【Mission XXX Mission-05 前編】


Mission XXX Mission-05
私たちの七日間戦争  ―五月ヶ丘決闘事件―




 双葉学園高等部二年N組。このクラスにとっての皆槻直(みなつき なお)の存在は、当初腫れ物も同然だった。
 ノースリーブのシャツとホットパンツの異彩を放つ姿をトレードマークとし、戦闘狂とも呼ばれるほどに実戦をこなす、男性と比べても際立つ程に背の高い女。存在そのものが異物と言われても仕方のない人間だった。
 その上、「異能で暴走族を全滅させてその罪を帳消しにするためにラルヴァと戦っている」、「ある有名政治家の隠し子で醒徒会も手を出しにくい存在」、「実は連続殺人魔で警察の目を逃れるため年齢を偽って学園に逃れた」等々あまりにうさん臭いが当の本人の行状を見ればなんとなく説得力を感じなくもない噂の数々も付きまとっているのだ。
 四月。彼女と同じクラスになる運命を告げられたN組の生徒たちは戦々兢々の面持ちでその時を迎えた。
 一直線に窓際最後列の席を確保し、何か声を掛けられるまでは無言を貫く彼女。
 一段高い視点から睥睨する視線には噂ほどの発火寸前の爆弾を思わせるような激しさは込められていなかったが、常に不機嫌そうな眼光は多くの生徒に理不尽な居心地の悪さを感じさせた。
 …先程「当初」と述べた通り、これは過去の話だ。現在――二学期では幾つかの過程を経てクラスの面々も直のことをそれなりに理解した。
 話しかければ普通に答えるし、それを望めば行事なども可能な範囲で協力してくれる。その不機嫌そうな眼光は相変わらずだったが、特に実害があるわけではないのでそういうものと認識された。
 直の方もできる範囲でクラスに合わせ、かくしてN組は平穏を手に入れたのだ。
 さて、前置きが長くなってしまったが、ここからが本題となる。
 N組の面々は一つだけ勘違いをしていた。
 直は別に不機嫌だった訳ではない。元々そういう誤解を与えやすい目付きをしていただけなのだ。
 彼らは今そのことをひしひしと実感していた。
 クラスの最後列から静かに押し寄せる息苦しくなるような重圧を感じながら。



    一日目

「お早う、ナオ。それにしてもさっきのあれ、ちょっとびっくりしたよねー…ってあれ?」
 勝手知ったる何とやらと言わんがごとく、ノックもなしに直の部屋に上がり込んで来たのは彼女の後輩でありなおかつ一番の親友である結城宮子(ゆうき みやこ)である。
 ちなみにさっきのあれというのはつい十分程前に起きた地震のことだ。地震大国である日本では人は自然と地震慣れする。震度四程度の地震では――地震が少ない外国では普通に大騒ぎになるレベルだ――いつもの日々に一味加えるスパイス、あるいは会話の切り出しのちょうど良い素材がいいところだ。
「なにこれーーー!?」
 宮子は思わず叫んでいた。
 ワンルームの部屋の中は強盗団か台風が通り過ぎたがごとく床もよく見えないほどに物が散乱している。
 そしてその中央では部屋の主たる直が力無く座り込んでいた。
「どうしたの?」
 宮子は肩を落とし心なしか小さくなった感もあるその肢体にこわごわと声をかけた。
「……地震で…」
 途方に暮れた口調で答える直。
 ああそういうことか、と宮子は乱雑な直の部屋を思い起こしつつうなづいた。
「仕方ないわよ、ちゃっちゃと片付けちゃいましょ」
 …結局、片付けは数時間にも及び、この日の予定(と言ってもただのウィンドウショッピングだが)はあえなく中止とあいなった。
「だからいつも整理整頓しとかなきゃって言ってたのに」
 近場の喫茶店でパフェをぱくつきつつ直に愚痴る宮子だったが、実のところここまで長引いた一因は「ついでだからいらない物は処分しちゃいましょ」と言い出し勝手に仕事を増やした宮子自身にもあるのだ。
「…そうだね」
「そうよ。適当に物を入れてるから置くところがなくなって棚とか箪笥の上まで物乗せる羽目になって、それで今日のようなことになったのよ」
 もっとも宮子本人はそういう認識は欠片ほども抱いていないらしい。ごく自然に駄目出しモードへと移行しとうとうと語り始める。
「いや、面目ない」
「うーん、やっぱりナオは衝動買いが多すぎるのかな。漫画だって途中で終わってるのばっかだし」
「…そう?」
 対して直のほうはどうにもテンションが低い。まあ失敗を晒して今日の予定を台無しにした挙句説教タイムなのだから無理からぬことではあるのだが。
「というか前大掃除したときから一月くらいしかたってないはずなんだけど」
「あの時は本当に掃除だけで物はほとんど捨ててなかったはずだよ」
「それにしたって限度ってもんがあるわよ」
 普段からよっぽど気になっていたのか、宮子の駄目出しは止まる気配がない。
「正直寮暮らしの私からしたらナオが羨ましいよ」
「…そう?」
「物一つ買うにも一旦立ち止まって考えないといけないのよ。そう、今のナオに必要なのはその慎重さね」
「……何も私だって考え無しに何でもかんでも買ってるわけではないんだけどね」
 と反論する直だったが、
「とてもそうは見えないけどなあ、今日の有様を見てると」
 と容赦なく切り捨てられる。
 そう言われてしまうとそれ以上抗弁することもできず口を閉ざす直からその量を半分ほどに減らしたパフェに視線を移し、宮子は更に軽口を叩く。
「ナオを見てるとそういうとこ本当に心配だよ。そんなんだから私が直の保護者みたいだって言われちゃうんだからね」
 す、と空気が動いた。
「…ごめん、今日はもう帰るよ」
「んあ?」
 パフェの甘味と食感に心を奪われていた宮子の反応は一瞬遅れた。え?と顔を上げた時には既に直の姿はそこにはない。
 視線を動かし直を探すと、既にレジで清算をしているところだった。
「ねえ、待ってよ」
 と声をかける宮子だったが、声は届いているはずなのにそれに構わず直は店を出、去っていってしまう。
「もう!」
 自分は何も間違ってないというのがそもそも大前提としてある宮子はひとしきり文句を言った後、パフェの残りの処理に取りかかった。


