【騎士の宿業2 裏切りの男、そして】


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カバ型がプテラノドン型を捕食したことで生まれた未知生命体カバ龍の、より力強い咆哮が通路を揺らし、
大気を振るわせる。
北神 静馬(きたがみ しずま)ら3人にとって、もはや出来る事はただ一つ。脱兎の如く逃げて、逃げて、
迫り来る驚異をどうにかして振り切るのみ。
だがしかし、変態を遂げたことでさらに力強さを増したカバ龍の四肢は、もはやカバだった時の其れではない。
堂雪の能力にて顕現した金剛仁王は全力で駆けるが、距離はむしろ詰められている。
「おいおいおいおい、ヤベェぞ堂雪(どうせつ)! ヤツさらに速くなってやがんぞ!」
「そうは言うがな、これ以上の速度は出せん!」
「それだったら……撃ちます!」
口から熱線を放つ能力「ブラストアーク」を持つフィルリオーナ・テンペスターの口から幾重もの熱線が放たれ、
カバ龍の体皮を焼くが、効果はあまりない。
何せ体躯が巨大すぎる上に皮膚はさらに硬質化し、一方のテンペスターにも極大熱線を放つにもインターバルの
確保と休息が必要になるが、そんな余裕など与えられる筈もない。
「ううう……お役に立てなくて申し訳ないです……」
「いやま、テンペっちゃんは悪くないがな。悪いのはあのカバドンだ。さって、どうするか―――おわぁ!?」
「曲がるぞ、掴まれ!」
堂雪は目聡く曲がり角を見つけ、勢いを殺さぬままに、やや強引気味に曲がる。
ありがたいことに道は細く、金剛仁王を引っ込めて駆け出す三人は踏み潰される前に横道に入るが、巨体のカバ龍が
その道に入り込むことは出来ない。


入り口でもがくカバ龍をよそに、ようやく訪れた一時の安息。三人は腰を下ろして僅かにでも体力回復に努める。
「ふぅ……ようやく一息、か?」
「だといいがな。さすがに、消耗が激しいぞ……一番疲弊していないのはやはりお前か、静馬よ」
「うっせ。しゃあないだろ。デカいのとの相性は最悪なんだよ、オレの力は」
「はう、疲れました……甘いものが食べたいのです」
「しゃあねぇなぁ。ほれ、アメちゃん食えテンペっちゃん」
「わぁ、ありがとうございます! むぐむぐころころ……あうぅ、ハッカ味ですぅ……」
「ハッカは苦手か、まだまだ子供だなテンペっちゃんは」
「うるさいです!」
ここが、これからの世界を変えるかもしれない戦場であることも忘れて和む三人。

座り込んで回復を図る堂雪とテンペスターをそのままに、静馬は立ち上がる。
「さてっと、ちょっとこの先軽く見て来るわ。二人は休んでな。何出るかわからんし」
「油断と無理だけはするなよ、静馬」
「お一人で大丈夫ですか、シズマ様?」
「ま、大丈夫だろ。この狭い道ならデカブツは出ないだろうし」
ひらひらと手を振り、静馬は一人奥へと進む。


―――※―――


「うむ、やっぱりこの人間サイズかちょっと大きいくらいが一番やりやすいな、っと! っとと、あっぶねー!」
轟音と爆風、砕ける半有機体の床の破片が飛来するのを鎖鎌と波動の盾で軽やかに捌く。
通路の行き止まりに居たのは、身の丈にして3m程度だが、人間離れした膂力を窺わせるパワフルボディ。
丸太の如くに太い腕と鋼の如くに堅い拳が空を斬り床に叩き付けられる度に、床は砕け、壁は穿たれ、破片が飛ぶ。
Guoooooooooooo!!
なかなか攻撃が当たらない巨人型未知生命体は、攻撃が当たらない苛立ちから、行動が単純大振りになる。
「ま、見え見えの攻撃に当たってやるほど、こっちは甘くなくってね。じゃ、終いにしようや」
旋廻させていた鎖鎌を抛る。
解き放たれた蛇の執念の牙が、舞い跳ぶ破片を軽やかに避け、巨人型の首筋に突き立てられ、そして抉り込む。
絶命するための喉すら奪われた巨人型は、体液を噴水の如くに撒き散らしながら、大の字に崩れ落ち、霧消する。
「ふぅ……この手のパワーファイターは大概ロクな装備にならんからなぁ。流石に肉襦袢とかはもう勘弁」
こんなもんだろ、と一息つき、行き止まりの壁に目を凝らす。
「こんな行き止まりに、あんなの配置するわけがないよな……っと、これ、扉か?」


