【立浪姉妹の伝説 第二話】

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   立浪姉妹の伝説 -その栄光と末路-


   第二話 伝説の猫耳姉妹  


「ぐがああああああ!」
 立浪みかは、巨人に踏み潰されようとしていた。仰向けになってグラウンドに背をつき、両腕と両足で巨人を支え、必死な抵抗を見せる。
 学園の校舎ぐらいの背丈があるこの巨人ラルヴァは「ガリヴァー・リリパット」という。巨人でなかったら何の変哲の無い外国人で、並みの異能者でも勝てそうな軟弱な印象を受けるのだが。
「こんなでっかいのが島で暴れられちゃ・・・・・・。下手したら本土の連中に勘付かれるんじゃないのかあ・・・・・・?」
 みしっと、さらにみかはグラウンドに埋め込まれようとしていた。両目に涙を溜めて苦しそうにしているが、歯を食いしばってなおも我慢を続けている。
 双葉島の沖で突如、この男が浮上するように立ち上がり、無言の上陸を始めたときには、島の誰もが背筋を凍らせた。太陽を隠してしまうぐらいの想像を絶する巨体もそうだが、本土にラルヴァの存在を気づかれるかもしれないという危惧があったのだ。今のところテレビを付けてものん気なお昼のワイドショーしかやっていないので、不安は杞憂に終わったのだろう。
 しかし、このような大男が島を侵略してきては、たまったものではない。ゴジラ以上に恐ろしい話である。学園生も出動したはいいが、怖がって近づくこともしなかった。
「あたしたちがやんなきゃ、誰がやるっていうんだい! 絶対に、絶対にこの島や島の人たちを守ってやるうううううう!」
 結局今回も、猫耳姉妹の力が必要であった。彼女らはどんなに強いラルヴァでも、嫌悪感を抱くようなラルヴァでも、進んで前線に出た。戦った。
 みかは立ち上がってみせた。ガリヴァーはさらに踏みつける力を強くするが、もう彼女は後ろへ倒れることはなかった。両腕を上げて、逆に靴を押し上げ返してみせると、周りの異能者たちからわっと歓声が上がった。
「すげー! さすが猫耳姉妹だ!」
「巨人を押し返してやがる! あんなちっこい体のどこにそんな力があるんだあ!」
「頑張れ! 頑張れ猫娘! おてんば姉猫・立浪みか!」
 戦うことをすっかり忘れている異能者たちに、みかは声を荒げる。
「うっせー! あんたらも異能者なら、こいつに何かぶつけるなり斬りかかるなりしやがれぇ!」
 彼女がそう怒鳴ったところで、誰も行動に移ろうとはしない。下を向いて黙り込んでしまった。それだけ、この巨人はあまりにも想定外で、規格外で、圧倒的な強さの上級ラルヴァであったのだ。
「くっ・・・・・・。あんまり長い間、支えていられないぞお・・・・・・?」
 そのときであった。自分の靴をじっと見ていたガリヴァーの首に、背後からしゅるしゅると、ロープのようなものがかかったのだ。
「姉さん! 今、助けます!」
 立浪家次女・みきは青い鞭を握り締めながら言った。彼女の鞭は伸縮自在で、遠距離の敵目掛けて飛ばすことができる。
 みきは飛び上がった。彼女の小さな体が、ガリヴァーの首筋を目指してまっすぐ飛んでいく。鞭を縮めることで、自分の体を相手のほうに引き寄せているのだ。首のあたりに到達したが、敵の肩に降りることをせず、そのままもといた箇所へ降りていった。
 着地すると同時に、その勢いを利用し、一気に鞭を縮めてガリヴァーを引きずり倒す!