    二日目

 楽しい時間はあっという間に感じ、辛い時間はその逆にとても長く感じるものだ。
 もはやこの日の授業はその一般法則をその身に刻み付ける場と成り果てた。
 拷問のような午前の授業が終わり昼休みが始まったその瞬間。一人の大柄な生徒が立ち上がり重圧の源、直のほうに体を向けた。
 金立修(かなり おさむ)。恰幅のいい体つきと所属する柔道部でも有数と謳われる実力、そしてそれとは裏腹な温和な性格からこのクラスができた当初から色々頼られるようになり、当然のごとく委員長に推戴された人物である。
 ゆっくりと直のほうに向かう修。昼食に向かう足すら止め、彼の背中に期待の視線が集中する。
 かくのごとく人望厚い(というよりクラスのまとめ役ということができそうなのが他にいなかったので何かあるとこぞって彼を頼ったという面が大きいのだが)彼がこんな時に頼られるのはごく自然のことであった。
 期待の理由はそれだけではない。彼には確固とした実績があるのだ。
 二年になって早々の四月のことである。状況は今回と類似していた。クラスで浮いている直の存在に対し居心地の悪さを感じる生徒たちの声に応える形で直に注意をすることになったのだ。
 猫の首に鈴をつける鼠を見守る心境の視線を背に――実のところ彼は直より背が高いのだが――修は窓際の席で静かに外の景色に目をやっている直に声をかけた。
「君はもう少しクラスに溶け込む努力をしたほうがいいと思うよ」
 いくら何でも直球過ぎる、とその後の修羅場を想像しおののくギャラリー。だが、
「それはすまない。私は何をすればいいのかな?」
 と直は素直に応じた。おお、と感嘆の声が広がる。
「そうだね、それじゃ放課後にでもクラスの皆とカラオケにでも行こうか」
 こうしてなし崩しのうちに歓迎カラオケ会が決定された。修の根回しとこんな大役のお鉢を回したという負い目のせいか、最終的にクラスの約半分が参加することとなった。
 これ以降直も多少は自覚してクラスに関わるようになり、クラスの面々も話が通じうる人間だと直に対する認識を少し改め、クラスの空気はゆっくりと改善されていく。
 修の背を押す期待はその奇跡の再現を願う期待であった。
「皆槻さん、今日は何かあった?」
 あの時と同じく、外の景色に目をやる直に声を掛ける修。
「…いや、何もないけど?」
 返ってくる答えもあの時と同じ落ち着いた口調。しかしその言葉は未だ広がる重圧とは決定的な齟齬をきたし、そこから来る不協和音がギャラリーの胸に突き刺さる。
「ごめん、取り付く島もなかった」
 鈴なりのクラスメートの待つ廊下でそう報告する修。
 沈痛な表情で彼を慰めるクラスメートたち。誰が彼を責められるだろう。
「とりあえず、先生に相談しよう」
 そういう結論になり、彼らはそそくさとその場を後にした。


