【壊物機 第三話 後編】


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壊物機 第三話 後編


 ウィトルウィウスは人体を模した機体だとダ・ヴィンチは言っていた。
 なら、それはどこまで模倣しているのか?
 筋肉や骨格は疑いようがなく人のそれと同じ構造だが……頭蓋はどうだろうか?
 物事の思考・身体を制御するための脳髄にあたるものは操縦するダ・ヴィンチ自身やモナ・リザだろう。なら、頭蓋の収めるべきものは光学センサーくらいじゃないのか?
 その空いたスペースにダ・ヴィンチは一体何を積んだのか。
 それはレーザー砲という名の兵器だった。
 レーザー砲。SF映画産の空想の代物で一昔前までは医療用にしか使われていない代物だったが、現在では過熱によってミサイルを撃墜する用途で試験的に運用されている兵器だ。
 現代技術でそこまでできるなら、超科学の技術者なら純粋な破壊力を持たせることもできるだろう。
 だからそのレーザー砲は疑いようがなく強力な武器として

 ウォフ・マナフを破壊した。

「て、めぇ……!」
 俺はウィトルウィウスを、その中にいるダ・ヴィンチを睨んだ。
 『武器を使用しない』、それはダ・ヴィンチの言った言葉。戦いの中で相手の言葉を全て信用するのは愚者か聖者のすること、そんなのは俺にだって判っていた。
 それでも、確信めいて思っていたのだ。「ダ・ヴィンチはそれを破らない」、と。
 だが結果として約束は破られ……ウォフ・マナフは全身の力を失って崩れ落ち、地下演習場の床で仰臥した。
 その胴体にはぽっかりと穴が空いて、壊れた時計が覗いていた。
「ウォフ…………」
 答える声は……ない。
 永劫機ウォフ・マナフは胸に収まっていた中枢時計を壊され、機能を停止していた。
『首領。我々の勝利です』
『…………』
 モナ・リザがダ・ヴィンチの勝利を告げ、拘束を逃れたウィトルウィウスが立ち上がる。
 左腕が圧し折れ、装甲にも少なくないダメージを受けていたが、人間一人殺すのには何不自由ない程度のダメージだ。
 俺を殺すのは容易だろう。
 しかしウィトルウィウスは、ダ・ヴィンチは俺を見下ろし……踵を返し、背を向けた。
 言葉は何もない。俺へのトドメもない。
 勝者の余裕か、約定を破った罪悪感か、あるいは他の何か。
 いずれにしても、ダ・ヴィンチは言葉も残さずこの場から、ウォフの意外が横たわる場所から立ち去ろうとしていた
「ふざけんな……!」
 俺は懐から一丁の拳銃を取り出し、ウィトルウィウスへと向ける。
 何をしようとしているのか。頭で判断するより早く体が動く。
 銃弾なんてものはあのウィトルウィウスに対しては何の意味もない。傷の一つも負わせられるかわからない。逆にそのせいであいつの気が変わって俺を殺しに戻るかもしれない。
 それでも俺の指は銃把を握り、引き金に指をかけていた。
 頭は無意味だと告げていても体はその声を無視する。
 ダ・ヴィンチをこのまま去らせてたまるかと、激情に駆られて俺の指は引き金を引こうとする。
 だが、俺が引き金を引くよりも早く……ウィトルウィウスが足を止めていた。
 先刻までの損傷が脚部にも及んでいたのか、あるいはダ・ヴィンチが何か考えているのか。いやそうじゃない。単に