 ぐらりと後ろへ倒れ始めたガリヴァー。みかは妹の援護を嬉しく思った。
「ナイスだ、みき!」
 負荷がなくなったみかは、その瞬間に翠眼を爆発させてフルパワーを開放し、敵の足の裏を押し上げた。首と、足。背後から引っ張られ、また下から押し上げられたガリヴァーは、回転するよう後ろへ倒れてしまった。
 ドシンと島を揺るがした。本土に影響がありませんように、本土で大槍スレが立ちませんようにと、みかは制服のブラウスについた砂埃をぱんぱん払いながら祈った。
 倒されたガリヴァーは起き上がろうとするが、瞬く間に動けなくなってしまった。鞭使いのみきがすかさず、ガリヴァーを雁字搦めにしてしまったのだ。みかはそれを見て、「わかってるじゃん。双葉島はリリパットってわけだね」と、感心する。
 身動きの取れないガリヴァーは、観念したのか暴れようとせず、首をきょろきょろ回している。みきがふう、と息をついてから、姉にこうきいた。
「どうしましょうか、姉さん?」
「どうしましょうかって。かわいそうだけど、こうするしかないよ」
 みかは仰向けになったガリヴァーの胸へ乗る。「姉さん、まさか・・・・・・」と、みきがひどく怯えたような顔をして言った。
「きつかったら耳ふさいで、後ろ向いてな? こいつは島で暴れた『ラルヴァ』だから、『倒さなければならない』んだ」
 くすんだ色をしていた短剣が、異能力を込められて緑色に輝く。それだけ見たみきは後ろを向くと、猫耳を引っ込め、本来の耳を両手で閉じ、目も瞑ってしまう。みかはグラディウスを真下に向けると、躊躇せずその刃先をガリヴァーの胸につきたてた。
 形容しがたい断末魔が学園の敷地に響き渡る。火山のように噴出した赤い血液が、みかの頬と白い猫耳にかかった。厳しい表情の中に、少しだけ、残酷な行為に対する苦痛がうかがえる。
「ごめんな。あたしたちはみんなを守らなきゃならない」
 そう言って、ぴくぴく痙攣しているガリヴァーから地面に降り立ったとき、歓声と拍手が沸き起こった。
「さすが立浪姉妹だ! 俺たちにできないことをやってのける!」
「あの二人がいるから双葉島は平和なんだよね! どんな上級ラルヴァが出てきたってへっちゃらだ!」
 猫耳をぴこぴこ動かし、異能者たちにピースサインを向けて、観衆に応えるみか。
 みきは両手で耳を押さえたまま、涙混じりにがくがく震えていた。


 立浪姉妹は、2016年当時では名の知れた異能者である。
 彼女らについて解説するには、まず「猫の力」について触れなければならない。
 姉妹は猫の血が流れており、意図的にその血を活性化させることで身体強化を図ることができる。それがメインの戦い方だ。
 それが完全に覚醒すると、頭に猫耳が生え、尻尾も生える。こうなると、戦闘能力の面で著しい向上が見られる。
 まず、動きが俊敏になって運動性能が大幅にアップする。走ったり、飛びかかったりするときにこの恩恵が受けられ、そのまま爪で引っかくなどの連携に繋ぐことができる。犬系の異能者には遠く及ばないが、猫耳は人間に聞こえないレベルの音もある程度聴くことができる。
 戦闘には役に立たないが、普通の猫とコミュニケーションを取ることもでき、また可愛さから好感度も上昇する。人間は猫のような可愛いものに弱いものである。尻尾は身体バランスの改善に貢献し、人間のままでは無茶な挙動も可能にする。
 長女の立浪みかは、短剣を左手に戦う、オーソドックスな主戦闘型の異能者だ。
 彼女の自慢は何と言っても「身軽さ」で、高い場所から飛び降りることもすれば、どんなに命中率の高いラルヴァの攻撃も華麗に回避することができる。
 短剣の使い手なので、火力不足も気にならない。機動力と合わせ、蝶のように舞い蜂のように刺す戦法を見事に体現しているのが、この立浪みかだ。
 それから彼女は長女であるせいか、非常にしっかりとした精神を持っている。戦士として完成されており、弱さをまったく見せることがない。妹たちからも、クラスメートからも、そして学園の誰からも頼りにされるゆえんである。
 性格はとても気さくで元気。男女問わず笑顔を向けてあけすけに接する。ちょっぴりエッチ。
 次女の立浪みきは、鞭を右手に振るう遠距離戦闘型の猫娘である。
 彼女は個性的で、まず動きが遅い。のろい。どんくさい。戦闘においては、猫とは思えない機動力のなさを露呈する。
