【MEMENTO MORI――汝、死を想え――】


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。



 主は全てを許したもう。
 主の愛は無限なり。
 万物を創りたもうた主は、無限の愛をもて万物を慈しみ愛される。
 子らよ、そこには人種も国籍も老若男女の区別すら存在せぬ。
 そう。

 たとえ、汝が人ではなくとも。

 主はその無限の愛で汝を慈しみ愛されるであろう。
 汝が今、此処に存在する事こそが、その愛の証明である。
 地上における汝の存在こそが、主の無限の愛を証明するのだ。
 故に、ラルヴァよ。

 我らは、汝らを敬愛し、誇り、崇めよう。
 汝らと共に歩むことを此処に誓おう。
 我らは聖痕《スティグマ》。
 汝らの存在こそが神の愛と、説き崇める者なり。


        聖痕教会《スティグマータ・オルソドクシア》公式賛美歌第四篇第二章より抜粋





 礼拝堂に、パイプオルガンの旋律が響く。
 双葉学園に幾つかある教会――そのひとつ。
 何の変哲もないそこは、しかし裏の顔が存在する。
 聖痕教会《スティグマータ・オルソドクシア》。
 秘密結社【聖痕《スティグマ》】の中でも、特に宗教団体としての側面が強い部署。
 その教団の支配下にある教会だ。
 一九九九年より爆発的に観測・確認されるようになったラルヴァを神の使い、或いは神の愛の証、そして……神の顕現そのものと崇める信仰宗教団体。一般人に門戸を開き、カルト宗教としてひそかにブームを集めている。
 特に、中高生の少年少女たちに人気があるという、カルト宗教団体というよりは、オカルトサークル的な意味合いの強い組織だ。
 事実、ここに集う信徒の中で、どれだけの人間が真にラルヴァを崇め、敬い、命を懸けるだろうか。
 いやしない。
 信仰は喪われた。
 今や聖痕は多くの派閥に別れ、ただの殺人者が組織を隠れ蓑に活動してすらいる。
 金の為にその力を振るい、我欲のためだけにしか動かぬ者も多い。
 信仰は喪われた。
 だが――それでも。
 男は、礼拝堂に流れる鎮魂曲に耳を傾ける。
 美しい音色が響く。
 パイプオルガンの鍵盤を、白く美しい指が軽やかに流れる。
 それはまるで奇跡のように淀みなく、罪を洗い流す調べを奏でる。
 その旋律を胸に染み入らせる度、彼は想う。
 それでも信仰はここにある、と。
 その旋律を胸に染み入らせる度、彼は想う。
 死を。
 仲間の死を、守れなかったラルヴァの死を、その姿を、記憶を想う。
 そして――
 その美しく気高き信仰を踏み躙るものに死を、と。
 復讐を、想う。
 その旋律は、彼に生きる力を与える。
 すでにただの、動くだけの屍と化した男に、生きる鼓動を与える。
「……」
 いつしか、演奏は終わっていた。
 男は閉じていた目を開く。
 男の目の前に、少女が立っている。先ほどまでパイプオルガンにて演奏していた、修道女だ。
 彼女は微笑む。
 だが、その瞳は男を移していない。
 彼女は微笑む。
 だが、その唇から男に対する言葉は出ない。
 当然だ。修道女は、目も見えなければ口もきけない。
 人としての機能が壊れている。
 故に、人の世界では生きていくことは難しく、こうして聖痕教会に拾われるしかなかった少女だった。
 名を、|ルミノクス《明るい夜》と言う。無論、コードネームだ。
 本名を男は知らない。いや、どうでもいいことだ。
 そもそも、この組織に本名をいまだ持っている人間がどれほどいる? いまい。自分も含めて、だ。
 人間らしい名前など、潜入任務の時以外に必要ない。
 ……それこそ、どうでもいい話だ。
 男は、ルミノクスの手を見る。
 封筒が握られている。
「なるほど。ここに呼び出されたのは、音楽でリラックスしろ、という温情じゃないわけだ」
 そう言いながら男は封筒を手に取る。
 封筒の中身に目を通す。
 そして、男が読み終わった後、その文書は音を立てて燃え尽きた。

