【エイツ・オブ・シーハウス・サマーデイズ】




  【エイツ・オブ・シーハウス・サマーデイズ】


「俺にカレーを食わせろ!」
    ――――筋肉少女帯〈日本印度化計画〉



           ※※※


 夏。照りつける日差し、焼けた肌。潮の匂い。
「カレーライスが食べたい」
 ぼそり、とウサギの耳がついた麦藁帽子を被った少女がそう呟いた。
 そこには四人組の男女が真っ青な空と、真っ青な海を前にして浜辺に佇んでいた。
 その四人組は高校生くらいの男の子が二人と、十歳前後の女の子に、引率の保護者のような若い男だった。
 そのウサ耳の少女はビキニタイプの水着を着て、パラソルの下にシート引いて座っていた。まだ幼く、身体の凹凸もないのに彼女はビキニタイプの水着を自慢げに周囲に見せびらかせている。しかし、彼女は長い栗色の髪の美少女ではあるが、ほとんど、いや、まったく他の海水浴客がいないため、何の意味もなかった。
「なんだヴェイプ、カレーが食いたいだって? 今は任務中だから駄目だが、後で俺が日本で一番うまいカレーライスを作ってやるから待ってろ。ちょうどいい肉が手に入ったんだよ。あと野菜もだな――」
 保護者のような男はメガネを輝かせながらそう言った。髪を七三わけにして、なんとなくいかにも几帳面で生真面目な雰囲気を感じさせる。ブーメランパンツに、上半身はTシャツを着ている。あまり泳ぐ気はなさそうである。
「いや、レイダーさん。あなたはわかっていない。海の家で、この海の前で食べるあの安っぽいカレーだからこそいいんです! たしかにレイダーさんの料理は天下一品だけど、いわゆる一つのコレジャナイんです!」
 高校生くらいの男の子の一人、前髪を片目が隠れるくらいに伸ばしている少年は熱く語る。そんな風貌に関わらず、トランクスの水着を穿き、少し肌が色白だが、そこそこ絞られた体つきをしている。
「お前もそう思うだろギガフレア!」
 その少年に呼ばれたもう一人の男子高校生は、見るからに男子高校生とわかる風貌をしていた。なぜかというと、彼は有り得ないことにこの炎天下の中真っ黒な学ランを着ていたのだ。その上暑苦しいほどに長い髪で、今も彼の顔には汗が滝のように出ている。
 彼は体操座りしながら海を前にしても延々と携帯ゲーム機で遊んでいた。
「カレーなんてどうでもいいっつのジェット。それよりもう帰りたい。太陽は嫌だ、頭が痛い。死ぬ」
「おいおい何言ってるギガ。任務中なんだから帰すわけにはいかんぞ」


 そうこの四人はラルヴァ信仰団体“聖痕《スティグマ》”の殺し屋であった。電磁加速のアークジェット、空間隔離のヴェイパー・ノック、索敵眼のレイダーマン、根暗メガネのギガフレア、彼らは海に任務のためにやってきたのだ。
「いいか、今回の任務は海にいるラルヴァ、“クラーケン”を保護することだ」
 クラーケン。それは恐ろしい触手をもった軟体動物のような風貌をしたラルヴァだという。
 そのラルヴァがこの付近にいるらしく、彼らはクラーケンが人目に付く前に回収するためにやってきたのだ。
「いいか、ひと時もここから離れずに監視をするんだ」
 そう言ってレイダーマンは双眼鏡片手に海と睨めっこしていた。
「じゃあレイちゃん頼んだよ! 私ってば繊細だから日差しに弱いの。んじゃねー。ちょっとあそこの海の家でカレー食べて来るー」
「あ、待てヴェイプ! 勝手な行動をとるんじゃ――」
「あ、僕もカレー食べたい」
「ふん、そんなもんに興味はないが……まあ、ボクも少しは庶民の味を知っておくべきだしな……あ、一機死んだ。クソゲーめ」
 のりのりで踊るように走り回るヴェイプの後ろを、ジェットとギガフレアもついていく。それを見てレイダーマンは呆れるしかなかった。
「勝手にしろ! 後でカオス様に怒られても知らないからな!」

