【ある前座の話1】


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授業時間の終了を告げるベルが鳴る。
それと共に、生徒たちと相対していた異形は、その姿を泥と化し崩れ落ちる。
「はい、今日の訓練はここまで。お疲れ様」

双葉学園地下に建造されたシミュレーションルーム。
そこは、世界中を跋扈し始めた出自不明の異形「ラルヴァ」と将来立ち向かう者、今立ち向かっている者を
鍛え上げるために学園が用意したものである。
双葉学園は、唯の学術施設機関ではなく、「ラルヴァ」と対抗する力を持つ少年少女を戦場に送り出すための
基地であり訓練施設でもある。
このことを知る者は、当事者達を除けば、そう多くはない。

―――※―――

市街戦を想定した模擬演習式の訓練を終えたシミュレーションルームの中は、「ラルヴァ」を模した泥人形や
ハリボテのビル群が姿を消し、何もないだたっ広い空間に変化していく。

凛とした、諌める声が響いてくる。
「また貴方ね、西院(さい)君。どうして独断専行ばかりするの?」
「……一人でやれる。だから、だ」
「私たちはチームなの。貴方一人のために私達が居る訳じゃないの。履き違えないで」
「あーはいはい分かった分かった。もう授業も終わり、俺は帰るぜ?じゃ、またな」
西院君、と呼ばれた少年はわざとおどけた様に言い放ち、細長いバッグを担ぎなおし早々に施設を後にする。
「ちょ、待ちなさい!」
「もうほっときましょうよ舞華(まいはな)さん。アイツはあーいうヤツなんだから言うだけ無駄よ」
「そうそう、俺たちは俺たちでミーティングして、その後遊びにでも行きません?」
双葉学園高等部の数名で構成される、現在目下訓練中のとあるチーム。
一人の跳ねっ返り者の存在がネックとなっていた。

そのチームのコマンドポストを担当する舞華 風鈴(まいはな ちりり)は、ミーティングを追え放課後をエンジョイしに行く
他のの仲間に別れを告げて、寮への帰り道に一人考える。
彼、西院 茜燦(さい せんざ)の能力は、このチーム内では高いほうではないだろうか。
それだけに、彼がチームの先頭に居てくれれば、それだけチームとしての戦力は向上できるはず。
それに彼には「遠方の相手、空の相手に攻撃できない」という欠点があり、当人もそれを自覚しているのに
仲間に頼ろうとしないのは、どういう心境によるものなのだろう。
……一度、徹底的に詰めてみようかしら。そんなことも考えてみる。

―――※―――

先に施設を発った西院が向かったのは、第二生徒指導室。
表向きは不良学生の更正を目的にした部屋ではあるのだが、それは第一生徒指導室の役目。
第二生徒指導室は、「ラルヴァ」と戦う宿業を背負わされた少年少女たちのための部屋である。
生徒手帳にて示されたオーダー受領のため、西院は第二生徒指導室へ向かう。
「西院君、授業のあとで疲れているところに申し訳ないのだけれど、お願いできるかしら」
「わかりました。それでは早速向かいます」
「ええ、よろしく。頑張ってね」

小中高大一貫教育の双葉学園は、幼少期より才覚を伸ばす事を視野に入れた教育を行っている、
だが実際に「ラルヴァ」との戦闘を行った経験があるものは、中学生以下はほぼゼロ、高等部で一握り、
本格的に「ラルヴァ」討伐に派遣されるメンバーは、基本的に一定の水準を満たし教練を修めた高等部の
高学年以上が選抜される。当然、必要であれば運営部や教師もそれに含まれる。
西院は、低級ラルヴァ・かつ学園近隣に限定して、本格的な討伐メンバーや大人を出動させる程でもない程度の
討伐であれば派遣されるメンバーに含まれている。
というのも、彼の家系は(本格的に扱う術は廃れたが)対魔師の家系で、その家宝である四宝剣の継承者として
「ラルヴァ」と戦う力を得ており、また幼少の頃より(地元では剣道の師範代で知られる)祖父の養育の賜物か
身体強化系の異能の運用スタイルや実戦向けの戦闘技術も少なからず取得しており、結果として同年代としては
比較的早い段階で、本物の「ラルヴァ」を知っているものの一人となっている。