 足を掴まれていたからだ。

『!?』
 スピーカーからダ・ヴィンチの驚愕したような声が漏れ、ウィトルウィウスが光学センサーを足に向けるのと、足を掴んでいたソレが跳ね上がってウィトルウィウスの頭部を掴み――握り潰すのはほぼ同時だった。
 ウィトルウィウスの右腕がソレを捉え、使い物にならなくなった自らの頭部ごと引き剥がして放り捨てる。
 しかし放り投げられたソレと床との激突音はせず、代わりに軋んだ歯車の回る音がウィトルウィウスが地下演習場に響いた。
『まさか……』
 頭部の喪失によって失った視力を取り戻すためか、ダ・ヴィンチがウィトルウィウスの胸部を開いてコックピットから直接ソレの姿を見ようとする。
 俺もまた、ソレを見ていた。
 ウィトルウィウスの頭部を握り潰したソレは――ウォフ・マナフの右腕だった。
 そして床との激突音がしなかったのも当然だ。ウォフ・マナフの右腕は、立ち上がったウォフ・マナフの左腕腕に受け止められている。
 歯車を軋ませながら回し、胴体に大穴を空けられ、中枢時計を破壊されたはずの、今しがた死んだはずのウォフ・マナフは……立ち上がっていた。
 ウォフ・マナフは断たれていた右腕を肩の接合部に近づけると、何でもないことのように繋げて元どおりの形になった。
「……お前はゾンビーかなんかか? ウォフ」
 俺は驚きと呆れと、……安堵が混じってしまった声でウォフに呼びかけた。
「なぜ……」
『報告。敵機右腕にエネルギー反応。動力炉と推定』
 ダ・ヴィンチが疑問詞を口にしてすぐにモナ・リザは答えを告げた。
「動力炉……、そういうことか」
 ダ・ヴィンチ達の会話で、俺も少しだけウォフ・マナフが立ち上がれた理由が掴めた。
 永劫機の機能の中枢、動力源は時計だ。
 ただ、それがたった一つであるとは限らない。あれほどにアンバランスであり、胴体と同じほどに巨大な右腕をもつウォフ・マナフ。右腕の中に予備、あるいは本《・》物《・》の中枢時計を隠していたとしても不思議はない。
「しかし……」
 それだけじゃ説明がつかないことが一つ。
 ウォフ・マナフが右手を開くと、拉げて潰れたウィトルウィウスの頭部が重い音を立てて落ちた。皮膚も、筋肉も、骨格も余すことなく圧壊している。
 はたして、さっきまでのウォフ・マナフにあんな腕力があっただろうか?
『推定出力、三倍。単純な出力では当機を上回りました』
 モナ・リザがウォフ・マナフの操縦者《ハンドラー》の俺でさえ驚くような数値を口にする。三倍とは、随分とお手軽にパワーアップするもんだな。
 そのパワーアップは動力の中枢時計を切り替えたからか。いや、その筈はない。胴体と右腕のサイズはほぼ同じ。積めるものに性能の差なんて出る筈がない。性能の差が出るなら最初から両方に性能のいい動力を積んでいる。
 では、この力は何なのか。
 動力は変わっていないと言うのなら。
 “エネルギー”?
『……ォォォ』
 ウォフ・マナフの大穴の中では壊れたはずのもう一つの時計が少しずつ修復を始める。
 しかし、ウォフ・マナフはそれの修復を待たずに跳躍する。その速さもまた別物。一足飛びで一瞬後にはウィトルウィウスを右腕の射程に捕捉している。
 目に見えてさっきまでとは段違いの速度と破壊力を乗せた右腕が振るわれる。ウィトルウィウスが初手と同様に片手で止めようとすれば今度はウィトルウィウスの腕がもがれるだろう。
 ダ・ヴィンチはそれを察したのか、咄嗟にウィトルウィウスの腰を落とした。既に無くした頭部の高さをウォフ・マナフの右腕が素通りする。
