【キャンパス・ライフ特別編1-1】


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  キャンパス・ライフ 特別編 『母さん、お国のために死んでまいります』


 僕は双葉学園の大学に通っている遠藤雅と申します。
 高校を出てからの進学先として、東京の私立大学を選択しました。しかし、その学校は普通の大学とは全然違ったものでした。
 僕の大学生活を語る上でまずしておかなければならないのは、『異能者』と『ラルヴァ』についてでしょう。
 この世界には『異能者』という人たちがいます。
 異能者たちは、『異能』という摩訶不思議なちからを持っています。例えば、身体を異能で強化して戦う人がいたり、数秒先の未来を見ることのできる人がいたりします。
 また、この世界には『ラルヴァ』という存在もあります。
 ラルヴァとは、一言で行ってしまえば「バケモノ」です。人間に襲い掛かってくるようなおっかないバケモノそのものです。
 僕は進学するまで『異能者』や『ラルヴァ』のことなんて全く知りませんでした。それが普通のことなのでしょうけどね。
 僕の通っている『双葉学園』はそう、異能者を育てる学校だったのです。
 そして、僕もまた『異能者』だったというわけです。

      1

 高等部校舎の近くに設置されている、カフェテラスにて。
「マサもだいぶこの学園に慣れてきたわね」
 僕と同じテーブルに座っている、小学生の女の子は言いました。
「そうだね。異能力やらラルヴァやら、そういうのさえなければ普通の学校と変わんないのにねえ」
「んもう! 何のんきなこと言ってるの?」
 チョコクッキーの甘い風味を楽しみながら言ったら、怒られてしまいました。
「双葉学園は遊び半分で異能者を集めてるわけじゃないのよ? ここは異能者を育てる学校。言い換えれば、戦争に行く兵士たちを育てるようなところなんだから」
「そ、そんなに大げさなものなのかい・・・・・・?」
「当然よ」と女の子はぷりぷりしながら腕を組みました。「いつラルヴァに襲われてもおかしくないようなところでもある。そうなったらねえ、島内に『サイレン』が鳴り響くんですって」
「さ、サイレン・・・・・・?」
 僕はぞくっとして呟きました。想像してみます。双葉島全体に響き渡る、叫び声のようなサイレンを。中学の頃に見た、戦争のドキュメンタリーを彷彿とさせられます。
「ホーフツなんて悠長なモンじゃないの! 本当にそういうのがあるの! この学校に来たからには、いつかは戦争だってありえるんだからね?」
 アイスティーをズズズとストローで吸いながら、女の子は僕を叱りました。
 この子は初等部六年生の「立浪みく」さんです。
 数ヶ月前に、深夜の住宅街でたまたま共闘したことから知り合いました。それ以来、単身での戦闘能力を持たない僕とともに行動しています。いわば「パートナー」です。
 体内に「猫」の血が流れており、戦闘時は猫の身体能力を引き出して戦うそうです。具体的には、爪を出して敵を切り裂いたり、グーでぶん殴ったりして戦うそうです。
 見た目は、撫でたら柔らかそうな栗色の髪の毛を肩のあたりまで伸ばしている、釣り目のかわいい女の子です。黙っていれば本当にかわいいです。僕はロリコンではございませんが、これでもう少し粗暴でなければ、文句なく百点満点でした。
「何か言った?」
 とんでもない地獄耳の持ち主でもあります。ほんと、こういうところキライです。
「少なくても聴力は、人間よりかは優れていてよ?」
 そう言ってから、みくは僕の頭をぶん殴りました。


