【X-link 2話 part3】

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Xーlink 2話 【Kiiller Queen(s)】part3



「で、なんでこんな植物も動物もいないような所に来たんですか? 」
 谷に入っておおよそ1時間が経過した。繋は、岩道を歩きながら、ずっと疑問に思っていた事を喜多川にぶつけてみる。何しろ、この別れ谷というところは枯れ谷で、植物はいないし動物もいないし川も流れていない。歩いていて余り楽しいものではなかった。奏は当初は喜多川博夢にちょっかいを出していたものの、彼女の受け答えが余り面白い物ではなかった為か、すっかりやる気を無くしてその口を閉じ、ることはなく何故かフルートを演奏しながら黙々と歩いてる。立浪みくなどは「騙された」だの「こんなはずではなかった」だの不平不満をあげていた。
 だが、そんな事を言いつつもみくは久々の姉と遠藤雅との遠出を楽しんでいるらしい。繋にはそのように思われた。

「『女王蜘蛛』の一件は知っているか? 」一拍置いて、喜多川が口を開く。彼女はGPSを見ながら先頭を歩いて行く。
「はい、まあなんとなくですけど」
「その事後調査というやつだ」

 『女王蜘蛛』の一件は繋も知っていた。大雑把に言えば双葉学園から大量の異能者達が投入され、女王蜘蛛を倒したという事件である。繋のクラスからも生徒会副会長である水分《みくまり》理緒《りお》が投入され、そこで何とあの<ワンオフ>という、ーーこれも語弊を覚悟で大雑把に言ってしまえば上級をさらに超えるラルヴァーーを仕留めたという大戦果を上げたらしい。真実に関してはもっと複雑なものがあるのだが、戦闘に参加する事の無い一般生徒である繋の認識はこんなものだ。
「あれ、その作戦て喜多川先生は参加してないんですか? 」
「私には戦闘能力も無ければ戦闘補助能力も無いからな。現地に行っても役に立たないから行ってないよ。学園内での作戦立案には参加したがな」
「そうなんですか。でも、事後調査ってもう他の人がとっくにやってるんじゃないですか? 」
「それは当然だ。だが、私としてはその結果にいくらか疑問があってね」
「はあ……。で、どこまで行くんですか私たち?」
「城だよ、蜘蛛の女王の城。最も、もう崩壊してるって話だけど」
「崩壊してる城まで行って何するんですか? 」
「一つだけ確認したい事があってね。すぐに終わるよ」
「そうですか……」
 はっきり言って、繋には結局の所、喜多川が何をしたいのかがわからない。というよりもどうもその辺を喜多川が言うつもりはない、という事がわかったので黙って歩く事にする。もう一つ、彼女が何故白衣を来たまま谷を進んでいるのかが気になってしょうがなかったが、それは聞かないでおく事にした。
 景観というものを楽しめる要素はこの別れ谷には全く無かったが、遠藤雅と立浪姉妹と話していると結構楽しかったし、奏の演奏はいいBGMになっていると言えた。立浪みきは当初はかなりこちらを警戒していたらしく、まともに会話できなかっが、ここまでにそれなりに打ち解ける事ができた。遠藤雅に関しては、まだ今いち不審なところがあったが、立浪姉妹は愛らしく楽しい二人だ。だが、繋には立浪という名前にやはり気になる所がある。どこかで聞いた事があるような、ないような。喉の奥に魚の小骨が刺さっているような引っかかりを感じていた。


 さらに道を進み、繋達は広い場所に出る。だいたい野球のグラウンドくらいの広さがあり、そこからは景色がよく見えた。
立浪みくははしゃぎ、駆け出す。
「ねえ、お姉ちゃんもマサも音羽さんもこっち来なよ、景色が凄い奇麗だよ〜」彼女はぶんぶんと大きく手を振り繋達に呼びかける。
「あんまり崖のほうに近づいたら危ないよ、みくちゃ」立浪みきと遠藤雅もみくの方に歩いて行く。
 繋もみくの方に歩いて行こうとした時だった。繋は喜多川博夢の様子がおかしいという事に気がつく。
 彼女は立ち止まってGPSを見下ろしたまま動かない。
「どうしたんですか先生?突然立ち止まって……」
「GPSが使えない……」そう言うと、喜多川は携帯電話を取り出し操作も始める。だがこちらも使えないようだ。彼女はすぐに電話をポケットにしまうと口を開いた。
「みんな、自分の学生証でどこかに電話をかけてみてくれないか! 」
 普通ではない様子の喜多川の指示に、5人は慌てて学生証を取り出し、操作する。だが5人とも通信はできなかった。
「あうう〜。先生、どういうことなんですかぁ? 」立浪みきが不安そうな声をあげる。
「学園から離れているこの状況、そして通信が不可能になる。あり得るとは思っていたがまさか本当に来るとはな……。天地君、音羽君、この状況に覚えは無いかな? 」
「この状況って先生、まさか……」忘れる訳も無い。2週間程前、繋と奏、それに彼女の友人の鈴木《すずき》千香《ちか》、そして菅《すが》誠司《せいじ》が巻き込まれ、ラルヴァと交戦したあの事件の事だ。
「そのまさかだろうな。やはりきたか」