 ウィトルウィウスは低い姿勢のままウォフ・マナフの懐に飛び込み、右の手刀を下から弧を描く軌道で振り上げた。
 速度と破壊力、鋭さを伴った手刀がウォフ・マナフの左腕を切り落とす。
『――ッ!』
 ウォフ・マナフが右腕の軌道を修正して裏拳をぶつけようとするが、ウィトルウィウスは左腕を切断した直後に後方へと飛び退き距離をとっている。
 ウォフ・マナフは野獣を思わせる勢いで駆け、追いすがる。それでも差は縮まらず、少しずつ離されていく……と思われたがウィトルウィウスが後退から前進へと切り替えて急接近する。
 ウォフ・マナフは咄嗟に右腕による拳撃を繰り出すが、ウィトルウィウスは掠める程度の距離で回避して間合いを詰め、ウォフ・マナフの頭部を殴打し仰向けに転倒させた。
「…………駄目だな」
 出力が増してウィトルウィウスを上回ったとしても、速度は若干、動きの精度は格段にウィトルウィウスが上回っていると、俺同様の判断をしたんだろう。
 ましてウォフ・マナフの戦い方はウィトルウィウスの戦法と比べれば原始人のそれだ。このまま戦えばウォフ・マナフが間違いなく負ける。
 しかしこのままというのは、ありえない。
「おいこらウォフ《ポンコツ》。俺を無視して勝手やってんじゃねえ」
 さっきからの急展開に置いてかれてたが、俺抜きで勝手に死んで勝手に復活して勝手にバトってんじゃねえよ。
「混ぜろ。コントロールをこっちに寄こせ」
 俺はウォフに言うが、立ち上がったウォフ・マナフはこっちを振り返りもしないで敵だけを見ている。
 少しむかついた。
 むかついたので……手にしたままだった拳銃でウォフ・マナフの頭に一発ぶち込んだ。
 力は強くなってもウォフ・マナフの装甲は脆いままで、並の拳銃の弾でも普通にめり込んだ。
 まぁ、風穴空けられて心臓部吹っ飛ばされても生きているのだからこの程度は蜂に刺された程度の痛みだろう。実際フィードバックで戻ってきた痛みはその程度だ。ウィトルウィウスに切り飛ばされた左腕のフィードバックの方がよほど痛い。
 が、それでもようやくこちらを向く気にはなったらしい。ウォフ・マナフが振り向いて、右腕を振り上げて、
 俺に向けて振り下ろした。
 右腕は俺の隣をスレスレで通り、床に激突して床を砕いた。
 見上げる俺の視線と、見下ろすウォフ・マナフの視線が交差する。
「…………違うな」
 ウォフじゃない。少なくともいつものウォフとは違うらしい。
 が、それならそれで言うことがある。
「一つ言わせろ」
 俺は、俺を今すぐにでも握り潰せるウォフ・マナフの右腕に触れる。
「こいつは俺のだ。お前が胸の時計を壊されたショックでぶちきれてんのか、それとも別の何かかは知らねえ。だが、お前の体は俺のだ。ウォフもウォフ・マナフも、お前も含めて俺のもんだ」
 だから。
「勝手に独りで戦ってんじゃねえ。俺も混ぜろ」
 俺を騒動に巻き込んだのはお前だが、お前は俺の物で、今はもう俺らの戦いだろうが。
『…………』
 俺を見下ろすウォフ・マナフは何も言わない。
 何も言わないが……コントロールは俺に戻ってきた。
「……ハハッ! それじゃあ、ダ・ヴィンチとの、ウィトルウィウスとの、マスカレード・センドメイルとの……決着をつけるとするか!」
 応えるようにウォフ・マナフが歯車を軋らせる。
 こちらとあちら、共に躯体左腕欠損の操縦者《ハンドラー》完備。条件は五分。
 どういうわけかウォフ・マナフのパワーは上昇している。スピードやら何やらも加味すれば性能も五分。
