【ジョーカーズ・リテイク 愚者たちの宴:part.2】


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【ジョーカーズ・リテイク 愚者たちの宴:part2】




               3

 飛鳥は走った。
 何がなんだか理解できない。
 死んだはずの明日人が話しかけてくるなんて、有り得ない。
 まるで幽霊と対話しているかのようで、飛鳥は恐怖を覚えていた。
 使命、そうジョーカーは言っていた。実態を持たない彼は、飛鳥の身体を貸して欲しい、そう言ってきたのだ。
 その使命とは戦い、敵との戦争と闘争。
(そんなの、いやだ。怖いのも痛いのもいやなんだ!)
 飛鳥は現実から逃げるようにトイレに駆け込んだ。走ったため息が乱れ、落ち着くのに少し時間がかかった。
 顔を洗おうと洗面台に向かい、水を流し、鏡を見てみると、そこにはまたも自分の顔ではなく道化師姿の明日人、ジョーカーがいた。
「逃げないでよ飛鳥。ボクの身体はもう滅びてしまった。飛鳥しか頼れる人間がいないんだよ。奴らを止められるのはボクたちしかいない」
「無理だ! 僕なんかが戦えるわけない!! それに奴らってなんなんだよ……誰と戦うんだ……」
「ボクの、ボクたちの敵は歪んだ進化をした人間たち。世界を破滅に向かわせる意志と力を持った異能者たちだ」
「異能者……何を言ってるんだよ。異能者はラルヴァから世界を護るんだろう」
「そうだ。異能者はラルヴァから自分たち人類を護るための抵抗進化のようなものだ。だが、その中でも間違った進化を遂げていくものもいる。人類の脅威になりかねない存在たち、キミたち双葉学園がカテゴリーFと呼んでいるものたちだ」
「カテゴリーF……」
 “評価不能《カテゴリーF》”。それは『制御が困難で味方まで巻き込みかねない危険な能力。実戦には不向きで使えないとされる能力』と規定されるもので、ほとんどのカテゴリーF能力者は確かに人類の脅威になりかねない力を秘めている。
「だけど、そんなのが敵だなんて、あんまりじゃないか。みんな望んでそんな力を得ているわけじゃない……」
「勿論全員が全員敵なわけではない。その中でも世界を憎み、世界の破滅を望み、実際にそれだけの可能性を秘めている存在がいる。それがボクの敵だ。確かにまだこの時代では世界を滅ぼせるほどの実際の力はないだろう。しかし、放っておけば彼らのような存在はいずれ世界に蔓延し、滅びへと向かわせる」
「それを食い止めるのがお前の使命か……」
「そうだ」
「随分ご立派だな。何様のつもりだ明日人!」
 飛鳥はその妄言めいた言葉を否定する。自分自身そんなものの存在を信じられないのもあるだろう。彼は鏡の中のジョーカーを睨みつける。
「それが本来は明日人本人の使命だったのさ。彼はその歪んだ進化をした人間たちを正すべく、また別の進化をした存在だった。だが、幼いうちに死に、ボクがバックアップとしてキミの魂に残った」
「なんで僕の中に……」
「それはボクにもわからない。それが世界の意志なのか、偶然によるものなのかはね。でも明日人と同じ身体を持つキミが、ボクの器になるには最も適しているのだろう」
「だからって僕がそんな脅威を持つ異能者と戦えるわけないだろ、僕には異能もないのに……!」
 飛鳥は俯き、ジョーカーから目を逸らす。
 自分が無力なのだということは自分が一番知っている。
 自分は弱い。
 そして、世界のために戦おうという、この学園の異能者たちのような勇気と意志なんて微塵も持ってはいなかった。彼は小さく、弱いただの人間なのだから。

