【キャンパス・ライフ1 その7】


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 雅は目を覚ました。
 まず、すぐ目の前に液晶のワイドテレビが設置されていることに気づく。電源は切られており、よく磨かれたきれいな画面には、椅子に座らされて束縛されている自分の様子が反射して映っていた。両腕をパイプ椅子の後ろに縛られ、身動きがまったくとれない。
「捕まって監禁されてるってことなのかな・・・・・・?」
 これはいったい、どういう構図なのだろう。何か映像を見せ付けられるために、こうしてテレビの前に縛られているのだろうか。雅は自分の置かれている状況がわからない。
 落ち着こうと自分に言い聞かせてから、雅はこれまでの過程を思い出そうとした。闇夜から自分を捕捉する、禍々しい赤の視線を思い出し、身震いをひとつする。
 あの後ロボットは刀を後ろに振りかぶり、雅に攻撃を加えようとした。
 周りに人はいない。一緒に戦ってくれる異能者はいない。戦闘時の相方である、立浪みくもいない。雅は生命の危機を直感しながら絶叫した。
 峰打ちだったとはいえ、殴られたとき、骨が砕けた手ごたえを感じたぐらい、拉致の手段は手荒だった。今こう平然としていられるのは、雅の体が丈夫だからである。ロボットの飼い主は、そんな雅の特殊な体質を知っていたのだろうか。
(自分の能力の詳細に関しては、信頼できる人にしか言っちゃいけないの)
 寒気がした。自分の異能力や体質を知り尽くしている人物が、自分を狙っているのかもしれないのだ。
 それでも、そのような個人的情報を明かしたのは醒徒会ぐらいであり、彼らが雅を裏切るとは思えない。会長の無邪気な笑顔が浮かんだ。
 また、みくも雅の能力をよく知っている人物であるが、彼女が雅を裏切って危害を加えるとは、ここ最近のあの態度からしてみても、到底ありえないことである。
 では、いったい誰がこんな真似をしたというのか?
 絶対にそうだとは信じられなかったが、もう雅の推測は一つの結論に収束している。
「遠藤くん、非常に手荒な真似をして本当にごめんね。大学じゃちょっと場所が悪かったんだ」
「与田・・・・・・なのか・・・・・・?」
 信じがたい結論に到達したその時、信じがたい人物の声が横から聞こえてきた。
 首を左に向けると、与田光一が壁に寄りかかりながら腕を組み、不敵な笑みを浮かべている。大学で見るいつもの彼と違うのは、白衣を着て、大きなICチップ入りの胸章を付けていることであった。
「歓迎するよ。ここは僕の育った家であり、研究所だよ。だから、自分のやりたいことが自由にできるんだ」と、与田は静かに語った。「醒徒会のこのごろの監視は、非常に厄介だった」
「どういうつもりだい・・・・・・? どうしてこんなことをするんだい・・・・・・? 結局、俺のためにしてくれたことは、俺のためではなかったのかい・・・・・・?」
「何もそんなわけではないから、どうか安心してほしい」と、与田はいつもの人懐っこい笑みをしながら、引きつった顔をしている雅に言った。「六分の一は君のためであり、六分のニは僕自身ため。そして、二分の一は君の『治癒』という能力のためなんだよ!」
 雅はひどく後悔した。こんな男を信頼して、自分の能力を明かしたこと。今日まで数多くの実験に付き合ったこと。こいつは「治癒」のためだけに自分と接してきたのだ。
「すごい顔を見せるんだねえ遠藤くん。そんなに僕が憎たらしいのか。悪くはなかったじゃないか? 僕のおかげで、君は自分の能力にかなり詳しくなれた」
「もう少し良い科学者に世話になりたかったな。こんなんだったら初めから醒徒会に任せておけばよかった・・・・・・!」
「醒徒会・・・・・・ねえ」と、与田の表情が急変する。「君ねえ、信用できないのは醒徒会だって同じだろう? 彼らが百パーセント無害だって言える根拠が、どこにあるんだい?」
「あいつらは、いいやつだ・・・・・・」
「ならば根拠を示せと言っている」
 与田の声が厳しくなってきた。彼はワイドテレビの電源を、小さなリモコンを使って入れる。テレビにはまだ何も映っていない。与田は強い口調で話を続けた。
「あいつらが、君に対して好意を抱いているから支援をしている? 違うね。君はつくづく人に甘い。人を疑うということをまるでしない。それでこのザマなんだから、文句は言えないだろう?
