【ウェポン7・スターゲイザー 中編②】


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 奥へ進めば進むほど、奇妙な空間が広がっていった。吹き抜けのホールのような場所には大量の動物たちがいたのだ。
 まるでサーカスのように象やキリン、彼らの時代では珍しいような異国の動物たちもたくさんいた。だがそれらはみな時が止まったように静止しており、剥製のようにも見えた。
「な、なんだこりゃ。いよいよもってここは異常だぞ」
 六人は固まりながらその異常空間を見つめる。山座がその動物たちに触れ、本物かどうかを確かめていた。
「――触感がないな。まるでコンクリートに触れているように堅いな。だが空気のように手ごたえがまるで無い……」
「ど、どういうことなんですか中尉。ここはなんなんです。この動物たちは一体」
 今まで恐怖で黙っていた高橋が堪らなくなり声を上げる。この日本とは思えない異質な空間に神経をすり減らしているようである。
 高橋の悲痛な問いを無視し、山座はこの空間全域を見渡す。地面に目を向けると、そこは先ほどまでの石畳ではなく雑草が生えている。日の光など届きようがないためそれはありえないことである。山座はおもむろにその雑草を踏んでみたが土の感触も草を踏む感触も一切ない。それどころか草を踏んでもまったく潰れず鉄のような堅さである。これは先ほどの甲冑と同じ現象であると山座は理解した。
 壁は相変わらず無機質な石で出来ている。
「一体この動物たちはなんなんだよ。そもそもこんな象とかジラフとかあの遺跡の入り口からどうやって入ったんだ。通路も通れないだろう」
 白之はぺちぺちと象のお尻を叩いた。今にも動き出しそうな雰囲気だが、やはりその感触は死んだように冷たい。
「時間が凍結されているんだ。ここは、時空間軸の狭間だ」
「じくう――なんだって?」
 山座は一人納得したように呟いたが、白之はまだ混乱しているようである。
「つまりここには過去も未来も存在する空間ということさ。この遺跡が西洋の城のようなのも恐らくそのせいだ。ここには時代と時間が関係ないようだ。全てがごちゃまぜになっている」
「どいうことだ。ここは異世界か何かということか。馬鹿馬鹿しい」
「正確にはここの空間は他の時代や場所の一瞬の場面が切り取られてここに投射されているわけだ。だからこんな風に止まって見えるようだ」
 山座は納得したように頷いているが、白之を含め他の全員は誰も理解はできていない。とにかくこの異常な空間がまともではないということしかわからないのである。
「なら未来映っているのか?」
「さてね。だがあっても不思議ではないだろう。未来とは不確定なものだが、確かに存在する物だからね」
 山座はその動物の空間を後にし、奥へと進んでいく。すると、またくだりの大きな階段があり、六人はそこに降りていく。
「ああ駄目!」
 階段の途中で突然姫子がそう叫んでうずくまってしまった。何かに怯えるように震えている。
「どうした姫子!」
「駄目、これ以上は……。この先からとてつもない邪悪な気配を感じるの。危険だよ!」
 姫子は駄々をこねるようにいやいやと首を振っていた。だがそれは山座の好奇心を駆り立てるだけであった。
「やはりこの先が最深部か。さあ行こう諸君。岡村曹長、高橋伍長、神那岐嬢を支えてあげたまえ」
「は、はい」
 高橋と岡村が姫子を起き上がらせようとすると「いや、触らないで!」と拒絶した。この奥に相当危ないものがあるということかと白之は感じ、日本刀を握る手に力が入る。
「行こう姫子。大丈夫だ、俺がついてる」
「シロ……。うん、私頑張る……」
 姫子は涙を拭い再び白之の手を握った。まだその細い手は震えているが、進まなければならないだろう。白之自身あの奇妙な空間を見て、ここが一体なんなのかを知りたいと思っていた。そして山座がよからぬ目的を抱いているのなら、自分がそれを止めなければならないとも考えていた。
