【時計仕掛けのメフィストフェレス 劇場版第一部「地獄編」2】


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 A.D.2019.7.9 13:47 同山中

「づぉおおおおおおっ!!」
 祥吾は吼える。
 その叫びに弾かれるように、永劫機メフィストフェレスは上空に飛ぶ。
「っちぃっ、まだヤる気かいな!?」
 だがそれは悪手だ。永劫機が飛べば、スピンドルと祥吾の間を阻むものは無い。
 やはり自棄か――とスピンドルは嘆息しつつ、とどめを決めるためにディスクを飛ばす。
 だが――そのディスクが命中する前に、祥吾の姿が掻き消える。
「何やてっ!?」
 スピンドルは上を見る。
 そこに、祥吾の姿があった。
「飛行能力者かい……いや、ちがうっ!?」
 永劫機メフィストフェレスの捻り砕けた右腕。
 そこから伸びる鋼線に捕まり、祥吾もまた宙に飛んだのだ。
「自棄やない……くそ、思いのほか芯通っとるっちゅうことかい」
 祥吾はまだ、折れてはいなかった。体折れ、力尽きようとも……
 だからといって、諦める理由にはならない。
 まだ魂は折れてはいない。
 此処で諦めたら、見知らぬ少女が敵の餌食になる。
 それだけは駄目だ。
 だから――右腕がどうにかなろうが、そんなことは関係ない!
 苦痛は押し殺す。泣くのは後でいい。
 そしてその意志に、永劫機メフィストフェレスが呼応する。
 左腕に収まる時計の針が肥大化し、迫り出す。
「回転には――」
 祥吾は左腕を大きく振りかぶる。その動きを、意思をトレースし、永劫機メフィストフェレスもまた左腕を振る。
「回転だ……ッ!!」
 時計の針が大きく旋回しスピンドルを襲う。
 だがしかし……
「甘いわダァホぉ! 俺に回転で勝負なんて一億万年早いわっ!」
 バク転で回避するスピンドル。ちなみにそのバク転におそらく大した意味は無い。
 時計の針はそのまま地面に突き刺さり、亀裂を入れる。
「はっ、外し――何いっ!?」
 時計の針の攻撃に気を取られた隙に、永劫機メフィストフェレスはスピンドルへと接近していた。
 そして――

「クロノス――」

 スピンドルの体を不可視の渦が襲う。
 それは塞き止められた時間の流れ。堤防で塞き止められた川氾濫してあふれ出すかのように、止まっていた時の流れが激しく氾濫する。
 その流れを制御し、敵に一転集中するのが、永劫機メフィストフェレスの必殺技だ。

「レグレシオン!!」

 左腕をスピンドルに向けて放つ永劫機メフィストフェレス。
 正直、時間も足りない。故にこれで倒せるかどうかは判らない。
 だが繊細一隅のチャンス、これを逃せば勝利はない!
 だがそれはスピンドルにしても同じ事だ。
 此処を凌がねば、勝利は無い。
 だから、その全霊を持って受け止める。
「来いやぁあっ!!」
 ディスクを盾のように眼前に掲げ、そして高速回転させるスピンドル。
 そして二つの力が激突する!
「づぁあああああああああああああ!!」
「んりゃぁあああああああああああ!!」
 崩壊の力と回転の力が正面からぶつかり合う。
「……!」
 そして祥吾は気づく、その異常に。
『祥吾さん……っ!』
 メフィが叫ぶ。
『時間の流れが……!』
 視覚的に映るほどに凝縮された時間、魂源力の流れ。
 その力が、スピンドルの放つ回転によって、受け流され始めている。
 高速回転による、力の方向性《ベクトル》の転換・拡散。
 打ち勝ち貫く事ではなく、受け流す事をスピンドルは選んだ。それはスピンドルの経験による勘だ。
“まともに撃ち合えばヤバい”という、生存本能にも似た危機感。
 事実それは正しい。ただの魂源力によるエネルギー攻撃ではなく、決壊した時の流れの反動を直接叩き込むこの力は、相対する物質を崩壊へと導く。
 仮にスピンドルが、自慢のドリルでこの技を貫こうとすれば――逆にドリルが自壊に追い込まれていただろう。
 だが、そうはならなかった。故に――
 その時の反動は、回転によって霧散消滅した。
「な――」
「へへ、悪いな、凌ぎきった俺の――勝ちや」
 そう笑うものの、スピンドルとて全力を使い尽くしている。
 一方、祥吾もまた、これ以上永劫機の顕現を維持するだけの力は無い。
 永劫機は、契約者の魂源力によって物質化し、契約者の寿命、時間によって稼動する。
 故に、永劫機メフィストフェレスは、その実体化を解かれ、姿を消していた。
 互いに満身創痍。だが、右腕が使い物にならない祥吾と、回す事は出来ないもののまだ武器を持っているスピンドル、この差は歴然だ。
 さらに言うならば、スピンドルは暗殺の訓練を受けている。対して祥吾は、本人は普通の人間でしかない。
 勝敗は決した。
 だが――
「なんや、それ」
 スピンドルは言う。
 誰が見ても、勝敗は決している。なのに――祥吾の瞳は、未だに諦めの色が無い。
 右手が駄目なら左手がある。それが駄目でも足がある。それすらも折れたなら、口で噛み付けばいい。
 そんな馬鹿げた意思が、祥吾の瞳には込められていた。
 スピンドルは、前にも――幾度と無く、このような瞳を見たことがある。
 それは決まって、双葉学園の生徒達だった。
 なんや、コイツもかいな。そうスピンドルは舌打ちをする。
 こういう手合いは大嫌いだった。たとえ殺しても、勝利の達成感が微塵も無い。
 その時、木々を分けて誰かが来る気配がした。
「こっちでいいんスかね?」
「うん、それに戦いの音が――」
 その聞こえてくる言葉を耳にして、スピンドルは舌打ちする。
「萎えるわ」
 おそらく双葉学園の生徒だろう。任務続行不可能だと、スピンドルは判断する。
 そしてそのまま、スピンドルは姿をくらました。
 それと入れ替わるように、誠司たちが姿を現す。
「っ! ちょ、あんたその傷……!」
 膝を突く祥吾の右腕を見て、誠司たちは顔色を変え、駆け寄る。
「うわ、こりゃひでぇっス……」
 二の腕の動脈をピンポン玉で圧力を加え、紐で縛り上げ止血しながら、市原が声を上げる。
 さもありなん、右腕の肘部分が在り得ない方向に捻じ切られているのだ。皮膚は破れ、肉は千切れ、神経はズタズタに切れている。関節部分も完璧に砕け、粉々だ。
「……っ、これは、すぐに治癒能力者に……っ」
 だが、誠司にも見ただけで把握できた。
 これは、治癒の異能を使ったところで、絶対に元には戻らない。そのレベルの破壊だ、と。
 だがそれでもすぐに高位の治癒能力者に診させれば、ある程度なら回復はするだろう。
 そう判断し、誠司は携帯で学園に連絡を入れようとし……
「待って、ください……」
 神無が声をかける。
「あなた……」
「私も……その、傷を……出来ます」
 神無はそう、まっすぐな瞳で誠司や祥吾を見つめてくる。
「……っ、頼む。正直、その……学校まで、持ちそうに無い、死ぬほ、ど、痛くて」
 青ざめた顔で祥吾が言う。止血しているものの、それでも戦闘中に血が流れすぎた。さらには戦闘が終わり、集中が途切れたせいで傷そのものをしっかりと認識してしまい、それがさらに体調を崩す悪循環だ。
 いっそ絞め落として気絶させたほうがいいのかもしれない、と誠司は思う。だが、この少女が治癒能力者なら話はまた別だ。
「私からもお願い」
「はい」
 神無は頷き、そして傷口に両手をかざす。