 念のためにチェックしたが損失した左腕は修復されない。右腕とは違い独立で動かすことも出来そうにない。人体破壊作法は片腕でも使用できるが、巨大すぎる右腕では無理だ。武器も依然として無い。
 そうなると、出切ることは高が知れている。
「殴るしかねえわな」
 問題はあちらにレーザー同様の隠し武器があるかどうかだが、恐らくは無いし、あっても使うまい。
 使う気があるならウォフ・マナフが独りで戦っていた時点で既に使っているはずだ。
 だからもうあいつは武器を使わない。あちらも駆使するのはウィトルウィウスだけだ。
「ククク……」
 お互いに現代科学を超越した超科学のバケモノロボットだろうに、右腕と両脚を駆使した素手喧嘩だ。
 中々に笑える冗談だが、悪くない。
 思いついたこともある。
「いくぞ、ウォフ・マナフ《相棒》」
『ッッ!!』
 短い唸りと共にウォフ・マナフが疾走する。
 対するウィトルウィウスもウォフ・マナフを僅かに上回る速度で接近し、二体は激突した。
 文字通りの激突。ダッシュで乗った速度を攻撃の動作で一切減じることなく、どちらも壊れた左腕の側を相手に向けて体当たりを見舞う。
 両者共に装甲が砕け、破片が周囲に飛び散る。ウィトルウィウスにいたっては既に折れていた左腕が衝撃で千切れ飛んだ。
 壊れた左半身を突き合わせたまま二体は相手を押す。
 互いの間合いは零。離れようとすれば相手によって体勢を崩され、それで勝負が決まる。
 ゆえにどちらも離れようとしないままに、次の攻撃を繰り出す。
 時計回りに体を回転させ、後回し蹴りを同時に放つ。それは数分前のように蹴撃同士がぶつかり合うことにはならず、互いの胴を穿った。
 ウォフ・マナフの胴体の大穴が脇腹と繋がり、ウィトルウィウスの腹部が拉げる。
 激痛とフィードバックに俺が血を吐き、激突の衝撃で骨を折りでもしたのか開かれたコックピットからダ・ヴィンチもまた仮面の下から血を吐くのが見えた。
「カ、ハハッ……!」
「フフ、フフフフフッ!」
 お互いの口から笑声が漏れる。
 身を削り血反吐を吐くこの原始的な戦いの様相はやはり超科学のロボットがする戦いじゃない。
 けれども愉快だった。
 俺は人間の武器を作る武器商人として、あちらは恐らく人間に極めて近い兵器を作り出した技術者として。
 超科学の兵器がこうも泥臭く、人間臭い戦いをするのがどうにも愉快でたまらない。
 しかしその戦いはもうすぐ終わる。
 こちらは今の一撃で腹が半分強抉れている。これまでのダメージもあり、じきに強制的に懐中時計の状態に戻されるとウォフ・マナフが警告している。
 あちらはあちらでもう少ししたら動けなくなる。人間と同じ構造の機体ということは、人間と同程度の損傷で行動不能になるということだ。重要機関の入っていなかった頭部を差し引いても、左腕に胴体部、腰部に蓄積されたダメージは相当のもの。
 状況はやはり五分。
 このまま悪戯に時を過ごせば、二分の一の確立でどちらかが先に倒れる。
 だから俺もダ・ヴィンチも運を天に任せることはしなかった。
 二体の超兵器が最後の攻撃の構えをとる。
 ウォフ・マナフは右腕を振りかぶり、ウィトルウィウスは右手で手刀を象った。
 そして両者は走り出し、お互いが今放てる最大の一撃で勝負を決めにかかる。
 しかし速度はやはりウィトルウィウスが優り、一瞬早く懐に潜り込んで手刀を放つ。
 ウォフ・マナフの拳はまだウィトルウィウスに触れない。
 ほんの僅か、紙一重の差でウィトルウィウスの手刀が

