【時計仕掛けのメフイストフェレス 番外編 星に願いを】


 年に一度の七夕祭り。
 学校ではみんな思い思いに笹を飾りつけ、そこに願いを書き込んで星に託す。
 それは何時の時代でも、何処の場所でも変わることのない子供たちの営みである。
 それぞれの家庭でもまた、七夕の笹を飾る所も多い。
 そしてここ、時坂家では――

「親父たちが笹送ってきた。なんだろーね、マメっつーかなんつーか」
 宅配便の包みを開けながら祥吾が愚痴る。
「あら、家族サービスを怠らないいいお義父さんじゃないですか」
「なら本人達が帰って来いっての。まあいつでも会えるし別にいいんだけどよ。
 つーか今、なんかオトウサのン字が違ってね?」
「間違ってませんよ?」
 しれっと言い放つメフィスト。
「まあいいけど。」
 言いながら祥吾は笹を取り出し、庭へと飾る。
「……」
 七夕になると、妙な感覚に包まれる。
 思い出してはいけないような、思い出さないほうがいいような、しかし思い出さないといけないような。
 それが祥吾にはわからない。
 ……しかしわからないということは、どうでもいいことなのだろう。
 気にすると負けだ。
 祥吾はそう、自らに言い聞かせる。
「お兄ちゃん、そろそろ行こうよ」
 夕食の片付けを終えた一観が台所から顔を出す。
「ああ」
「? 何処にですか?」
 メフィストの質問に、一観は満面の笑顔で答える。
「へへーん、みんなで七夕デートだよ」




時計仕掛けのメフィストフェレス
番外編


星に願いを




『さあ双葉学園都市のプロレスファンのみんな! 今日は年に一度のビッグタイトルだ!
 なんと男子プロレスと女子プロレスの強豪がガチンコだ!
 え? 男と女を戦わせるな? ハハッ、バカいっちゃいけない!
 ここにいるのはただのレスラー、いやファイターだ! 男女なんて関係ねぇ!
 むしろ区別しないのがフェミニズムってもんだぜ!?』
 大歓声と共に花火が盛大に鳴る。
 その火花の滝の中から、牛の角を模した覆面の巨漢が現れる。
『そのダッシュはまさに猛牛! 双葉学園の暴れ牛《マッドブル》! 
 牽牛仮面《マスクドアルタイル》ーーーっ!!』
 反対側のコーナーにもまた、花火があがる。
 現われたのは、羽織に身を包んだ覆面の女性レスラー。
『対するは双葉学園女子プロレス界の暗黒女帝《ヒールクイーン》! 関節技で対戦相手の手足をヘシ折る極悪非道からついた名は

ザ・折姫《スナッププリンセス》!!』
 二人の因縁の対決に、観客席は大いに沸く。


「……なんですか、これ」
 歓声の中、メフィストは呟く。
「ん? 見て判るだろ、プロレスだよ」
「はあ……」
 見れば、一観はリングの上をガン見して拳を振り上げている。コーラルも無理やり拳を上げさせられ、すこし迷惑そうな、それで

も楽しそうな複雑な表情だ。
「一観さん、プロレス好きなんですね」
「ああ。俺も好きだしな、昔はよく家族で見に行ったよ。格闘技はいろいろと好きだけど、プロレスが一番かな」
「そうなんですか。……で、祥吾さん的に、プロレスの魅力って?」
「必殺技がある。」
 断言した。
「な、なるほど」
 やはりそうか、とメフィストは得心する。
 必殺技というのは、男の子の浪漫なのだ。
 共感は出来ないが理解は一応出来る。殿方の趣味にケチをつけないのもまた、いい女の条件である。

 リングの上で、折姫のドロップキックが炸裂する。
 もんどりうって倒れた姿勢のまま、折姫が牽牛仮面の上半身にまとわりつく。
 そして腕を固め、関節技に持っていく。
『おおっと出たぁ――ッ!! 折姫の必殺技、天空機織り固めだぁーっ!!』
「ぐぉーっ!」
 牽牛仮面の上半身がメキメキと音を鳴らす。
「頑張れアルタイルーっ! 負けちゃだめーっ!」
 一観が声援を投げかける。
 牽牛仮面は、そのまま……折姫に腕を極められたまま、立ち上がる。
『おおーっとぉ! なんたる怪力! 折姫の関節技をものともせず立ちあがるーっ!』
「何をする気だ、あれ……まさか!」
「知っているんですか、祥吾さん?」
「ああ、あれは牽牛仮面の必殺技……」
 牽牛仮面は、そのままコーナーポストへと走る。
『おおーっとまさかあっ! 牽牛仮面必殺の体当たり、アルタイルエキスプレスだぁーーーーつ!!
 自分ごとコーナーポストに叩きつけ、折姫を振り払ったあ! これぞ力任せのロデオだあっ!!』
 盛大な炸裂音と共に、リングに投げ出される二人。
『両者ダブルノックダウーーーン!! 先に立ち上がるのは、果たしてどちらかーっ!?』
「牽牛仮面! 牽牛仮面! 牽牛仮面! 牽牛仮面!」
「折姫! 折姫! 折姫! 折姫!」
 二人に声援が送られる。
 両者共に必死に立ち上がろうとするが、ダメージは計り知れない。
 そして……
『ダァブル……ノックダウーーン!! 勝負つかず、決着つかず! 二人の戦いは来年の七夕までお預けだぁーーーーッ!!』