 長い階段を降りていき、やがて終わりが見えた。
 その先に出ると、先ほどの動物たちのいた空間お同じように広い空間で、奇妙な魔法陣や魔術の道具などが雑多に散らばっていた。
「な、なんだここ。薄気味悪いな」
 広場全体に不気味な雰囲気が漂い、ここで行き止まりのようで、鼻を刺激する血の臭いのようなものが充満していた。
「う、うわあああ!」
 高橋が何かを発見したようでそこに懐中電灯で照らすと、そこには何人もの軍服を着ている死体が転がっていた。中には腐りかけや白骨死体のものもあった。
 軍服を見てそれが日本軍の死体だということがわかった。それを見て山座以外の全員の顔に恐怖と絶望の色が映る。
「おい山座! この死体はなんだ!! これもさっきの動物たちと同じように過去の投射物だとでもいうのか!」
 白之は足の先で軽くその死体を小突く。すると、現実的な感触が彼の身体を支配した。腐敗が始まりガスがたまってぶよぶよとしている。これはさっきの動物たちと違って現実にここにある物だとわかった。姫子は口元に手を当て吐き気を堪えている。
「姫子、あまり見るな。お前には毒だ」
「うん……」
 そうは言ってもその死体は無数に転がり、視界に嫌でも入ってしまう。
「これは僕たちより先にここに来た研究者と軍の者たちだ」
「なんだと、俺たちより先に来ている人間がいたのか!?」
「ああ、この遺跡に来るのは僕たちで四組目だ」
 山座は冷めた目でその死体の群れを見つめていた。まるで汚らわしいものでも見るかのようにその瞳には同情の色はなかった。
「おい、じゃあこいつらはなんで死んでるんだよ。一体ここで何があった!?」
「さてね。だが失敗したんだろう――神との交信に」
 ざわっと鳥肌が立つのを白之は感じた。その死体の中には神官の服装や巫女服、はたまた黒魔術師の格好をした者の死体もあった。
 つまり、この死体たちも姫子と同じように神と交信する力を持っているということだ。だがどうやら失敗し、そしてこのような惨状になっているということらしい。
「おい、まともじゃないぞこれは。俺たちもこうなるんじゃないんだろうな」
「失敗すれば、こうなるのかもしれない」
「ふざけるな。部下や軍と関係のない姫子を危険に晒せるか。大体神ってなんなんだよ! なんでこいつらは死ななきゃならなかったんだ!!」
「だから言っているだろう。この世界には人間や普通の動物たちとは違う存在が蠢いている。それが生物なのか超自然の産物なのか、はたまた宇宙からの使者なのか、神なのか悪魔なのか妖怪なのかわからない。いや、そのどれもが当てはまるのだろう」
 山座はその空間の中心にある、祭壇のような場所へ昇っていく。奇妙な文字がその祭壇に描かれている。よく見ると血の痕がいたるところに染み付いていて、ここで血生臭いことが行なわれていたことがわかる。
 山座はそこに上って白之ら五人を見下ろし、手を大げさに振って演説するように語り出した。
「私たち軍の研究者はその存在に目をつけた。キミたち軍人は認めたくないようだが、今の日本軍は完全に劣勢だ。このままでは破滅へと向かうしかない。だが、この国は神の国と呼ばれているほどに、その異形の存在の数はとても多い。我々はその存在の力を持ってして世界を覆してやろうと試みたのだ。この神を復活させ、この国は世界を掌握することになる」
 山座は歯をむき出しにして笑い、メガネを押さえている。不気味な彼の笑いを、白之は顔を歪ませて不快に思っていた。
「何が神だ。ようするに化物の力で戦争に勝とうってんだな。俺たちみたいな異能者だけじゃ足りず、そんなものにまで手をつけるのかお前たちは」
「そうだ。だが私はこの国がどうなろうと知ったことではない。ただ強大な力があるのならばそれを戦争に利用する。科学者としてこの未知なる力に興味を持つのは当たり前じゃないか。だから僕は今回の任務に志願したのだ」
