【ジョーカーズ・リテイク 愚者たちの宴:part.4】

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【ジョーカーズ・リテイク 愚者たちの宴:part.4】



         7


 激しい揺れの中、弥生はただ眼を瞑り、頭を抱えてうずくまるしかなかった。
「なんなのこの地震!?」
 老朽化した廃工場の一部が崩れ始め、激しい金属音が辺りに鳴り響く。
「きゃあああ!」
 バレッドの振動を操る力、パーソナル・バイブレーによる攻撃が始まり、この区域に擬似的な地震を発生させていた。
 戦闘態勢に入ったバレッドはもはや人質の弥生のこともあゆみのことも頭にないのだろう。いや、最初から彼女たちの命など彼にとってはどうでもいいものだったのかもしれない。
「大丈夫よ弥生ちゃん。大丈夫……」
 そんな声が弥生の上から聞こえてきた。
「谷川……さん?」
 弥生はあゆみが自分を覆いかぶさるようにしているのに気づく。
 自分を天井から落ちてくる鉄骨や破片から護っていてくれているのだと理解する。
「駄目、危ないよ谷川さん!」
「いいの、私は平気……」
 あゆみは弥生の上にかぶさったまま動こうとはしない。
 弥生は眼を開け、自分の周りに色んなものが落ちてきているのを知る。恐らく、あゆみの身体にも――
 やがて揺れが収まり、廃工場が完全に崩れることはなかった。
 弥生は安堵し、あゆみの無事を祈る。
「谷川さん、大丈夫ですか――?」
 あゆみは後ろを振り向き、あゆみの安否を確認する。しかし、弥生の顔は悲しみで歪んでいく。
「谷川さん!」
「大丈夫、大丈夫だよ弥生ちゃん」
 そんな風に弥生をなだめるように言うあゆみの声は、消えかけるような小さな声であった。それもそのはず、あゆみのわき腹には太い鉄パイプが刺さっていたのだ。
 まさに串刺し。
 普通の人間ならば死んでいる。
「大丈夫。言ったでしょ、私はもう人間じゃないの」
「そんな、谷川さん……」
 弥生は涙を流し、本当に彼女の苦痛を理解しようとしていた。
 自分のことを人間ではない、などと言える、いや、言わなければならない少女の気持ちを理解しようとしていた。
 弥生はいつもクラスに馴染めなかった。
 人間の輪に混ざることができず、ずっと一人ぼっちであった。
 明日人が死んでから飛鳥は変り、嘘で自分を塗り固め、嘘の笑顔を振り向いて生きていた。そんな兄のようにはなりたくはないと思っていたが、それでも弥生もやはり明日人の死を引きずり、誰かと親しくなることが怖かった。
 それでも唯一の親友である伊万里と出会えたことは幸福だった。
 同じ境遇の女の子。それでも強くあろうとし続けた伊万里を見て、弥生も彼女のように強くあれたら、と思っていた。
 しかし、弥生はいつも伊万里に護ってもらってばかりであった。
 自分が誰かを護れたことは一度もない。
 今もこうして、あゆみに護られ、あゆみは傷を負ってしまっていた。
「谷川さん、お医者さんのところへ行こうよ……」
「無理よ、もう私はきっと戻れない……。ううん、私はもう本当は死んでるのよ。今、生きているのが間違いなんだわ……」
 あゆみは無理矢理突き刺さっている鉄パイプを引き抜く。深々と刺さって板のにもかかわらず、怪力でたやすく引き抜き、傷口からは血の一滴も流れてはいなかった。
「そんな……」
「わかったでしょ、私はもう藤森君には会えない……会っても殺してしまうだけ……」
 鉄パイプを無造作に放り投げ、金属音が響く。
 そのままよろよろとあゆみは廃工場の出口に向かって歩いていく。
「谷川さん!」
「ばいばい。あんたも早く逃げな。きっともうここは長くもたないよ」
 弥生はまたも自分の無力さに打ちひしがれることになる。いつも誰かに護られ、誰も護れず、自分ではない生きるべき人たちが死んでいく。
 そんなのはもうたくさんだ、そう思っても、運命は残酷なまでに彼女に襲い掛かってくる。悲しみは終わらない。悲劇は続いていく。