「これは……」
 誠司は瞠目する。
 何かが違う、おかしい。
 傷が治癒していく……のではない。
 何と言えばいいのだろうか。目の前の光景が、「ブレて」いるのだ。
「破壊された肘」というそのものが、「破壊されていない肘」と重なって見える。そして、破壊されたという事実そのものが、消滅している……?
 巻き戻っているのでもない。ただ、傷がそのまま消えていく。
「一体……」
「……傷を負った、というその出来事を……その時間を、消しているんです」
「時間、を?」
「はい。だから……古い傷ほど、消すことは難しくて……だけど、この怪我みたいに、ついさっき負った傷、なら……まだ、なんとか」
 その言葉が終わるか終わらないかの間に、祥吾の右腕はすっかり元通りになっていた。
 そう、制服すらも。
「すげぇ、すっかり手が……っ」
「でも、戻ったのはそこだけだから……流れた血とかは、まだなんで……」
 この能力はかなり体力を使うのか、ふらふらしながら神無が言う。
 そう、その言葉の通りなら、確かに血を流しすぎた。まだ安心は出来ないだろう、戻ったら輸血をしないと……
「レバーとか、食べてください……」
 ……。
 そんな神無の言葉に、三人が言葉を失った。
 レバー?
「え……? いやだって、貧血にはレバーだって……」
「……」
「……」
「……」
 いや、これは貧血ではなくて失血だろう。
 三人の心が、そう一つになった。
「……ぷ」
 誰とも無く噴出す。
「え? え? あの、間違ってます? えぇ?」
「いや、その、ああ、いや間違ってない、うん」
 笑いを必死にこらえながら、祥吾は言う。
「だけどごめん、俺レバー……嫌いなんだ」
「駄目です、す、好き嫌いしたら!」
 さらに神無は言う。それも必死な顔で。
「いや、そうは言っても……」
「食べなきゃ死にますよ!」
 その言い合いを見て、腰を下ろしながら市原はぼそりと漏らす。
「何なんスかねぇ、この空気」
「いいんじゃない」
 誠司は苦笑しながら言う。
「とりあえずは、平和って事でしょ」







