【駅員小松ゆうなの業務日誌 3日目】


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 ※ラノ版は後日用意します


「シンコウーッ!」
 若い機関士はしっかり右腕を伸ばし、青信号に指を差した。
 この列車はJR京葉線を経由してやってきた、物資輸送の貨物列車である。機関車や貨車のほとんどはJRと共用しているが、中継点となる場所できちんと双葉学園鉄道の職員と交代をしている。JRの職員が島内に入ってしまうようなことはないのだ。
 この機関士はもともとJRに勤めていたが、異能者であることから双葉学園鉄道に引き抜かれた。まもなく終点の双葉学園駅である。EF210型電気機関車の1001号機――愛称「白虎」号は徐々にスピードを緩めていった。
 しかし。
 若い機関士は、視界の向こうにはっきりと点灯をしている「赤」を認める。
 認めたその瞬間には非常ブレーキをかけていた。鉄道員は、赤信号を絶対に守らなくてはならないのである。


 双葉学園駅に配属されている小松ゆうなと六谷純子は、駆け足で線路上を進んでいた。
「またラルヴァが出たんですってねぇ、六谷さぁん」
「ま、たまには仕事もしないとな。暇しないのはいいことだ」
「もう、六谷さんったらぁ・・・・・・」
 長い黒髪をぱさぱさ弾ませながら、小松は呆れ顔を見せた。この上司は真面目で熱血なところもあれば、いい加減でがさつなところを見せるときもある。良くも悪くも、表向きは男の人みたい。自分がしっかり面倒を見なければいけないときがある。
「それにしても、『真っ赤なラルヴァ』って何なんだ? 私は聞いたことないぞ、そんなもの」
 六谷は、無線から流れてきた機関士による報告を思い出していた。
 事務所で執務についていたとき、機関士が運転指令を呼び出したのを傍受した。防護発報を鳴らしていたので、ただごとではないとは直感していた。
「防護発砲って、付近の列車を一斉に止める信号のことですよね?」
「正解。線路に何か異常を見つけたときとかに、安全のため、その列車が一定の区間を護るんだよ」
 しかし機関士は、それからこう要領を得ない報告を始めたのだ。
『真っ赤なラルヴァが線路を完全に塞いでいる。機関車が衝突してしまった。どうしようもない』
 若い機関士はすっかり動転しており、運転指令もいらいらしながら応答していた。
 現場は双葉学園駅の近く。とりあえず、駅員が現場に急行してみるしかなかった。


「ろ、六谷さぁん・・・・・・!」
 と、小松はあんぐりと口を大きく開けて、絶句した。
「な、な、何じゃこりゃあああ!」
 と、六谷でさえも素っ頓狂な声を上げてしまった。
 真っ赤な壁が、トンネルを塞いでしまっているのだ。
 ご丁寧にも、一ミリの隙間も作らずトンネルの断面に合わせて線路を塞いでいる。赤い壁は強く発光しており、それは自分たち鉄道員が日ごろ見ている「赤信号」を連想させた。
「機関士さんの言ってたことは、何一つ間違ってませんでしたねぇ・・・・・・?」
「どーすりゃいいんだよこれ。フン、厄介なことになったなぁ!」
 そう六谷は大声で怒鳴ると、壁から数歩ばかり離れた。まるでマウンドに登ったピッチャーのように、コンクリートの枕木を靴で均す仕草を見せた。
 六谷が何を始めようとしているのかを、小松はその仕草を見ただけで理解した。
「六谷さぁん、まさか・・・・・・?」
「だって、こんなんとっととどうにかしてやんないと、どうにもなんないだろ?」
 制帽をポイと投げて小松に渡す。長い茶髪をばさっと後ろに振り回すと、両腕を真っ直ぐ壁に向かって突き出した。
「ぶっ壊しがいがあるってモンよ、小松ゥ!」と、六谷は不敵に笑った。
 真っ直ぐ伸ばした手の先に、黒い球体が現れる。それがばちばちと火花を散らしたとき、六谷の柔らかな茶髪がドンと天を向いた。
「キャノンボール! この私に空けられぬ穴などないッ! FIRE!」
 爆音が爆ぜ、小松は思わず両耳を塞ぐ。弾丸は全く逸れたりすることなく、赤い壁の中心に向かっていった。
 ところが、壁に衝突した弾丸は傷一つ与えることなく、粉々に砕け散ってしまったのだ。
「えっ、ええっ?」
 信じられないものを六谷は見ていた。自分の誇るべき大砲が通じなかった。どんなものに対してでも風穴を開けてきた自分の弾丸が、まるで砂団子をコンクリートの壁にぶつけたかのように、粉々に散ってしまったのだ。
「ろ、ろ、六谷さんのキャノンボールが通用しないなんてぇ・・・・・・」
 小松が震えながらそう言ったとき、六谷は呆けた表情のまま、その場でがくりと膝をついた。
 そして、六谷は赤い壁の上の辺りに「顔」があるのを見つけてしまった。「顔」は六谷にこう言った。「へっ」と嘲り笑いながら。
「今なにブツケタノ? サッカーボール? こんなんで俺をぶっ壊すとか、冗談デショ? いい年こいて子供の遊びのつもり?」
 その瞬間、六谷の両目に涙がぶわっと沸いた。