「任務了解。状況を開始する」







 MEMENTO MORI――汝、死を想え――







 六道想《りくどう・そう》は、真っ当かつ平凡な家に生まれた、普通の少年であった。
 特に不良というわけでもなく、さりとて優等生というわけでもない。
 喧嘩やいじめを見かけたら止めに入る程度は正義感を備えていたものの、それとて若さゆえの愚直な勇猛さであり、特筆する程度のことではないだろう。
 どこにでもいる、ただの少年だった。
 だから。
 ふと気がついたら、何者かに目隠しされ手錠をされ薬物で意識を奪われ、拉致監禁された状態で目が覚めたというこの状況すらも、想が何をしたというわけでもない。
 ここにいる殆どの少年少女たちと同じように、偶さか運が悪かっただけなのだ。
「……何だ、これ」
 想はつぶやく。いや、それくらいしか想には出来ない。
 頭が痛い。なにか薬をかがされたからか、頭痛がする。とてもいい寝覚めである。
 頭を振り、周囲を見回す。
 湿気たコンクリートと黴の臭い。空気が淀み湿っている。
 薄暗く、明かりは裸電球のみ。
 自分と同じく、みな手錠をされているようだ。すすり泣きも聞こえる。
「浚われたんだよ、キミも」
 想に向かって声が掛けられる。
 想はその声の主を見る。部屋の端っこに座っている少女だ。同じく、手錠をかけられている。
「私は、吉沢由美。キミは?」
「六道想。そうなのか、俺たちはつまり浚われたと」
「……落ち着いてるね、キミ」
「はあ」
 想は平然と答える。
「人間、生きてたらこういった犯罪に巻き込まれる可能性も大きい。ましてや変態の跳梁跋扈する双葉学園、別に驚くことではないかと。シンプルな理屈だろう」
「……いや、ふつー驚くよ……キミ、なんかすごいね」
 平然と、滔々と答える想に対して、少女は呆れ顔で言う。
「今は静かだけど、さっきなんてひどかったよ……みんな泣き喚いたりしてさ。私も最初は焦ったけど、もう疲れて泣く気力もないっていうか……キミ、根性ある? それとも場慣れしてるとか」
「別に。驚きすぎて感覚が麻痺しているだけだ。
 それにこの状況、下手にうろたえて暴れ、体力を消耗するのもつまらない。
 なら動かずに体力を温存しておいたほうが、助かる可能性が高い」
「助かるって思ってるの?」
「ああ」
 想は答える。
「ここは異能者の集まる双葉学園。ならばすぐに解決してしまうだろう。シンプルな理屈だ」
「……私達、双葉からどこか別のところに浚われたかもしれないんだけど」
 その由美の言葉を、想は否定する。
「それはない。ざっとみて二十人はいる、この数の人間を運び出す事は双葉学園都市のセキュリテイを考えると難しいだろう」
「……詳しいのね」
「仲間が、昔。エロ本を持ち込もうとして捕まっていた。陸路、海路、空路共に失敗して没収されていた。
 風紀委員を舐めないほうがいいだろう。結果はとてもつまらない」
「そ、そうなんだ」
「そうなんだ」
 そして想はもう一度自分を確認する。
 特に目立つ負傷はなし。投与された薬物もおそらくは睡眠薬系統であり、それはもう効果は消えている。
 拘束は金属製の手錠のみ。身体機能抑制の用途の薬物投与はなしと思われる。
 状況に支障なし。
 ……もっとも、だからといって何ができるというわけでもないのだが。
(……寝よう)
 ただ黙って繋がれていても、精神を消耗するだけだ。
 それならば眠って体力を温存したほうがいい。
 そう決断すると、想は目を閉じた。