               ※

 夏子に誘われ、あゆみは思わずその隣に座ってしまった。
 隣にいるだけで夏子の真っ白な髪のとてもいい匂いが伝わってくる。思わず撫で回したくなるようで、あゆみは夏子の整った横顔に見惚れていた。
「なあに谷川さん」
「い、いや。別に……」
 カテゴリーF能力者ということで、もっと恐ろしい女だと思っていたあゆみには意外なことであった。こんなにも彼女の隣にいると心が落ち着く、のだとは。
「あなたって私の弟に似ているわね」
「弟? 桜川、あんた弟いるんだ?」
「ええ、いるわ。学園にはいないけどね」
「弟と似てるってどのへんが? 性格が? いやね、私みたいなちゃらんぽらんな奴に似てるなんて言われたら弟くんが可哀想じゃない」
 あゆみはそう自嘲した。自分を傷つける言葉は、自分を深い闇に落とすだけだというのに、人は自分を、嫌いな自分を否定せずにはいられない。
「あら、そんなことはないわ。貴女は本当はとっても素敵な女の子よ。ちょっとつっぱってるだけの、可愛い女の子」
 気が付けば夏子はあゆみの目を覗き込むようにこちらを見ていた。唇と唇が触れそうなほどに、お互いの息がかかるほどに近い距離。
 しかし眼を逸らすことすら躊躇わせるほどに、夏子の瞳には引力があった。
「わ、私は本当に駄目な奴よ……」
 あゆみは思わずそう呟いてしまう。
 なぜだが夏子が傍にいると、弱くいやらしい自分という人間を自覚せずにはいられなかった。まるで感情を吐き出しているかのように、素直になってしまう。
「いつもいつも嘘をついて、見栄を張ってばかり……。流行りものの服や化粧をしていないとみんなが私を置いていくんじゃないかって怖いの」
 あゆみは少しだけ肩を震わせ、そう呟くように言った。ほぼ初対面であるはずの夏子にこんなことを言ってしまう自分に戸惑いながらも、どこか心が安らいでいくのを感じている。本当に天使に語りかけているかのようである。
「人に嫌われるのが怖いのね。わかるわ。私も人間が怖いもの。でもね、そんな人たちの評価なんて気にしては駄目よ。彼らは自分の意志をもたない下らない人形なんだから」
 夏子はそっとあゆみの手を握る。
「でも貴女は、人間を嫌いになりきれないのね。どうしてかしら。 恋をしているのかしらね?」
「恋……。そうなのかな……。私はいままで何人も男の子と付き合ってきたけど、恋なんてしたことあるのかな」
「それはしょうがないわ。でも、いま貴女が心から想っている相手は、本当に好きなんでしょ」
「うん……。これが恋、なのかはわかんないけどさ、どうしても気になる奴がいるんだよ」
 あゆみは飛鳥の顔を思い浮かべる。
 可愛らしい顔をした男の子。護りたい、抱きしめたい、と心からそう思えるような相手は彼だけであった。
 飛鳥のことを思い出すだけで心が温かくなる。しかし、同時に胸が痛くてどうしようもなくなってしまう。
「でも、その子はきっと私みたいな奴のことを好きになんかならないわ。私なんか釣りあわない……」
 飛鳥みたいな男の子には、きっとあの委員長みたいな女の子が合うんじゃないか、自分のような不良少女は怖がらせるだけ、そう思い俯く。
「だから、私はもう嫌なんだ。こんな辛いなら、恋なんて知らなくてよかった。毎日みんなみたいに何も考えず生きていけたらよかった」
「そうね、恋は辛いわ。もし想いが届かないのなら、いっそ世界なんて滅びればいい、そう思わないかしら?」
 夏子は囁くようにそう尋ねる。一瞬あゆみはきょとんとしてしまう。そう考えている人間が自分だけではない、ということに少し驚きを感じていた。
「世界の破滅……か。なんだかそれは楽しそうだね」
 あゆみはくすりと笑った。その非現実的な言葉に少し頬が緩む。世界が終わることなんてありえないけど、そう願う人間が自分一人ではない、孤独じゃないんだ、そう思えただけで彼女には救いだった。
「大人になる前に世界が終わって、歳をとって醜くなる前に綺麗なままいられたら、それはきっといいことだね」
 あゆみはそう夏子に言った。
 それはただの絵空事。現実逃避の軽い妄想。
「そう、谷川さんは歳ととりたくないんだね」
「まあね。笑われちゃうかもしれないけどさ、ずっと綺麗なままでいたいじゃん。そうすればいずれ藤森君だって……」
 女の子が想い描く理想。叶わない恋に対する想い。
 しかし、その想いは突然腹部に襲った違和感によって消された。
 激痛。
 そしてじわじわと身体を焼くような熱が彼女の腹部を刺激している。
 服に染み割っていく熱い水のようなものに触れると、それは汚らしい赤色をしていた。
(え……なにこれ、血?)
 ふっと、視線を下に向け、あゆみは自分の腹部を見つめる。そこには奇妙なものが生えていた。いや、生えているのではなく突き刺さっているのだ。銀色に輝くナイフが、彼女の腹部侵入していた。そのナイフを辿れば、白い手。
 桜川夏子が突然彼女をナイフで刺したのだ。
「な、なんで……?」
 失われていく意識の中、彼女は混乱する頭で彼女の顔を見つめる。
 お化けのような白い髪に黒い服。そしてその美しい顔を少しだけ歪め、不気味な笑みを浮かべる彼女見てあゆみは、
(魔女……)
 そんな単語が頭をよぎり、恐怖を感じていた。
「死の無い世界、そして世界の終わりへようこそ、谷川あゆみさん」
 その言葉を最後に聞き、あゆみは十八歳という短い人間の生涯を終えた。


