【danger zone4~GORILLA~(後編)】


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ラノでまとめて読む
danger zone4~GORILLA~(後編)


「私の戦闘力はあなた方よりはるかに劣る、それでも、私が引き金を引けばあなた方は傷つく、それはわかりますね?」
 背後に立たれた慧海は、素早く御鈴を自分の前に回した、御鈴はその姿勢のまま動かない、このチビ、度胸だけは大人以上だと思った。
「あなた達を人質に、我々は要求をします、身代金や同志釈放などではありません、ただ、我々の生存に関する要求なのです」
 会議出席を狙った襲撃、目的は殺害であることは明白だった、そして、慧海と御鈴が暗殺に不利な職員通用口から出るのを知り、
急遽変更された作戦、おそらくは事前に立案された代替計画は、誘拐による活動資金の調達、目的が金じゃないなんて、嘘もいいところ。
 首尾よく身代金が取れれば、リスクのある人質返還などするはずもなく、当初の予定である殺害が実行される。
「わたしの妹が、あなたのお父上に射殺されたことをご考慮頂けると有難いです、妹はその時16歳で、人間がとても好きでした」

 慧海が絶対敵わないと思っている数少ない異能者、クリント・デリンジャー・キャラハン、元は山口康雄という平凡な日本人だったが、
18歳でカンザスのデリンジャー・ファミリーに婿入りすると同時に、アメリカでは実に簡単な改名申請で名前を変えた。
 以後、軍にも政府機関にも属さない、フリーの異能者となり、数多くのラルヴァ事件を、雇われ異能者として解決した。
 彼を命の恩人、あるいは仇とするラルヴァ関係者は、アメリカのみならず日本のラルヴァ対策上層部にも、数多く居る。
 特製のオートマグ"CLINTーONE"から発射される44口径の魔弾は、侵食型ラルヴァを吹っ飛ばす唯一の異能といわれている。

 慧海は、自分の父親を、妹の仇討ちという大義名分のダシにしているラルヴァに、腹が立った、"正義"ほど反吐の出るものはない。
「…あんたの妹はね…ラルヴァだから殺されたんじゃない…マイアミのジュニアハイスクールで薬を捌いて…6人、薬漬けで死んだのよ」
 デミヒューマン・ラルヴァ組織の一部は、マフィアやコルスの隙間を埋める、新興の犯罪結社として急速に定着した。
 その資金調達、そして既存組織との宥和には、異能技術で作られた錠剤型の性欲昂進ドラッグが用いられ、日本でも芸能界を中心とした汚染が広りつつある。
 慧海の言葉に、黒服男の表情が曇る、妹の話で動揺した様子はない、ただ、仕事が面倒になることを憂いていた。
 このブラック・ラルヴァは、自分の妹を、摘発が行われる現場に意図的に出向かせ、死後、その販路をまんまと頂いている。

 視界の端に映る、緩慢に見える動きより先に、メルセデスのアルミ鍛造ピストンが力強く上下する感覚を、慧海は皮膚で捉えた。
 物体が移動しているという情報が、光の速さで伝わり、一秒の百分の一ほど遅れて、鋭い音が耳に届く頃には、体の備えは出来ていた。
 慧海達から3mほどの位置で強制停止させられていたリムジンが、タイヤを鳴らしながら慧海達に向けて突っ込んできた。
 バムっ!と、建て付けのいいドアを閉めるような、小口径消音拳銃特有の音、防弾ではないが、弾丸威力の減衰効果がある、樹脂強化サイドウィンドに弾痕が穿たれる。
 拳銃を突きつけられていたタカタカが、相手の視線が逸れた瞬間に、軽く足を乗せていたリムジンのアクセルを踏み込んだ。
 彼はリムジンをストップさせられた時、咄嗟にオートマティックセレクターをRレンジにしたまま、両手を挙げていた。
 日本のアイシン精機が納入しているメルセデスの電磁オートマティックは、Rレンジでもアクセルを踏まない限り、車は動かない。
 南中に近い陽が当たっていたお陰で、Rレンジに入れると点るテールランプの白光は、サングラスをかけた黒服には気づかれなかった。
 慧海から離れた、双方を見渡す位置に居た黒服が、バンパーの端で弾き飛ばされる、慧海の後ろで拳銃を突きつけていた喋り屋の黒服は。
 自分の前に居る慧海と御鈴を盾とすべく、慧海の腎臓のあたりに、ハッシュ・パピーのサイレンサーを押し当てた。

 慧海は、動いた

 慧海は背後の拳銃に、背中を押し付けた、ショートリコイル式の自動拳銃は、前から押されるとスライドがロックし、トリガーを引いても発射できない。
 ゆえにプロは、決して拳銃を相手の至近に付けず、絶えず拳銃を持っていない方の手で、相手との距離を維持する。
 黒服にハッシュパピーで決めた気取り屋の、実戦経験の薄い無防備な拳銃操作は、さっきからしばしば隙を見せていたが、
慧海は、目の前の黒服と、それを支援する残り二人の黒服への、攻撃チャンスが重なるのを、忍耐強く待っていた。
 タカタカのリムジンが突入してきてくれたことで、三人の男達の間には、ほぼ同時に、一秒の何分の一かの間隙が生まれた。