           ※

 木製のいかにも旧きよき海の家と言った感じのそこは、“海の家なりみや”という看板を掲げていた。
 そこには数名の従業員と店長がいた。
 数名、いや、店長を除けば従業員はたった三人しかいない。それもみんな子供ばかりであった。
「にゃはは。金ちゃんがバイト先紹介してくれたおかげでお小遣いいっぱいだね! まさか金ちゃんがこんな辺鄙なところにも手をだしてるなんてねー」
 健康的なショートヘアーに可愛らしい八重歯が特徴的な女の子、加賀杜紫穏は楽しそうに笑っている。彼女は異能者を育てる双葉学園、その醒徒会の書記なのだ。
「そうね。でもこれだけ客がいないんじゃ、むしろ働かないでお金もらってるようで申し訳ないわ」
 もう一人の少女は、大人びた落ち着いた雰囲気を持っていた。綺麗で艶やかな黒いロングヘアで、間違いなく美人の部類に入るであろう。彼女は水分理緒。加賀杜と同じ醒徒会のメンバーで、役職は副会長である。
 彼女が溜息まじりに海水浴場に視線を向けると、そこにはがらがらの海が見えていた。まったく海水浴客がおらず、海の家にも誰も客はいない。
 夏休みを利用してバイトをしにきたのだが、これでは張り合いがない。彼女達はバイト代目当てではなく、ただ純粋に思い出作りに来ていたのだから。
「ま、いいじゃん姉御。こういうゆる~いのもさ」
 加賀杜はにゃははと笑いながら店の柱にもたれかかる。
 すると、奥から店長が出てきた。
「ハハハ。気にせずゆっくりしていくネ。ボスもそれを望んでいるヨ」
 その店長は色黒――いや、彼は大柄な黒人であった。勿論日に焼けた海の男ってわけではない。彼は醒徒会会計、成宮金太郎の秘書のアダムスである。成宮に頼まれて、彼女達の護衛と保護者代わりを勤めているのだ。
「こうも暇だと夏休み中ずっと働きっ放しの成宮くんに悪いような気もするわねぇ」
「いいんだよ姉御。どうせここも税金対策の一環に違いないね!」
「ハハハハ。さすがミスシオン。なんでもお見通しネ」
「でも他のみんなもこれたらもっとよかったわね」
「しょうがないよ姉御、会長は宿題、エヌルンはカナヅチで海に来たがらなかったし、龍っつぁんは後輩たちの世話で忙しいし。それに醒徒会全員が学園都市から離れるわけにはいかないっしょー」
「そうね、みんなに暇ができたらまたここに来るのもいいかもしれないわ」
 三人はそう笑いながら潮風を浴びていた。
「あのー」
 その三人が楽しそうに話しているのを申し訳なさそうに割って入った人物がいた。
「だけどせっかく初めてバイトというものをするというのに、張り合いがないから少し寂しい気もするわね」
「んー、まあそうだね。せっかくアタシのナイスバデーを客に見せ付けてやろうと思ったのに姉御とアダムスしかいないんじゃねー」
「ミーはシオンさんの水着姿見たいデース」
「えっ、まじ? しょうがいないなー。ちょっとだけだぞ!」
「あのーアイス買ってきましたけどー!!」
 三人がその人物に気づかず話していると、彼は大声でそう叫んだ。
 それでようやく三人は彼に気づき、彼のほうに眼を向ける。
「………………………………………………………………あっ! はやはや!」
「――――――――――――――――――――――――――――早瀬くん?」
「PASHIRIさん!」
 なんとか三人は彼の名前を思い出した。
「なんですかそのやけに長い三点リーダとダッシュは! あと俺の名前はパシリじゃねえ! 俺がせっかく何キロも先にあるコンビニまで行ってきたってのになんですかこの扱い! 学園じゃないから異能も使うわけにいかないし大変だったんですよ!」
 汗だくでコンビニ袋を担いでいる少年、醒徒会庶務の早瀬速人は泣きそうになりながら突っ込む。むしろそれだけ汗だくになりながらもトレードマークの赤マフラーをつけている彼に突っ込みを入れたいのだが、割愛。
 しかし早瀬は、こうしてパシリ役になるのは覚悟をしていた。それでも加賀杜と水分といった学園のアイドルの水着姿を見られるのなら、と思ってついてきたのだ。しかし、彼の期待も虚しく、色気の無い『海人《うみんちゅ》』とかかれた海の家の制服らしいダサイTシャツを着ており、彼は絶望に打ちひしがれていた。
「ありがとねーはやはや。さあさっそくアイス食べよー。アタシがりがりくん!」
「私は雪見大福にするわ」
「ミーはピノで」
「おお、可愛いなアダムス」
「あっ、ハート形ピノデース。ハッピーデース。ヤッター!」
「可愛いなアダムス!」


