【ある中華料理店店員の南瓜祭】


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「ありあとやしたー」

 ラストオーダーも済み、本日最後の客が勘定を済ませて去って行く。
今日は客足が延びなかった、普段は結構な重さになる簡易金庫も今日に限っては軽く感じる。

「まぁ、当たり前っちゃ当たり前だよな」

 数ある双葉学園に入る門、その一つの前に設営された移動式屋台の中で店員である俺こと拍手敬(かしわで たかし)はため息を吐いた。
作られてまだ3ヶ月も立っていない屋台の柱は連日の稼動により、既に油で焼けて鈍く輝いている。
そんな柱にかかっている時計を見ると、既に8時を回っていた。
ラストオーダーが終わっているのだから遅いのは当たり前だが、普段と違うのは周囲の明るさだ。
双葉学園がある双葉島は学生主体の学園都市(学園島と呼んでも良いのかもしれない)であり、午後八時なんて時間に出回れば下手をすれば風紀委員に補導される可能性もある。
しかしそれもイベントがある日は例外で、お祭好きな学園生をそんな日まで縛り付けるのは無粋と言えよう。
ほぼ毎回主催がこの学園のトップである醒徒会というのもあるのかもしれないが。

「みんな楽しそうで何よりなんだが、今日はもう店じまいだな」

 ラストオーダー時間を越えても客足が途切れない時はそのまま営業時間延長するのが常なのだが、今日に限っては、妙な衣装を着た学生達は談笑しながら屋台をスルーしていく。
当然だ、学園の中では料理部が作ったハロウィン料理やお菓子が食べ放題なのだから。

「そりゃ、わざわざ金払ってまでイベントに合わない中華料理なんて食わんよな」

 学園を囲うように立てられた壁の向こうから人工のものではない煌々とした火の光が漏れてくる。
帰宅する時に見た大量のカボチャランタンが口の中に蝋燭を含んでいるのだろうか。
それにしては明るい、テンションの上がった設営隊がキャンプファイヤーでも組んだのかもしれない。

「どっちにしても俺にゃ関係ないこった」

 屋台の暖簾を外しながら、一応神道関係者なのだから他宗教のイベントなんざ関係ないやねと呟いた。







 ある中華料理店店員の南瓜祭







 残った食材を適量放り込んで中華鍋を振るう。遅めの夕食だ。
今日のメニューは定番の肉の入ってないチャーハンと、下拵えが済んでいたのに余ったので肉の入ってない青椒肉絲(チンジャオロース)。
両方共にたっぷりのラードで炒めるので肉が入っていなくても匂いは素晴らしいだろう。
まずはチャーハンから作り始める、青椒肉絲は餡かけだから後回しになる。
油と食材の焦げる匂いに横を通り過ぎる学生も少し足を止めるが、連れであろう別の学生にせっつかれて学園内へと入っていった。

「あー、召屋達も中で楽しんでるんだろうなぁ。
 やっぱり意地張らずに参加すれば良かったか……?
 いやいや、最近ちょっと神道ないがしろにし過ぎてる気がするし。ああでも楽しそうだなチクショウ」

 出来上がったチャーハンを皿にもって横に置く。
今日のは量が少なめだけどしょうがない、客少なかったから米も余り炊いてなかったせいであまり残らなかったし。
青椒肉絲という名のピーマン炒めはすぐに出来上がる、炒めてスープかけて片栗で粘り気を出すだけだ。
残った具材を使ったまかないだから食費はゼロ、素晴らしい。
……よし出来た、皿に盛ってコンロの火を落とす。

「うあ、さっぶ!」

 ずっとコンロ傍にいたせいで寒さを感じ無かったがもう10月の末、明日になれば11月だ。
短い秋もあっという間に終わり、すぐに冬がやってくるだろう。
今年は季節の変化が早い。
朝の稽古に蛇蝎さんと一緒に乾布摩擦でもしようか、などと考えつつ皿を持って……持って?

「ありゃ? チャーハンの皿が無い……ってまさか」

 まさかも何も無いんだが、青椒肉絲の皿を持って展開していた客席へと向かう。
案の定隠れもせずに席に座る一人のおっぱい、いや外道巫女こと神楽二礼(かぐら にれい)がチャーハンを食っていた。
こちらと目が合うと、軽く片手を挙げる挨拶のつもりか――って、それよりもだな。

「お前またかよ! 人のチャーハンを事あるごとに食うな!」
「もぎゅもぎゅ……んっ、あーあれっすよ、あれ」

 んって何かエロいな。
いや、違うそうじゃない。

「あれって何だ、いやそれよりも俺のチャー」
「トリックオアチャーハンっす」
「は?」

 右手のレンゲを振りつつ、ふふんっと何故か鼻でこちらを笑う二礼。
トリックオアトリートなら聞いたことあるんだが、トリックオアチャーハンって何ぞ?