 彼らだってねえ、君の能力が『欲しい』んだよ。興味があるのは君なんかじゃない、君の持つ素晴らしい力『治癒』なんだよ!」
 その時、ビーと言う警報音がこの部屋に響いた。雅は、自分が監禁されている部屋を見渡してみる。見たところ、ここはミーティングルームのようである。デスクは全て撤去され、何もない。じゅうたん張りの部屋の真ん中に、パイプ椅子に縛られている雅と、テレビが置いてあった。与田は「フン」と言いながら警報ブザーを止めて、液晶テレビのチャンネルを回した。
「・・・・・・来客のようだ。恐らく醒徒会が嗅ぎつけてきたんだろう。予定よりもずっと早いじゃないか。まあ、ここは僕の研究所だ。返り討ちにしてやるけどね」
 ところが、画面に映し出された映像を見て、与田は機嫌を直したように笑顔を咲かせる。
「おやまあ、これは以外だ。想定外だった。君は良い人脈を作っていたんだねえ。こんな大物と、どこでお知り合いになれたんだい?」
「あ・・・・・・この子は・・・・・・?」
 雅は、セキュリティカメラに映しだされている、黒髪の美少女を見つめた。

 逢州等華は、鬱陶しいほど見慣れた訓練用ロボットを横になぎ払い、壁に叩きつけて潰す。
 後ろには、彼女がそうして撃破してきたロボットの残骸が、ずっと続いている。汗を一つも流すことなく、彼女はクールにこう言った。
「まさか、ここの跡継ぎがこんな騒動を起こすとはな」
 彼女は雅を救いに来たのだ。たまたま帰宅時間が雅と重なった彼女は、商店街の外れで彼の絶叫を聞いた。現場に駆けつけたときには、雅はロボットによって気絶させられ、連れ去られてしまうところであった。
 それを等華は追ってきたのだ。町外れの、島の沿岸部に存在するロボット工学の研究所に突入すると、いつも自主訓練や高等部の訓練授業で見慣れた、大量のロボット軍団が彼女を出迎えた。
 またひとつ、等華はロボットを一突きして撃破する。訓練用の素材など、逢州影流の敵ではない。真横から襲い掛かってきたロボットの攻撃を受け止め、弾き飛ばす。距離を詰める。袈裟切りにする。愛刀『黒陽』が鈍い光の反射を見せる。ミニスカートがひらりと舞う。
 やがて彼女はだだっ広い部屋に到達した。学校の体育館ぐらいある広大な部屋だが、コンクリート製の壁や床や天井が、未塗装の灰色をむき出しにしていた。しかし、ところどころに深い傷が無数にえぐられている。一見して、戦闘ロボットのテストルームだと解る、殺風景な空間であった。
 その部屋はやはり体育館のように、スピーカーの声を大きく太く響かせた。
「ようこそ逢州等華。与田技研の第六プラントへ」
「超科学を代表する裏企業のせがれがこれじゃ、先代も報われないな。何を考えているんだ?」
「僕はただ新しい技術が欲しいだけさ。遠藤くんと出会ってその気持ちが強くなった。純粋な気持ちそのものだよ」
「君や遠藤雅がどんな力を秘めているのか私は知らないが、こんなことは止めるんだ。自分の異能は、絶対に悪用してはいけない」
「少々欲深い程度だよ。悪用だなんて、人聞きの悪い」
 与田は映像の中の等華にそう言うと、手元のリモコンを取り出し、ボタンを押す。
等華はとっさに上方向に向かって『黒陽』をかざし、防御の構えを取った。
 空中から、何者かの強襲を受けたのだ。剣と剣が真っ向からぶつかり合い、静寂を切り裂いた。もう少し「確定予測」で察知するのが遅かったら、等華は斬られていた。
 何者かは反動により遠くまで吹き飛ぶと、等華の立つ一直線上に着地する。それがゆっくり上体を起こして対峙したとき、等華は言葉を失った。
「こ、これは『私』・・・・・・?」
 彼女はそう、二本の剣を持つ黒髪少女を見て言った。
「逢州くん。第一さ、君、僕の異能力が何か知ってるのかい?」と、与田の声が聞こえてきた。「僕の能力はね、『異能力者とラルヴァの能力を超科学で再現すること』さ! 今そこにいるロボットは、一般の訓練用ロボットに僕が独自に手を加えた、僕にしか生み出せない最新亜種でね、その名をYDA991‐AISUと言う」
 等華は与田の話を最後まで聞くことなく、先にロボットへと斬りかかった。相手に向かって加速しながら、左手でもう一本の剣『月陰』を抜く。
使い慣れた愛刀たちを折り重ねるようにして何度も振り、間断なく攻め続ける。等華は鋭い目で相手を捉え続けて離さない。体を捻り、回し、姿勢を低くし、飛び掛り。勢いのまま押し続けても、意表を突いて攻め立てても、相手は容易く等華の攻撃を読んでしまい、絶対に防御されてしまう。
 鋭く踏み込んで振った『黒陽』を、バチンと的確に返されてしまった。その反動のままに、等華は大きく距離をとってからこう吐き捨てるように言った。
「何てことだ。私の『確定予測』までも、そっくり移植されているとは・・・・・・!」
「僕の開発した情報収集ロボット『Collecter』で、君の行動・戦闘を常に監視していたんだ。君は色々な人と関わりを持っているし、積極的に戦場に出て剣を握って戦っている。だから情報収集をして試作機を作るには、一番都合の良い人物だったんだよ」