 本日はお客さんの少ないカフェテラスですが、どうもよその席が騒がしいです。
「さっきからうるさい人たちねえ。って、あの人は・・・・・・」
「知ってるの? みく?」
 僕はたんこぶをさすりながら、彼女のぱっちりとした釣り目が睨みつけているほうを向きます。
 テーブルについている黒髪のきれいな女性に、なにやらとてもゴツい男子生徒がちょっかいをかけているところでした。彼は彼女にこう、堂々と言ってのけました。
「真琴さん、俺と、交際を前提に付き合ってくれない?」
 さすがは人間よりも優れている聴力です。みくは会話の内容を把握すると、ほっぺをかぁ~っと赤くしていました。
 どうやら男子生徒が女子生徒に告白しているところのようでした。
「青春だねえ。良いことだよみく」
「そ、そうね・・・・・・」
 先ほどの威勢はどこへやら。みくは視線をあっちこっちに移しながら、ちびちびとクッキーをかじっています。
「んで、あの人のこと知っているの?」
「女の方のほうは、星崎真琴さん。二年C組の十七歳。通称『御姉様』」
「御姉様? すごいあだ名だね。確かにそんなオーラは出てる気はする」
「私のクラスでも、女子寮から通ってる子はそう呼んでる」
 僕は真琴さんをあらためて見てみます。
 とてもキレイな人です。あと、何ですかあのけしからんおっぱい。
 我々男性は日ごろ街中を歩いていても、目を引かれるおっぱいと目を引かれないおっぱいというものがあります。
 目を引かれるおっぱいというのは、まず「大きい」ものが候補として上げられるでしょう。しかし、お化けカボチャでも詰め込んでいるようなむやみに大きなおっぱいはグロテスクなだけであり、そそることは決してありません。
 では、大きさの次に何が重要になってくるのか? 「形」です。
 これは重要です。「形」は魔力を秘めています。たとえ大きさが伴ってなくとも、「形」がよければ僕ら男性のおっぱいセンサーは確実にキャッチしてくれます。
 良質なおっぱいは雄の視線を釘付けにする「黄金比」のようなものが存在すると考えています。前から見ても、真横から見ても、真下から見ても、美しいものは美しい。一目見ただけで雷を打たれたように全身に衝撃が走ります。・・・・・・根拠なんかいらねえんだよ、男ならわかるだろ? 説得力がないだとか話が薄いだとか野暮なこと言うんじゃないよ?
「大きさ」と「形」を兼ね備えたおっぱいに、向かうところ敵無しです。
 だから、真琴さんのおっぱいは素晴らしい。諸事情でおっぱい好きとなってしまった僕を唸らせる良いおっぱいを、真琴さんは持っていますね。いやはや最近の高校生は恐ろしい・・・・・・。
「戯言はそれでおしまいですかー? ご主人さまー?」
「イタイイタイ耳を引っ張らないでみく。じゃあ、真琴さんに告白してるあの男の人って誰だか知ってる?」
 みくは、あのむさくるしい男子生徒をまじまじと見つめてみますが。
「知らない。あんなの」
「だろうなあ。僕だって知らないもの、あんな変なの」
 男子生徒は真琴さんの手をしっかり握って一方的に話しかけています。ていうか素晴らしいおっぱいが拝めないじゃねえか! どけよコラ!
「星崎さんはね、『テレポート』能力を持っているの」
「テレポートって、あのテレポーテーションかい?」と、僕はみくの顔を見ます。
「そそ。自分だけがテレポートしたり、相手だけをテレポートさせたり。すごいよね」
 それはすごい。要するに好きなところに移動することもできるし、嫌な奴を適当なところに飛ばしてしまうこともできるということだ。もちろん、異能は戦闘のために使うのであって、自分の好きなように使えるというわけではないのだろうけど。
「掩護能力や、チームの指揮能力はかなりの適正があるそうよ。せっかくだから、学園の代表人物としてマサも覚えておくことね」
 僕はやましい気持ちを抜きにして、もう一度真琴さんのほうを振り返ります。
 真琴さんは一人、優雅にお茶を飲んでいました。
 さっきのむさくるしい男は影も形もなく、どうしたことか忽然と消えていました。


 真琴さんがテレポーテーションを持っているように、僕にも不思議な力があります。
 僕は「治癒」を使うことができます。
 僕は自分が異能者であることが判明してからまだ日が浅いので、自分の力である「治癒」について、まだまだ知らないことがたくさんです。とりあえず、治癒というよりも「修復」に近い能力だということは分かりました。怪我だけでなく壊れた物も修復可能です。
 ひとつの戦闘につき、一度までが体力的に限界のようです。
 せっかくの希少なヒーラーなのですから、もうちょっと使えればいいのになあとは自分でも思います。何度も何人に対しても使用できてこそ、その真価が発揮できるものだとは僕も思うのですが。仕方のないことです。
「マサが努力して、何度も使えるようになればいいのよ」
 授業の終わりまで僕を待っていてくれたみくが、隣を歩いています。
「努力かあ・・・・・・。うーん、数ヶ月前まで一般人だった僕にできるのかねえ」
「やる前からそんなんじゃどうすんのよ! シャンとしなさいよシャンと!」
 みくのランドセルにまぶしい夕暮れの日差しがかかり、赤い色が隠されてしまいます。
 二人で一緒に学園を出ようとしたそのときでした。
『高校二年B組三浦孝和、至急職員室に出頭せよ! 繰り返す、三浦孝和は至急職員室に出頭せよ!』
 などという、乱暴な怒鳴り声が全校放送で流されてきたのです。
「三浦孝和・・・・・・?」と、僕は首を傾げます。
「だれ、それ」と、みくも首を傾げます。
「さあ・・・・・・?」
 僕らは一緒なって頭上に疑問符を浮かべていました。