 『やはり』というのはどういう事かと繋が聴こうとした時であった。
 空間が歪み、ラルヴァが現れた。

 それはあまりにも卑猥な形をしていた。
 女性の繋が口に出すのが憚られるようなもの。心の中であれは『魚肉ソーセージ』だと何度も言い聞かせる。しかもそれは無闇に大きかった。およそ3mはあるだろう。しかもそれはそれはまるで蜂のような羽をはやし、さらには胴体と針をもってブンブンと空を飛び回っているではないか。
 遠藤雅は思わず後ろからみくの目をふさぐ。あんなものを小学生に見せるわけには絶対にいかない。
 立浪みきはそのラルヴァに見覚えがあった。それはかつて彼女が姉・立浪みかとともに学園のアイドルとしてして君臨していた頃に戦ったラルヴァ、『リンガ・ストーク』。彼女達が戦ったものよりもサイズは小さく、かつて戦ったものは飛ばずに八本の足で歩いていたという記憶はあるが、あの卑猥な形を忘れられるはずもない。

「やあ、こんにちは。随分『ご立派』じゃないか、マーラ様! 」
 思わず目を背ける面々に対して、天地奏はあろうことかその卑猥なラルヴァに話かけていた。馬鹿もここまで行くとご立派なものだと繋は多少感心した。
「吾輩はマーラという名前ではない! ……まあいい、命令を実行する。死んでもらうぞお前等全部な! 」
 そう言うとそのラルヴァ、便宜上マーラ様はご立派な身体を傾けて砲塔を喜多川に向けた。そしてそのご立派な身体がさらに膨張し、赤く染まった次の瞬間、砲塔が輝き、真っ白な光のビームが発射された。
 轟音とともにビームは地表へと激突する。もうもうと土煙があがり、ビームが照射された地点は見る事ができない。まさか、喜多川博夢は蒸発してしまったのだろうか。
「喜多川先生! 」
「何かな? 」
 繋が悲鳴を上げると、その後ろから声がする。それは紛れも無く喜多川博夢だった。彼女は顔色一つ変える事も無く、煙草の煙を吐き出すと、携帯灰皿に灰を落とした。
「先生、何で……」
「わからないかな。私の能力はテレポートだ。最も、これはオマケみたいなものだがな」
 そう言われて繋は彼女が今朝現れた時の事を思い出す。喜多川が突然現れたのはテレポートによるものだろうし、龍河弾と奏に上から水をかけたのは、恐らく彼らの頭上にテレポートした喜多川の仕業によるものだったに違いない。

 喜多川博夢は無事だったが、それがマーラ様の怒りに油を注いでしまった。
「貴様、テレポート能力者か」
「ああ、まあ厳密には違うけどね」
 頭上を飛び交う卑猥な魚肉ソーセージに蜂の胴体と羽のついた悪夢のような化け物にも彼女は全く動じる事はない。何でもないというように応対すると、実に旨そうに煙草をくわえる。
「では貴様は後回しだ、他の奴から消してやる! 」
 うねうねとそのご立派な巨体を左右に揺らしながらそう言うと、マーラ様は次のターゲットを見定める。その視線?の先にいたのは立浪みくだった。
「随分殺しやすそうなチビじゃないか。いいだろう、お前から消してやる」
「なんですって!この立浪みく様をなめんじゃないわよ! 」
「みく、よせ! 」
 雅の制止を振り切ってみくは飛び出すと、戦闘態勢に入る。その瞳が金色に染まり、頭からは猫のような耳が出現した。
「みくちゃ、気をつけて! 」
みきもみくと同様に猫の力を発現させて戦闘態勢に入り、その手にはムチが出現する。だが、そのみきの姿にマーラ様は目をつけた。
「おい、お前! その姿、その武器。間違いない『血塗れ仔猫』だな。吾輩のデータにあるぞ、『血塗れ仔猫』。猫の力を発現させるラルヴァで青いムチを持つ。データでは双葉学園の生徒を数人殺害した後に始末されたとあるが、どうやらこのデータは間違いだったようだ、何せ今吾輩の前にこうしているのだからな、『血塗れ仔猫』は」
「えっ!? 」
 その言葉にみきは絶句する。まさかあのラルヴァから『血塗れ仔猫』の名前を聞く事になるとは。そしてそれを妹や遠藤雅以外の人間に知られてしまうとは。
 それは立浪みきにとって、
 最も忌まわしい名前で
 最も忘れたい名前で
 しかし絶対に忘れられない名前であった。
「違う、私は『血塗れ仔猫』なんかじゃない。『血塗れ仔猫』なんかじゃ‥‥」
 みきは自らの肩を抱き、ぶるぶると震え出す。あの事件はもう終わったはずだ、自分はもう新しい一歩を踏み出しはじめたはずだ。そう、あの優しかった姉はもう戻ってはこないが、可愛い妹と一緒に、もう一度この双葉学園で、友達を作って、楽しい学園生活を……。
 そのみきの視界に繋の姿が入る。みきと繋の目は合う。