「――時感狂化・発動《マッドタイム・スタート》」

 ほんの僅か、紙一重の差でウォフ・マナフの拳が動きを停めたウィトルウィウスを捉え、遥か後方へと殴り飛ばした。
 衝撃で上半身と下半身が分かれ、ダ・ヴィンチとモナ・リザを収めた上半身が床の上を跳ね、転がっていく。
 やがてウィトルウィウスは転がるのを止め……そのまま動き出す気配はなかった。

「…………」
 ウォフ・マナフもまた限界に達したのか動きを止め、瑪瑙懐中時計へとその姿を戻した。
 俺は懐中時計を握ったまま、痛む身体をおしてウィトルウィウスの残骸へと歩み寄る。
 壊れ果てたウィトルウィウスの上半身は、壊れ果てていながらもコックピットの形状を維持していた。どうやら安全には相当に気を配っていたらしい。
 中を覗いてみると、意外にもさしたる外傷が見当たらないダ・ヴィンチがこちらを見返した。
「……ラスカル君、あそこで時感狂化というのは……、少々、男らしさに欠けるのではないか、な?」
 どうやら骨は幾つか折っているようで声は苦しげではあったが、それでも意識ははっきりしているらしい。
「先にレーザーぶっ放した奴の言う台詞じゃねえな」
「いや、まったくだ……」
 ダ・ヴィンチは苦笑し、それからあることを尋ねる。
「……どうして時感狂化が効いた?」
 それは聞かれるだろうと思っていた質問だった。逆の立場だったら俺も気になっただろう。
「ウィトルウィウスは二人乗り、どちらか一方が操縦できなくなってももう一方が無事ならすぐに交代して操縦に支障なし」
 ウィトルウィウスが性能面以外でウォフ・マナフの天敵だった由縁。
 ウォフ・マナフの能力を封殺する二人乗りの操縦システム。
 それを破ったのは、ごくごく単純な理屈。否、理屈ですらない。
「すぐに、つっても……“タイムラグ”がないわけじゃねえだろ?」
「…………」
「どんなに短い時間、それこそコンマ一秒以下だとしても紙一重の攻防ではでかい」
 時感狂化を使ってからこちらが攻撃を仕掛けた一回目とは違い、至近距離で攻撃モーションの途中状態での使用。引き継ぐまでの時間にこちらの攻撃が命中する公算は低くなかった。
「ましてあの時はあんたとモナ・リザがまともに操縦の引継ぎをできる可能性も低いと踏んでた」
「なぜ?」
「何のために回し蹴りで腹を狙ったと思う?」
 タイムラグにより攻撃を当てる、それを確実にするための準備を俺はあのときにしていた。
「あれは腹部に収納されたモナ・リザにダメージを与えて制御の一部を狂わせるためだ。実際に効果があったかは知らないが、時感狂化は成功してあんたはここでぶっ倒れてるだろう?」
「……悪党だな」
「悪党《ラスカル》なもんでね。さて」
 俺は懐から拳銃を取り出して、ダ・ヴィンチに突きつけた。
「どうする?」
「…………」
 短い質問。しかしダ・ヴィンチは俺の言いたいことを理解したのか、答える。
「……わかった、私の……センドメイルの負けだ。君達からは手を引こう」

