【2016年の事について(前)】


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真琴と孝和 奇妙な凸凹コンビ 外伝


2016年の事について(前)


――2018年 7月のある金曜、女子寮・星崎美沙自室。
 双葉区は埋め立て地であり、塩を載せて吹く風はとても開けて寝ることは出来ないが、湾岸地区に比べれば閉めていても真夏の深夜なら風が通り涼しいものだ。だが、『正確な』電波時計が午前1時を差す頃でも美沙は中々寝付けなかった。
 翌日が休日と言う事もあってまだ美沙にはゆとりが有ったのだが、それでも寝たいのに眠れないこの状況は極めて気持ちが悪かった。寝間着は着ずにブラジャーとショーツという相当だらしのない格好で寝ているが、それもこれも眠れない今夜の空気からだった。
 精神的な疲れでも、肉体的な疲れでもない。一応目を瞑れば少しばかり安楽に眠れるが、直ぐに目を覚ます。
「……くっ!!」
 そうかと思えば、意識が遠のいて静かに安楽な寝息を立ててようやく静かに寝られると思ったら、1時間もしないうちにベッドから跳ね上がるように目を覚まし、汗だらけで目覚める有様だった。
 元々眠れない上に、一時間ばかりの睡眠で見た美沙の夢は余りに苦々しく、思い出したくもない情景が昔の映画フィルムの如く一枚一枚フラッシュするように駆け巡る感覚は、気持ち悪い事を通り越えて鳥肌が立つほどの恐怖だった。
 そして覚醒すると記憶の最も目立つ場所に、一番掘り返したくなく、また苦く悲しいその情景の断片が取り残されていることに気付き、恐怖心に拍車を掛けさせる。
 一つは丁度この時期に起ってしまった家族の電車事故。真琴が『性同一性障害』に苦しんでいることを知りつつも双葉学園に中等部から編入し、美沙の元に家族が遊びに来る予定だった前日に電車の大事故に巻き込まれた日の事。
 そしてもう一つは、中等部に編入して右も左も分からなかったときに優しく手を差し伸べてくれた親友の事。
「はぁっ…はぁっ……」
 高所から転落したような感覚と叩付けられるように錯覚する感覚に襲われ、撥ね付けられるような感覚と共に不意に身体を起こして目が醒めてしまう。
「眞理……どうして……」
 その脳裏に鮮明に残る親友の夢の残滓は、決しておどろおどろしい夢ではないのだが、何もない空間にその女の子が自分の名前を呼び続け、しかも決まってこの夢を見た直後は決まって哀しい夢を見る。それが美沙には分かっているため、恐ろしくてこれ以上眠れなかった。
 これら美沙が見た二つの夢の断片は、美沙にとって最も見たくなく思い出したくもない情景で、その情景が断片の形で最も有って欲しくない思考の表面にこびりついた感覚を拭うことだけで、美沙には精一杯だった。
 堪らなくなった美沙は、掛けていたタオルケットを蹴飛ばしてそのまま起き出し、スパッツにノースリーブのシャツを着る。
「……自販機でヨーグルトドリンクでも買ってくるか……最悪だ」
 半分寝ていた所為かうつらうつらとしている極めて重い足取りだが、ゆっくりと階段を下りて一階にある女子寮の食堂に入った。

――午前2時 女子寮・大食堂。
 当然こんな時間に食堂なんてやっては居ないのだが、端には缶ジュースの自動販売機が2基、パックジュースの自動販売機、アイスの自動販売機に加えてホットスナックの自動販売機、極めつけには新聞にカップラーメン、果ては生理用品の自動販売機まで置かれている別名『なんちゃってサービスエリア』なんて蔑称で呼ばれるほどのものがあり、雑談に相談、ミーティングに最適なのである。
 しかも厨房部分を除けば時間帯問わずに自由に出入り出来る為、美沙のような眠れない者も気軽に来られるのだ。
「真琴……?」
 美沙が下りて食堂に入ると、自動販売機の直ぐ近くにある椅子に座って缶のミルクティーを飲んでいる真琴が居た。
「姉さんか……眠れないの?」
「真琴こそ眠れないの?」
 同時に出た言葉と言えば、何とも間抜けなものだった。
「……眠れない、極めて眠れない。疲れているけど何故か眠れない……まぁ、こんな時間にこんなの言い合うのは間抜けよねぇ……で、真琴はどうしたの」
 眠さも相まって極めて間の抜けた問答に思わずこんな事を美沙は漏らす。
「私は千鶴の説教の巻き添え。千鶴とプロレス放送観ていたけど、千鶴が声を出すから寮母さんや弥坂さん、久留間さんからこっぴどく説教されてさ……参っちゃうよ」
 溜息を付きながら真琴は言い置く。これも間抜けな話だが、真琴が『やれやれ』と言わんばかりのグッタリした表情を観るとそれが本当であると頷ける。
「あの子格闘技大好きだからねぇ、また怒られたのか。私は怒ったこと無いけど、舞ちゃんも走子ちゃんも大変よね……毎回じゃない?」
「毎回だよ。巻き添え食ったの今回初めてだけどさ?」
 真琴は苦笑い混じりで美沙にこう言いながら、久留間や弥坂の口調を真似するように口を尖らせる。
「『おい如月、五月蠅い』『ちーちゃんは懲りてないのね。もうちょっと油絞った方が良いかしら?』『まこちん、お前もか』……はあぁ」
 そんな真琴の物真似を見て、美沙も釣られて苦笑いをする。
「……これで一時間、流石に参ってしまうよ」
「ふふ……まぁ、真琴は初等部から『ちーちゃん』って呼んで千鶴ちゃんに懐いていたからね。貴女達を知っているのは皆、ワンセットとして一括りなのよ」
 グッタリとした様子で真琴がこう言うと、微笑みと苦笑いを混ぜながら美沙は言った。