 ほんの一瞬、背中の拳銃をロックさせた慧海は、体を鞭のように半回転させて、背後のブラックラルヴァに蹴りを入れた。
 ウェスタンブーツのつま先で肘の関節を蹴り上げる、重いサイレンサー付き拳銃が、ブラックラルヴァの手から吹っ飛んだ。
 続いて、空手の二段回し蹴りに似た足技で、ブラックラルヴァの側頭部に、ブーツのスネのあたりを叩き付ける、バフっという、鈍い音。
 蹴り損なったかと思ってニヤリと笑ったブラックラルヴァは、そのままサングラス越しに見える眼球を一回転させ、崩れ落ちた。

 海兵隊でジュードウが正課に加えられて随分経つが、慧海は格闘技教官と、互いが相手を殺す気になるまで特訓した柔道柔術より、
同じ海兵隊異能者部隊に居た、ユーラシア系女性の伍長と鍛え合った、功夫《ゴンフ》の蹴りと打突のほうが役に立った。
 そして、最近は、忍の体術のひとつである骨法を、慧海自らスカウトした風紀委員の飯綱百より、熱心に習っている。

 伍長と百が、口を揃えて言っていたのは、素手同士での戦いの時こそ、自分が何を持っていて、周りに何があるかを意識すること。
 小銭、ボールペン、衣服、砂、建物、太陽、人間…道場の試合ではない、護身や殺し合いの場に、物の無い場などない。
 百は模擬戦で、慧海の振り下ろしたマシェット刀を、濡らした手拭い一本で受け止めながら、そう教えてくれた。

 アメリカで法執行者に所持が義務づけられている、予備銃《アンダーカバー》を慧海は左右のウェスタンブーツに一丁づつ入れていた。
 慧海は学園制服を着てる時には、最低でも4丁のデリンジャーを持ち歩く、首に一丁、両足首、4つ目のデリンジャーの場所は、誰にも話していない。
 革で包まれた鋼の塊は、殴打武器ブラックジャックと化し、衝撃はブラックラルヴァの頭蓋骨を通り抜けて、脳に達した。

 デミヒューマン・ラルヴァを含む上級のラルヴァは、現代兵器をキャンセルする能力があり、異能による攻撃以外では殺せないという。
 慧海が、瞬時の判断の中で、このデミヒューマンに蹴りをブチ込むことを決定したのは、今までの経験則から得た勘と、賭け。
 デミヒューマン・ラルヴァの中でも、亜人や獣人に近い種類は、銃やナイフの通りにくい、キャンセル能力を有しているらしい。
 しかし、どこまでも人間に近い知能と身体特徴を持ったデミヒューマンの多くは、ヒトと同じく殴れば傷つき、絞めれば死ぬ。
 人間の知能と体があれば、ラルヴァとして、どんな形で人間や他のラルヴァと戦うにしても、武器攻撃のキャンセル機能なんて邪魔にしかならない。
 キャンセル機能の、武器による"攻撃"を見分ける認識がどれだけ賢いか知らないが、自分の武器として、銃や剣を握れないのは論外だし、
剣が自らの腕や脚を斬る危うさや、自分に向かって弾が飛んでくる恐怖を知らない者が、武器の扱いに習熟することは、まず無い。
 概ね体の大きさに比例した、有限の機能リソースを、キャンセル機能で無駄使いするくらいなら、その分を脳に回したほうが効率はいい。
 慧海の目の前で倒れるラルヴァもまた、人間の武器を未熟ながら使いこなし、その代償としてブラックジャックに倒れた。

 ワンダウン、残りはツー・ゲーム《獲物》
 静かに、速やかに終わらせる、それがこの場を生きて脱する鍵となることに、慧海は気づいていた。

 目に見える敵は三人、一人は慧海の目の前で、頭部にウェスタンブーツとデリンジャー拳銃のブラックジャックを喰らって昏倒し。
 残りの二人は、突っ込んできたリムジンの影に素早く隠れ、同じく瞬時に身を沈めた慧海と、一台の車を挟んで向かい合っている。

 もしも慧海が襲撃する立場なら、実行者は、統率が取れて互いを支援できる三人から五人、そして、必ず近隣に増援部隊を待機させる。
 増援のラルヴァ連中ががどこに潜んでいて、どういう連絡構造によって出動することになっていようと、 
 慧海からは見えない場所から来る敵の一団を相手にする羽目になれば、慧海と御鈴、そしてタカタカに生き延びる望みはない。
 もしもリアルタイム・モニターで襲撃の首尾を監視していたとしても、何かが起き、それを把握するまでには、一瞬のタイムラグがある。
 銃声はそうはいかない、消音拳銃を装備して襲撃に向かった連中が、銃声を発てたなら、大概の戦闘者は反射的に動き出す。
 その僅かな時間差に、命を掴むチャンスがあることに気づいた、そして、それに最適な道具は、ついさっき完成させた。
 ラルヴァ対策会議の会場となった産業プラザには、当然、異能を備えた警備スタッフは居て、各所の監視カメラをモニターしている。
 黒い彼らもまた、銃声をたてずに、警備スタッフが異変を確認し、ここまで駆けつけるまでの間に、静かに仕事を済ませる積もりだったが、
慧海が確かめた限り、広く薄い警備は正面入り口を中心にシフトしている、この場で放つ銃声が呼ぶのは、慧海の味方ではなく敵だった。