            ※

 あゆみの心には爽やかな風が吹いていた。
 実際に身体に風穴が開いたからかな――なんて思ったりもしていた。あゆみは全てを吹っ切って歩いていたのだ。
 夜風が身体に当たり、自分はまだこの世に存在するのだと、感じる。
(さあ、どうしようかな。ううん、もう答えは決まってるんだけど――)
 あゆみは死ぬ気であった。
 人間でなくなった自分に決着をつける。
 しかし、自分は死ねるのであろうか、という疑問だけがあった。死ぬこと自体はもう怖くはない。これ以上誰かを傷つけるのならば、自分という存在を消した方がましだ。
 世界なんて滅びてしまえ、そう思っていた彼女の心に変化が訪れていた。
 飛鳥がいるこの世界が滅びるなんて駄目だ。
 自分が好きになった人が生きている世界がなくなるなんて駄目だ。
 あゆみは心からそう思える自分に誇りを感じていた。きっとこれが幸福ということなのだろう。他人を想えるということが。
 もし、もしもたった一つ願いが叶うのならば。
 大好きな人の胸の中で死にたい。
 叶わぬ願いとはわかっていても、あゆみはそう思わずにはいられなかった。
 どうか神様、哀れで寂しい愚か者に、救いを――


            ※


「おいデカ女。気でも違ったのか、なんのつもりだそれは。自分から防具を剥いでどうするんだ。それともストリップでも見せてくれるのか」
 バラッドは目の前の女の理解不能な行動に呆れていた。
 直はバラッドにそう言われても、特に腹を立てることなく不適に笑みを浮かべる。直は何を考えているのか、残っている片方のブラスナックルを外し、両靴を脱いで、裸足になっていた。
「なんのつもり、ね。それはお前のほうだよ。自分の能力をベラベラ説明して、馬鹿なのはお前のほうさ」
 直はびしっと人差し指をバラッドに向ける。
「なんだと……?」
「お前は最大最上の間抜けってことだよ」
 直は挑発するようにそう言い、バラッドはその言葉で簡単に頭にきていた。
「舐めるなよ、俺の能力は知られたからって不利になるようなものじゃない! どうせお前はこの揺れの中で動くこともできないんだからな!!」
 バラッドは思い切り地面を蹴る。まるで地団駄を踏むように何度も何度も地面を蹴りたくる。すると、振動が地面に伝わり、それが増幅され地震のような大きな揺れを発生させる。
「どうだ、動けまい!」
 その揺れは廃工場の様々なものを倒していく。鉄塔が崩れ、鉄骨が落ちてきたりコンテナが潰れたりしていた。
 しかし、そんな中、直だけは微動だにせず直立している。
 真っ直ぐと、バラッドを睨んでいた。
(な、なぜだ。なぜなんだ!)
 バラッドは混乱する。自分の攻撃で今まで耐えられた人間は少ない。
 普通の人間がこの揺れの中、直立するなんて有り得ない。
(俺のこの攻撃を凌いだことがあるのは、あの悪運の強いオフビートだけだったってのに――)
「なんで私にお前の攻撃がきかないのか、それは自分の頭で考えな」
 直は凄まじいスピードでバラッドのもとに駆け寄り、素の拳を握りしめる。
「ちっ、地震攻撃が効かなくたって――」
 バラッドは手を前に出し、直の拳を直接超振動で破壊しようと試みる。
 直の狙いはバラッドの顔面らしく、バラッドは自分の顔の前に掌をクロスさせてガードをしようとする。
 バラッドの読み通り、直のむき出しの拳はバラッドの掌に吸い込まれるようにぶち当たる。バラッドのパーソナル・バイブレーの超高周波振動を掌に放てば、素手で触れている直のこの拳など簡単に砕ける。
 そう過信し、勝利を確信したバラッドの鼻を、直は文字通りにへし折った。
(え――?)
 一瞬何が起きたのか理解できなかった。
 一瞬チカチカと光ったかと思うと、目の前が真っ暗になり、頭がぐわんぐわんと揺れる。気が付けば自分は巨大な壁にもたれかかっていた。いや、違う。それは地面。バラッドは地面に突っ伏していたのだ。
(何が、起きた……俺は殴られたのか――? 有り得ない!)
 鼻と手に熱さと激痛が走る。指が動かない。鼻血で呼吸がしにくい。
 どうやらバラッドの鼻と両手は逆に直によって砕かれてしまったようだった。
「さあどうした改造人間。もう終わりか」
 直はゆらりとバラッドに近づいてくる。倒れている相手に追撃をしないのは直らしい。彼が立ち上がり、立ち向かってくるのを待っている。
 そんな悠然とした直の態度に、バラッドは動揺していた。
「くそ、てめえ何なんだよ、怪物め!」
「さすがにそれは私でも傷つくぞ。バトルジャンキーなんて呼ばれてても私は高校生の女の子なんだからな。今時のジョシコーセーってやつだ」
 ふん、と思ってもないような軽口を叩く直にバラッドはどうするべきか考えていた。どういうわけかこちらの攻撃は直には通じない。
 一体どういう理屈かわからない。
 バラッドは、初めて自分より強い人間と戦い、初めて戦闘中の思考をしていた。
 生き残るために必死に知恵を絞る。
 相手を倒すために、必要ななにか、それは――
「大丈夫ですか皆槻先輩!」
 突然そんな少女の声が響いた。
 直とバラッドがそちらに眼を向けると、そこには弥生が泣きながらこちらに向かってきていた。
「藤森君……。来るな! 今すぐこの場から離れるんだ!!」
 直がそう叫んだ時にはもう遅く、バラッドの血塗れの顔は、不気味に歪んでいた。
 笑っていたのだ。


