつり食べてきますから」
「ふふふ。我々醒徒会は、いつでもお前を待っているぞ」
 御鈴の台詞を背中に受けながら、雅は黙って会長室を出た。


「ハイただいまぁ! 会長に言われたとおり、来客用のお菓子! スイーツ! たんまり買ってきましたよっと!」
 雅と入れ替わるように醒徒会庶務・早瀬速人がやってきた。腕いっぱいに買い物袋や紙袋を抱え、会長のデスクにドサドサ置いた。
「おお、よく帰ってきたな。だが残念なことに大事な来客は帰ってしまった」
「んな!」
 肩でゼーゼー息をしていた早瀬は、絶句した。
「美味しいお菓子がやってくると引きとめはしたんだがなあ。わぁ。かすてらじゃないかぁ。早瀬早瀬ぇ、早く切ってきてくれないか? はやくはやく! えへへっ」
「せっかく銀座まで突っ走ってきたのに・・・・・・クソァ! クソァ! クソァーッ!」
 早瀬は床に崩れ落ち、ウッウと嗚咽を漏らした。それから御鈴にせがまれて、ふらふらとカステラを切りに会長室を出ていった。


「最近どこで何してんのよ」
 と、小さなテーブルの反対側に座るみくは言った。「このごろ随分と帰りが遅くありませんこと? お兄様?」
 雅はみくの作ったハンバーグを頬張りながら、こう言う。
「友達と一緒に勉強したり、繁華街で遊んだりしてんだよ。そんだけ」
「そんだけぇ!? ほんっとーにそんだけぇ!?」
 ズバンとみくがテーブルをぶっ叩いたので、雅はびっくりして危うくハンバーグをのどに詰まらせかけた。
「どっかのよくわからないチャラチャラした女の子と遊んでるとか、そういうわけじゃないでしょうねえ?」
 烏龍茶を流し込んでから、雅はげほげほ咳き込んだ。何とか話ができる状態になってから、こう言い返す。
「んなわけないだろ! 俺だって大学生だ。ちゃんと勉強したり友達付き合いやってんだよ!」
「どーなんだかねー」と、みくはため息をついた。「こうして夕飯作って一人で待ってるのに、あんたったらいつまでたっても帰ってこないんだもん・・・・・・」
「まあ、いつもこうやって飯つくってもらってるからなあ。その、一人にして悪かったよ」と、雅はみくの頭を撫でる。「なんで俺が謝るのかよくわかんないけど」
「たまには早く帰ってきてくれる?」と、みくは期待の目を雅に向ける。それに対して雅は「はいはい。だらだら遊んでないで、とっとと帰ることにしますよ」と言った。
 みくがにっこり八重歯を覗かせて喜んでくれたので、とりあえずほっと胸をなでおろした。小うるさいのは、機嫌をとってとっとと黙らせるに限る。高校時代、接客業のバイトをしていた雅はそういうことをよくわかっていた。
 食事中、雅は与田という友人についてみくに話した。毎日、講義が終わってから工学部の研究塔に連れ込まれ、いろんな実験につき合わされていることを話した。与田は能力を自在に扱えない雅のために、協力を惜しまなかった。データを採取したり、過去の文献を開いたり、雅以上に熱心になって治癒能力について研究している。
「能力は使えない。頭は悪い。戦いは嫌い。こんなのがスカウトとしてやってこられちゃ、学園もたまったもんじゃないよな。ま、与田という男はそんな困った俺に力を貸してくれる、頼れる友人ってわけだ」
 温かい白米をいっぱいかきこんでから、雅はみくの顔を見た。そのとき思わず、箸が止まる。みくがこわばった顔をしているのだ。
「あんた、そういうことは今すぐやめなさい」
 まさか、そのようなことを言われるとは思っても見なかった、少しむっとして、雅はみくにつっかかる。
「あ? なんだ、またさっきの続きか? 友達付き合いの一環だって言ってんだろ? しかも俺の能力が使えるようになるよう、何でもしてくれるんだ。それで俺が自由に治癒を使うことができたら、万々歳じゃないか」
「そういう意味じゃないわよ。いい? そういう種類の人間はとってもキケンなの」