 音羽繋が自分を見る目は得体の知れない化け物を見る目だった。

「いやぁあああああああ!!」
 立浪みきの泣きながら絶叫する姿を見て、繋は立浪姉妹について全てを思い出していた。繋が3年前に中等部に入学した頃、立浪姉妹は学園のアイドルだった。面識は無かったが、繋も立浪姉妹の活躍はよく聞いたものだ。しばらくして、立浪姉妹がラルヴァと交戦中に行方不明になったと聞いたが、その時は学園全体が沈んだものだった。
 そして、もちろん『血塗れ仔猫』についても知っている。これは忘れようも無い。繋の知人には幸いにして被害者は居なかったが、何人もの人間が『血塗れ仔猫』に襲われて命を落としていた。その後、生徒会によって『血塗れ仔猫』は撃退されたはずだ。しかし、それが立浪みきの事だったとは。衝撃的な出来事に、一瞬本当に立浪みきをあの『血塗れ仔猫』だと思ってしまった。繋には俄に信じられない事だ。繋の頭は混乱する。

「ははははは! 訳は知らんがこれは好都合だな。『血塗れ仔猫』、お前は吾輩の毒を受けて苦しみながら死ね! 」
 マーラ様は今度はそのご立派な身体ではなく今度は胴体をみきに向け、その先端についた針の狙いをみきに定めた。
「お姉ちゃん、逃げて! 」
 みくが絶叫するが泣き叫び、恐慌状態に成ったみきにその言葉は届かない。喜多川はテレポートでみきとマーラ様の間に割り込もうとするが、その彼女の足下を狙ってマーラ様のビームが照射され、それを飛んで避けたために彼女はテレポートをし損ねる。
「もう遅い、死ね! 」

 マーラ様の胴体から針が放たれ、まっすぐにみきに向かって進んで行く。だがその針がみきの身体に刺さる事はなかった
 奏が彼女を庇ったからだ。
 みくの前に飛び出た奏の腹にマーラ様の針が突き刺さる。
「ぐ、あぁ……」
 針が突き刺さった奏の腹からは止めどなく血が溢れ出し、その身体には毒がまわる。
「奏!」と叫び、繋が駆け寄る。庇われたみきの方は、何故奏が自分を庇ったのかがわからない。「どうして、どうして……」と呟くだけだ。その彼女にみくが抱きつき、後を追って雅も彼女に寄り添う。

「馬鹿な奴等だ、一塊になるとはな。吾輩がまとめて消してやろう」
 マーラ様はそのご立派な身体を繋達に向け、赤く膨張させはじめた。
「いや、そういうわけにはいかないな」
 その言葉は繋の目の前から聞こえた。喜多川が彼女達のまえにテレポートしてきたのだ。そして彼女は繋達に「全員私に捕まれ」と言い、全員が彼女に触れたのを確認すると再びテレポートを敢行した。6人の姿が一瞬にしてその場から消え去る。

「逃げたのか!? この吾輩に肩すかしを喰わせおって! 必ず見つけ出して殺してやるぞ! 」
 そう言うと、マーラ様は行き場の無くなったリビドーを近くの岩に向けてぶっ放す。白くて太いビームの直撃を受けた岩は跡形もなく消え去った。

