【双葉学園レスキュー部の軌跡 蛟の二】


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 3日経って木曜日の放課後。まだ少し、夏には遠い。
 私は放課の後、少しばかり知らない教員に拘束されてから、部室へと向かうこととなった。
 扉を開けると強面の男子が、ちわッス、と軽い挨拶を飛ばしてくる。その挨拶を本人は爽やかを心がけた結果だと言うだろうけど、面構えのせいか、ヤンキーにしか見えない。
「遅かったですね。また秋津が何かやったんスか?」
 彼は市原 和美《いちはら かずみ》。我が双葉学園レスキュー部の、舎弟その1である。
 現在高等部に入学したての1年生だけど、私より少し背が高い。体格は……学園には肉体派の生徒が多いから、それなりに良い、というところか。
 鼻筋が凛々しく、しっかりした顎を持つ彼は見方によっては健康的美青年の器かもしれない。が、側面を短く刈り上げた髪型はスポーティーというより不良のそれだった。
「まあ、ね」
 私はつい気を抜いて、どっかと椅子に腰を下ろしてしまう。
 市原くんはこういうとき、
「少しくらい女らしくしたってバチはあたりませんよ」
と、顔に似合わぬ小言を言うのだが、今日は私が少々疲れているのを見越してか、何も言ってこなかった。
 実際、先生に拘束された理由は秋津くんの件についてだし、彼本人は今、春出仁先生の有り難いお説教を拝聴しているところだろう。
 彼は、問題児だった。


 さて、ここで秋津 宗一郎という少年について私の知ることを語ろう。情報源は春出仁先生から少々強引に引き出した資料と、空き時間に彼の同級生その他に尋ねて回った結果が主だ。
 彼は13歳で、中国地方の山奥から今年学園に来たらしい。
 親族は姉一人。他の家族に関する記述がないのは、いないのか、あるいは学園側が不要と考えたために記載されてないのだろう。
 生粋の日本人で、身長は157cm。体格はそこまで良くないが、少年と呼べる年齢なのだから、まだまだ伸びる余地はあると思う。
 彼の異能力は遺伝によるものであるそうだが、詳しいことは学園側も解析しきれていないようだった。
 ただ、彼の一族は異能力からか地域の土着信仰に関わっていて、実家は神社の形を取っているらしい。着物が似合うと感じたのも、あながち間違いでもなかったというわけだ。

 その異能力は、既に目の当たりにした通り。簡単に言うと低温領域を作り出すのだが、その熱を奪う能力が尋常ではない。
 大抵の対象は3日前のコップと水のように、大気中の水分ごと即座に凍り付いてしまう。比熱が高い水ですらこうだから、おおよその生き物を殺すのに不自由はしないだろう。
 それは人、動植物、そしてラルヴァも含まれる。
 生命維持のための適正温度を必要とする存在であれば、全てあっさりと死ぬのだ。


「んぐ。そりゃ随分と物騒な話ですけど、大抵そういうのにはデメリットがあるもんじゃないッスか?」
 昼間に買っておいたのだろう、購買のミニフランスパンを噛みながら市原くんが口を挟んだ。手でちぎって食べるというような行儀の良さはないが、この方が絵になるな、と私は思う。
 彼は実によく食べる。彼の魂源力は胃の食物によって回復が促進されるという特徴があり、短期間に何度も異能力を使うためには、常に腹を膨らませておく必要があるからだ。
 実は、彼の食費の一部はこっそり部費から支出していたりする。
「彼は目立ったリスクを負っている節がないそうだ。魂源力仮説に従えば、彼の内包するアツィルトは非常に大きいし、異能力への出力効率も相当いいことになるかな。
 能力を使うのに相手を認識する以上の特別な行為は要らないし、その伝播速度もかなりのもの。
 強いて言えば、他者から認識し辛いとか、自身から目標到達までの経路コントロールが曖昧という欠点があるけど…彼自身がリスクを負うわけじゃない」
 これだけ見れば醒徒会役員もかくやというほどである。敵どころか味方にもしたくない。
「ただ、特待生にされた理由はそこじゃないと思う」
 これは推測だが、殆ど確信に近かった。
 彼はわずか3日間の間に、クラスではすっかり腫れ物のように扱われていた。
 戦闘訓練系の授業では手加減を知らないし、コントロールの問題もあって、周りは最早危険物のように認識しているかもしれない。
 幸いにも死者は出ていない。怪我人はまだ、学園の治癒系異能力者でどうにかできる範囲だ。ただ、そのうち本当に死人が出ても不思議ではないだろう。
 普段の彼を見ていても、それほど自己顕示欲が強いとは思えない。
 しかし、事実として力を見せ付けるような節があるのは確かなのだ。
 どうもその辺りのトラブルから、中等部で扱いかねたのではないかと私は考えていた。彼の同級生への聞き込みも、これを裏付けている。
「…まあ、私があてがわれた理由は相変わらず分からないんだけど」
「醒徒会からのあてつけじゃないッスか? ほら、先週もやらかしましたし」
「ああ、そうだねぇ……やらかしたねぇ」
 そういえば先週は、勝手に部隊輸送用のヘリに同乗して現場に行ったりしていた。
 ヨソの協力で部隊の輸送が行われる場合、向こうは目的地などの情報は伝えられていても、どの生徒が行くのかまで知りはしないのだ。だからしれっと乗り込んでも、基本的には何も言われない。
 ただ戦闘部隊の面子からすれば私たちは異分子なので、いざこざが起きることもままある。
「アレは大丈夫だと思ってたんだけれど。気分は盛大に害しただろうけど、怪我はさせてない」
「ちょっとばかしショックが強すぎたんじゃないッスか? あの後ずっと無言でしたからね。
 ラルヴァの内臓とか見てこなかったわけじゃないだろうに。まったく、繊細なことで」
 彼が口さがないのは他人のことを考えている表れでもあるが、ときどき悪態になってしまうのが玉に瑕だ。
 市原くん、悪口もほどほどに――そう言おうとしたとき、部室のドアがきしみながら開く音が、私の言葉を遮った。

