【嵐と銃口】


 ――日本にもこんなところがあるんだなぁ。
 それがこの地に降り立った、小夜川嵐子の最初の感想だった。
 月はなく、僅かな星明りに照らされたその場所は、見渡す限りの荒れ野という寂しいものだった。乾いた木々が少しばかり立ち並んでいるが、人が手が加えられているところは全くといって良いほど見当たらない。
 これで野生動物などがいたら、まるで昔何かのテレビで見たサヴァンナの風景だ。都会育ちの嵐子にとっては、ちょっとした感動を覚える光景だった。
「おい、何呆けてんだ」
 鋭い声が飛ぶ。
 この場所にいるのは彼女だけではない。同じ学園の先輩である西院茜燦に――二メートルはあるトカゲに似た化物が、三匹。
「雑魚とはいえラルヴァだ、気を抜くと食われるぞ」

 彼女達は、ここ一帯を縄張りとするラルヴァを掃討する為に派遣された異能者である。やはり場所が場所なだけに大した被害は出ていないのだが、こういったところにいるのは比較的弱い種族だけなので、嵐子のように実戦経験の薄い者が訓練代わりに任務を受けさせられるのだ。
 茜燦は腰の四宝剣に触れ、手遊ぶように選び取る。
「こっちの二匹は俺がやる。もう一匹は任せるがヤバそうなら俺を頼れ」
 嵐子より豊富な実戦経験がある彼は、気に掛ける様にそう言った。勿論それは嵐子にとってもありがたいことだったが、あまり甘えてばかりもいられない。
「ダイジョーブですよ。先輩こそアタシより数多いんですから頑張って下さいね」
 茜燦が苦笑を返すのを尻目に、嵐子は自分の敵と向き直る。そいつはやたら凶暴そうな面で低く唸っているが、前情報によればかなり下級の種で、さほど苦戦はしない筈なのだ。
「やっ」
 やいずん胴トカゲ、今からそのブサイクな面にへこみ入れてやるから覚悟しな! 嵐子はそう言おうとしたのだが、その前にトカゲラルヴァが物凄い勢いで襲い掛かってきた。
 巨体に似合わぬスピードで迫り寄り、その脚に牙を突き立てようと大口を開ける。
「うっひゃぁ!」
 嵐子は殆ど反射的に、噛み付く勢いに合わせてそいつの大顎に蹴りを叩き込んだ。学園に入学したのはこの年からだが、格闘家である父から鍛えられていた為、身体能力だけは年長者にも劣らない。
 トカゲラルヴァが呻きを上げて後退る。
 彼女の靴はそこらに鉄片を嵌め込んだ特別製になっているのだ。トカゲラルヴァは自慢の顎からキンという鋭い痺れが広がって行くのを感じたことだろう。
 嵐子は蹴りの勢いに乗って、よろめきながら大きく後ろへ下がる。同時に、見事に攻撃を食らったトカゲラルヴァを見て満足そうにニヤリと笑った。
「ちょっと焦ったけど、やっぱそんなに気負う程のヤツでもなかったみたいね」
 蹴りの一撃から立ち直ったトカゲラルヴァは、嵐子のことを睨め付けるように見据えた。知能B程度のそいつが彼女の言葉に反応した訳ではないだろうが、その殺気は既に最高潮に達し、何かを吐き出そうとするように喉が動く。
 強い閃光。
 トカゲラルヴァの口から、光り輝く砲弾のようなものが飛び出した。それは明らかに異能に似た性質のもの。それ自体が光速というほどに速くはないが、並の人間では回避困難と感じさせられるほどに鋭いスピードで、嵐子に向かって一直線に突き進んでいく。
 大して嵐子は、ただ悠然と構え余裕の表情を崩さずにいた。寧ろ笑みの形に歪めていた口許を、より一層歪めて不敵さを強くする。まるで〝そんなものがお前の切り札なの?〟とでも言いたげに。
 ふと、迫り来る光球が唐突に輝きを失い始める。球体としての輪郭が現れ、質感を感じさせる黒い表皮が見えるようになった。まるでそれは、子供達がドッヂボールに使う球のようだ。得体の知れなさを感じさせるエネルギーの塊のようだったその攻撃が、射出され敵に当たるまでの僅かな時の中で、唯のボールに成り下がっていた。
「生憎だけど、球遊びはそんなに好きじゃないの」
 嵐子はこの急激な変化に何ら動揺を見せない。ただ眼前まで接近して来たボールを横から殴り飛ばし、あっさりとその攻撃を弾いた。
 弾かれたボールは大きくバウンドしながら地面に転がり、勢いを失った時点で綺麗に霧散する。