     *
「奏! 奏、しっかりしないよ! 」
 喜多川博夢のテレポートによって繋達は先ほどの広場から、おおよそ五〇〇メートル離れた洞窟に転移した。
 マーラ様の針を腹部に受けた奏から針を抜き、応急処置をしたものの、血が止まらない。彼のパジャマは既に腹部から真っ赤に染まっている。おまけに針に毒があったようで、毒が全身に回り始めているようだ。
「血が止まらない‥‥」繋を絶望を包んでいた。
「いや、なんとかなるはずだ。遠藤! 」
「はい」
「やってくれるな」
「もちろんです」
 そう言うと遠藤雅は奏の横に座り、その傷口に両手を当てて念じ始めた。すると、彼の瞳が緑色に輝き、奏の傷が見る間に塞がって行くではないか。繋はその異能に聞き覚えがあった。『ヒーラー』、異能によって他者や自分の傷を癒す、異能の中でもかなりレアな能力。まさか遠藤雅がそれだったとは。
「先生、もしかしてこうなる事を、戦闘になることを想定して僕を呼んだんですか?」雅の言葉には若干の険がある。
「ああ、まあなおかげで大事に至らなかった。良かったじゃないか」
「そういう問題じゃ……」
 雅が言いかけたその時だった。

 バシン!と乾いた音がした。繋が喜多川の頬をはたいたのだ。平手を喰らった喜多川は信じられないと言った表情で繋を見て立ち尽くしている。
「音羽君、何を……」
「大事に至らなくて良かったって、そういう問題じゃないでしょう! 戦う為に来たっていうのならいいけどね、あなたは欠席を不問にするとか、調査の助手とか、そんなペテンみたいな方法で私達を集めた! その結果が今の奏なんだよ、よく見なさいよ。あなたはあの服に付いた血を見て何も感じないの? 遠藤さんがいて確かに良かったけど、遠藤さんが直すまでに奏が感じた痛みについては何も感じないの!? 生徒を騙してこんな所まで連れて来て怪我させたって事に何も感じない!? それで良かったって本当に言える!? 」
 繋は激昂して一気にまくしたてる。雅たちもその剣幕に言葉を失うしかない。繋には自分が教師に手を挙げたなどという事まで考えていなかった。ただ、奏の辛そうな様子と彼が流した血、それを傷が治ったからといって「良かった」などと表情も変えずに言って退けたその喜多川の想像力の無さにどうしても我慢がならなかった。
「いや、すまなかった。私の想像が足りなかった……」
 喜多川は素直に謝り俯いた。
 怒りが収まらない繋は何かを言おうとしたが、その肩を奏が掴んだ。奏は繋の目を見てただ首を横に振る。

「もう、いいって」
「でも……」
「いいんだよ。反省してる美人を責めるのは俺の趣味じゃないしな」
 そう言って、奏は喜多川に笑いかけるが血が足りないせいかいつものような元気が無く、どことなく弱々しい。
 奏に笑いかけられた喜多川は一瞬、奏と目を合わせると、真っ赤になって俯いた。
「すまない……」
「いや、本当にもういいんだ。それに彼女の事も気になるしな」
 奏は無言で顔を立浪みきの方に向ける。みきは洞窟のすみで小さくなって震えて泣いている。みくがそれにすがりついていた。
「そうだ、あのラルヴァ、みきさんの事を『血塗れ仔猫』だって」
「違う、お姉ちゃんは『血塗れ仔猫』なんかじゃない!お姉ちゃんはおねえちゃんは……」
「いいよみく。僕が説明するから」
 雅はみくを制止するとじっと繋たちの事を見据えて、話始めた。
「彼女達はラルヴァの血を引いています。その力を発現させる事が彼女の異能なんです。確かに、立浪みきは彼女の中にあるラルヴァの力に飲み込まれて『血塗れ仔猫』だった事があります。でも、それは悪意を持った人間が作為的に起こした事だし、彼女は既に自分の中の『血塗れ仔猫』を倒していますから、危険はありません」
「でも、生徒会が『血塗れ仔猫』を倒したって言うのは? 」
「それは生徒会長がみきの事を考えて、そのように取りはからってくれたからです。そして今こうしてみきが学園に戻ったのも彼女に危険性が無い事を認めてもらった事の何よりの証拠です。理解してもらえませんか? 」
「そうか、そういう事なら……」
 繋はそう言うと、みきの前まで歩いて行くと、腰を屈めて彼女の手をとった。
「あの、さっきはごめんね? 私、さっきあなたの事を本当に『血塗れ猫』だって、化け物だなんて思っちゃった。でも、みきさんは化け物なんかじゃないよね?化け物ったらこんなに泣いてるわけないもの。自分が怖くて、自分の力が誰かを傷つけるのが怖くて、だから泣いてるんだよね?」
 繋はそこまで言って、みきの手をぎゅっと握りしめる。
「私は……」と言ってみきが顔を上げたその時だった。


