【タブレット・4th piece】


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『バースナイン』


 どう見ても十歳前後の子供だった。身長は一四〇センチくらいで、何より特徴的なのは頭の上で揺れているウサギの耳の形をしたカチューシャである。
(ここは歳が若い程偉いのだろうか)
 風華は横に控える少年と、目の前に立つ子供を交互に見やる。
「ちょっと! どういうつもりよ? 私の顔もわからないような新入りに門番やらせて」
 文乃が当たり前のように文句を言っているので、この人物がBOKUジャーナルのトップ、カオルであることは間違いないようだ。
「どうだったかな? 中々面白い連中だったろ?」
 悪戯が見つかった子供のような態度でカオルが答える。
「確かに、遠いところの物を取ってもらうのに便利そうなヤツだったわ」
「うん、大活躍だよ」
 文乃の皮肉をカオルは笑顔で受け止める。
 というか先ほどからの態度を見る限り、本当に遠くの物を取るときに活用されているのかもしれない。
「さて、後ろのお友達が展開について来れないみたいだからおふざけはこれくらいにしようか」
 カオルの視線が風華を射抜く。
 その鋭さに思わず風華に緊張が走る。
「改めまして。真実のジャーナリスト、宇佐カオルだぴょん!」
 きらりんとか擬音を出しかねない勢いでポーズを決めるカオル。
 ほんの一瞬前までとのギャップに風華が戸惑っているうちに、
文乃がカオルにツッコミを入れる。
「アンタももう今年で二十でしょ? いい加減キモいわよ」
「え? に、二十……」
 驚きのあまり風華が声を上げる。
「そう、“一九九九年生まれ”だよ」
(見た目通りの年齢ではないとは思っていたが、まさか年上とは……)
 スナイパーとして冷静さには自身があった風華だが、学園に来てからというもの驚いてばかりだった。
「ついでに紹介しとくわ。コイツは湊川《みなとがわ》愁《しゅう》元文芸部員で、私の部下として単語帳の文章を考える役だったの」
「その言い方はいい加減やめて下さい。僕はもうこのBOKUジャーナルの記者なんですから」
 文乃の言葉を間髪入れずに愁が訂正する。
「おー偉くなったモンね。私は貴方の女神なんじゃなかったの?」
 ニマリ、と文乃がいやらしく口角を吊り上げた。
「な……ななな、何を言い出すんですか突然」
 それまでつとめて冷静に振舞っていた愁が、とってもわかりやすく慌てふためく。
「ああ、甘酸っぱい思い出だねえ。毎日図書館で見かける、話した事も無い儚げな三つ編みの少女。時々口に出しながら彼女への想いをぶつけたラブレター」
 カオルも面白がって愁に追い討ちをかける。
「ちょ、ボスまで……っていうかその当時知り合ってませんでしたよね?」
 愁が中等部の頃、図書館で文乃に一目惚れしてラブレターを送ったのが二人が知り合ったきっかけだった。
 それ以来愁は強制的に文芸部に入れられ、いつも文乃に振り回されていた。
 主に文乃から逃げたい出したい思いで、高等部に進まず社会に出た愁を面白がってカオルが引き入れたのである。
「ハハハ、今更何言ってるんだか、この島でボクの真実の耳から逃げられる真実なんて存在しないのさ」
 カオルが自慢げにカチューシャに付いているウサ耳をぴょいんと揺らす。
(実はすごいアイテムだったりするのだろうか?)