      2

「『大学部に二人の癒し手有り、遠藤雅に星崎美沙』ぁ? ちょっと、何だよそれ!」
「あはは、これが学園生徒から君に向けられた期待ってやつなんだよ、遠藤くん」
「僕はそんな大げさな風に言われるような人間じゃないぞ・・・・・・?」
 げんなりとした顔をしている僕を、友人の「与田光一」くんは笑って見ていました。
 彼は工学部の人間で、ロボット工学を専門としている学生です。僕は今、工学部の研究棟にある、与田くんの研究室に来ています。
 入学式のときに知り合ってから、彼は僕の「治癒」に強い興味を示しています。治癒について僕以上に熱心になって研究し、僕が治癒を上手に使いこなせる術を教えてくれる、そんなとてもいい人です。
「治癒能力者はとても貴重なんだ。数千人は存在する双葉学園の生徒の中で、数十人いるかいないかだ。君のヒールはその中でも万能で、かつ強力なものだ」
 僕はこれまで自主的に訓練に参加したり、みくと共に戦闘に出たりしてきました。そんな地道な積み重ねが、まさか周りの評価に繋がっていたとは思いもしません。
「そうは言っても、僕はまだまだ『異能者』になりきれてない気がするよ」
「君は大学からこの島にやってきたからね。無理はしなくてもいいさ」
「周りの期待が大きすぎて辛い・・・・・・」
 与田くんがよこした椅子に座って、くるくる回りながら僕は言います。
「治癒」能力者である以上、みくの言っていたようにこれから大規模な戦闘が起こるようなことがあれば、僕にとてつもない期待がかかることでしょう。
 そうなったときが一番怖いです。僕はみんなが期待するほどヒールを使いこなせないし、異能やラルヴァについて知りません。何より、数ヶ月前まで一般市民だった僕に「戦え!」というのはいささか酷な話ではないかと弱音を吐いてみたりします。
「まあ、周りの期待とかどうでもいいことだよ」と、与田くんは言いました。「気楽に構えることさ。自分のやりたいように突き進むのみさ。自分がよければ周りはどうでもいい、それぐらいの図々しさを持っても僕はいいと思うよ」
 そう、与田くんは励ましてくれました。一人ぼっちでこんな特異すぎる環境に投げ出された僕にとって、与田という友人の存在は非常にありがたいものでした。
「ところで、与田くん。『星崎美沙』ってどういう人なんだい?」
「ああ、星崎か」
 突然、与田くんの態度が急変します。笑顔を消去し、ぶっきらぼうに呼び捨てで人の名前を呼んだのです。
「星崎は大学一年生だ。つまり、僕らと同期の女だ。君と酷似したヒーリング能力を持っている」
「じゃあ、与田くんのよく知っている人なんだ」
「ああ、よーく知っているさ。あいつは中等部のころからずっといるからね。ケガしたら『保健室に行くか、星崎の所に行くか』とまで言われたほどだ」
「そんな有名人と僕が同等のような扱いをされて、ホントにいいのかなぁ」
 背中に圧し掛かっているものがいっそうと重くなったのを感じました。母さん、治癒って素晴らしい能力だと思うけど、社会に出たらけっこう大変なんだね。
「与田くんは、星崎さんには『治癒』能力の研究を依頼しなかったの?」
「馬鹿言っちゃいけないよ。僕は女には興味が無い」
 僕は顔面を蒼白にし、大きく目と口を開いて与田くんのほうを見ました。
「冗談だよ。だいぶ昔に研究を依頼したが、嫌がられたんだ」
 それを聞いてどうしてか僕は、ほっと胸をなでおろしていました。
 ・・・・・・うん? 「星崎」? 
 この前、みくと話題になった「星崎真琴」さんと、何か関係があるのかな?