                ※

 優等生である雨宮真美までが教師と一緒に教室から出て行ったことで、バラッドはその重い腰を上げるに至った。
(一体全体どいつもこいつもどうして教室から出て行くんだよ。これはちょっと何かあるのか確かめてみるとするか)
 自分も教室から出いく口実を自分で作り、バラッドは気配を殺し、誰に気づかれることも無く教室を後にした。
(さて、出てきたはいいけどどうしたものかな)
 彼は一先ず飛鳥がどこに行ったかを確かめてみようと、精神を集中する。
 掌を床につけ、彼は眼を瞑る。
 すると、無数の足音のようなものがソナーのようにバラッドの身体に伝わってくる。これは彼の異能、“パーソナル・バイブレー”の一端である。
 パーソナル・バイブレーは簡単に言えば振動を操る力だ。このように足音や心臓の鼓動を察知し、個人の居場所を特定することができる。勿論それは遠距離の探知は不可能ではあるが、学園内ならば容易である。
(藤森飛鳥の足音、鼓動音はどこだ――)
 何千という無数の足音の中から飛鳥のものを断定するのは難しい。だが今はもう始業式が始まっていてみんな直立不動なのだろう、そのため動いているはずの飛鳥の足音を見つけるのは簡単である。
(これか……どうやらトイレ付近にいるようだな。だが何故走ったり止まったりを繰り返している。鼓動も激しくえらく戸惑っているようだが……)
 そこでバラッドはついでにその他の鼓動を感知してみる。次に出て行った谷川あゆみはどこに行ったのかを。
 そこで彼は違和感を覚えた。
 微かだがあゆみの鼓動は保健室に確認できた。そこまではいい。だが、突然あゆみの鼓動が消えたのだ。
(なんだ――? 突然谷川あゆみの鼓動が感知できなくなった――一体何があった?)
 異変を感じ、バラッドは飛鳥ではなくあゆみの下へ向かおうと歩を進める。 
 心臓の鼓動が聞こえなくなった、ということは紛れも無く死んでいるということだ。何があったのかはわからないが、それだけは確実なこと。
 だがしかし、
(そんな、馬鹿な、有り得ない)
 谷川あゆみは、
(そんな馬鹿なことが――あるものか!)
 谷川あゆみの足音は、確かに今も響いているのだ。


             ※

「なんなのここは……」
 雨宮真美は資料棟最深部の部屋に無理矢理連れてこられ、怯えきっていた。
 辺りには雑多に紙の資料や、ディスクに焼かれたもの、物的資料など様々なものが置いてある。拾い空間であるはずなのに、物が多すぎてとても狭く感じてしまう。
 彼女をここに連れこんだ張本人である雨宮たちの担任教師、四谷は不適な笑みで扉に背をもたれかからせていた。ここからは出させない、ということであろう。
「だから言っただろう雨宮。ここは双葉学園の暗黒史が置かれている。それをキミにも見てもらいたいのだよ」
 四谷は普段のような軽薄さはなく、今の彼にはどこか不気味で威圧感のある印象を受ける。とても生徒に人気のある二枚目教師には見えない。
「だから、なんで私なのよ……意味が解らないわ……」
「それはね、キミが“死の巫女”の一人だからだよ雨宮真美」
「“死の巫女”……?」
「そうだ、キミは我々の希望の光の一つ。魔女に選ばれた存在。新たな世界の可能性」
 四谷は理解不能な言葉を口走りながら近づいてきて雨宮の手をとる。
「や、やめて下さい!」
「やめないよ。これを見るんだ」
 そう言って四谷は雨宮を拘束し胸に抱き、部屋にあった資料のディスクを取り出して、その場にあったパソコンに挿入した。
「さあ一緒に見ようか、この地獄のような現実を」
「何を言ってるんですか先生、私に何を見せようと――」
 挿入されたものは映像ディスクのようで、立ち上がったパソコンにその内容が再生されていく。自分の力では大人の男性に抗えないと悟った雨宮は、諦めてその映像に目を向ける。その映像は劣化が酷く、擦り切れているようではあるが、ノイズ混じりになんとか見ることはできるようだ。
 そこに映し出されたのは学園のグラウンド。グラウンドといってもいくつもあるため、ここが第何グラウンドかはこの映像ではわからない。
 しかし、そこには百人近い生徒たちが映し出されていた。
(何をしているところなのかしら)
 雨宮は映像を凝視する。とてもつもなく不穏な空気がその映像から伝わってきたのである。そこに映し出される生徒たちの目からはっきりと、殺意のようなものを感じ取ることができた。
「これは――な、何をしてるの四谷先生……」
「見ていればわかる」
 そう言われ、雨宮も黙ってその映像を見つめ続ける。
 やがて音声が聞こえてきた。
 それはあまりに悲痛な子供の声。
 怯え、震え、それでいて死を覚悟しているような、そんな声。


