【Tutorial Days】


 この作品は「双葉学園での生徒の一日の流れとその周辺情報」を大まかな形で解説してみようという狙いで書いてみたものですが、あくまで私(この話の書き手)の解釈によるものであり、他の作者の話の設定を拘束するものではありません。
 書き手の方が具体的な事柄を参考にしていただければ作者としてなによりですが、基本的にはあくまでこのシェアードワールドの舞台の雰囲気を感じ取る一助としての話以上のものではないです。


◎プロローグ
 マンモス校である双葉学園を擁する東京湾の学園都市島、東京都双葉区。
 その立地条件ゆえに自然と学生が生活の中心となるここでは、平日と休日では街の様相はがらりとその姿を変える。
 特に男子寮が集中しているエリア、その朝方の繁忙と閑散との差は砂漠の昼夜の寒暖差もかくやの圧倒的な落差だ。
 さて、その閑散期たるある日曜の朝方、学生たちの寝溜めのまどろみが数多の寮からあふれ出て生じる気だるい空気の中、一人の少女がバス停のベンチに座って男子寮の方に強い視線を向けていた。
 やがて一人の少年がある寮から姿を現し、慌てた様子で少女の下へと駆け寄ってきた。
「遅い!」
 少年が口を開こうとするより先に叱りつける少女。
「ごめんなさい、宮子姉ちゃん」
「待ち合わせだって約束なんだからね、ちゃんと守らないと。…ってまあ本当なら私もここまで細かいことは言いたくないけど、叔母さんからあんたのこと頼まれたからこれからはちょっと厳しくいくわよ」
「えー?せっかく口うるさいお母さんから開放されるって思ったのにー」
 第一声が叱責だったものの、少女は本気で怒っているわけではなく、それを端から承知の少年もすぐに少女に軽口を叩く。
 少女の名は結城宮子(ゆうき みやこ)。そして少年の名は結城光太(ゆうき こうた)。先程の会話で分かるように二人は従姉弟同士であり、かつ家同士深い交流があったため姉弟に近い程に親しい間柄だった。
「で、今日の用って何?」
「光太はここに来てまだ間がないでしょ?だからここの暮らしがどんなものなのかこの私が今日一日で色々教えたげるわ」


◎双葉学園と他の学校の違い
「まだバスが来るまでちょっと時間があるわね…」
 時刻表を一瞥した宮子は「じゃあバスが来るまで前置きの話をしようか」と光太の隣に座りながら言った。
「ここも日本にある日本の学校には違いないから、ここでの学生生活も外と変わらない部分も多いわ。でも、光太もちょっとは分かってると思うけど違ってるところは全然違うんだけどね」
 双葉学園での生活をまだそのさわり程度でしか知らない光太であったが、それでもその「違い」の凄さは身をもって実感していた。
 力強く頷く光太の姿に苦笑しながら、宮子は再び口を開く。
「さて、ここで問題。ここの生活の他との違いはその多くが二つの原因から生まれてるわ。その二つが何か答えて?」
「うーん…」
 考え込む光太。いわゆる腕白タイプなので頭を使うのは正直あまり好きではないのだ。
「ヒントいる?」
「いいよ、自分で考えるから…『ラルヴァ』と『異能者』?」
 「姉」の前でいいところを見せたい一心でヒントも拒み、どうにか回答をひねり出す。
「うん、正解。よくできました」
 宮子はにっこりと微笑むと光太の頭を優しく撫でた。嬉しい、と素直に思う光太だったが、同時にそれ以上のもやっとした感情が押し寄せ、反射的にその手を振り払ってしまう。
「もー、子ども扱いしないでよ」
「光太がお姉ちゃんより大人になったら考えたげる」
 だが、その感情の流れも宮子にとっては掌のうちなのか、彼女は驚きもせずやんわりと受け流す。
(なんだかんだいってもやっぱ宮子姉ちゃんは大人だなあ)
 とますます心中の憧れが強くなる光太だった。
「で、話を戻すけど、これからここでの一日の流れを説明するんだけど、さっきの事を頭に入れて聞くと分かりやすいと思うわ。あと、重要なところは後で箇条書きにしておくからしっかり覚えとくのよ」

