【虹の架け橋】


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 虹の色のように表情のころころ変わる、元気な女の子がいた。
「いいお天気だね。学校終わったらみんなで遊ぼ!」
 そう、黄色い名札を下げた少女が言う。列を乱し、路上で遊び始めた彼女らに、六年生の先輩が「ちゃんと並びなさい!」と怒った。
 二重まぶたのかわいいこの子は、名を森田虹子という。外で遊ぶことが大好きで、登校途中の段階からすでに、今日の終業式のあと何をして遊ぼうかと心を弾ませていた。
 薄めのまだら雲も白く際立つ、晴れ渡った朝。すずめの賑やかな声を楽しんでいたとき、虹子はふと、友人の中里郁美が握るピンクの雨傘に気がついた。
「あれ、いくみちゃん。どうして傘なんて持ってるの?」
「にじちゃん、今日雨振るってテレビで言ってたよ?」
「こんなにいいお天気なのに?」
 虹子は首を傾げる。日ごろテレビは見ず、周りも誰も雨が降るなどとは言っていなかった。
「今日は雨なんて降らないよ。うん」
 おしゃべりに夢中な彼女らを、集団登校の班長が再び一喝した。


 双葉学園・初等部の終業式は、大きなトラブルもなく無事に終わった。
 春先に高等部の入学式がラルヴァによって強襲されてしまったこともあり、現場周辺は異能者の教員たちが厳重に警戒するという、ぴりぴりとした緊張感が走っていた。
 無論、異能者の卵である子供たちにはそのような大人の事情など関係ない。退屈な校長の話を無視し、よそ見をしたり友達どうしでしゃべっていたり、好き勝手やっていた。
 そしていよいよ、子供たちが待ちに待っていた夏休みは始まった。
 校庭では男子がポコペンをしていた。それを見つけた虹子は喜び、郁美を巻き込んで参加を表明する。植木鉢やらお道具箱やら、邪魔な手荷物を全部放ってから、男子の輪に乱入していった。
 周りに笑顔を振りまく明るい少女。そんな彼女に、対抗心のにじみ出た強い視線を送りつけている男子児童がいる。
「虹子め」
 虹子と同じクラスの野球少年、朝倉太陽だった。


 じゃんけんに負けた太陽は、にこりともしない真剣な表情で、校舎の壁に手を置いた。
 鬼は隠れている人を見つけたら、その人の名前を呼んで壁にタッチをする。そうすることでその人を「捕獲」できる。全員の捕獲に成功したら晴れて鬼の役割は解け、最初に捕まった者が新しい鬼となる。だが他の人が鬼の居ぬ間に壁にタッチをしてしまうと、その時点で捕虜は解放となり、再びゲームは降り出しに戻ってしまう。
 太陽にとって真の敵は、森田虹子ただ一人だけであった。こういった遊びにおいて、彼は毎度のごとく彼女によって敗北という辛酸を舐めてきた。
「アイツのちからは反則すぎんだ」
 十を数え終え、ぐるりと回ってフィールドのほうを向く。日差しが目に突き刺さった。誰の姿も見えなくなった校庭。勝負は始まった。
 太陽は運動神経が抜群だ。まず鈍臭い男子が続々と釣れていき、一つの脅威であった、野球クラブの友達との一騎打ちもぎりぎりのところで勝てた。牽制球でランナーを刺すような集中力と瞬発力が、この日の太陽は一段と研ぎ澄まされていた。
 男子はあっという間に全員捕まってしまい、ついでに郁美も難なく捕まえた。残すところは宿敵・虹子のみ。
 白い塊を何重にも積み重ねた入道雲が、汗をびっしょり流す小さな太陽を見下ろしている。航空機の音がうるさいセミの声をかき消して、轟然と真上を横切った。
 既に捕まってしまった友人たちは、みんな退屈そうにして校舎の壁に座り込んでいる。この息を呑むような大勝負にまるで興味を示さない。
 それを気に食わなく思った太陽は、とうとう賭けに出た。わざと壁から離れることで、虹子をおびき出すことにしたのである。
 周辺に隠れる場所はほとんど無い。せいぜい校舎の陰に息を潜め、鬼の隙を狙って突撃する戦法があるぐらいだ。もちろんそのような作戦を取った輩は、苦労することなく返り討ちにしている。
 それでも壁から距離を取る行為は博打に等しい。太陽は全精神を集中させ、いつ、どこからでも虹子が登場してもいいよう待ち構えていた。
 現れない。
 それでも虹子は現れない。
 とうとう、太陽の忍耐が限界を迎えた。
「どこにいやがる虹子! 出てきやがれ!」
 太陽はむきになり、はるか遠くに位置するプールまで駆けていき、その物陰を調べる。このグラウンドでは、もうそこしか隠れられる場所は考えられなかったのだ。
 だが、それが勝負の分かれ目となってしまった。
 随分と遠くまで来てしまった太陽は、校舎の方を振り返ってみて言葉を失う。
「えへへー、いっくよー!」
 虹子の声が高らかに響く。見つからないわけである、彼女は校舎の屋上でチャンスをうかがっていたのだから。
 白い雲に指を差し、彼女はその場でくるりと右回りを見せる。するとまるでじょうろの水のように、指先から大量の粒子が涌き出てきた。
 キラキラと輝きを放つプリズムは、きれいに収束して一本の「虹」をつくる。虹はくるくると螺旋を描き、鬼のいなくなった壁へと到達した。
「嘘だろ」
 血相を変えて太陽が走ってきた。両腕を大きく振り、全速力で疾走してくる。そんな必死な彼ににっこり笑顔を送ってから、虹子は虹の滑り台を降りていく。
「はい、たーっち!」
 大歓声と共に捕虜が逃げていく。そんな「敗北」を目の当たりにした瞬間、太陽は屈辱のあまり倒れ込んでしまった。