扉のような境目をこじ開けて潜った先には―――
「っ!? が、ぐ、ぅ……」
中にあったモノ、それを見た瞬間、無意識下の情動が強烈なまでに揺り動かされ、鉄槌で頭蓋をかち割られたかの
如き激痛と、万力で脳全体を直接押しつぶされるような圧迫感に見舞われる。
「ぐ、う、ぅ……何だ、ってんだ、こいつは……!」
「ほぉう、貴様の如き俗物が、良くもまぁこの『神の座』に来れたものだなぁ、キタガミ」
「セルグライデ、テメェの仕業かぁ!」

セルグライデ・モンテューロ。人呼んで「奇跡の御手」、秘匿とされてきた神聖術式の数々を修めたと言われる、
非実体的存在に特に強いとされる異能者である。若い頃より20年以上の年月を、悪魔祓いという形で未知生命体と
戦い続けてきたその経験と実力は、同盟内でも有数のものである。

「今貴様の中を駆け巡っている、『神』に触れた歓喜の情動のことかい? 私ではないよ。この『神の座』が
 貴様にもたらしたものだよ」
一際大きな空間の中心に据えられた、有機体とも無機物ともつかない異形。
鳴動とも駆動音とも分からぬ振動を続けるその物体は、怪しき輝きを放っている。
「『神の座』、だと……前々からズレてるやつだとは思ったが、ここに来てとうとうブっちぎっちまったか?」
「はっは、そうかも知れないね。貴様の如き俗物からすれば、そう見えるかも知れん。だがね、私からしたら
 貴様のほうがイカレてるとしか思えないなぁ、キタガミ。この偉大なる『神の座』を前にして、私と同じ位階に
 辿り着けないというのだからな……嘆かわしいな。実に嘆かわしい」
「はっ! 今のテメェと同レベルなんざ、死んでも御免だ!」
「……実に愚かだよ、キタガミ。貴様にも、神の位階に辿り着く機会は与えら得るだろうとは思っていたが、
 『神』は平等に機会を与えてくださるものと思っていたが、そうではないらしいな」
セルグライデは目を閉じ、手をかざす。それは、日ごろの彼が、訓練で、戦闘で、見せるのと同じ仕草。
「ああ、そうか……私は今、悟ったよ、これは、私の、私のための、世界であり、神話であったか―――」


「ならば、下劣な輩は不要だ。失せろ、キタガミ。『神』の慈悲の下に、貴様を処断しよう」
開かれた瞼から現れたものは、人間の目では、なくなっていた。
失われた眼球は、彼にとっては神により与えられた聖なる傷痕。
奇跡と謳われた力が、部屋全体、そして静馬に向けて迸る。

「ちぃ、こんなとこでおっぱじめようってのか! 大事な大事な『神の座』ちゃんが壊れても知らんぜ?」
「安心しろ、そんな事が起こる前に、貴様は蒸発する」
「言ってくれるねぇ。アンタのそういう無駄にスカしたところ、ぶっちゃけ気に食わなかったんだよね!」
「私も、貴様のような、俗世の穢れそのもののような存在は嫌いだったよ」
「この際正直になったらどうだ? テンペスターに懐かれてるオレが気に食わないってなぁ!」
「神の位階に至るこの私に、そのような挑発など無意味極まりないな」
「お、どうした? そう言いつつも、そのたんせ~なお顔のこめかみの辺りがピクついてるぜ?」
口調こそ軽い静馬だが、二人の戦闘力差は、圧倒的なまでに静馬が劣っている。
セルグライデの能力は、突入以前の共闘で見たときのそれを遙かに凌駕していた。
(こいつぁ、本気でヤベェ……下手こいたら死ぬな、俺)

セルグライドの能力の本質は、手より発せられる光による「拒絶」。
彼が可能だと信じる限りにおいて、光に照らされたものは等しく「拒絶」される。
圧倒的なまでの眩さを誇るセルグライデの光は、確実に静馬を追い詰める。
「無様ですね、キタガミ。さて、せめて最後に慈悲だけは与えましょう。死に際し、言い残すことはありますか?」
「いい年こいて16歳のぺったんこに懸想たぁいい度胸だ。今すぐ神に懺悔して腹切って死ねロリコン神父」
「それでは、祝福の内に神の御許に召されません事を……Amen」