 静かに終わらせる必要がある。

 慧海は革ジャケットの内ポケットから、ウィスキーの金属容器《メタル・フラスコ》で作った楕円の金属筒を取り出した。
 醒徒会の会議室で試射し、産業プラザでの会議中に、結合リングの最終的な磨り合わせ作業を終えた二銃身サイレンサー。
 銃身に装着する、茶筒に蓋が嵌るように、研磨した金属特有の密着性で、キュっという感触と共に、しっかりと銃身に固定された。

 銃を持った者同士、互いにリムジンを盾にした、超至近距離での対峙、映画では見られない、現実の銃撃戦には最も多い距離。

 慧海はすぐさま、コンクリートの上に体を投げ出し、地に這った、車の下から、黒スーツ三人組のうちの一人の足首を撃つ。
 そのまま跳び上がった慧海は、ワックスのきいたベンツのルーフを滑り、車の向こうに居るもう一人の黒服に体当たりを食らわせた。
 銃やナイフよりも、蹴りや拳、あるいは投げのほうが役立つ間合い、慧海は黒服の鼻を、手で握った拳銃で思い切り殴りつける。
 鼻を中心に頭蓋骨を陥没させた男に膝をブチこみ、間合いを確保した慧海は、そのまま消音デリンジャーを両手保持《ウィーバー》で構え、体の中心を撃った。
 シュ、というガス漏れの音と共に、発射の反動で飛ばされるように、足首を撃たれた男の斜め横まで後ろっ飛びした、男は動かない。
 サイレンサーを装着したデリンジャーを向けながら、ブーツのつま先で、うつ伏せに倒れる男の側頭部を蹴る、動かない。

 ウェスタン・ブーツのブラックジャックを食らって昏倒していた、喋り屋のブラックラルヴァにも銃を向けた慧海は、
止めの一撃をブチこもうとしたが、思い直して銃口を上げ、目の前の足首撃たれ男をブーツで蹴って仰向けに転がす。

 急所ですらない足首に41口径の非跳弾性弾丸を食らった男は、被弾性ショックで、心臓麻痺を起こし、死んでいた。
 実際、街で銃撃戦に巻き込まれ、被弾した一般市民の2割は、致命傷に至らぬ銃弾による被弾ショックで死んでいて、
絶えず銃撃に晒さる前線の兵士は、意外なことにその割合が少し高い、緊張の連続で負担を受けた内蔵が、あっさり停止する。
「当たり、みたいね」
 最初の一撃で昏倒させた一人は、デミヒューマン・ラルヴァ、その部下二人は、黒いスーツを着た人間だった。
 慧海がウエスタンブーツで、デミヒューマン・ラルヴァに蹴りを入れてから10秒弱、あと20秒が限界かな、と慧海は思った。

 藤神門御鈴は、デンジャーが目の前で突然始めた銃撃戦に、ただその場にしゃがみこみ、頭を抱え蹲っている。
 恐怖に成すすべなく固まっているようでいて、その姿勢が、被弾死亡する確率を、直立時の八分の一以下に減らせることを慧海は知っていた。
 街中で突然、銃撃戦に巻き込まれた時、膝がつくほどに身を沈めるだけで、被弾の可能性は三分の一以下となる。
 両手で頭部を守りつつ、手足を体の中心に集めてしゃがむ"ヘソを隠す格好"が、更に生存率を高めることは、弾丸も雷も変わらない。
 地面にピタリと伏せれば、被弾確率は十五分の一以下と言われるが、状況が絶えず変化する場では適切ではない。
 御鈴への厳格な教育は、彼女に閉所暗所へのトラウマを植え付けたかもしれないが、今ここで御鈴の命を守っている。
 いい躾を受けたな、思った慧海は、最善を尽くし生きんとする少女を無事に帰すべく、飛び上がって背中で車の上を滑り、御鈴の横に戻った。
 白毛を逆立て、歯を剥き出しながら、いつでも敵に飛び掛れる姿勢で御鈴の肩に止まるびゃっこの鬢《びん》を、掌で撫でて宥める。
「…オーケイ…大丈夫だ…あたしがヤるから…おまえは護れ…絶対にミスズから離れるなよ…いいな?」
 白虎は、一瞬、慧海の身を案じるように見上げると、「うなっ!」と鳴いて、しゃがむ御鈴の肩で、しっかりと四肢を張った。