 この一連の奇妙な事態は、全て嵐子の能力〝ラフ・アンド・レディ〟によるものだ。
 その効果は、ラルヴァの能力や異能の力による特殊な攻撃を、全て物理的なものに強制変換すること。異能による攻撃には、物理的な防御が一切通じないものもあるが、彼女の能力はそんな攻撃も全て拳で対応できるものにする。幼い頃から体を鍛えていた嵐子にとっては、自分の得意な方法で攻撃を防御出来る効率の良い能力だった。
 更にこの能力、実はもう一つ利点がある。双葉学園のデータベースを調べれば分かるだが、トカゲラルヴァが放った光球は「何かに触れた瞬間激しく爆発する」という特性を持ってた。しかし、今まさに素手で光球に触った筈の嵐子は無傷のままである。これは彼女の能力によって攻撃が書き換えられる時、それが備えていた性質も同様に分解して威力に変換される為である。
 ラフ・アンド・レディとは「ぞんざいである」や「乱暴な扱い」という意味の言葉だが、どんな特性を秘めた攻撃も一纏めに括って別物に変えてしまうこの能力は、確かにその名前に相応しいのかも知れない。

 嵐子は光球を放ったトカゲラルヴァに向かって一気に駆けた。
 渾身の一撃をあっさり打ち破られたトカゲラルヴァには、最早彼女を止める事など出来ない。気圧されているそいつに突撃する寸前で嵐子は跳躍し、回転を加えた鉄の爪先で首の骨を叩き砕いた。
 物言わず動かなくなったそいつを飛び越えると、目の前には同じラルヴァの死体が二体分、転がっていた。
 丁度ノルマをこなし終えた茜燦は、刀に付いた血を一振りして落とし、嵐子を振り返る。
「妙な力だな」
「へ?」
「アンタの能力のことだよ。俺には人の演算能力を越えたものに思える。それに攻撃を別のものに書き換えることが出来るなら、その前に分解して無力化することも可能なんじゃないか?」
「や、アタシの能力は自動発動なんでそこらへんは良く分からないんですよ」
 嵐子は肩を竦め、困ったような笑みとともに答えた。更におどけた風にこう続ける。
「案外異能の神様みたいな奴が、この能力の調節とかしてるかも知れないですね」
「ふーん? ま、何だかんだ言って異能自体良く分からない事が多いからな」
「そーですよ。分からないと言ったらラルヴァもそうだし……」
 ――そういえば、上級のラルヴァは軍用兵器すら意に介さないって聞いたことがあるなぁ。
 一般人からみれば、それは正しく神だろう。一瞬、雲の上で偉そうな化け物が自分達の力を操っている想像が浮かんだ。間抜けさと妙なリアルが両立したその絵に、つい失笑が漏れる。
 と、そんな妄想をしていた嵐子の横を、高速の刀が通り抜ける。
 はっとして振り返ると、背後には二足立ちになって嵐子に襲い掛かろうとしていたトカゲラルヴァが、口内を貫いた刀によって崩れ落ちるところだった。
「そう、ラルヴァもまた謎の多い存在だ。モデルとなる生物以上の生命力を持つものもいるから気をつけな」
 やや厳しい口調で言う茜燦に、嵐子は誤魔化すような笑みで答えた。