「―――生憎と、神も仏も信じちゃいないものでね!」
限界一杯まで伸ばしきった鎖鎌は、一定量の力で構成されているため、その姿を薄れさせる。
魔術も光線も防げる「波動の盾」を使わず、死を厭わずに身体能力のみで回避し続ける。
その意図を探らせないために挑発行為を繰り返していたのは、すべてはこの一発のため。
獲物に餓えていた蛇の牙が、セルグライデの光満ち溢れる手に突き刺さる!
「ぐあああああああああぁ! キタガミぃぃぃ! きさまああああああああ!」
「こんなところでロリコンに殺されてたまるか! 俺は逃げる!」
限界まで駆けた足にさらに鞭打ち、静馬は悶絶するセルグライデに警戒しつつ部屋を駆け出る。


「ぐううう……やってくれる。許さぬぞ、キタガミ……」
静馬の鎖鎌の刃に貫かれ血が溢れる右手を抱えつつ、セルグライデは『神の座』へ近づく。
「まぁいい。これで私は神に近づく。そして神になる。そのための力が、この『神の座』にはあるのだからな!」
セルグライデは高らかに吼える。
彼を狂気に駆り立てる「神の座」、ソレが何であるのかは、今はセルグライデにしか分からない。
今だ血を吐き出す傷跡をそのままに、セルグライデは「神の座」に触れる。
「さぁ、私と一つになるのです。そして、私を更なる位階へ――――――」


セルグライデは、人であることを放棄した。
果たして、彼が辿り着いた位階は、神か、悪魔か。
それは、後の世に語られることになる。



―――※―――



辛くも逃げ出した静馬は、肩で息をしながら、壁に手をつき移動する。
「はぁ、はあ、ふぅ……追ってこないところを見ると、面倒になったか、『神の座』がよっぽど大事か、か。
 何にせよ助かっ」
てはいなかった。

「あー……そういや、こんなのも、いましたよねぇ……」
獲物をようやく見つけて吼え猛るカバ龍が、そこにいた。


―――※―――


「それにしても、遅いですねぇシズマ様。そんなに奥まで続いてるのかな?」
「あいつに限ってやられるということはないだろうが、な」
「? 少し、揺れが、強くなってきた?」
「近くで大型の敵性存在が暴れているのやもしれん。だが、静馬と合流せずにここを離れるわけにもいかん。
 まったく、静馬は何処で油を売っているんだ」
静馬の戻りを待つ堂雪とテンペスターにも、床の揺れが大きくなっているのが感じられる。

ふとそこに、壁の裂け目を押し開き、ひとりの少年が出てくる。
「なっ!? ……アルファリード、なぜそのようなところから?」
「調べてみたら、そこかしこに似たような横道が隠されてるんだ。でも、正直な話、僕は 横道に入るのは
 オススメしないね。どこに繋がってるか分かったものじゃないし……あんなモノ、みんなは見ちゃいけない」

攻撃向けの能力者ではないが、「エンブリオ」の組成そのものを研究する目的で付いてきた、物質結合の能力を
持つアルファリード・ノブリス。堂雪らの前に姿を現したとき、彼は酷く消耗していた。

堂雪が駆け寄り、アルファリードの体を支えてやる。
「ただ敵から逃げただけでの消耗とは思えないが……それで何を見たというんだ?」
「ごめん、それは言えないよMr.ドウセツ。アレはヒトが見ていいモノじゃない。見てしまったボクはもう、
 もしかしたら狂ってしまっているのかもしれない。でも自分で自分を客観視しようとしても、ボクの中の
 『正常』の基準が変わっていたら、それはもう正常なんじゃなかろうかとも思うん痛ァッ!?」
怒りを帯びたテンペスターが放つ、鋭いコークスクリューブローがアルファリードに突き刺さり、アルファリードは
もんどりうって床を転がる。
やや間をあけて、ううう、と弱弱しい声を上げながらアルファリードは立ち上がり、服についた埃を払い落とす。
「何するんだよテンペスター、歯が折れちゃったじゃないか……なぜか抜けずに残ってた乳歯のラス1だけど」
「アルファ、意味わかんないこと言わない! イライラするのよ! で、結局何を見たのよ」
「だから、誰にも言うわけにはいかないんだよ。見てしまった者だけが、共有すればいいことなんヲぶゥ!?」


股間を押さえ崩れ落ちるアルファリードを、鋭く突き出した膝を戻しつつ冷ややかに見下ろすテンペスター。
「まったく、結局言いたくないだけなんじゃないのよ! 気を持たせるような言い方しないで!」
「ひ、ひどいやテンペスター……ううぅ」
「アルファリード、大丈夫か……?」
「え、ええ……なんとか、男で居られる程度には……」
同じ男として、堂雪は同情を禁じえない。
とりあえず腰を叩いてやるのであった。

