【召屋正行の日常はこうして戻っていく その1】


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召屋正行の日常はこうして戻っていく
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「じゃあ、これは必要ないな」
 僕の目の前にいた、屈強な姿をしたオジサンはそう言って、拳銃を僕に渡すのをやめていた。
「なんにせよ、必要がなければ良いことだ。それ以前にお前みたいな子供に武器なんぞ渡したくないからな」
 チームリーダーのそのオジサンが僕の頭をグシャグシャと撫でる。むやみやたらと力が強く、ちょっと痛い。
「実を言うとな、俺にもお前と同じくらいの年ごろの弟がいるんだ。ただ、これが愚弟でなあ、全くもって、どうしてあんな風に育ったのかねえ」
 そう言うと、オジサンはゆっくりと立ち上がり、一通り、装備の確認を始めていた。
「あ、あの……」
「どうした?」
「オジサンの名前はなんていうの?」
 オジサンはやや不服そうな顔をしながら、頭を掻き、もう一度しゃがみこみ、地面に座っていた僕に目線を合わせてくれる。ただ、目は一瞬だけ合わせたものの、その後はバツが悪そうに、頬を染めながらあさっての方向を見ていた。
「うーん、こう見えても、十七歳なんだけどな」
「ゴ、ゴメンなさいっ!!」
 失礼な物言いをしてしまったと僕は謝る。だけど、オジサンはその厳つく、傷だらけの顔を破顔させ微笑むと、もう一度僕の頭と力いっぱいグリグリと撫でる。
「いいか、よーく覚えておけ。俺の名前はなあ―――」
 そういえば、オジサン、じゃなかった、彼の名前はなんだったろうか? 思い出せない。何故だろう。もう少しで思い出せそうなのに。


 薄暗い中、周りの大人たちの表情に焦りと緊張が垣間見える。いくつもの銃声が狭い空間で反射し、僕の鼓膜を振るわせる。銃声とともに光るマズルフラッシュが、深刻な面持ちをする大人の顔を僕の網膜に焼き付けていた。そして、それらの人影の縫うように大きな獣の黒い影も見える。
 僕はもちろん、この場にいる全員が出口に向かって走っていた。銃声の合間に嫌な怒声が挟み込まれる。
「三時の方向? いや、十一時? どういうことだよっ」
「無理です、隊長。ここのままじゃ全滅ですっ」
「いやぁぁぁっ、死ぬのはいやぁぁっ!!」
「そいつは敵《ラルヴァ》じゃないっ。分かってるのか、人だぞ、味方だぞっ?」
「この状況で人もクソもねえだろうがっ」
「痛てえぇぇよぉ、なんだよ、どうしてこんなことにぉなったんだよぉ!!」
「健二、お願いっ、しっかりして? ねっ!?」
「大体、こうなったのはそこの糞餓鬼のせいじゃないのか?」
「落ち着けっ!!」
 隊長である彼が混乱した隊員たちを制しようとする。でも分かる。声の数からいって、味方だった人たいもすでに三分の二近くにまで減っている……そうだ、これは全て僕のせいだ。そういえば、何故僕はここにいるのだろう。これも思い出せない。
「坊主、気にすることはねえぞ。いいか、お前はここから真っ直ぐ出口に向かって走れ。いいか、絶対に後ろを振り向くな」
 強面の顔が、精一杯に優しい顔をしようとしていた。それは僕にはすぐに分かった。顔の筋肉は引きつってはいたけれど、どうやっても怖い顔だったけれど、それはどうしようもなく、一生懸命に暖かく、慈愛に満ちた表情だったからだ。
「で、でも、それじゃ……さんとみんなは?」
「大丈夫、大丈夫だ。いいか? 男ってもんはな、短い人生、一度くらいは華を咲かせないといけねえもんなんだよ。俺たちは大丈夫だ」
「で、でも……」
「いいから走れ!!」
 そう言って、僕の背中を押したあの人は、暗闇の中、見えない敵に向かって自動小銃を片手に仲間とともに突撃していく。僕は、その姿を目に焼き付けながら、その後、一度も振り返ることなく、出口に向かって一心不乱に走っていった。


 季節はまだ初夏で、深夜、早朝ともなれば、クーラーをつけなくとも寝苦しくない頃合い。そんな時期ではあったが、召屋正行《めしやまさゆき》は不幸にも、寝苦しさを一身に満喫していた。