  • 「ラルヴァ」と「異能者」の二つが双葉学園での生活の特殊な部分の大きな原因である。


◎住居と通学手段
 平日の朝方には満員電車さながらの人口密度となることもある学園行きのバスだったが、今は座席もがらがらで弱い冷房が心地いい環境を提供している。
「この学園都市島もまだできてから十何年ってところだからここ出身の子ってのはほとんどいないわ。たいていが私たちのように他所から来た生徒ばかり」
 バスに乗って人心地ついたところで早速講義再開となった。
「事情があって家族ごと来た人とか自分で部屋を借りる人もいるけど、ほとんどは寮生活を選ぶことになるわ。つまり双葉学園の学生の主流派は寮生活者ということになるの」
「へー」
 と一応頷くが、光太にはいまいち実感が湧かなかった。確かにクラスでも大半が寮生だけど、だからといってそれだけで何か空気を共有できるかというと全くそんなことは無い。寮生活についての話がかみ合わないことだって決して珍しくないのだ。
「まあ文字通り寮にもピンキリあって一概にこれってのは言いにくいんだけどね。なにしろ基本的に異能者の学生は皆ここに集めることになってるから寮の必要量の予測が立てられないんだって。そのせいで割と場当たり的に作ってるせいでいかにも安っぽいものとか逆にどこのホテルだーってのとかがごちゃまぜ。今じゃ寮の規則を統一することすらままならない…って話」
 ちなみに光太のは割とましなところよ、その分お金かかってるけど。そういやその叔母さんに「口うるさい」ってどうも光太には感謝の気持ちが足りないみたいね…と話は本筋から段々ずれていき、それと同時に宮子の表情が先生モードから説教モードへと遷移していく。
「そ、そういや女子寮のほうはどうなの?」
「うーん、ピンキリなのは変わらないわよ。でも、一応全体的に女子寮の方がしっかりしてるのが多いみたい。主にセキュリティとかでね。女の子だし色々間違いがあっちゃ困る…そう、光太みたいな女の子を追い掛け回すような奴対策のためよ」
「…ひどいや宮子姉ちゃん…」
 藪を突いたら蛇が出たという感じか。そりゃ確かに硬派とは程遠いと言う自覚はあるけど、まさかそんな風に言われるなんて…。
「あー、そのまあ、言いすぎた、ごめんね」
 涙目の光太に手を合わせて謝る宮子。更に頭なでなでもプラスし、ようやく光太は笑顔を取り戻した。
「うん、それじゃ話を続けよっか。この双葉区では今旅客用の電車は運行してないの。だから主要な交通機関は私たちも毎日使ってるこのバスということになるわ。もちろん距離によっては歩いたり自転車を使う方が便利な場合もあるし、高等部以上の人はバイクや車を使う人もいるわ。もちろんそんなにいっぱいいるわけじゃないけど」