それにしても、地響きは収まらない。
「ねぇbaldness、これってひょっとして……」
「まさかと思いたいが、行ってみるより他あるまい。アルファリード、君はどうする」
「ボクがついていっても何も出来ないので、横道経由でなんとか表に出る道を探ってみます。外壁を剥がせば
 筏の一つくらいなんとか出来るでしょうから」
「くれぐれも、無理はしてくれるなよ。ではな」
「そちらこそ。Mr.キタガミにも宜しくお伝えください」



堂雪とテンペスターを見送るアルファリードは、ひとり呟く。
「―――ボクは知ってしまった。このイキモノたちの構造を。ボクたちの構造を。アレが真理なら、真実なら、
 ボクは生涯をかけて、Αより出でてΩを目指さなければならないんだ。そのためなら……ボクは、何だって
 してみせる。例え人から狂っていると言われようとも、ね……」
アルファリードの目は、赤黒く濁り始めていた。


―――※―――


「ぜっ、ぜっ、は、は、ふぅ……あっぶなかったわぁ」
カバ龍から追われ続けた静馬だが、先ほどセルグライデと接触した部屋にあったのと同じような裂け目を
目聡く壁に発見、辛うじて駆け込んで生き長らえていた。
「さっすがに、アレを、武器なしで、一人は、きっついって」
セルグライデの裏を掻く代償に、「拒絶」の閃光を受けた鎖鎌は消滅してしまっている。
とはいえ、たとえ手にしていたとしても何が出来るわけでもないほどに、圧倒的な差があるのだが。
「ん、なんだこりゃ? よっと」
人ひとりが何とか入れる程度のスペースの壁に、光を反射する球体がひとつ。
静馬はそれを手にし、
「後でアルファにでも見せてみるか。アイツの物知り具合なら、何だか分かるだろ」
上着のポケットに仕舞い込む。


「とはいえ、ここに篭ってても何にもならんし、堂雪やテンペっちゃんと合流したいところだが……ここ何処だ」
セルグライデの猛攻から無我夢中で逃げる余りに、手近な裂け目から脱出せざるを得なかったのは仕方がない。
元々相打ち覚悟で放った最後っ屁のつもりの一発だっただけに、命と引き換えの対価として鎖鎌を失ったのは
妥協せざるを得まい。命あっての物種とはよく言ったものである。
だが、何とか抜け出た先にもヤバいのがいたのは、想定して然るべきだったが、疲労がそれを許さなかった。
さて、どうしたものか。

聞きなれた声と咆哮が響いてくる。
裂け目から覗いてみると、やはり聞こえたとおり、カバ龍と金剛仁王が取っ組み合いをしている。
が、やはりカバ龍の凄まじいパワーに、金剛仁王は完全に押しこまれ、堂雪の顔にも疲弊の色が濃くなる。
「堂雪にゃ悪いが、横から見れば弱点の一つも見えてくるか?」
パワーは圧倒的に金剛仁王を上回り、硬質の皮膚はブラストアークも受け付けないのは確認済みである。
―――はずなのに、なぜヤツの背中から、血の様な体液が流れ出ている?
それも、あの体躯に合わない小さい翼が生えてきたときのものではない。
このことを、どう見るか……
「あとはやり様と運頼み、か。よし、行くか」
裂け目をこじ開け、戦場へ躍り出る。

「シズマ様!? ご無事で何よりです!」
「悪ぃ、野暮用で遅くなった! それよかテンペっちゃん、頼みがある。俺を撃って、ヤツの背中に登るのを
 後押ししてもらいたい。できるか?」
「た、多分……ううん、なんとかがんばってみます」
「そか、さんきゅ。堂雪、もう少しだけこらえてくれ! 打開の可能性が見えた!」
「ぬぅぅぅ、この際可能性でも何でもいい! それに賭ける!」
金剛仁王の豪腕に力が篭り、カバ龍に拮抗せんと力強く踏ん張る。
テンペスターは大きく息を吸い込み、力を内側に蓄える。
静馬は波動の盾を展開し、カバ龍の後足目掛けて駆け出す。
「今だ撃てぇ!」
ブラストアークを波動の盾で受け止め、その勢いで後足から背中へと駆け上がり
「うぉぉ!? 思ったより速ぇ! ―――っとと、オッケー、上手く行ったぁ!」

下から大丈夫かと飛び跳ね声をかけてくるテンペスターに手を振って応え、静馬はカバ龍背中の中央、
翼が生えている辺りに移動する。
「そろそろ堂雪もやばそうだしな、予想通りならいいが……南無三!」
バサバサとはためき続ける翼の付け根に腕を突きこみ、
「波動の盾、展開! 中身を拝ませてもらおうかぁ!」
展開したまま腕を引き抜き、強引にカバ龍の表皮を引き剥がしにかかる。