 その代わり、後ろに下がるスピードだけは姉妹の中で一番優れている。距離を素早くとり、鞭を振って敵の接近を許さない。伸縮自在の鞭は非常に万能で、敵を叩いたり締め上げたりするだけでなく、知恵を絞ればガリヴァー戦のような使い方だってできるのだ。
 しかし、いかんせん立浪みきは精神的に不安定な側面が見受けられた。
 極端な怖がりで、特に「血」をまともに見ることができない。そういった意味では、彼女は戦士としてはかなり未熟なレベルであった。
 彼女が言うには、血を見ると背筋が凍りついて、ずきずきと心臓が嫌な音を立てるらしい。それはまるで、胸の中に潜む何か獰猛なものが目覚め、自分を塗り替えてしまいかねないぐらい、その存在を強く・執拗に主張しているかのようだったとか。
 趣味は昼寝と料理で、朝食も夕食もお昼の弁当も彼女が担当する。最近は妹に料理を教えることを楽しんでいるようだ。


「お姉ちゃんお帰りなさい! もう! お腹空いたから早くご飯つくってよ!」
「ただいまみくちゃ。ごめんね、今日は強い敵が島に出たから、戦ってきたの」
 みきは、幼い末っ子の頭を撫でながら優しくそう言った。そして「ただいまー。あー、早くシャワー浴びて寝たいなあ」という長女の声が廊下から聞こえてくる。
 とことこと廊下を駆けた幼い妹は、「みかお姉ちゃん、とりゃあー!」と、みかの顔面に殴りかかってきた。
 それをぱちんと片手で受け止めてから、みかは姉としての優しい笑顔をたたえつつ、軽くて小さな妹を持ち上げて、その流れのままブレーンバスターに移行する。
 ズドンとマンションを揺らす轟音に、エプロンを着たみきが顔を出して、二人にこう注意を促した。
「姉さんったら、ここはマンションなんだから、下の人の迷惑にならないようにしましょうよう。私、怒られるの怖いんだから・・・・・・」
「あははー、悪い悪い。みくがさ、不意打ちかましてくるもんだから、つい」
 後ろ頭に左手をあてて、ばつが悪そうに笑う。その後ろでは、三女がぐったりと仰向けになったまま、くるくる目を回していた。
 ここは、立浪三姉妹が暮らすマンションの一室である。姉妹はもともと、神奈川県の田舎で老夫婦に育てられてきた養子である。自らの異能力を存分に発揮できる双葉学園の存在を知ったとき、みかとみきは転校と移住を決意した。
 自分たちの力を、人のために役立てたかった。
 それが姉妹の共通の認識であり、願いである。
「あれからだいぶ経ったのかあ。お祖母ちゃんっ子のみくを説得するの、苦労したよなあ」
 と、みかもエプロンを着てお米を研いでいる。
「そうですね。あそこは私たちにとって、天国のような町でしたから」
 かつて暮らしていた、町の情景を思い浮かべる。存在感のある緑の山。澄み渡った沢。そして、とても古かったが静かで過ごしやすい祖母の家。特にみかとみきにとっては、そんな大自然が庭も同然であった。木に登ることも穴を掘ることも、日が暮れるまで遊びつくした。
「最後の日、みくちゃが一日中泣き喚いて抵抗してましたね。私たちが説得したり、引き剥がそうとしたりしても、なかなか動かなかった」
「みくは、あたしたち姉妹の中で一番パワーに恵まれてると思う。元気が有り余って、すぐ手の出るやんちゃな猫になるかもしれない。
 あはは、こんな子を嫁にもらう未来の旦那さんは、きっと尻に敷かれて財布の紐も握られて、とても大変なんだろうな?」
 次女はそれを聞いて、思わずくすっと笑う。
 みくは、二人の大切な可愛い家族だった。歳の離れた、幼い妹。異能力もまだ未熟で、瞳を少しだけ輝かせたり、爪を少しだけ伸ばしたりする程度しかできないが、きっとこの少女も将来は、最強の猫耳少女として学園に名をはせることだろう。
 冗談を言ったみかを、みくがぶすっと頬を膨らませて睨みあげていた。みかはエプロンを脱いでから、幼い子供に向かってこう意地悪を言う。
「お前はまだまだ異能力者というよりも、ぷりちーな女の子だからなあ。あたしたちのように活躍するのは、当面先の話だ」
「むー。そんなことないもん。今日もうっとうしい男の子を放り投げては踏みつけたもん。みくも強い猫の戦士だもん」
 まあ、何事もほどほどにねと、みきが引きつった苦笑を見せる。
「なーにやってんだお前は。いいか、みく。よく聞きなさい」
 みくはとても面倒くさそうな顔をして姉を見た。その黄色い瞳には、二人の姉とはまた一味違う、未知の異能を秘めていることだろう。みかはしゃがんでその目をじっと見つめると、みくの小さな両肩を持って、こう言った。
「あたしたちは、人の役に立つために力を使わなければならない」