 目が覚めた。
 快適な眠りとはいえなかったが、それでもいくばくかは体力が快復したと想は認識する。
(……?)
 だが、目覚めた想には違和感があった。
 自分心身ではなく……
(少なくなっている?)
 そう、眠る前よりも人が少なくなっているのだ。
「……起きた?」
「ああ。人が少なくなっているけど、どうしたの? 逃げた?」
「ンなわけないでしょ」
「そうか」
 由美の言葉から察するに、そうではないらしい。
「大人がやってきて、連れて行ったのよ」
「どんな」
「どんなって……白衣とか着た、あやしい連中」
「怪しいな」
「……ねぇ。私達、どうなっちゃうんだろう……」
 由美は、潤んだ瞳で想を見上げてくる。
「どうにかなるしどうとでもなるだろう」
「……っ、あなた、不安じゃないの!?」
「不安、か。どうだろうね」
「それとも、信じてるの? 助けが来るって……」
「ああ」
 想は平然と言った。
「天は自ら助くる者を助く」
「……なに、それ」
「天は公平で、依怙贔屓しない。努力した人にいい結果を与えてくれる。
 人はだませても、天をあざむくことはできない……
 そういう意味のことわざだ」
「意味、わかんないんだけど……」
「諦めずに努力すれば必ず助かる、ということだ」
「そう上手くいくはずないよ……だって、そうなら、なんで私達、こんな目にあってるの……」
 そんな由美に、想は言う。
「それは、神様が、そう望んでいるからだろう。試練を」
「試練……?」
「神様は、不必要なものをこの世界に生み出さないし、許さない。なべて試練なんだ」
「試練ね……じゃあ何? この世に酷いことがたくさんあるのも全て神様が仕組んでるっての?」
「そういうことになるかな」
「ふざけてるわよ、それ。だったら……」
「そうだな、君の怒りは正当なものだと思う。それでも、神は居るんだ。
 そう、神は……居てしまったんだ」
「……、あんた」
 滔々と語る想に、由美は後ずさる。
「シューキョーの人?」
「……そういわれると傷つくな」
「うん、ごめん、うんそうよね、信仰の自由だもんね、ははは……」
「……さて、天からの助けを待つとするか」
「いや動けよ」
「動いたところでどうにもならないことはある」
 そう話していると、ふいに壁が光った。
「!?」
 壁は、ただの壁ではなかった。
 モニターである。
 そこには、いろんな部屋や廊下が写されていた。
「……な……っ!」
 部屋の中から声が上がる。いや、悲鳴だ。
 モニターには。
 一言で言うと、殺戮が映っていた。

「ラル……ヴァ?」
 誰かが言う。
 双葉学園の生徒達を襲う、ラルヴァの姿。
 殺意に目をぎらつかせ、正気を失い狂った獣が、少年少女を襲い、殺し、喰らっている。
 獣がいた。
 蟲がいた。
 陸地を這う魚が居た。
 壁を潜る鳥がいた。
 多種多様のラルヴァが、生徒達を――襲っていた。
「い……いやぁああっ!」
 悲鳴があがる。
 そして、モニターが切り替わる。
『どうだね、満足していただけたかね?』
 ノイズのかかったシルエットの男の姿が現れる。
『君たちは選ばれたのだ、実験に。異能者を生み出す実験だ。
 彼らは失敗した。異能を発現できず、ラルヴァに殺されてしまったが……まあ仕方ない。
 異能者になれない人間は、死んだほうがいい』
「な……なにこれ、なんなのよあなた!」
 由美がモニターに対して叫ぶ。だが、男は動じない。 
 そもそも、声が届いているのかどうか。
『我々は、ただの人間を異能者へと作り変える薬を実験中なのだ。だが未だに成功は見えない。
 故に学園生徒である君たちに協力していただきたい。
 これは双葉学園生徒の義務であり責務である』
 そして、扉が開く。
 白衣に身を包んだ男達が、生徒達を立ち上がらせる。
『次の十人は……成功すると信じているよ。
 それが駄目なら、また補充しないといけないね?
 そう、君たちは希望なのだ。学園の、我々の』
 想の腕が掴まれる。
『その薬品には、人間の生存本能に反応して異能を引き出すのだ。
 理論上は完璧だ。
 だが素材が悪いのか、未だに成功はなく、みな死んでいる……
 ああ、安心したまえ、副作用による死亡は無く、みなラルヴァによって殺されているだけだ』
「なるほど、それなら安心だ」
 想は言う。
「いやなんでよ!」
 由美が叫ぶ。
「この薬物による死亡が無いのならば、まだ助かる見込みはあるということだ」
「そ、それはそうだけど……でも!」
 だが由美もさの台詞を最後までいえなかった。男達につかまれ、そして袖をめくり上げられ、注射器をあてがわれる。
「っ!」
 そして注射器の中身が投与される。
 それが終わると、十人の少年少女たちは廊下に出される。
 だがそれは、開放されたわけではない。
 廊下は餌場だ。
 ラルヴァ達による、双葉学園生徒たちの狩場だ。