「うちの学園って、異能開発とか戦闘訓練以外にも普通の授業があるじゃないですか。あれってないですよね」
「ないですよねって、そもそも学園はそういうトコだろ」
「けど『貴女には才能がある、一緒に人類の敵を倒しましょう!』みたいなスカウトされて、入学前は打倒ラルヴァって燃え上がってたのにですよ、入ってから普通にカリキュラム渡された時は大分萎えたなぁ」
「お前……そんな胡散臭い勧誘でここ入ったのかよ。頭弱いとか言われないか?」
「……!」
 目標を全て撃破した嵐子と茜燦は、軽く談笑しながら死体の後始末のため身体を動かしていた。
 このラルヴァは死んだ後、急速な自己分解によって瞬く間に白骨化する。なので適当に分解が進んだところで死体を切断し、バラバラに埋めて処理する。
 場合によっては戦闘で破損した器物や自然物の片付けも必要なのだが、幸いここが樹木の少ない荒野であるという事と、結局トカゲラルヴァ三匹とも爆発攻撃を使わずに倒れたので、今回は手間をかける必要はないだろうということになった。

「まぁ……こんなもんですかね?」
 スコップで土を均しながら言う嵐子に、茜燦が答える
「そうだな。残りは学園に提出する。一応これで任務終了だ、お疲れさん」
「へーい、お疲れ様でーす」
 嵐子は木の下にどかっと座り込むが、砂利がお尻に突き刺さって少し痛い思いをする。茜燦も刀を杖のようにし、近くの大岩に腰を下ろした。
 彼がモバイル手帳を取り出し帰還の手続きを取ろうとした瞬間、腕に鋭い痺れが奔る。手帳を掴んでいたのとは逆の腕、その痺れは刀から伝わってきていた。
 茜燦の頭の中で警報が鳴り響く。
「小夜川! 木陰に隠れてろ!」
 己の置かれた状況に気付いた彼は、すぐさま自分の座っていた大岩に隠れ、嵐子にも鋭い声を投げ掛ける。同時に、彼が身を隠した大岩が小さい破裂音と共にその一部を砕かれる。
「しゅ、襲撃!?」
 遅れて自分達の置かれた状況に気付いた嵐子は、慌てて木の後ろに身体を引っ込め射線から隠れた。
 今度は立て続けに三度、高速の弾丸が両者の隠れた遮蔽物に撃ち込まれる。大岩は上部分を砕かれ、大木は幹を大きく抉られ弾がめり込んだ。
 こんな暗闇の中でもかなり正確な攻撃、どうやら敵は何らかの方法で明かりを確保出来る様だ。
 茜燦が身を屈め注意深く地面を浚うと、鉛弾らしきものが転がっているのを見つけた。
 ――こんなものまで使うラルヴァがいるのか? とすれば暗視も別の道具を使った可能性が……。
「何なんですかこのサプライズ! 大して強くもない下級ラルヴァが三体だけって聞いてたんですがー!」
「……喚くな。時々いるんだよ、こういう異能者の索敵を掻い潜って来る小賢しい化け物が」
 茜燦は張り詰めた表情で、鋭くそう答えたが、嵐子はというと、口調とは裏腹に目を爛々と輝かせにんまりと笑みを浮かべていた。
 敵からの攻撃は相応の威力を持っている。回数を重ねれば自分達を隠すものはほぼ確実に粉砕するだろう。二人が遠距離の敵に対する術を持たぬ以上、その先は言うまでもなく死だ。
 しかし――この少女は眼前に迫り来る恐怖などまるで意に介さず、唯々戦いへの高揚に打ち震えている。
 強大な危機に立ち向かうという状況、それによって感じるヒロイズムか、経験、延いてはそれによる力への渇望か、或いは唯の虚勢か。
 ――いずれにしてもこの局面でまだそういう顔してるのは、神経が図太いというか危機感が薄いというか……。
 茜燦が戸惑いと呆れ、そして嫌悪を抱きつつ彼女を見遣ると、彼女は困った顔をしてこちらを振り向く。
「そんな目ェしないで下さいよ。応援を要請しても待ってる間に殺られそうな状況だし、こっちで何とかしないとって状態じゃないですか」
「そりゃそうだ」
「ですよね! じゃあ一緒に作戦考えましょうよ。なぁーに、遠くからの攻撃しか脳のない臆病者に負ける道理はありません!」
 まるでこちらを勇気付けるかのような物言いに、茜燦は大きく嘆息した。