「んなあぁぁぁっ!!」
 目覚まし時計が鳴る前に目が覚めるとは珍しい、などと思いつつ、目覚めてしまった原因を探る。室温は快適、布団もダウンで寝苦しさの要因となるものは一切ない。カーテンも閉まっている。日差しに関しても、僅かに太陽が顔を覗かせてるだけであり、強いとか眩しいと感じたりするものではない。まあ、ちょっとした悪夢は見たけれど。
「全く、なんて悪い目覚めだ……」
 ベッドから起きようと身体を動かした瞬間、召屋の左手にマシュマロのような柔らかい触感が伝わった。
「あん」
 自分ではない場所から声がする。それに反応し、一気に布団を引き剥がす。
 そして……。
「どええぇぇぇっ!!」
 男子寮に絶叫がこだました。
「どーしたぁぁっ、召屋ぁ!」
 扉があるとか、プライバシーとかセキュリティーとか諸々の関係なく、いきなり室内に一人の男が現れる。その姿はパンツ一丁(しかもビキニの黒)。だが、そんな恥も外聞もない格好とは対照的に、そこにいるのは、鍛え上げられた美しい肉体と、風になびきそうな長い金髪、見つめる相手をとりこにするような碧眼が魅力的な、外国人だった。
「イワン、手前ーっ、勝手に部屋に入るなって言ってんだろ!!」
「おいおい、愛する召屋の身が心配で、こうして出向いたんじゃないか。ところで、さっきの悲鳴の原因は……」
 途中まで口にして、納得するイワン・カストロビッチ。彼は、この寮における召屋の隣人であり、寮最大の問題人物だった。
「ちょ、その横にいるのは一体?」
「知るか」
「また、また~。昨日は随分とお楽しみだったんじゃないのー?」
 身体を意味もなくクネクネとしならせる。
「知らねーって言ってるだろうがっ!!」
 否定はするものの、証拠物件は挙がっていた。イワンが指差した召屋の横には、静かな吐息を立てて眠る幼い少女が際どい格好で寝ていたからだ。
「うんうん、なるほど、分かった」
 勝手に合点がいった様子で納得するイワン。
「絶対、分かってないだろ?」
「いや、全て分かったよ。ということで―――さあ、朝の3Pの洒落込もうじゃないかっ」
 さわやかに黒のビキニパンツを脱ぎ始めるイワン。
「……う、うん、あ、ご主人様、おはようございま……あぁっ?? い、いっっっやー!!」
 再び、男子寮に悲鳴がこだまする。本日二回目のそれは、暑苦しい男の声ではなく、まごうことなき絹を切り裂く女性の悲鳴だった。


「い、いや、もすこし、手加減してくれてもいいんじゃないかな?」
 全身に焦げ目を付けながら、ビキニパンツ一丁のイワンは、二人の前で正座していた。二人というのは他でもない、召屋正行と、その横にいる女の子だった。
「悪魔の貞操を奪うなんて、言語道断です!」
 そう、彼女は言う。
 なるほど確かに彼女の姿は悪魔だった。頭には羊のような角がが生え、矢印型の尻尾もしっかり生えているし、トライデントのような三叉の槍も持っている。服装というと、悪魔らしく(?)、扇情的な黒ビキニで、隠す部分は最小限で肌もあらわ。しかも、しかもだ、中学生としか思えない顔つきや背丈に反して、その胸や尻は暴力的、いや、犯罪的なサイズある。良くもまあ、その小さなビキニで隠せているものだと、誰もが感心してしまうほど。特殊性癖のない人間でも確実にノックアウト。そんな魅力的な容姿を彼女はしていた。
「で、召屋、彼女は何なんだい?」
「俺が知るか。こいつに聞け」
 イワンが悪魔の方に顔を向けると、キョトンとした顔で自分のを指差す。
「私ですか? 私は、こちらのマスターによって召喚された悪魔《・・》です!!」
 天使のような誰もが蕩けそうな微笑で、自称悪魔が断言する。
 その言葉に頭を抱え、髪の毛を豪快に掻き毟る召屋だった。毛髪がなくなるのもそう遠くない。


「これはどーゆーことなのっ!!」
 94デシベルもの確実に軽二輪の近接排気騒音規制にも引っ掛かりそうな大声が、双葉学園に響き渡る。その声の主は、召屋の所属する二年C組の委員長である笹島輝亥羽《ささじまきいは》。彼女は腕を組み、仁王立ちで、召屋とイワン、悪魔の少女、そのご一行の目の前に立っていた。