 と、みくは据わった低い声で言う。雅は口答えをするのを止めて、みくの話を聞くことにする。
「自分の能力の詳細に関しては、信頼できる人にしか言っちゃいけないの」
「何だって?」
「れっきとした個人情報だからよ。いや、それ以上にデリケートな話題なのよ。インターネットの匿名掲示板で実名晒すバカがいる? いるわけないでしょ?」
「俺の能力が、誰かに――与田に、悪用されるとでも言うのか?」
「ぶっちゃけていえばそうよ」と、みくは断言してみせた。「こんなん異能者の常識よ。どんな能力を持っているのか、自己紹介程度に教えるのは差し支えないけど、性能や性質、用途、理論までべらべらと披露するのは常識外れもはなはだしいわ」
 雅は何も言い返せなかった。雅は、自分の能力を自分が一番よくわかっていないと思っている。だから、自分の知る限りの情報を与田に托し、調べてもらうのが一番良いと思っていたのだ。
「まして研究者なんでしょ、その与田って人間。ますます危ういじゃない! ちょっと頭使えばわかることじゃない。何やってんのよ」
「もういい、わかったわかった。とりあえず、むやみにそういうことしちゃいけないってわけだな? 忠告ありがとう、ちゃんとやりますよっと」
「本気でわかってるの? どうせ聞く耳持たないつもりなんでしょ? このお人よし!」
 みくがそう罵倒したので、たまらず雅も怒ってこう言い返した。
「うるさいなあ、どうしてお前がそんなに怒るんだよ。大きなお世話だ」
「心配してるのにっ・・・・・・!」とみくは言った。怒りで真っ赤に染まった頬を、涙が流れていった。雅は驚いて、おろおろと立ち上がってしまう。
「ちょ、泣くなよ・・・・・・。わかってるってば。上手くやるから、心配しないで」
 みくは何も言わずに、雅を睨みつけたまま涙をぽろぽろ零していた。「ばか。いじわる。きらい」
 しかし、すぐにみくの表情が一変する。涙を腕で拭い取ると顔つきは真剣なものになっており、目がきつく釣りあがって、瞳が金色に瞬いた。
 体を丸めて眠っていた飼い猫のアイも、急に立ち上がってある方向に厳しい目つきを向けている。みくもアイも、同じ方角をじっと見ていた。
「うん? どうかしたのか・・・・・・?」
「出たわ」
「出たって、まさか」
「そのまさかよ」
 みくは立ち上がると、小走りで玄関に向かった。「ほら、あんたも行くの! ラルヴァが出たんだから! 二人でやっつけに行くわよ!」
 雅は緊張した面持ちで上着のパーカーを着た。
 四月のカラスを除けば、今日が彼の初戦闘の日となるのだ。


 みくの導いた先は児童公園だった。二ヶ月前、カラスとの戦闘のさいに寄った公園だ。遊具やベンチのあるごく普通の公園の隣に、大きなグラウンドがある。
 公園の明かりに照らし出されているのは、ペンキのはがれたジャングルジムと、鉄棒と・・・・・・ねずみ色のロボット。
「あいつはラルヴァなのか?」
 と、雅はロボットを指差してみくにきいた。ロボットは非常に細身で、胴体からは昆虫の触手のような細い腕と足が伸びている。それでも二本足できちんと直立し、夜の公園にたたずんでいた。
「たぶんそうね。機械式のラルヴァは初めてお目にかかったわ。ま、なんでもいいや。やっつけるわよ!」
 気合を入れるように大声を出すと、みくは瞳を黄から金に輝かせる。八重歯が小ぶりな牙になって露出し、両手の爪が鋭く伸びる。
「いいこと? 私はあいつに攻撃を加えるわ。あんたは怪我をした私を回復させなさい。これはチーム戦。あんたと私は、二人で一人!」
「わかった。とりあえずは、やってみるよ・・・・・・」
 みくは公園の敷地に飛び出すと、闇夜に猫の鳴き声を響かせて、ロボットに宣戦布告をした。
 こちらの存在に気づいたロボットは、ゆっくりとした滑らかな動きで首をこちらに向けた。大きなゴーグルを思わせるロボットの目は、前傾姿勢で突撃してくるみくを捉えたことだろう。