めりめり、ばきばき、ごぼ
生えた翼が生んだ裂け目が出来ていたおかげか、強攻に引き剥がすことができた表皮と肉との境目からは、
異臭を放つ体液があふれ出る。
「うぉぇ……ひっでぇ臭い。よぉ凧さんひっさしぶり。自慢の羽も能力も使えずに、全身肉壁に覆われて、
 身動き一つできずにもがき続ける気分はどうだい?」
カバ龍に食われたはずのプテラノドン型。引き剥がした表皮の中から出てきたソレの、一部は周囲の肉と
一体となっていた。赤く濁った魚の様な目がこちらを睨み返しているあたり、まだ完全に合一を果たしては
いないのだろう。
わざわざ自分が傷つくような能力を常時発動したまま翼を動かしている理由などなかろう、という理由から、
背中に回って表皮を引っぺがすという強攻策に打って出たが、どうやら賭けには勝ったらしい。
「前から回れりゃ楽だったんだが、オマエ『自分の前方の』空間だけ切り取りにかかるだろ? さっきアンタと
 殺り合ってるときとか、衝撃波を避けられなかった時に、そうじゃないかと思って、わざわざケツからダッシュで
 上がってきたんだぜ? これでスカす訳には……いかないんでね」

ガントレットを解除し、生身を晒した貫手に力を込め、プテラノドン型の目玉に突き立てる。
ぐしゃ ぶしゅ ごぼ
眼球がつぶれ、肉が千切れ、人でいうところの水晶体や体液がどろどろと流れ出る。
口はほぼ同化しているため、断末魔の悲鳴が起こることはない。
「やっぱ、この感触は慣れないねぇ……そろそろ、終いにしようか」
静馬はさらに深々と腕を突き込み、内部を掻き回し、引き剥がし、捻じり切り、握り潰す。
素手による未知生命体の屠殺。体表面からの打撃で倒せるような、小型で柔いものならともかく、大型ともなれば
肉の薄い部位、目など鍛えようのない部位などに直接手を突きこんで内部から破壊するより他ない。

「さぁ……どうなる?」
絶命の瞬間、従来であれば雲散霧消するはずの未知生命体の肉体が凝集、静馬の掌に一枚のメダルが残る。
メダルには、剣の紋章が刻まれている。
「うっし武器だ! 早速使ってみるか」
新たに生まれたメダルを指で弾き上げると、メダルは形容し難い光を放つ大振りの片手剣に姿を変える。
その形状は、先ほど討ったプテラノドン型の片翼にも似た奇抜な形をしている。
「剣道ってのはあんまり覚えがないんだが……なっちまったもんは仕方ない。まずはひと太刀……うぉりゃあ!」
まずは試し切り、足元を掃うように大きく、軽くひと振り。


翼を失ったカバ龍が、突如崩れ落ちる。
無理もない。下腹部からナナメに切り開かれ、両の後足が胴体と切り離されてしまったのだから。
その威力、空間切断のひと太刀がもたらした光景に慄きすら感じる静馬であったが、
「がふぅ!?」
吐血と共に崩れ落ち、剣はメダルの形に戻る。
「マ、マジかよ……一振りで、血反吐、吐く程、持ってかれるとか……おわぁ!?」
後足を失い、内部器官を腹の傷から吐き出し、態勢を維持できなくなったカバ龍。
その身が崩れ落ちる大揺れと衝撃に耐えることが出来ず、静馬はカバ龍の背から振り落とされてしまう。

「へぶぅ!? ってて、〆はイマイチだったが、いやはや上手く行ったわ……さんきゅ、堂雪」
最早カバ龍の拘束は必要無しと判断、早急に静馬のフォローに回った堂雪と金剛仁王により、床への墜落は
辛うじて免れた……が、それでも丈夫な仁王の掌との激突は避けられなかった。
「何処からともなく出てきたと思えば、これほどのことをやってのけるとは、な……奥方様が一目置かれるのも
 分かる気がするな。少しだけだが」
「顔面打っちまった、鼻っ柱がまだいてぇ……ん? バァ様がどうしたって? にしてもコイツ、今の俺にゃ
 扱うのは厳しそうだわ。さっきひと振りしてごらんの有様だが……オマエにゃ言うが、血反吐吐いた」
これが戦果だとばかりに、先ほど得たメダルを堂雪にも見せつける。
「それほどまでの力を、秘めているというのか……」
「そりゃそうだろうなぁ。空間操作系の能力者は大成が遅いってのがよく分かるわ……消費量やら制御に問われる
 センスと技量とかがバカにならん」
「それは貴様が精神鍛錬を怠っているからだろう? こんなところで倒れても、荷物になるだけだから担いでは
 やらんからな」
「あいよ、肝に銘じておくよ」
二人は喧しく絶叫と奇声を上げながら、軽くなった下半身を引きずりながらもがき暴れるカバ龍に目を向ける。


