【ハッピーエンドをめざして】


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 どうしたら三年前の事件を明るく防げるかなと思って書いたもの


 パラレルワールド 『ハッピーエンドをめざして』
 http://rano.jp/1258



 中等部二年生の水分理緒を知らぬ者はいないだろう。
 彼女の異能は、触れた水を武器として操ることである。いつもペットボトルの水を携帯し、戦闘時にはそのミネラルウォーターを使って敵を「斬る」。
 名家の娘である彼女は常に穏やかな笑顔をたたえており、異性に人気がある。おっとりとした外見とは裏腹に芯の強い側面があり、かなり優秀な異能者であることは解説するまでもない。
 そんな彼女が窓辺の席で、友人たちと談笑しているなか。
 昼休みの校庭では高等部の学生が草野球を楽しんでいた。投手が渾身のストレートをインコースに放ったが――。
「どおおおりゃあああああああああああ!」
 打者は太すぎる両腕をコンパクトに縮め、一気にバットを回す。
 軟球が卓球のピンポン球のように、軽々と弾き飛ばされてしまった。
「どーだ! これで全打席ホームランだ!」
 龍河弾はバットを放り投げると、巨体をのっしのっしと弾ませてダイヤモンドを一蹴した。どう攻めてもこの男によって得点されてしまう投手はやけになり、「おめー相手じゃ打つ手がねーよ! この筋肉バカ!」と罵った。
 へっへっへと本塁を踏んだこの男子高校生は竜の血が流れており、超力系異能者のなかでも桁違いに「強い」。どんなに厄介な有害ラルヴァが発生しても、彼が動けば戦闘は穏便に、あるいは一発逆転を見せることも多かった。
 その校庭から一つの建物をはさんだ場所に、初等部・中等部の給食センターがある。給食は生徒の任意で食べることができ、クラスごとに給食当番というものがある。
「へっ。誰よりも早く給食を届けてやるぜ!」
 そう楽しそうな声で言ったのは、初等部の早瀬速人である。彼の異能は亜音速で移動することだ。今日もグリーンピース入りカレーの入った大食管を両手に持ち、バカなことをおっぱじめようとしていた。
 通常のルートを外れて、彼は高等部の敷地を横切っていく。ショートカットだ。得意の異能でぐんぐん加速していったが、視界に小さな女性の姿を目にした。
「げっ! うわあああああああああああ!」
 異能のコントロールに未熟だった彼は、まだ急には止まれなかった。女性が仰天して早瀬のほうを向き、目と目が合ったときには・・・・・。事故は発生していた。大食管のふたが宙に吹っ飛んだ。
「君ぃ。クラスと担任の名前を言いなさい。ちゃんと謝ってくれれば、許してあげるからね・・・・・・?」
「ごめんなさいごめんなさい! 本当に申し訳ございませんでした、先輩!」
 頭からあつあつのカレーをかぶった春奈・C・クラウディウスは、しくしく涙を流した。


 そこは山を切り崩し、住宅地を造成しようとしている地区であった。
「確か、この辺りでしたわね・・・・・・」
 水分理緒は工事現場に来ていた。
 土曜日の授業が終わったあと、帰宅途中に彼女のモバイル手帳が振動した。周辺にいるラルヴァを探知したのだ。
 舗装されていない道を奥に進んでいくと、やがて訪れた凄惨な光景に彼女は唾を飲み込んだ。
「これは・・・・・・」
 あちこちに横転している、傷だらけの重機。
 岩肌や路面に付着している、おびただしい量の血。
 ここで戦闘があったことは確かである。それにしても、常軌を逸している惨い現場だ。ここで一体どんな戦いがなされていたというのか。