 A.D.2019.7.9 14:20 同山麓


 戦闘が終わり、双葉学園生徒達は麓の村へと集まっていた。
 プレハブの仮設作戦本部も、これでその役目を終えて解体される。もっとも、作戦指揮者である春奈たちからして前線近くへと赴いていたために殆ど意味は無かった本部だったが。
「みんな、とりあえずはお疲れ様」
 春奈が生徒達に労いの言葉をかける。
「学園に戻ったら打ち上げの準備もしてるよ」
「ぃよっしゃあっ!」
 ガッツポーズを取る孝和。
「現金すぎ」
 といっても、確かに大規模なミッションだったので、打ち上げぐらいは欲しいとは言える。
「あまり活躍できなかったしなあ、おれ……」
 工克巳が頭を掻きつつ言う。
 彼の秘密兵器である鋼鉄の毒蛇は、ダイダラボッチの巨体に大したダメージを与えることは出来なかった。
「まあ、それを言うならみんな似たようなモノだって」
 結城宮子が克己に言う。
「しかしまさか、幻像だったとはね。一杯食わされたって感じだよ」
 完璧に騙された、と直は言う。殴りつけたときの感触すら、生身の怪物を殴りつけたのと同じだった。
「仕方あるまい。蜃とはそういうラルヴァだ。普通の蜃気楼のように、追っても追いつけない逃げ水のような幻影を出すのが普通だが……」
 灰児が説明する。
「身に危険を感じると、実像を持つ蜃気楼を作り出す。原理は未だよくわかってないが、おそらく……あれだろうね。火箸の」
「ああ……」
 赤子に「これは焼けた火箸だ」と偽り、ただの冷たい火箸を押し付けると火傷してしまう、というのは有名な話だ。また、深い催眠状態でも同じような事が起きるという。
 人の認識は肉体に作用する。つまり真に迫る幻影なら、そこに実在するも同じ……ということなのだろう。
「しかし……ひとつ解せない事がある」
「ん? 何が?」
 眉をひそめて思案する灰児に、春奈が聞く。
「いや……蜃鬼楼は、蜃……つまり蛤が変化したラルヴァだ。
 もうひとつの「蜃気楼を生み出すラルヴァ」である「蛟《みずち》」の方ならまだわかるが、蛤は……浜辺に生息する貝。こんな川には、本来生息しない」
 蜃鬼楼のほかに、蜃気老と呼ばれるラルヴァが居る。それは蜃と同じ能力を持つが、その姿は全くの別物だ。
 それは、川にすむ龍の姿を持つ水神である。
 対して、蜃は灰児の言うとおり、浜辺に……つまり海水に生息する。そこがどうしても矛盾するのだ。
「いや、待て……あれほどまでに暴れていた……やはり水が合わなかったのがその理由か?
 だとすると、誰かが持ち込んだ……暴れさせるために淡水の川に。そして苦しんで巨大ラルヴァを生み出す……だが、何のために?」
 灰児が自問自答する。そこに、

「おそらく、この娘を狙ったんだと思う」

 仮設本部のドアが開き、時坂祥吾が入ってきた。

「狙った? その娘は誰、見かけない子だけど。うちの生徒……じゃないよね?」
 祥吾の隣で肩を貸す神無を見て春奈は言う。
「ああ、実は……」
 祥吾が何か言おうとしたときに、
「いや、いい。事情は察したよ」
 鶴祁が一歩前に出る。
 ……何故か、刀を持って。
「え、ちょ、なにその雰囲気」
「いや、皆まで言うな。つまりこういう事だろう?
 私達が決死の死合いをしていた時に、君はまたまた女の子を引っ掛けていたわけか」
「いやちょっと待ってそれ誤解だから! ていうかまたって何、またって! 先輩の俺のイメージってそんなんなの!?」
 その時、その間に割って入る男が居た。孝和だ。
「時坂!」
「な、何だよ三浦……」
 その瞳は真剣そのもの。拳は心なしかわなわなと震えている。
 これは憤っているのだろう。おそらくは、自分達が戦っている間に女の子をナンパしていた祥吾への、義憤だ。
 そして孝和は、その正しき怒りを祥吾へとぶつけた。
「水臭いぞ! 何で俺も誘わなかっ……」
「死ねコノヤロウッ!?」
 皆まで言う前に殴り倒しておいた。
「なるほど。つまり君たちは示し合わせていたわけだな、そういう事が目的で」
「なんでそうなるのよっ!? ていうか同類扱いしないでっ!?」
 そう、そもそも祥吾はオッパイ主義ではない。いや、否定派というわけでもないが。女の魅力はそこだけではないし、なによりも妹が小さいのを気にしている以上、兄である自分が巨乳に肩入れする事はしてはならないと思っている。兄として。
 同じプロレス好きの同志同胞ではあるものの、そこの部分では袂を分かつているのだ。趣味と性癖。人は悲しいかな、全てを理解し合う事は出来ないのである。
「最低だな、お前ら」
 真琴が普段と違う口調で、冷めた目つきでいい放ち、
「ああ、姉御モードだ……」
 孝和は何か知らないが感動しているっぽい。何だろうこれは。
 これも間が悪いというのか、それとももうそんなの関係なしのなんというかアレなのか、ソレなんだろうなあ。と、半ば諦めにも似た達観をしはじめた時、またドアから声がかかる。
「いえ、彼の言うことは正しいですよ」
「そっスよ、その子が追われてるのお俺たちと時坂先輩で助けたんっス」
 誠司と市原がそこに来ていた。
「貴方達……」
「……どうも」
 ばつの悪そうに、誠司は春奈に挨拶をする。
 ……彼女達にしてみたら、ここに立ち入るつもりは本来無かった。
 そもそもレスキュー部は、半ば勝手に現場に立ち入ってい活動している、ある意味では部外者、荒らし行為に近い。それゆえに、実働任務に就く生徒達の中には、レスキュー部を目の上のたんこぶのように邪魔者扱いしているものも少なくは無いという。
 だが今回は、祥吾と神無の二人の疲労が激しいので、ここまで送り届けた。そしてそのまま去ろうかと思ったら……中からなにやら剣呑な言い争いが聞こえてくる。
 このまま放置して帰ったら、色々と面倒なことになりそうなので、それならばと誠司たちは仕方なく顔を出す羽目となったのだ。