 こうして、俺とウォフ・マナフのマスカレード・センドメイルとの戦いは終結した。

 ・・・・・・

 ・OTEHR SIDE

 地下演習場へと続くトンネルの入り口。数十分前にラスカルらを乗せたバスが通過したその場所に、一台の大型貨物自動車が駐車していた。
 運転席には男が一人、無言でカーナビを眺めている。
 いや、それはカーナビではなかった。それは地図ではなくカメラが撮影した映像を受信して投影するモニターだった。
 そして映しているのは今まさに戦いが決着した地下演習場の中継映像だった。
「……驚きましたね。まさか首領が敗れてしまうとは」
 彼は言葉どおりに驚いた顔をしている。だが、それとは裏腹に嬉しそうな顔もしていた。
「これで首領が、ダ・ヴィンチが首領の地位を失うのは決定的。となれば、次の首領を決めなければなりませんね。フフフフフ……万が一のためにこんなところまでダ・ヴィンチを尾行してきた甲斐がありました」
 ダ・ヴィンチを首領と呼ぶ彼もまた、マスカレード・センドメイルの一員であったが、ダ・ヴィンチに好意的な様子は全くと言っていいほどにない。
 ダ・ヴィンチがラスカルとの戦いに赴く前に頭を悩ませていた事柄、『自らを追い落とそうとする部下達』、『芸術家であるがゆえに自らがナンバーワンであると考える者が大半を占めるセンドメイル構成員』。彼はそれらの代表格とも言える人物の一人であった。
 彼は不気味に笑いながら、車を降りる。
「次の首領には誰がなるのでしょう? 上位五人からダ・ヴィンチを抜かして四人での争奪戦になりそうですが、五番手のアスフォルト君は先日亡くなっています」
 コツコツと靴音を鳴らしながら、貨物自動車の後ろに回る。
「では二番手のミケランジェロ? それとも三番手のラファエロ? いえいえ……」
 彼はコンテナの扉の前に立ち、暗証キーを打ち込んでコンテナを開閉する。
 コンテナの中に鎮座していたのは――一体の機兵。
 巨大な車輪を脚とする下半身は古代の戦車を思わせ、両腕は右手の肘から先が乗馬槍に、左手の手首から先が盾となった機械の騎兵そのものの姿。
「四番手、『騎馬将軍《ガッタメラータ》』のドナテロが次なる首領に相成る可能性も……ないとは言えませんねえ」
 『騎馬将軍』のドナテロ。
 首領であるダ・ヴィンチも含めセンドメイル四天王と呼ばれる上位メンバーの一人。
 彼の芸術品である騎馬将軍は車輪を廻し、コンテナから駆け出てアスファルトに降り立った。そしてトンネルへと向き直る。
「前首領を倒した永劫機ウォフ・マナフ。あれを倒せば私は次の首領の選出においてミケランジェロやラファエロよりも優位に立てます。ましてあちらは満身創痍。こんな美味しい獲物を逃すのは馬鹿のすることです」
 笑みを浮かべ愉悦に浸りながらドナテロは騎馬将軍を従えてトンネルの中へと向かう。
 四番手だけあって騎馬将軍の性能と完成度はウィトルウィウスと比べるべくもないが、逆に言えばアスフォルトの『鋼鉄魚群』を上回る性能は有しているということ。
 今のウォフ・マナフでは抗することさえ難しいだろう。
 漁夫の利。
 地下演習場での戦いの勝利者は死闘を繰り広げたラスカルとウォフ・マナフではなく、漁夫の利を得るべく進むドナテロとなる
「そこの怪しい兄ちゃんとデカブツ、こんなところで一体全体何してんだ?」
 はずだった。
 既に勝利した後の事柄を考え、未だ口にしてすらいない勝利の美酒に耽溺していたドナテロは背後からかけられた声によって現実へと引き戻された。
 振り向けば、バイクに跨った少年がドナテロを睨みつけている。少々顔が整ってはいるが、どこにでもいそうな不良学生という雰囲気だ。
「……何ですか貴方は?」
「この街の学生だよ。つうか、その質問は俺のだ。よその異能力者が超科学のロボットなんて引き連れて何をやろうとしてんだ?」
「貴方には関係のない話ですよ」
「おー、テンプレな会話だな。けど何でだろうな? 関係ないとも思えないんだ」
「…………」
 ドナテロはその学生を奇異に思った。
 言葉には偽りなく、本当にこんな学生とドナテロのしようとしている事には何の関係もないはずだ。だというのになぜこの学生は絡んでくるのか。
 しかもドナテロは傍らに騎馬将軍を侍らせている。それでも彼には微塵の怯えも見えない。
「馬鹿か、あるいは……やはり馬鹿か」
 ドナテロは彼が状況を理解できない馬鹿か、あるいは異能力者なのであろうと察した。そして恐らくは自分のほうがドナテロの騎馬将軍よりも強いという“誤った”状況判断をするほどの馬鹿なのだ、と。
「少年、最後に忠告します。これは貴方に一切関わりのないこと。今すぐ背を向けて立ち去りなさい。さもなければ駆逐します」
「立ち去る? そりゃできねえよ。俺だってそのトンネルの中に用事があるんだ。路線バスがそのトンネルの中に入っていったっつう目撃情報があってよ、それに知り合いが乗ってるかもしれねえんだ。ほらな? 関係あっただろう?」
「騎馬将軍。駆逐しなさい」
 忠告はした。何よりも不確定要素に地下演習場に入り込まれてもプラスにはならない。そう考え、ドナテロは冷徹に攻撃指令を下す。
『ARAAAAAAAAIAAAAA!!』
 車輪が唸りを上げ、火花を散らして廻り、騎馬将軍が疾走する。槍を突き出し一直線に突き進む。
 古代の戦車、その威力と迫力を数十倍にも高めた機兵の突撃は隔壁でさえも易々と貫通突破する。
 その攻撃の前では人の体など木っ端同然。砕け散るのは火を見るよりも明らかだろう。
 騎馬将軍は少年をひき潰し、音もなく過ぎ去る。
「?」
 ドナテロはその時点で奇妙さを感じた。
 騎馬将軍は少年を轢いたはずだ。
 しかし人体が潰れ、骨が砕け、血が噴出す音はせず、道路には血の染みの一つもない。
 それが意味することは……。