              ※

 皆槻直は勝利を確信していた。
 バラッドの異能に対抗する手段を思いついたからだ。
 直がブラスナックルを外し、靴を脱いだのは、そのためであった。
 直の異能ワールウィンドは身体のどこにでも亜空間への穴を開くことができ、そこから空気を噴射することができる。
 直は、足の裏から空気を超噴射し、ほんの少しだけ地面から浮いていたのだ。
(空が飛べるわけじゃないし、こんなの何の自慢にもならなかったけど、今日ばかりは役にたったな)
 地面から離れることでバラッドの地震攻撃を回避し、手にも空気を濃密度に纏い、それによってバラッドの振動波を受け付けさせなかったのだ。
 そして渾身の一撃をバラッドの顔面に叩き込んだ。
 それで終わり、これで勝ったと思った。
 しかし、それが油断に繋がった。
 視界の片隅に弥生が映った瞬間、直は自分のミスに気が付いた。
「藤森君逃げろ!!」
 そう叫びバラッドを押さえつけようとした瞬間、バラッドはうつ伏せの体勢から跳躍し、弥生のもとまで跳んで言った。どうやら振動の衝撃を利用して強力なジャンプをしているらしい。
「きゃあ!」
 弥生の真横に着地し、バラッドは弥生を羽交い絞めにしてしまう。弥生はもがくが、改造人間の腕力を彼女が振り払えるわけがない。
「動くなよバトルジャンキー。この女が粉々になってもいいならかかってこい」
「くそ、屑め……」
「何とでも言え、俺は勝つためならなんでもする。卑怯だっていいんだ!」
 高笑いしながらバラッドは後ずさりをする。
「先輩、私のことに構わずこの人を……」
「バカなことを言っちゃ駄目だ、私が必ず助けるから――」
 バラッドは弥生を抱えたまま走り出す。また振動を利用した超ジャンプで、鉄塔や工場の屋根をつたい奥に進んでいってしまう。
「待て!」
 直が追いかけようと前に踏み出すと、直の前の地面が陥落し、プレート状になっているため海に沈んでいく。
 直がそれを避けるために後ろに退がると、もうバラッドの姿は闇に消えていた。
 直は自分の致命的なミスでまた弥生を危険に晒してしまったことに、自分で自分が許せなかった。
 しかし直は反省と後悔は後に回し、拳を握り締め、闇の中に、突き進んでいく。
 いつだって彼女は前に進む。
 それしか道がないのなら。