「全く、ボンクラ様は色々と厄介ごとをもちこみますねえ」
 抑揚のない声で、委員長の横にいるメイド服姿の少女が呟く。
「アンタは黙ってなさい。このポンコツロボット!」
「私はロボットではなく自動人形《オートマトン》ですよ」
 やや、むっとした表情で否定するメイドの少女。
「うるさい、どっちも似たようなものよ! それより召屋くん、この子は何?」
 そういって、委員長が指差した先には、扇情的な格好をした少女がフワフワと浮かんでいた。
「あー、あの、悪魔……じゃダメ?」
「いいわけないでしょーがっ!!」
 豪快に委員長が召屋の机をグーで殴る。ミシッという音がする。
「で、でも私は本当に悪魔ですので」
 黒ビキニに背中に羽を生やした少女が泣きそうになりながら答える。瞬間『うわぁ~委員長が女の子泣かしてるよ……』『ひでぇ』『もう少し、優しくすればいいのにね……』などといった第三者的na発言が委員長にも聞こえてくる。
「くっ…………」
「まあまあ、いいじゃないか、笹島委員長。召屋もこう言ってることだしねえ」
 カストロビッチはふたりの仲を取り持とうと、互いの肩を持ち、自分の方へと引き寄せようとする。ただ、その言葉に重みは一切なく、チタン合金もかくやという薄っぺらさと軽さで逆に委員長の神経を逆撫していた。
「ところで、クラスメイトでもない貴方も何故ここにいるのかしら……」
 自分の肩を触ろうとしたカストロビッチの手を払いのけつつ、黒いオーラが地響きを立てながら笹島の周りに焔立つ。
「……じゃあな、召屋!」
 空気を読んだカストロビッチは、メタルスライムのごときの速さで、早々にこの二年C組から退出していった。
「で、貴方は何者なの? あと、その公序良俗に反する格好はどうしてなのかしら?」
 こめかみをプルプルと震わせながら笹島は、召屋の横でフワフワと浮かんでいる女悪魔にもう一度問い質す。
「うーん、そうは言いましても、マスターがこの姿に召喚しただけですので……」
 瞬間、委員長がギロリと召屋を睨み付ける。
「め・し・や・く~ん?」
「ちょ、ちょっとまて、委員長。俺は別に、こんな奴を呼び出した覚えはな……」
「またまた~、そんなこと言うのが可愛いのですよ、マスタぁ~」
 召屋に抱きつく女悪魔。召屋の顔が胸の谷間に埋まり、うまく喋ることさえできない。
「×△×□×○――っ!!」
 委員長が顔を真っ赤にしながら、ふたりを引き離す。
「……あ、あぶねえ、あやうく窒息死……あれ? 委員長、なんで右手を俺にかざしているのかな? それはどこにいくの?」
「ボンクラ様は乙女心が読めないのですねえ」
 やれやれといった表情で、メイド服姿の自動人形《オートマトン》である瑠杜賀羽宇《るとがはう》が首を横に振っていた。
「乙女心でもねえっ!!」
 召屋を数メートル吹っ飛ばした委員長が、息を切らせながら、後ろにいたポンコツメイドの首根っこを掴みながら怒鳴りつける。
「あら、そうですか?」
「こんなボンクラに惚れる要素がどこにあるっていうの? 全く。召屋くん、さっさとその破廉恥な女悪魔を送還してちょうだいっ」
 召屋がこよったティッシュを鼻に詰めながら、よろよろと立ち上がろうとする。悪魔っぽい女の子も心配そうに駆け寄ると、かいがいしくも彼を助け引き起こす。全くもって、実に悪魔らしからぬ行動だ。
「マスター、大丈夫ですか?」
「まあ、大丈夫、慣れてるからね」
 そう言って、召屋は自分が立ち上がるのを助けてれくれた悪魔にやさしく声をかける。
「痛ってえなあ~。そうは言うけど委員長、俺、送還なんてできないんだけど」
 召屋は体中の痛みを感じながら、自分の席のあった場所に戻ると、その前にいる委員長を見下ろしながら呟く。
「はい!?」
「だから、俺は送還《・・》はできないんだ」
「はぁ!? 貴方、仮にも召喚師《サマナー》でしょ? なんで出来ないのよっ!!」
「あれ? 知らなかったっけ? 俺、呼び出すことは出来ても任意に送り返すことでできないんだよ」
 笹島の眉間に皺が寄る。こめかみの血管も軽く浮いていた。