「ふざけやがって山座。俺はそんなもの認めないぞ。化物の力を使おうとした結果がこの惨状なんだろう! 俺だってこの国の勝利を願っているさ。だがそんな力を使って勝ったところでまともな国になるとは思えない。日本を化物の巣窟になんかさせるかよ」
 白之は刀の鍔を指で押し上げ刀身をちらつかせ山座を威嚇する。
 だが、パン、という乾いた音が響き、白之は膝をついてしまう。
 彼の右ひざから血が溢れている。
 白之が山座に目を向けると、そこには銃を構えていた山座が笑っている。
「しょ、少尉!!」
「――山座てめえ……」
 白之は苦痛に顔を歪め、彼を睨みつける。白之も腰の拳銃に手をかけ、引き金を引こうと山座に向けるが、何度引き金を引いても弾が出ることはなかった。
「な、なぜだ……?」
「悪いね千石少尉。不良品に摩り替えさせてもらったよ。キミはいつもそうやって刀ばかり好んで使うから気づかなかっただろう」
「くそ、本宮! お前の小銃をよこせ!!」
 千石は本宮の方を振り向いた。だが、その瞬間白之の顎に強烈な衝撃が走り、そのまま転がっていってしまう。驚いてすぐに顔を上げると、足をこちらに向けている本宮が彼を見下ろしていた。本宮は白之の顔をその堅い軍靴で蹴り上げたようであった。白之は流れ出る血を押さえながら睨みつけるしかなかった。
「本宮お前もか……」
「俺は……軍の犬だ。俺はただ上の命令を聞くだけだ……」
 本宮は小銃を構え、全員を威嚇する。
「俺は戦争に勝ちたい。たとえ化物の力を借りようとも、山座中尉についていく……」
「ふふふ、そう言うことだ千石少尉。彼は僕の賛同者なんだよ。さあ岡村伍長、高橋曹長、キミたちはどうする?」
 その臆病な二人は顔を見合わせ、
「すいません千石少尉……」
 と言って彼の眼を見ようとはしなかった。
「待て、ここの死体を見ろ! お前たちも死ぬかもしれないぞ!!」
 だが二人は俯いたままであった。彼ら兵隊は軍の命令には逆らえなかった。逆らうという概念など持つことすら許されなかった。
「さあ二人とも神那岐嬢をここへ連れてきたまえ」
「いや! シロ! シロ!」
 姫子は掴みかかる岡村と高橋を振り切ろうとしたが、幼い少女のか細い腕では軍人の彼らに抵抗などできるわけがなかった。
「お前ら、そんな子供を巻き込んでそれでも日本男児か!」
「黙れ……あなたはもう俺の上司ではない。それ以上動けば撃つ」
 本宮は小銃を白之のこめかみに突きつけた。その目は機械のように冷徹で、容赦のないものであった。
 祭壇の上まで連れてこられた姫子は泣き喚いていた。それを不快に思った山座は思い切り彼女の髪を掴みあげこう言った。
「うるさい小娘。キミは僕の言うとおりにすればいい。逆らえば、あの男を撃ち殺す。その後キミを彼らの慰めものにしたあとに同じように殺してやる。それが嫌なら神との交信を始めるんだ」
 鬼のように唇を歪ませ、悪魔のような瞳で彼女を脅し、姫子はもう何も言えなくなってしまった。
「さあ巫女よ。ここに来るんだ」
 山座は姫子を引きずり祭壇の上に無理矢理座らせた。その祭壇には無数のお経や魔法陣の跡があり、恐らくそれはここの死体たちが使った交信術のものだろう。
 姫子はどうしたらいいのかわからず、ふと天井を見上げると、そこには巨大な壁画が目に映った。
 その壁画には巨大なタコなのかイカなのかわからないような、無数の触手を生やした真っ黒な軟体動物のようなものが描かれている。
 その軟体動物の何百という数の目玉がこの祭壇に視線を向けていた。姫子はそれがこの遺跡に祭られている“神”だと理解した。
 いや、これは祭られているのではない。ただ純粋に眠っているのだと姫子は考えた。この時空間軸の狂っている遺跡の中に閉じ込められているのだ。
 開放してはならない。これは間違いなく災厄だ。
「ねえ、この神ってなんなの……?」
「それに答える義務はない」
「じょ、情報が少ないと交信できないの。相手のことを知らないと波長が掴めないよ」
 姫子はそう言った。何も知らないままでは交信は上手くいかないし、少しでもこの状況を長引かせたかった。たとえそれが無意味だとしても。