               8

 凄まじい揺れの中、飛鳥は廃工場に辿りついた。
 気を抜くと、落ちてくる鉄骨などに当たり、それだけで死んでしまうだろう。飛鳥はそれに気をつけながら走っていく。しかいこの区域は複雑で、明かりもなくどこへ向かえばいいのかわからなかった。
「弥生! どこだ!! いたら返事してくれ!」
 飛鳥は闇雲に探し回る。既に指定場所の第五廃工場は見てみたが、もうそこには誰もいなかった。その後工場は地震により倒壊し、飛鳥はぎりぎりで出てきたのだ。
「こんな場所にいたら誰も生き残れない――」
 飛鳥は焦りながら探し回る。
 自分の身を危険に晒しても、妹を助けるために駆けた。自分を護る術すらないというのに。
 飛鳥がそうやって当てもなく駆け回っていると、目の前の角から人影ゆっくりと出てきた。それは小柄で、女の子のようであった。
 街頭が一瞬だけ光り、その姿が映し出される。
 それは学園指定のブレザー。
「弥生か……いや」
 飛鳥はたじろぐ。
 その制服姿の少女は弥生ではなかった。
「藤森……」
「谷川――さん」
 谷川あゆみがそこにはいた。
 血塗れの制服で、ふらふらと歩いていた。
「ああ、駄目。逃げて藤森……! 私、もう抑えられない」
 あゆみは、涙を流し、そう呟いた。
「谷川さん、キミは――」
 飛鳥が彼女の名前を呼ぼうとした瞬間、その言葉が途切れることになる。
 気が付けば飛鳥は宙を舞っていた。
(あれ、どうなってるんだ僕――)
 そんな思考もままならないままに、飛鳥は廃機材が詰まれた場所に身体を叩きつけられた。角の尖った機材や、鉄パイプに鉄骨が飛鳥の細い身体を傷つける。
「痛い……痛い……なんなんだよ……」
 一体何が起きたのか理解できず、飛鳥はぶれる視界で前を見据える。
 谷川あゆみが理性を失ったように、眼に暗黒を宿しながらこちらにふらふらと近づいてくる。腹部に激痛。どうやらあばら骨が何本か折れているようだ。飛鳥は谷川に思い切り腹を殴られ、ここまで吹き飛ばされてしまった。
「谷川、やめてくれ! なんで僕を狙うんだ!!」
 飛鳥は痛みで上手く舌が回らないが、それでも怪物になってしまったクラスメイトに向けて悲痛に叫ぶ。
 しかし、あゆみにはその言葉は通じない。
 あゆみには、もはや、届かない。
 あゆみはゆらりと身体を揺らしたかと思うと、その場から跳躍し、再び飛鳥を襲おうと飛び掛ってきた。
 飛鳥は紙一重でその攻撃を避けようと身体をずらす。真横にあゆみは着地し、あゆみは拳をガラクタの山に叩き込むことになる。ガラクタの破片が彼女の拳を傷つけるが、その傷が瞬時に塞がれていくのを見て、飛鳥は戦慄する。
(もう、谷川さんは人間じゃないのか――)
 あゆみの攻撃をぎりぎりで避けたはいいが、体勢を崩しているため、逃げることができなかった。あゆみはすぐに飛鳥へ視線を移し、今度は真っ直ぐの蹴りを彼のどてっ腹にぶち込んだ。
「うげっ!」
 その衝撃をもろに食らい、飛鳥はまたも吹き飛び、地面を勢いよく転がっていく。初めて味わう死を感じさせるほどの激痛。
 飛鳥はそれでも、今度は逃げ出すという選択肢を選ぶことがなかった。
「谷川さん。やめてくれ。正気に戻ってくれ!」
 しかし、飛鳥の言葉も虚しく、あゆみは飛鳥の胸倉を掴み、思い切り天に向かってぶん投げたのだ。凄まじい怪力で空に投げだされた飛鳥は、やがて勢いを無くし、地面に向かって落下していく。
 このまま地面に激突すれば頭は砕かれ死にいたる。
 だが、幸運なことに、飛鳥の落下地点には工場の貯水タンクがあった。
 彼は貯水タンクに向かって落ちていく。そして、月明かりに照らされ、貯水タンクの水面に自分の姿が浮かんでいるのを見る。
 いや、違う。それは確かに自分と同じ顔をしているが、真っ黒な道化師の格好をしていた。彼は水に映る道化師、ジョーカーと目が合う。
(明日人――)
「飛鳥。キミはよく戦う決心をしてくれた。さあ、ここからはボクの出番だ。交代、いや、“変心”だ!」
「ああ、明日人。後は任せたぞ!」
 飛鳥は貯水タンクの中に思い切り墜落した。