 慧海はリムジンのドアを引き開けると、御鈴の襟首を掴んでリアシートに放り込み、頬から血を流したタカタカに向けて怒鳴った。
「この先の路地の出口で、道をブロックして止まってろ!」
 慧海はラルヴァ、あるいは人間を相手に撃ち合いする時、相手の正面となる位置を極力避ける。
 後ろや側面、絶えず相手の死角を意識して、常に有利な位置から先制の射撃を加え、数が優勢でも位置が不利なら交戦を避ける。
 互いが相手の命を奪うため、限られた現状で可能なことをすべて行う、現実の撃ち合いで、一対一の"決闘"など、そうそうない。
 そして、慧海が今までの経験で知っている実戦では、一対一はいつも、ほんのちょっとの状況変化で一人対多数になる。
 例えば、三人の武装者を相手にしながら、その何倍もの増援が来る時間が刻々と迫っている、今のように。

 ラルヴァの一部隊を乗せた車が突入してくれば、リムジンでブロックできる、奴らがブロックを排除する間に反撃すれば、先手を取れる。
 当然、御鈴をリムジンに乗せ、一目散に逃げさせたほうが安全性は高かったが、慧海は自分自身の逃走手段を手放すほど、自信家ではなかった。
 軍に居た慧海は、多くの精鋭部隊で隊訓として定める「何があっても仲間を見捨てない」という掟を、実行すべく務めていた。
 作戦に失敗したとき、全滅か部分的な人員損耗かで、その作戦の後の軍事的、政治的な影響、そして"勝者"は大きく変わる。
 仲間を一人でも生きて帰すため、自分自身が犠牲になることは、厭わないように、まぁ、できるだけの努力はするようにしていた。
 そして、最も生還の可能性が高いのが自分自身である時は、慧海は仲間を犠牲にすることを何ら躊躇しなかった。
 軍人は隊の掟を超えて、人間関係を重視する、慧海は自分が軍隊には向かない人間であることを自覚しつつあった。
 父のようにフリーでラルヴァ絡みの仕事をしていたほうが、儲かるし適性もある、と思った。

 慧海がリムジンのリアシートを叩き閉めると同時に、リムジンはタイヤを軽く鳴らしながら前向きに飛び出した。
 要人警護ドライヴァーの必須であるスピンターンを決めたベンツは、表通りからは死角になる位置で、車体を横向きにして道を塞いだ。
 ヘタクソがそれをやると、道の真ん中で車に横を向かせたはいいが、前にも後ろにも動かせない状態になるが、
 タカタカはハンドルを右に切ってアクセルを踏めば、すぐに表通りに飛び出せる角度で、しっかりと停まっていた。

 空とコンクリート

 脈動する赤い薄幕で覆われ、ぼんやりとした景色、上向けのまま動かない、少しづつ冷たくなっていく体。
「…やっぱり最近の防弾チョッキは抜けないわね…」
 慧海に拳銃で鼻を潰され、至近距離で撃たれた男は、段々と像を結んでくる視界の右横に、金髪の少女を認めた
「ねぇ?」
 命令された襲撃対象、銃撃戦が始まると、隣に居た仲間の足を、まるで盾にしていた車を通り抜けるような、魔法の弾丸で撃ち、
呼吸を喉に詰め込まれた悲鳴を上げる仲間に視線を奪われた、一瞬の隙に、翼の生えた蜘蛛ラルヴァに似た動きで、車を飛び越えてきた。
 山口・デリンジャー・慧海
 双葉学園の治安を受け持つ風紀委員長、銃の腕と上とのコネだけで風紀委員長になったと聞いた、怠慢で軽慮な、小娘。
 男は、醒徒会長の御鈴と、この小柄な金髪翠眼の少女を、無事誘拐した後は好きに扱っていいと、金銭の報酬以外の部分で約束されていた。
 彼は、仰向けのまま動けない自分の視野に居る少女が、車を挟んだ位置から、瞬間的に自分の目の前に現れた時の事までは覚えている。
 鼻で何かが爆発したと思ったら、少女の巨大な拳で、胸を防弾チョッキごと叩き潰された、そして、全ての意識が赤く塗りつぶされた。
 怪我の痛みではない、命が流れ出る感触、男は自分が相手にした、小柄な金髪の少女が、ゴリラの拳と肉体を持つ化物であることを知った。

 慧海は、胸を血で染めた男の横にしゃがみながら、電子生徒手帳に高速で表示されるテキストを読みふけっていた。
 倒した三人の男は、ここに放置しておくことになる、三人の男をリムジンのトランクに詰めて運び去る時間は無い。
 ブラックラルヴァの増援か、産業プラザの警備スタッフか、どちらでも先に来た方に引き渡さなくてはならない。
 慧海は、左手首に巻いたオリーヴグリーンの腕時計、タイメックスの"ミリタリー風"ウォッチの秒針を視野の端で見ながら、
三人の男の顔を電子生徒手帳で撮影し、身元を照会した、慧海が30秒と決めた時間切れが迫る中で、この三人を"洗う"必要がある
 風紀委員長、そして海兵隊一等軍曹に用意された優先高速回線でデータが転送されてくる、三人ともデータベースに該当者が居た。