  • 学生の大半は寮生活者。ただし寮の設備や雰囲気は千差万別。
  • 電車が無いため公共交通機関といえばバス。


◎授業について
 学園最寄のバス停で降りるともうすぐ目の前に双葉学園の正門が広がっている。今は日曜なので閑散としているかと思いきや、練習を行う運動部の面々や併設する様々な研究所の職員が行きかい、思ったより賑やかであった。
「…というかオレがこないだまでいた学校の放課後と同じくらい人いるよ」
「なんてったってここは一学年二十六クラス構成だからねえ。普通の学校と比べちゃダメよ」
 肩をすくめる宮子。とりあえず光太のクラスがある棟を目指して歩きつつ宮子の講義は続く。
「国語とか社会とかいった授業自体は外と全く変わりは無いわ。ただ、一般の生徒と違って異能者には自分の異能を使いこなすための特別授業があるのよ」
「えー、オレたち異能者だけ授業長く受けなきゃいけないの?」
「当然でしょ、対ラルヴァ戦の戦力として異能者を育成するのもこの学園の目的の一つなんだから。だから戦闘系の異能者には戦闘訓練の授業もあるのよ」
 ふんふんと頷きながら聞いていた光太がそこで「あれ?」と首をひねった。
「でもオレ今まで授業時間は前の学校と同じだったけど。え?ひょっとして夏休みや冬休み短くなるの?」
「お、いい質問ね。基本的に中等部までは異能者用の特別授業といっても異能者の心構えといった座学だけ。大して時間も割かれてないから光太だけ休みが短いってことはないわ」
「よかったー」
 安堵の表情の光太。
「というかそもそも中等部以下の異能者は対ラルヴァ戦に投入されることは無いのよ。もちろん醒徒会の人のようにとても強かったり特殊な異能を持ってたりする場合はまた話が違ってくるけど」
「え、そうなの?」
「義務教育だからなのかな、とにかく中等部までと高等部からとでは結構違ってくるわよ。例えば高等部では単位のとり方も柔軟になってるの。ざっくりと言うと授業休んでもかなり手厚くフォローしてくれるわ」
「うわぁ、羨ましいなあ」
 と妙に幸せそうな顔の光太を見て嫌な予感がした宮子は一応釘を刺しておくことにした。
「…ごめん、言い方間違えた。というか事情があるときだけよ、ずる休みしても大丈夫とかそんな都合いい話なんて無いんだからね」
「うっ…」
(本当に図星か…)
 あまりに都合のいい思考に宮子も呆れるばかりである。

  • 一般生徒と異能持ち生徒とは一部カリキュラムが異なる(異能の訓練・戦闘訓練等)。
  • 基本的に対ラルヴァ戦に中等部以下の生徒が出ることは無い(当然、巻き込まれることはありうる)。


◎学生の昼食事情
「もう一歩も歩きたくない…」
 その後、学園の地理を覚えているかの試験と銘打って一週間分の授業で回る教室を順番に回らされた(間違えたら最初からやり直しという罰ゲーム付き)光太はすっかりヘトヘトになっていた。
「何情けないこと言ってるのよ。そんなんじゃここの生活やってけないわよ」
「そんなこと言われても…」
「まあそれはこれからの課題って事で、ちょうどいい時間だしお昼食べましょ。学食でいいなら奢ったげる」
「ホント!?」
 ついさっきまで疲れきって俯いていた姿はどこへやら、キラキラと目を輝かせてこちらを見上げる姿に、
(全く現金な奴なんだから)
 と宮子は小さくため息をついた。
 一番近くにあった食堂(なにぶん巨大な学校なので食堂も幾つもある)に入ると、ちょうどどこかの運動部の昼食タイムとかぶってしまったのか八割方席が埋まっていた。
「うわー、盛況だね」
「そう?さすがは日曜日、昼時にしては空いてる方だよ?」
「マジ?」
「マジです」
 光太はA定食を選び、特に何を食べたいというのもなかった宮子もそれに合わせる。
「そういや光太は学食は初めてなのよね」
「オレらは給食だからね。こういうのってちょっと憧れるな」
「憧れと現実は違うものよ~」
 からかうような口調の宮子に「どういうこと?」と光太は小さく首を傾げて尋ねた。
「ここの学食は安い割にはそこそこおいしいって事で万年金欠の学生たちには大評判なのよ。平日の昼時にはそんな飢えた学生たちがあらゆる食堂に雪崩のように押しかけてくるわ」
「……」
 その様を想像したのか見る見るうちに顔が青ざめる光太。
「宮子姉ちゃん、オレ高等部になったら昼飯は外で食べるよ…」
「それも一つのアイデアね。そうしてる人も結構いるわ。でも計算してみてよ、光太のお小遣いで毎日外で食べれる?」
「う…」
 困り果てた光太の姿を見て宮子はクスクス笑っている。結局最初からこうなることは分かっていたのだろう。光太は抵抗を諦め、
「…これからはちゃんと体を鍛えます」
 と白旗を上げた。