 早瀬は残りもののタマゴアイスを食べていた。
「あ、はやはやエロ! スケベ!」
「なんでだよ! いや、美味いよこれスゴク」
「早瀬くん……あなた……」
「なんでそんな養豚場の豚を見るような眼で見るんですか水分先輩!?」
 などとやりとりをしていると、早瀬は浜辺にいる妙な四人組を見つける。
「あれ、海水浴客がいるじゃないですか」
「あら、そうね。いつの間にいたのかしら」
「ほんとだー。でもなんか変な組み合わせの四人組だね。友達同士ってわけでもなさそうだけど」
 成人男性と幼女と高校生らしき二人、というその四人組を彼らは不審に思いながら見ていた。兄弟に見えなくもないが、どうにも奇妙だ。
 その四人組のうち成人男性を除いた三人がこちらへ向かってくる。
「おおー姉御姉御! 初のお客さんだよ!!」
「そうみたいね、みんな張り切ってがんばりましょう」
 水分はにこりと営業スマイル(?)をして接客を始めた。

            ※

「カレーライスくーださーいな!」
 ヴェイプはぴょこぴょことウサギのように跳ねながら海の家に入っていく。ゴザのしかれた畳み式の店内で、一見ボロそうに見えるが、わりと居心地はよさそうだ。
「あ、僕もカレー」
「ボクもだ。甘口で」
 三人は店内に入っていく。すると、とても美人な黒髪の少女、水分が出迎えた。
「いらっしゃいませ、四名様ですか?」
 ジェットはちらりとレイダーマンのほうを見る。頑固者の彼は一人で海と向き合っている。暑そうである。
「いや、三人で」
「じゃあこちらへどうぞ。早瀬くん、紫穏ちゃんカレー三つで」
「あいよー」
「はーい」
 ジェットと同じくらいの少女と少年、加賀杜と早瀬が返事をして厨房に入っていった。ヴェイプとジェットとギガフレアの三人は腰を降ろす。まだ海に入っていないので、とくに濡れてはいないので、余計畳が心地いい。
「はい、お冷です」
 水分はきんきんに冷えた水をテーブルに置いた。
「あ、どうも」
 ジェットはいっきにその水を飲み干す。やはりただの水と言えどこの暑い中で飲むと格別である。
「うまーい! もう一杯!」
 ジェットの隣に座っているヴェイプも喜びながら水を飲みながらジェットにべたべたと擦り寄ってくる。
しかしギガフレアはまだピコピコとゲームをやっていた。
「ねえキミ。そんなゲームばかりしてないで、お友達とお話したほうが楽しいわよ」
 そこで、突然水分がギガフレアに諭すようにそう言った。
 お姉さん体質の水分は、どうやら彼のようなタイプを放っておけないようであった。ギガフレアはそんなことを突然言われて困惑していた。
「な、なんで店員にそんなこと言われないといけないんだよ。ボクはこいつらよりゲームのほうが好きなんだ!」
「あら、そんなこと言っちゃ駄目よ。ほら、人間の温もりのほうがずっとゲームより楽しいものなのよ」
 水分はギガフレアの肩に手を置きながら、ゲーム機を取り上げて電源を切ってしまった。
「あ!」
