【幸福ドロップ:前】


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ラノで読んだ方が読みやすいと思います
前後合わせてラノで読む


「あなたを襲う不幸とわたしは永遠に戦っていこう」
 ――特撮〈戦え! ヌイグルマー〉




【幸福ドロップ】

 今日が何の日か、皆さんはご存知でしょうか。
 そう今日は十月三十一日、ハロウィンです。
 詳しくは知らないのですが、仮装をしたりしてお菓子をもらいに行く日だと、小さい頃にお兄ちゃんに読んでもらった本にそんな風に書かれていた記憶があります。
 日本では馴染みのないイベントではありますが、みなさんも名前くらいは聞いたことはあるのでしょう。
 今日は私の通う双葉学園でハロウィンの仮装パーティーがあるのです。私は今日という日をどれだけ楽しみにしてきたでしょうか。お菓子を求めて楽しく過ごすのです。派手なイルミネーションが街を包み、みんなは様々な衣装に着替えて、まるでおとぎ話のようなファンタジー世界にでも入り込んだような気分になるのです。
 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り響き、私は初等部の校舎から駆け出て、真っ直ぐに寮の自分の部屋へ向かいます。
 ぬいぐるみだらけの自分の部屋に入ると、とても落ち着きます。来年には中等部に上がるというのに、こんなぬいぐるみばかり集めていちゃ駄目だって、ママは言ってたけど、人が苦手で友達の出来ない私にとってこの綿がいっぱいつまった彼らだけが唯一の理解者なんです。ほら、こうしていると彼らの声が聞こえてくるように思えませんか? あの一番大きなクマのぬいぐるみのマーくんがカフスボタンの瞳で私を見ています。
 彼は私が小さな頃に天国に行ってしまったお兄ちゃんが、双葉学園入学のお祝いにプレゼントしてくれたものです。私が初等部に上がってすぐに死んでしまったお兄ちゃん。このクマのマーくんがお兄ちゃんの変わりに見守っていてくれてるようで、私はマーくんといつもお喋りをしています。もちろん私の空想ですが、それでも彼だけが私の親友なのです。
『どうしたのみーちゃん。なんだかうきうきしているね』
 マーくんが私にそう問いかけている気がします。
「あのね、今日はハロウィンなの。学校で大きなパーティーがあるのよ」
『へえ、それはいいね。でもみーちゃんは人ごみが苦手でしょ。大丈夫なの?』
「心配ありがとうマーくん。あのね、仮装パーティーだからみんな私の顔を見ることは出来ないの。だから多分平気なの」
『へえそれはよかったね。いっぱい楽しんでおいでよ。衣装はできたのかい?』
「うん、何日もかけて私一人で作ったの。どうマーくん?」
 私は押入れから手製のハロウィン用の衣装を取り出します。黒いマントに、仮面は大きなカボチャに手を入れて目と口を作りました。カボチャの皮はとても厚く、ひどく手間がかかったのを覚えています。ですがなんとか今日までに間に合わせることができました。
『すごくよくできてるね。さすがみーちゃんだ』
「えへへ、ありがとうねマーくん」
 私は頭の中で会話しているマーくんの鼻先をちょんっとつつき、マントを自分の身体にまきつけて、鏡の前でくるりと回ってみます。
 カボチャの面をつけてしまうので、似合ってるかどうかはあまり問題ではありませんが、こうしていつもと違う衣装を身につけているとやはりいつもと違う自分になれるのではないかと思ってしまいます。そう、仮面さえ完全に被ってしまえば、もう私という存在はこの世界から消えてしまうのです。
 私はマントをはおり、大きなカボチャの面をすっぽりと被り、お菓子を入れるバスケットを手にして部屋を後にします。しかし、私はすぐまた部屋に戻ってしまいます。大事な物を忘れたからです。
「一緒に行こうよマーくん」
 私はクマのマーくんを抱えて再び部屋を後にしました。
 もう外は日が暮れ、パーティーの時間になっていました。私は急いでパーティー会場へと向かっていきます。
 パーティー会場は学園のイベントホールで行われます。そこでは多くの学生たちが参加し、夜の学園はランタンの光りで輝いて見えます。
 やっぱり双葉学園はすごいです。私が前いた小学校じゃこんなことをしませんでした。
 カボチャのお面は重たいのですが、そんなことに構っていられないほどにとてもワクワクして気になりませんでした。
 学園の門をくぐると、そこはまさに異世界でした。