 廊下の端の鉄格子が上がる。
 獣が、怪物たちが解放される。

『さあ、死にたくなければ異能を発現させ、ラルヴァどもを倒すのだ。
 そうしなければ、君たちは死ぬことになる。
 まあそれでも、私としては一向に構わんのだがね』

 嘲笑の声が降り注ぐ中――

 殺戮が始まる。
 ラルヴァたちが暴れ、人間を襲う。
 逃げる少年少女たちを、襲う。
 その爪で、牙で、腕で、尾で。
 恐怖と絶望に染まる少年達。
 だが、男たちの期待した効果は現れない。絶望が足りないのか、恐怖が足りないのか、それとも別の要因か。
 何にせよ、奇跡は起きぬ。
 ただただ、そこには殺戮しかなかった。
 一人、また一人と殺される。
 逃げる、走る。だが追いつかれる。
 手錠をされたままの人間の速度などたかが知れている。
 腕の動きを封じられたままでは、バランスがとれないのだ。ゆうに上手く逃げることが出来ず、追いつかれ、そして餌食になる。
 最初から、分の悪い勝負……いや、勝負ですらない。
 だが……仕方ないことなのだろう。
 何故なら、双葉学園の生徒達はラルヴァと戦い、狩るものだ。
 ならば……たとえ異能者ではなく、ただの普通の、戦いとは関係ない生徒だとしても……
 ラルヴァはそんなことなどお構いなく、その牙を、爪を突き立てる。それに何の不思議も無い。
 因果応報なのだ。たとえ本人に何の責が無くとも。
 双葉学園の生徒と云うだけで、罪にまみれている咎人なのだ!
 そうやって、人は死んでいく。殺されていく。ひとり、またひとり。
 逃げ惑い、追い詰められ、よくわからない言葉を吐きながら、肉塊になっていく。
 それを、男達は見ている。上から、笑いながら眺めている。

「いや、なかなか凄惨ですね」
「だがまあこれはこれで需要があるよ。いわゆるスナップムービー、という奴だ。
 いつの世も、人の死を娯楽にする人間の感性は変わらぬ」
「全くです。しかし少々惜しいですね、かわいい娘もいましたが」
「ふむ。なら次のショーは、その前に味見でもするかね?」
「いいですね」
 男達は笑う。
「しかし今回も発現する検体は無さそうですな……何が不味いのか」
「恐怖とは逆のベクトルで試してみるのはどうかね?」
「なるほど? では次はそれで試しましょうか」
「ああ。実験材料は幾らでもいる。
 双葉学園と敵対している組織のせいにしてしまえば誰も疑わん。まさか双葉学園の理事が、こんなことをしているなど誰も思うまいて」
「まあ、一部事実ではあるわけですが。旧兵器開発局……オメガサークルの一部と、こうして繋がっているわけですし」
「大人の世界とはそういうものだよ。
 いや、世界とはそういうものだ。奇麗事では片付かん、善悪二元論ではやっていけんのだよ。
 理事会の殆どの連中はそれをわかっとらん。これは大きなビジネスとなる事を理解しとらん。
 くだらん倫理観だの使命だの正義だの大義だの……奴らは歳だけ無駄に食ったただの餓鬼どもだ」
「全くです、赤坂藤樹理事」
「ただの人間を異能者へと精製する技術が確立されれば、莫大な利益を生む。
 それどころか、我々は世界の覇者にすら成り得るのだ……!」
 熱に魘されたように、赤坂はモニターを見る。
 死。
 屍。
 シ。
 そこにはただ無惨な殺戮ばかりがある。


 そして――その牙が、想にも襲い掛かる。



 六道想は、真っ当かつ平凡な家に生まれた、普通の少年であった。
 特に不良というわけでもなく、さりとて優等生というわけでもない。
 喧嘩やいじめを見かけたら止めに入る程度は正義感を備えていたものの、それとて若さゆえの愚直な勇猛さであり、特筆する程度のことではないだろう。
 どこにでもいる、ただの少年だった。
 だから。
 ふと気がついたら、何者かに目隠しされ手錠をされ薬物で意識を奪われ、拉致監禁され――
 そして異能の力に目覚め、その犯人達を――同じく浚われた被害者達ともども――皆殺しにしてしまったという状況すらも、想が何をしたというわけでもない。
 共に殺し尽くされた殆どの少年少女たちと同じように、偶さか運が悪かっただけなのだ。
 そして、彼もまた――その心が死に絶えた。
 重ねて言う。紫崎想は、真っ当かつ平凡な家に生まれた、普通の少年であった。
 そんな少年の心が、自らの異能による大量虐殺という事実に耐えられるはずがない。
 故に、彼もまた死んだ。肉体ではなく、心が壊れ、人間としての機能が失われた。
 今の彼は――人間の擬態をした、人間の様に動く残骸でしかない。
 そして彼は、聖痕に拾われる。