「ねぇ真琴、もうミルクティー飲み終わっちゃった?」
 ゆっくりとミルクティーを飲み、男が残り少ない飲料を一気に飲むような仕草である、口元で缶を垂直に近づけて傾けている真琴に美沙はポツリと言い置く。
「ん? ああ、もう飲み終わっちゃったよ」
 当然のように美沙の問いに真琴は答える。何時もならば『行儀が悪い』と怒りそうな仕草だが、怒りもせずにこんな事を言う美沙に少々首をかしげる真琴ではあるのだが、美沙は静かに話を続ける。
「お姉ちゃんお腹空いちゃってね……たこ焼きでも買って食べよ?」
「珍しい、姉さんがお夜食。たまには良いんじゃない? 私も『説教』でお腹空いちゃったよ……カップラーメン買ってこよ」
 美沙の提案に乗った真琴は、ホットスナックの自動販売機でたこ焼きを買って調理中の間に、カップラーメンの自動販売機で醤油味のカップラーメンを二つ買い、お湯を注いで美沙の元に持って来た。
 美沙の元に二人分のカップラーメンを持っていく頃にはたこ焼きの調理が済んで同じように並べられると、夜食と言うより『朝食』と言っても差し障りがない程、重い『食事会』になってしまった。
「まぁ……たまには良いかしらね……食べようか真琴」
「そうだね」
 深夜2時の食堂で対面に座ってカップラーメンを啜り、たこ焼きを摘む情景はシュールなものだった。
「……姉さん凄い汗だよ。そんなに暑かったっけ? それになんか顔色悪いよ」
 ラーメンの麺を啜りながら美沙の顔を見た真琴は、顔に玉ような汗と青ざめている表情に気付く。
「何でもない、毎年の事よ」
 だが美沙は気にしないように即答するが、真琴はそのまま話を続けた。
「そう言えば、父さんと母さんの命日と、眞理(まり)先輩の……」

「やめて!」

 真琴が続けて口を開こうとすると、美沙は言葉を遮るように語気を強めて言い放った。
「……姉さん?」
「今は眞理の話はやめて!」
 真琴は唖然とするような表情で美沙の顔を覗く。物腰穏やかな美沙の違う雰囲気に圧倒されて真琴は言葉を続けられなかった。
「……ごめんなさい真琴。今夜ね、眞理の夢を見ちゃったんだよ……」
「……眞理先輩の事、まだ気にしているの?」
 小さく静かに話を続けるが、美沙は答えず買っておいたヨーグルトドリンクを一気飲みした。


――二年前 2016年 星崎美沙 高等部1年。
「美沙、ご飯食べよう」
 四限目が終わり筆記用具を片付け終わる頃、美沙の元に眼鏡をかけて黒髪のセミロング、少しソバカスが残る幼い顔立ちの女の子が美沙の席に近づいてくる。
「そうだね、眞理。片付けるまでちょっと待ってね」
「気にしないで」
 美沙に『眞理』と呼ばれたこの女子は、美沙が筆記用具を片付けるまでにこにこと微笑みながら待っていた。
「終わったよ眞理、学食に行こうか」
 筆記用具を机にしまって席を立つと、眞理は美沙の横に立って並んで歩き出した。
 この眞理と呼ばれている女子は氏名を松下眞理(まつした まり)と言い、美沙が中等部から双葉学園に入学した時に、エスカレーター式と言える双葉学園に慣れず右往左往している時に知り合った。
「私は松下眞理って言うの。分からない事があったら、私が教えてあげるよ」
 眞理は美沙と違い初等部から双葉学園に居るため、不慣れな美沙にとってこの眞理の言葉は心強かった。