「えー、そんな事も知らないんっすか?」
「トリックオアトリートなら聞いた事あるけどそんなもん初めて聞いたわ!
 良いから俺のチャーハン返せよ!」
「トリックオアトリートは悪戯されるかお菓子渡すかのどっちか。
 ならトリックオアチャーハンだと悪戯されるかチャーハン差し出すかのどっちかっす」

 何だ、そのとんでも方式は。
なんて返そうか悩んでいるこっちを尻目に二礼がひたすらもぐもぐとチャーハンを口に入れては咀嚼していく。
いかん、とりあえず何か言って止めないと俺のチャーハンが無くなる。

「……ちなみに悪戯だと?」
「チャーハン取り上げの刑っす」
「どっちにしてもチャーハン取られるんじゃねぇか!」

 その胸で悪戯してくれるんなら喜んでチャーハン差し出すわい。
なんて言ったらまた懲罰台行きになるんだろうなぁ、夏のあれは辛かった……結局揉めてないし。
ってあああ、俺のチャーハンが。

「ご馳走様っす」
「ご馳走してないけどな、誰も食ってくれなんて言ってないけどな」

 結局全部食っちまいやがって、俺の手元にあるのは青椒肉絲という名のピーマン炒めだけ。
コンロ落としたけどしょうがない、デザート用に取っておいたあれでも仕掛けるか。
またコンロに火を入れてその上に水を張った鍋、さらにその上に用意しておいたブツを蒸篭(セイロ)にいれて仕掛ける。
火加減関係ないし出来るまで放置だ。作るの初めてだけど多分何とかなるだろ。
あー、腹減ったけどチャーハン無くなっちまったし、しょうがないからピーマンだけで食うことにしよう。

「大将」
「あんだよ?」

 食い終わったのにまだ椅子に座ってのんびりと寛いでいる二礼がこちらに話かけて来る。
まだ居たのか、ハロウィンで大きなイベントあるんだから風紀委員は巡回とか警備に回ってるんじゃないのか?

「スープまだ?」
「ねーよ!」







 ピーマンだけの虚しい夕食はすぐに終わった。
味自体は文句無いんだが、さすがに炭水化物を取らないと食った気にならんね。

「おい」
「何か用っすか?」
「俺のセリフだよそれは」

 相変わらず人が食ってるのをにやにやしながら見やがって。
誰のせいでピーマンだけの食事になったと思ってやがる。

「お前風紀委員の仕事はどうしたんだよ?」
「あー、してるっすよ」
「嘘付け、人の飯食ってのんびりしてる癖に」
「酷いっすねー、ちゃんと警備してるっすよ?
 この門の」

 そう言って二礼が勝手に屋台備え付けのポットから入れた茶を啜りつつ、未だにまばらながら人通りの絶えない校門を指す。
俺は偶然こいつの警備する門の前に店を出したのか。
ピーマンだけじゃ足りない空きっ腹に同じく茶を啜って誤魔化しつつ、蒸篭の加減を見る。
……まだ少しかかるな。

「ハロウィンだとか、トリックオアトリートだとか、お前は神道関係者としてどうなのよ?」
「うちは別にお堅い訳じゃ無いっすからねー、神さまからして『楽しんだ者勝ち』って主義っすから」
「前から疑問だったんだが、お前んとこの神さまは本当に好き勝手だな」
「何言ってるんすか、日本の神様なんて大概そうじゃないっすか」

 確かに、神道の授業で習った日本の神様を思い出すとやりたい放題してるな。
うちの神社の神様はどうなんだろうか、二礼の神さまみたいに目で見たことも無いしそういえば何祀ってるのかも覚えてない。
一応部屋に簡易で作ってある神棚に毎日拝んで、祝詞あげて酒飲んで祀ってはいるんだが。
何となく、二礼と二人でテーブルに座ってのんびりと仮装して通り過ぎていく学生たちを眺める。
楽しそうではあるが、やっぱり他宗教の祭りだしなぁ。
不意に電子音が聞こえた、多分学生証のメール機能か電話機能のどっちかだろう。