「召喚できても従属できてないってのは知っていたけど、そこまで役立たずなの?」
 倒れた自分の机と椅子を直しつつ、笑いながら召屋は言う。
「そうなんだよなあ。俺の能力は純粋な召喚。だから、勝手に現れた彼女を消すことってのは不可能なんだわ。こらまいったねー。ハハハハハっ」
 そんな自嘲気味な笑いに何かを感じたのか、笹島もそれ以上言及することはなかった。
 ただし……。
「召屋ぁっ、なんだその横いる不謹慎な女はっっ!!」
 授業が始まる度に、召屋、と委員長は教師に怒られることになるのだけれど。


 そして昼休み。集まらなくてもいいのに、ろくでもない人たちばかりが、昼食のスパ王を頬張っている召屋の周りに集まってきていた。
 その中の一人、まるで小学生のような少女が批難する。
「メッシー、不潔だよ!」
 一般的な男性よりも大きい身長の、それでいて男性なら誰もがそそられるプロポーションの女性が蔑むように呟く。
「やっぱり、あんた変態じゃない?」
 どこにでもいそうな高校生然とした少年が羨ましそうに語る。
「召屋、そのおっぱいって本物?」
 不健康な男性が、今にも死にそうな感じで、ポツリと囁く。
「やっぱり、キミの能力には興味深いものがあるね」
 極上のスマイルを浮かべる金髪碧眼の外国人がさわやかに唆す。
「さあ、せっかくの昼休み、屋上で三人によるアオカンといこうじゃないか!」
 クラスで唯一、地味なメイド服姿を纏う女の子が、感情の起伏も少なく、質問する。
「全く、スカトロ様もボンクラ様も破廉恥ですね。ところでアオカンとはなんですか?」
 ちょっと地味な女の子が、周囲に紛れながら、恐る恐る召屋に問い質す。
「あ、あの、それって、め、召屋くんの彼女なんですか? それともそういう趣味なの……」
「で、召屋くん、もう一度聞くけど、どうやったら、その子を消せるのかしら?」
 そして最後に召屋の首にぶら下がっている、けしからん女悪魔を指差す委員長。
 召屋は少し悩んだ様子でそれに答える。
「うーん、一応、俺がコイツから、ある一定距離離れれば消滅するはずなんだけどねえ」
「そーだよー、クワ吉も遠くへ飛んでいったら精神感応の感覚が消えたし」
 小学生のような外観の女の子も同意する。
「それはどれくらい?」
 委員長がさらにその子に詰め寄る。午後の授業でも揉め事を引っ張るのが相当嫌なのだろう。なにより、今現在、噂が噂を呼んで、教室の周りには野次馬が大勢押し寄せおり、廊下は人だらけで真っ黒だった。
「さ、さあねえ?」
「わかんないや」
「どんだけいい加減なのよっ!! 召屋くん」
 のんきな召屋と有葉の答え方にストレスを溜め、何故かそれを召屋に発散する笹島。
 こういうとき、不思議なもので、いつも有葉は非難の対象になることはなかった。彼女と俺の違いはどこにあるのだろうと思い悩む召屋。そして、イラついた様子で自分に食って掛かる委員長の姿を見て、いつものことだからしょうがないとも思ったが、それにしては、随分と食って掛かるなと違和感も覚えていた。
 踵を返して、召屋の横に浮かぶ女悪魔ににじり寄ると、その顔を指差し、轟然と言い放つ。
「じゃあ、貴方、さっさとどこかに消えなさいっ!!」
 女悪魔は少しむっとした表情で、委員長の方を睨み付ける。
「嫌です!! マスターと離れたら、私は消滅してしまいます」
「まあ、そりゃそーよねえ」
 他人事だけに、全く心のこもっていない口調で、茶々を入れる人物がいた。それは、召屋の周りに集まっている女性陣の中ではひときわ背の大きい女性、春部里衣《はるべりい》だった。部活で焼けた褐色の肌と出るところは出、引っ込むところはしっかりと引っ込んでいるボディラインが艶かしい。制服を自分なりに着崩し、自らの魅力を更に際立たせている。ただ、整った顔立ちやボーイッシュな髪型というのもあり、艶っぽいというよりは、健康的なお色気という印象が強い。男性受けが良いというよりも、バレンタインデーにチョコを貰うようなタイプである。まあ、彼女の場合は、ある偏執的な性格もあって、そういったことはまず起きないのだが。