「すでにもう終わってるようだ。ひでぇもんだ」
 と、水分は背後から話しかけられる。
 静かに彼女のもとへ近づいていたのは、とても背の高くて硬そうな筋肉を身にまとっている、強そうな男子生徒であった。半そでのカッターシャツから、大木のような太い腕が伸びている。
「高等部の龍河さん・・・・・・?」
「そうだ。お前さんは中等部の水分理緒かい?」
 水分の握るペットボトルを見てから、龍河はそうきいた。
「お互い、有名人なんですね」と水分はくすっと笑う。「龍河さんも、ラルヴァの反応をたどって来たのでしょうか?」
「ああ。俺が来たときにはもう、こんな感じだったけどな」
 そこにまたもう一人、男の子が乱入してくる。彼は砂煙を上げながら、急停止した。
「待たせたなラルヴァ野郎! この俺、早瀬速人が相手をしてやる!」
 水分と龍河はぽかんとしながら彼の事を見つめていた。激しい戦闘も異能力のぶつかり合いも、何も起こってはいない。むなしい鳥の鳴き声が早瀬の耳にも届いたとき。
「あれ・・・・・・? もう戦いは終わってるの・・・・・・?」
 彼はしょんぼり肩を落としたのであった。
 工事現場でのラルヴァ発生は、偶然にもこの三人を引き寄せたである。あまりにも生々しい爪あとが気になった彼らは、調査を始めた。
「どこも真っ赤じゃねえか。残忍だぜ」
「でも、これは人間のものではないと思いますわ」
 水分は龍河に、ある場所を指差した。血溜まりに混じって、茶色い体毛が大量に残っているのだ。
「・・・・・・ビーストラルヴァのものなのか?」
「だと私は見ています」
 ということは、残忍に傷つけられたのは異能者でなく、ラルヴァのほう・・・・・・?
 ますます不可思議な現場に、二人は首をかしげるのであった。
「このえぐられたような跡はなんだ?」
 と、もっと奥に進んだ場所にいる早瀬が水分たちを呼んだ。
 水分が駆けつけてみると、棒のようなものでえぐられたような傷が、切り開かれた山肌にいくつも走っていたのである。周りに付着する血液の量も多かった。
「異能者が武器でラルヴァを痛めつけていた・・・・・・?」
 水分がそう言ったとき、早瀬は背筋を震わせる。
「ちょっとやりすぎだろ・・・・・・」
「ええ、私もそう思います」
「これじゃまるで、人間がラルヴァ殺しを楽しんでいるかのよう――」
 早瀬の視線が水分に釘付けになる。水分は喉が乾いたのだろうか、ペットボトルを開ける。彼女の桃色の唇に、ペットボトルの口が近づく。
 しかし、彼女は水を飲もうとしていたのではなかった。
 水分はミネラルウォーターの雫を零すと、それを指先でピンと弾き飛ばした。
 早瀬の顔のすぐ隣を、弾丸のように駆け抜けた。キュンという音が彼の耳に残る。
 そして。
 がらんがらんと、早瀬の背後で何かが崩れる音がした。
「何が起こった!」
 龍河が二人のもとに駆けつけた。水分はにっこり、
「私たちのことを覗いている無粋な方がいらっしゃったので」
 と妖艶に言った。
 草むらの影から何かが這い出てくる。龍河は表情を引き締め、構える。
 だが、それはばちばちと火花を散らしている「ロボット」であった。水分の弾き飛ばした水弾によって、目の部分に大きな穴が開いてしまった。
「ロボットだと・・・・・・?」
「どこかで見たことあるようなロボットですね」
 そう、水分がロボットのもとへ近づいたときだ。
「水分先輩! 危ない!」
 彼女は横から現れた早瀬に抱えられ、その場から急激に離れる。同時に異変を察知した龍河も、後ろに大きく飛んだ。