 目を凝らしてみてもただの安っぽいオモチャにしか見えなかった。
 しかしこの双葉学園ではそんな今までの常識が通用しないというのも今まで身をもって体験してきた手前、それだけで判断はできない。
「ちょっと、聖さんが信じちゃってるじゃない! コイツの耳はただの飾りよ」
 カオルのカチューシャを凝視している風華を見つけて、文乃がツッコミを入れるが、顔を見れば笑いを堪えているのが丸わかりだった。
 未知の状況に警戒していただけだというのに、バカにされたようで風華はあまり面白くない。
「っもう……始めから性格を知ってたら、絶ッ対に告白なんかしませんでしたよ!」
 愁は怒りで顔を真っ赤にしていた。
 もっとも視線の動きからして、文乃に怒り以外の感情もあるのが見て取れた。
「情報収拾が目的なんろう?」
 このままこの妙なノリの連中に飲まれると話が全く進まなさそうなので、風華は仕方なく間に割って入った。
 結果的に助け舟を出す事になった愁から感謝の眼差しが送られる。
「で、どうせアンタの事だからどんな用件で来たかくらいはお見通しでしょ?」
 コホンと、軽く咳払いして文乃がカオルに詰め寄った。
「タブレットの調査を任されたんだって、がんばってね」
 カオルは自分とは無関係だと言うように無責任な応援の言葉を投げかける。
 しかし言葉の内容は、ついさっき風紀委員室で決まった非公式の事を既に知っていると物語っていた。
 幼く見える笑顔の裏に、底の知れない自信が伺える。
「逢州ちゃんはよく調べてると思うよ」
 そう、実際ついさっき風紀委員室で見せられた資料は、タブレットと呼ばれるモノの効果から初めて発見された日時など、一人でも捜査するのに支障が無い程度の情報はすでにあった。
 文乃が情報源として真っ先に利用しようとしているこの男は、一体どんな情報を握っているというのか。
「いいからあんたの握ってる情報を出しなさい」
 風華の疑念をよそに、文乃はなおもカオルに食い下がっていた。それほどカオルが情報を持っている事を確信しているということだ。
「こっちにカードを切らせたいんなら、そっちだって相応の対価は用意してるんだろうね」
 真面目な話題に移ったと見て、カオルの態度も少し変わる。笑顔を浮かべているのは同じだが、本心では笑っていないような冷たい笑みだった。
「風紀委員に貸し一つ、悪くないでしょ?」
「君みたいな平の委員に貸しを作ってもねえ」
 自信たっぷりに言う文乃を、カオルは鼻で笑って切り捨てる。
「今回のことは逢州委員長、個人で動いてる。風紀委員長の貸しなら良いでしょ?」
 一歩も引かずに文乃が食い下がる。
 焦りを見せず段階的に条件を吊り上げる、交渉の基本だった。
「そんな事言って、逢州ちゃんはこんな怪しげな輩の話に耳は貸さないだろう? ……そうだな、大ちゃんの半額券半年分でいいよ」
 少し前までの悪戯っ子みたいな雰囲気に戻って、カオルが言った。
「ちょっと勘弁してよ! あんたがそれを使う度に私の小遣いが減ってくんだからね」
 途端に文乃も声を荒げる。
「これでも大分サービスしてるんだよ。ボクとしてもタブレットの存在はあまり快く思ってないからね」
 カオルが視線を机の上を顎でさす。
 その机の先には、大ちゃんと書かれた皿が重ねられていた。
 こんな風に毎日食べているのだとしたら、高校生にとってはたまったものではないだろう。
 文乃は苦虫を噛み潰したような顔で、じっと皿を睨んでいる。
「……せめて三ヶ月分にしないさい」
 結局最後は悔しそうに声を搾り出した。
 交渉も何もあったものではないが、文乃とカオルのやり取りはこの方がらしいのだろう。
 不思議と微笑ましく見ていられる空気感があった。
「まあ良いか、そっちの“シャープさん”の実力も見られたしね」
「貴様、何を知っている?」
 突然自分に話題が振られて風華は、慌てて臨戦態勢をとる。
「髪は切った方がいいんじゃない? 身構えると能力で微かにそのポニーテールが持ち上がってるよ」
 体勢は変えずに、しかしすぐにどの方向へも動けるように重心を移した風華をカオルが簡単に見破る。
「僕の能力はね、聴覚の強化なんだよ。少なくても島内全域くらいの音は自然と聞こえてきちゃうのさ」
 なるほど。それで、“現場に行かなくても書ける記事”という訳か。
 確かにそれなら情報源として、これ以上に頼もしい物は無いだろう。
 風華はやっとこれまでのカオルの意味深な行動に得心がいった。
 しかし同時に、そんな能力があるなら何故こんな所でゴシップメールマガジンなんてやっているのか、という疑問に突き当たる。
「普段は文字通りの意味のゴミ記事ばっかりだけどね」
 ケッと吐き捨てるように文乃が付け加える。
 せいぜいの負け惜しみといったところか。
「ひどいなあ、読者の大半はあのジョーク記事が読みたくて買ってくれてるのに」
 カオルもそれがわかっているようで、芝居がかった様子で応じる。
「それでよくジャーナリストが名乗れたもんね。アンタならたまに書くスクープ記事なんていくらでも書けるでしょ」
「そうそう切れるカードがあるとは限らないからねぇ」
 カオルがやれやれといった様子で肩をすくめてみせる。
 その言葉で、風華はカオルがこうも自由に振舞っている理由を悟った。