「姉さん来たよ。あ、眞理先輩も一緒か」
「あら真琴ちゃん」
 食堂に着くのと同時に真琴が『自己転移』してやってきて、重低音と共に真琴の姿が現れる。
 現在でも食事は美沙と真琴は一緒に採っているが、この頃はその中に眞理も含まれていた。当時中等部時代の真琴は能力的にもスタイル的にも発展途上で、眞理は妹のように可愛がっていた。
 因みに美沙は心の中に自分の家族の事はしまっており、心を許せる者にも語っていない。この為眞理は真琴の『過去』を知らない。あくまで眞理は真琴を純粋に美沙の『妹』と思っているのである。
「真琴、席を取って置くから食券買ってご飯持ってきて? 眞理も頼んじゃってね。私はカツカレーだから」
「カツカレー……よく食べられるわね……私はたぬきうどん。お願いするね、真琴ちゃん」
「わかったよ」
 真琴に食券を買いに行かせた二人は、まだ空きが目立つ食堂の端の方に三人分の席を取り座る。因みに言うと、真琴は彼女達の食事も配膳する。カレーなんかはテレポートさせても何も問題ないからだ。
「ゲッ……真琴は焼き肉あんかけのチャーハン……しかも大盛りか」
「真琴ちゃんは男の子みたいに食べられて羨ましいわ……」
 そうこうしている内に真琴は眞理の分のたぬきうどんをトレイに載せてやってくる。
「眞理先輩持ってきたよ。って、私の悪口言ってなかった?」
「言ってないよ」
「言ってないわ真琴ちゃん」
 実際には言っていたが、美沙と眞理はにこにこと微笑みながら真琴に言い置いた。
「じゃあ、食べましょうか」
 三人が席に座るとそれぞれが一口二口と食べ始める。眞理は小食でうどんのような物でも時間を掛けて食べるが、真琴は構わず男子の様にレンゲですくってがっつりと食べていた。
 カチカチとレンゲが食器に当たる音がする度に、美沙の眉間のしわが渓谷になっていく。
「真琴、行儀悪いわよ。もうちょっと静かに食べなさい」
「えー、十分静かじゃない」
 美沙の言葉を意に介さず、がつがつと豪快に食べている。そんな姉妹の姿に眞理は微笑んでいるだけだった。