「そりゃまた、随分とひどい趣味しているな。この変態!」
 与田が返事をする代わりに、今度は等華のレプリカが斬りかかってきた。等華もまた予知で相手の攻撃を避け、的確に受け止めた。このロボットは彼女自身のコピー。少しでも気を抜けばやられてしまうことだろう、まさに真剣勝負であった。
 与田は楽しそうに、戦場で火花を散らしている等華に語り倒す。
「超科学は、異能四系統の中で最も優れている種だ。どんなものでも生み出せ、どんな異能力を再現・管理・使用しても許されるからだ。何もルール違反などしていない。特に僕の能力はただひとつ、『異能力者とラルヴァの能力を超科学で再現すること』なのだから」
「笑わせるな。お前が私の何を知っているというんだ?」と、等華は冷静に言った。「一通り立ち合ってよくわかった。所詮、超科学というものはこの程度なんだなと」
「ほほう?」と、与田は不敵に微笑みながら言う。
 等華は静止すると、目を瞑り、二本の剣を構えて集中する。自分の「確定予測」も使わない。感覚を極限まで研ぎ澄まし、相手の攻撃を待った。
 ロボットは、等華の行動がまるで読めない。彼女はこのまま、いつまでも攻撃してこないように思われた。だから、偽の黒髪をなびかせて偽の剣を振りかざし、等華に飛び掛った。無機質な殺意は、等華の前で鋭い跳躍を見せる。
目をカッと開いた等華は、その一瞬を、ぎりぎりまで待ち続けていた攻撃の機会を、絶対に逃さない。両腕をしっかりと引き、極限まで自分のコピーを近くに引き付けていた。
「遅い。鈍い。こんなものは逢州影流でも逢州等華でもない!」
 刹那、彼女の両腕が一閃する。
「逢州影流・『隼の太刀』!」
 一瞬にしてバツの字が叩き込まれ、ロボットにとって致命傷となった。飛び掛ってきた勢いのまま、両腕を振り上げている等華の上を通過し、四つに分断されながら、彼女の背後に落下した。バラバラになってうつ伏せに倒れているロボットは、ばちばちと火花を散らしており、もう稼動することはなかった。
 自分自身を容赦なく切り裂いた等華は、表情一つ変えずに両腕を下ろす。
「それにもうひとつ、そのコピーには私のコピーとして重大な欠陥がある」
等華はとても不愉快な表情をしながら、こう言った。
「私はそんなにも『乳』はない・・・・・・!」

「こりゃたいしたもんだ。これでも君を徹底的に調べ上げて、この手で再現したものだったんだよ? いやはや、流石はオリジナルだ」
「逢州影流も低く見られたものだな。素人に真似できるほど浅いものではない」
 姿の見えない与田に向かって、等華は激しい怒りを滲ませた。己の誇りとしているものをあのような形で示されたのは、彼女にとって侮辱の他でもなかった。
「超科学は異能四種の中で最も優れている? 馬鹿馬鹿しい。猿真似しかできないくせに! 結局、それがお前らの限界なんだ」
「あっはっはっは・・・・・・。よーく言ってみせたな逢州等華。その通りなのかもしれないなあ。
でも、それはもっともな指摘に見えてそうではない。逢州くん、君は致命的な勘違いをしている」
「何?」と、等華はスピーカーを睨みつける。
「確かに僕は、君の逢州影流をうわべだけ見て再現することぐらいしかできなかった。それは他の異能者やラルヴァを対象としても、言えるだろうね。僕は現状、百パーセント完璧なコピーを作ることはできない。一般的に超科学が他の三系統と、力のバランスが取れているとされる理由は、そこにあるんだ」
「キチ×イが。もういいだろう? 早く遠藤雅を解放するんだ。これも風紀委員の仕事のうちなんでな。お前を捕まえて学園に突き出してから、私は一日でも早く遠藤の飼い猫と猫娘をモフモフしたい」
「まあ、話を聞いてくれないか・・・・・・? 戦いはまだ終わっていないんだよ・・・・・・?」
 与田がそう言ったとき、等華の表情が凍りつく。余裕が一切消え、心臓と眼球が、動揺により激しく振動し始める。彼女は一足先の未来を、見てしまったのだ。
「猿真似しかできない我々だけど、そんな我々にしかできない芸当だってあるんだ」
 等華はがくがく震えだした。二本の剣をがらがら落とし、「うそ・・・・・・なにこれ・・・・・・」と、歯を鳴らして怯えていた。
「何もそんなに怯えなくてもいいだろう? 君はもう見えているからわかるんだろうけど、そうだ。これから犬型ラルヴァを模した僕のロボットが、君の目の前に登場するんだ。でも、君は過去に一度、この犬型ラルヴァを倒しているはずだ?」
 無論、僕はそのときの戦闘をCollecterで監視していた。そう、与田は唇を震わせている等華に付け加えた。
 彼女は、今にも後ろを向いて逃げ出しそうであった。無意識のうちに後ずさりをし、一歩一歩と下がってしまう。怖い。嫌だ。怖い・・・・・・!
「だから君は何も怖がる必要なんてないはずだよ? 僕らは猿真似しかできないから、所詮その程度の機械しか作れないんだ。さっき君、そう言ってたじゃないか。その通りなんだよ? 君の言う通りなんだよ?」
 ズドン、ズドンと、四足歩行の足音がこの広い部屋を揺らす・・・・・・!