「――癒騎士《ユナイト》ブレイダー」

 決着はすぐに着いた。


 ダ・ヴィンチは骨こそ折れているものの動ける程度の外傷だったらしく、自力でウィトルウィウスのコックピットから出てきた。
「リザ、無事か?」
『はい』
 ダ・ヴィンチの呼びかけにウィトルウィウスの腹部のモナ・リザが答え、衝撃で捻じ曲がった装甲を内側から外して抜け出した。
 心なし髪や肌がウィトルウィウスに入る前よりも痛んでおり、感情の薄い瞳が俺を睨んでいる気がする。腹を狙ったのを根に持ってんのか?
「帰る。それと、ウィトルウィウスは機密保持処理してここに捨てる」
「宜しいのですか?」
「これだけ壊れると一から作り直さないと駄目だ。もう動かせないのだから廃棄するしかない。……惜しいものだが」
 どうやらここに運び入れるときはウィトルウィウス自体が動いて入ってきたらしい。それでは運び出すのも手間だ。
 時間をかけて運び出そうとしているうちに双葉学園の技術者に諸々のデータを奪われて技術をパクられるのも問題だろう。そうなると重要部分を破壊してここに捨て置くしかない。
「捨てるくらいならくれ」
「やらん」
 駄目元で言ってみたがやはり駄目で、ダ・ヴィンチはポケットから取りだした端末をいじった。
 するとすぐにウィトルウィウスの各所から煙が上がり、何かがショートする音が聞こえた。機密の隠滅は完了してしまったらしい。
「つうかお前戦闘中に武器使ったじゃねえか。そのペナルティでくれても良かったんじゃねえか、ウィトルウィウス」
「……ペナルティでウィトルウィウスを渡せと言われても困る」
「じゃあモナ・リザ」
「絶対にやらん。だが、たしかに約束を破った件は詫びる必要がある。この借りはいずれ返させてもらおう」
「覚えたぞ。ぜってえ返せよ」
 呆れるように溜息をついて、ダ・ヴィンチは俺達が入ってきたのとは逆の出口に歩き出した。モナ・リザもそれについていく。
「もう行くのか?」
「ああ……。安心したまえ。センドメイルが君達を襲うことはもうない、が」
「が? 何だよ」
「第二第三の敵が君達を」
「どっかの魔王みたいなこと言うくらいなら何も言わず帰れ」
 ダ・ヴィンチはやれやれという仕草で肩を竦めた。
「また会おうラスカル君」
「ああ、ちゃんと借り返せよ。オ《・》ス《・》カ《・》ル《・》」
 ダ・ヴィンチとモナ・リザは出口の扉を潜り、去っていった。

 ・・・・・・

 ・OTEHR SIDE

 地下演習場から地上へと通じる通路をダ・ヴィンチとモナ・リザは進む。しかしダ・ヴィンチはどういう訳か顎に手を当て、何かを考え込むようにして歩いている。
 そして考えても答えが出なかったのか、モナ・リザに尋ねた。
「……いつバレたと思う?」
「さあ? ですが私の変形とは違うんですから、普通にバレてもおかしくはないでしょう」
「かもしれないな。何にしても、勘のいい少年だ」
 そう言ってダ・ヴィンチは戦闘の間もずっと着けていた仮面を外す。
 仮面の下から顕わになったのは、二十代前半の美しい――女性の顔だった。
 マスカレード・センドメイル首領レオナルド・ダ・ヴィンチ――レオナ・ダ・ヴィンチ。仮面と男装の麗人。
「それで首領、どうやって手を引かせるつもりです?」
「私が首領をやめる」
 モナ・リザがずっこけた。
 それはもう盛大に、何かの漫画のように。
「…………何を?」
「私が「今回の件の責任を取って~」とでも言って首領を辞せば部下達も大喜びだし、体制の変更で永劫機一体にかまけることもなくなる。元から半分は私の責任問題追及のための札だったんだ」
「……宜しいんですか?」
「構わないさ。第一、私だってウィトルウィウスⅡの製作に集中したいんだ。会社の仕事と製作に加えてセンドメイルの執務までやってる暇はない。だからやめる」
「…………」
 モナ・リザの顔は作り物のはずだが、それでもその疲れた表情は作り物ではなかっただろう。
「判りました。それで、後継者は誰になさるんですか?」
「そんなのは勝手に辞表を出す私が決めることじゃない。残ったメンバーで決めてくれればいいさ。ミケランジェロ達もいるしそう問題にはならないだろう」