 ランタンに点された灯りは夜を照らし、無数の生徒たちがモンスターや動物たちの仮装をしてわいわいと楽しそうにしています。
 イベントホールの中へと恐る恐る入っていくと、とてもおいしそうな料理がテーブルに並び、ケーキやお菓子もそこにはありました。みんなそれぞれ思い思いに料理に手をつけたりお喋りをしています。みんな幸せそうです。
「みなのもの楽しんでおるかー!」
 突然そんな可愛らしい声が会場に響きます。
 イベントホールの中央を見ると、主催者である醒徒会のみなさんがマイクを握って挨拶をしていました。私よりたった一つ年上だというのに、醒徒会長をしている藤神門さんは吸血鬼をモチーフにした衣装を身にまとっています。幽霊のような白装束を着ている副会長さんや、狼男をイメージした狼のかぶりものをしている会計さんと、フランケンシュタインの怪物のように頭にネジをつけている会計監査さんがいます。それに仮装の必要の無い広報さんは龍に変身していますが、もし変身が解けたら服はどうするのでしょうか。心配です。彼らは会長をまるで護衛するように囲っていました。まるでお姫様を護る騎士のようにも見えます。
 彼らの隣にはぐるぐると全身に包帯を巻いている人が立っていました。顔も見えないので男の人か女の人かわかりませんが、小柄なので中等部くらいの人でしょうか。恐らくそれはミイラ男か透明人間の仮装なんでしょうが、その仮装に似つかわしくない真っ赤なマフラーを首に巻いています。一体誰なんでしょうか。
 そういえばあのいつも元気で明るい、書記さんがいません。私のイメージでは彼女はこういうイベントごとではいつも率先して盛り上げていると思ったのですが。私は彼女のような明るくみんなに人気のある女の子に憧れてしまいます。私は教室で本を読んで過ごすしかなく、楽しくお喋りできる友達もいません。ですからいつも空想の世界で自分を書記さんのような元気な女の子とイメージして遊ぶのです。
 私はたくさんのパーティー参加者から書記さんを探そうと目を凝らします。
 すると、会場の隅でぽつーんとしている書記さんを発見しました。
 彼女は白い虎の着ぐるみを着ていて、その八重歯の似合う可愛らしい顔だけを覗かせていました。ですが、どこかその表情は曇っています。
「書記さん……どうしたんだろうねマーくん」
 気になった私は、書記さんに話しかけようか迷います。ですが、私みたいなのが彼女のような太陽のような人に話しかけるのはとても勇気がいることなのです。
 私はぎゅっとマーくんを抱きしめます。そうです、私のようななんでもない、話していても楽しくないようなのが話しかけても書記さんも困ってしまうでしょう。私はいつも誰かに話しかけようと思ってもどもってしまうのです。
 ですが今日は普通の日ではありません。
 私は魔法の言葉を思い出しました。そうです。今日はハロウィンです。私は今、カボチャのお化けになっているのです。だから私が言うべき言葉はこれだけです。
「と、トリック・オア・トリート!」
 私は書記さんの目の前で、バスケットを突き出しながらそう言いました。突然そう言われ、書記さんはキョトーンとした表情で目の前のカボチャの顔を眺めています。
 “トリック・オア・トリート”とは日本語で「お菓子をくれなきゃ悪戯するぞ」と言った意味で、ある種脅迫ともとれる言葉です。ハロウィンで仮装した子供たちが訪問した家からお菓子をもらうための言葉です。私は勇気を出して書記さんにお菓子をねだってみました。今の私はただのカボチャのお化けです。私が言える言葉はこれだけなのです。
「にゃはは! そっか、今日はハロウィンだもんね。よーし、まっててちびっ子! 今お姉さんがお菓子あげるからねー」
 書記さんはにっこりと八重歯を見せながら笑いました。私のカボチャ頭をぐりぐりと撫で回しています。
「あ、あの……何かさっき元気なさそうでしたけど……」
 私が小さな声でそう言うと、書記さんは若干困った表情になって自分の頬をぽりぽりと掻いています。
「あちゃー。こんなちびっ子に心配されちゃうとはあたしもまだまだだね。にゃはは、いやーちょっとね……」
 そう笑う書記さんの眉は少しだけ歪んでいました。
「あたしはさ、昔の記憶がないんだよね。でもそんなこと全然構わないんだけどさ、でも時々、こうしてみんなでわいわい騒いでいると突然寂しくなっちゃう時があるんだよね。自分が本当は何者かわからないから、なんだか距離を感じちゃうんだ。勿論みんなはそんなこと気にしてないしあたしも普段も気にしてないけど、ちょっとこう大きなイベントがあると考えちゃうんだよねー」