『人間のみなさま・・・・・・ごめんなさい。異能者のみなさま・・・・・・ごめんなさい。・・・・・・島に住むみなさま・・・・・・ごめんなさい。うちの父親が、みなさまに大きな迷惑をかけてしまって・・・・・・。悪いのは僕らですから、どうかみき姉ちゃんたちを・・・・・・』


 そしてその直後、雨宮は叫び声を上げたくなるほどの地獄を見ることになった。


               4

 学園長の気が遠くなりそうになるほどに長く下らない話と、会長のありがたいお言葉と、醒都会による新学期の抱負などが語られ、双葉学園の始業式は無事終わった。
 ホームルームも一時間ほどで終わり、学園の授業は半日で済んでしまった。また明日から慌しい毎日が始まるのだろう、と、生徒たちは思い思いにそれぞれの安らかな昼からの生活を楽しんでいた。
 藤森弥生《ふじもりやよい》もそんな生徒の一人であった。
 いつもおどおどとして泳いでいる瞳に、黒髪のツインテールの少女、それが飛鳥の妹の弥生という少女であった。兄に似て彼女もどこか人との付き合いが苦手な様子である。弥生とは正反対の活発な少女、唯一の親友である巣鴨伊万里は、午後から薙刀部の練習があるらしく弥生は何をすればいいのか途方にくれていた。
(どうしようかな。一人じゃつまんないし寮にでも戻って勉強でも……)
 人気のない第四中庭を当てもなくぶらりと歩いていると、弥生は意外な人物に出会った。
「皆槻先輩……」
 弥生には後ろ姿しか見えていないが、あの特徴的なライオンヘアーに、まだ少し肌寒いのにブレザーではなくなぜかタンクトップにホットパンツという独特のスタイルは間違いなく皆槻直《みなつきなお》であった。いや、服装や髪型以前に彼女のような高身長な女子生徒は学園に他にいただろうか、どんなに人ごみにまみれていても一発で視認できるであろう。
「ああ、藤森君じゃないか。どうしたんだい。巣鴨君と今日は一緒じゃないみたいだけど」
「はい、伊万里ちゃんは今日部活なんです」
「そうか、それは残念だ。久々にちょっと手合わせをしたかったんだけどね」
 直はニコっと笑い、拳をしゅっと突き出す。
 直の顔はその体格に似合った凛々しいもので、ギラギラとした眼がまた彼女の“強さ”を見るものに伝わらせている。
 しかし弥生は、別段彼女を怖がることなく自然に話している。
 信頼というものを弥生は直に感じているようであった。以前に遭遇したとある事件がきっかけで、弥生と伊万里は、直とその親友である結城宮子と仲を深めていた。
「相変わらずですね、先輩もこれからトレーニングなんですか?」
「うん、日々の鍛錬を怠っては駄目だね。私も今日はミヤの奴が先生に呼ばれて夕方まで帰ってこないんだよ。だからせっかくだからちょいと自主トレをね」
 拳にはメリケンサックのようなものをつけて、かなり本格的だ。弥生は彼女のその強さに憧れを抱いていた。
 自分自身もこんなに強くあれたなら、伊万里の足を引っ張らずに、逆に伊万里を護れるのでは無いか、いつもそう考えていた。
 異能も格闘センスも無い自分には、そんなことは夢のまた夢だということはわかっている。それでも人は、求めずにはいられないのだ、理想の自分というものを。
「私も先輩が修行するところ見せてもらえませんか?」
 弥生は唐突にそう言った。それを聞いて直は思わず噴出してしまう。
「はは、シュギョーって。そんな大層なもんじゃないけど見たいってならいいよ。一緒に行こうか」
 可愛い後輩の頼みを断る理由もない直は、弥生の申し出を快く受け取った。トレーニングを誰かに見られているというのは少しくすぐったいものだが、一人よりはやる気が出るだろう。いつも宮子が一緒にいるため、むしろ一人ではなんだか具合が悪い。そう考えて直は弥生と訓練場へ向かおうと振り向く。
 すると、直は中庭の木にもたれかかり、うずくまっている人影を見つけた。
 弥生もそれに気づき、その人物を見て驚きを隠せなかった。
「誰だろう。気分でも悪いのか」
 直がそう呟くと同時に弥生は、
「飛鳥お兄ちゃん……」
 その人影の名前を呼んだ。
「――弥生か?」
 項垂れるように座り込んでいた飛鳥は、弥生に気づき顔をあげる。その顔は何故か憔悴しているようで、もはや一歩も動けない、という感じである。
「藤森君のお兄さんかい。初めて見るな」
 直は何故か兄から目を逸らす弥生に疑問を感じながらも、放っておくわけにもいかないので飛鳥に近づいていく。
「えっと、藤森――いや、これだとわかりにくいか――飛鳥先輩……大丈夫ですか? 気分悪いなら保健室まで運びますよ。私は藤森君の友人の皆槻直です」
 直は腕を振るった。彼女ならば冗談ではなく本当に男子一人担いで保健室まで行くのは容易なのだろう。そんな彼女を見て、弥生はそれを止めようとする。