「なぁ堂雪さんや……ここでひとつ、欲目を出してもいいかね?」
「やるなら自分ひとりで勝手にやれ。これ以上は無益な殺生だ。俺は付き合わんぞ」
「ちっ、じゃあテンペっちゃんに頼んでみっ……一人でやるか」
妹分とはいえ、絶賛リバーシング真っ最中の女性に声をかけるほどにデリカシーを欠いている訳でもない。
見なかったフリをして、改めて駄々を捏ねる子供のように暴れ続けるカバ龍に向き直る。
「とりあえず、アレに乗れるように投げてくれや。あとは一人でなんとかするわ」
「付き合わん、と言った筈だが? テンペスターの介抱をする。そっちは自分でやれ」
「へいへーい。んじゃ、やってみるかねぇ」
金剛仁王の手から飛び降りた静馬は、錯乱のカバ龍へと駆け出す。


「慎重に、かつ、力を込めすぎないように、丁寧に、丁寧に、慌てず、騒がず、御する也、か……」
得た力をそのまま使うことが基本的なバトルスタイルであった静馬には、細やかな作業は心身ともに疲労感を
倍増させる行為であるのだが、下手に力をありのままに振るってしまえば、カバ龍は両断、自分もガス欠と
骨折り損のくたびれもうけになってしまう。
(こんなんだったら、グリ婆に言語以外ももっと教わっとけばよかったかねぇ)
今頃は藤神門宗家の書庫で、山のように積まれた書籍を読み漁っているに違いない「明星の魔術師」グリアノールの
しわくちゃの顔と、若年層の同盟参加者はほぼ全員強制参加させられた地獄の言語学講座の光景を思い出す。
様々な書籍や伝承を読み解くことを趣味とする傍ら、伊達に「魔術師」の異名を得ているわけではなく、
どのようにして使うのかは決して誰にも明かすことなく放たれる「魔法」の暗黒で未知生命体を屠ってきた
その経験と技量は同盟内でも随一のものである。

流し込む力、振るう力、見据える敵、集中。
まだ負担は大きいながらも、静馬が振るう刃は身動き出来ないカバ龍の前足を捉え、刃で右、空間切断で左の足を
胴体から分離する。
「ぐ、う、相当抑えたとは言え、最低消費量がこうもデカいと、きっついねぇ……で、だ。おいカバ公、
 そろそろ決着と行こうか」
けたたましく吼えるカバ龍に今出来るのは、自前の空間圧縮による衝撃波攻撃のみ。
吸引のために口をあけようとするが、顎が動く空間を確保していたはずの四肢が失われたことで地べたに
這い蹲らざるを得ない状態になり、満足に開口することも叶わない。
「やっぱ最後に頼るのは能力ってか。でもよ、種も仕掛けも丸裸の手品ほど、詰らんものもないぜ?」
カバの如き大きく突出した口で吸引圧縮した空間を噛み砕いて衝撃波を発生させているわけだが、もう身動きの
取れない今の状態であれば、後方は完全なまでの安全地帯。
任務の都合上仕方なく覚えらせられたロッククライミングの技術と、堅い表皮を熱したナイフでバターを切るかの
如くに滑らかかつ易々と切り込む剣を足場代わりにして、暴れるカバ龍の腹を今度は自力で登ってゆく。

「さて、このデカい図体だ。ホントはバッサリやっちまいたいところなんだが……生憎と、今の俺は、
 ちょいとばっかり強欲で、ね」
四肢を捥がれ、開腹され内臓と思しきものや体液をぶちまけるカバ龍の生体活動のリミットは近い。
となれば、何とかリミットを越えて滅する前に素手で一押し、してやるだけ。
「こうなると、ついさっきまでテメェに追いかけられてたのが嘘みてぇだな。そいじゃ、コイツで終いだ」
剣の刃をカバ龍の背に宛がい、そのまま駆ける。
鋭利を極める刃がカバ龍の背を開き、内骨格を顕にする。
首筋の内骨格の出っ張りに足を掛け二度の旋廻、後頭部の肉を削ぎ落とし、内骨格を僅かにスライス、頭蓋に
収まる生体中枢を暴く。
旋廻の勢いをそのままに疾駆、剣を納め、暴かれた生体中枢に剥き身の素手を突き込む。
「チェック、メイト」
静馬の素手に蓄えられた、形を成さない力の奔流は、カバ龍の生体中枢を混ぜ返し、神経節の悉くを焼き切る。