 ギガフレアはぶち切れそうになったが、美しい水分の顔が真近にあるのを見て、ギガフレアは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「あっ、ギーちゃん真っ赤―! 照れてんのー?」
「うるさい! だ、誰が三次元女なんかに――」
「へぇー。ギガフレアでも女の子に興味あるんだな」
「な、馬鹿、ちげーよ。誰がこんな年増――」
「年増?」 
 水分はそうぼそりと呟いた。その声は低く、血管の切れる音が聞こえ、水分の笑顔に影が出来ているのたが、ジェットたちは気が付かない。
 水分は黙ってギガフレアの前にも水を置いた。そのまま水分は笑顔で「ではごゆっくり」と言って厨房に引っ込んでいってしまった。
「ふん、中学生以上は熟女、高校生以上はババァだよババァ」
 そう毒づきながらギガフレアは出された水をいっきに飲み干した。
 すると、ギガフレアは「うぼあああああ」と言いながら思い切り水を噴出してしまった。
「うわ、ギーちゃんばっちー。えんがちょー」
「げっ、何してんだよギガフレア! ほれタオルタオル!」
「うえええ。なんだこの水すげー不味い。お前らよく平気だな。飲めた物じゃないぞ」
 ギガフレアはそう言って青ざめている。
「ええ? 僕らは普通だったよ」
「うんうん。冷えてておいしかったよね」
「なん……だと……ボクだけハズレ引いたのかよ」
 そしてギガフレアは自分が噴出した水がゲーム機にかかり、壊れてしまったのを見て落ち込んでいた。


         ※

「あ、姉御。客は大丈夫? 変な客じゃなかった?」
 厨房に入ってきた水分に、加賀杜はそう言った。水分は笑顔で、
「ええ、とても楽しそうな方たちよ」
 と答えた。が、加賀杜はその黒いオーラを背後に感じ、黙ることにした。
「うわーお。なんでか知らないけど姉御超怒ってるよ。ちょっと離れてよう」
 加賀杜はそう呟いた。
 どうやら水分は自分の異能でギガフレアの水を純水に替えてしまったようだ。説明しよう、純水は身体に悪いわけではないが超不味いのだ!
 彼女を怒らせると何よりも恐ろしい、それをギガフレアは知らなかったのが不幸と言える。
「ワーオ。大変デース」
 と、突然アダムスが大声を上げた。
「どうしたんですかアダムスさん」
 早瀬は厨房の奥の食料庫にいるアダムスのもとへ駆け寄った。すると、そこには大量の野菜や肉を抱えたアダムスがいた。
「どうしまショー。この野菜たちレイゾーコに入れるの忘れてて暑さで腐ってマース」
「げええええ」
 早瀬はどす黒く腐っている野菜や肉から眼を背ける。とても細かく描写する気になれないほどに酷いものであった。みんなも夏は食べ物に気をつけよう。
「あーそれもう食べれないじゃーん」
「あらあら大変ですね。どうしましょう」
 四人はどうすべきか、考える。
「一応カレーのルーとご飯はありマスから最悪それでガマンしてもらいマスか?」
 と、アダムスは現実的な妥協案を提示するが、
「いや、それは面白くないよ! アタシに考えがあるよみんな!!」
 加賀杜は腰に手を当て、自身ありげに微笑んだ。
 早瀬も水分も嫌な予感しかしなかったが、彼女の案を聞いてみることにした。