「――なるほど」
 改めて誠司と市原、そして祥吾、神無から話を聞く。
「合点がいったな。おそらく彼女を狙ったのは……オメガサークルだ」
「オメガサークル?」
「ああ。かつて双葉学園にあった異能研究機関……その残党が母体となって組織された、悪の異能研究機関、といった所か」
「そんなものが……」
「一部では有名だが、まあ都市伝説レベルでぐらいしか広まってないだろうな。
 彼らは異能者狩りを行っている。今回の事件も、暴れるラルヴァをカモフラージュに彼女を確保しようとしていたのなら、まあ納得は行くな」
「あのスピンドルが出たんでしょう? だったら聖痕の仕業って事も……」
 久留間走子が言うが、灰児は首を横に振る。
「だとしたら逆におかしいのさ。彼ら聖痕は、ラルヴァ信仰を掲げている集団だ。異能者一人を手に入れるために、ラルヴァを……それもレア度の高い、蜃を捨石に使うことは在り得ないと思う」
 そう、今回の蜃の使い方は、聖痕としてはありえない。
 海水に生きるラルヴァを淡水に投げ込み苦しませ、そして暴れる巨大蜃気楼ラルヴァ、ダイダラボッチを作らせる。
 たとえダイダラボッチが双葉学園の生徒達を撃退するだろうと踏んでいたとしても、あんな使い方をすれば蜃自体の命が危ない。完璧に捨石だ。
 これは、ラルヴァ研究に重きを置いていないオメガサークルなどで無ければ、ありえない。
「――とすると、スピンドルは蜃を助けに?」
 助けに、という表現も何か微妙な気もするが、実際に彼らが今回のことを嗅ぎ付けてやってきたのなら、蜃を確保にやってきたのだろう。
 だが……
(しかし彼らの話では、あの男は「彼女」を狙っていたという……蜃を差し置いて?)
 灰児は神無という少女を見る。
 何故だろう。まさか、聖痕の暗殺者としてスカウトに来た、というわけでもあるまい。
 オメガサークルがこんな大規模な行動を起こしてまで狙い、聖痕もまた動いた。
 話に出た、捻じ切られた肘関節を元通りに直してしまうほどの異能、それが原因だろうか。確かにその話が確かなら、治癒の異能としてはトップレベルだ。組織としては確かに欲しい逸材だろうが……
「うーん、まあ何にせよ」
 春名が手をぽん、と叩いて言う。
「このままここに置いといたら危険だよ。神無ちゃん、だっけ」
「あ、はい」
「この村の……巫女さんなんだよね、その服。親御さんは?」
「……いません」
「あ、ごめんなさいね。うん、なら余計に、かな。村長さんか役場の人にはあたしから話すから……」
 春名は、神無をしっかりと見て、笑いかける。

「あなた……双葉学園にこない?」




 A.D.2019.7.9 15:10 東京都 双葉学園 六番住宅街 時坂家

 時坂一観は、料理が好きである。食べるのもそうだが、何より作るのが好きだ。
 だが、好きなものを好きなだけ行うという好機に常日頃から恵まれているかというと、そうではない。
 母親が居るときは母親が料理を作り、兄が居るときは兄が作る。
 最近は、いきなり現れた押しかけ女房的な謎のお姉さんまでが作る事もある。
 それが不満というわけではない、が……それでも女の子として、料理ぐらいはしっかりと作れるようになりたいと思う。
 だが、母も兄も「まだ早い」と言ってくる。
 高校生男子のくせに料理を普通に作るような兄に言われたくない、と思う。ちょっと前は創作料理とか言って妙なモノを作っては母に「食べ物を粗末にするな」と怒られたり、「男はブラックコーヒーに限る」と言ってどろりとしたインスタントコーヒーを作って一気飲みしてむせて器官に入り病院に運ばれたりした癖に。
 そしてそもそも兄の作る料理も普通だ。大してこう、「男子高校生の癖になんて旨い!」とかいう展開もない、ごく普通の料理だ。
 でもまあ、一観の好みに合わせて作ってくれるので、彼女はそれがすこし、いや結構気にいってはいるのだが。正直な話、母の料理と比べて味に劣るものの、好みの点で言えば兄の料理のほうに軍配を上げる一観である。
 閑話休題。
 そんなわけで、両親は仕事の追い込みでまた家を空け、兄とその押しかけ女房が学校行事で出かけている今こそ、一観が厨房の支配者となれる瞬間なのだ。
 正確には、一観のほかにもう一人いるのだが。
「というわけで、一観と!」
「コーラルの」
「お料理万歳~!」
「ば、ばんざい」
「……もう、コーちゃんってばノリわるいよ?」
「ご、ごめんなさい」
「まあいいけどねー。さて、疲れて帰ってくるであろうお兄ちゃんとメフイさんを私達の愛情料理でねぎらうのだ!」
「う、うん……」
 なんだかもうノリノリである。
「愛情料理と言えば、カレーライスだと思うのよね、これが」
「まあ……家庭料理の定番……?」
「うん。それぞれのいろんな味が出せるっていうもんね。
 というわけで、ちょっと本格的にやってみちゃうよ!」
 そう言って一観は、冷蔵庫から食材を取り出す。
「まず定番、玉ねぎ、じゃが芋でしょ。とくにじゃが芋、みてよこの元気のよさ!」
「本当……芽が生えてる」
「生きてる食材ってかんじたよね! 玉ねぎだって芽が!」
「うん」
「あとにんじんでしょ、それから……にんじんといえば大根よね!」
「よくセットとして扱われますよね、それ」
「うん。あとはお肉かな、これは普通のカレー用の肉と……」
「お魚とか」
「いいよね、シーフード! 冷蔵庫に確か……あった、アジの開きとイカの塩辛! あとまぐろのあら炊きの残り」
「もずくに……いくら」
「そうだ、あとテレビでやってたけど、コーヒーを入れるとコクが出るんだって。あとチョコレート」
「小麦粉を炒めるといい、とか……」
「あ、それも聞いたな、うん。コーちゃんえらいよ!」
「カレー粉は市販のやつで……スパイスを決めればいい、って……」
「スパイス……塩コショウでいいんだよね? あ、あとわさびとしょうがもある」
「牛乳を入れればまろやかになるって……」
 二人はテレビや漫画の聞きかじりの知識を頼りに、冷蔵庫や厨房を探索・発掘し、カレーを作っていく。
 訂正。
 カレーらしきものを作っていくのだった。