「見つけたぞ貴様らぁぁあああああ!! 」
 その声と同時に洞窟内部に強烈なビームが打ち込まれた。奏はとっさに右側に転がり、それを避けた。ビームを打ち込んだのは見紛うはずもない、さっきのマーラ様だった。洞窟の外に浮いている。
「この野郎、良い所で水を刺しやがって! 」
「貴様、何故吾輩の針を喰らって生きている?出血だけでもじきに死ぬはずだったのに! 」
「ははははは! そんなのはこの俺が百年に1人の天才だからに決まってるだろうが! 」
 その場にいる全員が「いや、それは違うだろう」とか、今朝は「十年に1人の天才」とか言ってなかったかと思ったがあえて何も言わない。 

「まあ、いい。今度こそ吾輩の熱いリビドーでお前も、お前等も『血塗れ仔猫』も跡形もなく消してやろう」
「だからお姉ちゃんの事をその名前で呼ぶな! 」
 みくは憤懣やるかたないといった表情でマーラ様に殺到する。慌てて奏もそれを追い、みくの肩も掴んだ。
「ここは俺に任せとけって、お前は下がってろ」
「何言ってんのよ、あんたマサに治してもらったからって血が足りないでしょ? 私も戦うよ! 」
「ああ、もう強情な女しかいねーな……」
「天地君、洞窟の天井にビームが打ち込まれるとここは崩落する。外で戦ってくれ 」喜多川から指示が飛んだ。
「わかったよ。……しょうがないな、付いて来れないようなら置いて行くからな、仔猫ちゃん! 」
「アンタこそ足手まといになるんじゃないよ! 」
 その言葉に奏はふっと笑うとフルートを取り出し、操作を始める。フルートが発光するのを確認すると奏は息を吹き込む。

[transformation sequence start. GOD BRESS YOU]

 まばゆい光に包まれて白く輝く戦士=アールイクスが現れた。 

[transformation sequence compleat.  
 R.I.X standing by]

 そしてみくも猫のような耳をだし、金色に瞳を染め、そしてその手には金色の爪を出現させた。

「アールイクスか。それこそ吾輩の最も壊さなければならない相手。すぐにスクラップにしてやるぞ! 」
「うるせぇこの短小野郎! 」
「短小!? このご立派な吾輩に向かって短小だと!? 」
「美女の過去を掘りさげて痛めつけるなんて下衆な野郎を立派などと言った自分に腹が立つ! 」
 そしてビシッ! とそのマーラ様を指差した。

「お前の音《ノイズ》は耳障りだ!」


     *

 奏=アールイクスは奮戦していると言えるし、みくはその身体能力を活かしてマーラ様をかく乱し良く戦っていると言えたが、現在の所マーラ様のビームを避ける事に精一杯で防戦一方になっていた。
 その原因として、アールイクスもみくも空中の敵に対して有効な攻撃手段を持っていないという事があった。アールイクスの左手から発射される光弾はマーラ様に対しては牽制程度の威力しかないし、みくも迂闊に飛びかかると空中ではいい的になるだけなので、機会を伺ったまま、動けない。

 戦場はこう着状態だと言えたが、恐らく状況はこちらの方が悪いだろうと喜多川は分析する。アールイクスは魂源力を消費して動く関係上、そう長くは装着出来ない。さらに奏は先ほど大量に血を失っているので、動きに精彩を欠いている。みくも頑張ってはいるが、やはりまだ未熟なのか体力があまりないようだ。
 こうなると希望は立浪みきだったが、彼女を奮い立たせる言葉を喜多川博夢は持っていなかった。喜多川は子供の頃から天才児ともてはやされ、研究漬けの日々を送って来た。同年代の人間と遊んだ記憶など殆どないし、従ってこの絶望に打ちひしがれる立浪みきに何かをできるわけもない。先ほど、音羽繋に殴られた事と良い、今日の自分は駄目すぎるなと喜多川は思った。しかも、先ほど多人数を抱えてテレポートしたせいで喜多川は後2、3分はテレポートを使う事が出来ない。彼女はそれほど魂源力《アツィルト》を持っている訳ではなかった。
 立浪みきは今、繋の手を強く握って俯いている。