              ※


「すいません。こちらのミスでカレーの具材が全部駄目になっちゃいまして」
 水分が申し訳なさそうに三人に頭を下げた。
「ええー! ルーだけのカレーライスなんてトッピングのないしゃびしゃびのココイチカレーじゃーん。やだー!」
 ヴェイプは寝転んで手足をばたつかせて駄々をこねている。
「おいおい、しょうがないだろヴェイプ。まあ文句言わずに具なしカレーでも食べようよ」
「いやいやいやー!」
「ふん、これだからこんなボロいとこは信用できんのだ」
 と、ギガフレアも文句を言うが、突然水分からとてつもないプレッシャーを感じ、俯いてしまった。
「どうしたギガフレア。顔が青いぞ」
「いいいいいいいいいや、ななななななんでもない」
 ギガフレアはこの暑さの中震えながら体操座りをしていた。
 しかし、さすがに具がないとおいしくないだろうなぁと、ジェットも思っていると、厨房からショートヘアの活発そうな女の子、加賀杜が出てきた。
「だいじょーぶです、お客様方! 私たちに考えがあります!」
 加賀杜は目を輝かせながらジェットたちにそう言った。
「へえー。考えって何するんですか」
「具材を今から調達します! 今日は特別にシーフードカレーだーい!」
 そう言ってどこから持ってきたのだろうか、モリを片手に砂浜に下りてしまった。
「おいおい、まさか現地調達かよ!」
 ギガフレアは加賀杜のアグレッシブさに驚いていた。超インドア派な彼はまさか魚をモリで捕ろうなんて夢にも思わなかった。
「ふふふ、ここの新鮮とれたての魚が具材なら文句ないでしょ。それに――!」
 加賀杜は海人《うみんちゅ》Tシャツを脱ぎ捨て、ハーフパンツも脱いでしまった。
「!」
 ジェットとギガフレアは彼女の行動に釘付けになってしまう。体系的にはヴェイプと大差ないのだが。
「じゃじゃーん。これはサービスだよん」
 勿論その下は裸や下着ではなく、水着を着込んでいた。真っ赤な生地に白の水玉模様が入ったタンキニタイプの水着である。可愛らしく、元気な彼女らしいチョイスと言えよう。
 あまり女の子の水着を真近で見る機会のなかった二人は、加賀杜の水着姿ですら少し頬が緩んでしまう。
「ちょっと二人とも何見蕩れてるの! 水着美人ならここにもいるじゃん! ほら、あっちより露出の多いビキニだよ!」
 と、ヴェイプは自分を指差すが、二人は「そうだね」と言ったっきり彼女からそっぽ向いてしまった。
「ほらー、姉御も着替えておいでよ! 一緒に魚捕ろうよー」
 加賀杜に無茶振りされて、水分は困惑していた。
「姉御はスタイルいいんだから恥ずかしがることないじゃーん」
「で、でも恥ずかしいわ。こんな男の子の前で……」
「サービスだよサービス。こっちは具材腐らせちゃったんだしさ。もしかしたらこの子達が最初で最後の客になるかもだよー」
「う、うん。わかったわ」
 加賀杜の言葉が決め手になり、水分も一度奥に戻り、水着に着替えなおしてきた。
「おおぅ……」
「リアルも侮れんな……」
 ジェットとギガフレアはそんな感嘆の息を零した。そう、それはもうとても素晴らしいものであった。
 流れるような細く白い肢体。
 豊満な胸。
 羞恥により少し赤くなった頬。
 その総てが水分理緒という少女を美しく見せていた。
「あまり見ないでね、恥ずかしいから……」
 彼女の水着はセパレーツで、胸が強調されており、むき出しのへそとくびれがまた可愛らしい。これは加賀杜が選んだ水着で、水分としては、本当はおとなしめのワンピースタイプの水着がよかったのだが、結局加賀杜に押し切られ買ってしまったのだ。
「いやー姉御、眩しいよ! よっ、水もしたたるいい女! いろんな意味で!」
「もう、紫穏ちゃん。からかわないでよ」
 などとやりとりしていると、厨房から早瀬も出てきて、二人の水着姿を見て鼻血を垂らしていた。
「母さん。俺、今幸せです……」
 などと呟いていた。とてもキモイです。
「さあ! いっぱいとるぞー! はやはやは魚いれるバケツか何か用意してね」
「ラジャー!」
 早瀬はびしっと敬礼をして準備にとりかかった。
 そしてそこから少し離れた場所に、一人ぽつんと双眼鏡片手に海と向かい合っている男がいた。
 レイダーマンは一言、
「あいつら楽しそうだなぁ……」
 うらめしそうにそう呟いた。