 工事現場の山に爆音が響く。
 ロボットは自爆した。


 三人はあのあと、一緒に双葉学園に戻っていた。
 図書委員に無理を言って、閉館時間の後も図書館に彼らは篭っていた。
 時刻は二十時を過ぎている。でも、早く調べ上げないといけない。そんな直感が彼らに働いていたのである。徹夜も覚悟していた。
「思い出しました・・・・・・。あのロボットは授業で使われていたものです」
「ああ、言われてみればそうだな」
 双葉学園の戦闘訓練では、訓練用ロボットが使用されることがある。水分も龍河も一度は戦ったことのあるロボットが、あの現場にいたのだ。
 龍河が、双葉学園で使用されている訓練ロボットの資料を持ってきた。
「ほら、これだ。こいつがあの山にいたんだ」
「与田技研の訓練素材ですわね」
「何であんな所にいたんだろうな。怪しくねえか?」
「はい。普段見るものは迷彩塗装なんてされていません」
 工事現場で遭遇したロボットは確かに、与田技研のカタログに載っているものと同系機種だった。しかし水分が撃破したものは迷彩塗装がされており、頭部に大きな目のようなものが設置されていた。
「情報収集・・・・・・でしょうか?」
「だろうな」
「ただいま! 話を聞いてきたぞ!」
 と、早瀬が図書館に帰ってきた。彼はあの工事に携わっていた人の話を聞くために、病院に行っていたのだ。片手には、帰り際に調達してきた差し入れが。
「巨大な熊のラルヴァが現れたらしい。重機を投げてはぶつけてきたり、おっちゃんたちに殴りかかったり、散々だったってさ」
「やっぱりカテゴリー・ビーストだったか」
 と、龍河は早瀬の持ち込んできたおにぎりを頬張りながら言った。
「あと、戦いに出たのは高等部の立浪姉妹だった」
「立浪姉妹?」
 水分はミネラルウォーターを机に置いて、早瀬の顔を見る。
「うん。工事現場の人が目撃していたから間違いない」
「学園の猫耳アイドルだったのか。なら瞬殺されちまうわけだ」
「でも、解せませんわね」
 三人は怪訝そうな顔つきになる。
 どうして、あんな凄惨な現場が残されていたのだろう?
 血液が辺り一面、べっとりと付着していたというひどい惨状。
 現場の痕跡や武装の特性から考えて、ビーストラルヴァを倒したのは鞭使い・立浪みきだろう。しかし、姉とは違って消極的で大人しい彼女が、あんなに惨たらしくラルヴァを血祭りに上げるようなことがあるのだろうか?
 ・・・・・・そして、運命のときは刻一刻と近づいてきていた。
 龍河のモバイル学生証が鳴動したのだ。
「お? 誰からだ?」
 画面を開いたとき、彼の顔に緊張が走った。
「なんでぇ、これ・・・・・・」
 水分と早瀬が、大きな肩の後ろから覗き込む。
 それは差出人が「双葉学園・超科学力分野・有識者会議」となっているメールであったのだ。本文が「これは過去にラルヴァによって不幸に陥った者に対して送られるものである」とだけ記されており、大きな容量の動画が添付されていた。
「過去にラルヴァによって不幸に陥った者だとぉ? 勝手なこと言いやがって!」
 彼は机を乱暴に殴った。水分が冷静にこんなことを言う。
「もしかして、複数人の生徒に配信されている・・・・・・?」
「え? 俺のところには届いてないぞ?」
 早瀬が慌てて自分のモバイル学生証を見て言った。
「とりあえず、動画を見てみませんか?」
 水分が言う。龍河は恐る恐る、そのファイルを開いた。
 そして彼らは惨劇を目の当たりにする。


 三人は机にぐったりと突っ伏したり、両腕を垂らしたりしていた。
「何だよ・・・・・・。あんな残虐なの・・・・・・」