  • 双葉学園の学食はそこそこの美味しさだが安い。そしてとにかく混雑している。外で食べると美味しい店も多いがその分高い。


◎放課後の過ごし方
 腹を満たした二人はしばらく学園の様々な施設を回った後、学園前の商店街へと向かった。
「放課後も基本的にやることは外と変わらないわね。部活に行ったり家や塾で勉強したり。高等部からはバイトも基本的に自由にできるようになるわ」
「部活かあ…どんなのがあるの?」
「同好会とかそんなのも含めれば数え切れないくらい。ここならではってのなら…例えば格闘技系の部活の中にはスポーツとしてでなくて実戦で使える技術を売りにしているのもあるわ。あと、超科学系の異能者も多いからそっち方面の研究をしたりする部活もあるわよ」
「うーん、オレはそういうのはいいかな。やっぱオレ的には運動部、スポーツで大活躍して人気者になりたいなーって思ってるんだけど」
「やる気があるのは嬉しいんだけどねえ…」
 と言葉を濁しながら宮子は視線をそらしこめかみの辺りを軽く掻く。
「…まあすぐに分かることだしね。光太、残念だけど異能者は公式戦に出るのは無理よ」
「はあっ?」
「仕方ないじゃない、世の中には無体な異能ってのもあるのよ。剣の腕がある人に未来予知の異能がついたら…というか実際にそんな人いるんだけど、普通の人じゃ剣道では絶対にその人には勝てない。ボクシングとかに階級があるように試合にならないもの同士は同じ場にいちゃいけないの」
「そんなぁ…というかオレの異能試合には役に立たないよ」
「そんなも案山子もないわ。いちいちその異能が試合に有利過ぎないかどうか判定しろっての?異能の存在自体が一般には隠されてるってのに」
 まだ納得がいかないのかふくれてそっぽを向いている光太だったが、
「…異能者ってのはこれはこれで窮屈なものなのよ、光太」
 異能者として生きるならこれらの制約にきちんと向き合いそして受け入れてほしい、そう宮子は思う。
「例えば私たちは勝手にこの島から出ることはできない。というかここが島なのも、陸上との交通が橋一本だけなのもそれも含めて全部が異能者の存在を一般社会から隠し通すための手段なの」
「…だからあの時オレが来たことにすごくびっくりしてたんだね」
「そうよ。そんな私たちのことを収容所に入れられてるようなものって言う人もいるわ。私も客観的に見て必ずしもそれが全部間違ってるとは思わない。でもね、少なくとも私やナオがここに居るのは、居続けるのは仕方がないからとかそんな理由じゃないの。だから…」
「うん、分かったよ」
 光太は宮子のすぐ側で彼女の顔をじっと見上げていた。
「オレもここに居続けたい理由があること思い出したから。だからもう細かいことでぐちゃぐちゃ言わない」
「あんたは昔からこうと決めたらとにかく頑固だったよね」
 そういう宮子の口調はどこかほっとしたような、それでいて少しばかり困ったようなものだった。
「まあ、ポジティブシンキングは悪いことじゃないわ。この島から勝手に出れないのだって悪いことだけじゃないしね。生活に必要な品はこの島の中だけで手に入るようになってるし、カラオケとかの娯楽施設もこれでもかってくらいあるのよ」
「じゃあ里帰りとか出なきゃここ出る必要ないじゃん」
「ま、私たちにそう感じてもらおうと思ってるのかもね、上の人とかは」

  • 部活や同好会は多種多様なものがある。どうしても望みのものがなければ仲間を募って同好会を作るのもよい。
  • 異能者は基本的に公式試合には出ることはできない(事と次第によっては例外もありうる)。
  • 異能者などに関する機密を守るため学園都市島には勝手に出入りできない。
  • その代わり、島内だけでほしい物やサービスは大体手に入るようになっている。