 嵐子と茜燦の遙か前方――茂みの中に隠れて、彼女等を狙う狙撃手がいた。
 彼はどちらかというと人型のラルヴァだが、こんな月のない夜でも人間と見間違える事はないだろうと思える、異様な姿をしていた。
 血の気のない蒼白の肌、肘辺りから綺麗に消失している腕、そして何より、彼の顔面上部にはライフルの銃口らしきものが張り付いていた。現代武器としてのライフル銃より一回り大きく、ボルトアクション方式だが触れずとも遊底を操作できるようだった。
 彼――銃口ラルヴァは小銃に可能な限りのペースで、休みなく銃撃を繰り返していたが、嵐子の隠れていた樹木が予想より早く倒壊したのを見て、動きを止める。
 ――おかしいなぁ。あれにはそんなにダメージないと思ったけど……倒れ方も斬られたみたいに不自然だ。
 銃口ラルヴァが小首を傾げていると、突如、倒れた木が煌々と燃え上がった。彼には知る由も無いことだが、茜燦の四宝剣が一本、花雀が遮蔽物にしていた木を切り落とし、その特性である火炎攻撃で燃焼させたのだ。
 炎を中心に視界が強い光で満ち、銃口ラルヴァは反射的に顔を背ける。彼の眼はそのまま暗視スコープの性質を持つ様に発達しており、それにより可視光を過剰に増幅してしまうのだ。彼は分類として夜行性だが太陽に全く当たらない訳ではないので、この光も視力に影響するほどのものではない。それでも最早、狙撃など到底不可能なほど標的は光に覆われていた。
 このまま逃げられたらどうしようもない。それどころか、モタモタしてたら応援が現れる可能性もある。
 ――してやられたなぁ。もう逃げちゃったほう良いか。
 ――けど……殺したいなぁ
 ――ばっちり殺してやりたいなぁ
 ラルヴァには人間に友好的な者からそこにいるだけで害悪となるものまで様々だが、この銃口ラルヴァには、本能的な人間への悪意が存在した。
 彼からしてみれば、人里離れたこんな場所で運良く見つけたとびっきりの獲物。仕方ないとはいえ、流石に逃すのは惜しかった。
 いっそ無差別に撃ちまくってしまおうかと逡巡していると、突然、銃口ラルヴァの耳にけたたましいアラーム音が響いてきた。
 かなり近い。銃口ラルヴァは己の愚かさを呪った。遠距離より一方的に攻撃するという立場にあった所為か、狙撃を防いだ標的達がそのまま打って出るという可能性に気付けなかったのだ。火の方は見れなくとも、周囲を注視していれば気付けたかも知れないのに。
 彼は慌てて立ち上がり、標準も合わせず音の方向へ何度も弾丸を撃ち込む。地面が抉れ砂埃が飛び、小さな穴が幾つか出来た。しかしそこに人の姿は見受けられない。唯、アラームの本と思わしき手帳のようなものが転がるだけだった。
 代わりに耳の端で、何かが駆けるような音が聞こえる。
 彼は、自分がどうしようもないほど思いっきり、罠に引っ掛かった事を理解した。
 後頭部に強烈な痛みが走り、その勢いで地面にうつ伏せの体勢で倒れる。アラームに気を取られている内に近付いた嵐子の、鋭い足刀蹴りがヒットしたのだ。
「人型で良かったわ。あのトカゲには全然習ったことが活かせなかったし。格闘技ってのは人間用の戦闘術なんだから」
 倒れた銃口ラルヴァの背中を踏みつけ、ニヤリと微笑む。
 銃口ラルヴァは苦々しい思いでいっぱいだった。あのアラームは電話機能でも利用したのだろうか、兎も角あれで自分の位置を報せてしまった、恐らく彼女等の思惑通りに。この闇夜の中では撃って来る方向だけで敵を探すのは難しい、しかもこっちは夜でも見えるため、しつこく探していれば逆に見付かる可能性もある。だからこちら動揺を誘い、自分から教えるよう仕向けたのだろう。
「いやぁ可笑しかったわよ、物の見事に大慌てで。ばっちり教えてくれたわね」
 確かに、立ち上がりもすれば位置の把握は簡単だ。
 銃口ラルヴァからすれば、まさに絶体絶命の危機。彼の姿は近接戦には不向きで、彼女を相手にすれば縮こまって甚振られる事しか出来ないだろう。
 ――そう、このまま何も手を打たないでいれば、ボクはこの女に〝討伐〟されるだろう。
 しかし、彼にはまだ冷静に状況を把握できるぐらいの余裕があった。
 自分を踏みつける女を、横目で睨みつける。勝利を確信した笑みを浮かべているが、まだ行動を起こしはしない。自分をどう料理するかでも考えているのだろうか。
 そこには油断が、付け入る隙があるように思えた。
 銃口ラルヴァは近接戦を得意としないが、接近を許してしまった時の為、ライフルによる遠距離攻撃以外にも戦う術を持っていた。
 これで、自分を完全に封じ込めたと思っている彼女に奇襲を仕掛ける。外す要素は全くといって良いほど無いだろう。
 ――そもそも、この攻撃は回避不可能だからね。お嬢ちゃん、敵に止めを刺してもいないのに、そんな余裕かましてるから悪いんだよ。
 彼は半分までしかないその腕を、さり気無く嵐子の方へ向けた。するとどうだろう、血が通っていた跡すら見当たらない平らな断面から、艶のない真っ黒な腕がニュルリと伸びてくる。腕の形をしているのに、蛇のようにウネウネと動くのだ。
 その腕はまるで、影が形を得たもののように実体を感じさせなかった。異能者が持つ魂源力に近い、霊的エネルギーのみで構成されているのだ。それ性質ゆえ、物理的な影響を受けず、こちらからは精神に対して影響出来る能力を持っている。
 黒い腕が嵐子の膝辺りまで伸び上がったところで、彼女の眼がそれを見付けた。
「――っ!?」
 ――気付かれちゃったか。けど無意味だよ。
 銃口ラルヴァは腕が伸び上がるスピードを速め、一気に嵐子の眼前まで導いた。
 黒い腕はそのまま彼女に襲い掛かり、脳髄を介してその意識を陵辱――出来なかった。
 腕が彼女の頭に届く寸前、彼女が繰り出した裏拳が、あっさりとそれを霧散させてしまった。
 ――!?
 嵐子の能力がどういった性質を持っているのか、それを知らない銃口ラルヴァにはこの事態が全く理解できない。
 理解できなくて、唯硬直した。
 対して嵐子も、殆ど反射的に拳が出たので暫く呆けていたが、やがてふっと笑みを浮かべる。
「カッコ付かないねぇ。お互いにさ」
 そう言って、銃口ラルヴァを踏み付けていた足を退かした。いつの間にか銃口ラルヴァの前方には、嵐子が組んでいた相手、茜燦が走り寄って来ていた。彼は走りながら、腰の刀を抜いて振りかぶり――それが振り下ろされると共に、銃口ラルヴァの意識は永遠に閉ざされた。