           ※


 海の中を加賀杜、水分は進んでいく。水分の水を操る異能で海流を操り、次々と魚を追い込んで、それを加賀杜がモリで貫いていく。加賀杜の異能で強化されたモリは、何匹もの魚を同時に貫いていく。
「ぷはぁ!」
「結構いっぱい捕れたわね紫穏ちゃん」
 二人は海面に上がり、自分たちの成果に満足する。
 この二人が揃えば恐らくこの海域中の魚を捕りつくせてしまうのではないかと思うほどに大漁であった。
 捕った魚を早瀬が用意したプラスチックのタライに移し、これで具材が揃ったのである。中には大きなイカが混ざってもいた。
「おっ、イカじゃーん。カレーに合うよねー」
 と加賀杜が嬉しそうにしていると、それを見たアダムスは顔を青ざめる。
「ノー! これはキモイデース。これは悪魔の魚ネ! ミーはこんなのさばけないヨ!」
 アダムスはイカから目を逸らす。どうやら彼はこのイカのグロテスクな感じが苦手らしい。
「ええー! ちょっと困るよアダムスー。アタシも魚や、ましてやイカなんてさばいたことないよー。姉御は?」
「私もちょっと苦手ですね……早瀬くんは?」
「俺はイカ以前に包丁握ったことないです……」
 ここまでやって絶望的な状況。
 彼らは頭を抱えながらどうしたものかと考えていた。
 すると、そこに救世主が現れたのである。
「さばくのは俺のスタ……じゃなくて俺の包丁だ!」
 と、大声を上げてこの場にやってきたのは、板前姿に着替えてきたレイダーマンであった。鉢巻を頭に巻いて、包丁とまな板を持っていた。
「レイダーさん……いつもそんなの持ち歩いてるんですか?」
 ジェットが呆れるように言った。
 どうやらレイダーマンはとうとう我慢できずにクラーケンの捜索を投げ出したようだ。
「ふん、俺が魚をさばいて美味く調理してやる。キミたちはカレーの用意を」
 と、加賀杜と水分に指示を出した。
「だれこのおっさん」
「こら、紫穏ちゃん。お兄さん? でしょ」
「おいまて何故疑問符をつける。俺はまだ二十代だ!」
「レイダーさん……」
「レイダーマン……」
「レイちゃん……寂しかったんだね」
「なんだその哀れみの目は!? 俺はお前たちが困ってるから仕方なくだな――」
「うんうん。わかってる、わかってるよ」
 可哀想なものでも見るかのようにみんなはとても優しい視線をレイダーマンに送った。
「えっと、それで……零田さん? あなたがお魚をさばいてくれるんですか?」
 水分は助かったと、安心した様子でレイダーマンを見つめる。
「ああ、まかせろ。もう客も従業員も関係ないだろう。俺が全員に美味いカレーを作ってやる!」
「ええー。結局レイちゃんのカレー?」
「まあいいじゃないかヴェイプ。カレー自体は店の人が作るんだしさ」
「オーウ。じゃあユーにお願いシマース。今日はカレーパーティーデース」
 アダムスも手を広げてレイダーマンの申し出を受け取った。
「よーし! じゃあみんなでカレーを作りましょう! いやー楽しみだ、小二のキャンプ以来だよみんなでカレー作るの」
 と、早瀬が張り切っている。しかしみんなは。
「あ、はやはや頑張ってね」
「早瀬くん、応援してますわ」
「頑張れPASHIRIさん!」
「作るの俺だけかよ!」
 早瀬の虚しい突っ込みがエコーをかけながら海に響いた。