 ブラックジャックでの一撃を受けて昏倒してる男は、ブラックラルヴァの正規構成員、兄妹揃って、薬物流通に関与している。
 もう一人、足首を撃たれ、ショックで死んだ男は、ブラジル国籍の日系人、ラルヴァと政府の両方で仕事をする、何でも屋のフリー異能者。
 そして、慧海の目の前で仰向けに転がる男、鼻を折られ、防弾チョッキ越しの至近弾で胸郭を潰され、転がる男は…
 双葉学園の生徒だった。
 大学部の二年生、慧海も高等部との合同授業で見覚えのある奴、異能はそこそこだが、下ネタのジョークがうまい男で、
会長や副会長、書記をネタにしたエロ話、監禁や陵辱、リョナ趣味に耽る妄想話には、慧海も大いに笑わせてもらった。

 男は、学園では与えられることのなかった重大な任務、自分の妄想が現実になるかもしれない仕事への勧誘をさほど深く考えずに受け、
ブラックラルヴァ組織内で、立案から情報提供、そして実行まで深く係わることで、今までの人生にない虚栄と充実を味わった。
 彼への依頼主となった男、慧海の蹴りを喰らって自分の横で倒れていた、ブラック・ラルヴァの構成員が、唸り声を上げながら、上半身を起こした。
 妄想の中で散々に犯し、切り刻んだ少女は、電子生徒手帳を読みながら、片手で握っていた拳銃を持ち上げて、シュっと鳴らした。
 慧海は、意識を取り戻そうとしたブラックラルヴァの方をろくに見もしないまま、消音デリンジャーで一発撃った。
 ブラック・ラルヴァは、黒いサングラスのレンズを一枚叩き割られ、眼球から侵入した41口径弾に、頭を吹っ飛ばされて即死した。

「山口・・・デンジャー…慧海…撃てよぉ…この殺人キチガイ…殺すのが好きなんだろぉ?…さっさと撃てよぉ!…撃ち殺して笑えよ!」

 男の頭の横にしゃがみ、電子生徒手帳を開いて、読み物に集中していた慧海は、顔を上げ、澄んだ青緑の瞳で、男の目を見た。

「あたしは、いつだって最も効率的な方法を選んでいるだけよ、抑止効果《みせしめ》が必要ならバンする、生きて何かを為そうって奴を殺したりしないわ」
 会長や慧海を、己の思うままに嬲りたいという欲望のため、ブラックラルヴァに飼われることを選んだ男は、今、ただ一つ望んだ、生きたい。
「あんた、ひどい顔してるわね、もっと楽しそうに笑いなさい、そうすれば、もっと楽しい学生生活だって送れる・・・あんたにだって、出来るわよ」
 男は、痛みに耐えながら、それまでの人生に貼り付いていた卑屈な表情を引き剥がすように、笑った、もしも自分の命があと少しなら、もし、生きて人の役に立てるなら。
「さぁ、立ちなさい、立てる?手ぇ貸してあげましょうか?」
 あれだけ憎かったデンジャー・慧海の手を、男は掴んだ、胸も鼻も痛いが、自分の足で立てる、自分で歩ける、これからは…
 男は、立ち上がった。
 シュッ
 慧海は、体の前面から血を滴らせながら、己の足で立ち上がった男、かつてブラック・ラルヴァに加わり、人間を傷つける道を選んだ男の歯を撃った。
 コンクリートで囲まれた場であることを考慮して装填した、非跳弾性フランジブル弾が、砕けながら男の後頭部をフっ飛ばす。
 「双葉学園の生徒が、ブラック・ラルヴァの一員なんて…あたしの弾丸も、あんたの口も、どっかいっちゃったほうがいいのよ…」
 仰向けの姿勢だった男、慧海がどうやって止めの弾丸を撃ちこもうにも、無抵抗のまま射殺された弾痕を、コンクリートに残してしまう
 彼は自ら立ち上がり、痕の残らない射殺が可能な姿勢を取ってくれた、慧海はそれを待ってから、そのために銃に残していた弾丸を撃った。
 慧海が限られた時間の中で、電子生徒手帳を使って、学園の事務局に消去を依頼した、この男の学籍データと同じく、事後整理の一部。

 国家の予算とお目こぼしで出来ている双葉学園と、日本にやっと成立した、ラルヴァに対抗する異能者を育成、運用するシステム。
 学業に勤しみながら、日本の為、人々の安寧の為、ラルヴァと戦う、双葉学園の異能者少年少女、そのイメージを壊す、目の前の男。
 学園に不利な証拠を引き渡せば、事実の一部が明るみに出るのは避けられない、ならば、その口だけは塞ぐのが、慧海に出来る最善の行動だった。
 風紀委員長として任じられた仕事じゃない、この国でラルヴァと戦うと決めた慧海の仕事、一人でも多くの人間、そしてラルヴァの命を救い取るため、
自分が殺人者として謗られるなら、それはある意味、システムが効率的に稼働してる証、慧海と、彼女を見出した生徒課長の数少ない共有認識だった。 