「今日はね、美沙に私からプレゼントがあるんだよ。是非護身用に使って欲しいんだ」
 眞理は微笑みながら美沙にこう言い置くと、小さく厳重な金属の箱を机に置いた。
「眞理? ……開けてみるね」
 思いの外厳重な金属ケースを出されて驚く美沙だが、眞理はにこにこと微笑んだままだった。
 少し美沙は訝しい顔をするのだが、厳重に梱包された箱を開けてみると深紅に染まった『S&W(スミス&ウェッソン) M29型 .44マグナムリヴォルバー』が入っていた。
「リヴォルバー……よね、真琴」
「そうだね。でもこの拳銃綺麗に光っているよ姉さん」
 真琴が声を上げた通りペンキや塗料で塗ったとは到底思えない、妖しいほどの光沢を放つ深紅に染まったリヴォルバーで、見る者を魅了させるほど美しい銃だった。
「えへへ……私が『異能』で能力を付与したリヴォルバーよ。名前は『ファイアランス』って言うんだ、良かったら受け取ってよ」
 ニコニコと微笑みながら眞理は言うが、美沙は一瞬戸惑った。
「で、でもさ眞理、私が拳銃貰っちゃまずくない? 何というか、これ双学のでしょ?」
 だが眞理は心配する美沙を他所に、話を続けた。
「この銃はね、異能を洗練させる内に作った最高傑作で、もう学園にも美沙にあげる前提で作ったって報告して許可貰ったから、遠慮無く貰って大丈夫だよ」
 そして満弁の笑みでこう言い置いた。美沙が受けるとこと自体が眞理の喜びなのではないかと思えるほどに。
「いいなぁ姉さん。眞理先輩の特製リヴォルバー貰えるのなんて」
 真琴も続けて羨ましそうに美沙に言う。美沙も真琴も眞理の『異能』を知っての事だが、正直美沙は躊躇った。嬉しい気持ちの半分、拳銃という只でさえ物騒な物に異能の力が秘められているのだ。
 だが、嬉しそうに見ている眞理を見ると断るのも気が引ける自分が居ることに美沙は気付く。
「有り難う眞理、使わせて貰うよ。でも、一発だけ試し撃ちしたいな。良いかな?」
「いいよ。ご飯食べたら地下の射撃場に行こう」
 美沙はそう言って『ファイアランス』と呼ばれたリヴォルバーを仕舞うのと同時に、討状之威が座っている席の横に通りかかった。
「おおっ! 星崎ちゃん羨ましいぜ……眞理ちゃん特製の物を貰えるなんて」
「う…討状先輩」
 討状は一連の流れを見ていたのに加え、当然ながら眞理の持ちうる『異能』を知っている。この為思わず声を掛けたのだろうが、この討状はこの頃からこんな調子だから真面目な女子達は眉をひそめていたりする。
「眞理ちゃん、俺にも作ってくれると嬉しいな?」
 ただこの討状は美男であることには変わりがないため、こんな事を言われると内気気味の眞理は顔を紅に染めてしまう。
「おおっ眞理ちゃん赤くなっている♪ 眞理ちゃん可愛いからねぇ~、星崎ちゃんと違う柔らかい感覚が良いんだよねぇ」
「なんて馴れ馴れしいんでしょうねぇ、討状先輩? さ、眞理に悪い虫が着くから消えて下さい」
 チラッと眞理を見た美沙は、討状にさらりと酷いことを言う。この美沙は、先輩であっても良く知る人ならフランクな対応する。
「ちょっ!? 星崎ちゃんそれは酷いぜ~……」
 チャラチャラとして軽い対応に、『フン』と鼻で笑いながら美沙はこう言うと、討状は困惑した苦笑いで戯けてみせた。
 こんなじゃれ合っている中、眞理は赤くなったまま下を向き、真琴は無視して焼き肉あんかけチャーハンをレンゲですくって、ひたすら口に運んでいた。
「……いいですよ?」
 だが、眞理は頭を下に向けたままだがポツリと呟いた。美沙にも、そして食べることに集中していた真琴も目を見開いて眞理に言う。
「眞理先輩本気?」
「眞理、だめよ。討状先輩の助平根性丸出しの言葉よ」
 さりげない真琴の言葉と美沙のストレートな悪口が出たが、眞理は少々複雑な笑みを浮かべてこう言った。
「討状先輩は、何時も私の能力を良く言ってくれる人です。ですからこの際作りますが、何が出来ても文句言わないで下さいね……?」
 眞理の意外な言葉に、討状は両手でガッツポーズをする。
「マジで? マジで?」
「ええ。作って欲しい物品を考えておいて下さいね」
 はしゃぐ討状に眞理は静かに伝える。だが、討状の所望は既に決まっているようで、
「俺は拳銃が良い! 俺の能力は銃が本領の能力だから、銃で作ってくれると嬉しいよ」
「分かりました。出来たらお渡ししますから、気長に待って下さいね」
 眞理は討状の希望を聞くと、軽く静かに会釈して、ゆっくりとした物腰の口調でこう言い置いた。
 彼女がこう言うと、討状は嬉しそうな表情と共に手を振って眞理に答えた。
「良いの? あんな約束しちゃって……?」
 一部始終を見ていた美沙は心配そうにこう言うが、眞理は微笑みながら静かに答えた。
「討状先輩はエッチぽくって苦手だけど、私の能力を気味悪がらずに接してくれる数少ない人だし……だから一つだけ作ってあげようかなって思っていたの」
 そして眞理はこうも付け加えた。
「私の能力を心から認めてくれて接してくれる人は美沙と真琴ちゃん、それにあの先輩だけだから。その人達のお願いは断れないわ」
 これだけ言い置くと、眞理はしずしずと食事に戻ってしまった。
「ねぇ眞理先輩、私もお願いしたら作ってくれる……?」
「ちょっと真琴、はしたないわよ」
 不意に真琴はこんな事を言うが、美沙は流石に恥ずかしさもあってか窘めるように真琴に言い置く。だが眞理は変らない柔らかな物腰でこう答えた。
「ええ、喜んで作るわ。真琴ちゃんも銃が良いのかな?」
 思いもしない眞理の言葉に真琴は驚いた表情を隠せなかった。だが、美沙は流石に恥ずかしく思ったのか眞理に一言言い放つ。
「眞理ダメよ! 真琴は調子に乗っているだけよ」
「ふふふ、良いのよ」
 美沙の言葉に優しく微笑みかけただけで、眞理は美沙の言葉をやんわりと否定した。
「美沙、ご飯冷めない内に食べちゃお?」
「……そうね」
 眞理の言葉に美沙は軽く頭を縦に振ると、三人は静かに食事を続けた。

――双葉学園 地下射撃練習場
 美沙の願いを聞いた眞理は、『ファイアランス』と呼ばれた『S&W M29型』の.44マグナムリヴォルヴァーと共に学園地下にある射撃練習場に下りた。
 暇だったのか真琴も居たのだが、彼女は鉄扇を優雅に仰ぎながら後ろのベンチに座って美沙と眞理の遣り取りを静かに見ていた。
「美沙、弾丸は『.44マグナム弾』よ。『コスト』はその弾丸だから疲れたりはしないわ」
「何たってかつての『最強のリヴォルバー』だもんね。でもこの拳銃軽いよ、ズシリと来る重さがないわ」
 金属の箱から改めて『ファイアランス』を取り出した美沙はその軽さに驚く。普通、.44マグナム級の拳銃は非力の者が使える物ではなく、しかも標的は対人では強力過ぎる為に大型獣相手が主戦場の物である。
 この為銃自体が重く、両手で撃っても射撃時の反動も半端ではないので非力な者では扱えず、近接距離での射程でしか命中率は期待できない。
 確かに『ダーティーハリー』や『西部警察』、『シティーハンター』でもお目見えする、かつて『最強』の称号を持ったマグナム銃だが、その実は撃ちやすくするために装弾数を減らし銃自体を身軽にしたり、鍛え上げた者ですら両手且つしっかりと足場を固めて初めて撃てる銃である。
 これが最強を言われた頃懸命なガンナーならば、対人に限って多少欠点は多いがコルト社製の『コルト・パイソン』か、同じS&W社の『M19 コンバットマグナム』を手にする方が現実的である。
「……」
 だから余計に美沙はこの銃の軽さに驚くのと同時に不安にも駆られた。本当に使える銃なのか? 普通に撃てるのか? そう言った不安は一向に払拭できなかった。
「美沙、どうしたの?」
「ううん、何でもないわ」
 不安に駆られている美沙は手に『ファイアランス』を持ったまま動けなかったのだが、眞理は美沙の気持ちを察知したのか静かに問いかける。
「……やっぱり、怖い? 美沙」
「……う…うん……ちょっとね」
 眞理の言葉に思わず本音が出る。
「銃に本格的に能力を付与したのは初めてだし、ちょっと不安だったかな?」
 そう言うと眞理はにこりと微笑みながら手を出して美沙に言う。
「美沙貸してみて? 私が撃てば大丈夫だから」
 眞理は美沙から『ファイアランス』を受け取ると両手でしっかりと銃を構え、練習場の奧にある人型の的に向かって照準を合わす。
「撃つよー」
 余りにも場違いな和やかな声とともに、眞理はトリガ-に指を掛けて射撃体勢に入る。