◎異能者の戦い
「後は…ああ、あれを忘れてたわ」
 指折り数えていた宮子はそういって首を縦に振った。
「ここはどういうわけか外と違ってラルヴァの出現頻度が高いわ。遭遇確率は意外と無視できない確率って話よ。そういうときの対処は転入手続きの中で聞いてるはずなんだけど…」
「うん、風紀委員の人に連絡するんだよね」
「そうそう。ちなみにこの生徒手帳、身分証明や電話・メールの機能だけじゃなくて驚くぐらい多機能よ。もっともその機能全部使える人なんて見たことないけどね」
「あの説明書全部読める人なんていないって。オレも思わず『広辞苑かよ』って突っ込んだもん」
(私と同じだ…)
 ひょんなところで自分の血脈を意識させられる羽目になった宮子だった。
「ラルヴァにも色々な種類があるわ。キノコと一緒で半端な知識でどうこうしようとするくらいなら逃げたほうが絶対いいわね」
「オレも戦闘系の異能者じゃないんだしそんなことはしないよ。…そういや、なんでラルヴァをやっつけるのが風紀委員なの?」
 はた、と宮子の言葉が止まる。「そういや考えたことなかったわね」と呟き、少し考え込んでから彼女は再び口を開いた。
「正確に言うと風紀委員だけじゃ手が足りないんで戦闘系異能者も頑張ってるんだけどね。そうね、なんでなのかな…学内の治安維持をしていた組織が対ラルヴァ戦に一番適任だったからなのかな」
「どういうこと?」
「悪いことをした異能者の生徒を捕まえるのも風紀委員の役目よ。もちろん、その相手が戦闘系の異能者であっても例外じゃないわ」
「ということはそういう人たちより強いって事?」
「そうよ。警察と一緒で『負けちゃいました』じゃすまない仕事なの。だからそれだけの覚悟と力を持った人間が集まってるわ。まあその分自分にも他人にも厳しい人が多くて嫌ってる人もいるんだけどね」
「うーん、あまり関わりあいになりたくないかなあ」
 あまり真面目とは言いがたい光太にとっては良くない第一印象だったようだ。
「普通にしていれば問題はない…はずよ」
「今語尾がおかしかったよね」
「意外と細かいわね…何事も例外はあるってだけよ。あと、風紀委員はこの島の治安維持が第一の任務だから学外でラルヴァが出て大人の異能者の手が足りない場合は、風紀委員じゃなくて戦闘系の異能者でチームを組んで行くことが多いわ。時には泊りがけになったり外国まで行った人もいるって話よ。午前にした話はあくまでこういう時のものなんだからね」
「え?学生なのにそういうこともするの?」
「異能者ってのはどこでも手が足りないものなのよ。まあどうしても嫌ってのを無理やりふん縛って連れて行くってのはないからそこは安心していいわ」

  • 双葉区ではよくラルヴァが出現する。
  • 双葉区でのラルヴァ・異能者に関する事件は基本的に風紀委員が対処する。
  • 学外でのラルヴァ出現については戦闘系異能者を中心としたチームを組んで出撃することもある。