 結局現場の人間ではどうにもならないことが判明し、最後の手段として、鉄道局は学園に「救援」を依頼した。双葉学園鉄道の存在は公にしないのが決まりごとであったが、万策の尽きた今、仕方の無いことであった。
「事務室で電話してきましたが、もうすぐ学園生徒がやってくるそうですよ、六谷さん?」
 六谷は線路の隅っこで体育座りをしてうつむいていた。
「苦肉の策として、醒徒会の人がやってくるそうです。まあ、なんとかなりますよう」
 六谷はげっそりとした表情のまま、小松のほうを向こうとしなかった。
「いい加減にしてください六谷さぁん!」と、小松が声を荒げる。「キャノンボールがこの壁に通用しなかったぐらいで落ち込みすぎですぅ! そんな女々しい六谷さん、私の知ってる六谷さんじゃありません!」
「だって・・・・・・だってぇ・・・・・・」
 ぐすぐすと、とうとう六谷は泣き出してしまった。
「私の自慢の遠距離攻撃が通用しなかったんだぞ? ターゲットも崩せないようで何が砲台だって話なんだよ小松ぅ。昔はこんなんじゃなかったのにぃ。昔はもっとすごかったのにぃ。ぐすっ・・・・・・。悲しいったらありゃしないよう・・・・・・」
「ニンゲン誰でも歳はトルンダヨ。花は枯れるんダヨ」
 壁がそう言ったとたん、六谷はわぁっと両手で顔面を覆った。小松が「あなたはちょっと黙ってなさぁい!」と怒った。
 それから、小松ははぁっとため息をつく。そりゃあ、女の子している六谷もかわいくてそそるものがあるのだが、やっぱり自分にとって六谷は頼りがいがあって、カッコいい男の人のようでなければならないのである。
「にゃはは。学園の真下にこんなミステリアスゾーンがあったなんてねぇ、びっくりだよー!」
 と、ここで後ろのほうから女の子の声が聞えてきた。学園の生徒だ。
「醒徒会の加賀杜紫穏だよー。何か手に負えないって聞いたからアタシが来たよー・・・・・・って、また懐かしいラルヴァが出てきたねぇ!」
 目を丸くした加賀杜に、小松はこうきいた。
「このラルヴァが何なのか知ってるんですかぁ?」
「赤壁だよ」と加賀杜は答える。「基本的に人を襲うことはないけど、この子は理由があって電車の邪魔をしてるんだ。線路をさえぎってるのは、たぶん何か大きな災難が待ちうけていたからなんだよネ」
「じゃあ、この壁は災難から列車を護ってくれたんですかぁ?」
「そゆこと。にゃは」
 そのことを知った小松は「こんなラルヴァもいるんだぁ」と感心しながら、赤壁に手をついた。どうもありがとう、とにっこり満面の笑みを見せる。
「お前さんAダッシュかい? 無理してブラジャー付けなくもイインジャネ?」
 などと言った赤壁を、小松はガスガス右足で蹴りまくった。
 だが、そのとき赤壁がうっすらと輪郭を失って、透明になる。それを目撃した小松はえっ? と驚いた。
 機関車の眩しいヘッドライトが小松たちを照らす。ずっと塞がれていた先のほうが、ようやく確認できたのだ。赤壁は自分たちのところだけではなく、少しはなれた機関車側のほうにももう一枚あったようである。向こう側の機関士たちが「おおー!」と歓声を上げたのを小松は見た。
 そして、壁と壁の真ん中にいた「黒い影」を、機関車のライトは浮かび上がらせた。
 目が一つしかない、真っ黒な人型ラルヴァがいたのだ。そいつはレールやら信号機やらをたくさん手に取って、「食べて」いるところであった。
「鉄を食べまくるデミヒューマンのラルヴァだねー。あとでハイジ先生に名前教えてもらおっと」
 と、加賀杜が楽しそうに言った。
「・・・・・・つまり、こいつのせいで危うく列車が脱線するところだったと」
 六谷が怒りに震えている。もしも赤壁が危険を知らせなかったら、機関車はレールを無くした軌道に突っ込んでしまい、大事故を起こすところだった。下手したら国の事故調査委員会が動き、非常に厄介なことになるところであったのだ。
 現行犯を目撃された黒いラルヴァは一つ目をぎょろぎょろさせて、鉄道員たちによる怒りの視線を浴びて焦っている。
「この悶々とした気持ちを、お前に叩き込んでやる・・・・・・!」
 ラルヴァはヒィッと悲鳴を上げた。赤壁に散々コケにされた六谷は、今一度、「キャノンボール」を放つため異能力のチャージを始める。
 すると、加賀杜が六谷の肩に触れた。加賀杜の力の恩恵を受けた六谷は「おっ、おっ、おおっ!」と興奮しながら、小松にこんなことを言いだした。
「この感じ、久しぶりだなぁ・・・・・・!」
「ど、どういうことですかぁ、六谷さぁん?」
「ふっふっふ。よーく見ておけよ小松。これが『火の玉ジュンコ』とまで恐れられた私の、学園生時代の全盛期の力だぁ!」
 伸ばしきった両手の先から、いつもの黒い弾丸ではなく「太陽」が具現し、小松は「すごーい!」と驚愕した。小さな太陽は色鮮やかなフレアを発しながら、ぐつぐつと燃え上がっている。
 鉄道に損害を与えたラルヴァは覚悟を決めたか、キシャーと大きな口をぱっくり開け、六谷に食らいつこうとした。しかし彼女は臆することなく、入魂の一球をぶっ放す。
「キャノンボール! 私の花はまだまだ枯れてなどいないッ! ファイヤああああああ!」
 六谷の魂の叫びがトンネルに響く。怒りの赤い弾が真っ直ぐ突き進む。
 火山弾のごとく飛んでいった火の玉は、ラルヴァに見事命中した。こうして悪はバラバラに砕け散ったのであった。