「・・・・・・またそのお話? もう聞き飽きたよ、みかお姉ちゃん」
「ちゃんと聞けやコラ。・・・・・・えっとな、あたしたちはこの通り、とんでもない力を持っている。あたしたちでもたまにぞっとするときがあるぐらい、馬鹿でかいものを持っている。でもな、みく。それを間違ってでも、他人を傷つけるために使ってはならないんだ」
 戒められていると気がついたみくは、目線を落とした。
「あたしたちが力を使うときは、大切な人やものを守るとき。自分が命の危機に陥ったとき。あと『愛する人を守るとき』もそうだ」
「お姉ちゃんには『愛する人』がいるの?」
「いるわけないよ。伊達に彼氏イナイ歴十七年じゃないやい」と、痛いところを突かれた姉猫はそう吐き捨てる。「私たちは島のみんなや学校のみんなが好きだから、力を使って戦ってる。どんな敵でも立ち向かってみせるさ。たとえどんなにでっかいウルトラマン級の巨人だろうが、みんなが生理的に嫌がるような魚肉ソーセージだろうが」
「私だって早く戦いたい。お姉ちゃんたちのように、強くて可愛くてかっこいい、学校の人気者になりたい」
 と、みくは拗ねるように言った。
「んー? まだ猫耳も出せないくせして何言ってんだい。そう言うのならほら、ここで出してみろ? お姉ちゃん見ててやるから」
「むぎゅうううう・・・・・・」
 みくは拳を握り、適当に力んでみせる。当然、そのようなことで猫の血を完全に覚醒させることはできない。みかですら中学二年生の頃に、そしてみきが数ヶ月前に、ようやく完全体になることができたのだから。
「友達がピンチのときとか、好きな人を守りたいときとか。そういったときに自分の中のトリガーが引かれない限り、なかなか『覚醒』はできないよ。ま、諦めて、当面大人しく小学生やってるんだね?」
 長女がにたにたと意地悪な笑みをしながら、猫耳をぽんぽん簡単に出してみせる。それを見たみくの両目に、涙がぶわっと溜まった。「むきー!」とみかの顔面にパンチを入れる。
「ギャース! こ、こ、こ、この駄妹があー!」
 すたこら逃げ出したみくを、むきになって追い回すみか。次女は一人、しくしく泣きながらこう言う。
「お願いだからもっと静かにしようねって、言ってるのにぃ・・・・・・。あうう」
 立浪家は今日も、賑やかで幸せな夕暮れ時の様子を見せていた


 双葉学園直属の研究棟は、その大半が超科学異能者のテリトリーである。
 超科学者というのはたいてい生真面目であり、興味を持った分野や己の専門とする分野の研究には、非常に熱心である。
 近頃、彼らの話題の中心は、学園のアイドル・立浪姉妹であった。彼らを魅了するのは猫耳でも尻尾でも、キュートな笑顔でもなく・・・・・・「力」であった。
「リンガ・ストークを撃破。ガリヴァー・リリパットを撃破。あの姉妹の強さは、見ていて恐ろしいものがある」
 そう、異能化学部に所属する大学生は発言した
 この集団は理系の大学生・院生で構成されており、名を「超科学・有識者会議」という。日ごろ彼らが怠らない研究の成果を発表したり、学園で話題になっている異能力者・ラルヴァについて意見を交換し合ったりする、発言・議論の場である。誰でも参加できるわけではなく、当然のことながら一定以上の成績・実績・レベルがないといけない。
「姉妹だけで簡単に倒してみせたが、あれらは上級ラルヴァだぞ? どちらのケースも、本来なら学園史に残る大災害となっていたはずだった。それを、二人だけで阻止してしまった」
「ありえないことだ。他の異能者たちは手を出すことをためらったというが、本当ならそれが正しくて自然な反応なんだ。あの二体のラルヴァはそれぐらい恐ろしいもので、姉妹がいなかったら島や学園は破滅を迎えていたほどだった」
「猫の血とはいったい何だろう? 人間と猫のハーフ? それとも祖先に猫がいるのか?」
「彼女らはそう主張しているが、『猫』があのような圧倒的な力を秘めている要因であるとは、とても説得力に欠ける。島でよく見かけるのんきな猫どもが、立浪姉妹の強さの秘密であるとでもいうのか?」
「ううむ、どうみても、猫以上に何か大きな因子が混在しているとしか思えない。実は猫ではなくてもっと他の・・・・・・?」
 と、そのとき端の席から、笑いを押し殺す声が聞こえてきた。皆、いっせいにその青年のほうを振り向く。
「『ラルヴァ』・・・・・・、みたいだねえ。まるで」
「与田・・・・・・お前・・・・・・!」