「でもねえ、超科学者だからこそ、できるもんってのがある」
 与田は、同じことをもう一度言った。そして、この日で一番の笑顔を、彼は見せることになる。
 鉄製の扉を、何度も何度も殴りつける轟音。等華は悲鳴をあげ、その場でしゃがみこんでしまった。「やだ、こんなの、ふざけないで」と、頭を抱え、ぼろぼろと泣いている。
 そして、固く閉ざされていた頑丈な扉は、獰猛なそれによって紙のように破られた。
 この前、彼女が戦ったものの十倍以上はある巨大な犬が、涎を大量に垂らしながら等華のすぐ目の前にやってきたのだ。
「それはね、機械化して、自由に個体の性能・能力パラメータを上下できることだよ! あーっはっはっは! どうだい、体躯をこんなに馬鹿みたいに巨大化させ、体力も近接攻防も著しくツマミを引き上げてしまった、我ら超科学の英知は!」
 巨大な犬は、広大なフィールドがびりびり振動するぐらいの咆哮を上げる。それに合わせて、等華の絶叫が高く響き渡った。

 与田は、雅が愕然としながら見ていたテレビを消してしまった。もう、彼は彼女の置かれている状況を見ることができない。彼女がこれからあの犬によってどうなってしまうのか、雅にはわからない。
「やめろ! やめてくれ! あの子は犬が苦手なんだろう? どうしてそんなひどいことをするんだ!」
「苦手だからこそ適切な機体を導入したまでだよ遠藤くん。弱点を突いて戦うことの、何が悪いんだい?」
「こ、この腐れ外道が・・・・・・!」
 雅は歯を軋ませてそう罵った。「お前の能力は、そんな非道なことをするためにあるのか!」
「別にひどいことをしたいとか、そういうことは全然思ってないよ。あくまでも『異能力者とラルヴァの能力をコピーして超科学で再現する』能力にしたがって、正々堂々と適切に戦ってるだけさ」
「正々堂々だと? あの犬はなんなんだ! こんな戦い、アンフェアじゃないか! 卑怯だ!」
「笑止! 言葉はちゃんと選びたまえ! 僕は何も卑怯なことはしていないじゃない。犬型ラルヴァをコピーして、自分の都合のいいようにパラメータを弄っただけのことだ!」
与田は雅を一喝してから壁際に移動すると、両手を大きく掲げ、口角を飛ばしながら、なおも熱弁を振るう。
「このモバイル学生証がなぜ小さいのかわかるかい? 生徒たちによってより小さなものが求められたからさ! その液晶ディスプレイがなぜ大きいのかわかるかい? 大画面で番組を楽しみたいユーザーがいたからさ! 人や物事の必要性に応じて、ものづくりというものは始まり、されていくのだ。
今回の犬型ロボットはね、どうせこれからやってくることだろう、醒徒会のメンバーを撃退するために僕が開発したものなんだ。だから、彼ら七人を圧倒できる強いものを作らせていただいた。醒徒会も反則的に強いからねえ。僕に言わせてみれば、彼らの存在自体がよっぽど卑怯でアンフェアだ。
別に僕は異能力を増やしてしまったわけではない。常識外れの異能力を新設してしまったわけでもない。ただ個体のサイズや強さの設定数値をいじった程度で、どうしてそれが卑怯だと、アンフェアだと指摘されようか!」
 雅は何も答えず、この狂いに狂った研究員をただじっと見つめていた。
「まあ、そのフレキシビリティーが、我々超科学者が最強だと主張できる根拠なんだよ。さらに、僕は異能者やラルヴァの力をコピーし、機械化できる。僕はまさに最強の超科学者であり、異能者だ。そんな僕はある日、斬新で貴重な能力に目をつけた」
 雅は、頭をがつんと殴られたような衝撃を受けた。「そ、そのために俺に近づいたのか!」
 与田は邪悪な笑みを雅に向け、こう言った。「そうだよ。君があの入学式の日、治癒のことを教えてから僕の生活は変わった」
「そんな・・・・・・そんなことのために、お前は今まで俺に・・・・・・俺は今までお前に・・・・・・!」
「治癒ってのはねえ、本当に貴重で反則的な能力なんだ。術者は非常に限られ、生涯のうちで出会えるか出会えないかもわからない。だから、そんな力を持った君に僕が出会えたこと――これほど感動的で運命的な物語はないんだよ遠藤くん!」
 雅はみくの言葉を思い出していた。あの子の言っていたことは全て本当だった。やみくもに自分の能力について明かすことは、良くないことだったのだ。まして、このような奇人に自分の力を託してしまって、まさかこんなことになろうとは・・・・・・。
「そろそろ僕の野望を教えてあげるよ。僕はね、君の治癒を完璧にコピーしたいんだ。それも、あのつまらない地味な女剣士の場合とは違って、もっともっと徹底的にだ。徹底的にデータを取って、隅々まで治癒の構造を解き明かす。そして僕は治癒能力のシステム化を成功・確立させる。だから、これから君には長いこと実験に付き合ってもらうよ? 僕の研究所に拉致してきたのは、全てそのためだ」