「貴方はちょっと黙っててくれる?」
 委員長は軽口で話の腰を折ろうとする春部に、ややきつめに注意する。春部は春部で、それにムッとした表情をするが、それ以上何も言わない。
 彼女たちふたりは、屋上での一件から、友情というほどではないが、互いの存在をそれなりに認め合うようになっていた。
 笹島はともかく、人一倍プライドの高い春部には、これは非常に珍しいことだった。ただ、混沌と秩序が永遠に交わることがないように、ふたりの関係性が水と油であることは今も変わりない。
 そんな緊張したふたりの関係をよそに、なんとも緩和した質問が悪魔少女に浴びせられる。
「ねえ、ねえ、あなたはメッシーにどんな用事があるの?」
 屈託のない声で、小さな彼女が女悪魔に声をかける。彼女の名前は有葉千乃《あるはちの》。小さな身体に保護欲をそそる顔立ち、どこからどうみても可愛らしい女子小学生だが、こう見えてもれっきとした高校二年の男子、いや男の娘だった。成長する過程で、どこかにX染色体と成長ホルモンを忘れてきたのか、神様がさじを投げたのだろう。きっとそうに違いない。
 そんな彼女の質問に、明るく答える女悪魔。
「はい、マスターを呪い殺すのが私の使命ですっ!!」
『え―――――っ!?』
 その場にいた全員が驚きの声を上げ中、一番冷静だった有葉が、大きな目をクリクリさせながら、その純粋な瞳で興味深げに女悪魔に問いただす。
「でも、メッシー殺しちゃうと、あなたもいなくなっちゃうよ?」
 その言葉を理解しているのかしていないのか、不思議な面持ちで、悪魔少女は数秒硬直する。そして……。
「し、しまったーっ!! それは大変ですー。え、えーと、ご主人様を殺しちゃうと私が死んじゃうんですけど、それは私の使命でして……でも、そうすると、私は、あ、あのどうしたらいいですかねーっ!!」
 悪魔が困惑した表情で、召屋の襟元を掴み揺さぶる。見た目よりも膂力があるのだろう、召屋の首が、YOSHIKIのドラムプレイ顔負けに首の骨が折れんばかりの勢いで前後に振れていた。
 そんなふたりをイラついた表情で、笹島は強引に引き剥がす。
「とにかく、この状態を何とかしないといけないんだけど、ちょっと春部さん」
「なによ?」
 自分の名前を呼ばれたこと自体が面倒くさいように、やや棘のある声で答える春部。
「ちょっと、そこの女悪魔を羽交い絞めしてくれる?」
「えー!? なんで私がそんなことしなきゃいけないのよ? そこにいる“おっぱい馬鹿”にでもやらせればいいじゃない? 喜んでやるでしょ、きっと」
 突然の自分らしき名前を呼ばれた拍手が驚きと嬉しさが入り混じった変な顔をする。
「えっ!? 俺ぇ? いやまあ、その、あの……」
「グダグダ言ってないで、拍手くん、そこの女悪魔をさっさと抑えておきなさいっ!!」
「いや、どうもスイマセン。委員長のお願いということで」
「え、何ですか? 何をするんですかーっ!?」
 拍手に羽交い絞めになりながら、そこから逃れようとする女悪魔。しかし、拍手の力が強いのか、まったく動くことができない。笹島は女悪魔が動けなくなったのを確認すると、召屋の方に向き直し、廊下を指差す。
「さあ、今すぐ全力疾走で、ここから離れなさい!」
「え、面倒だなあ……。まだナポリタン食い終わってないし」
「あらそう。走る気がないなら、私が直々に貴方の肉体と魂を引き離してやるけど?」
「か、かしこまりましたーっ!!」
 ケツをまくって教室から遁走する召屋。それを見た女悪魔が悲痛な叫びを上げる。
「そ、そんなマスター!!」
「あ、ちょっと、おい、コラ、あんまり動かないでって! じゃないと、良からぬ方向に手が……」
 なんとか、女悪魔をその場に留めようと拍手が押さえつけるが、彼女が抵抗することもあって、くんずほぐれつの状態になっていた。
「ささ、女性陣は、このおっぱい先生から離れてねー」
 気づけば、カストロビッチが、委員長や春部らに拍手との距離を取るようにと促していた。
「あ、あれ? それってどーいうことかな?」
 そして、拍手が天にも昇る柔らかさを掴み取った瞬間。
「な、なんてことするんですかーっ!!」