 そうして今日も遅い時間まで、与田くんの研究に付き合っていました。
 暗くなった大学の講堂前を、急ぎ足で進んでいました。早くアパートに帰らないと、夕飯を作って待っているみくがすねてしまうからです。
 そのとき、そんな僕の横顔をサッカーボールが直撃したのです。
 ぱーーーんと、僕の頭の中ではじける音がしました。
 真横にすっ飛んだ僕は、ぐしゃっと地面に叩きつけられます。「あぎゃあああ!」とみっともない絶叫を上げながらごろごろともがき苦しみます。
「うわー! どうもさっせんでしたぁー!」
 サッカーボールを拾った男子学生は、そそくさとその場から逃げてしまいます。
 高校生のころだったら、その場から大爆発したように走り出して、追い掛け回して、捕まえて、ボコボコにしてやるところでした。痛いよう・・・・・・。
「鼻血出てる・・・・・・ティッシュどこだっけ」
 そうして鞄の中をあさっていたときでした。
「こっちを向いてね」
 そう、誰か女の人がすぐ隣で僕にそう言ったのです。
 とたん、僕の両頬は女性の細い指先に包まれます。首を右にひょいと向けられます。
 すぐ目の前に「形」のいいおっぱいが飛び出ていました。絶景でした。しあわせでした。
「治癒」
 謎の人物はそう呟きました。その単語の持つ意味が僕にとってあまりにも身近すぎたので、僕はやや遅れて、いったい誰が僕に何をしているのかを理解したのです。
 鼻血はあっさり止まってしまいました。同時に、僕は確信を持ってその人の名を呼びました。
「あなたが、星崎美沙さん・・・・・・」
「いかにも」と、彼女は微笑みます。「私が君と同じ『治癒能力者』である、星崎美沙よ」