後に静馬自身振り返っても驚くほどの、冷静かつ正確な殺戮への疾走。
その双眸が赤黒く輝いていたのは、瞳まで洩らすことなく全身血に塗れたからだろうか。

カバ龍の全身が鳴動し、震え、動かなくなる。
淡く輝く始めたその巨躯は静馬の左の掌一点に集約、新たなメダルとなる。
「へっ、どんなもんだ……あら、らぁぁぁ……?」
足場にしていたカバ龍の消失と同時に、力の大量消耗により立つ気力も失われ、投身自殺の如く、宙にその身を
投げ出す形になる。
浮遊感と、喪失感。

刹那、静馬は何かを見たような気がした。
夢か、幻か、それともこれが走馬灯というものだろうか。



―――※―――


日本有数の異能の大家、藤神門家の宗家。
その屋敷たるや広大なもので普段は静謐を極める地となっているが、今日は静寂の入り込む余地のないほどに
浮き足立っていた。
それもそのはず、未知生命体の出現に対し、初めて先手を取ると共に『預言』への最大規模の抵抗となる今回の
「エンブリオ」反抗作戦が、今正に佳境を迎えようとしているからである。

現場より寄せられる報告に、数少ないスタッフに、藤神門家に出入りする門下生他まで巻き込み、戦場さながらの
慌しさで分析作業が行われている。

その現場に、その報告がもたらされた時、その場に居た者全員が、押し黙り、驚愕せざるを得なかった。

エンブリオ、大西洋上に出現を確認
エンブリオ、エベレスト山頂付近に出現を確認
北極点付近に未確認の巨大球状物体が姿を現したとの未確認情報
etcetc……

「どうされますかの、フジさんや」
「どうもこうもないわい……我々の行動も、彼らの奮戦も、結局は後手じゃった、というだけじゃ。
 なんとも空しきものよな、グリさんや……」
同盟の重鎮たる藤神門老とグリアノール老、共々に寄せられた報告の数々と、現場で命を賭ける者達に、
想いを馳せる。



しばし沈黙があって、藤神門老が声を上げる。
「……だとしても、だとしてもじゃ! 今日この日を人類の終わりになどしてたまるものか! よいか各々方、
 今ここで絶望し、諦め、果ててしまうようであれば、わしらは戦地に向かった彼らに地獄で顔向けできぬぞ!
 最後の最後まで足掻いて、もがいて……藁の一束で構わん、彼奴等への反抗に繋がるものを、見つけ出すぞ!」
齢百に近しいとは思えぬほどに、力強く、高らかに、猛る藤神門老。
その一喝で、場の機運が再び燃え上がる。
ここで止まるわけには行かない。明日を、未来を、勝ち取らなければならない。
それが、この運命の年を迎えるまで生きながらえ、未知なる驚異と戦う力を多き少なきによらず手にした者たちに
天より与えられた宿業ではないだろうか。

再び反抗の炎を燃やす同志に、新たなる報がもたらされる。


大西洋上のエンブリオ、爆裂四散
原形質、体内物質他は広域に拡散、海流に乗り尚も拡散を続ける

エベレスト頂上のエンブリオ、対流圏にて爆砕
非常に細分化された原形質はそのまま大気流動に乗り、やがては世界全域に拡散することが見込まれる


おそらくは、この後世界は彼奴等の存在を今まで以上に確固たる形で許すことになるのだろう。
だが、それがどうした。
彼奴等が人に仇為すものであるならば、我々は戦う。
そうでないならば、融和の道を探ろう。
今我々にできるのは、この日この時を世界の終わりとしないためにもがくことだ。
「急げよ、アレの爆砕がもたらす意味を探るのじゃぞ! ……フジさんや、ワシは行くでの」
「ゆめゆめ、ご無理はされぬよう……彼らはきっと、此処に集いし我等のような、未知なる力をその身に宿し
 生まれてくる子らの道しるべとなるはずじゃ。頼みまするぞ、グリさん」
グリアノールは数名を引き連れて、戦地に赴いた彼らの救出に当たる。