 暴発するように走り出したその勢いのまま、みくはロボットの顔面に蹴りを入れる。真正面から蹴りを喰らったロボットは一気に吹っ飛び、公園を跳び出し、隣の広大なグラウンドを突っ切るように滑空し、遠くのコンクリートのフェンスに後頭部から激突した。
 瓦礫の山からがらがらと這い出るようにロボットが立ち上がったころには、猫娘は至近距離にまで急接近していた。みくは素早く背中に回りこむ。金の視線が残像を引き、ロボットを中心にして暗闇に半円を描いた。今度は背骨にあたる箇所に思い切りグーを叩き込んだ。
 Uの字に背中を反らせ、機械型ロボットはグラウンドのど真ん中に跳ね飛ばされる。地面を引きずられるように転がり、止まった。柔らかな肢体がぐにゃぐにゃと投げ出された状態で、ロボットは横たわっていた。
「まったくもう、金属ぶん殴るのは痛いったらありゃしない!」
 みくはいらつきながらも再び地面を蹴り、ロボットに接近する。ロボットはぎちぎちと体を軋ませて起き上がろうとするのだが、みくはその頭部を踏みつけて再び地面に押し付けた。そのまま、軽蔑の金の眼差しを真上から突き刺した。
「大したことないラルヴァね。ドン臭いし、反撃もしてこない。あいつが出る幕もないじゃないの。つまんない!」
 雅は遅れてみくのところに走ってやってきた。彼がこうして公園から駆けつけてくるあいだに、戦闘は終わろうとしているかのように見えた。
「あんたもかなりドン臭いわねー。もう熱いバトルは佳境に入ってるわよー? えへへ、強すぎてごめんね!」
 そう、みくは雅に無邪気な笑顔を見せた。
 だから、足元でロボットのゴーグルが真紅に輝いたことにみくは気づかない。まるで遠隔操作でスイッチが入れられたかのようだった。雅は凍りつき、みくに叫ぶ。
「みく、足元!」
「え?」
 バチンと、ロボットがみくの体を真上にはじいて俊敏に立ち上がった。
 夜空に打ち上げられた華奢な体が、くるくる回転しながら放物線を描き、バックネットのてっぺんに衝突した。そのままずるりと落下し、地面に叩きつけられる。
「みく!」
 雅がみくのところへ走り出したときにはすでに、ロボットはうつぶせになったみくの胸倉を掴み上げていた。しなやかに腕を振り、お返しとばかりに強く引っぱたいた。
 真横に吹っ飛びながらもなんとか受身を取り、みくは体勢を立て直す。だから、すでに目の前に出されていたミドルキックを、すんでのところでガードすることができた。
「くっ! やればできるじゃないのよ、でくの坊!」
 思いがけない攻撃を喰らってしまったみくは、いよいよ怒りが頂点に達した。ロボットはムチのような腕と足を自在に駆使し、上下左右、様々な方向から攻撃を繰り広げた。みくが後ろにステップし、距離をとろうとしても、ロボットはすかさず接近をして張り付き、逃げることを許さない。
「私と白兵戦でやりあおうっていうのね! この命知らずが!」
 みくはあえて密着し、ロボットの腕の根本――肩を掴んだ。瞳をひときわ強く輝かせて瞬間的に最大出力を解放し、一本背負いをして地面に叩きつけた。
 ドシンと響き、グラウンドがぐらぐら揺れる。闇の中でも真っ白な砂煙がたったほどであった。雅はたまらず咳き込み、目を腕で覆いながら戦況を見守っている。
「うう、やっぱり、異能者ってのはとんでもない奴らだ・・・・・・」
 雅は、すっかり目の前で繰り広げられる大勝負に圧倒され、怖気づいていた。
 自分もその異能者の一人なのに、何もできることはない。こうして指をくわえながら見ていることぐらいしかできない。
 やはり異能者というのは何かの間違いで、自分はただの一般人じゃないのか。やっぱり自分には一般人のほうがお似合いだ。何が異能者だ、馬鹿馬鹿しい。雅は歯を鳴らしつつ、そんなことを思っていた。彼は未だに、異能者の戦士としての自覚がなかった。