 そんなことを言う書記さんは少し照れたような微笑をしていました。強い心を持つ彼女にとってそれは大した悩みではないのでしょうが、それでも本人の気づかない程に僅かですが心をちくちくと刺してくる慢性的な不安なのかもしれません。
「なーんてね。ちびっ子にそんなこと言ってもしょうがないね。それよりお菓子を――って今何ももってないやー」
 書記さんは猫の着ぐるみの両手の肉球を合わせて「ごめーん」と言っています。
 私はお菓子が本当に欲しいわけではありません。書記さんと会話が出来たことが何より嬉しかったのです。私はそんな書記さんに何かお礼がしたいくらいです。
『じゃあ書記さんのためにその悩みを取り除いてあげようよみーちゃん』
「え?」
『みーちゃんにはその力があるんだよ。人を悲しみから救う力が』
 私の頭に響いてくるそのマーくんの言葉は、私がいつも空想で会話しているものとはまったく別物でした。普段のように私が考えた言葉をマーくんが喋っているように空想しているのではなく、今は本当にマーくんが私に話しかけているように思えます。
「ま、マーくん……?」
『何を驚いてるの? ぼくはいつもみーちゃんとこうして会話してきたじゃないか』
 マーくんはまるで本当に意思を持っているかのように私の心の中に話しかけてきます。私は大変驚きましたが、もしかしたらこれはハロウィンという特別な日に起きた奇跡なのではないのでしょうか。
 私は今起きていることを認識し、マーくんの言葉に耳を傾けます。
「ねえマーくん。私が書記さんを救えるってどういうことなの? 私にそんな特別な力なんて……」
『特別じゃない人間なんていないよ。みーちゃんならきっと出来るさ』
「おーいちびっ子。どしたの? ぬいぐるみをじっと見て」
 マーくんと睨めっこしている私を不審に思った書記さんはそう尋ねました。
「あ、いえ――」
 私が何か弁解しようかと彼女のほうを振り向くと、私の目に信じられないものが映りました。
 書記さんの胸の当たりに光り輝く球体がありました。
 それはさっきまでは無かったはずなのに、確かに私には今見えています。私は書記さんの胸に顔を近づけてそれを凝視します。
「ええ? どうしたのチビっ子。あたしの胸なんか見ても得なんかないよー」
 その赤色の球体は、まるで飴のよう、そう、飴玉です。これは間違いなく飴玉です。
『さあ、手を伸ばすんだみーちゃん。そして、あの言葉を――』
「トリック・オア・トリート……」
 私はその魔法の言葉を呟いて書記さんの胸に輝く飴玉を手に取ります。
「え?」
 書記さんが私の行動にきょとんとしている間に私はその飴玉を自分の口の中に放りこみます。その飴玉の味は、とても甘く、今まで食べたことも無いような凄まじい幸福感が口内を支配していきます。この飴玉はなんておいしいのでしょうか。この味はとてもこの世のものとは思えません。
『どうみーちゃん。それが“人の悲しみ”の味だよ』
「人の……悲しみ……」
『人の不幸は蜜の味って言うでしょ。それはこの世界でもっとも甘いものなんだ』
「そんな、私はそんな人の悲しみを食べるなんてこと……」
『大丈夫さみーちゃん。彼女を見てみなよ』
 私はマーくんにそう言われるままに書記さんの顔を見ました。
 笑顔。
 そこには先ほどまでの微笑ではなく、本当に心から幸せそうに笑っている書記さんがいました。
「にゃはははは! なんだか妙に楽しくなってきちゃったよ。あたしってなんでこんなところでぼんやりしてたんだろ。さーいっぱい食べるぞー!」
 満面の笑顔で書記さんは料理がたくさん盛ってあるテーブルに向かいました。その姿はとても楽しそうで先ほどまでの雰囲気は一切ありません。まるで忘れてしまったかのように。
『見てよみーちゃん。あの幸せそうな彼女。キミが彼女の悲しみを取り除いたんだよ』
「私が……」
 私は口の中で溶けていく飴玉の味にうっとりとしながら、自分の中に使命感が湧いていくのを覚えました。この力は人を救う力。私だけがみんなから悲しみを消せる。
『ねえみーちゃん。折角だからみんなの悲しみも消してあげようよ』
 マーくんはまたカフス製の目で私を見つめてそう言います。
 私も自分にしか出来ないことだと理解し、決意します。私は世界を、みんなを救うのです。統べての悲しみから開放することが出来るのは私だけなのです。
「私頑張るよマーくん!」
『そうだよその意気だよみーちゃん!』
 綿のふわふわした感触のするこのクマのマーくんを抱えて、私は胸に飴玉が輝いている人を見つけようと当たりを見回します。