「ふん。そうか。ならば教えてやろう。これは太古から存在する高次元生命体だ。いつから存在するか、それすらもわからない。現に少し前までここにはこんな遺跡は無かったのだ。恐らくこの神は時空間軸を操れるのだろう。もしかしたら遥か未来や、宇宙の外側からやってきたのかもしれない。キミも見ただろう、この遺跡では過去も未来も時間も場所も関係ない。そもそも彼らのような高次元的存在にとって時間や場所といった概念はないのかもれない。だがその力を制御することが出来れば世界を手に入れたも同じだ」
「時空の制御……?」
「そうだ、この遺跡がこうもちぐはぐなのはこの神が時空を食らっているからだと僕は考えている。おそらく彼の存在がこの奇妙な遺跡を作り上げているのだ。この神の力を手に入れれば過去も未来も自由に操れる。随分前からこの神に軍は熱を入れているようだったが、いままで居場所をつきとめることが出来なかった。だが今この神は眠りについていてこうしてこの場に留まっている。神がまた別の時間軸に飛ぶ前に手に入れなければならない」
 そう言い終え、山座は姫子に銃を向けた。
「僕が知っているのはそれだけだ。神の名前も知らない。その壁画に名が書かれているようだが、恐らくそれは我々人間では発音不可能だろう。さあ交信を始めろ。生も死も超越する神の力を手に入れるのだ」
「わ、わかったわ……。そうすればシロも私も助けてくれるのね?」
「勿論だ。キミも千石少尉も貴重な“異能者”だ。そうそう手放したくは無い」
 姫子はそれを聞いて、正座をし目を閉じた。精神を集中して眼に見えない不思議な空気を感じ取っていく。
「やめろ姫子! 駄目だ――ぐっ!」
 白之がそう呼びかけるが、本宮にまたも軍靴で腹を蹴られ、黙り込んでしまう。今この状況では逆らったところですぐに撃ち殺されてしまうだろう。
 姫子は白之がそうされるのが我慢できず、言われる通りに交信を始めた。
『名無しの神よ、私の声が聞こえますか?』
 この場に眠る神へとそう問いかける。すると、ざわざわとした感覚が彼女の身体を支配する。どうやら神は姫子のことに気づいたらしい。
『名無しの神よ、あなたの力を貸して欲しいの。どうか私の言うことを聞いて』
 びりびりと遺跡全域が揺れ始める。これは応答しているということなのだろうか、姫子は呼びかけを続けた。
『名無しの神よ、あなたの声を聞かせて。姿を現して』
 すると、天井の壁画に異変が起こった。天井の絵から黒い塊が漏れ始めたのだ。その黒い物体はだらりと垂れ、まるで触手のように蠢いていた。
「おお、これが神か!」
 山座は歓喜の声を上げた。だが高橋と岡村には恐怖の色しかない。
 その触手には無数の目玉がついており、壁画そのままの姿を彼らの前に現したのであった。天井全体に蜘蛛のように張り付いてこちらを見ている。
『さあ、名無しの神よ。力を――』
 その言葉をきっかけに、その黒い塊がどろっと地面に落ちてきた。触手が姫子を包み込み、飲み込んでいく。
「だ、大丈夫なんですか中尉……。彼女は……?」
 黒い物体に飲み込まれ姿の見えなくなってしまった姫子に驚き、高橋はガタガタと震えていた。当然だろう、このような超常の存在に出会ったのは初めてなのだから。だが山座は既にこのような存在を知っているようで、ニタニタと笑っているだけである。
「あれは神と一体化して交信を深めているのだ。彼女はどうやらここに転がっている死体共よりも強い力を持っているようだな」
 まるでヘドロのように蠢いているその黒い物体を見ながら山座はそう言った。


『すごい、何この感覚。時間も場所もどこかわからない』
 彼女がいる神の中は、まるで暗黒の宇宙のようで、何も無い真っ黒な世界が広がっていた。先ほどまでの世界と断絶されている錯覚に陥る。いや、実際そうなのかもしれない。ここはあちらとは別の世界になっているのだろう。ここは世界の果て、時間も空間も関係の無い異空間なのだ。
『いたっ……!』