「いいんです皆槻先輩。放っておきましょう。お兄ちゃんなんかに関わる必要ないです」
「おいおい、お兄さん相手にその言い方はないんじゃ……」
 いつもの弥生とは違い、妙に刺々しい態度を兄にとる弥生に違和感を覚えながらも、どうしたものかと飛鳥の顔を見る。
「別に、平気だよ。僕に構わないでくれ……」
 飛鳥は陰鬱な表情でそうそっけなく答える。直はこの手のタイプは嫌いとまでは言わないが、少し苦手であった。自分に自身を持たず、斜に構え、周りを否定し拒絶する。そういう人間を今まで何人も見てきたからだ。
 いや、だからこそ直はそういう人間に対して寛容であろうと無意識に思っていた。放ってはおけないのだ。
「もう、お兄ちゃんどっか行ってよ。そんなところにいたら邪魔でしょ」
 弥生はそう冷たく言う。
 飛鳥も無言で立ち去ろうとするが、彼は小さな声でこう呟いた。
「弥生、僕……明日人に会ったぞ」
 「え――」
 弥生は明日人の名前を聞いた瞬間、表情が凍る。彼女にとってもう一人の兄であった明日人の死は、何よりも辛い思い出であった。同じ交通事故で伊万里の両親が死んだ時も、彼女の痛みを一番知っていたのは弥生だった。
「何言ってるのよ飛鳥お兄ちゃん。明日人お兄ちゃんは死んだの。もういないの……」
 震える声で弥生はそう言う。
 彼女にとって明日人の死は最上のトラウマと言えるものである。死んだ兄のことを忘れたくはないが、思い出すと胸が苦しくなる。とても辛い記憶。
「そうだな、明日人は死んだ。いるはずがないんだ。そう――僕が見たのはきっと――」
 ぶつぶつと意味不明なことを呟きながらふらふらとしている飛鳥を、直は不思議そうに見ていた。どうやら他人が入り込める話ではないな、と思い黙っていた。
 ふと、視線を外し、中庭に続く渡り廊下を見てみると、そこには一人の女生徒がぽつんと立っており、こちらを見ていた。
 だが、その女生徒に直は違和感を感じた。
 ぱっと見る限りは茶髪の、よくいる普通の女子である。しかし、その顔は青白く、眼は虚ろで――いや、そんな細かい部分よりも明らかにおかしいところがその少女にはあったのだ。
 血だ。
 腹部のあたりが真っ赤に染まっていた。離れていても直の嗅覚にはそれは届いている。自分自身よく嗅ぐ鉄のような血液の匂い。
 直が彼女を凝視していると、突然少女は姿を消した。
 いや、消えたのではない、
「上か!!」
 直は瞬時に少女の姿を目で追う。どうやらその少女は凄まじい勢いで跳躍し、空に舞っていたのである。
「藤森君、逃げろ!」
 危険を察知した直は咄嗟に飛鳥と弥生の袖を掴み、思い切り投げ飛ばした。飛鳥と弥生は地面を転がっていき、何が起きたのか理解できずに困惑していた。
 その瞬間、直たちがいた場所に少女は凄まじい勢いで落下し、砂煙が中庭を包んだ。
「せ、先輩!」
 弥生はそう叫び直の身を案じるが、飛鳥はがたがたと震え、頭を抱えていた。
「いやだ、痛いのはいやだ怖いのはいやだ……」
 砂煙が収まり、そこには二つの人影。どうやら直は紙一重で少女の落下攻撃を避けたようであった。
「な、なんだあんた……!」
 直は目の前の少女を見つめる。その少女が着地した地面は抉れ、陥没していた。そして手には血塗られたナイフが握られており、虚ろな瞳は直ではなく、何故か飛鳥に向けられていたのだ。
「ふ……じ、もり……」
 少女は飛鳥に標的を定め、ナイフを構えたまま彼のもとに駆け寄ろうとした。
「ひぃ!」
 と、飛鳥は情けない声を上げ眼を瞑り、身体が固まり動けないままでいる。その少女が勢いよく彼に襲い掛かろうとした瞬間、その少女の身体が大きく揺れ、身体をくの字に曲げて吹き飛び、少女は地面にバウンドしながら中庭の花壇に突っ込んでいく。
 直が片足を上げそこには立っていた。どうやら全力の蹴りをその少女に放ったようだ。
 彼女の異能“ワールウインド”は、体中に亜空間の穴を広げ、そこから噴出される空気圧により攻撃を加速させ、威力を増幅させる。
 その直の蹴りを背中に食らい、少女は花壇に埋もれたまま動かない。
 普通ならば骨が折れていても不思議ではないほどである。相手が普通の人間ならば、これで決着はついたはずである。
「せ、先輩……。その人は一体?」
 弥生が恐る恐る聞くが、直はそれには答えない。いや、それに答えている余裕がないのである。なぜなら、その少女はゆっくりとではあるが、またその身体を動かし始めたのだから。
「くっ、只者ではない、ということか」
 そう言う彼女には焦燥の表情が浮かんでいた。彼女自身はわかっていた。やりすぎたと思ったほどに、確実に骨を砕いた感覚があったからである。立てるはずがない、人間ならば立てるはずが無い――そう思い、拳を構える。