 雅は怒りに震えながら、与田をきつく睨む。
「そうすることで、僕の力も見真似のレベルから脱却ができる。ふふ、猿真似とまで貶められた僕の能力も、きちんとやれば完全なものになりえるんだよ」
「誰が・・・・・・お前なんかに協力するものか・・・・・・」
「うん? 君はそんなに大きく出られる立場かい? そんなに態度が悪いと、あの犬に逢州を喰わせるよ?」
「お前・・・・・・!」
「ま、殺しはしないように設定はしてあるんだ。半殺しにはするけどね。本音を言えば、醒徒会の会長を君の前でいたぶりたかったんだけどな。だって、人質のひとつ捕まえてこないとさ、どうせ君、真面目だから協力しないだろう? 『脳死となった者の内蔵を抜いてもいいか?』『いけないと思う』『どうして?』『生きてるからさ』。・・・・・・フン、こんな生真面目で頑固一徹な君が、大人しく僕の要求にこたえるとは思えん」
 雅は歯を食いしばって、漏れ出そうとしている嗚咽をぐっと喉の奥で押し込んだ。悔しかった。こんな人間の屑に屈服する自分が、情けなかった。
「さっきの話の続きだけど、君の能力をコピーできたらね、僕はもちろんそれを機械化するんだ。それも、容易に治癒能力が戦場に導入できるよう、運用しやすいコンパクトなものを作るつもりだ。するとどうだろう? この奇跡のような技術に異能社会は激震する! 誰も彼もが僕の技術に羨望の眼差しを向ける! そして僕は治癒技術を売りにして、莫大な利益を得るんだ! 僕の時代が始まるんだ! どうだい素晴らしいだろう、これが僕の野望の全貌さ!」
 もう、雅は彼の話に付いていけない。軽蔑の眼差しを向け続けることだけが、今の雅にできる精一杯の抵抗であった。
「そう考えると、君がモルモットだという例えはあながち間違っていなかった。ユーモアのセンスの良さには笑わせてもらったよ」と、全然しゃべり足りない与田は、まだ話を続ける。「僕が作る治癒機械は、とてもすごいことになる。君の、一つの戦闘に一回しか使えないという縛りまで移植しようとは思わない。機械なのだから、加減でどうとでもなるんだ。何度でも使えるようにして、効能も効率もパワーアップさせてもらうよ」
「お前なんかに・・・・・・母さんの力を扱えるものか・・・・・・」
「残念ながら、それを僕の異能が可能にするんだ。あはは・・・・・・。本当、僕らの出会いって運命的だよね。世間を揺るがすセンセーションというものは、いつだってこういう運命的なものがつき物なのさ! あっはっはっはっはっはっは・・・・・・!」
 一通りまくしたてることに満足した与田は、たいそう機嫌よく腹の底から笑った。

 その時、ミーティングルームの壁が激しい音を立てて崩れ落ちた。「何だ?」と、与田は後ろを振り向いた。
「そこまでだ与田光一。遠藤雅を解放してもらおう」
 砂埃が晴れたとき、そこには二本の刀を構えた女剣士がいた。あの犬にやられたのか、その全身は血まみれで、制服がぼろぼろに引き裂かれている。そんな姿を前にした与田は、呆けた顔をして彼女にこうきいた。
「馬鹿な・・・・・・? 限界まで戦闘能力値を振ったのに、どうしてお前はそこにいる・・・・・・? まして、犬嫌いのお前が・・・・・・」
「フン。よくもサイテーなことしてくれたな。この子がいなかったら、私もどうなっていたかはわからない。共闘して、何とか打ち勝てた」
 逢州等華の背後から出てきた小さな影。雅は、その姿を見て非常に驚く。
「みく・・・・・・!」
 立浪みくは、黙ったまま与田に近づく。金色の視線を真っ直ぐ向け、鋭い怒りの目つきで与田を捕捉している。
「お前は、あの猫娘か・・・・・・?」
強い敵意の眼差しを前にして、与田はおののいた。
「・・・・・・この子が私に教えてくれたおかげで、ここにたどり着くことができた」
 みくがそう言ったことで与田は、彼女の肩に乗っている猫の存在に気づく。
 灰色のキジ猫だ。
 それは与田が実験体として捕獲し、雅に脊髄を回復させたキジ猫だったのだ。
「あの人が、危ない目にあってるって。自分を治してくれたあの人を、助けてやってほしいって・・・・・・そう言って私のところに来てくれた」
 キジ猫はみくの肩から下りると、等華のもとへ走っていく。傷だらけの等華はその子をしっかり抱き、保護した。
 雅は感動の余り涙を流していた。彼は、自分の力であの猫を幸せにすることができたのだ。そして、こうして自分の危機を救い、恩を返してくれたことに感激していた。
 みくは立ち止まって、こう怒鳴る。