           ※


 あゆみは理性の無い頭で、ぼんやりと目の前の現実を見ていた。
 まるで夢の中をさ迷っているかのように自分のいうことを身体がきかない。あゆみは飛鳥を空中に思い切り投げ、地面と激突させて殺そうとした。
 しかし、思ったようにはいかず、落下地点はずれ、貯水タンクへと飛鳥は落下していく。
 轟音と共にその衝撃でタンクの水が少し零れている。
 あゆみはぼーっとその光景を見つめる。
 あの中にずっといても死んでしまうだろう。
 そうぼんやり思っていると、突然タンクの一部がぼこんと膨れあがった。そして、それから二度三度と、ぼこんぼこんと音を立てながら貯水タンクはまるで内側から衝撃を与えられているかのように膨れ上がる。
 そして、やがて決壊する。
「あっ」
 あゆみは間抜けのようにそんな言葉を発する。
 激しい音と共に貯水タンクは破壊され、中の水が一気に流れ出る。
 その中から現れた水浸しの人影。
 藤森飛鳥はそこにいた。
 彼は地面に降り立ち、あゆみと対峙する。
「随分と濡れてしまったな。まあ、|着替え《・・・》があるからよしとしよう」
 ぼそりとそう呟く。水で濡れ、髪の毛がぴっちりと顔に張り付いているため、その表情は読み取れない。
 あゆみは彼の顔を見た瞬間、またも殺人衝動に身体を支配される。
 愛する者を殺すまで、彼女のこの衝動は収まらない。
 それが魔女の仕掛けた罠。
 魔女の呪い。
「ふ、じ、も、り」
 あゆみはゆらりと彼に近づく。そして距離が詰まると、持っていたナイフを構え、彼のもとに一気に駆け出した。
「殺す、殺す、殺す!」
 彼女はナイフで止めを刺すため、思い切り飛鳥の身体にぶつかり、まるで抱かれるような格好になっている。
 そしてナイフは飛鳥の胸元に深々と――刺さってはいなかった。
 自分の手からもナイフが消え、あゆみは驚いていた。そして気づく。有り得ないことに、ナイフはあゆみの心臓に突き刺さっていた。何故か飛鳥に刺したはずのナイフがあゆみの胸に刺さっていたのであった。
 不死であるはずのあゆみの意識が遠のいていく。
 それでもあゆみには苦しみはなかった。身体が飛鳥によりかかり、彼女は飛鳥の胸の中にゆっくりと沈んでいく。彼女の顔は笑っていた。ほんの僅かだが、人間の、十八の少女に戻っていた。
「藤森……。私、あんたのことが、好きだったよ――」
 その言葉を最後に、あゆみの身体は突然灰になり崩れていく。砂のように風に吹かれ、彼女の身体は服だけを残しこの世から完全に消滅した。
「ゆっくりお眠り。魂の迷い子よ」
 その藤森飛鳥の顔をした人物は、寂しそうな声でそう呟いた。







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最終更新:2009年09月02日 01:09
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