「お前は、ラルヴァなのか……?」
 だが、ラルヴァなのなら学園のラルヴァ感応装置、カンナギシステムに引っかかるはずである。なのに警報は鳴らない。ならば目の前のこれ、こいつは何者なのか、疑問で直の頭はパンクしそうになっていた。
「谷川……さん……」
 飛鳥はそう呟いた。
 目の前の恐ろしい怪物のような少女をそう呼んだのである。
「知り合いなのか、飛鳥先輩」
「ああ、クラスメイトの谷川あゆみさん……それがなんで……」
 飛鳥に名前を呼ばれた少女、あゆみは、突然顔を手で隠し、耳をつんざく奇声を発し始めた。
「いやあああああ! 見ないで、こんな私をみないでええええええええええ!!」
 取り乱したように首を振り、身体に痛みなど感じていないかのようにまた活動を開始した。再び飛鳥を襲おうと駆け出した。
「させるか!」
 直はあゆみが駆け出すと同時に拳を少女の腹部に叩き込んだ。内臓を破壊できるほどの威力である、しかしそれでも少女は苦痛を感じていないかのように、まるで機械のように飛鳥のほうだけを見つめ、直を無視し、攻撃を仕掛けようとしてくる。
「藤森君! お兄さんを連れて逃げろ!! どうやら狙いはお兄さんのようだ!!」
「そんな! 先輩を置いて逃げるなんてできません!」
「いいから行くんだ、私なら大丈夫……」
 直は少女を羽交い絞めにし、押さえつける。
「わかりました……お兄ちゃん! 立って!」
 弥生は腰が抜けている飛鳥を無理矢理立たせ、支えながらその場から離れようとする。
(待ってて下さい――。きっと応援を連れてきますから……)
「いやだ、いやだ、怖いのは嫌だ……」
 ぶつぶつと取り乱したように呟く飛鳥を情けなく思いながらも、弥生は逃げることだけを優先する。
 横目でちらりと直を見れば、あゆみを押さえ込み、完全に優位の状態になっていた。恐らく安心であろう。
 しかし、その状況は一気に瓦解することになった。
 そう、文字通りに、瓦解したのだ。
 突然凄まじい地震のようなものが発生した。
 それはもはや立っていられるものではなく、弥生も飛鳥も、直ですら体勢を崩してしまった。地面に亀裂が入り、木々は陥没した地面に埋まっていく。
「な、なんだこれは!」
 その凄まじい揺れの中、新たな人影が現れた。
 その人物は揺れの中も平気で歩いており、てくてくと直とあゆみの下にやってきた。
 それは制服姿の少年。
 改造人間バラッドであった。
「なんかおもしろそーなことになってるじゃねーか。俺も混ぜてくれよな」
 そう、この局地的な地震のようなものは、振動を操るバラッドの異能、パーソナル・バイブレーの真の力であった。
 己の身体も振動で揺らすことで、地面の揺れを相殺し、この中で平気でいられる。今この場は完全に彼の世界と化していた。
 動けない直を無視し、バラッドはあゆみを担ぎ上げ、その場を去ろうとする。
「待て! お前たちはなんなんだ!?」
「ああ? そんなことてめーに関係ないだろ。まあ俺自身この谷川がどうなってるのか知らないけどな。でもこいつはもらっていくぜ」
 バラッドは何を考えているのか、あゆみを連れ去るつもりであった。
「ま、待て……」
 バラッドは直の言葉も聞かず離れていく。
「おっと、そうだ。藤森飛鳥!」
 バラッドは怒鳴り声を上げて飛鳥を睨みつける。
「俺はお前をぶっ壊したくてたまらねー。このさいだからこの場でお前をぐちゃぐちゃにしてやってもいいが、さすがに後始末が面倒だ」
 そう言いながらバラッドは飛鳥ではなく、弥生のほうに近づいていく。
 弥生も肩に抱えて、連れ去ろうとする。
「や、やめて!」
「待てお前、藤森君に何をするつもりだ!」
 直は動けない身体を無理に立ち上がらせようと踏ん張るが、上手くいかず転げてしまう。
「直さん……助けて……」
「弥生……」
 飛鳥も何も出来ず、弥生がバラッドに抱かれているのを見ているしかなかった。
「いいか藤森飛鳥。あとで指定された場所に来い。もし誰かに言ったり逃げたりすれば妹の命は無い。どうやら谷川あゆみもお前を殺したがっているようだからな。ああ、なんだか面白くて笑いが止まらない。そうだ、こうだよ、俺が求めていたのはこれだ!」
 バラッドは狂ったように笑いながら、人間とは思えない跳躍をして校舎を駆け上ってその場から去っていく。
 やがて揺れが収まり、二人の身体に自由が戻る。
 しかし、直は弥生を護れなかったことに自分を責め。
 飛鳥は妹が助けを求めたのが、自分ではなく、直だということに自分の無力さを痛いほど感じていた。
 かくして戦いの火蓋は彼らの意思とは関係なく切って落とされた。
 運命の歯車は、今回り始める。