◎エピローグ
 いつの間にやら太陽も西空にその位置を移し、講義の終わった二人は帰途へつくこととなった。
「あー、まさか全国大会で大活躍して人気者になるって野望がパーになるなんて。次の手考えないとなー」
「そんなに人気者になりたいの?私から言わせればただ窮屈なだけに見えるけど」
「宮子姉ちゃんは女だから分からないんだよ。男ってのはいつもでっかい夢を抱えてるもんなの」
 そう口を尖らせる光太だったが、
「そんなこと言ってどうせ人気者=モテるとか考えてるだけでしょ」
 と突っ込む宮子の目をまともに見れないのでは説得力皆無である。
「…ま、いいわ。どうしてもと言うんならお姉ちゃんがちょっとだけならなんとかしてあげられないでも無いんだけど」
 あからさまに目をそらす光太の様をニヤニヤと眺めていた宮子だったが、何かを思いついたのかそう切り出してきた。
「なんとかってどうするのさ」
「私がちょっとした魔法を使うの。今だけの期間限定セールよ」
「また宮子姉ちゃんの嘘八百だ」
 見せつけるようにため息をつく光太。
「言いたいことあるならはっきり言ったら?」
「一人が持てる異能は一種類だけ。オレだってこのくらいは当然知ってるよ。治癒異能使いの宮子姉ちゃんがそんな魔法だかなんだか使えるわけないじゃん」
「誰が異能の力って言った?」
「え?」
 思いがけない切り返しに驚いて宮子の方に向き直る光太。宮子は自信に満ちた表情で
「お姉ちゃん力(ちから)よ」
 そう告げた。
 ――光太がまだ幼かったころ、唯一年の近い親族だった宮子に構ってほしいがために自分の手に余ることはみんな宮子にお願いしていた。それは得てして宮子の手にも余りそうなことだったが、世話好きな宮子は決して断らなかった。そして、そういう時宮子は決まって「お姉ちゃん力でなんとかしたげる」と鼻息荒く宣言していて――
「ちょっと、何か反応してよ。こっちが恥ずかしくなってきたじゃないの」
 と睨んでくる視線が甘酸っぱい記憶に浸っていた光太を現実に引き戻した。
「で、どうするの。信じるオアビリーブ?」
「それどっちも一緒じゃん!…はあ、本当に人気者になれるなら願ったりだしやれるもんならやってみてよ」
「明らかに信じてないわね。後で泣き言言っても知らないから」
 そう言うや否や宮子は電光石火の早技で光太の額にでこピンをお見舞いした。
「はい、これでよしっと」
「ねえ、これ絶対魔法とかじゃなくてただでこピンしたかっただけでしょ?」
「あら、最初から信じてないんじゃなかったっけ?」
 と光太の抗議などどこ吹く風だと言わんばかりに宮子は笑った。


 翌日。
(確かに人気と言えば人気だけど…)
 いつもと同じように朝を迎え学園の正門をくぐろうとした光太だったが、その一瞬後には待ち構えていた一群にもみくちゃにされていた。
「な、なんなんですかこれは一体」
「あれ、結城君から話は聞いていないの?僕たちは結城君と同じくクラスの代表でね…」
 とその高等部の少年は学生証にメールを呼び出して光太の方に差し出した。

 ――ところで、新高等部生オリエンテーションの改善案レポートは進んでますか?まだって人にちょっとした提案があるの。ちょうどうちの従弟が転入して来たばかりなんで話を聞いてみたら(中等部だけどそこは勘弁して)何か参考になるんじゃないかな?本人も願ったりだって乗り気だからこき使ってやって。――

「で、悪いけど俺たちの話を聞いてここの新入りとして意見をもらえないかな」
「君はまだ知らないだろうけど、高等部の新入生や転入生にいかにこの学園の特殊な部分を説明するかは学園にとって重要課題なんだ」
「ちょっと、この子いっぺんに話しかけられて困ってるわよ。ねえ、光太君だっけ?締切迫ってるからっていきなり押しかけてごめんね」
(…そういややけに高等部のことの説明が多かったよなあ…)
「イエキニシナイデドウゾコキツカッテクダサイ」
 光太はそうぼんやりと考えながら周囲からひっきりなしに掛けられる声に半ば自動的に頷き続けていた。
 お互い相手の手の内はよく理解していた。『やれるもんならやってみてよ』とまで言っておいてここで断ったりなんかしたら後で何をされるか…
(うう、宮子姉ちゃんひどいや……)

  • マンモス学園である双葉学園では善きにつけあしきにつけ何事も大事になりやすい。



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最終更新:2009年10月05日 01:21
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