 放課後。いつものように宮子が直を迎えにクラスまで赴き一緒に帰途に着いたのだが。
「……」
「……」
 宮子が会話をリードし、直が思うままに反応を返し、宮子が更にそこから別の話題を拾って話を繋ぐ。
 基本的に止まることのない会話の即興曲が今日に限って何度も停滞を余儀なくされる。
 沈黙は沈黙を誘引し、二人の口数は加速度的に減少していく。
「ねえ」
 ついに言葉がなくなり、無言のまま歩き続けて数分、沈黙を破ったのは宮子の方だった。
「昨日のこと、怒ってる?」
「ううん」
「嘘」
「嘘じゃないよ」
「嘘」
 そしてまた、少しの沈黙。
「何でそうなのよ!怒ってないわけないじゃない!」
 堰を切ったように叫んだのは、やはり宮子だった。
「だから違うって」
「今日のナオ少しおかしいよ。本当に何にもないんだったらそんなことあるわけないじゃない!」
「それを言ったら今日のミヤもちょっと変だよ」
 カッと宮子の目が見開かれる。その体はわなわなと震え、紅潮した頬には涙がぽろぽろと伝い、
「…ナオの…ナオのバカっ!!もう知らない!」
 叩きつけるように叫ぶと宮子は踵を返して走り去ってしまった。
「あ…」
 思わず手を伸ばした直だったが、それ以上体が動かない。
 半身を失ったような虚脱感が直の体を支配していた。
「怒ってるって言われても…」
 一人残された直は宮子の言葉が脳裏をこだまする中、そうポツリと呟いた。
「私のほうが悪いのにそんなこと言えるわけがないよ…」