一度寮に戻り、制服を着替え、改めて背に四宝剣を納めたバッグを背負い、宵闇を迎える23区へと向かう。

―――※―――

舞華も、時を同じくして街へ向かっていた。
といっても、彼女の場合は、購買や学内販売店が閉まってしまった今になって、どうしても調達しなければ
ならない需要が出来てしまったからである……つまりは、夕飯の支度をし忘れていため、食材を買いに
出向こうとしていた。
よくよく考えれば、この時間ならタイムセールにめぐり合えるかも、今日は頑張ってみよう、そう思うと
自然と足取りは軽くなる。

だがしかし、
「あいたぁ!? あうぅ、痛い……」
生まれつき視力に優れず、世界知覚の大半を触覚と生まれ付いて手にした「大気流動感知」の能力に
頼っている彼女だが、同時に微妙に不幸な星の下に生まれているようで、電柱のある道を歩いて一度も電柱に
激突せずに踏破したことはなく、机でコケる、ゴミ箱に突っ込む、こんなことは日常茶飯事。
訓練の際に支給される電動車椅子は、戦場において致命的となる運動能力の低さをフォローすると同時に、
転倒防止の意図も込められたものである。指揮車代わりのコンソール類もあるので文句は言えないのだが。

電柱にぶつかってしまった痛みは引いたもののまだ少し赤い額を擦りつつ歩き出す舞華は、そこでふと気付く。
……人気がなさ過ぎる、そして・・・形容しがたい、おぞましい気配が、傍に―――!?

あまり速くない足だが、それでも、懸命に走るより他、なかった。
走らなきゃいけない、そうしないと自分が危ない、能力による周囲の認識よりも早く、そう判断していた。
息が切れる、足が痛む、肺が酸素を要求している。
そして……転倒する。

自分はここまで運が無いのだろうか……?
だが、仕方がないではないか。

こんなにも、おぞましい、恐怖と不安しか伝えてこない物体が、すぐそこに、せまって―――――――

「気を確かに持て! 飲まれるな!」
そう自分に声を掛けるのは、だれだろうか。
「……話が違う、というわけでもないのか。群体型か!」
ある程度まで「ラルヴァ」の発生や現在位置をトレースできるとはいっても、このような事態まで事前に
察知できるほどにはまだ至っていないのが現状。
端末を飛ばすタイプや、今回のような小さな個体が寄り集まった群体型は、小規模ラルヴァ災害として
報じられてしまうことはどうしても起こってしまう。

「あ……あ!? え、あ、貴方は!?」
「どうやら、気は確かなようだな」
「西院君!? 貴方、こんなところで何を!?」
「……本来であれば、あそこでうねうねしているのを十数匹狩って終わるだけだったんだが、事情が変わった。
 それよりも・・・言っておくべきことがある」
「な、何ですか……?」
「アレを認識したか?感知したか?なら、分かるだろう?あれが―――『ラルヴァ』だ」
舞華は、能力によって得られた情報を全て遮断しようとしていたが、こう言われてしまった後では、
どうあっても知覚せざるを得ない。

あれが「ラルヴァ」、模擬演習とはまるで違う、本物の脅威。
……もしかしたら、遭遇することなんてないんじゃないか、そう思っていた自分が恥ずかしくなる。
守られた施設の中で生活していたことを、改めて認識する。
「認識したか?理解したか?」
「……せざるを、得ないわ」
その言葉を聞き、西院は、半ばおどけて応える。
「底なしにイカれた世界へようこそ。歓迎するよ、舞華さん」

舞華を担ぎ上げたまま、不自然に人通りの少ない商店街を駆け抜ける西院。
追跡する群体ラルヴァは、ウミウシかナマコのような群体をいくつも飛ばし、群体を繋ぎ合わせた鞭を
縦横無尽に振り回し行く手を阻もうとする。
「逃げるにも、そろそろ限界か・・・応援は、もうしばらく来ないか」
「まさか……戦うの!? アレと!?」
「何のための訓練をさっきも受けたんだ?……ごめんな、舞華さん。そちらの言い分も理解はしていたが、
 本当に命を賭けることになる戦場に立つ事になる、という意識の薄い者達とは肩を並べられない」
「……」
舞華は何も言い返せない。彼の言い分が始めて聞けたから。

そこでふと、疑問がよぎる。
「西院君は……もう、ずっと前から、『ラルヴァ』と……?」
「そんなに前じゃない。去年の夏に、コイツを見つけて、ヤツラが出てきて、それからさ」
そう言い舞華の前に存在を主張させたのは、バッグに詰め込まれた、四本の刀。