 頬を真っ赤に染めた女悪魔から雷が放たれ、自分に抱きついている拍手ごと電撃を打ちつける。
「ほーら、やっぱり」
 女性陣を安全な距離まで避難させていたカストロビッチが、黒こげになった拍手を見ながら、自分の早朝に起きたことを思い出していた。
「―――い、生きてるって、生きてるって素晴らしいなぁ」
 半泣きで、髪の毛をチリチリにしながら、拍手が自分の無事を祝う。
「おいおい、なんか凄い音したけど…………」
 そう言いながら教室に戻ってきた召屋が、拍手の姿を見てやっぱりという表情をしていた。
「じゃあ、次の方法を考えましょうか」
「ちょっ! 俺の犠牲はスルーかよ」
「そこの悪魔的なおっぱい触れたんだからよしとしなさない。さあ、次よ。とにかく、召屋くんと彼女を引き離せばいいわけよね……」
 委員長は、拍手の涙混じりの抗議も意を解さずに、物事を進めようとするが、対処法が思いつかず悩んでいた。
 その時、背後から女性の声がする。
「私で良ければ手伝うけど」
 そこには美しい黒髪を腰まで伸ばした美しい女の子が立っていた。
「あっ!? そういえば、星崎さんはテレポーターだったわね?」
「ようは、彼と彼女を引き離せばいい訳でしょ? なら、私の能力で飛ばしちゃえば問題ないでしょ」
「いやいやいやいや、まて。どうにもろくな結果が期待できないフラグじゃねーか! 断固拒否する」
「私も嫌ですよ!」
 召屋と悪魔が揃って拒否権を発動する。
「貴方たちに拒否権なんてないのよ。さあ、やっちゃって、星崎さん」
「じゃあ、そういうわけだけから、バイバイー」
 そう言って能力を発動させた瞬間、委員長たちの目の前から召屋が消失する。
『おおっ!!』
 ことの成り行きを見守っていたクラスメイトたちから歓声があがるが……。
『おぉっ??』
 何故か皆、声を詰まらしていた。理由は簡単、召屋と一緒に女悪魔も消えていたからだった。
「はーっ、これも失敗ね」
 委員長含めたクラス全員がため息をつく。
 数分後、ゴミまみれの格好の召屋と悪魔が教室に現れる。ゴミや服がところどころちょっとだけ焦げていた。
「あっぶねー、天国の爺ちゃんが手招きしてるのが見えたよ」
「全くです、地獄の業火で焼き尽くされるとこでしたよ」
「メッシー、どこへ転送されたの?」
 有葉は心配そうに近づき声を掛ける。というより、近づいているのは有葉だけだった。委員長含め、他のクラスメイトは召屋に微塵も近づかない。理由は簡単、とんでもない異臭を放っていたからだ。
「千乃、そんなのに近づいちゃダメよ。へんな病気が移るわ」
 鼻を押さえながら春部が有葉に声を掛ける。臭いが相当気になるのであろう、有葉の近くまで近づけないでいた。
「どこに転送だぁ? 焼却炉だよ!! 幸い、用務員の国守さんに助けてもらったからいいけど、助けがなかったら普通に死んでたぞっ!!」
「まあ、時に失敗することもあるってことよ」
 サラリと酷いことを星崎が言う。
「それより、さっさとシャワーでも浴びてきてよ。臭くてたまらないわ」
 委員長が鼻を摘まんで、手の甲で召屋の方を払いながら、向こうに行けと促す。見渡せば、このクラスにいる全員が嫌な顔をしていた。有葉を覗いてだが。
「よーし、メッシー! 私も付き合うよーっ。一緒にシャワー浴びよー!!」
 その言葉を聞いた瞬間、召屋は背中に嫌な汗が流れるのを感じる。
「いや、それはそれで、色々と問題が……」
「なんで? 男同士だから問題ないじゃん?」
「多分、俺が殺されるから……」
 突き刺さるような殺気を感じた召屋は、大急ぎで部活棟のシャワー室へと向かって全力疾走していくのだった。
「マスター、待ってくださいー!」
 ポヨポヨと浮かびながら、女悪魔も追いかける。
「ところで彼女、男子のシャワー室にまで入るつもりかしら……」
「よし、俺もシャワー室に!」
「あんたはいいのよ」
 委員長は意気揚々とシャワー室へ赴こうとする拍手の肩をがっちりと押さえていた。
 結局、この日は、問題を解決することはなく、午後の授業も終了してしまう。さすがに教師陣の話題にもなっていたのであろう、あからさまな注意はなかったが。