 僕らはその後、町の喫茶店に入りました。
「ホットコーヒーが二つですね。少々お待ちください」
 スカート丈の長い、黒いシックな制服。ふわりとそれに覆いかぶさる、白のエプロン。
 ウェイトレスさんは小さな頭を下げると、カウンターにいるマスターのもとへ行ってしまいました。とてもかわいかったので、もっと見ていたかったです。
「きみきみ。君のお相手はウェイトレスさんじゃなくてこの私よ?」
 と、美沙さんが不満そうに僕に言いました。とてもじゃないですが、僕と同年代に見えません。情けないことに、身長が僕より五センチほど高いようです。泣いてもいいよね? 170無いヤツは絶対に笑うんじゃねえぞ?
「失礼します。ホットコーヒーです」
 先ほどのウェイトレスさんが僕らのホットコーヒーを持ってきてくれました。びっくりするぐらい白くて滑らかな肌に、さらさらな白金の髪の毛をしています。思わずじっと見つめていたら、「くすっ」と首を傾けながら微笑んでくれました。
 喫茶『ディマンシュ』。
 うん、また来よう。みくに知られないよう、また今度一人でこっそり来よう。
「さて、あらためまして、初めまして。もう一人のヒーラーさん」
「あ、どうも。遠藤です。何か恐縮です」
「いいのよ、そんなに畏まらなくっても」
 この人が、僕と似たような『治癒』を使う星崎美沙さんか。僕とは違って、中等部からずっと双葉学園一筋だというのだから、ホント恐れ入る。
 そんな美沙さんが、同じ治癒能力者として少し話をしてみないかと持ちかけてきたのです。
 とても緊張はしますが、百戦錬磨のヒーラーの話を聞けることは僕にとって大きなプラスになるのではないかと思いました。
『保健室に行くか、星崎の所に行くか』と言われるぐらいだから、やっぱり治癒能力者はみんなからありがたがられるんだろうなあとは思います。しかし、僕は周囲の期待通りの活躍ができるかと問われると、自信が全然ありませんでした。
「そんなに心配しなくてもいいのよ。私たちは私たちの役割を果たせばいいだけ」
「その最低限の役割を果たせるかどうかも微妙なレベルなんですけどね。島に来た頃に比べれば、失敗はしなくなりましたけど」
「なら、十分」
 美沙さんは口元を少しだけ吊り上げて笑いました。そこらのチャラチャラした女子大生とは全然違う、どっしりと構えたお姉さんだという印象を受けました。
「怪我を治すことのできるヒーラーは、戦場では貴重な存在。私たちの動き次第で、絶望状況下からの形勢逆転も可能になる。とってもやりがいがあるわよ」
「でも、そういう場合って怪我人はわんさか出ますよねぇ・・・・・・?」
「ふふ。あなたが何を心配しているのか、わかるわ」
「体力的に不安です。僕は基礎的な体力はありますが、異能力的なスタミナに欠けていて、一度の戦闘に一度きりというぐらいが限度のようなんです。そんなんで、僕は周囲の期待にこたえられるのでしょうか?」
「私だってそんなに頻繁に使うことはできないわよ」と、美沙さんは言いました。「私だって無理なく連続で力を使おうとしたら、五分に一回ずつが限度になる」
 五分に一回ずつ。僕はコーヒーをすすりながら、なるほどなと感心しました。
 休み休みでやっていけばいいのか。てっきり大勢の負傷者をいっぺんに回復させることが求められていると思っていただけに、美沙さんの話を聞いて少し安心しました。
 僕はどれぐらいのペースでやっていったらいいのだろう? 今度、与田くんに協力してもらって把握しようと思いました。
「戦場で上手に治癒を使っていくコツは、『優先順位を素早く見極めること』」
「と、言いますと?」
「同じように血まみれになっている人が二人いたとしましょう。一人は血まみれでとてもぐったりしていて返事がない。もう一人は血まみれにもかかわらずピンピンしていて、セクハラなんぞしかけてくる。さて、遠藤くんはどっちを先に回復させる?」
「そりゃあ、死にそうな人でしょう。バカは蹴っ飛ばしてむしろ動けなくしてやります」
「正解。そう、それが優先順位を見極めるということ。簡単でしょ?」
 治癒能力者は連続で能力を使えるわけではない。だからこそ、数多くいる怪我人の中から誰を最初に治すべきか、ということを見極める必要がある。僕は真剣な表情をして、美沙さんの話を聞いていました。自分の実戦での動き方や、役割といったものがわかってきたような気がします。
「体力も大事。日ごろきちんと運動して、よく食べて、よく寝ることね。特に私たち姉妹は実質体力依存だから、こういう基本的な生活習慣を大事にしているわ」
 僕は自分のいい加減な暮らしを振り返り、恥じました。もしもみくがいなかったら、三食すべてがコンビニ弁当やらカップラーメンやらになっていたところです。
「戦場で『治癒』を使うときでもそうよ。疲れたなと思ったら、遠慮なく肩の力を抜いて休みなさい。お腹がすいていればたくさん食べなさい。許されるのであれば、ところかまわず眠りなさい。そういうメリハリはとても重要なことなのよ」
「勉強になります」
 そう言ったとき、天井のほうからピアノが聞えてきました。
「あ、これ聞いたことがある」そう言おうとしたら、美沙さんが「ノクターン。小粋ね」と微笑みました。
「ところで、話は少し変わるわよ」
 と、ここで美沙さんは真面目な目つきになります。
「遠藤くんは、『戒厳令』って言葉を聞いたことある?」
 クラシックを聴きながらコーヒーの香りを楽しもうとしたところを、止められました。
「頭悪いので細かいことは分かりませんが・・・・・・。非常事態ってとこでしょうか?」
「その認識で合ってるわ」と美沙さんは言います。「私たち大学生は、いざとなったときに現場を『指揮』することがあるの」
「は?」と、僕は変な声を出していました。「大学生って、そんなに重要な役回りが求められているんですか?」
「そうよ。今は平和な毎日が続いているから、誰もそういうこと考えずに学園生活を送っているけど。ま、それはそれで良いことなんだけど」
 と言ってから、美沙さんはいったん渋いコーヒーをすすりました。
「でもね、遠藤くんも今日まで学んできたように、世界は何も二十年前のように、完全な平和を取り戻したわけではない」
「今でもラルヴァの脅威があるということですよね・・・・・・?」
「その通り。だから、いざとなったら、遠藤くんはしっかりと自分の役割を果たして欲しい。今日はそれを伝えたくてあなたのところにやってきた」
 それから美沙さんから聞いたことは、僕がこの島にやってくるまでまったく知らなかった事実でした。
 双葉学園は有事のさい、僕の通っている大学部を中心として『軍隊』となり、発令中は島を支配するそうです。
 万が一戒厳令が発令されてしまうと、学園生は『学園からの外出禁止』『双葉区へのアクセス封鎖』『常時武装での臨戦態勢』『機密保全による秘匿行動』『学園自体の武装』の五つを基本とした行動指針に縛られる事となります。
 そして寮に住んでいない者は、学園食堂に併設されている宿泊用の大部屋で寝起きさせられます。身近な例で言うと、パートナーのみくは僕のもとから離れ、そんな生活に入らざるを得なくなります。
 そして僕はというと、小隊の指揮官となって指揮を執ることになるそうです・・・・・・。
 ははは、何だよそれ。狂ってるよ。いつの間にかBGMも、『革命のエチュード』の激烈な演奏に変わっていますし。
 戦争する学校なら、入学前に教えてくれよ。詐欺だよ。契約違反だよ。事前に教えてくれたのなら、考え直すなり、覚悟を決めるなりしたのに。
「遠藤くんは私と同じように『治癒』が使える。つまり、戦線を治癒で支えながら現場指揮の執る、私と全く同じような役割を学園から期待されている」
「だから、僕は双葉学園にスカウトされたの・・・・・・?」
「そういう理由もあるかもしれないわね」
 僕は美沙さんと目を合わせられずに、下を向いてしまいました。
 僕は大学生です。
 双葉学園の大学生です。
 つまり、それは異能者を育てる機関の、最高学府に位置しているということです。
 そんな僕らが有事の際に、率先して最前線に立ったり、高等部生の指揮を執ったりするということは、なんら間違った話ではないと思います。筋が通った話だということは、僕でも理解できます。
 でも。でも・・・・・・。
 美沙さんは優しく微笑んだまま、カップ片手に僕の話を聞いてくれます。
「僕は、数ヶ月前まで一般人だったんです。とてもじゃありませんが、自信がありません」
 僕は大学からこの学園に入った。十九歳から異能者となった。
 異能に関する知識も、ラルヴァに関する知識も、さらには戦闘に関する知識も、下手したら中等部の生徒のほうが僕よりも上を行っていることでしょう。そんな僕が、戦場で指揮を執れと。
「遠藤くん。君はどういうときに、人の怪我を治してあげたい?」
 と、すっかり気分の沈んでしまった僕に美沙さんがききました。
 僕は背もたれに頭を乗せ、しばらく返答を考えてみました。
 三枚羽のファンがその両腕を大きく広げているかのようにして、ゆったりとした速さで回っています。回転をしばらく見つめてから、僕は美沙さんにこう答えました。
「大切な人や大好きな人を、命を賭してでも守ってやりたいと思ったときです」
 美沙さんは、ん、と優しく微笑むとこう言いました。
「それでいいのよ」
 その笑顔から察するに、僕は正解を導き出せたようです。
「その強い気持ちがあれば、たとえどんなに経験に乏しくてもみんなの力になれるはず。だから、安心してね」