 そして、双葉学園鉄道の技術員らによる復旧作業が始まった。
 ところが、またしても問題が発生する。線路が繋がったのはいいが、赤壁と衝突してしまった機関車が再起不能となってしまっていたのだ。
「駅に着かない限り、機関車交換はできないなあ・・・・・・」
 と、腕を組みながら六谷は言った。
「どうにかして動かして、駅に放り込みたいところですねぇ」
 小松が何となくそう言ったのを聞いて、六谷は「そうだ!」と叫び、パチンと指を鳴らす。「お前の異能は、物を引っ張り上げるバカ力だったな?」
「うへぇ? そうですけど・・・・・・六谷さぁん、まさかぁ・・・・・・?」
「ああ。そのまさかだ、小松」
 六谷はニッと嫌な笑顔を後輩に向けた。


 いったん事務室に戻って運転指令に電話を入れてから、六谷はホームに戻っていった。
「そろそろやってくるころだな・・・・・・?」
 六谷のそう思ったとおり、ちょうど貨物列車は双葉学園駅にやってきた。
「うんしょー! うんしょー!」
 何と小松がロープを腹に巻いて、後ろに下がりながら貨物列車を引っ張ってきたのだ。一応加賀杜が小松にしっかり触れており、本人が出すことのできるそれ以上の牽引力を発揮している。
「ぷっ・・・・・・ぶわっはっはっは!」
「何笑ってんですかぁ六谷さぁん!」
「だって、だって、お前のような小さな女の子が、何千トンもある貨物引っ張ってきて、すごくシュールな光景で、ぷぷ、あーっはっはっは!」
「ひどい! ひどすぎます! 六谷さんがやれって言ったのにぃ!」
「ごめんな小松ぅ、何と言うか、この鉄道はお前がいれば、機関車は一台もいらないなぁ? がーっはっはっはっは!」
 かくして、双葉学園鉄道で足止めを食らっていた貨物列車は、何とか目的地に到着することができたのであった。


「・・・・・・あー、その、小松。そろそろ出てきてくれないか?」
「嫌です! 六谷さんなんて大キライです!」
 六谷は、小松の引きこもっている寝室の前で途方に暮れていた。散々笑い倒したあの後、小松がへそを曲げてしまい、仕事を全てボイコットしてしまったのだ。
「私が悪かった。腹がよじれるぐらいに笑って悪かった。だからそろそろ出てきて晩御飯作ってくれないかなぁ・・・・・・?」
「知りません! 勝手に冷蔵庫にあるもので何か作ってください!」
「頼む。ごめん。本当にごめん。心底反省している」
「キライ! 六谷さんなんて大キライ! 早くどっか行ってくださいこの変態! おっぱい! 石川啄木!」
 どうにもできない六谷は、呆然として立ち尽くすしかなかった。


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