「はあ…」
 大して長い間走っていたわけでもないのに、授業中ずっと走り続けていたかのような疲労感が宮子の体を支配していた。
(なんでこうなっちゃったんだろう)
 何を考えても、結局思い至るのはそればかり。緩やかな思考のループの中を彷徨いつつ、宮子は下を向き当て所なく歩いていく。
 突如、宮子の体が弾き飛ばされる。前方の何か――感触からみてまず間違いなく人間だろう――とぶつかったのだ。
 思索にふけるあまりいつの間にか周囲への注意がおろそかになっていたようだ、と反省しつつ宮子は相手に謝罪する。
「あれ、結城くんだよね」
 聞き覚えのある声だった。
 見上げ、確かめる。丸い眼鏡に縁取られた糸目。柔らかな温かみを感じさせる微笑み。夕日が作る深い影の中にいるせいでぼんやりとしか見て取れないが、間違いない。
「遠野先輩」
 猫好きと言えばこの人、猫好きオブ猫好き、むしろ猫好きという概念そのもの、それがこの遠野彼方(とおの かなた)という人間であった。
 犬好きコミュニティに属する宮子とは割りとよくバッティングし(犬にせよ猫にせよ群れとして生活が成り立つ場所はさほど数があるわけではなく共存していることも多いのだ)、なんとなく顔見知りになっている。
 犬好きとして猫好きの彼には本来なら敵愾心を抱いてしかるべきところだが、ただ純粋に猫が好きなだけだということがすぐに見て取れるこの彼に対してはどうにもそういう気持ちにはなれなかった。
「珍しいね、いいまとめ役をしてる君のそんなボーッとしたところが見れるなんて」
「ご、ごめんなさい」
 思わず謝ってしまっていた。どうしても慣れない相手だとこうなってしまう。悪い癖だと思ってはいるのだが、半ば習い性のようなものでうまくいかない。うまくいかないといえばここ数日ぎくしゃくしている私とナオ…
 結局思考はそこに戻ってしまい、またじわり、と涙が滲んでしまう。
「大丈夫?」
「あ、はい」
 こちらに近づき手を伸ばしてくる彼方に手を差し出そうとし…宮子は慌ててそっぽを向いた。
「結城くん?」
 遅かった。泣き腫らした顔を見られてしまった。心配そうな視線が遠慮がちに宮子に呼びかける。
「どうしたの?何かあったかはわからないけど、ひょっとしたら僕が何か助けになれることかもしれないよ」
 結城宮子は自他共に認める理性的な人間である。こんな状況とはいえ、もしその言葉に機を見て付け入ろうという下心があれば柔らかくはねのけるくらいの冷静さはまだ持ち合わせていた。
 だが、「あ、無理に聞き出したいというわけじゃないからね」とこちらを落ち着かせようと笑顔を見せる彼にそうやって心の壁を作ろうという気には、どうしてもなれなかった。
「すみません、少しだけ時間を貰ってもいいですか…」
 気付けば宮子はそっぽを向いていた顔を戻し、彼方に事情を話し始めていた。
「…正直、部外者である僕にはあまり深々と立ち入って言う権利も資格もないと思う」
「いいえ、聞いてもらえただけで少し楽になりました。時間を取らせてしまってごめんなさい」
 できる限り手短に話したつもりだったが、もう日没も間近な時間になってしまっていた。確かにしっかりとこちらの話に聞き入ってくれた彼方のおかげで少し気が楽になったが、その分だけ申し訳なさも募っていた。
「それは別に問題ないよ、気にしないで。…僕の個人的な感想と思って一つだけ聞いてもらえるかな」
「も、もちろんです」
 宮子としては否やを言える筈もない。それに、なぜだかこれは聞いておかなければいけないという予感があった。
「きみは皆槻くんにとても良くしてあげてると思う。でも、僕が彼女の立場だったら、だからと言って『してあげてる』みたいな言い方をされたら何か思うところはあると思うよ。僕なんかはあまり気にはならないけど、やっぱり年上としての立場みたいなものもあるだろうから」
「…あ」
(私、この関係に慣れすぎてた…)
 時には困ったような顔をしつつも、何でも受け入れてくれる優しいナオ。それがお互いに心地よくて、浸りきっていた。慣れにかまけ、大事なものが見えなくなっていた。
「遠野先輩、本当にありがとうございました」
「うん、やっぱり人間、笑っているのが一番だよ。助けになれたようで本当によかった」
 彼方もそんな宮子の姿を見て嬉しそうに頷く。
(明日会ったらナオときちんと話をしよう。そして絶対に元通りに戻るんだ)
 そう決意を新たにする宮子だった。


    三日目

「どういうことよ!」
 宮子の叫びが辺りに響き渡った。
 放課後、向こうから呼び出されて来てみれば、いきなり予想だにしなかった発言が飛び出したのだ。
「どういうことも何もそのままだよ。…私たちのチームは今日限りで解散する」
 対して直のほうは全くの無表情で、その顔からは何の感情も読み取ることはできそうにない。
「なんでよ!いくら一昨日のことで怒ってるからって…」
「いや、それは関係ないよ」
「嘘!」
 直はそれ以上理由を語らない。宮子は唇を噛み締めそんな直を難詰するように睨みつけた。
 そして、その場に沈黙がしんしんと降り積もる。
「…もう…ナオの戦いに私は必要ないの?」
 音もなく繰り広げられる視線のぶつかり合いの果て、力なく頭を垂れたのは宮子の方だった。
「ううん」
 首を振る直。だったら、と顔を上げかけた宮子に直の言葉が覆いかぶさる。
「でも、私もこれからはできるだけ出撃は断るつもりだから」
「え?」
 話の接ぎ穂も思いつかないまま直を見上げる宮子。今、私の顔はとても呆けた顔になってるんだろうな、そんな思考が脳裏をあてどなく流れていく。
 戦っている時が一番輝いている人だった、直についてそう宮子は思っている。直自身も似たように考えているはずだ、とこれは長い間チームを組んでいた人間としての確信だった。
 だからこそ、こんな言葉が出てくるなんて思いもしなかった。
 彼女の青春を戦いだけで終わらせてしまうこと、そして彼女自身がそのことに疑い一つ抱いていないことがたまらなくもどかしくて遊びに誘ったり色々薦めてみたりとしてみた。その結果がこれなのか?と考えると取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないかという後悔が宮子の全身をくまなく満たしていく。
「…なんで…なの?」
 搾り出すように出した問いに直は僅かに逡巡の表情を見せたが、
「いつまでもこうやっていられるわけではないしね、今度のことはちょうどいい機会だったのかもしれない」
 と静かに答えた。
「意味が分からないわよ!」
「…分からないなら、それでいいよ」
 取り付く島もないとばかりの言葉だった。動悸と共に感覚が暴走していく。宮子の周りで地面が、空が捩れていった。
「今まで私のことを助けてくれて本当にありがとう。とても楽しかった」
 その言葉もとても遠く、まるで地平の果てからやって来たかのように聞こえる。
「……ごめんね」
 やがて直の気配は消え、宮子一人がその場に残される。
(せっかく大事なことに気がついたのに…もう遅かったの?)
 宮子は太陽が完全に消えるまでずっとその場に立ち尽くしていた。