「よし、出来た」
 額の汗をぬぐう一観。達成感が心地よい。
 そしてちょうどそのタイミングで、チャイムがなる。
「あ、お帰りなさい、お兄ちゃん、メフィさん」
「おう、ただいま」
 二人が帰ってきた。
 そう、二人だ。
 永劫機メフィストフェレスの本体ともいえるメフィストフェレス……通称メフィ、彼女は、いや彼女達は、契約者の心の奥、無意識の底の領域に住む。
 それは永劫機のシステム、本体である懐中時計と共有する、異次元世界のようなものだ。
 普段はそこに在る永劫機たちの意思、魂、人格というべきか……それは、その世界にて人を待つ。
 自らに干渉でき、契約できる人間を。
 故に、本来永劫機は、こうやって人前に化身を出して出歩くことなど、まずないのが普通である。
 現に、昼間の戦いでは、メフィはその姿を現さなかった。
 ではなぜ、今は姿を現しているのか。それもメフィストフェレスだけでなく、コーラルアークもまたその小さな少女の姿を現している。
 理由は、簡単だ。
 なんか閉じ込めてるみたいで、どうにもばつがわるい。
 永劫機の契約者としてでも先輩である敷神楽鶴祁がその話を聞いて、君は馬鹿か、と頭を抱えたこともあったが。
 しかしどうにも、だからといって戦いの時だけ、まるで道具のように呼び出して使う、というのも祥吾には納得がいかなかった。
 元々祥吾はつい最近まで一般人であり、そういった異能者としての心の切り替え、気構えが出来ていないだけなのかもしれないが、どうにもそういう考えが出来ない。それに二人とも、黙っていれば人間の美少女に見えるわけだし。それを「道具」と割り切ると、別の方向に考えがシフトしてしまいそうで困るのだ。色々な意味で。
 そして今、祥吾はそれらとは別の意味で困っている。いや、困っているというか、やつれている。
「どうしたの、お兄ちゃん」
「いや、色々あって……大嫌いなアレ食わされた」
「アレって……どれ?」
「レバーですよ」
 メフィが横から説明する。
 現地からの帰りは任務用のヘリだった。その中で輸血をするはずが、間が悪くちょうど同じ血液型を切らしていた。
 というか切らすなよ、と思ったが文句をつける元気もなかった。
 そして仕方ないからレバーを食べた。
 しかも最悪なことに生だった。レバ刺しだった。
「最悪だ」
 流石に気分が悪い。全国のレバー好きの人たちに怒られるかもしれないが、それでも嫌いなものは嫌いだった。
「うわ、ご愁傷様……」
 ちなみに一観もレバーが大嫌いである。
 というか、一家総出でレバーが嫌いなのだ。
「まあ、晩御飯できてるよ」
「そうか。一観が作ったのか?」
「あとコーちゃんと一緒にね」
「そうか。楽しみだな」
 そう言って、一観とコーラルの頭をなでる。
「えへへ」
「……」
 二人とも笑顔を浮かべる。
「じゃあ、食うかな。口直しだ」
「うん、じゃあすご用意するから」


 テーブルに並ぶカレーライスとサラダ。
 ごく普通の、幸せな家族風景である。
 この学園都市には、親元から離れ寮生活や下宿生活を送っている生徒達も多いことを考えると、これはすごく恵まれたことだと祥吾は思う。
 まあ、両親そのものは仕事の関係であまりこの家に帰ってこないのではあるが。