         ※

 そんなこんなでレイダーマン&早瀬の特製シーフードカレーライスが出来上がった。
 魚やエビが豪勢に盛られ、あの大きなイカが輪切りになってカレーの上にのっていた。
「わーおいしそう!」
 ヴェイプはぴょんぴょんとカレーを見つめながら飛び跳ねている。
「ねえねえジェット! もう食べていい? 食べていい?」
「ああ、でもみんなでいただきますしてからだぞ」
 ジェットはヴェイプの頭を撫でてやる。猫のように嬉しがってはしゃいでいた。
「ふふん。ボクはグルメだからな。こんな安っぽいカレー――」
 と、ギガフレアが言っていると、ぐううううと彼のお腹の虫が鳴り、みんなは爆笑していた。
 従業員のカレーも用意され、全員分のカレーが海の家のテーブルに並んでいた。
「いやー。まさかアタシたちも食べることになるなんてね。もうこれ接客じゃないね」
 と、加賀杜はにゃはははと笑っていた。
「そうね紫穏ちゃん。でも、目的は達成できたわね。夏休みの思い出っていう」
「ですね先輩。これはこれで楽しいですね。まあ俺しかカレー作ってないですが」
「今日はホントタノシカッタデース。また来年もやりたいデスネ」
 みんなはわいわい言いながら食卓を囲んでいく。
 みんなが席につくと、早瀬はごほんと、咳払いをして何かを言おうとする。
「さあ、みなさんご手を合わせて一緒に、いただ――」
「にゃははは! さあみんな食べよう! いただきまーす!!」
「「「「「「いただきまーす」」」」」」
 みんなはその言葉を合図にカレーライスをおいしそうに頬張っていく。
「おいちー!」
「うん、美味い。なんといってもこの具が」
「確かに美味いな。特にこのイカが絶妙の風味を――」
 と、ギガフレアが言いかけたところ、何かに気づく。
「おい、レイダーマン。ボクたちが追ってるクラーケンってどんなラルヴァなんだ?」
 ギガフレアはそうレイダーマンに聞く。彼らはヴェイプの異能の空間隔離で作られた見えない筒で、誰にも聞こえないように言葉を交わすことが可能なのだ。
「ああ、クラーケンって名前の通りイカの化け物だが。しかし、どうやら資料によると伝承のような巨大な姿はしていないらしい。今は力を失って小さくなってしまっているようだ――っあ!」
 レイダーマンは気づく。自分たちが今食べている物が何なのか。
「おかしいと思わなかったか。こんな浜辺近くにイカなんているのか?」
「い、いや、しかしだな――」
 レイダーマンはみんながおいしそうにイカを食べているのを見て溜息をついた。
「まあ、あれだ」
「ん?」
「クラーケンなんていなかった」
「うん、いなかった。いなかった!」
 二人は青ざめながらそう呟いた。
 彼らは証拠隠滅をするかのようにシーフードカレーを平らげる。イカを嫌っていたアダムスもそのおいしさにカレーを完食し、みんなお腹いっぱいになった。
「ごちそうさま!」
 こうして彼らの夏は終わりを告げるのであった。







           ※


 この四人がのちに海の家の従業員が敵である醒徒会のメンバーであると気づいてひっくり返るのは、まだ先の話。


                     おわりんこ








追記
 タンゴは四月の話ですが、この話の時系列は気にしないで下さい。









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最終更新:2009年08月30日 15:36
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