 慧海は左腕のタイメックスに目を落とした、アナログの秒針が、時間切れを告げている、殺戮者は現場から遁走すべく、歩き去ろうとした。

 通用口のドアが開き、数人の男がなだれこんできた、胸にはラルヴァ専従スタッフのID、慧海はデリンジャーを向けた。
 味方の軍服を着た敵も居る、慧海は彼らの顔ぶれを確かめて銃を下ろしたが、腰のあたりでさりげなく銃口を向け続けている。
「山口さん、ご無事でしたか?会議場の警備をさせて頂いている、厚生省ラルヴァ対策チームの者です」
 異能は10代終盤にピークを迎え、稀な例を除き、20才前後で対ラルヴァ戦闘が不可能なレベルまで減少する。
 ゆえに学生がラルヴァとの殺し合いに狩り出される、見たところ30代の、国家直轄チームは、戦闘より後方支援を専門としていた。
「…付近に待機していた、彼らの仲間と思われる不審者を乗せたバンは先ほど逃走し、現在追跡中です」
 慧海は銃を向けたまま、通用口の前に転がる、三人の黒服を左手で示した、激しく抵抗したため、やむなく射殺したようにしか見えない死体。
 ウィスキーフラスコの消音装置は、既にワンタッチで外して赤いレザースタジャンのポケットに隠している。
「後始末、任せたわよ」
 出来れば死体をこちら側で引き取りたかったが、それをやれば、慧海の射殺への不審は見て見ぬふりが出来ないレベルになる。
「まさかこんなことが起きるなんて、警備には万全を期していたはずなのに、せめてあちらの正面出入り口から、お帰り頂ければ…」 
 慧海は開きっぱなしの電子醒生徒手帳のディスプレイ、いずれバレる三人の照合データを示した、警備スタッフの顔色が少し変わる。
 「…ここでは何も無かった、そうするわけにはいきませんか?…」
 戦闘よりも、それを行う人間の管理が専門らしき、厚生省の警備スタッフは、官僚の物言いで、慧海に頼みこんだ。
「そのほうがいいわね、学園の政治的な部分にタッチするのはゴメンだもの、後は生徒課長のオバサンと話し合って決めて」
 男達は、三人の男を引きずってドアの奥に消えた、あの死体は、裁断される機密書類のように、しかるべき処理がされるんだろう。

 慧海はコンクリートに血痕と脳漿の残った、職員通用口を背に、リムジンへと向かった。

 これは数日後の話になるが、醒徒会長と風紀委員長の誘拐未遂については、複雑な形で決着することとなった。
 日本政府が、表向きはラルヴァ生存のための交渉活動を主としている、ブラック・ラルヴァ組織に正式な抗議をするのに先駆けて、
独自の連絡ルートから、ブラック・ラルヴァ組織代表者の名で、誘拐を実行した三人の除名と、遺憾の意を伝える書面が届いた。
 再発防止の内部調査を約束し、その過程は政府に伝えるという、強硬な要求で知られた今までのブラック・ラルヴァ組織には無い譲歩。
 生徒課長の都治倉喜久子より、それらの経緯を聞いた慧海は、苛々しげにテンガロン・ハットを脱帽し、髪を掻き回した。
「先手打たれてアタマ押さえられちゃうとはね、向こうにはよっぽど悪知恵の働く調停者《アジャスター》が居るんでしょうね」
都治倉喜久子は我関せず、といった様子、既にこの問題は政治的な段階で、今更"学校"がどうこうできるものではない。
「案外、こ《・》ち《・》ら《・》側かも、しれませんね、どちらにしても、追加情報は向こう頼りです、遺体は昨日、あちらに返還しました」
ブラック・ラルヴァ側の、双葉学園関係者が実行役に加わっていたことへの沈黙は、双方がこれ以上の追求をしないという、無言の牽制。
「目の前の黒い連中とのバンバンに勝ったけど、結局のところ、この件は、両成敗の痛み分けってわけ?」
 慧海は、自分や学園がやっている事が、街のケンカではなく、異種同士の、互いの生存をかけた殺し合いであることを改めて知った。
 普段から風紀委員長として、声や弾丸で部下に叩き込んでいる事実、わかっていなかったのは、自分も同じかもしれない。
「あ~あ、タカタカとモモでも誘って、飲みにでも行きたい気分よ」
 終わりのない、勝者もない戦いに、既に慣れっこになっている様子の喜久子は、中身がいくつか無くなった紙箱を慧海に勧めた。
「あなたのお母さまから、お酒は飲ませないように言われてます、替わりに甘いものでもいかがですか?」
 普通の茶背広を着た、ブラック・ラルヴァ組織の幹部が、形だけのお詫びとして学園に届けにきた菓子折り。
 彼らの名目上の本拠がある、八王子の霊山が箱に描かれた饅頭、紙を剥いて一個食うと、焼き皮の中身はありふれた栗餡。
「この八王子饅頭、あたしがあげたエンタープライズ饅頭と、おんなじじゃない」
 ブラックラルヴァによる醒徒会長、風紀委員長誘拐未遂事件は、不透明なまま終了し、未解決のまま解決した。