 姫子が腕に激痛を感じ、そこに目をやると黒い触手が彼女の腕に絡み付いていた。それは腕だけではなく、身体全体に這い上がってきた。神経を侵食されるような激痛に襲われ、姫子は叫ぼうとしたが、その声は響かない。ここには音も何もないのだ。
 まるで神が直接姫子にコンタクトをとろうとしているかのようで、次第に心にまでその暗黒は侵食してくる。
『なんなの、名無しの神よ。あなたはどうしたいの?』
 その神は言葉を持たないのか、彼女の問いかけに答えることはなかった。だがただ一つの欲求だけが彼女の心に伝わってくる。
 それは“食欲”。
 目覚めと共に沸き起こる食欲の衝動であった。







「う、うわああああああああああ!!」
 その叫び声を上げたのは岡村であった。彼は目の前の黒きモノがさらに肥大化し、こちらに触手を伸ばしたのを見てパニックを起していた。小銃を向け発砲するが、その神に何発銃弾を撃ち込んでも手ごたえはなく、その黒い触手に吸収されているようであった。
「やめたまえ岡村くん。そんなものは無駄だ」
 山座は冷静にそう言っているが、高橋も岡村ももはや混乱しており、自分たちを取り囲む化物の触手から逃れようと走り出した。
 だが黒きその神は走り出した岡村と高橋に触手を伸ばして言った。無数の太い触手は彼らを包み、強く握り締めていく。
「ひいいい! た、助けてください中尉いいいいいい!!」
 二人の叫び声も虚しく、彼らの胴体は千切れ飛び、部屋の中に四散する。内臓と血がシャワーのように山座の顔に降り注いだ。触手から直接捕食をしているようで、残った肉片は神の身体に吸収されていく。
「岡村! 高橋!!」
 彼らの最後を見た白之は悲痛に二人の名を叫ぶが、もう跡形も残らず砕け散ってしまった。怒りに顔を歪め、白之は本宮を睨む。
「おい本宮! お前はこれでいいのか。見ろ、やはりあんなのは人間が制御できる物じゃないんだ。仲間まで見殺しにして、お前たちは何を望むんだ」
「黙れ……ここまでは予定の範囲内だ。あんな役立たずたちは死んで当然だ」
 本宮は銃身の先で白之の頭を小突いた。それを見て返り血を浴びた山座がにやりと笑っている。
「キミこそ何が不満なんだい千石少尉。キミは言っただろう“国のために戦っている”と。ならば利害は一致しているじゃないか。戦争に犠牲はつきものだ。彼らは戦死したのだよ、国のためにね。くくくく」
「ふざけやがって山座。姫子もあの化物に飲まれちまった。俺はお前たちを許さねえぞ」
「許されなくて結構だよ。さあ、神那岐嬢よ。僕の声が届いているかい? 神の力があればこの遺跡そのものを制御することができる。この遺跡を使えばどこにでも移動できるんだ。さあ、今すぐ敵国の中心に移動するんだ。奴らの国を丸ごと滅ぼしてやろう」
 山座がその黒い塊に話しかけるが、反応は無い。
 どうやら姫子は完全に乗っ取られてしまったようで、制御をすることなど不可能であった。
「おやおやおや。これはまずいな。まさか神那岐一族の力をもってしても御することは不可能なのか」
 山座は少し後ずさりをする。恐らくここまでの暴走は彼にとっても予想外であったのだろう。だが黒き神は膨張を続け、天井に届くまでにその巨体は膨れ上がっていった。
「中尉。危険です……離れて下さい……」
 本宮が山座にそう呼びかけるが、山座がそこから逃れる前に黒き神は触手を彼に伸ばしていく。ここに大量に散らばる死体たちと同じように、山座もまた捕食の対象になっているようであった。
「ふふふ、なんて強大な力なんだ……素晴らしい……!」
 山座はその神の力に恍惚とした表情をしており、我を忘れているようであった。
「中尉! 正気を取り戻してください!!」
 本宮は山座に伸びる触手に小銃を構え発砲した。触手に銃弾は無意味であったが、山座の気付けにするためであった。それが功を奏し、山座はそこから飛び逃げる。
 だが、本宮が銃口をよそに向けるのを白之は見逃さなかった。