 一口、口に入れる。
 深淵を覗き込む物は新円から脳ぞきコマれると言うがお茶は夏は麦茶水は煮込んで七色の鎖の蚯蚓と蜥蜴の転地しかめて桃の香りのクリームがワルツをロンド。猫とぬこを無限螺旋に閉じ込めて寄せ付けぬペットボトルの二つの牙は瀬戸物の鋼で織り込む華麗なる四十層。こんにちはぼくサマーの伊豆でございます。誰だよお前。そうです私が変なラルヴァです。いや違うよぼくはいいおじさんだよぷるぶるぷるー。そんな真夏の津軽海峡フユ夏至鬼。安物のフライパンでお湯を沸かすと鉄の味が脛を駆け巡りました。ブロンズ粘土は青銅じゃないので詐欺です。でも鷺じゃないよだから世界が許しても俺も許す。水筒万歳。すごい。
 そんな意味不明な言語の羅列が脳髄を駆け巡る。
 一口で、ああコレは食べられない、と判断できた。
 侮っていた。食べられないほどまずい料理、というのは漫画やゲームの中だけだと思っていた。
 事実、今まで一観が作った料理はちぐはぐなのからそれなりにいけるのまで色々だったが、ここまで外れたモノはなかった。おそらく原因は、「二人で作った」事によるテンションの上昇具合が開いてはいけない魔界の扉でも開いたのだろう。
 歯ごたえはシャリシャリしていた。カレーなのに。
 きゅきゅっとしてぷりりん。コリコリと、しつこくてくどく、それでさらにまったりと喉にこびりつく。
 繊維質が歯と歯の間に侵入する。
 微細な何かがまるでガラス粉のように絢爛な音を立て、耳の奥に響く。
 視界がリアルに真っ赤に染まる。
 それは存在を侵す悪夢。
 悪意もなく、敵意もなく、害意もない。あるのはただただ――――クソ不味い。

 そんな祥吾をわれに戻したのは、耳に届いた音だった。
 からーん、と乾いた金属音。スプーンが落ちた音だ。
「……!?」
 祥吾は目を見はる。
 そこに、メフィもコーラルも姿はない。あるのはただ、懐中時計が椅子の上に転がっていた。
 そう……
 あまりの不味さに、彼女達の肉体維持の限界を超えたのだ。
 死んだわけではない。彼女たちの存在は今も懐中時計の中にある。
 だが物質としての存在を維持する力が、カレーによって一時的にとはいえ、打ち砕かれた。
 ……もしくは、単に逃避しただけなのかもしれないが。
 心なしか、時計の針の動きが断末魔の痙攣のようにも見えた。





 A.D.2019.7.9 19:45 時坂家 自室

 祥吾はベッドに身を投げ出す。
 全身を疲労と倦怠感とちょっぴりの絶望感が包む。なんというか動きたくない。でもこのまま動くのをやめたら永遠に目を覚まさないかもしれない、そんな気がした。
 ちなみに、一観もまた一口スプーンを口に入れて、そのままトイレへと姿を消した。
 まずい料理を作る人間は自分の料理を平気で食べるという描写を漫画などでよく見るが、あれは嘘だったと祥吾はまたひとつ賢くなった。
「上達……したな……ッ」
 全くの真逆に。
 人を殺せる料理というのは初めて見た。あれなら、一観に彼氏が出来ても心配ないだろう。
 たぶん確実に倒せる。 
「……ひどい目にあいました……」
 つらそうな表情で、メフイが部屋に入ってくる。
 どうやら、再び実体化できる程度には回復したようだが、そのふらふらとした足取りからはダメージの深さがうかがい知れる。
「そうだな。今日は色々と最悪だった」
「でも半分は自業自得です、祥吾さん」
「何がだよ」
 メフィの言葉に、祥吾は布団に顔をうずめたまま煩わしそうに答える。
 あの料理に関して、祥吾の落ち度も責任もない。最初から関わってないからだ。
 だが、メフィの言葉のさす意味は別のものなのだろう。もう一度、メフィは言う。
「……判ってるんでしょう?」
「何が」
 祥吾もまた、もう一度言う。だが、祥吾の口調には前ほどの力はこもっていない。
「……祥吾さん」
 メフイは静かに、しかし強い口調で言う。
「もう、やめてください。異能者相手に戦うのは」
「……」
「判っているはずです。貴方に時間は残されていない。ラルヴァを斃し、その時間を奪い尽くすことで……貴方は永劫機を操ることが出来ます。
 そう、ラルヴァの時を喰らう事で、です」
「……」
「人間相手にそれは出来ない、少なくとも祥吾さん、貴方は。なのに、異能者相手に戦えば……徒に時間を消費するだけです」
「俺だって好きでやってる訳じゃないさ……ありゃ、仕方ないだろ」
「でも……!」
 メフイは悲鳴に似た声を上げる。
 彼女は知っている。時坂祥吾は、ある意味、とても愚かである事を。
 かつて、妹の為に……祥吾は自らの残りの時間を平気で投げ出した。それは確かに美談だと人は言うかもしれない。
 だが、今のメフィからしてみれば……それは美談でもなんでもない。ただの愚かな自己犠牲だ。もはやそんなものに興味など惹かれはしない。
 そんな英雄的行為などに何の意味があるのか。
「祥吾さん、考えなしですから。というか馬鹿ですから。いつも、戦いになると損得考えなしに」
 ダイダラボッチとの戦いなら、よかった。みんなでラルヴァを倒した後に、メフィがそのラルヴァの時を食らえばいい。
 だが、戦闘から離脱し、その先に……少女を襲う異能者がいたなどと、まさに間が悪いにもほどがあった。笑い話にもなりはしない。
 案の定、祥吾はその少女を救うために異能者との戦いに没頭する。
 その結果、祥吾は大きな傷を負った。そして――
「今のままでは、あと、二回ぐらいが……限度です」
「……」
 メフィは言う。
「永劫機メフィストフェレスを呼べるのは、それが限度です。
 つまり、あと一度の召喚でラルヴァを斃すか、あるいは――生身のままラルヴァを狩り続けないと、永劫機を呼ぶだけの時間はもうありません」
「……わかった。注意するよ」
「……本当ですよ? というか祥吾さんは少しは狡賢くなるべきだと思います。弱い雑魚の討伐に参加してとにかく数を稼ぐとか、鶴祁さんに同行して漁夫の利を狙うとか。やり方はいかようにもあるはずです。それを……」
「いや、流石にそれはどうかと思うし。それに……なんというか、戦うための戦いなんて、なんかなあ」
「……祥吾さん」
 祥吾はごろりと仰向けになり、天井を見る。
「敵を倒すのが目的じゃない。一観を、みんなを、大切なものを守るための戦いなんだ。
 というか、そんな理由でもない限り、戦いたくないよ、俺は。だって、戦っていたら……」
 戦いの中で昂ぶる気持ちの奥で、言いようのない不安と、冷めた気持ちが芽生えるのを感じる。