「どうも、先輩。まぁ手助けなくても方が付いたんですけどね」
「時間かけ過ぎなんだよ馬鹿。一体何にもたもたしてたんだ?」
 嵐子はその質問に答えず、ちぇっ、とつまらなそうに呟いた。
 油断ならもう少し言ってやろうかと思っていると、嵐子がえらく顔色悪くしているのに気が付いた。疲労濃い様子で、何やら足もふら付いている。
 考えてみれば、トカゲラルヴァのような動物型なら兎も角、人に近い姿のものに止めを刺すのは、経験ない奴には辛いことだったかも知れない。
 ――要するに虚勢だったようだな。ここまで頑張ってるあたり、理由はあるのかも知れないが……。
 いつの間にか嵐子は、銃口ラルヴァの死体を見詰めていた。鋭く睨みつけるように、しかし恐々と、背けたい気持ちと戦っているようでもあった。
 流石にこの様子では片付けを手伝えとは言い辛い。そこらで休ませておいて、後で帰還手続きだけやらせようか。茜燦はそこまで考えて、ふと嫌な予感を感じた。
「なぁ……小夜川」
「はい?」
「俺の手帳、返してくれないか」
 あの時――彼等は二つの手帳を使って銃口ラルヴァを焙り出した。
 片方は敵の銃弾に穿たれたが、もう片方は嵐子がアラーム音を出すのに使ったから、まだ残っている筈だ。
 一体嵐子は、どの手帳をどの役割で使ったのか。――彼女は表情にやや生気を取り戻し、微笑みながら無残な姿になった手帳を取り出した。







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最終更新:2009年08月27日 00:49
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