 美沙さんはコーヒー代だけテーブルに置くと、「また今度ね」と言って去っていきました。
 僕はというと、一人喫茶店に残されたまま、しばらく腕を組んで考え事をしていました。
「美沙さんのアドバイスはためになった。あと、やっぱりおっぱいは至高」
 同じ治癒能力者である美沙さんの話は、とても参考になりました。治癒にもきちんとした使い方とコツがあって、慣れれば最前線で戦っている学生たちにも負けない活躍をすることができるのです。
 僕も美沙さんのようにもっと自信を持つことができたらなあと、ちょっとした憧れを抱いていました。冷たくなったコーヒーを飲み干してしまおうと、カップに手を伸ばしたときでした。
 小学生ぐらいの女の子が、僕のことをじっと見つめていたのです。
 喫茶店には、さっきのキレイなウェイトレスさんと、初老のマスターしかいません。僕ははっとしてこう言いました。
「ああ、君がショパンを弾いていたのか・・・・・・」
 女の子は、こくこくとうなずきました。
 そして、ほんのりと赤い小さな手を差し出してきたのです。初め、それが何を意味するのかわかりませんでした。
「うん? 握手かな? お近づきの印かな?」
 そう言って伸ばした僕の手を、この子は何と払いのけました。そしてこんなことを言ったのです。
「拝聴料。何かおごってくださいな」
「・・・・・・」
 まあ、あのウェイトレスさんをもう一度間近で見られる機会となったからいいや。
 僕は女の子にメニューを渡し、手を振ってかわいいウェイトレスさんを呼びました。


 でも・・・・・・。
 まさか、僕と星崎美沙さんが「ああいう機会」で再会するハメになるとは、どうしてこのとき予測がついたことでしょうか。


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