「いやー、面白かったねー、コーラルちゃん!」
「あ、そのごめんなさい。圧倒されてて……」
「うんうん、わかるよ。最前列での生の試合なんて中々見れないからねー」
 はしゃぐ一観と相槌を打つコーラル。
 祥吾とメフィストは一歩後ろからその二人を見る。
「なんか、とても楽しそうでよかったですね」
「まあな。お前は楽しくなかったのか?」
「楽しかったですよ。ああいうのを観戦するのも初めてでした。コーラルちゃんと同じで、ちょっと圧倒されましたけど」
「あの独特の熱狂の雰囲気がいいんだよ」
 祥吾は拳を握る。
「好きなんですね、本当に」
「つーか男なら誰だってな。特に好きでなくても、テレビで格闘技の試合があれば興味示すだろ」
「私、男の子じゃないので判りませんけど……」
「いや一観だってプロレス好きだし」
「うーん……それは個人の趣味ですからね。
 私はどちらかというとスポーツや格闘技よりインドアな趣味の方が好きです。
 料理とか、プラモ作りとか」
「いや同列どうよそれ」
 笑いあう。
 メフィストは、空を見上げる。
 空には天の川が煌いている。
「……こんな日も、いいですよね」
「ん?」
 呟いたメフィストの言葉に、祥吾は聞き返す。
「私は、私達は……戦うために造られましたから。
 この十年間、私達はずっとそうして生きてきた。ラルヴァと戦う。人の欲望を叶える。
 ただそれだけが、私達の十年でした」
 メフィストは、コーラルを見る。
「私も、そして彼女も。ずっとそうやって生きてきた。
 だから、こういう普通の人間のような、平和な日常があるとは知っていても……
 こうやって自分で体験できるなんて、思ってませんでした」
「なるほどな。ま、時間なら、たっぷりあるさ。ゆっくりとひとつひとつ、色々と楽しんでいけばいいだろ。
 戦う事だけが俺たちの生活じゃない。
 過去は変えられないけど、未来は作っていける。
 だから、さ」
「ええ、そうですね」
 メフィストは空を見上げる。
 七夕。星に願いを託す日。
 人は未来を願う。素晴らしい世界があるようにと。
 自分も――自分達も、そこに願いを託してもいいのだろうか。
 人間ではない、作られたラルヴァである、自分達にも。
 だがそんな悩みも、この兄妹たちにかかれば、どうでもいい事だと吹き飛ばされる。
 この二人は、その周囲の人間たちは、自分たちを時計仕掛けの怪物、と見下さない。
 そこにいる存在だと、当たり前のように接してくる。まるで人のように、だ。
 だから、自分の存在についての疑問など、確かに――馬鹿らしくなってしまう。
 そう。自分はあるがままに自分なのだ。
 そこには、人もラルヴァもない。
「――初めて知りました。夜空ってこんなに美しいんですね」
 メフィストは目を細めて星の海を見上げる。
「……私も。初めて、知りました」
 コーラルもまた、星を見上げる。
「ま、普通はこんなふうに夜空見上げるって機会、あまり無いしな。
 知ってるか、学園都市じゃ街の光で見えにくいけど、山とかにいくと凄いんだぜ、星」
「あ、覚えてる。小学校の頃、みんなで冬に天体観測に行ったよね」
「ああ。流星群見に行ったな」
「流星ですか……私、みたいです」
「じゃあ今度みんなで行こうぜ。親父たちも都合つけばいいんだけど」
「だよねー。最近付き合い悪すぎるよ。私、グレちゃうかも」
「冗談でも言うんじゃありません。お兄ちゃん泣くぞ」
「あはは、そんな勇気ないよー」
 四人は笑いあう。
「……」
 メフィストは、もう一度夜空を見上げた。
(……どうか、こんな日々が……ずっと続きますように。……永劫に)



 家に帰ると、郵便受けに荷物が入っていた。
「あれ、なんか荷物届いてる」
 一観がそれを確認する。
「えーと、何々……
『七夕タイムトラベル。五年後の僕へ私へ。
 あの時飾った七夕の短冊、お願いはかなっていますか』だって……」
「!!」
 その瞬間。
 祥吾の脳裏によみがえる記憶。

 五年前。小学校の頃。
 七夕の願いがかなったかどうか、タイムカプセルのように未来の自分へと手紙を出そう、というクラス行事。
 その短冊を封筒にいれて、そして出す。
 思い出した。
 思い出してしまった!
「ちょ、ま、やめ……」
 祥吾が叫ぶ。
 手を伸ばす。
 しかし、届かない。一観はその封筒を開ける。
 ……兄の郵便を勝手にあけるんじゃありません。そう叫びたい。
 しかし口から出るのはただひとつの絶叫。

「やめてぇええええええええええ!!」



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 ぼくの封印された闇の力が開放されて
        みんなを傷つけたりしませんように

               【闇黒銃士】時坂祥吾


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「……」
 白日の下に、ソレは晒された。
 晒されて、しまった。
 しまったのだ。

「……」
「……」
「……」
 空気が凍る。
 時間が止まる。
 視線が交差する。
 ……いたたまれない。

 祥吾は……ようやっと、口を開いた。
 万感の思いを込めて。





「お願い殺して」




 時坂祥吾の願いは、星に届かなかった。







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最終更新:2009年07月24日 01:26
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