「くっそう、反則すぎんだよあの力!」
「しょうがないよ、朝倉は頑張ったよ」
 軽く受け流そうとした友達に、太陽はなおも愚痴をぶつけ続ける。
「鬼ごっこんときもあれで逃げられた。あいつ公園の池に虹の橋かけて逃げたんだぜ? 俺が乗ったら消しちまうしよ! おかげでめっちゃひどい目にあった」
 身振り手振りで必死に伝えようとする。すると周りがくすくす笑い出した。
「なんだよ?」
「お前ほんと、森田に関しては一生懸命だよな」
「あ、やっぱり森田さんのこと好きだったんだ」
「お前ら! だっ、誰があんなノーテンキな女と!」
「赤くなってるぞ朝倉ぁ、ああもう、いつ告るんだい?」
「知ってるか朝倉。森田もな、朝倉のこと好きなんだぜ?」
 それを聞いた瞬間、太陽は立ち止まってしまった。フリーズしてしまった。両目が点になり、日焼けをした真っ赤に変色してしまう。
 池に落とされたとき、虹子は彼に橋を架けた。差し出された小さな右手と、眩しい笑顔。幻想的な虹の架け橋。それだけで彼の心は全てを持っていかれた。
 そんな初恋に悩む少年に、友人はこうひどいことを言ってのける。
「嘘だよ。バーカ」
「……てんめえ!」
「うわあキレた! 朝倉がキレたぁ!」
「逃げろ、ボコボコにされんぞ!」
 太陽は嘘をついた友達を追いかけまわし、襟首を捕まえ、投げ倒し、ボコボコに蹴った。
 そのとき火照った頬に、冷たい雫が落ちる。
 雨だった。


 虹子は小学校の昇降口で一人、止まない雨を見つめていた。
 郁美の言っていたことは本当だった。入道雲はみるみるうちにどす黒く変色し、今では大粒の雨を島中に流し込んでいる。残ってクラスの菜園の様子を見ていたら、降ってきてしまった。
 お道具箱を濡らしてしまうわけにはいかない。彼女は一人寂しく足止めをされていた。
「寮までひとっ飛びできたらな」
 そう、無力な指先を見つめてため息をつく。こう雨が降っていては、虹子の力「レインボーロード」は行使できない。太陽光を必要とするからだ。
 不意に、泣き出したいぐらい悲しい気持ちになる。こうして実家を離れてから二年半の時が流れていた。
 母親は虹子が産まれたときの話を、いつも嬉しそうにしてくれた。指先に七色のテープのようなものを巻いてあなたは産まれたのよと、彼女は聞いている。
 やがて虹子はすぐに親元を離れ、双葉学園に入学することを選択する。
「わたしのにじで、せかいじゅうにキレイなにじをかけるんだ」
 ――幼稚園の頃、笹の葉に提げた願い事。
 それでも寮暮らしを始めた頃は寂しさのあまり、毎日泣いていた。日曜日になると、実家の母親、父親、兄、飼い犬のウエサマ(松平健似なので)たちの顔を思い浮かべながら、指先から虹を出してみた。
 遠い家族に向けて虹を投げかけているうちに能力は成長し、今では虹の上を歩くことができるぐらいにしっかりとした力になっていた。クラスメートの誰もが、その素敵な力にうっとり憧れた。
 皮肉にも、虹子の家族を想う孤独な気持ちが、レインボーロードを育てたのである。
「お母さんたち、どうしてるのかな」
 あと数日経てば帰省も許される。しかし、怒涛の雨雲が彼女の心を覆い尽くしてしまい、その頬を塗らしてしまう。
「おうちに帰りたいよ……」
 虹子はぎゅっと植木鉢を抱きしめ、一人すすり泣いていた。