 みくはひとたび容赦を捨てると、徹底的にロボットをいたぶった。「ほらほらあ、ちょっとは反撃してみなさいよ! いったいあんたがどういう悪巧みしてんのか知らないけど、それももうここまでなんだから! おとなしく私たちに撃破されなさい! バラバラになってくたばっちゃいなさいな、あはははっ」
 ロボットをげしげしと踏みつけるみくの冷酷な表情ですら、雅に恐怖を与えた。小学六年生の少女がする表情ではない。きつい釣り目に極端な四白眼となっており、金色の瞳は五円玉の穴ぐらいにすぼまっていた。子どもの顔を逸脱したひどい形相だった。
 何が私たちだ、と雅はつぶやいた。こんな乱暴者と一緒にされたくなかった。学校は楽しくてしかたないのに、こうして異能者やラルヴァや戦いといった現実を見せ付けられると、雅は足がすくんで動けなくなる。心優しい雅にとって、それらはどうしても目を背けたくなる現実であったのだ。
(俺はこんな戦いをするために上京してきたんじゃない・・・・・・。普通に、普通の生活をしたいだけなんだ・・・・・・)
 そして、とんでもないことが発生する。
 雅が戦闘中のみくを放置して、逃亡しだしたのだ。
「嘘でしょ!」みくが驚愕してそう叫んだ。「どこ行くのよ! ふざけないでよ、一緒に戦うはずだったでしょ? やだ、私を置いてかないで! 行かないで!」
 そうやって泣き喚く少女の声を、雅は聞こえないふりをして無視した。
 もうたくさんだった。戦いや争いごとのない普通の日常に帰りたかった。彼が望んでいた新しい生活は、決してこんな血なまぐさいものではないのだ。全力で、一目散に逃げ出した。
 そしてそのスキを、ロボットは見逃さない。
 一気にみくのところから跳ねて飛ぶと、雅のすぐ目の前に着地した。
「うわあ!」
 腰の抜けてしまった雅は、その場にしりもちをついて崩れる。よたよたと張って逃げようとしたが、恐怖のあまり、体が思ったように動いてくれない。がたがた震えながらその場に固まっていた。
 ロボットは、人間の手によって作られたものとは思えないくらい出来のよいものであった。手足の関節は柔らかく、自然に垂れ下がったり、体を支えたりしている。これが、ラルヴァなのか――。
 ロボットのゴーグルは雅を見つめていた。雅のことをしっかり捉えて離さない、そんな意志すら感じ取れた。胸部に英語で「Collector」と表記してあるのを、彼は見つける。
 チューブのような左腕が、後ろに振りかぶられる。針の先のような手刀が雅の胸めがけ、真っ直ぐ突き進んでいった。いくら打たれ強い雅とはいえ、これをまともに喰らえばひとたまりもない。
 万事休す。彼はぎゅっと両目を瞑った。


 どすんと、ロボットの突きをまるまるもらった衝撃を受ける。
 しかし、それは雅の胸部にくわえられたものではない。
 雅が、正気に戻って目を開く。彼が目にしたのは、自分の胸元に抱きついている、みくの姿。
 ロボットの左腕は、みくの背中から胸部にかけてものの見事に貫通していた。足元の血たまりがどんどん広がっていく。彼女は口元から血を垂らしながら、雅に優しい微笑を浮かべていた。
 雅は瞠目した。自分が先ほど手ひどく見捨てた女の子が、こうして自分の命を守ってくれたのだから。
「お前・・・・・・何やって・・・・・・?」
「・・・・・・もう、何ボケッとしてんのよ。せっかく勝てる勝負だったのに」と、みくはニッと笑いながら雅に言った。「言ったでしょ? 私たちは二人で一人だって」
「ふざけるな! こんな腰抜けを、裏切り者を、どうして、そうまでして守ろうとするんだよ・・・・・・」
 雅は号泣しながら言った。それに対してみくは、さも当たり前のようにこう言った。
「死なせるわけにはいかないからじゃない。大切な人を。大好きな人を」
 その言葉に、雅の心が大きく揺さぶられた。大きな衝撃を受け、がたがた震える。
 俺はいったい、何をやっているんだ?
 大切な人や物を絶対に守ってやること。
 それは、俺がずっと大事にしてきたポリシーじゃないか!