「よくもうちのマサにこんなひどいことしてくれたわね! このクソッタレが!」
 ズドンと、足元のじゅうたんが陥没を見せた。狭い部屋の大気が渦巻き、荒れ舞う埃に雅は目をしかめる。何か、強大な力が幼い少女の周りをうごめいていた。
「く・・・・・・! この小娘が!」
 恐怖を感じた与田は、リモコンのスイッチを押した。すると、屋根を突き破って、またしても戦闘型ロボットが現れた。体の小さいそれは、とても見慣れた女の子を再現していた。
「あれは、みく・・・・・・?」と、椅子に縛られたままの雅は目を凝らした。
「そうだ。このロボットはね、その猫娘を再現させていただいたものだよ。何しろうちのCollecterと一戦交えたからねえ、戦闘スタイルから身体スペックに至るまで、逢州のものとは比べ物にならないぐらいの再現率を誇っているんだぞ・・・・・・!」
 みくは与田の話に一切動じることはなく、冷めた視線で自分のコピーを眺めていた。
「その上、こちらで勝手に能力値を極限まで上げさせてもらった! まさにこれは僕の飼い猫であり、切り札さ! あはは、君はこれから君のコピーに打ち破られるんだよ。オリジナルが超科学に踏みにじられるんだよ!」
 みくを模したロボットは、間髪いれずオリジナルに飛び掛った。彼女のレプリカらしく、一気に間合いを詰め、鋭い爪を立てて一発でしとめようとした。
 しかし。
「・・・・・・あんた、そんな勘違いを正気で言っているの?」
 みくはそう静かに言った。鋭く襲い掛かってきたロボットの手を、たやすく掴み取っている。「超科学? コピー? 猿真似の親が粋がってんじゃないわよ」
 ロボットの右手を握りしめ、ゆっくりと潰してしまった。与田はその光景に言葉を失った。
「あんたのような人間、私一番だいっきらい。死んでも嫌い。この世から消してしまいたいぐらい、大ッ嫌い!」
 みくは腹の底から吼えた。どこからか突風が渦巻き、等華はたまらず長い髪を押さえて戦況を見守っている。びしびしと窓ガラスにひびが走っていくのを、突風により横に転がってしまった雅は見ていた。
 そして少女の体に変化は起こる。白い尻尾がスカートから生え、頭には、同じく白の体毛に包まれた猫の耳が、ぽんぽんと具現したのだ。
 与田の口から驚愕の言葉が飛び出た。「な、何だその力は! 格好は!」
「何だって、私は『猫』よ?」
そう言って、つまらないものを見るときにするあの冷めた表情のまま、みくはぴこぴこと両耳を動かしてみせた。「私は『猫』よ。ただ、それだけよ」
 覚醒は終わらない。みくの両手に黄色い光の粒が大量にまとわりつくと、それらはぐるぐると回り出した。激しい回転運動を見せてから、一つの発光体となって収束した。
 発光が落ち着くと、両手には巨大な鍵爪が握られていた。長さは五十センチほどで、四本の鋭利な爪はまばゆい金色を見せている。
「・・・・・・私はあんたを八つ裂きにしにきた『猫』なのよ!」
「い、行け! 早くあの猫娘をやっつけてしまえ!」
 命令を下されたロボットは、覚醒を終えた少女目掛けて飛び掛った。みくは、一瞬だけ身を屈めて、低い姿勢で猫の鳴き声を部屋に響かせてから・・・・・・。
 ロボットに向かってしなやかに飛び上がった。
 みくが着地したと同時に、ロボットも着地する。ロボットはしばらくの間、その場で直立していたのだが、ばちばちと全身から火花が飛び散り、とうとうバラバラになって崩れ落ちてしまった。
「ひ、ひいいい!」
 思わず後ろへ下がった与田は、背中を壁にぶつけてしまう。処刑道具を握った少女が近づいてくるたびに、脂汗をたくさんかいて恐れおののいた。恐怖の余り、回らないろれつで、無様なこの悪役はこう叫ぶ。
「せ、せ、せ、せっかく、せっかくここまで研究を続けてきたというのにい! これで終わってしまうのかあ! 糞、くそ、くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「糞なのはあんたよ」
そう言ってから、みくは腰を後ろに捻る。
「くたばれこのド変態!」
 少女の回し蹴りをまともに顔面に食らった与田光一は、いくつもの薄い壁を突き破り、遠くへと吹っ飛ばされていった。

 与田がみくに蹴飛ばされてから、二人の人物が雅のいる部屋に現れた。
「おーおー。派手にやってんじゃねえかあ・・・・・・」
 そう、背の高くてがっしりとした体つきの男は言った。
「なーんだ。アタシたちが来る間に全部終わっちゃったってことですか。そうですか。はあ」
 雅が見知らぬ生徒の登場に目をぱちくりさせていると、大きな男のほうが彼のもとへ寄り、戒めを解いてくれた。その場で座り込んだ雅の首根っこをつかみ上げ、強引に立たせた。