 早瀬は歯を鳴らしながら言った。
 さすがの水分も頭痛がしているのか、額を押さえていた。
 ファイルには、立浪みきがあの工事現場で鞭を振るい、熊のラルヴァを惨殺する映像が納められていた。腕を斬ったり、腹を裂いたり、頭部に穴を開けてかき混ぜたり。
 それに織り交ぜられて、テロップが挿入されていた。「立浪姉妹はラルヴァである」「立浪姉妹は双葉学園の脅威である」「立浪姉妹は我々学園生徒によって粛清させられるべきである」
「なんつうか、悪意がひしひしと伝わってきたな」
 そう、顔面の汗を拭いながら龍河は言った。
「執拗なほどにね」と、水分が付け加える。
「悪趣味だなあ。こんなのをみんなに配信しているのか?」と、早瀬が言った。
「・・・・・・裏で何かが起ころうとしている」
 水分は椅子から立ち上がる。静かな図書室内を歩きながら、二人に自分の考えていることを話した。
「これはふだんラルヴァを嫌っている生徒を執拗に煽り立てるものです。そんな彼らを煽り立てて、利用しようとしている悪いお方がいらっしゃいますわ。その方は相当、立浪姉妹を消したくてたまらないようですわね」
 普通の人間なら参ってしまうぐらい、刺激の強すぎる映像。しつこいぐらいに視覚的に訴えてきた、テロップの煽り文句。嘘を嘘と見抜けないような人であったら、あっけなく冷静さを失って思わぬ行動に出てしまうことだろう。それぐらい映像は巧妙で、悪質なつくりをしていた。
「もしかして、その映像を撮影していたのが」
「ええ。あのロボットで間違いないですわ」
 早瀬に対して水分はそう答えた。
 しかし、双葉学園に訓練素材を提供しているロボット工学の老舗が、あのような姑息な情報収集ロボットを仕向けるような真似をするのだろうか? 与田技研は超科学系の卒業生が立ち上げたメーカーであり、母校の生徒に対して悪事を働くようなことをするとは思えない。
 でも、あのロボットを改造することができて、かつ他の目的に転用する技術を持っているのは、与田技研の人間でないとまずありえない。
「聞いたことがあるぜ」
 と、龍河はニヤリと笑って言う。
「同期に与田技研のおぼっちゃまがいるんだ。ラルヴァが大ッ嫌いな男だ」
「じゃあ、そいつの仕業なのか?」
「まあ、それは月曜日になってみないとわかりませんわ」
 水分は大きく息をついた。
 動画の最後に、このような一文が流されていたのだ。
『七月十一日月曜日・高等部第三グラウンドにて、我々は立浪姉妹に真っ向から勝負を仕掛ける。学生諸君で力を合わせ、双葉学園にはびこる悪を排除しよう!』


 七月十一日・月曜日。
 猫耳姉妹の長女・立浪みかは空高く放り出され、グラウンドに叩きつけられた。
「ひどいよ・・・・・・ひどいよ・・・・・・!」
 砂煙の中でうつ伏せになったまま、彼女は泣いていた。
 それもそのはずだ。彼女が愛する学園生徒が、こうして敵となって立ちはだかっているのだから。一斉に攻撃を食らって、ボロボロにされているのだから。
「どうだ立浪みか。この人数を見たまえ。これが双葉学園の総意なのだ。『ラルヴァ』であるお前を排除するため、みんなこの場に来てくれたんだ! この現実をどう受け止める!」
 涙ぐんでいてぼやけている視界の向こうには、何人も何人も・・・・・・非常に多くの生徒が横に並んで自分を冷たい視線で見下ろしているように見えた。
 彼女に対して言葉をぶつけた与田光一は、自分の集めた集団を横目に見る。
 そして、ちっと舌打ちをした。
(ああは言ったものの、何だ? この想定以上の人数の少なさは・・・・・・!)