「あ、私のっすね」

 そう言うと胸元から学生証を取り出し弄りだす二礼。
またそんな所に入れてんのかよ! と叫びたくなるのをぐっとこらえる。
電話だったら変人にしか聞こえんだろうしな。
まぁ、メール機能だったようで二礼はふんふん言いながら読んでいる。
うちのクラスのヤツもそうだけど女子はメール好きだよな、星崎も六谷も美作もよく弄ってるみたいだし。

「ねぇ、先輩」
「んー?」
「告白ってどう思うっすか?」

 寒くなった夜空じゃなくて昼間だったらさぞかし綺麗な虹が出来ただろう。
それくらい勢い良く茶が噴出された。
喉の粘膜が傷つけられたせいか、思いっきり咳込み咽る。

「ぐっ、げはっ、ごぶっほっ、な、なんだって!?」
「だーかーらー、告白っすよ。こ・く・は・く」

 とりあえず乱暴に抜き出したティッシュ数枚で口元を拭う。
テーブルや屋台には何とか掛からなかったようで何よりだ。
しかし、

「さ、されたのか?」
「いや、私じゃないっすよ」
「え、あ、なんだそうか」

 何故俺は今ほっとしたんだろうか、おっぱいが誰かの物になるのが嫌だからか。
……じっとおっぱいを見る。何時もどおり俺の中のおっぱい欲が満たされていく。
うん、俺は正常だ。間違いない。

「どこをじっと見てるんすか、夏に乗った分で懲りなかったのならまた乗るっすか?」
「いや懲罰台はもう勘弁」

 未だに夜にうなされるんだぞ。
だからジト目でこっち見んな。

「えーっと、で告白が何だって?」
「うちのクラスでどうにも自分の感情に気づいてない男子がいるんすけどね」
「ふむ、鈍感なやつなんだな」

 良くあるタイプだな。
友達以上恋人未満ってやつか、青春だよなそういうのって。
実に羨ましいこった。

「その男子が何時告白するのかをっすねー」
「ああ、相談でも受けたのか?」

 メールをぽちぽちと打つために画面に目を落としながら二礼が言う。
こいつも大概お節介焼きというか頭突っ込むの好きだろうからなぁ。
変な風に楽しむ癖があるのが難だが。

「いえ、何時告白するのか賭けてるんっす」
「酷いなおい!」
「一口乗らないっすか?」
「のらねぇよ! というか、何クラスメイトの恋愛事で賭けしてんだよ!」
「だって、いらない事すんなって言われたんすよ?
 事情知ったら弄る以外に楽しめないじゃないっすか。
 それを禁止されたんだから他の楽しみ方探してもいいじゃないっすか」
「良くねーよ!」

 ああ、ダメだこいつやっぱり外道巫女だよ。
普通女子高生って言ったら友人の恋愛はこっそり応援したりするもんじゃないのか?

「折角気付いた人だけが参加出来る賭けなのに勿体ないっすねー」
「気付いたって、お前もしかして参加者少ないから賭け口増やそうと思ったとかじゃないだろうな?」
「……そんなことないっすよ?」
「一応聞くが、お前どの口に賭けてる?」
「胴元は賭けずに儲けるのが基本っすよ」

 完全にダウトだ馬鹿やろう。
こいつ本当に何時か誰かに刺されて死ぬんじゃないだろうか。
っと、しまった話込み過ぎてて蒸篭のこと忘れてた。

「うわ、あっち!」

 蒸し過ぎたかもしれん。
なにぶん初めて作るからなぁ、上手く行ってほしいんだが……
蒸篭の籠を開けると凄い勢いで湯気が上がり、周囲にふわっと甘い匂いが広がっていく。
湯気が収まるとその中にはしっかり蒸しあがったモノが鎮座していた。
よしよし、形崩れて無いし成功か? いや、食うまでは何とも言えん。

「何作ってるんすか? 飲茶とは珍しいっすね」
「売りもんじゃねーよ、寒いし初挑戦だからな」

 案の定興味を示した二礼が椅子から立ち上がってこっちに寄って来る。
まぁ、偶然だけど数は二個なんだよな。本当偶然に。
トングでそれを持ち上げて用意してあった紙で包む。
本当は皿に盛るべきなんだろうけど、こういうもんはやっぱり手で持って齧り付くのが正解だと思う。

「ほれ」
「くれるんすか?」

 チャーハン食いそびれたから本当は俺が両方食っても良いんだけど、客の感想も聞くべきだろう。売りもんじゃないけど。
あと、普段から了承得ずに掻っ攫っていく癖にこういう時だけ聞くなよ。