「保身の役に立たない情報でも、ニュースとして流してしまえば相手にはダメージがあるということか」
「ご名答、流石だね。ウチに欲しいくらいだよ」
 カオルの持つ情報には、学園上層部や国にとって他に知られたくないものも当然含まれている。
 知り過ぎた者が身を守る為には、上手い立ち回りと周到さが必要だ。
 BOKUジャーナルは定期的に配信する事で、同時に確保するのが難しい人数に、いつでも情報を流せるというパフォーマンスなのだ。
「アンタ、愁に続いて聖さんまで奪う気?」
 文乃はがしっと風華に抱きついた。
 お互い変な趣味は無いとわかってはいるが、それでも風華はこういうスキンシップ自体に免疫が無いのでドギマギする自分を抑えられない。
「いやぁ、能力的には申し分無いんだけどねぇ。流石にここまで面倒な背景の子はウチじゃ扱えないよ」
 カオルがまた意味深な事を口にしている今も、体形は平たい文乃だがこうして抱き付かれると、やっぱり女の子は柔らかいなどと、おかしな考えが頭から離れない。
「ふうん、何となく秘密があるのは気付いてたけどね。まあ今はそんな事はいいわ」
 不意に文乃が風華を開放した。
 ともかくこれでやっと本題に入れる事に風華は安堵した。
 だが同時に、自分が使っているシャンプーとは違う甘い匂いが離れ、少し残念だという思いもある。
「どこまでそれが言えるかね」
 カオルは心底楽しそうに、ひねた笑いを浮かべる。
 彼が試しているのはわかる。
 しかし風華にはそれが何を試しているのかがわからなかった。
 自分なのか、文乃なのか。
 試されているのは“二人”だと言う事に、この時の風華はまだ気づく事ができなかった。
「アレは海路で入って来てる」
 カオルの口から、やっと情報らしい情報が出てくる。
 結局随分と無駄話に付き合わされてしまった気がする。
 ここでいきなり今までふてくされていた愁が、真面目な調子に戻って説明を始めた。
「元々東京湾で漁をしていた人なんかを中心に、双葉区建設で職を失ったり、転職を余儀なくされた人が多いですからね」
 本来はこういう役割が似合う説明キャラなのか、単に話しに混ざれて嬉しいのか、語り口が妙にイキイキしている。
「未だに双葉区に不満を持ってる人が、アルバイト感覚で不正なモノの出入りに手を出す事が多いんです」
 確かにどんなに厳重なセキュリティーを敷いても、人や物の出入りを完全に管理するのは難しい。
 特にこの双葉学園は東京湾に浮かぶ人工島であり、周りを海に囲まれているためなおさらである。
「ちょっと待ってよ!? それって学園の外に異能の研究で先を行ってる所があるって事?」
 本土で能力者にしか効果の無い薬物の精製をしているとなると、まずオメガサークルの仕業と見て間違いないだろう。
(聖痕《スティグマ》を抜けた途端に直接対決とは、なかなか皮肉が効いた運命じゃないか)
 だが風紀委員の文乃でさえ、その存在を知らされていないというのは少々意外だった。
「早速明日、また入ってくるよ。量はカバン一個分。一粒百円で考えても数百万は下らないね」
「ずいぶん急な話ね」
 というよりやけに出来過ぎた話だ。
 物が入ってくる日は事前にわかっていたとして、こうして風紀委員が介入するタイミングどうにもできないハズだ。
 できるとするなら――
「一つ良いか」
「料金内で答えられる事なら」
「火野拳児のこと、お前はどこまで知っていた?」
 彼がタブレットの過剰反応の果てにすることまで織り込み済みだったとしか考えられない。
「開発者が想定してた以上の事はわからなかったよ」
 しかしその顔からはカオルの真意は読み取れなかった。
「で、場所は定期船が来る埠頭で良いの?」
 文乃は特に気にした様子も無く、あくまでタブレットの事に集中している。
 情報を引き出すために割り切っているという事ではなく、カオルに対して一定以上の信頼を置いているのだろう。
「七番倉庫だよ。 ま、大体こんな所かな」
「そう、わかったわ」
 だがカオルに近付き過ぎるのは危険な事だ。
 カオルの存在はきわめて危ういバランスの上に存在している。
 何かに肩入れすれば、その相手とカオルの双方が別の組織から命を狙われるだろう。
 文乃はどうもその危険性を理解しているとは思いづらい。
「定食屋の半額券くらいで教えられるのはここまでだよ」
 カオルはそう話を締めくくった。
 これ以上の情報は提供するつもりは無いらしい。
「他に戦力は? お前のようなヤツなら事前に用意があると思ったが」
「僕は思う程自由には動き回れないのさ。今回のタブレットの事にしても、自分から誰かに働きかけることができないくらいにはね」
「まあ良いじゃない。ここまでわかったら後はぶっ潰すだけなんだから」
 文乃は気合を入れるように拳で左手を打ちつけた。
「あ、そうだ今わかってるタブレットの所有者は、ちゃんと風紀委員に伝とくのよ」
「君達の働き次第かな」
 去り際思い出したように、重要な事を言い残して文乃はさっさと出て行ってしまう。
 風華はいたたまれず、慌てて文乃を後を追った。


                                               つづく


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