 ロボットは、みくの背中から左手を引き抜いた。灰色の腕から鮮血が滴り落ちる。みくが膝をつくのにあわせ、雅も一緒にかがむ。雅は、ちかちかと点滅して消えようとしている彼女の瞳を見た。
「そうやってあんたは二ヶ月前、私を守ってくれたじゃない・・・・・・。だから、今度は私が大好きなあんたを守ってあげるの。そんだけの話よ」
 その愛情あふれる笑顔に、長年眠り続けた過去の記憶が、強く共鳴する――。


 父親に連れられ、関東の地を離れる日のことだった。
『あなたは優しい人になりなさい。人の痛みを汲み取れるような大人になるの。そうしてあげることでね、心の傷は癒されてなくなってしまうのよ』
 東京駅に母親が駆けつけてきてくれたのだ。離婚したばかりの父親や、兄たちに見つかることのないよう、二人はこっそり会っていた。
 雅は今生の別れになるかもしれないとわかっていたのに、頑なに泣くことをしなかった。だって、自分はもう九歳だったから。男の子で、しっかりしなくちゃならないから。
 一生懸命涙をこらえる幼い雅を、雨宮愛はぎゅっと愛おしそうに抱きしめてこう言った。
『優しい心を持つことができた日には、あなたはきっと素晴らしい力に目覚めていることでしょう。人の傷を癒すちから。雨宮の血筋よ。大切な人を守れる、ステキなちからよ。マサくん、あなたも立派なヒーラーになれたら、その力で大切な人を守ってあげてね。そしてその異能の力の中にいつまでも、お母さんのことを感じていてね』
 彼は頑張って愛の言うことを理解しようとしたのだが、やはり理解することはできなかった。
 新幹線がゆっくりとホームを滑り出したとき、とうとうこらえきれなくなって座席を立ち、デッキへと駆け出した。車両を移動している乗客に注目されながら、雅は一人でこっそりと泣いていた。
 そして、愛の教えを深く胸に刻み込んだ。絶対に忘れることのないよう、いつまでもその教えを胸に、名古屋という土地で暮らしてきた。苛められた妹を、自分を犠牲にしてまで全力でかばったのも、愛の教えがあったからだ。
 いつの日か、全ての意味を理解できる日がやってくることを信じて。雅は愛の言う「優しい人間」を目指してきた。


 ロボットは不気味なことに、みくを抱きしめている雅のことをじっと見つめていた。
 決してみくにとどめを刺したり、無防備な雅に攻撃を加えようとしたりはせず、彼の様子をじっくり見守っていた。神秘的な力の発露の瞬間を、待っているかのようである。
 みくは意識を失い、すでにあの輝かしい瞳を閉じていた。大好きな人を、自分を犠牲にしてまで守りきったことに、とても満足しているような安らかな寝顔をしていた。
 死なせない。
 お前のような優しくて、口うるさくて、面倒見のいい子を、絶対に死なせない。
 ごめん、みく。
 俺は大切な人たちのために、自分の異能力を使っていくことにするよ。
 そうすることで、俺はみんなと一緒にラルヴァと戦っていくよ。
 だからもう一度、共に戦ってほしい――。
 白い光に包まれた雅の両腕は、窓から零れ落ちる午後の陽だまりのように暖かい。その温もりは直接、みくの体に注ぎ込まれた。あと少しで止まりかけてた彼女の心臓が、ぶるっと震え出した。
(あん・・・・・・これ、あったかくておっきくて気持ちよくて、とっても好きなの・・・・・・)
 次の瞬間、みくの両目がかっと見開かれた。


 そうしてみくが蘇生してもなお、ロボットは奇跡の瞬間を最後まで観賞していた。一歩たりとも動くことなく、無機質な視線をずっと送り続けていた。
「ふふふ。力が湧いてくるわあ。血が燃え滾って、胸の中がブルブル震えて、どうかなっちゃいそう」
 彼女はロボットに背中を向けたまま、両手から爪を伸ばす。金色に輝くの十本の爪が、じゃきんと出てきた。
 雅は額に汗をたくさんかいて、ぐったりとうなだれていた。力をほとんど使ってしまったのだ。
 瀕死のみくを完全に回復させるのに、膨大な力が消費された。物質や小動物とは違い、人を治癒させるというのは、かなり大掛かりな魔法なのである。
 ロボットはそんな雅の様子をずっと見ていた。形勢が逆転されたことにまるで動じず、己の最期の瞬間まで執拗に雅を見続けていた。
 その映像が、爪によって縦に両断される。ロボットのカメラは、左右に分割された視界にみくの姿を認めた。屈強な鉄製のボディなぞたやすく噛み千切ってしまいそうな、悪鬼のごとき牙を最後に、ロボットの視界は砂嵐に変ってしまう。そして次の瞬間には、みくはロボット「Collector」を粉々に切り刻んでしまっていた。