 彼はラルヴァに恨みを持っている人間を利用し、立浪姉妹を始末することを企てていた。学園生との手によって彼女を殺させることに大きな意味があるのだ。
 そうしたいはずなのに、どうにも人数が集まらない。多くて三百人は集まるものだと目論んでいたのに、ざっと数えたところ、五十人に届くか届かないかの人数であった。
 与田は不機嫌だった。おとといから、どうしてかイレギュラーが重なる。
 自分の仕向けた情報収集ロボット「コレクター」を、第三者に発見されてしまったのだ。
 研究所で遠隔操作をしていた彼は、映像にまず初等部の生徒が映ったのを発見して仰天する。それからすぐに現れたのが、中等部の有名人・水分理緒だった。
 まずいと思ったが遅かった。水分は「コレクター」の存在を見破り、水の弾を撃ち込んで機能停止にしてしまう。真っ暗になった映像を前に、与田は悔しそうにして自爆スイッチに拳を叩き込んだ。ロボットを見てしまったのは、あの二人だけだと彼は思い込んでいる。
 それでも「コレクター」の映像は手に入れることができたので、地道な編集作業の末、彼は生徒たちに映像を送信することになる。
 と、ここで集団がざわつき始めた。与田は考え事を止めて、彼らが指を差すほうを向いた。
 見知らぬ熊の少年が、生徒たちに向き合って話をしているのだ。
 与田はまた舌打ちをした。「何だ、あいつは!」。彼はイレギュラーが大嫌いなのである。
「人間のみなさま・・・・・・ごめんなさい。異能者のみなさま・・・・・・ごめんなさい。・・・・・・島に住むみなさま・・・・・・ごめんなさい」
 氷をぶつけることのできる異能者が、新しい氷を具現させる。
 グレネードランチャーを構えた生徒が、しっかり彼に標準を定める。
 魔法を使える女子が、ステッキから雷竜を召還する。
「うちの父親が、みなさまに大きな迷惑をかけてしまって・・・・・・。悪いのは僕らですから、どうかみき姉ちゃんたちを・・・・・・」
 理性を失った生徒たちの異能力が、火を噴いた。立浪みきは絶叫していた。


 ところが、熊の少年――マイクが恐る恐る目を開いたら。
「ぐおおおおおお!」
 彼はびっくりした。何と自分に直撃するはずの集中攻撃を、急に現れた男が背中で受け止めているのだ。上空から降ってきた龍河が、生徒たちによる一斉放火からマイクを守ったのだ!
「君はこっちおいで!」
 マイクの小さな体は早瀬によって抱えられ、その場から離脱する。攻撃を被弾した龍河は爆発に包まれたが、カッターシャツが吹き飛んだ程度でまったく負傷していない。
「汚い真似しやがって!」
 彼がそう睨みを利かせただけで、生徒たちは半歩下がって恐れおののいた。
 高等部で最強に近い男が、立浪姉妹の味方をしている。もうそれだけで彼らは何もできなくなる。それぐらい龍河は強くて、敵に回してはいけない存在なのだ。
「ど、どういうことだ! お前だってラルヴァに家族を――」
「大きなお世話だ、おぼっちゃん」
 と、龍河は怒りの混じった視線で与田をじっと捉えた。
 与田は歯をぎりぎり噛み締めた。ラルヴァに家族を殺されている龍河は、絶対自分の味方になってくれるはずだと思い込んでいた。最強に近い龍河を引きずり込めると確信していたから、自信を持って今回の計画を強行することができたのである。
 龍河は困惑している生徒たちに向かって、こう怒鳴った。
「お前らぁー! 何をこんなやつに乗せられているんだぁー!」
「これはあいつの悪巧みなんだ! 騙されちゃいけないんだ!」
 マイクを姉妹に預けてきた早瀬も、龍河に並んで彼らに言った。
 常軌を逸した悪質な映像を見せ付けられて、麻痺した理性。与田は意図的にそれを狙い、ラルヴァを嫌っている生徒たちを扇動した。
 二人の話を聞いた生徒たちは、熱が引いていくように冷静さを取り戻す。
「俺たちはなんでこんなことを?」
「ラルヴァを倒せといっても・・・・・・」
「あそこにいるのは同じ生徒だしなあ・・・・・・?」
 与田のかけた催眠がとける。サブリミナルな効果が失われる。学園生徒を利用して、姉妹を殺させる計画が破綻した瞬間であった。