 埒のあかない展開に最初に業を煮やしたのはマーラ様のほうだった。
「ええい、お前等、ちょこまかと逃げやがって。埒があかん! 先に『血塗れ仔猫』方を殺してやる! 」
「まずい」と叫び、アールイクスがみき達の前に躍り出る。それを見てマーラ様が笑った、ように見えた。
「はははは! まんまとかかったなアールイクスめ! 吾輩はこうなるとおもっていたのだよ! 」

 ご立派なその身体を揺らし、その砲塔が奏の方に向けられる。だが、アールイクスはそれを避ける事が出来ない、避けるわけにはいかない。マーラ様の射線上にはみきと繋、そして喜多川に雅がいたからだ。今、奏が攻撃を良ければ後ろの彼女達が消し炭になってしまう。
「ああもう仕方が無い! こんな使い方は違うんだろうが」奏は胸のボタンとレバーを操作する。

[Final movement "JUDGEMENT SILVER SWORD"]

 マーラ様の砲塔が怒張し、その先端から白いビームが発射されるのと同時にアールイクスは胸から巨大な光弾を発射した。
 光弾はいくらかビームを減衰したが、それでも相殺するには足りなかった。アールイクスは両手を顔の前でクロスさせると、踏ん張ってそのビームに相対した。

 ビームの照射が止むと、その中からアールイクスが現れる。全身から煙を吹き出し、とてもまともな状態には見えないが、それでも踏ん張っている。
「なんで、なんで。今も、さっきも私なんかのために……」
 みかには自分が『血塗れ仔猫』だったと知っても二度までも自分を庇って怪我をするこの男が理解できなかった。自分をあの化け物だったと知って、何故二度も危険を承知で自分を庇ったのだろうか。先ほどは大怪我をしていたし、今度も全身から煙を吹き出して痛々しい。
「それは、まあ大筋ではさっきのお嬢ちゃんの演説と同じだな。この天才様の場合は美人はとりあえず助けるっていうのもあるけどな」
「さっきの、音羽さんの……」
「それともう一つ、俺は記憶喪失で過去がないから偉そうな事言えないけどな。取りあえず、身近なものくらいは守れるものなら守りたい。だから動くんだ。君にもあるんじゃないのか?守りたいものが。そしてそれを守る力が君にはあるはずだがな」

「まあいいや。戦いたくないのならそれでもいいぞ。この天才様があの短小野郎を仕留めてやるからな! ははははははは! 」
 奏がそう言うと、みきは何かを考えているように黙り込み、自分の手をじっと見る。
「みきさん………」
「みき。みくは君を守る為に今、ああやって戦っているんだよ」雅は奏を回復しながらみきに語りかける。
「私は、私の守りたいものは……」

「ところで天地君、何か勝算はあるのか? 」喜多川が奏に話しかける。
「ないな、あるとすれば俺の才能くらいかな」
「ないだと? 」
「ああ、アイツを仕留めるにはあの必殺技しかないと思っていたが、捕縛用の光弾を発射した以上発動しても当らないだろう」
「では、アイツを捕縛すればいいと? 」
「そうだな。ついでに上空から捕縛した奴を確認できるような処置をしてくれないと困る」
「捕縛に目印か。わかったいいだろう。君は外に出たら変形してそのまま上空に飛んで待機しているんだ。後は私たちでなんとかする」
「なんとかなるのか? 」
「ああ、必ずな」
「………わかったよ。じゃあなんとかしてくれよ」
 そこまで言うと、奏=アールイクスは洞窟を出て、大きさ4mもの巨大な剣に変形すると上空に飛び去って行った。

「おのれ、逃げる気かアールイクスゥゥ!! 」
 お怒りになったマーラ様は上空に向けてビームを乱射するが音よりも速く飛び去ったアールイクスにはとどかない。
「え、あの馬鹿逃げたの? 信じられない! 」
「まあいい、貴様だけでも殺してやるぞガキ」
「アンタなんて私だけで十分だってば! 」
 そう言うと、みくは横っ飛びでマーラ様の放ったビームを回避する。しかしその言葉とは裏腹に彼女の体力は限界が来ていた。今のビームもかなりぎりぎりの所を掠めて行った。
「では次、針でどうだ!」
「チっ! 」みくは針もかわすが、無理な姿勢で跳んだせいかそこで体勢をくずして倒れてしまう。
「あっけないなあ、チビ。これでさよならだ」
 マーラ様は砲塔を向ける。みくはもう避けられない。
 みくの頭には色んな人間が浮かんでいた。みかお姉ちゃん、みきお姉ちゃん、雅、それに学校の友達……。ここで終りなのか。せっかくみきが戻って来たのに。それだけは嫌だった。
「助けて、お姉ちゃん!! 」
 叫びながら、みくはぎゅっと目を瞑り、覚悟を決めた。