「!!」

 一瞬の出来事だった。
 弾丸が10メートル先にある人型の的を捉えて命中すると、穴が開いた瞬間に激しく燃え上がり、10秒もしないうちに的は灰になってしまった。
「的が燃えた!!」
 美沙も真琴も絶句してしまった。考えていた状況以上の光景が広がっていたからだ。まさか、弾丸が貫いた標的に『火炎』の追加攻撃を見舞うなんて思いもしなかったからだ。
 紙が燃えるのは当たり前だと思うかも知れないが、段ボールを銃弾が貫いて燃えることは無い。周りは焦げるかも知れないが、大きな穴を開けておしまいである。
「的が灰になっちゃったよ!」
「……人間だったら、ひとたまりもないわね……」
 美沙と真琴は驚きでこれ以上言葉が出ない。『.44マグナム』と言う只でさえ強力な破壊力を誇る弾丸に、着弾で発火すると言う追加攻撃はそれだけで大きなインパクトである。
「ね? 美沙、大成功でしょ?」
「予想を超えたわよ……眞理」
 眞理の持つ能力は『基本的に『火を扱う』ものだが直接使うことが出来ず『何かに宿して』初めて使うことが出来る』、と言うのが異能研究所の当初基本的な見解だった。だがこの能力の持つ本質は実は魔術的に力を『宿す』事であり、また非常に複雑な構造をしているものだ。
 彼女が脳内で求めた結果のイメージをして、人間が何の苦もなく持って運べて行使できるくらいの大きさの物品に対し、その物品の本質を曲げない範囲で何かしらの力を『一時的に付与』するものだった。異能研究所の『火』と言うのは脳内イメージの一つに過ぎなかったのだ。
「ようやく、私の能力も喜ばれるくらいのモノになったよ、美沙!」
 驚きに目を大きくしている美沙と真琴に向かって、胸を張ってこう言い放つ。
 こう言ったイメージ付与は通常は5分で切れる簡易的な物だったが、最近になって眞理は能力に慣れて異能力が洗練されてくると、長い集中が必要になるが永続的に力を宿すことも可能になった。また、他の異能者の使った召喚を除く能力を見て理解でき、簡易付与限定だがその異能者の能力の『理解できている一部』のイメージコントロールが出来ればそれも可能になる。
 ただし、その場合はその能力の『欠点』が三倍増しになるのだが。
「でもね、それが美沙の役に立ったら、私は嬉しいよ?」
「いや、眞理……護身用の武器は存在感で安心するものだから、滅多に役に立たない方が良いのよ?」
 つまり『力を宿す』能力が成長し『イメージコントロール』に於て、『物品の本質を損なうことなく力を合理的に付与する』もので、加えて永続的な付与にはその物品の色彩が特徴的な色に変る。
 彼女の付与した能力には必ず『消費する』代償が必要になる。電池等の動力源や弾丸がそれに当たるが、そう言った物ではない付与には大体の場合『疲労』や一時的に消費される『魂源力』がその代償となる。だから銃器や電池や燃料等を使う手持ちの器械が一番相性が良かったりする。
「それもそうね!」
 美沙の言葉に、眞理は普段の物静かで物腰の優しい姿から想像すると些か子どもっぽく答えた。眞理はこうやって作った物品に対して好意的に言うと喜ぶ。
 だが、一方で他の異能者からすると眞理の持ちうるこの能力が気持ちの悪いものであったらしく、この為に眞理は友達が少なかった。
「眞理……ふふ」
 眞理自身は魔術師的で後衛補助的な役割と認識し、いつでも活躍できるように自分の能力を高等部に進級してからも努力で切磋していたが、ラルヴァの騒動になっても彼女が呼ばれる事は殆ど無かった。
 美沙は眞理のこの様な事情を承知しているのと同時に、眞理自身も自分が気味悪がられていた事も承知していた。
「……」
 喜んでいる眞理に微笑む一方で、こうした現実を知っている美沙は何処か言い様のない寂しさを覚えた。