「ぐっ・・・・・・!」
 大きめの白衣を翻して、与田が早々に逃亡を図ろうとする。
 しかし、退路を水分理緒が塞いだ。
「あなたほど悪いお方を見たことがありませんわ」
「お前は、水分理緒・・・・・・!」
「たくさんの生徒たちにあの惨たらしい動画を送ったそうですね。でも、あなたの思い通りにはさせません」
「俺たちがまる一日かけて、動画を開いた生徒たちに注意していたんだぜ!」
「あいつの言うことに耳を貸すなってね!」
 与田は衝撃のあまり目の前が真っ暗になった。
 三人は図書館で映像を見たあと、できるだけ多くの生徒たちに連絡を取って、冷静になるよう注意を促していたのだ。映像でしつこく繰り返されていた論調のおかしな点、矛盾点を教え、正気に戻させていた。特に動画を見ていない生徒には、決して見ないよう強く言った。
 首謀者はようやく理解する。この三人の妨害が人数の低さに反映していたのだ。龍河を味方につけたくて彼に動画を送ったことが水分たちに計画を知られることになり、皮肉にも敗因となってしまったのである。
「フッ・・・・・・。フハハハハ・・・・・・」
 与田は笑い出した。自らの悪巧みがこんなにもあっけなく看破され、失敗に終わってしまうなんて。
 そして彼は白衣の中に納めてあった護身銃に手をかける。水分が頭上でペットボトルを握りつぶしたのは、ほぼ同時であった。
「死ね」
 トリガーが弾かれる。銃声が響く。水分の脳天目掛けて銃弾が飛んだ。
 しかし、水分が腕を縦に振って放った水のウェーブが、真正面から弾丸とぶつかる。
 薄い水のカッターに触れた弾丸はぱっくり半分に割れ、分離した。それらはそのまま水分の両脇を通過する。一方、水分のウェーブは、与田の体を縦半分に斬ってしまわんとばかりに直進してきた。
「ひぃっ――」
 眼前まで押し寄せたウェーブは、与田のぎりぎり手前で止まって無くなる。迫り来る恐怖の刃物を前にして、与田は死んだとさえ思った。呆然と、銃を握る腕を垂らしたとき。
 ぱきん。
 眼鏡のブリッジが折れた。
 与田はびくびく震えだした。ぼやけた近視の視界の向こうで、水分が笑っている。ピントがずれて見えるはずがないのに、与田には水分の妖しい笑顔が見えてならなかった。
「悪党は大人しく醒徒会の沙汰を待つのがいいですわ。ふふ・・・・・・」
 与田はもう、無駄な抵抗をすることはなかった。
「これは何事だ!」
 ここでようやく醒徒会が駆けつけてくれた。水分が後から知ったことだが、この日この時、醒徒会のメンバーはどうしてか全員が学部長のもとに呼ばれていた。よりより学園を作るために云々、中身の無い話を学部長から長々と聞かされていたらしい。
 実はこの学部長が真の黒幕だったのだ。彼は伝統ある双葉学園にラルヴァの生徒がいることに、誰よりも憤慨した大人であった。つまり、彼は与田たちが立浪姉妹を始末するあいだ、醒徒会を拘束していたのだ。
 天下の醒徒会が現場にやってきて、悪事が丸裸になってしまえば、いよいよ与田光一は詰んでしまったことになる。
 彼はがっくり、頭を垂らした。


 水分と龍河と早瀬は、一緒に醒徒会室から出てきた。
 与田光一の悪事を暴き、あわやのところで事件を止めたことに、会長から感謝の言葉をいただいたのだ。後日、三人は改めて表彰されるという。
「与田の計画に加担した奴らも罰せられるんだってさ」
 と、早瀬が口を開いた。それに水分がくすっと笑って、
「反省文千枚でしたっけ? ま、嘘を嘘と見抜けなかった罰ですわ」と言った。
「まったくとんでもない奴だったぜ。与田は」
 今後、与田光一は風紀委員や学生指導の管理下に置かれ、もう二度と浮かび上がることはないだろう。学生二人を殺そうとしていたことを、学園はとても問題視している。
 なお、学部長は自宅謹慎ののち懲戒解雇される見通しらしい。
「猫耳姉妹もホントよかったな。殺されるところだった」
「そうですわね。こうして学園から守られる結果になって良かったです」