 会議は一瞬ざわつき、混乱を見せる。黒縁のメガネをかけた青年は立ち上がって、一同にこう言う。
「そんなに動揺しないでください。『まるで』の話を呟いてみただけです。私は率直に、そう感じ取ったということを、口に出してみたまでです」
「発言には気をつけたまえ与田光一!」
「立浪姉妹がラルヴァだとでもいうのか・・・・・・!」
「失言だ! 戯言もほどほどにしろ!」と、数学科の学生が怒鳴る。「そんなことがあったら学園始まって以来の失態だ! 大恥だ! 人類の敵である憎きラルヴァが、まさか異能者に混じって学業に励んでいるなんて! 結界もセキュリティーも完璧なはずであるのに、そんなことが起こるはずがない!」
 与田は彼に嫌らしい苦笑を見せてから、堂々と次のようなことを言う。
「ですから、あくまでも『まるで』『もしも』の話です。しかしですね、皆様がた。我々はもう何ヶ月間、立浪姉妹についていっこうに進展の見られない議論をしてきたのでしょう? 猫について調べ上げたり、妖怪や半妖の可能性を探ってみたり。科学者が民俗学者まがいのことを始めた時期、私は呆れ果てて自分の研究室に篭らせていただきました。そして、結局は、どれもこれも結論・核心には至れなかった」
 席から立ち上がり、スクリーンの前に移動する。暴言といい行動といい、この傍若無人さには、会議を進行させる司会者も、注意の言葉が出なかった。
「・・・・・・十分、研究する価値ある『仮定』だと私は思いますよ? だいいち、あんな小さな体のどこに、巨人をひっくり返す力があるとでも言うんです? リンガ・ストークを打ち砕く力があると言うんです? 私ははっきり申し上げまして、戦いを拝見して戦慄を覚えました。立浪姉妹は、強すぎる。とんでもなさ過ぎる。
『もしも』。もしも彼女らがラルヴァだとしたら・・・・・・。まあ、猫だとか妖怪だとかに起源を求めるよりかは、よほど説得力があると思いますよ」
「バカバカしい! 誇り高き双葉学園生の中に、ラルヴァが潜りこんでいるなんて」
「その誇りある学園に、もしも本当に、ラルヴァに潜り込まれていたとしたら?」
 数学科の大学生は言葉を失った。与田の言葉に目を大きく開いたまま、硬直していた。
「ラルヴァの可能性を探ってみるべきです。立浪姉妹は、ラルヴァかもしれません。『仮定』に基づいて研究し、『実証』してみせるのが、我々科学者のそもそもの役割じゃないのでしょうか? 図書室で地域の伝承と向き合ったり、フィールドワークをしたりするなんて、科学者のすることじゃないですよ。あははははは・・・・・・!」
 後ろに上体を逸らして、与田はとても愉快に笑ってみせた。それから、こう続けた。
「あの姉妹が本性を表し、学園の敵に回ってしまったとき。そのときこそこの島や学園は、破滅のときを迎えるでしょう。私はそれがとても嫌です。断固として受け入れられないIFの世界です。・・・・・・そう、誇りある、双葉学園生としてね」
 与田光一は大きめの白衣を翻すと、そのまま会議室から退出してしまった。彼の姿が見えなくなったとたん、再び会議室は騒然となった。
「く・・・・・・! 与田光一め・・・・・・!」
「高等部の分際で大きく出やがって!」
「仕方がないさ。学部長がぞっこんのロボットメーカーの、御曹司だ。実際、彼らの技術力はずば抜けているものがある」
「ふ、ふん! 何考えているのかわからなくて、一番恐ろしいのは、与田のほうじゃねえか。本当、あの野郎の顔は見ただけで気分悪くなってくるぜ!」
 みんなは口々に不満をこぼした。学園との癒着が裏で問題視されている与田技研の息子に対しては、超科学の仲間たちからも、あまり良い印象を受けていない。
 しかし、会議に出席している全員が、与田の発言を頭の中でずっと繰り返していたのは、言うまでもない。忘れられない衝撃的な一言として、それは脳内に焼きついていた。
『立浪姉妹は、ラルヴァかもしれません』




【立浪姉妹の伝説】
作品 第一話 第二話 第三話 第四話 第五話 第六話 第七話 最終話
登場人物 立浪みか 立浪みき 遠藤雅 立浪みく 与田光一藤神門御鈴
登場ラルヴァ リンガ・ストーク ガリヴァー・リリパット マイク 血塗れ仔猫
関連項目 双葉学園
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最終更新:2009年08月12日 01:55
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