 白之は撃たれて痛む腿を押さえながらその場から駆け出した。途中、高橋の死体から飛び散った時に落ちてきたであろう拳銃が目に入る。彼はそれを手にして大きな瓦礫などの後ろに隠れた。
「――しまった、 千石ううううう!!」
 本宮が気づいた時にはもう遅く、彼は隠れてしまい、そちらに小銃を向けても無意味であった。「ちっ」と舌打ちし均衡状態が続く。本宮は触手の脅威に晒されつつ、そちらに気を回せば白之に撃たれるという状況になってしまった。立場が逆転したのだ。
 だが本宮に対して優勢になった白之であったが、それでも今のこの状況下ではほんとど意味などないことを悟っていた。たとえ本宮を倒しても、あの化物を倒す術はない。もしまだ姫子が取り込まれただけで生きているのなら助けなければならない。逃げるわけにはいかないのだ。
 そうしている内にも触手は彼ら三人を狙って蠢いている。
 山座は石柱の陰に隠れなんとか難を逃れている。
 だが、突然その触手が痙攣したように震え、ピンっと一瞬張り詰めたと思うと、溶け始めた。一体何が起こったのか三人は理解できない。
 液状になったその黒き神は遺跡の床に溶け込んでいく。
「中尉、どうなってるんですか。何が起こったんですか」
「わからない。だが、また眠りについたわけではないだろう。見ろ、どんどん遺跡全体が黒く染まっていく」
 もともと暗かった遺跡内であったが、その神が遺跡と同化し始め、完全な闇が訪れた。そのはずなのに彼らはお互いの姿だけはよく見えた。
 白之もそれに驚いた。岩陰に隠れているのに、丸見えになっているのだ。だが、岩自体は確かにそこに存在するようで、堅い物が背に当たる。あくまで視覚的に見えているだけのようであった。
「どうなってやがる……」
 白之はその暗黒空間を眺める。すると、その空間に無数の目玉が一斉に目を開いた。やはりこの黒い空間はあの神と同化したらしいことを白之は認識した。
「山座、これはなんなんだ。何が起きるんだ」
「僕にもわからないと言っているだろう千石少尉。だが、これは神那岐嬢が何らかの干渉を神に行なっているということだろう」
「つまり姫子はまだ生きてるんだな?」
「ああ、彼女が少しでも抑えているから我々はまだ生きていられるのだろう。くくく」
 こんな危機的状況だというのに、山座はまた笑っていた。彼にとってこの状況は新たな情報収集でしかないのだろう。自分の命すらも勘定にいれてはいないようだ。
 その直後大きな揺れがこの遺跡全体に起こった。凄まじい揺れで、彼らは立つこともできずにへたりこんでしまう。
 そして轟音と共に、今度は逆に凄まじい光が彼らの視界を塞いだ。
「な、なんだ今度は!!」
  眩しさに目を閉じ、光りの強さが収まってくると彼らはゆっくりと目を開けた。そこはまた先ほどと同じ遺跡の空間が広がっていた。だが、揺れで壁や天井が崩れたのか、外の光がこの空間に漏れていたのだ。
 だが、彼らは気づく。それがありえないことに。
 ここは山の中に存在する地下遺跡。外の光が届くことなんてありえないことであった。
 山座はその崩れた壁に向かう。すると、そこから見た光景は壮観なものであった。
 そこからは青い空と、下を見ると自分たちが先ほどまでいた山が見渡せた。どうやらこの遺跡は空中に浮いているようであった。
「そうか、神那岐嬢はついにこの黒き神の制御に成功したのか。どうやら彼女はあの遺跡内部からこの空中までこの遺跡全部を空間転移させたようだ。これは素晴らしい! このまま敵国へ突き進むんだ!!」
 山座が歓喜に身体を震わせ、どこかにいるはずの姫子にそう呼びかけた。
『無理よ。もう私がこれを抑えるのは限界なの。もう遺跡全体が飲まれているわ。このままでは世界そのものを滅ぼしかねない』
 そう姫子の消え入りそうな声が聞こえた。その言葉に山座は少しだけ開いた壁から身を乗り出し遺跡を確認する。
 遺跡と神が同化しているようで、遺跡の外観は触手に侵食され所々有機的な物体に変換されている。それがさらに不気味さを増加させ、西洋の城のような遺跡が空中を浮いているというのは酷く非現実的である。