 そして、帰り際、笹島委員長に召屋はきつく言い聞かされる。
「いいこと? 二十四時間以内になんとかしなさい。いいわね」
「へいへい、分かったよ」
 いつものように生返事で返す召屋だった。


「で、結局、お前は何なんだ?」
 自室に戻った召屋と女悪魔、そして、カストロビッチが車座になりながら今後のことについて話し合っていた。
「ですから、悪魔です」
「だから、なんでここにいるんだよ?」
「それは、ご主人様が召喚したからに決まってるじゃないですか」
「そんな記憶はねえっ」
「まったく、このむっつりスケベ! ホントは、こんな女の子とあんなことやこんなことをしたかったんじゃないの? だから、夢の中で召喚したとか。まあ、それなら、召屋の願望なわけだから、ここは仲良く3ぴ……」
「いい加減殺すぞ」
 召屋はいつの間にか手に持っていた特殊警棒をカストロビッチに首筋押し当て、電撃を放つ。この警棒は、クラスメイトである松戸科学《まつどしながく》の手によるマジックアイテム。彼は、付与魔術師《 エンチヤンター 》であり、その能力によって作られたのが、この電撃を放つステンレス製の特殊警棒。確かに便利なのだが、彼のアイテムは基本的に欠陥品であり、成功作と言われたこれでさえ、異能者の能力の源である魂源力《 アツイルト 》の消費が半端なものではない。
 だが、召喚能力しか持たない攻撃力皆無の召屋にとってみれば、非常に助かるアイテムに他ならなかった。
「召屋、それはいかん。マジでイジメ格好悪い……」
 電撃を食らい、ボロボロになりながら、カストロビッチがゆっくりと崩れ落ちる。そうとう効いたのだろう。その姿に心配そうに女悪魔が声を掛ける。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。何より、こうでもしないとコイツは反省しない」
「まるでパブロフの犬のような扱いじゃないか召屋。でもでも、そんな召屋が大好きさーっ!!」
 ダメージが復活したのか、急に召屋に抱きつこうとするも、最大火力の電撃で対抗され、消し炭と化してしまうカストロビッチ。
「あ、あのこれは……」
 女悪魔は、真っ黒になったカストロビッチを指差しながら、その所業に恐怖していた。
「あー? いいのいいの。さて、俺はもう眠いから寝る。お前、寝首をかくようなことだけはするなよ。いいな」
「も、もちろんです。私の目的は“呪い殺す”ことですから」
「そうか」
 そういって、いつもよりも早めにベッドに入る召屋だった。
 ろくでもないことが連続しただけに、すぐに瞼が重くなっていった……。


「――しや、召屋」
 眠っていた自分を激しく揺り動かそうととするのにようやく目が覚める。
「ん? どうしたイワン?」
「た、大変だ、大変なんだ!」
「だから、何が? あいつがいなくなったのか?」
「いや、そうなんだけど」
 その言葉に小躍りしそうになるくらいに喜ぶ召屋。
「ほ、本当かっ!」
「いやまあ、本当なんだけど……」
 何故かそこで口ごもるカストロビッチ。そして、ゆっくりとある方向へと指を差す。
「あれ……」
「――――っ !?」
 そこには、黒ビキニ一枚にエプロンをし 、背中に羽を生やした筋骨隆々の男が、甲斐甲斐しくもフレンチトーストを作っている姿があった。
「あ、ご主人、お起きになったのですね」
 そう言ってこちらを振り返る男は、ヒゲの剃り残しも青々しい、太い眉毛にホリの深い男らしい顔立ちで、エプロンの隙間からはフェロモン溢れる胸毛が見え隠れしていた。
「だ、誰これ?」
「知らん。俺が起きたら、あの子の代わりにこれがいた」
「あっ、そー」
「ということで……」
 カストロビッチはそういうと、服を脱ぎ、黒いビキニのパンツも脱ぎ始める。
「さあ、朝の3Pといこうじゃないか、召屋!」
 この時、枕元に特殊警棒があったことを心底感謝する召屋だった。


その2 に続く








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