 レスキュー部に来訪者が来ることは滅多にない。だからその相手もすぐに予想がつく。
 噂をすれば何とやら。秋津 宗一郎がそこにいた。


 来室した秋津くんは開口一番、声音に稀に見る凶暴性を表した。
「誠司先輩、僕と勝負してください」
 ……内容も相当なものだった。
 市原くんが何か言おうとしたので、即座に手で制する。彼は言葉を呑み込んでくれた。
「理由がないと承諾できないよ」
「誠司先輩が異能力者ではないというのは、本当ですか」
 秋津くんはこちらの意見を聞く気はないようだ。いや、それよりも、
「誰がそんなことを言ったの?」

 その質問の意味があまりないことを知りながら、それでも私は尋ねずにはいられなかった。
 私が異能力を使えないことについて、学園側は当然認知している。また授業で異能力を使用しないわけだから、当然気付いていたり、知っている生徒もいる。
 秋津くんもそのうち、気付いたかもしれなかった。
 しかしその前に、わざわざそんな情報を与える者がいたことが、意外だった。

「…春出仁先生です。本当なんですね」
 彼の表情はいつも張り詰めていて、まだ若いながら整った顔立ちと合わさり、氷のように硬い。
 そしてその『眼』は、私を殺さんばかりだ。それが喩えで済まないことを私は知っている。
「間違いではないよ。私は異能力を使えない。
 …それで。言いたいことは、私が自分の指導役としては不満だってことかな?」
 彼は何も答えない。要するに私は脅迫されているのだ、と気付く。
 そして、どうやら自分は春出仁先生に嵌められたのだということも。
 私は軽いため息と共に、分かったよ、と返事をした。
「先生のことだから、場所を用意してくれているんじゃないかな。例えば、土曜日とか」
 そこで秋津くんは初めて驚いたような顔をする。どうやら、当たりだったようだ。
「もしかして、話を通してあったんですか」
 私は苦笑しながら首を振り、否定する。
 春出仁先生からすれば、私闘が無秩序に行われるのを避けたいのは当然のことだ。
 つまり時間も場所も指定して、できれば自分が見ている状態でやってもらうのが一番望ましい。
 そして周囲の安全のために訓練施設を使うならば、休日の方が良い。通常授業がなく、他のクラスの邪魔になりにくいから。少し考えれば分かることだ。

「私は土曜日で構わないよ。場所はきっと、先生が責任を持って確保してくれているだろうし」
 いけしゃあしゃあと言ってみる。きっと2人には、私の態度がそうとう不遜に見えていることだろう。
 ……私からすれば、秋津くんに恨みはない。教師からダシに使われたという点についてはまあ、腹が立たないわけでもなかった。
 しかし春出仁先生が言うからには、たぶん勝つことを期待されているのだ。
 無能力者が、彼の鼻っ面を叩き折ることを。
 ならばせいぜい憎まれ役を演じてやろう。そう私の奥深いところが疼いていた。
 ……重ねて言うけれど、別に怒っているわけじゃないよ?いや本当に。
「…センパイ」
 すっかり空気のようになっていた市原くんが何か言おうとするが、すぐに室温の低下に気付く。
 秋津くんの周りにちらついて飛ぶ光。
 それは怒りからか。それとも高揚からか。
 彼の発する冷気が作り出す、ダイアモンドダストだった。


「――で」
「勝ち目あるんですか、って質問はナシ」
 私の先制に、えええ、と市原くんが声を上げるが、今更その質問はナンセンスなのだ。決まったものは仕方がないんだから。
 秋津くんは結局、何も言わずに部屋から出て行った。室温がかなり下がっていて寒かったり、端のパイプ椅子が霜に覆われていたりするが些細なこと。
「まあ、負けても構わないだろうし」
 勝つ算段を立てても当然負ける可能性があるが、そうして負けたとして、死ぬことは稀だろう。
 相手は話の通じないラルヴァではないんだし、最近はほぼ死んでるものも修復する異能力者がいるそうだから。
「そんな楽観的でいいんスかねぇ…あいつが殺ろうと思えば1秒かかりませんよ、たぶん」
「そうだね…私もそう思う。全く出力過剰なことだ」
「?」
 私の呟きに市原くんは首を傾げているが、上手くいく前からご高説を垂れると後が恥ずかしいので、説明はやめておいた。
 さて。そんなことより準備をしないと。
 奇をてらわなくてもどうにかなるだろうけど、全くの無策で勝てる相手でもない。
「私はちょっと備品でも眺めてこようかと思うんだけど。君はどうする?」
 私がそう言いながら椅子から立つと、彼も慌しく立ち上がる。
「そりゃあついて行くに決まってるじゃないッスか。暇ですし」
「じゃあ、君は夕食の店でも考えておくといい。前祝いをして貰わないとね」
「やった! …って、俺がオゴる方ッスか!?」

 …うん、これならきっと大丈夫だろう。
 私は死地を予期しても、何ひとつ動じていなかった。
 それは他人からすれば、気味が悪いと思われるほどに。


 ああ、そう言えば。

 この役目。彼を打ち倒すのは、わざわざ私である必要があったのだろうか?

 私がそのことに思い至るのは、まだ先のことだった。







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