「別に二人がラルヴァでもいいのに。わけがわかんないや」
 立浪みかとみきはこれまで通り、双葉学園の生徒として平穏な暮らしを送ることができる。二人が知らない間に殺されそうになったことを聞いた友人たちは、これからはどんなときでも側にいてあげようと決心したらしい。仲間がいれば、工事現場のときのような暴走を起こすこともないのだ
「同感です。彼女たちは何も悪くありません」
「だよなぁ? へへ、気が合うな、俺たち」
「俺もそう思う!」
 三人はいっせいに笑いあった。すると、水分がこんなことを言った。
「私も醒徒会になって、より良い学校づくりをしたいです」
「俺もそう思ってたところだ!」と龍河が言う。「俺は頭が良い方じゃねェけどよ、楽しい学園生活の為なら全力で働いてやるぜ!」
「俺もいつか醒徒会に立候補したいな。自分の異能を活かした仕事をやりたい!」
「あん? お前にピッタリな仕事は、やっぱパシリじゃねぇのか?」
 水分が思わず吹き出してしまう。文句で言い返した早瀬を、龍河がアームロックでぎりぎり締めてからかっていた。
 この三人が醒徒会として再会するのは、三年後のはなし。





 遠藤雅は大学から双葉学園に入学した、稀な生徒である。
 昨日双葉島に到着し、あてがわれていたアパートに入居した。時刻は午前二時手前。暗闇の中に浮かび上がる、明るいコンビニエンス・ストアから出てきた。
 袋の中にはカップラーメンと飲み物が入っている。コンビニから離れて、家路に着こうとしたときだった。
 コンビニの裏手から、ごそごそと物音がしたのだ。
 ――何かいるのかな?
 興味の沸いた彼は裏に回った。
 駐車場の隅に、何か黒い物体が蠢いている。ゆっくり近づいてみたそのとき、この異形はギロリと真っ黒な眼球を彼に向けた。
「うわあ!」
 彼はしりもちをついた。そして驚愕する。
 常識ではありえない大きさの「カラス」だった。彼の体を覆い尽くしてしまうぐらい、このバケモノは大きい。
「何だよ、何だよこれ!」
 カラスは鋭いくちばしを、彼の頭目掛けて振り下ろした。彼はたまらず目を瞑った。
 と、そのとき。雅の背後から、小さな少女の影が。
 背後から飛び上がった少女は黄色い瞳をしていた。両手から爪を生やしており、雅の目の前に着地すると同時に切り裂く!
 ギギッと悲鳴を上げて仰け反ったカラスを、少女は思い切り蹴った。カラスは駐車場の壁面に背中から衝突する。少女は走って、さらに追い討ちをかけた。
 深夜に猫の鳴き声が轟いた。カラスは少女の爪によって全身をズタズタに引き裂かれ、絶命する。
「ふうっ」と、カラスを倒した少女は額の汗を拭った。
「おつかれ、みくちゃ」
「うん、上出来だね。あとは早く猫耳が出せるといいね」
 戦っていた少女に続き、もう二人、別の女の子が現れた。少女のお姉さんだろうか?
「ま、こんな下級ラルヴァ、大したことないわよ」
 と、少女は優雅に言ってみせる。
「あたしたちが戦い方教えてやってんだからねー!」
「一人ぼっちだったらこうも上手くはいかないかもね」
「うん! いつもありがとう、お姉ちゃん!」
 そして、しりもちをついたまま呆けている雅のことを、少女は見た。
「あんた、誰?」
「・・・・・・え、その」
「あんたのような弱っちい一般人が出る幕はないの。おとなしくお家に帰ってなさい?」
 口の過ぎる末っ子に、次女が「こらこら、みくちゃ!」と注意する。
「こいつはこういう子なんだ、許してやってくれ!」
 そう、長女らしき人物が雅にウィンクしてみせた。
 三人は深夜にも関わらず、楽しそうに談笑しながら闇夜に消えていった。
「なんだ、あの子」
 随分と小生意気な子供だった。雅は立ち上がってぽんぽん埃を払うと、ビニール袋を持つ。
「まあ、どうでもいっか、あんなの」
 遠藤雅は口笛でも吹きながら、アパートへ戻っていったのであった。


 彼は自分の素晴らしい異能に気づくことはなく、半年で双葉学園を退学した。


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