「どうするんだ姫子。なんとかならないか」
 白之は遺跡と神と一体化している姫子にそう尋ねた。姿は見えないが声は届くはずだ。
『この神の力が時空を操るのなら、この遺跡そのものを未来に飛ばすの』
「そ、そんなことが出来るのか?」
『最後の力を振り絞って制御すれば出来るわ。もう力の限界が来ているからそんなに遠い未来には飛ばせないけど。百年以内なら飛ばすことはできるよ。少なくとも今、この脅威を消し去るにはそれしかない』
「だが、それじゃ未来に被害が……!」
「千石少尉。そんなことを言っている場合じゃないだろう。今、この瞬間の危機を回避しなければ未来などないのだよ」
 山座はにたにたと笑いながらそう言った。その言葉にかちんと来たが、今怒って岩陰から飛び出せば本宮に狙い撃ちされるだけであろう。
「なあ姫子。この遺跡を未来へ飛ばして、お前はどうなる。お前はこっちに戻ってこられるのか?」
『それは、多分無理』
「そんな、それ以外に方法は無いのか。こんなこと全部あの山座と軍の責任じゃないか。お前がそんな犠牲になることなんて無いんだ」
『でも、もうどうしようもないよ。私はもうこの化物と同化してしまいそう。いつまた暴走を始めるかわからないの』
「そんな……」
「いいじゃないか千石少尉。神那岐嬢の言うとおりにしよう。そうすれば我々は助かるのだ。さすがに制御できないとなればこの国そのものの存続も危ぶまれるからね」
「山座ぁ……てめえ」
「さあ神那岐嬢。この黒き神を未来へと移動させてくれたまえ。我々はその間にここから抜け出すよ」
「バカか山座。ここは空中に浮いているんだろう。どうやってここから脱出する。飛び降りれば死ぬだけだぞ」
 そのもっともな問いかけに、山座はにやりと笑った。
「問題はない。なあ本宮軍曹」
 その言葉に本宮はこくりと頷く。不思議に思った白之は少しだけ岩陰から顔を出した。すると、本宮の身体に異変が起こり始めたのであった。
 本宮の背中が奇形のように膨張し、軍服が破れ、その背から巨大な羽が生えてきたのである。その羽根は純白で、まるで天使のようであった。
「本宮、お前……」
「そうだ、彼もまたキミや神那岐嬢と同じように特別な力を持っている。彼は自由自在に空を飛ぶことが出来るのだ。キミは鉄の翼が無ければ飛べないだろう」
 山座は本宮に掴まり、壁の穴に近づく。ここからすぐにでも脱出しようというのだ。
「さあキミもこちらに来たまえ。キミの力が我々には必要なのだ」
「千石少尉。あなたも死にたくはないでしょう。銃を捨ててこちらに来てください。俺の力なら二人を担いでも飛行可能です。さあ」
「……」
 白之は黙ってしまう。
 このまま姫子を見捨てて逃げ出していいのか。それで自分は納得できるのか。
『行って、シロ』
 そう小さく姫子の声が聞こえた。
『このままここに残っても、シロも取り込まれちゃうだけだから。そうなったら何の意味も無いよ』
「姫子……」
 白之は自分の無力さに苛立ち、銃をその場に投げ捨てた。
「姫子! 俺はお前を絶対助けてやる。必ずだ。何か方法があるはずなんだ!!」
『うん……ありがとう。私、きっとシロが助けてくれるって信じてるよ』
「当たり前だ。俺は、俺は日本男児だ。約束は守る」
 白之はほんのちょっと前にあっただけのこの少女に強い思いを感じていた。幼く、小さいのにこの国の理不尽な争いに巻き込まれ、こんな事態になってしまった。
 遺跡と黒き神と融合して、もはや彼女の精神は消える寸前である。
 今の自分では彼女を助ける術はないと理解した白之は、その場から去る決意をした。
「山座、お前も約束しろ。お前も彼女を助けることに協力するんだ」
「……ふふふ。構わないよ。僕もあの神をこのまま手放したくはないからね」
 白之はその言葉を信じ、本宮の下に向かい、彼の身体に掴まった。
「姫子、待ってろよ……」