「熱っ」
「熱いから気をつけろーって、ちょっと遅かったか」

 手に持っただけで紙を挟んだ位じゃ収まらない熱が伝わってくる。
毎日熱された油が飛んできたり、コンロそばで作業して手の皮厚くなってる俺でも結構熱い。

「肉まん? 餡まん? どっちにしても寒くなったら定番っすよね」
「杏仁豆腐は解熱作用あるから冬には向かないからなぁ、冬用のデザート考えろって言われたんだよ」

 まぁ、肉まんも餡まんもコンビニで簡単に買えるから多分ゴマ団子あたりが妥当なんだろうな。
天津甘栗は機械無しだと作るのに手間が掛かりすぎるから却下されたし。
さて、考えてる暇があったら齧り付くか。折角の熱々が冷めちまう。

「「いただきます」」

 丁度二礼と声がハモった。
お互い何となく苦笑しつつ齧り付く、俺は中身を知ってるが二礼はどういう反応すっかね?

「あっつ、はふっ、あー美味い、はっ、成功だなこりゃ」
「はふっ、甘いけど、ほふっ、これ……カボチャ餡っすか?」
「おう正解、思ったよりも甘み出るんだなこれ」

 大きく齧り付くと火傷しそうなので小さめにもう二、三口齧り付く。
下ごしらえの時に煮詰めてから冷ましたのを少し舐めた時よりも、もっと濃厚で甘い南瓜餡が饅頭の皮と相まって素晴らしい。
冷えた体が胃からポカポカと温まる、やっぱり寒くなったら饅頭は良いな。
最後の一口を口に放り込んで咀嚼、飲み干す。

「ハロウィンのお菓子ってな、指そっくりのビスケットだったり目玉そっくりのゼリーだったりで配る側も脅かすんだとさ。
 饅頭って元々は人間の頭の代わりに川に流してたんだし、似たような感じに思えなくも無いと思うんだが」
「……」
「いやー、しかし南瓜餡も美味いな」
「あー、先輩?」

 俯いたまま黙ってもそもそ食ってた二礼が不意に顔を上げた。
どうやら食いきったようで、手には空の紙包みが握られている。
って、何でまたジト目なんだよ。

「人にハロウィンとか神道関係者としてどうよって言っておきながら自分も楽しんでるじゃないっすか」
「え」
「嬉しそうに薀蓄語ったり、ハロウィンお菓子作ったりで参加したくて寂しがってるの丸分かりっすよ」
「う、それは……」

 ひ、否定出来ん。
召屋達は今頃楽しんでるんだろうなーとか思ってたのは確かだし。

「あんなチャーハンと南瓜餡まんだけじゃお腹一杯になんないっす」
「勝手に食ったのともらったのに対してそれは酷くね?」
「だから、私達もパーティ会場でもっと美味いもの食うっすよ」
「へ?」

 気付いたときには、左手を二礼の右手が握っていた。
饅頭を包んでいた紙が宙を舞うが、それを追うよりも強く引っ張られる。
すっかり忘れてたが、力だけなら俺よりも二礼の方が強かったんだっけか。
コックスーツのまま校門を越える、綺麗に蝋燭や光度を落とした照明で淡くライトアップされた会場が目に入った。
皆が仮装姿のまま楽しそうに笑いあっている。

「いやいや、俺達神道だろうが」
「なーに言ってるんすか、楽しまなくちゃ損っすよ」
「損ってお前なぁ」

 逆光になっているせいで二礼の顔は上手く見えないが、笑っているんだろう。
捕まれたままの左手が温い、そして柔らかい。

「トリックオアトリートっす」
「は?」
「ほら、今は何もお菓子持ってないっすよね? なら私にトリート(いたずら)されなきゃいけないっすよ」

 振り向いた二礼はやっぱり何時ものにやにやとした顔だ。
でも、まるで悪巧みをして楽しくて堪らないといった悪ガキみたいに楽しそうで。

「で、その心は?」
「嫌がる先輩を会場に引きづり込むっす、チャーハン食い損ねた分の食べ物もあるっすよー」

 たまに……では無いかもしれんが神道忘れて楽しむのも良いかも知れん。
中に入ったら多分知った顔に出会うんだろう、そして結局来た上に仮装してないから弄られるんだろう。
まぁ、それも何時ものことだし何より楽しそうな二礼を眺めているのも有りかもしれない。
ああそういえば、南瓜餡まんの感想を聞き忘れたなと思いつつハロウィン会場へと連れ込まれていった。



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