「ほらしっかりしろ! 俺と同期なんだろ? なーんか全然、そうには見えないけどなあ!」
 がっはっはと豪快に笑った彼を、背の低い雅はぽかんとしながら見上げていた。
 一方、男と一緒に現れた童顔の女の子は、傷だらけの等華を気遣っていた。ところどころ噛まれて血まみれで、あと少しみくの到着が遅かったら、どうなっていかわからなかったそうだ。
「遠藤くんだったっけ? ちょっとおいでおいで」
 呼ばれた雅は、慌てて立ち上がり、彼女らのもとへ寄る。「な、なんだい?」
「今からさあ、この子に『治癒』をかけてやってほしいんだ。できるよね?」
「うん。一度だけならかけることができるよ。やるよ」
 雅は、壁に寄りかかっている等華に両手をかざす。母親譲りのぬくもりを分け与えながら、「ありがとう、僕のために」と静かに礼を言った。「礼はいらない。その代わり、ぜひとも今度、君んちの飼い猫と会わせてほしいな」と、彼女は微笑んで言った。
 その時、雅の肩に手がおかれる。振り返ると、童顔の女の子がニッと笑って「ほら、続ける続ける!」とせかした。雅は最後まで異能に集中し、等華を治した。
「これが治癒か。本当に全部治ってしまった。まるで生まれ変わったみたいだ」
 と、等華は喜んで言った。キジ猫も嬉しそうににゃんと鳴くと、この女剣士は歳相応の可愛い微笑を見せるのである。
「どうだ、遠藤。全然疲れてないだろう?」と、男が雅にそうきいた。
「あれ、言われてみれば」
 雅は不思議に思った。いつもはこれぐらいの怪我を全快させた後は、視界が真っ白にぼやけるぐらいに疲れてしまうのに、今回はそうではないのだ。むしろ、もう一度治癒を使用できそうなぐらい、雅の体に疲労は見られなかった。・・・・・・それが、醒徒会・書記の恩恵によるものだということは、彼は知らない。
 そして、雅は思い出したようにこう呟いた。
「・・・・・・みく? みくはどこに行ったんだ?」
 荒れ果てたミーティングルームを見回してみても、あの暴れん坊の仔猫はどこにもいない。等華がこう雅に言う。
「いつの間にかいなくなってるな。もしかして、さっきの男のところへ行ったんじゃないか?」
 急に、胸騒ぎが雅を襲った。
 嫌な予感がしてならなかった。

「さあ、覚悟なさい。あんただけは、あんただけは絶対に許さないんだから!」
 仰向けにぐったり倒れている与田は、壁やら資材やら、様々な瓦礫にまみれていた。頭部から出血しており、白衣がべっとりと血で汚れている。首のあたりに、鋭利な刃物を突きつけられていた。
 みくは鍵爪をしっかり与田の首に向け、金色の眼差しを彼の目に突き刺している。いつ、のど元を切り裂いてしまってもおかしくない、強い緊張感が張り詰めていた。
「真面目で殊勝なマサを裏切ったあんたが許せない・・・・・・! マサを利用しようとしたあんたが許せない・・・・・・! これだから科学者ってのは信用ならないのよ!」
 そう、みくは涙を撒き散らしながら怒鳴る。それを見て、合点がいったように与田がニヤリと笑った。
「・・・・・・そうか。その猫耳。尻尾。戦闘能力。どこかで見たようなデジャブがあったんだよ」
 与田の意味深な一言に、みくの眉がぴくりと動く。
「だいぶ前に、散々物議を醸した猫耳姉妹じゃないか。まさか三女がいたなんて、思いもしなかった」
「・・・・・・あんたには関係ない話じゃない!」
「とっくに始末されたもんとばかり思ってたからねえ。人類の敵として」
「な、何ですって?」
 みくは瞠目した。二人の姉はラルヴァとの戦闘で命を落としたと、彼女は思っている。長女のほうが戦闘に破れて遺体で見つかり、次女のほうが、今なお行方不明でその生存は絶望視されている。学園の関係者が物静かにそう報告したのを、みくは号泣しながら聞いていた。
 それだけに、与田が言ったことの意味が理解できなかった。
「何も話を聞いていなかったのか? 知らぬが仏と言うやつか。教えてあげよう。君のお姉さんたちは、表向きにはラルヴァとの戦闘で命を落としたことになっているらしいが、実はそうではない」
 体じゅうがぶるぶる震えているのを、みくは感じていた。こいつは、この男は、一体、何を言って――?
「僕ら学生たちによって始末されたのさ! 理由は単純明快、君らはラルヴァの血を引いているからだ!」
 開いた口が塞がらなかった。
 これまで誇りにしてきた猫の血筋が、ラルヴァのものですって?
 そして、私が目の仇にしてきたラルヴァが、実は宿敵では無かったですって?
 そうではなくて、学園の人間たちがお姉ちゃんを殺した、ですって?
 つまり人間がお姉ちゃんを殺した、ラルヴァだから殺された、そして私は、『ラルヴァ』・・・・・・?