 そんな一人ぼっちの少女の隣に、少年はやってきた。
「ふん、やっぱりここにいたのか」
「太陽くん」
「傘持ってないの、見てたんだぜ」
「あぅ」
 すると、虹子はばつが悪そうにえへへと苦笑いをした。が、太陽は目を逸らしてしまう。彼女の泣き腫らした顔を直視できなかったのだ。
 ぼんやり霞む初等部の校門を眺めつつ、彼は言う。
「雨、止まないな」
「止まないね」
 会話が途切れてしまった。なすすべなく視線を落とし、じっとスニーカーを見つめる太陽に、虹子がこうきいた。
「傘、入れてくれるの?」
「むっ、誰がお前なんかと相合傘なんて」
「いじわる」
「……!」
 その一言で、恥ずかしがりやの太陽に何らかの決意がついた。
 彼はランドセルをその場に放り投げる。畳んだ傘も捨ててしまう。一歩前に出て大雨を全身に浴び、まっすぐ両方の手のひらを天に差し出した。分厚い雨雲に向かって、両腕をしっかりと上げた。
「何してるの太陽くん。濡れちゃうよ?」
「いいから見てな」
 灰色のシャツがすぐに真っ黒になってしまった。容赦なく顔面を打ちつけるのに耐えながら、大きく渦を巻く雨雲に力を送り続ける。
 すると、奇跡が起こった。
 雨雲が切れ、光が差してきたのだ。
「わあ……」と、虹子はその力に見ほれる。
 太陽は歯を食いしばり、全力で雨雲をどかし続けた。木漏れ日を思わせる透き通った光が、たくさん降り注いでくる。まるで悪しき強大な存在が、聖なる力を前にばらばらに解体されていくようだ。少年は晴れない少女の心に、温かな光のシャワーを浴びせたのだ。
 やがて、双葉島を覆っていた雨雲はきれいさっぱりなくなってしまう。真夏とは思えない冷涼な風が吹くと、朝顔の葉から雫がひとつ零れ落ちた。
 虹子は跳ねるように立ち上がった。
「すごいよ太陽くん! こんな力、始めて見たよ!」
「ああ、これが俺の力だ」
 朝倉太陽の異能は、「雨雲をどかすちから」である。雨雲を完全に消滅させることは出来ないものの、一定時間だけ晴れ間を呼び込むことができるのだ。
 魂源力を使い切った太陽は、その場に座り込んでしまう。
「ちょっと経ったらまた降るから、早く帰りな」
 大好きな少女の顔も見ることなく、わざとらしくぶっきらぼうに言う。
「たくさん荷物あんのに、また降ってきたらもう知らないぞ」
 虹子は駆け足で植木鉢を昇降口の脇に置いてくると、お道具箱の入ったキルティングの袋だけを肩にかけて戻ってきた。
「植木鉢はあそこに置いてくよ!」
 と、すっかり笑顔に戻っている。太陽は驚き、そして呆れ顔を見せつけた。
「持ってかねえと怒られんぞ? せっかく手が空いてんだから、」
 そう言いかけた少年の前に、少女の左手が差し出される。
「私は太陽くんと帰るからいいの。ほら立って」
 青空に映える嬉しそうな笑顔。それを見た彼の頬が朱に染まる。二人は手と手を取りあい、並んで立つ。虹子は右手の人差し指をとある方へと向け、真っ直ぐ差した。
「寮までかかれぇ、虹の架け橋!」
 すると虹子の足元から、巨大な虹のアーチが出現した。伸びやかに青空に向かって飛び上がり、天頂を掠め、寮までと続いていく。雨上がりの優しい陽に包まれ、虹子のレインボーロードはくっきりと、はっきりと鮮やかな発色を見せた。
 双葉学園を取り巻くこの大舞台に、美しい虹がかかった。執務をしている醒徒会会長も、中華鍋を振っている苦学生も、猫と遊んでいる風紀委員長も、誰もかもが目を奪われた。もちろん誰も、それが初等部の少年少女が生み出してみせたものだということは知るはずもない。
「さあ、行こ。一緒に帰ろ?」
「またすげえの出したなあ」
 太陽が呆けていると、虹子は恥かしそうに、そしてどこか幸せそうにこう言う。
「太陽くんが光をくれたから、私は大っきくてきれいな虹をかけられるんだよ」
 彼はいっそう、顔を赤らめた。
















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