 |ブレイズ・メメントモリ《灼熱の中、死を想え》。

 それが――紫崎想と呼ばれた少年の残骸に与えられた、コードネームだ。



 手錠が赤熱する。
 そして、溶ける。溶解し、ちぎれ飛ぶ。
 それは、想――ブレイズの異能によるもの。
 投与された薬の力などではない、ブレイズの元からの力。
 身体高熱化能力。
 ただ、熱くなるだけの、それだけの力だった。
 だがそれで充分。その熱は鋼鉄を溶解させる。
 かくして、ブレイズはその戒めから解き放たれる。
 だが、ラルヴァは止まらない。
 過剰な投薬によって狂わされ、凶暴化させられているラルヴァ達には、本来備わっていた意思は残されていない。
 ただの殺戮機械だ。
 そうなってしまった。そうさせられてしまった。人間のエゴによって。
 彼らは被害者だ。ラルヴァたちは被害者であり、そしてそれによって殺された少年少女たちもやはり被害者でしかない。
 ここには、被害者しかいない。いないのだ。
 ただ、ひとりを除いて。
「すまない」
 ブレイズは謝る。だがそんな言葉など、彼らに届くはずがない。
 人のエゴによって、理性も感情も何もかもが奪われ、ただの破壊衝動のみとなってしまった彼らには……どんな言葉も届かない。
 だから、想う。
 せめて、安らかな死を。

 殺戮が始まる。
 触れるだけで焼ける、燃え上がる。
 空気すら燃え上がる。
 ただそれだけの、ただ熱い、それが振るわれるだけで――そこは殺戮の地獄だった。
 だがそれでも、まだ慈悲深くはあるだろう。
 ラルヴァたちは、断末魔の悲鳴を上げる暇さえなく、一瞬で焼き尽くされる。


「な、なんだあれは……!?」
 その光景を男達は見ていた。
 モニター越しなのに、その熱が伝わるかのような凄惨さ。
「せ、成功……なのか?」
「いえ、違います……! 発現したてにしては、力を使いこなしすぎている! ありえません」
「で、では……異能者が紛れ込んでいた!? 馬鹿な、チェックは入念にしていたはずだ!」
「そんなことはどうでもいい! とにかくアレを……」
 しかし、彼は最後までその台詞をいえなかった。
 床が溶け、灼熱が彼を消し炭にしてしまったからだ。
「ば……馬鹿……な」
 そして、その床の穴を飛び越えて、現れるブレイズ。
「手当たり次第にやってみるつもりだったが」
 ブレイズは言う。
「いきなり当たりとはね。天は自ら助くる者を助く……その通りだ」
「な……何者だお前!」
「何者……か。この世に自分が何者か理解しているのはどれだけいるのだろう。
 俺にはわからないな。だがあえて言うならば……
 聖痕の暗殺者、ブレイズ・メメントモリ。
 一身上の都合により、殺戮を開始する」
 そのブレイズの言葉に、男達は懐から拳銃を取り出し、撃つ。
 銃声が鳴り響く。
 だが、その弾丸は全て、ブレイズに着弾すると同時に溶解した。
「なっ――!」
 一発も、銃弾は当たらない。
 そしてブレイズの手が伸びる。 
 近づく。
 ただそれだけで、また一人、男が炎に包まれ――そして、炭となって砕け散る。
「ひ、ひいいいい!」
 恐慌状態に陥る男達。だが逃げおおせるすべもなく、数十秒と立たず、彼らはみな死に絶える。
 最後に残ったのは、恰幅のいい中年……赤坂理事のみだ。
「な、何故だ、何故こんなひどいことを!」
「ひどい……だと?」
「あ、ああ! 私達は何も間違ってない! 無能なクズどもを再利用する偉大な計画だ!
 お、お前も聖痕なら……この学園の人間がどうなってもかまわんのだろう!?」
「……そうだな。だが、俺が聖痕と知るなら。理由は察しがつくとは思うが。それともそこまで馬鹿なのか?」
「! あ、ああ、あのラルヴァなら……殺したのはお前じゃないか! わ、私達は何も……」
「薬で狂わせて置いてか」
「ち、違う! 私じゃない、オメガサークルの連中が、私じゃない!」
「関係ないな」
 ブレイズは赤坂を見下ろす。
「救われたんだ」
 ブレイズは言う。
「俺はラルヴァに、救われた。
 目覚めたばかりの俺の力は、ただただ破壊し、全てを焼き尽くした……
 俺自身の心さえも。
 何も残らなかった。だが、あれは……俺を救ってくれた」
「あ、れ……?」
 赤坂には、ブレイズの言っている事が何一つ理解できない。
「だから俺はラルヴァを救う。人として当然のことだ」
「く、狂ってる……! お前、馬鹿か!?」
「助けられたから助ける。簡単な、実にシンプルな人としての理屈だろう?」
 ブレイズの腕が赤熱する。
 それが、赤坂に向けられる。
「因果応報、自業自得。罪には罰を。
 それもまたシンプルな理屈だ」
「やめて、金なら払う! いくらだ、百万か、一千万か!? わ、わかった、億払おう! だから――」
「金など要らぬ。俺が望むのはただひとつ――灼熱の中、死を想え」

「ぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!」

 絶叫が響き渡る。
 豚が生きたまま焼かれるような悲鳴。
 それをブレイズは何の感慨も無く見下ろす。
 息絶えるまで、ただ見下ろす。
 ややあって、ドアが開かれる。
「……無事だったの、六道くん」
「君は」
 由美がそこにいた。
「……っ、どうしたの、これ……いや、そんなことはどうでもいいわ。それより……」
「ああ」
 ブレイズは、変わらぬ表情で返事を返し、そして……
 由美の胸に、その赤熱する手刀を付きいれた。
「――、――」
 由美は、呆然とそれを見下ろす。
 避わされた、己の爪を。そしてそれをかいくぐり、自分の胸を抉るその男を。
 ……この反応は、ありえない。
 最初から、自分が敵だと判ってでもいないかぎりは。
「なぜ……わかったの……」
「お前は、生き残った」
「なにその判断」
 由美は苦笑する。
「それに。お前からは、死の臭いがした」
 どんなに隠そうとしても隠せない穢れ。
 死の気配が、纏わりついて離れなかった。
 それは罪人の証だ。
 永劫に消えることない、聖痕なのだ。
「俺と同じ……死を想う者の、悪臭だ」
「同類、相憐れむ……か。ふふふ、私も……最後の最後で……ドジっちゃった……な……」
「死ね」
 瞬間、ブレイズの腕がさらに高熱化する。
 断末魔の悲鳴すら上げる余裕もなく、女は吹き飛んで蒸発した。








「以上が事の顛末です。生き残りは、無し」
 懺悔室にて、想は己の所業を述懐する。
「……そうですか。保護すべきラルヴァ達は、全て」
「はい。すでに双葉学園理事、赤坂藤樹とオメガサークルの研究者によって、壊されていました。
 救う手立て無し、と判断し、やむなくその魂を神の御許へと」
「彼らに代わって礼を言いましょう、ブレイズ・メメントモリ。
 つらい役目を背負わせてしまったようです」
「……いえ。真につらいのは、人間によって未来を不当に奪われた彼らです」
 喪われた人命を一顧だにせず、神父と男は話す。
 ラルヴァ達に同情し、哀悼し、慟哭し、追悼する。
 それが彼らだ。
 聖痕だ。
「嘆かわしいものです。この学園は、ラルヴァと人間の平和的共存も理念として掲げているはずなのに……
 下々の民は、その理念を理解せず、ラルヴァをただの敵、あるいは実験動物としか思っていない。
 嘆かわしいですねぇ、ええ、実に嘆かわしい」
 懺悔室の板を挟んだ向こうで、神父は肩を震わせる。
 泣いているのか。
 いやそれとも……哂っているのか。
 それは、想からは判別できない。まあ、実際にどちらだろうと、どうでもいいことだが。
「なにはともあれ、ご苦労様でした。
 通常任務に戻り、ゆっくりと休んでください」
「はい」
 そして、想は懺悔室を後にした。



 鎮魂曲の調べがパイプオルガンの旋律に乗る。
 そう、鎮魂の曲。
 救えなかったラルヴァ達と。
 死んでいった人間達の。
 鎮魂の思いを込めて、ルミノクスの指は鍵盤の上を踊る。
 彼女には、それぐらいしか出来はしない。
 出来はしない。彼女は、人として壊れているから。
 だから紡ぐ。鎮魂の旋律を。
 想は、それを礼拝堂の椅子に腰掛けて、目を閉じ、その旋律に耳を傾ける。


 六道想は、真っ当かつ平凡な家に生まれた、普通の少年であった。
 だがそれももはや思い出せない遠い過去。
 崩れ去った残骸、ただそれが見る残滓に過ぎない。
 今は、ただ。
 ラルヴァと人との共存を夢見て――
 灼熱の追憶の中――

 ただ、
 死を、
 想う。





ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。