 夜も更け、床につくことにした直は部屋の電気を消した。
 闇の中、一人横になる。特に代わり映えのしないいつもの光景である。
 だが、直にとってはそれをいつもと同じに感じることはできなかった。
(そういえば、昨日電話が来たのは今くらいだったかな)
 基本的に寝つきがいい直だったが、今日に限っては全く眠気の欠片も見受けられなかった。
 何もする気が起きなかったからとはいえ寝るのが早すぎたか、と思いながら直は昨日のことに思いを馳せる。
(確か話をするのも一月ぐらいぶりだったはず…)
 なにしろ何かと忙しい人間なのだ。宮子との間の悶着が心のしこりとして残っていたものの、直は知己との久しぶりの会話を素直に喜んだ。
 ことあるごとににゃーにゃー五月蝿いのには辟易したものの、それも毎度のことなので慣れ始めてもいた。そんな自分に苦笑しつつ会話に花を咲かせていた直だったが、衝撃は突然訪れた。
「え?ミヤと遠野君が…」
 二人がデートしているところを見た、一言で要約するとそうなる話が証拠だという写真と共に直のもとに届く。
 写真の中の二人は確かにカップルとしてしっくりくるようにも見える。
(遠野君か…)
 少なくとも、悪い噂は聞いたことはない。「いい人」「猫好きで猫に好かれる」というのがさほど親しくない直にとっての彼のイメージである。
 動物に好かれる人に悪い人はいない、というのが直の持論であった。つまり、彼の方には問題はない。
 多少口が過ぎるところはあるが、色々と細やかな心配りができ料理など女性としてのスキルも十分備えている宮子も彼女にするには申し分ない女性だろう。
 そう考えると、どんどんこの二人がお似合いなように思えてくる。
(いずれこうなることは分かっていたんだ)
 大体、そんな宮子に今まで男っ気がなかったのがおかしい、と直は常々思っていた。いや、その原因が自分みたいな人間とつるんでいるせいだいうこともとっくに理解している。
(だからこそ、これはいい機会かもしれない)
 彼女の好意に甘えて、随分と危険な戦場に連れまわしてきた。そろそろ彼女にも自分の幸せを掴んでもらう時だろう。
 それが直の出した結論だった。
(そのためには)
 そう直接言ったところではいそうですかと納得などしないであろうことは直にも容易に分かる。変に話をこじらせて遠野君との関係にひびが入るようでは意味がない。
(私も色々と覚悟を決める必要がある)
「…そのはず、だったんだけどね」
 つい口から漏れ出た思いが闇の中にあてどなく拡散していく。
 そう、そのはずだった。
 彼女に踏ん切りをつかせるためなら拳を置くことも受け入れようと決めたはずだったのに。
 笑って見送ってあげるはずだったのに。
「なんとまあ、浅ましいものだね」
 まさか自分が親友の幸せを素直に祝福できない人間だとは思わなかった。
 形を成した自嘲の言葉が内と外の両方から直を苛む。
 自分自身にも把握できない感情に駆られるまま、直は布団を手繰り寄せる。
「…寒いな」
 今の心情を形にする言葉を知らないことにもどかしさを感じつつ、直は強く布団をかき抱いた。


    四日目

 この日、N組の面々は昨日を上回る重圧に晒され続け、ついに保健室に担ぎ込まれる者まで出る事態となった。




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最終更新:2009年11月21日 03:23
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