“これがオマエの望んでいたモノだ、満足か、英雄気取《ドン・キホー》り《テ》”

 そう、自分自身が嘲りかけてくるような……
「……そのうち、俺もわからなくなるのかな、あの人のように。
 何のために戦うのか、そんなことも見失うのかな」
 祥吾は思い出す。きっと一生忘れられないであろう人のことを。
 戦い続け、そして磨耗し、道を踏み外してしまった男の事を。
 否定した。ああならないと、自分は彼に言い放った。だが、それを最後まで貫けると、本当に今も言えるのか?
 自分より心身ともに強かったあの男が、最後にはああなったのだ。
 ただの、世間を知らぬ子供の反発心ではなかったのか?
 そんな祥吾を見て、メフィはベッドに腰を下ろす。
「いつになく弱気ですよ、祥吾さん。いいじゃないですか、それでも。
 迷ってもいいと思います。人は、完璧じゃないんですから。ただ目的のためだけに動くなんて、それこそ機械じゃないですか」
 私が言うのもなんですけどね、とメフィは言う。
「……何のために戦うのかが判らなくなったら、自分の為に戦えばいいんです。人間なんて、そんなものだってドラマで言ってました」
「ドラマかい」
「ええ」
「自分のため、なあ……それもどうだろう」
「じゃあ」
 ギシ、とベッドが鳴る。
 メフィは、祥吾の顔を覗き込む。
「……私の為に、戦ってください。もしも、戦う理由を見失ったなら」
「……メフィ……?」
 視線が交差する。
 赤と金の妖眼《オッドアイ》が、揺れながら祥吾を見る。
 その瞳に、祥吾の顔が映っている。
 また、祥吾の瞳にもメフイの顔が映っている。お互いを映す瞳は、まるで無限に続く合わせ鏡。気がつけば、吸い込まれるかのようにその距離が縮まってている。

 その時――
「……」
 別の視線を感じた二人は、その方向を見る。
 そこには、ドアの隙間からじーっ、と見つめるコーラルの姿が。
「……」
「……」
「あ、ごめんなさい。続けてください……」
 いや、続けろと言われても。
「わ、私のことは気にせずにっ」
 気になりますどうしても。

「こ、こほん。まああれですよ。
 大丈夫、祥吾さんは戦う理由をなくしたりしませんよ。私が保証します。
 だって命を懸けるほどのシスコンなんですから」
「……ほっとけ、馬鹿」
「はいはい。じゃあ私はお風呂行ってきますね。
 ……覗いちゃヤですよ」
「誰が覗くか」
「……そういえばコーラルさんは覗いたのに私はまだ……」
「ありゃ不可抗力だッ!」
 祥吾は枕をぶん投げる。
「はいはい」
 くすくすと笑いながら、メフィは扉を閉めた。
「……ったく」
 祥吾は息を吐き、軽く愚痴る。
 しかしまたどういうことだろう。
 先ほどのあれといい、どうにも違和感がぬぐえない。
 嫌な感じではない、のだが。なんというか、最近のメフィは妙に変だ。前と行動原理が違うようなというか……
 そう、あれはまるで……
「普通の、女の子みたいだろ、あれじゃ」
 性格が悪いというか、イイ性格なのは相変わらずだが。
 前までの、ある種判りやすい、超然とした佇まいはなりをひそめている気がする。
 微笑ではなく、よく笑うようになったし、動揺したり怒ったり、そういった感情表現が増えている気がする。
 それはメフィだけに限ったことではなく、いつも「ごめんなさい」を繰り返して何かの影に隠れているようなコーラルも、前に比べたら比較的自己主張をするようになってきたような。
「……女って、わからん」
 妹ですら、時々理解できないこともあるというのに。
「……寝るか」
 まだ寝るには早いが、今日は色々と疲れすぎた。
 そう決めると、急に耐え難い眠気が襲ってくる。
 祥吾は布団を頭からかぶり、眠りへと落ちていった。 