「あと少しだけ、時間稼ぎが出来ればいい、そうすれば本隊が動くはずだ」
「……勝てない、の?」
「根性論や希望は嫌いじゃないが、今の俺には無理だ。攻撃を捌くので精一杯、だ!」
動きを止めた二人を仕留める好機と見たか、群来ラルヴァはここぞとばかりに猛攻を仕掛けてくる。
飛来する群体や襲い来る鞭を、最も得意とする獲物・華雀の燃える刃で迎え撃つ。
「燃える剣……貴方の能力は、それなの?」
「いや、これは刀が勝手に燃えているだけだ。他のもそうだが、仕組みは分からんがそういうものらしい。
 俺の能力は今みたいな状況でこそ発揮される、身体強化だ」
能力の発動条件等を加味して、研究者が勝手につけたコードネームは「獅子の魂、勇猛なるかな(ライオンハート)」。
背に守るべきものがあるときに、それを守ろうとする意志があるのであれば、そのための力を自分に
付与してくれるという、能動的に発動することが出来ないもの。

目の前で、自分を守ろうと、西院君が戦っている。
これほどまでに恐怖と絶望を叩きつけてくる存在の前に立つ彼の今の心境は、いかばかりだろうか……?
……私が今するべきは、ここで身を竦めて縮こまっていることだけ、だろうか?それでいいのだろうか?
それでは、何のために訓練を受けているというのだろうか?

「……次、右から飛来物3、続いて鞭! 左からはもうすぐ小さいのが飛んでくるから気をつけて!」
「助かる!」
「左後ろのほうから大人数がこちらに移動してきてる!あと……5分、頑張って!」
舞華の能力によって攻撃の手順が分かれば、防戦に徹するのは楽になる。
攻勢に転じることなく、あえて護りに徹することで、双方の能力を生かし、「生き延びる」ことに集中する!


それから、読み通りに5分後、学園より派遣された本隊により、群体ラルヴァは掃討されることとなった。
救護班によって手当てを受けることとなる二人だが、安全が確保されるや否や、西院は倒れてしまう。
「西院君!?」
「大丈夫、能力を酷使しながらによる戦闘から来る疲労よ。命に別状は無いレベル。今は寝かせてあげるのが
 一番の薬になるわ」
「そう、ですか……」
よかった……急に倒れるから、大事なのかと思った……。
「それにしても、貴女も良く頑張ったわね。『ラルヴァ』と覚悟なく初めて出会ってここまで平静なのは、
 貴女みたいな感じの子では初めてよ」
「そう、ですか……」
きっと、気が狂いそうになったときに、声をかけてくれたからだろう。
護られているだけではいけないと思ったから、なけなしの勇気が奮えたのだろう。
「体を張って護ってくれるなんて、いい彼氏じゃない?きちんと捕まえておかないと勿体無いわよ?」
「ち、違います!たまたまです!たまたま!」
非常警戒が解かれたことで周辺を覆っていた人払いの法が解け、次第に活気が戻ってくる。
「さぁ、帰るわよ。私たちの学園へ」
「……はい」
舞華は、まだ眠っている西院の手をそっと握る。

撤収作業が始まる。
「ラルヴァ」の存在は今だ世界には浸透しきっておらず、それゆえに学園の掃討活動も秘密裏であることが
求められる。
決して光を当てられることのない世界を垣間見た少女と、その世界に一足先に踏み込んだ少年の、
本当の意味での「仲間」として認識しあった最初の夜は、こうして更けていく。

―――※―――

「あ……お、おはよう、西院君」
「ああ、おはよう舞華さん」
「体は、大丈夫?」
「普通に授業受けるくらいには、な」
「そう、大事にならなくてよかった」


「ねぇちょっと何アレ?あの二人なんでいきなりあんないい雰囲気になっちゃってるわけ!?」
「そんなの知りませんよ!」
「邪魔すると、馬に蹴られて地獄に落ちるかもしれないわ。程ほどにしましょう」
「俺は納得してないからな!」
同じチームのメンバーから揶揄されていることにも気付かず、二人は独特の世界の中に居るのであった。


「ラルヴァ」と戦うために集められた少年少女たち。
彼ら彼女らは、何処にでも居る極普通の歳相応の子供たち。
彼らが知っている日常と、今だ知らない異常との狭間にあって、今日も双葉学園には始業のベルが鳴り響く。




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