――五日後 放課後の教室。
 眞理は美沙に『ファイアランス』を渡した時の様に厳重にされた鉄の箱を持って歩いていた。横にはしっかりと美沙と真琴が付いてくる。
「本当に『あの人』にあげるの?」
「嘘は言わないわ、美沙」
 美沙は心配になったのか眞理にこんな事を言うが、穏やかな微笑とともに眞理はこう答える。実際、美沙からしてみれば眞理が心配であったに違いない。
 これが元で眞理が酷い目に遭わないか、と言うことも含めて。
「討状先輩」
 約束された教室に入ると、討状之威が気長に自分の席だろうか椅子に座って待っている。そこには待たされた苛立ちなど微塵もなく、寧ろ何時もの性格が嘘ではないのかと言いたくなるほど、真摯な態度で待っていた。
「おっ! 眞理ちゃん。出来たんだってね」
 眞理が教室に入ると、討状は立ち上がって手を挙げてこう言う。これだけを見ると、討状が爽やかな好青年に思えてしまう。
「星崎ちゃんに真琴ちゃんも居るんだねー、美少女三人に囲まれるなんて僕超嬉しい♪」
 しかし、やはりいつもの討状だった。眞理は頬をかあっと紅潮させる一方、美沙は無表情で答え、真琴は『ケッ』とぷいっと横を向く。
「そこっ! 星崎姉妹っ! 嫌がらない、嫌がらない。場を盛り上げる口上じゃないか、ははっ……」
「助平根性丸出しなんですよ、討状先輩は」
 冷たい視線と共に美沙は言う。美沙も真琴も軽い所謂『チャラ男』が嫌いで嫌いでしょうがなく、それは3年立った2019年でも変らない。
 それはどうせ、女と助平な事をしたいだけの欲望丸出しで短絡的な雰囲気に胸糞悪くなるからだ。
 『女の身体』を手に入れてからまだ数年しか経っていない真琴は、美沙に輪を掛けてこのような男が嫌いだった。
「まぁまぁ……討状先輩、これが約束していた物です。開けてみてくれませんか?」
 あからさまな嫌悪感を見せる星崎姉妹を宥めながら眞理は討状の目の前に鉄の箱を静かに丁寧に置き、彼に開けてみるように勧める。
 討状は喜び勇んで封印を丁寧に開封し、鉄の箱をゆっくりと開いていく。
「……おお……真っ白な……純白な『コンバットマグナム』……凄い、金属が元々このような色に見える位綺麗に輝いている……」
 金属の箱には、美沙の時の様に元々その金属がこの色であるかのように純白に覆われた『コンバットマグナム』が納められており、討状は妖しい輝きを放つこの銃に目を奪われる。
「どうですか? 討状先輩」
「凄いぜ眞理ちゃん!」
 討状は金属の箱に収められた純白のリヴォルバーを手に取り、構えはしないものの銃を手近で見たり離してみたりして暫く眺めていた。
「眞理ちゃん、この銃を本当に貰っても良いのかい?」
「ええ。その為に作ったものですから」
 機嫌良く喜んでいる討状に眞理は静かに――そして少々得意気に――言い置いた。
「そうだ眞理ちゃん、この銃に名前とか有るの?」
 嬉しそうに眞理に聞く討状だが、彼女が次に発した言葉は場が凍り付くほど衝撃的な物だった。

「『ヴァージン・チェイサー』って言います。大切に使って下さい」

 一瞬空気が凍った感覚を三人は感じたが、討状は確かめるように眞理に一言聞き返す。
「え? ごめん、もう一回言って」
「『ヴァージン・チェイサー』です」
 討状にとって此程似合うネーミングも無いだろう。軽い感じで女好き、軟派な討状にはこれ以上似合うネーミングもないだろう。
 これを聞いた美沙と真琴は、思わず吹き出し大爆笑する。
「ひゃははははは♪ 凄い名前っ! 凄い名前っ!!」
「はははは……『処女を追う者』、『乙女を追う者』……何にせよ討状先輩に"非常に"似合った名前ですよね」
「そ…そりゃ無いぜぇ星崎ちゃん……うっそ、ここに本当に書いてある……『Virgin Chaser』……マジだ」
 討状は銃をよく見ると、銃身に『Virgin Chaser』と刻まれ銘記されていることに気付く。これも元々最初から刻まれていたのかの如く綺麗な刻印だった。
 美沙がプレゼントされた『ファイアランス』にも、しっかりと銃身に『Fire Lance』と銘記されているので別段気になると言うことはないのだが、流石に討状もこのネーミングには参ったのだろう。
「日頃の行ないが、悪いんですね」
 そしてトドメと言わんばかりに真琴はこう言って締めくくった。
「真琴、悪いわよ……ははは……」
「ふふふ……でも討状先輩、悪口ではないんですよ」
 眞理は銃のネーミングに少々困惑していた討状に柔らかい口調で付け加える。
「うう、眞理ちゃん~……眞理ちゃんまで俺をそんな目で見る~」
「確かにちょっと際どい名前でしょうけど、能力は先輩をきっとお助けしますよ。約束します」
 彼女はにこっと微笑んでみせる。眞理の邪気の無い微笑みは、その言葉に嘘は無いと説得出来る程澄んでいたものだった。
 自信を持って得意気且つ楽しそうに話す眞理に、自然と美沙は討状をからかうことを止めて微笑んで眞理を見つめていた。