「チビすけ、もう大丈夫だ、ゴリラは悪者をやっつけた」

 メルセデス・リムジンの内部では、往路で聞いたゲームサントラが、大ボリュームでかかっていた。
 タカタカが適切な指示をしたらしく、御鈴はリアシートの上で、両手で頭を守りながら伏せ、びゃっこがその横で蹲っている。
 慧海は、虎の赤子にしか見えない、しかし学園最強の式神と言われる十二支天、白虎の頬を撫でる、びゃっこは喉を鳴らした。
「…そうだ、それでいいんだ、お前はミスズを傍で守るために在る、前に出て戦うのは、あたしに任せとけ」
 御鈴の周囲にあるリアとサイド、そして前席とを隔てる、濃度調整ガラスは、ほぼ真っ黒になっていた。
 13歳の少女が見なくてもいいものを見せない、聞かせない配慮、慧海は、このラルヴァの運転手に感謝した。

 後始末を会場警備の連中に任せた慧海と、緊張に疲れ果てた様子の御鈴がリムジンのリアシートに沈む、帰りの車中。
 慧海は海兵隊時代のラルヴァとの交戦、その後、疲労し、消耗し尽くした状態で基地に帰投するジェットヘリの中を思い出した。
 誰も口を開こうとしない機内、時に、もう二度と口の利けない仲間が、袋に詰められて同席していたこともあった。
 リムジンの運行規則に従い、前席と後席を隔てる防音のパーテーションは閉じられている、インターホンから、声が聞こえた。
「…ごめんなさい…」
 もう何も考えたくない気持ちだった慧海は、重い口を開き、意識して軽い口調でインターフォンに向けて喋った。
「なんだタカタカ、オナラでもしたのか?」
 防弾ガラスで隔てられ、スピーカー越しの声では、細かい感情は伝わらない、それはリムジンに必要な装備。
「私はラルヴァです、だから、ごめんなさい」
 リアシートでぐったりしていた御鈴が、フラつきながらも起き上がってパーテーションを開け、タカタカに怒鳴った。
「違う!それは違うぞ!罪は自らが犯すもの、罪を持って生まれて来るものなどおらぬ!タカタカは悪くない!」
 慧海はベンツの快適なリアシートに沈みながら、御鈴ほど力の無い声で話しはじめた、念仏のほうがいくらか陽気だろう。
「…あんたがそーいうマゾプレイする分には、邪魔する気はないわ、勝手に自分で作った罪で自分イジメてなさい
でも、その前に、あたしはあんたに礼を言わせてもらう、リムジンで突っ込んできてくれたあんたには命の恩がある
それに、あんただって、バンバンしたあたしに、感謝って奴をしてもいいんじゃないの?罪を思うのは、その後でいいじゃない」
 ブラックラルヴァから窓越しに撃ちこまれたタカタカは、弾丸の掠った頬に貼ったカットバンを掌で撫でた、痛みは生きている証。
「そうですね、そうかもしれません、でも、私自身のため、私がラルヴァであるために、謝らせて頂きます」
 二つの祖国を持ち、明確な出自を持たないまま世界を回った少女は、目の前で自分を持ち続ける男が少し羨ましくなった。
「…そっか…あたしにはまだわかんないけど、それって、…もしかしたら大事なものなのかもしれないわね…」
 ラルヴァの男、タカタカは、一瞬、ピンクの瞳をこっちに向け、それから再び顔をそむけながら、もう一度謝罪した。
「ごめんなさい、オナラもしました」
「「fuXX!」」

 リムジンが環八線から湾岸線に入り、双葉学園のある東京湾が西陽に照らされる様が見えて来た頃、御鈴が口を開いた。
「…なぁ…デンジャー…彼らはどうなるんだろう?…蹴られたり、足を撃たれたりしてたな、…ラルヴァとはいえ、痛そうだった…」
 慧海はリムジンのリアシートに沈みながら、天井を見上げた、タカタカは意識して、運転に集中している。
「…そうね…あいつらは…今ごろ取調室で、カツ丼でも食わせてもらってるわよ…」
 嘘はつくほうが辛いもの、でも、それくらいは許されるだろう、この少女が知るには、まだほんの少し早い事実。
 いつか、その時が来たら教えればいい、真実の泥棒ではない、ちょっと前借りしただけと、慧海は自分を納得させた。
「…そうか…それはよかった……彼らも罪を償い……いつか………いい"ひと"になれると…………いい…な…………」
 御鈴は慧海の肩に頭をもたれかけ、寝息をたて始めた、もしかしたら、この体の使い道は、血と硝煙に汚すだけではないのかもしれない。
 このチビもいつの日か、取調べ室で奢られるカツ丼はドラマの嘘、実際は留置所弁当か、自腹清算の出前だということを知るだろう。
 普通に青春を過ごしていれば、一度はパクられ、ブタ箱に入れられるものだという、慧海の感覚がズレてるのかもしれないが。


 連絡橋の人工島側、慧海と御鈴を乗せたリムジンが双葉学園のゲートに差しかかる頃、遠くから逢洲等華がドドドっと駆け寄ってきた。
 きっと慧海は半日も私と会えなくて、身を切られるほどに寂しい思いをしてるに違いない、ならばこちらから出向いてやるのもまた一興、と。
 逢洲は慧海が横須賀の海軍基地と空母エンタープライズでの防御力強化訓練のために、無断で学園を休んだ時も、
暇さえあれば連絡橋のたもとを訪れ、あの橋の向こうから、慧海のキャディラックが帰って来るのを待っていた。