 驚くことに、そこにいる全ての人たちの胸に飴玉はありました。
 それはつまり、悲しみのない人間なんてこの世界にはいないということなのでしょう。どんなに明るく、幸せそうにしていても、本人に自覚が無くても人は悲しみを胸に抱いて生きているのです。
 それを失くせるのは私だけ。
 私は大きく、派手に輝いている飴玉を探します。玉と輝きが大きいほどにその悲しみも大きいものだと私は直感で理解できました。
 私はひとまず近くにいて、とても眩しく輝いている飴玉を胸に持っている女の子のもとへと駆けていきます。
「ああ。生徒たちに乗せられてついこんな服着ちゃったけど……。歳を考えたら恥ずかしくなってきちゃったな~」
 深い溜息をついているその人は、ピンク色のフリルのたくさんついたドレスを着こんでいました。頭には薔薇のついたヘッドドレスに、これまた鮮やかな桃色の日傘(屋内なのに? と突っ込みたいですがこれも仮装なのでしょう)をさしています。いわゆるロリータファッションというやつみたいです。
 とても小柄で、見た目だけなら私や会長さんと同じくらいの歳に見えます。でも初等部で見かけたことはありません。もしかしたら私より下のクラスかもしれません。
 日傘から覗くその顔はとても可愛らしく、黒い長髪をサイドで三つ編みにしていて、これまた可憐さを際立たせているようです。服装も相まって外国人のようなぱっちりとした瞳を見ていると吸い込まれてしまいそうです。
「“こんな日くらいお洒落してください”なんてみんなに言われちゃったらしょうがないよね。うん、今日はとにかく食べるぞ~」
 その女の子はフォークとナイフを握りしめ、巨大ケーキが飾られているテーブルに向かいっていきました。……あれってオブジェだと思っていましたが食べられるんですね。というかあの女の子しか食べている人はいないのですが。
「トリック・オア・トリート!」
 私はその小柄な女の子に向かってそう言いました。すると、きょとんとした表情でカボチャ顔の私を見ています。身長がほぼ同じくらいなので目線はほぼ一緒です。
「あら、可愛い。ジャックランタンのコスプレかしら。ヒーホー! おいらお菓子の長靴が欲しいホー! 今後ともヨロシク! ってやつね」
「……」
 私の姿を見るならいきなり意味の解らないことを言ったので、逆に私が唖然としてしまいました。一体何の話なんでしょうか。私が反応に困っていると、その女の子は恥ずかしそうに咳払いをしました。
「……さすがに今の若い子には解らないネタだったのね。それでどうしたの? お菓子が欲しいのかな。でも私は今お菓子持ってないんだけど……。テーブルの上にデザートやスイーツがいっぱいあるからそれじゃ駄目かな?」
 その女の子はとても可愛い笑顔で私にそう言いました。ですが、相変わらずその平坦な胸には悲しみを表す飴玉が輝いています。彼女もきっと様々な悲しい思いを胸に抱いて生きているのでしょう。こんなに可愛い女の子がそんな思いをするなんてとても痛ましいです。それを救えるのは私だけ。やるしかありません。
「あの、あなた悩んでることがあるんですか?」
 私は率直に聞きました。突然そんなことを聞かれ、また目をぱちくりとして驚いていましたが、やがて少しだけ伏せ眼になって口を開きました。
「うーん。やっぱりあのクラスだから心配事や苦労事は絶えないな~。今年は色々事件もあったし……。それにやっぱりお金もない――って子供に何言ってるんだろ……」
「トリック・オア・トリート!!」
 私は魔法の言葉を再び叫び、彼女の胸の飴玉をもぎ取りました。黄金色に輝くその飴玉を口に入れると、またあのなんとも言えない甘い味が口いっぱいに広がっていきます。人の悲しみの味、それはとても魅力的で逆に私の心を多幸感が満たしていきます。
「あれ、なんだか急に胸がすっきりしたような。なんでだろう。何かを忘れたような気がするけど、なんだかとても楽しい気分」
「どうですか。幸せですか?」
「ええ、とっても。さあ今日は楽しいハロウィン。いっぱい騒がなきゃ!」
 その女の子は目を輝かせて、料理を食べるためにどこかへ走り去っていってしまいました。
 どうやらまた私は人を救うことができたようです。悲しみが大きいほど飴の味は甘くなるようで、さっきの女の子の飴は書記さんよりも甘く、きっと彼女は様々な苦労をしてきたのだろ理解できました。私はその苦しみを取り除いたのです。
 自信が湧いてきました。




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