――数日後の放課後。

『1-B星崎美沙さん、1-B星崎美沙さん、至急生徒指導室に来て下さい』

 その日の六時限目が終了し放課後になった頃、行き成りこのような校内放送が高等部の校舎に響き渡ったのだ。
「私が生徒指導室に呼び出し? あれぇ? 何かやらかしたかなぁ?」
 このような放送が流れると、美沙は首をひねって考える。クラスメイト達も『星崎が呼び出し?』と美沙を見ながら呟いた。
「ただ単に、美沙に用事があるんだと思うな。気にしちゃダメだよ」
「ふふ、有り難うふみちゃん」
 急な呼び出しで少々困惑している美沙に、クラスメイトの川又ふみがさっと近寄ってきてこんな事を言うと、何時ものように微笑んでみせるとふみはぱあっと明るい表情を浮かべた。
 生徒指導室に呼び出される事は、『ラルヴァ』関連や重要な連絡事項、もしくは懲罰的な何かに絞られる。美沙はフランクで口調は悪いがその実は品行方正である為、こうやって直接生徒指導室に呼び出される事は珍しい。
 寧ろ、美沙の『治癒』が必要の場合は直接『○○に行ってください』と指示される事の方が圧倒的に多い為、余計に目立つ。
「美沙が怒られる訳が無いじゃない」
 少々困惑気味の美沙に、眞理は変らない和やかな口調で声を掛けた。
「……そうね、そうよね。眞理、ちょっくら生徒指導室に行って来るよ」
 頭上に幾つかのクエスチョンマークが飛来している美沙だが、眞理に優しい物腰でこう言われると困惑しながらも気を取り直して教室を出て、生徒指導室に向かっていった。

「失礼しまーす、星崎です」
 脳内の思考が疑問符ばかりの美沙だが、生徒指導室に入る前に表情を百面相させて冷静さを戻し、真剣な表情で声を出しながら生徒指導室に入る。
 すると春奈・クラウディア・クラウディウスが美沙の顔を見てにっこりと微笑みながら話しかけてきた。
「行き成りの呼び出しすまなかったね、星崎さん。用事があってね貴方を呼んだの、そう硬くならないで」
「硬くなるなって言う方が無理有りますよ?」
 そう春奈に言われると、美沙は子どもっぽい反論をしながら導かれるまま部屋の上座にある席に座るように指示された。
「早速で申し訳ないですが、私に用事とは?」
 席に座り姿勢を正すと、美沙は改めて春奈に事の本題について質問した。
「貴女にね、紹介したい子が居るのよ。来るまでちょっと待っていてね?」
 すると彼女はこう答え、暫く沈黙が場を支配した。
「遅いんですね」
「校舎の違う子だから、時間が掛っちゃうのよ。そろそろ来る頃かしらね」
 椅子に座って沈黙の時間が続くと人間は疲れてくる。言い様のない焦燥感に美沙は思わず春奈にこう言い置いたが、彼女は年齢不相応な幼い容姿からは想像できないほど落ち着いた口調で美沙に言い置いた。
「……中等部の人ですか? それとも大学部??」
 美沙の質問に春奈はニッコリと笑いながら、彼女の質問にこう返答した。
「ふふふ、初等部の子よ」
「しょ…初等部? 初等部の子と私にどんな接点があるのよ……」
 春奈の意外な返答に美沙はますます混乱していたが、春奈は
「会ってビックリするわよ。本当に意外な接点だし、何より可愛い子よ」
 美沙は春奈のこんな言葉に、『貴女の方が色々な意味で可愛いだろ』と言いそうになったが、ぐっと口をつぐむ。既にこの時点で彼女のスタイルを凌駕してしまっているので、春奈に容姿の事を言うと本気で怒るのだ。