 リムジンが学園敷地の入り口にあるゲートで停止する、通行人を弾き飛ばし突進してきた逢洲は、全力疾走の絶え絶えな息で、
既にラルヴァだと知っているリムジン運転手《ショーファー》の、高橋さんに慌しく挨拶をした後、早歩きで後部ドアの前に歩み寄った。
 黒いパワーウィンドが開く、窓から見えるのは、半日会えなかった、慧海の顔、逢洲はにへら~と、笑ってしまいそうな顔を慌てて引き締めた。
「おい、デンジャー、ちゃんと会長を連れ帰ってきたか、まさかどっかに捨てたりはしてないだろうな」
 後部座席の窓から見えるのは、慧海の顔だけ、逢洲としてはそれだけでご機嫌だったが、風紀委員として会長の安全も確認しなくてはいけない。
 慧海は、窓から顔をつっこもうとする逢洲の唇に、指をそっと当てた、微かに残る硝煙の匂い、慧海の匂い、膝が砕けそうになる。
「しっ」

 藤神門御鈴は、慧海の膝の上で、すやすやと眠っていた。

 慧海の指を唇に感じ、うっとりしていた逢洲は、慧海の膝に頭を預ける御鈴を見て、ガーンという大文字が頭の上に落っこちて来たような顔をした。
「…く…くぅ~~!!だっこしてもらって…一緒にお出かけして…帰りは膝枕だとぉ~…会長だからって…会長だからってぇ~~~!!」
 逢洲は、二本の刀を交互に、地面にダンダンと打ち付けながら、御鈴の役得に嫉妬していた。

 横から、どこからかやってきた、書記の加賀杜紫穏が、ひょっこりと顔を出した。
 夕方、橋のたもとで釣り糸を垂れながら、ドライバーの高橋さんにゲームを借りていたことを思い出した紫穏は、
多忙でなかなか捕まえられない高橋さんが、ゲートを通過するのを見て、竿を放り出して走ってきた。
 電子生徒手帳の赤外線通信で、ゲームとセーブデータを高橋さんに返し、ちゃっかり新作を借りた紫穏は、後席を見てニヤついた。
「へ~、エマちゃん、ちゃんと会長の面倒みてんじゃない、いいお姉ちゃんだ、こりゃ」
 慧海は、照れ隠しするように、御鈴の体の上にかけていた、3インチ縁《プリム》のテンガロンハットを掴み、被り直した。
 革帽子の天辺にできた窪みに、こりゃいいベッドとばかりに丸まっていたびゃっこが「んな~!」と鳴きながら転がり落ちる。
「警護対象の人身人命だけでなく、メンタル面でのアフターケアも、用心棒《ゴリラ》の仕事の内だって、ね」
 逢洲は、慧海のミニスカートの膝、生足に頬をすりよせ、涎をつけながら眠る御鈴を妬ましげに見ながら、吐き出すように言った。
「ふ…ふん!器用なゴリラも居たもんだ!」
逢洲のジェラシーを知ってか知らずか、慧海は深く被ったテンガロンハットの縁《プリム》から、青緑の瞳を悪戯っぽく光らせる。
「へ~、逢洲、知らないんだ?」

「……ゴリラはね……」



   ・ゴリラ Gorilla

 19世紀半ばに発見され、その外貌と映画「キングコング」から、凶暴な獣とされたこともあったが、近年の研究で、
植物を主食とし、サル目の中でも温和で繊細、争いを好まず、自分から攻撃を仕掛けることはめったにない事が知られている。
 動物園のゴリラが、檻に落ちた人間の子供を、助けが来るまで傍で守っていた例や、群れ同士で言葉や鼻歌を使っていたという観察記録。
 また、手話を覚えさせたゴリラが「死」の概念を理解したという実験結果等、ゴリラは数多くの驚くべき生態習性を持っている。

  慧海は、オヤツの夢を見ているのか、足を甘噛みし始めた御鈴と、それを見て、また歯ぎしりする逢洲を見てから、
ゴリラが胸を叩く威嚇行為、争いが起きそうな時、争うことなく終わらせるためのドラミングのように、自分の胸を叩いた。

「あたし、よ」

 起きる様子の無い会長、実は起きていて、もうちょっと甘えていたかった御鈴を両手に抱え、水分の待つ資料室まで運ぶ慧海。
 その後ろから地団駄を踏みながらついていく逢洲と、この三人の様子が、なんだか面白そうなので一緒に行く紫穏。
 御鈴をお姫さま抱っこで運ぶ、テンガロンハットを被ったチビの女の子、今日も戦い、御鈴を守った慧海の姿は、
幾千の軍隊に囲まれ、ビルの上に追い詰められながら、愛する女性を守ろうと奮戦した、キングコングに似ていなくもなかった。


       ゴリラは  

    森の紳士と、言われている



   醒徒会委員会日誌  
 風紀委員長 山口・デリンジャー・慧海
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