 だが、何秒経ってもビームが彼女に放たれる事はなかった。恐る恐るみくが目を開けてみると、マーラ様はムチでがんじがらめにされていて、身動きをとる事ができなくなっている。マーラ様を縛っているムチにみくは見覚えがあった。いや、その青いムチを忘れられるはずもない。それは立浪みきのムチだった。
「お姉ちゃん!! 」

 立浪みきは猫の力を全開にして、その青いムチでマーラ様を縛り上げていた。全身に力をこめ、歯をくいしばる。先ほど戦う事を決意した時に、不意に自分と雅、そして繋の身体が光り、それ以降何故か身体に力が漲っているのが不思議だったが、それが彼女に巨大なマーラ様を縛り上げる事を可能にしていた。
 全力でムチを握りながら、みきはとめどなく涙が溢れてくるのを感じた。

「私は、お姉ちゃんだから! 今は私だけがお姉ちゃんだから! もう私にはお姉ちゃんはいないから! だから私が、私の力でみくちゃを守るんだ! 」

 昔は自分は『みきお姉ちゃん』と呼ばれていた。それは勿論、もう一人の姉・立浪みかと区別をつける為だった。だが今、みくは自分をただ『お姉ちゃん』と呼ぶ。立浪みかはもういない。みくにとってみきはただ一人の姉になっていた。
 それが決意を作り、決意が力を与えたが、だがとめどなく涙が溢れてくる。

「お笑いだな『血塗れ仔猫』! ラルヴァが涙を流すとは! 」
「それがお前と立浪みきの差異らしいぞ。音羽君が言うにはな」
 縛り上げられた状態で巨体を揺らし、嘲るマーラ様がその声を聞いたと感じた次の瞬間、何か湿った白い布がマーラ様に被された。
「なんだこれは! 」
「ああ、ライターのオイルをしみ込ませた白衣」
「はあ!?  何をする気だ? 」
「燃やすに決まっているだろう」
 そう言うと、喜多川は火のついた煙草をマーラ様に投げつける。彼女はマーラ様の上にテレポートしていたのだった。
 火のついた煙草が白衣に付着したオイルに接触し、一気に炎上した。
「燃える、吾輩の立派なものが燃えているぅぅうっぅ」
「いや、なかなか粗末だと思うけどな。まあこれで捕縛も目印もOKだ。いいぞ天地君」

 次の瞬間、光のような速さで落下してきたアールイクスがマーラ様に突き刺さり、巨大な光の柱を形成した。

 その光景のあまりの痛々しさに遠藤雅は思わず前屈みになるより他になかった。

     *

 この一件があったせいで、調査は一旦中止になり、皆で谷を降りた。魂源力を使い切り、さらには貧血状態の奏はとてもじゃないが歩ける状態ではなく、遠藤雅が背負った。女顔で気弱そうな雅の意外な逞しさに繋は驚く。疲労困憊といった様子のみくはみきが背負った。ここだけ見れば、どこにでもいる仲の良い姉妹としか見えなかったが彼女達の壮絶な過去を繋は知ってしまった。勿論誰かに言うつもりなどは全く無いが、重い物を背負ったと思う。

 旅館に戻るとすぐに医者が呼ばれたが、奏もみくも大した事はないらしい。奏はその日の夕飯にはもう起き上がり「血が足りない! 」などといい、何杯もゴハンをおかわりしていた。一張羅のパジャマがもう使えなくなった事に憤慨していたが、旅館に置いてあった浴衣を着てご満悦の様子だ。旅館の浴衣は決してプレゼントではない。血まみれのパジャマを着て変える訳にもいかないだろうし、彼は明日どのようにして帰るのだろうか。と猛然と白米をかき込む奏を見ながら繋は思うのだった。

 喜多川博夢は旅館に帰り、医者の診断を聞いて問題が無い事を確認すると、旅館を出て朝まで帰ってこなかった。
翌朝帰って来た彼女に昨日の非礼を詫び、さらにどこに行っていたのか聞いてみる。
「昨日の件は私が悪いから君が詫びる必要は無い。調査に行ったが確認は終わった。10時がチェックアウトだからそれまでに準備しなさい」
と実にシンプルな発言だけしてすぐに自分の部屋に入って行った。自分たちが持って行った荷物は一体なんだったのだろうか。