 A.D.2019.7.10 9:00 東京都 双葉学園 商店街

 日曜の午前中。祥吾は暇をもてあましていた。
 今日は夕方から、昨日の戦いの打ち上げの予定だ。故にこうやって暇を潰す必要がある。
「つまりデートですね」
「違う」
 横で言うメフィの言葉をとりあえず否定しておいた。
「あれ、あの人は」
 メフィが人ごみの中から、誰かを見つけたようだ。
「祥吾さん、ほら昨日の」
「あ……」
 間違いない、あれは確か……神無だ。服装は昨日の巫女服ではないものの、間違いない。
 そして神無のほうも、祥吾に気づいたようだ。
「じゃね私消えてますね」
 言うが早いか、メフィは実体化を解き、消える。
 消えたといっても、祥吾と共有する精神世界、「発条仕掛けの森」へと消える訳だから、いなくなったというかむしろ逆に完璧に監視されている気もするのだが、まあそこは気にしないほうがいいとは流石に学習した。
 メフイが消えた直後に、神無がやってきた。
「あ、おはようございます。えっと……時坂さん」
「ああ、昨日の。そうか、ここに来ることにしたのか」
「ええ。あのまま居ても、村の人たちに迷惑かけそうなので……」
 それはおそらく事実だろう。彼女を狙ってあんな行動を起こすぐらいだ。村にいても、再び狙ってくる可能性は高い。
 だがこの双葉学園都市に居れば、危険性はかなり減るだろう。本人にも、周囲にとっても。
「そうか。まあここはいい所だよ」
 それは祥吾自身が実感していることだ。ここは色々ととんでもない場所ではあるが、それを差し引いてもいい所だと祥吾は思う。
 なんといえばいいのだろうか、毎日が充実している。
「トラブルも多いけどな」
 充実しているというよりは、退屈する暇が……いや、休む暇がない、と言ったほうが正しいのかもしれない。
 かもじゃなくて、確実にそうだろう。
「そうなんですか……確かに人も多いし、ちょっと不安かも……」
「じゃあ、あれだ。学校とか案内してやるよ」
「本当ですか?」
「ああ、午後からの打ち上げまでまだ少し時間あるし、全部は到底無理だけどここら辺ぐらいなら」
『やりますね祥吾さん、デートに誘うんですか』
(違う)
 祥吾は即座に否定しておいた。
「……じゃあ、お願いします。知ってる人居なくて、不安だったし……」
「ああ。まあ気持ちはわかるな。俺だってここに最初来たときは不安だった。親父達も今より仕事忙しくて、妹と二人ぼっちって感じだったし」
「そうだったんですか?」
「ああ。でもまあ、そんな時、知らない先輩が街案内してくれたりしてさ、それで随分と助かったっていうか」
「へえ……その人は?」
「さあ。名前も言わなかったし。ただ……」
「ただ?」
「裸だった」
 そのさらりとした一言に、神無は盛大にむせた。
「は、裸?」
「ああ。見事に全裸の兄ちゃんだった。
 ああ、案内中もそうじゃなかったよ? なんか仲間に殴り倒されて服着ろとか言われてて、それでちゃんと着てた」
「はあ……ええと、その……」
「まあ言いたい事はすげーわかるけど……」
「いえ、時坂さんも、その……裸になるんですか」
「そっちかよっ! いや脱がねぇよっ!?」
 昨日のレバーの件といい、この娘はちょっと天然入ってるのかもしれない、と祥吾は思った。
 まあ確かにあんな田舎の山暮らしだったわけだしなあ。さもありなん。

『しかし私は知っています。中学時代に漫画に影響されてハードボイルドに憧れて自室で全裸にバスローブですごして風邪を引いたことに』

「黙れこのやろうっ!?」
 心に響くメフィの言葉に、つい声を出してしまった祥吾。というかプライベートが過去にわたって筒抜けなのか。
「ど、どうしたんですか……?」
「あ、いやなんでもない、なんでもないよ」
 心配そうに声をかけてくる神無に、作り笑顔で対応する祥吾。その顔は引きつっている。
「と、とにかく行こうか」
「あ、はい」





 その姿を、人ごみの中から見つめている姿があった。
 奇妙な二人組だった。
 いやそれは、二人組と言うべきなのだろうか?
 少女を抱きかかえる男。だがそれは、少女を抱きかかえているというよりは……まるで人形師や腹話術師が人形を抱いているような、そんな感じだった。
「彼らね」
 少女は背後の男に言う。だが返事は返らない。
 それも当然だ。人形繰りは、しゃべらない。それは黒子なのだから。
「私達も鬼じゃない。最後の晩餐……とでも言うべきかしら。猶予は与えないとね」
 そう……
 これが、咎人《かれら》に許された最後の日常なのだ。
 少女は携帯電話を取り出し、番号を押す。
 少しして、相手が通話に出た。
「リーリエです。ええ……はい、手はずどおりに。時刻も全て予定通り。
 彼女達を動かしてください。はい、それは一任します。
 結末は同じといえど、彼らの手にかかるよりは、よほど……です。それが同じ学園の生徒としての、せめてもの情けですね。
 では、お願いします……文乃さん」


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