「さて、この後、世界はどうなるかの……?」
子々孫々に至るまで、戦うことになるのか。
それとも、戦いの連鎖は止まるのか。

始まりの瞬間に立ち会おうとしている今時分の彼らには、知る由もない。



―――※―――


「ん、あ……あ?」
「やっと起きたぁ……心配しましたよぉシズマ様ァ!」
「全く、倒れても担いではやらん、と言ったばかりだというのに」
「あ……ああ。悪ぃな、堂雪にテンペっちゃん。にしても、何か変な感じだな。何が起こってる?」
「分からぬ。だが間違いないのは」
「エンブリオ全体が壊れそうなんですよぉ! なんかあっちこっちが裂けたり気持ち悪い液体が染み出したりして、
 まるで潰れようとしてるみたいに」
言われて、静馬は周囲を振り返る。
金剛仁王の掌に乗せられて、三人は当てのない道をただひたすらに進んでいる。
そこらじゅうがひび割れて体液っぽい何かが流れ出ているのも確認できた。
この通路が、この空間が、押しつぶされるような圧迫感を覚える。

「なぁ堂雪、さっき確か、この空間って圧縮してこの広さを確保してるんだろう、っつってたよな?」
「あくまで仮説に過ぎんがな……静馬、お前の勘も、当たってるかも知れんぞ」
得心する二人に対し、一人ハテナ顔のテンペスター。
「もう、何なんですか! 男二人で理解しあっちゃって! 不健全です!」
「いや、まだ結論って訳じゃないんだけどな……多分だけど、コレ、限界圧縮したあとに、空間復元の反動を
 使って爆発するんだろう、な」
「ってことは……」
「少なくとも、脱出しない限りは生存の保障はないだろうな」

そのとき、静馬だけが、直感的に何かを感じ取る。
「……なぁ堂雪、テンペスター、二つほどお願いがあるんだが」
「なんだ静馬」
「はい?」
「何があっても、とにかく前に走ってくれ。後ろは俺がどうにかする」
「何だ? 藪から棒に何を言い出すかと思えば」
「どうかしたんですか? シズマ様も一緒です、よね?」
「で、二つ目。俺が道を作る。お前らは―――絶対に、生きろよ」
「え?」
言うが早く、静馬は剣を実体化させ、下から救い上げるように大きく切り上げ、そのまま後方、金剛仁王の
背中をバック宙で飛び越す。
目の前、静馬の剣が生み出した空間の断絶の向こうには、夜の帳が下りた空が見える。
「静馬!? お前、何を」
「前を見ろ! 走れ! 立ち止まるなぁ!」
「シズマ様はどうされるんですか!?」
「野暮用が出来たんで、あとから行くさ! 早く行け!」
「……静馬、約束は、守れよ?」
尚も叫ぶテンペスターは堂雪に抑えられ、金剛仁王は空間の断絶の向こう、彼らのあるべき世界へと帰還する。


「分かってるさ……出来るかどうかは別にして、努力したことだけは察してくれよな」
先ほどまで疲弊しきっていたとは思えないほどに、体が軽い。
これほどまでに鮮やかに着地が決まるとは、思っていなかった。
「で、だ。決着のひとつもつけないと、帰れないよな、お互いに」
立ち上がり、背後に待つモノに、剣を突きつける。

「だよなぁ、セルグライデ!」
「キタガミぃ! 貴様は世界を革命する力に取り込まれ、滅ぶがいいわぁ!」
「吼えてろよキ印ペドが! テメェこそ、ここでロリの楽園の夢でも見ながらくたばりやがれぇ!」
どす黒く赤く濁った瞳と、燃え盛る轟炎の如き真紅の瞳が交錯する。




―――※―――


数名の帰還不能者を内に宿し、太平洋上のエンブリオも、例に漏れることなく、爆砕した。
記録によれば、作戦参加者の内、北神 静馬、セルグライデ・モントゥーロ、アルファリード・ノブリスの3名に
関しては、他の戦死者と違い、肉体の一部も、遺品と思しき物も、見つけられることはなかったという。


かくして、世界は、後に魂源力(アツィルト)と呼ばれる力を源泉とする異能力者と、未知生命体改めラルヴァとの、
種の存続を賭けた、余人の知らぬ戦乱の火蓋が切られることとなった。

あるものは、これこそが世界の終わりの始まりだと言った。
あるものは、これこそが世界の革命の瞬間だと言った。
真実はどちらなのか、それともまた別のものか、それは今でも分からない。


だが、間違いなく言えるのは、1999年を境にして、世界のありように変化があった、それだけである。




―――※―――



「あら? これは……随分と面白いお客様ね? ようこそ、……………へ……」
全力を使い果たし、気力も体力も使いきり、床に這い蹲る静馬が最後に聞いたのは、そんな少女の言葉だった。

ような気がする。

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