 帰りのリニアでは喜多川はこんこんと眠り続け、繋達は大貧民をし続けた。ローカルルールを巡ってみくと奏が大論争を巻き起こしているのを見て、奏は溜息をつくよりほかない。行きと違う点としては、立浪みきが随分と自然な笑顔で繋達に接してくれるようになった事だろうか。その笑顔はかつて双葉学園のアイドルに君臨したという事が納得できるほど魅力的なものに見える。その笑顔を奏が放っておく筈も無かったので、繋は他の乗客に迷惑になる前に彼を黙らせるのだった。

 出発と同じ、双葉学園の校門前で解散となった。
 喜多川博夢は「ご苦労様。遠藤君はこれでここまでの欠席は不問だが、これからはちゃんと授業に出ないと単位は保証できない。天地君は済まなかったな。この詫びはいずれ」というとさっさと校舎の方に消えて行った。

 さらに、挨拶をして同じ方向に帰って行く立浪姉妹と遠藤雅の後ろ姿を見送りながら繋は口を開く。
「あーあ、今回は完全に足手まといだったな〜」
「足手まとい? 君が? 」
「何よその言い方。どう見てもそうじゃない」
「俺はそうは思わないけどな……」
 どういう事かと聞こうとすると、立浪みきが引き返して来た。
「あの、これだけはどうしてもいいたくて」
「え、何、どうしたの? 」
「私、音羽さんがあの時言ってくれた事、凄く嬉しかったです。ありがとうございました。また学園で会っても仲良くしてくださいね?」
「ああ、うん。それはもちろん……」
 繋が言うと、みきは一礼して早足で先を行く妹と雅を追いかけて行った。

「どういう事だろう? 」
「そういう事だよ。それがお嬢ちゃんの力なのさ」
 奏はニッと笑う。繋にはまだその意味がわからなかった。


     *

 双葉学園大学院理工学部喜多川研究室。
 ここのデスクでは喜多川博夢が一人、考え事をしていた。
 まず、女王蜘蛛の件だが、城の後を探索した事である種の確信を得た。しかし、彼女はそれを公表する気にはならなかった。それは彼女の科学者としての良心か同じ女としての同情かは本人にもわからなかったが。そもそも彼女の専門はラルヴァの塩基配列などを解析する『分子生物学』であって生態調査などは彼女の専門外だ。学術的にも彼女にメリットはない。使える物は拾った蜘蛛の死骸を解析することくらいなものだろう。

 そして、次の件は別れ谷で遭遇したラルヴァと今回初めて見た天地奏の『アールイクス』についてだ。抜け目のない彼女はラルヴァを撃退した場所からその死骸の一部とやはりあったトランプ、そして『アールイクス』の欠片を採集していた。
 今回のトランプは『スペードの8』。やはりあのラルヴァは『ダブル』であると見て間違いないだろう。
(前回はエレメントの『放浪炎』とデミヒューマンの『泥人形』でクローバーの4)
(今回はエレメントの『リンガ・ストーク』とビーストの恐らく『孔雀蜂《くじゃくばち》』でスペードの8)
 なんとなく見えて来たと考えるが、それより先は明日以降、きちんと解析してからの話だ。

 最後は天地奏に対する詫びをどうするかということだ。恐らく、普通の人間だったら何かプレゼントという形で表すだろう。しかし彼女は一度も異性に贈り物などした事は無い。彼女の頭のなかにつまっている膨大なデータベースのどこを検索しても答えはヒットすることはない。
 そして彼女ははたと思いつく。そう奏の『アールイクス』にあったものがいいだろう。バイクはどうだろうか。普通、ああいう見た目の連中というものはバイクに乗っている物だ。『アールイクス』にもぴったりだろう。


 ちなみに、彼女はこの3つの思考を並列に処理している。つまり同時に思考している。自分に関するあらゆるもの、思考や感覚や自分自身の身体すらもどこかにシフトして処理する事ができる異能。これこそが彼女の異能『パラダイス・シフト』である。

 喜多川は早速、思考を行動に移した。彼女の『バースナイン』としてのコネクションを無駄にフル活用し、『アールイクス』専用バイクを作成する為に方々に電話をかけ、メールを送り様々なものを発注する。彼女が一体何をする気なのかはわからない。しかしこの日本の、双葉学園にとんでもないものを持ち込まれるであろう事は間違い。
 喜多川自身は初めて異性に何かを送るという好意に気分が高揚していたがそれは彼女にはまだ自覚出来ない事だった。




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最終更新:2009年10月10日 00:30
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