 そのまま本宮は二メートルほどの巨大な翼を広げ、空へと飛び出した。強烈な風が吹き、そのままバランスを保ちながら落ちるように飛んでいく。空に浮く遺跡から離れたところで、その遺跡の周りは強烈な空間の歪みが発生した。
 そして激しい光と共にその巨大な遺跡は一瞬にして姿を消してしまったのであった。どうやら未来へと送り込まれたらしい。あれほどの質量が一瞬にして空間転移するということは相当なエネルギーを持っているのだろう。もしあの黒き神が暴走し、世界に牙を向いていたら大変なことになっていたかもしれない。
 本宮はそのまま彼らがいた洞窟の簡易拠点まで降りていった。
 だが、白之はそこの異変に気付いた。その洞窟に小隊ほどの数のの軍人たちが待機していたのであった。
「お、おい山座。どういうことだ」
「……ふふふ。僕が彼らを呼んでおいたのさ。彼らは僕の忠実な部下さ」
 地上に降り、本宮は羽を畳んで、山座と共にその軍人たちの下へと駆けていった。
 彼らは山座を見ると敬礼し、歓迎しているようであった。
「山座中尉。命令どおり待機しておりました」
「そうかご苦労。キミらも見ていただろう。あの遺跡は消滅してしまった。任務は失敗だ」
 そう告げた山座の顔はまったく無表情であった。任務の失敗など気にも留めていないようである。
「それで、どうしますか中尉」
「ああ、仕方ない。こうなったら後はこうするしかないな」
 山座はばっと手を挙げ、白之の方を向いた。
「千石白之少尉には死んでもらう」
 その瞬間、その軍人たちは一斉に銃を白之に向け、その銃口が火を噴いた。
 突然の行動に白之は咄嗟に動けず蜂の巣にされてしまう。何十発もの弾丸が彼の身体をボロ雑巾のように蹂躙していく。だが、不思議なことに心臓や頭には当たることがなかった。兵士たちはわざとそこからずらして撃っているようであった。
 力尽きた白之は大量の血を流しながらその場に突っ伏した。
 山座はさっと手を挙げ、今度は兵士たちの銃を伏せさせた。
「十分だろう」
 そう言いながら山座は彼の下まで近づいてきた。
「山座……お前なんで……?」
 彼には理解できなかった。わざわざ遺跡から助け出しておいて、自分をこうして始末しようとしているのかを。だが山座はにやにやと笑い、こう言った。
「こうするためにキミをあそこから連れてきたんだよ千石少尉。神を失った今、僕の興味はキミにしかない。キミが死ねばキミの異能の力の研究をすることができる。異能者を貴重だと贔屓している頭の堅い上の連中も死体相手ならば許可を出すだろう。だけど安心して欲しい。キミを殺しはしないさ。キミには少しの間眠ってもらうだけ、僕はキミが大好きなんだ。きっと大事にするよ。くくくくく。神那岐嬢のことは諦めたまえ、キミはこの国のために尽くすんだよ。ふふふ」
 白之は失われつつある意識の中で、悪魔のように笑う山座を睨みつけた。
 最後の力を振り絞り、全力で叫んだ。
「山座あああああああああああ! お前は絶対に許さない。殺す、絶対に殺してやる!」
「それは楽しみだ千石少尉。僕を殺してくれよ、ずっと、ずっと待っているよ。ははははははは!!」
 白之は意識を失うまで、ただ姫子のことを考えていた。
 自分が死んだら彼女はどうなる。必ず助けると約束したばかりなのに、と。
 そして彼の世界は暗黒に包まれた。



        ※
        ※
        ※


 そして気が遠くなるような年月が過ぎ、再び彼は戦いの場へと駆り出されることになる。
 冷たい空気と共に、堅い機械のようなベッドの上で、彼は目を覚ます。
「ここは……」
 確か自分は撃たれて死んだはず。
 そう思いながら重い瞼を開く。目の前には見知らぬ女性が二人、そこに立っていた。
「ようこそ2019年へ、千石白之くん。……とりあえず服を着ましょうか。みゆきが鼻血たらしてるから」
 こうして千石白之の物語は現代へと続いていく。


       つづく






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