 ばちばちと火花の散る残骸を、みくは嬉しそうに眺めてこう言う。
「やったあ! これで今シーズン二勝目! やっぱり私たちは一心同体なのよ、これからもよろしくね!」
 元気にくるくる回りながら、みくは雅のところにやってきた。そして、心配そうな表情をして雅にこう言った。
「もう、絶対にあんなひどいことしないでね?」
「うん、絶対にしないよ。これからもよろしく」
 雅は笑顔で彼女の頭を撫でてやる。「大好き!」と、みくは雅に抱きついた。
 二人の初共闘は無事、輝かしい勝利で幕を下ろした。


 その後、みくは自分のモバイル手帳を開き、呆然とする。
 なんと先ほどの戦闘が、対ラルヴァとの戦闘としてカウントされていなかったのだ。
 これには大いに怒り、「せっかく死にかけてまでやっつけたっていうのに、そりゃないわよ! 故障じゃないのこれ!」と、モバイル手帳を噛み砕きかねない形相で怒鳴り散らした。
 そして、暴れるみくから不当な八つ当たりをいただくのは、当然、雅の役割なのである。ボカスカ殴られて蹴られてズタボロになり、しくしく涙を流しながら、自分の布団の中で意識が遠のいていった。


「あら早瀬くん。今日はいつにもましてお疲れなのですね」
「ああ・・・・・・昨日は散々パシられたあげく、全然寝ていないんだ・・・・・・」
 あらあらと、水分理緒は手を口に当てて言った。
「大事な来客があるって言うから、会長からお金もらって、お菓子とスイーツを買いに銀座まで走ってきた。お店や百貨店をハシゴしまくった。それなのに結局来客は帰っちゃったって言うんだから、もうほんとに泣くしかなかった・・・・・・。あとはカステラ切ったりお茶入れたり会長の子守りしたりして・・・・・・。ああ、昨日ほどしょっぱい仕事をさせられた日はない・・・・・・」
「どうりで醒徒会室にお菓子がいっぱいあると思いました。加賀杜さんが喜んで食べてましたよ」
 高級な和菓子をにこにこと頬張る醒徒会書記の笑顔を想像し、早瀬速人は悔しい気分になった。誰が苦労して買ってきたと思ってるんだとぼやいてから、水分に続きを話す。
「その上、昨日の夜未明、住居地区の児童公園で戦闘があったんだ」
「戦闘?」
「遠藤雅――例のヒーラーとその彼女が出動して、何者かとの戦闘は始まった。突然会長から電話がかかってきて、『頼む! 遠藤雅の戦闘を記録しておいてくれ!』だとさ。その後は動画編集に手間取って、気づいたら朝日が昇っていたというわけだ」
「大変でしたね・・・・・・」
 早瀬はモバイル手帳を取り出すと、動画を開く。
 水分はその小さな液晶を、早瀬の後ろから覗き込んだ。雅の披露する特殊能力「治癒」の白い光を見て、感嘆のため息を漏らす。「やっぱり、この人の治癒はすごいです」
「綺麗に撮れてるだろう? 撮影位置には神経遣ったよ。だってあいつら、グラウンドをものすごい速さで移動したり飛び跳ねたり、吹っ飛んだりするんだもん・・・・・・」
「早瀬くんにしかできない仕事でしたね。ふふふ」と水分が笑うと、早瀬は「勘弁してくれよ・・・・・・」と机に突っ伏した。
 と、そこに青い髪をした無表情の男子生徒がやってきた。動画に興味を持ったのか、彼もまた早瀬の真後ろから映像を見る。
「お、ルール、いいところに来たな」と、早瀬は急に真面目な顔になって言った。「お前、このロボットが何なのかわかるか?」
「ロボット・・・・・・?」
 人造人間・エヌR・ルールは、動画のなかで少女に攻撃をたたみかけている、灰色の機体に注目した。
「遠藤雅とか治癒とか、そういうのはいいんだよ。我ながら、良質な資料を手に入れることができたと思ってる。だけど、わかんないのがこいつだ。このロボット、ラルヴァじゃないんだ。戦闘力が著しく跳ね上がったり、戦闘そのものを放棄しだしたり。いったいこいつは何モンなんだ?」
 十秒くらい映像を見つめてから、ルールは確信のあるしっかりとした声で、こう言った。
「これは、工学部の研究塔で見かけた情報収集ロボット『Collector』じゃないか」
 早瀬と水分は同時に振り返り、ルールの青いサングラスを直視した。




【双葉学園の大学生活 ~遠藤雅の場合~】
作品(未完結) 第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話 第七話
登場人物 遠藤雅 立浪みく 与田光一 西院茜燦 逢洲等華 藤神門御鈴 水分理緒 エヌR・ルール 早瀬速人
登場ラルヴァ カラス
関連項目 双葉学園
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