            ※

なんなのよ、なんなのよこれは!」
 雨宮真美は四谷に抑えられながらも、そう叫ばずにはいられなかった。
 パソコンに映し出された古い映像、その中では百人近い異能者たちによる小熊のラルヴァ虐殺が行われていた。それは戦いですらない。
 一方的な蹂躙。
 虐殺。
 陵辱。
 恐慌。
 そしてラルヴァ因子をもつ猫耳の少女達もまた、その標的に晒されていた。
「この女の子たち……立浪姉妹の……」
 その二人の少女は、学園のアイドルであった立浪みかとみきであった。雨宮も彼女達の活躍をいつも聞いては、その愛らしさと強靭さに憧れを抱いていた。
 その彼女達が突然死に、あるいは行方不明になり、当時の彼女も毎日のように泣いていた。しかし、この映像は一体何なのだろうか。
「そうだ、キミたちは彼女達が殉職と行方不明だと聞かされていたね。だけど、これが真実さ」
 映像の中の異能者たちは彼女達を忌むべき存在だと、罵り、今にも飛びかかろうとしていた。自分たちと同じ学園にいる彼らが、まるで雨宮には悪魔のように見えた。
 しかし、そこで突然映像が途切れ、ノイズが大量に混じり何が映っているのかわからなくなっていた。
「な、何。この立浪さんたちはどうなったの!?」
「慌てるな、もうすぐ映像が戻る」
 やがて映像が戻り、立浪みかが射殺される映像が映し出されていた。無残にも傷だらけの身体に留めを指すかのように何度もその可愛らしかった少女を無残にも撃ち殺していった。
「やめて、やめてよ! もう見せないで!!」
 雨宮は目を伏せ、凄まじい虐殺の映像を見せられ、胃液がこみ上げてくる。こんなものを見るのは絶えられない。人間のすることじゃない。
「吐くのは我慢してくれよ。後片付けが面倒だ。だけど、これが一連の事件の真実だ。彼女達は学園の異能者に嵌められ、玩具のように殺された」
「うう、酷い。こんなの酷すぎる……。立浪さんたちが一体何したって言うの……」
「彼女達は何もしてはいない。学園の異能者たちは彼女にラルヴァの因子があるというだけで彼女達を始末した。捏造された真実まで用意してね」
「……」
「雨宮君。キミはどう思う? キミの中の正義は何を訴えている?」
「……わからないわ」
 雨宮は呆然とするしかなかった。今まで自分が見てきた世界が崩壊するような、そんな感覚が彼女の心をかき乱していた。
「わからない、か。それじゃあこれはどうだろう。キミに見てもらいたいものがもう一つある」
 そう言って脱力している雨宮を、四谷は資料室の置くに引っ張っていく。
 数々の資料が置かれている棚に四谷は手を伸ばす。
「ああ、あったあった。これだよ」
 四谷は一つのファイルを取り出した。
 そのファイルにはこう書かれていた
『メメント・モリ計画・被験体一覧表』
「これは……?」
「ファイルをめくって見てみるといい」
 そう言われ、雨宮はファイルに目をむける。
(何かの計画表? でもこんなの聞いたことないわ……)
 そこには数名の生徒の名前が書かれていた。
 見たことある名前もあり、彼女は眼が釘付けになる。
(巣鴨伊万里――これって藤森君の妹さんの友達の名前よね。桜川夏子――桜川さんの名前がなんでこんなところに)
 そこには何人もの女生徒の名前が羅列されており、そしてその中の一つに有り得ないものを見た。
 雨宮真美。
 自分の名前もそこには書かれていた。
「よ、四谷先生。これは一体なんの名簿なんですか……」
 雨宮は恐る恐る四谷にそう尋ねた。
 四谷は彼女の耳元で、囁くようにこういった。
「双葉学園が秘密裏に進めていた計画だ。キミはその時の記憶は残ってはいないだろうが、双葉学園の兵器開発局はこの名簿の少女達全員の頭をいじっていたのさ。そしてキミたち“死の巫女”が誕生することになった」