「あ、クラウディウス先生。連れてきましたけど、どうしますか?」
 暫く経ったところでTシャツにジャージ姿の初等部の教諭が、生徒指導室の戸を開けて春奈にこう尋ねた。
「ええ、お願いします。星崎さんは既に来ているので」
「分かりました。三浦さん、入りなさいな」
 初等部の教諭は春奈からこう言われると、外にいる三浦と呼ばれた『誰か』に入るように催す。
「はい」
 外から本当に幼い女の子の声が聞こえるが、外を覗ける窓からは見えなかった。
「本当に初等部の子なんですね」
「むぅ、信用してなかったでしょ」
 事実確認と目の前に広がりつつある状況を確認するような独り言を洩らすと、聞こえていた春奈は子どもみたいに言い置いた。
 美沙と春奈がこんな雑談をしている内に、呼ばれた女子がゆっくりと生徒指導室に入って来る。
「し…失礼します」
 三浦と呼ばれた女子は見た目で十分分かるほど緊張し、顔を下に向けて前で手を交差しながら一言挨拶する。
 目がぱっちりとして可愛らしい顔つきをしていたが、同年代の女の子と比べると髪はぼさぼさ気味で余り手入れがされていない様子だった。
 この学園は制服さえ着ていれば多少オシャレをしても何も咎められないために、女子のような世代の子は自由に靴下やストッキング、靴は好みの物を履いているのだが、彼女は全く飾り気が無いのも印象的だった。
「ふふっ」
 そんな女子は顔を下に向けたまま上目遣いをするように春奈と美沙が居る方を見つめ、愛想笑いと言うのだろうか微笑んでいるだけだった。
 見慣れない場所に行き成り連れて来られ、見慣れない年上の生徒や教師に囲まれれば緊張するなと言うのが無理である。
 そんな女子に美沙は思わずにこっと微笑んでみせると、女子は釣られて微笑んでみせた。
「コラ、緊張しちゃダメだよ。肩の力を抜いて」
「あ…はい……」
 誰の目にも明らかな程に緊張している女子に、初等部の教諭は背中をさすりながら肩の力を抜くように言い置いた。
「先生、緊張するなって言う方が無理ですよ? 見慣れない高等部に来るだけでも緊張するんですからね」
 緊張を隠しきれない女子を見て、美沙は席を立ってこう言い置く。
「春奈先生、紹介したい子ってこの子で良いのかな?」
「そうよ」
 春奈も微笑みながら美沙の問いに答えると、美沙は女子の目の前に立って背を併せるように膝立ちして彼女の目線に顔を合わせた。
「三浦さん。この人が前に言っていた星崎美沙さんよ」
「私ね、今日貴女を紹介したいって言われて来たのよ。貴女のお名前は?」
 至極丁寧且つ物腰の柔らかい口調で女子に言うと、彼女はようやく緊張が解れたのか自然な笑顔を浮かべて、ゆっくりと喋り始める。
「初等部4年生の三浦絵理です」
 軽く頭を下げて『三浦絵理』と名乗った女子は、美沙にこの様に挨拶した。
 だが、美沙は此処に至ってまだ、どうしてこの様な子を紹介されているのかは分からないでいた。

「美沙"先生"、今日からよろしくお願いします」

 絵理は挨拶の後、この様に言葉を言い置いて美沙を見つめた。
「『先生』? どう言う事なの」
 咄嗟に春奈が座っている席に美沙は振り向くと、彼女はゆっくりと立ち上がって美沙に言い放つ。
「星崎さん、今日から私達と一緒に三浦絵理さんを育てるの。貴女も『先生の一人』としてね」
 春奈の言葉に美沙はあんぐりと口を開け、暫く言葉を発することが出来ない。
「……何で私が、そんな責任重大な事を??」
 疑問と同時にどうしてこんな事になっているのか分からない美沙は、気の利いた言葉よりも極めて素直にこんな言葉を言い置いた。
「三浦さんは実は『ヒーリング』の使い手でね、しかも極めて貴女の『異能』に酷似していることが分かったの。『魂源力』の構造から何からね」
「……」
 春奈の答えに美沙は完全に固まり、これ以上言葉を発する事が出来なかった。
「だから、先人である貴女の経験を踏まえれば、この子が成長するのも早いと思ったの。教員も異能研も」
 そう言われると合点がいく。経験者が教えながら鍛えれば、その効果も絶大だろうという実に理にかなった合理的な方法かもしれないからだ。
「聞けば星崎さんは『教師志望』だったわね? それに関する『実習』としての側面が有るとしたらどうする? この経験は役に立つし、教員免許取得には大きく有利よ」
 いつの間にか春奈は真剣な表情に戻して美沙に言い置く。
「だから、この子の育成の一翼を担って貰うの……この学園は、それだけ『癒し手』が重要なのよ」
 春奈が一通り喋り終えると、美沙は一度目を瞑り大きく息を吐いた。

「分かりました。では、そう致しましょうか……よろしく。私は絵理ちゃんって呼ぶわね」

「はいっ! 美沙"先生"、よろしくお願いします!」
 美沙が優しい物腰で絵理に語りかけると、緊張が粗方解れた絵理は元気一杯な様子でこう答える。
 挨拶を交わし少しの間、美沙と絵理は少しの間見つめ合っていた。この美沙と絵理の出会いが、思いもよらない状況を引き寄せる一端の一つになる事など、誰も知る由もなかった。


つづく




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