 呆然とした顔をし、両手をだらんと垂らしたみくに、与田は機嫌を直してなおもこう言う。
「あの姉妹の強さは圧倒的すぎた。彼女らを人類の希望としてではなく、『脅威』と判断した学園は、表向き異能研究と称して、彼女らについてこれでもかというぐらい調べ尽くしたんだ。科学者嫌いを見るに、それは君も知っているようだね? そしてその結果、学園は、君らの祖先にラルヴァの存在を見出したんだ」
 みくはその場でがっくり膝をつき、両手から鍵爪も消滅させた。その金の瞳は、もはや何も捉えてはいない。自分の存在がどういうものかについて、完全に見失っていた。
「君だって、十二歳とは思えない戦闘能力をしているだろ? どうりで、僕の犬を倒すことができたというわけだ。
・・・・・・ほら、たまにあっただろう? 戦闘中に沸き立つ、血液が沸騰しそうな破壊の衝動を。それこそがラルヴァの血なんだよ! あっはっはっは! なんて可哀相なんだ! 目の仇にしていた連中たちと、実は同類だったなんて! 真の敵は人類だったなんて! 心から同情するよ、立浪みく!」
「うごああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 みくは立ち上がった。吼えた。
 両目がちかちかと瞬きだす。しかし、それは彼女の色である金色ではない。「赤」であった。
 視界が、さあっと赤くなる。血液が沸騰し、爪が伸び、牙が大きく口元から露出する。
 再び鍵爪は具現された。果てしない怒りや殺意で増強されたそれは、少女の体躯よりもずっと大きい、巨大な凶器となった。そのまま天に向かって右腕を突き上げ――鍵爪は、与田の首元目掛けて振り下ろされようとしていた。
「やめろ、みく!」
 その声が彼女の猫耳に届いたとき、瞳の色は金色に戻る。
 雅は、何かに染まりかけたみくのもとへ駆けつけると、しっかりと後ろから抱きとめた。
「もういい。全部終わったんだ。お前はもう、何もしなくていいんだよ」
「・・・・・・でも」
「この男は然るべき場所で、然るべき罰を受けることになる。何もお前が手を下さなくてもいいんだ。だから、今日はもう家へ帰ろう。早く家に帰って、一緒にご飯食べて、一緒に寝よう」
「・・・・・・」
 みくは雅の顔を見た。じっと見つめた。
まるで、その金の両目に焼き付けようとするかのように、彼女は大好きな雅の顔を見続けた。
視線をよそへ放るように逸らし、雅の手を振り解くと、立浪みくは走り去っていってしまう。
「みく!」
 自分から離れていく小さな背中に向かって、雅はそう彼女の名を呼んだ。みくは振り返ってくれなかった。その背中と、一粒零れていった涙粒に、何か決定的な別れのようなものを彼は感じ取っていた。
 殺されかけて失禁していた与田は、裏返った声で雅にこう言った。
「・・・・・・はは。あはは。あの目! あの赤い目! 君も見ただろ? どうみてもラルヴァじゃないか! あの子は人類の敵であり脅威である『ラルヴァ』なんだよ!」

 その後、学園関係者が与田光一の研究所に立ち入り、七月七日深夜未明、雅は無事に保護された。
 与田技研。学園に訓練用ロボットを供給している、超科学系異能者によって構成されたロボットメーカー。
 対ラルヴァ用ロボット開発事業のパイオニアとなったこの老舗メーカーも、2019年夏、ひっそりとその短い歴史に幕を下ろす。
 理由は、創立者の息子であり、超科学者である与田光一の暴走のためであった。
 与田光一は自社の訓練用ロボットを極秘に改造したうえ、彼の異能力『異能力者・ラルヴァの異能を擬似的に機械化する能力』を悪用してしまう。あろうことか、彼は優秀な学生のコピーロボットの開発に成功し、その技術力で膨大な利益を得ようと目論んでいたのだ。結果としてそれは、遠藤雅という青年の監禁・拉致に繋がった。
 研究所の責任者でもある息子の、不祥事の責任を感じた与田技研の創立者は、メーカーの解散を決めたという・・・・・・。

 目覚まし時計のアラームが耳に届いたとき、雅は手を伸ばしてボタンに触れた。
 寝癖の突いた頭を、適当にシャワーでも浴びて直す。食パンを焼き、バターだけをべったり付けてからかじりついた。
 みのもんたは今日も、酒気帯び運転について声を荒げていた。何年経っても変わらないその声を、雅はテレビの電源を切って遮断した。
 あと今日一日、大学に行けば試験は終わる。まずいインスタントコーヒーを口に含んでいると、突然、おいしい朝食が恋しくなった。
 立浪みくは、与田の一件があってから、雅にその姿を見せていない。
 アパートが一緒だと聞いていたので、彼女の部屋を訪ねてみたのだが、すでに引き払われていた。
 雅は全くわからない。どうしてあの子は、急にいなくなってしまったのだろうと。自分に向けられた無垢な愛情が惜しかった。もう少し、心を開いてもっとあの子に優しく接することができたらと、彼は後悔している。
 母親と生き別れ、実家を捨て、親友を失い、ついには相方までいなくなってしまった。
「ま、俺に孤独はつき物だってことなんだね。母さん」
 そう、彼は強がってコーヒーを飲み干した。

 梅雨も明けて、白い入道雲がくっきりと映える時期になった。
 謎の島にやってきて、もう半年がたった。それは言い換えれば、異能者となってようやく半年を迎えたという意味でもある。強い日差しと、アスファルトからじっとりと沸き立つ熱を感じながら、雅は双葉学園へと足を弾ませる。
 今日も訓練。明日も訓練。夏休みに入っても訓練。雅は燃えていた。
 もう二度と、与田の件のような悲しい思いはしたくない。そのためにも、自分は強くならないといけない。早く一人前の異能力者にならないといけない。さらに言えば、母親からくれた強大で優しい力を守っていくためにも、もっともっと強くならなくてはならないと、雅は心に決めていた。
 そしていつでも、小さなパートナーの帰りを待ってあげなくてはならない。
 あの無邪気な八重歯の女の子に「おかえり」と言ってあげるまで、遠藤雅の学園生活は終わらない。

  第一部完   とか底辺が調子こいてごめんなさい




【双葉学園の大学生活 ~遠藤雅の場合~】
作品 第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話 第七話
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