「“死の巫女”って何なの四谷先生。なんで私や桜川さんの名前が載ってるの?」
 「いい質問だ雨宮。さすがは優等生」
 雨宮は自分の名前が記載されている名簿を見て、動揺していた。
「茶化さないで下さい。この“メメント・モリ計画”ってなんなんですか!?」
「僕も詳しい計画の内容は知らない。だけど、これは双葉学園が全力で隠そうとしていた暗黒史の中心だ」
「暗黒の歴史……」
「そうだ。外宇宙からこの星へアクセスしている存在、それと交信しようというのが“メメント・モリ計画”。三年前に取り潰された兵器開発局はその大いなる存在と繋がっている数名の少女たちを異能者として見つけだした。それがキミたち死の巫女だ」
「ま、まってください。私は異能者なんかじゃありませんよ」
「それはまだ未覚醒というだけだろう。キミが双葉学園に入学できたのも資質があると見込まれたからだ。しかし未だ発現に至っていないのはきっかけがないからさ。きっかけさえあればキミも他の死の巫女同様“|死を司る《タナトス》”の力を得ることができる」
「そ、そんなものいりません……!」
 雨宮はファイルを放り投げ、その場から駆け出そうとする。しかし、四谷は彼女を逃がしたりはしない。彼女の腕を掴み、自分の下へ引き寄せる。
 お互いの顔が、息がかかるほどに縮まる。
「やめてください……」
「キミはあの立浪姉妹虐殺を見て何も思わないのか。自分が知らず知らずのうちに奇妙な実験の被験体になっていたことを何も思わないのかね」
「私にはそんな記憶はありません……」
「記憶を消されてるのさ。頭をいじられてね」
「そんなバカなこと――」
「あるんだよ、キミに最後に見せたい物がまだある」
 そう言って四谷は新たな映像ディスクを取り出してパソコンに挿入する。
 やがて映像が再生され、そこには大量の用途不明の機械が置かれた白い部屋が映し出された。そこの中心には何人もの小さな女の子たちが頭に奇妙なヘルメットのような機械をつけて椅子に座っていた。座っている椅子には手と足を拘束するベルトが細い少女たちを繋いでいる。
「こ、これは――」
「ああ、見たまえ。あれがキミだ」
 やがてその部屋には新しい少女が連れてこられた。紛れも無くそれは幼い頃の雨宮自身であった。虚ろな表情のまま、白衣の男たちに無理矢理椅子に縛り付けられ、ヘルメットを被らされていた。
「そんな、こんな記憶無いわ」
「だから言ったろう。キミの記憶は消されている。奴らによってね」
「嘘よ、嘘よ! そんなの、いや――」
「真実を見るんだ雨宮。さあ実験が始まるぞ」
 白衣の男たちは何かのスイッチを押し、少女たちは全員凄まじい絶叫を上げながら震えていく。
 画面から伝わる魂が焼け焦げる臭い。
 まるでそこは地獄の底のような光景であった。

                ※


 保健室のベッドの上に桜川夏子は座っていた。
 彼女が持つ携帯電話に何者かからの連絡が入り、彼女はそれに応答する。
「首尾はどうかしらエレ・キーパー」
『上々です白き魔女。雨宮真美は我々の手に落ちました』
「そう、よくやったわね。褒めてあげるわ」
『はっ、ありがたき幸せ。雨宮のタナトスの力があれば計画は第二段階に進みます』
「ええ、そうね。また貴方に指揮をまかせるわ」
『わかりました。引き続き任務を続行します』
 そう言って電話の相手は電話を切り、桜川も携帯を雑に放り投げた。
「まっててね、みかちゃん、みきちゃん――きっとみんな貴女たちと同じ思いをすることになるわ。そうそれが私の望む、世界の終わり」
 桜川は華奢な自分の身体を抱くように丸まり、そう呟いた。
 悲痛さを感じさせるそのか細い声は、誰に届くでもなく消えていった。





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