 こうしてダ・ヴィンチがマスカレード・センドメイル首領の地位を辞す旨を組織に通達したことで彼女は首領でなくなり、また彼女の目論見どおりウォフ・マナフに纏わる問題も放置されることとなった。
 しかし彼女の目論見と違い、マスカレード・センドメイルの上位メンバーであるセンドメイル四天王の残る三人がある者は出奔し、ある者は行方不明になり、ある者は通りすがりのヒーローに倒されて逮捕されたために幹部が総じていなくなってしまう事態に陥ることとなる。
 この後、マスカレード・センドメイルは完全に迷走し、やがて組織の体系を大きく変えてしまうのだが……それはまた別の話である。

 ・・・・・・

 ダ・ヴィンチが出て行った後、俺は今回の騒動に巻き込まれたあの少女を背負ってバスで通ってきた通路から地上へと向かっていた。
 十分程度歩くと、懐中時計からウォフの声が聞こえた。どうやら修復が済んだらしい。
『きゃあああっ! …………あれ?』
「…………おはよう」
『ご、御主人様? え、あれ? 私……あ、そっか、夢だったんだ……。よ、良かったです……私、死んじゃうかと思いました…………』
 ウォフはそう言って懐中時計から人間に姿を変える。
 しかし、撃たれたところまでしか覚えてないってことは……やっぱあれはウォフじゃなかったか。
「あ、あの……、ウィトルウィウスとの戦いは?」
「ウィトルウィウス? 何のことだ?」
「そこから夢!? どれだけ夢見てたんですか私!? 邪眼で一分!?」
「嘘だバカ。戦いはお前が寝てる間に終わったよ」
「そ、そうなんですか……。あの、それで、勝敗は……?」
「負けた。これからお前を引き渡しにいく」
「うわあああああん!? お別れですかぁ!?」
「嘘だ阿呆。勝ったよ」
「……今日の御主人様はいつもより私の扱いが厳しいです」
 心配させた罰だ。
「で、でも私無しでどうやって勝ったんですか? ……ハッ! まさか御主人様の隠されたパゥワーが発動して相手をボコボコに!」
「ねーよ」
 俺のじゃねえし。
「ま、何にしてもマスカレード・センドメイル関連の問題は片付いたみたいだぜ」
「え! じゃあこれからはもう狙われることはないんですね!」
「そうだなあいつは第二第三の敵とか抜かしてやがったけどそうポンポンと新しい敵に出てこられてもな…………あ」
「『あ』? ご、御主人様……『あ』、って何ですか?」
 忘れてた。
 バスからこっち展開が急すぎてすっかり頭から抜け落ちてたが……。
「もう一体、いるんじゃなかったか?」
「何が……」
「永劫機」
「…………あ!」
 バスの中でウォフが言っていたこと、この街にいるもう一体の永劫機。
 このウォフが気づけたくらいだ、そのもう一体がウォフの存在に気づいていないとも限らない。
 そいつが不干渉だと今はありがたい。友好的だと最高だ。
 ……もしも、敵だったら?
 こいつを回収しようとする敵だったら、どうなる?
「ウォフ・マナフは直ってるか?」
「は、はい……。でも、他の永劫機が相手だと私は……」
「やれる。今のウォフ・マナフの力なら互角にはやれるはずだ」
「今の、私……?」
「ウィトルウィウスを倒したのはウォフ・マナフだ。あのときの出力ならウィトルウィウスレベルの奴が相手でも、戦える」
「――――」
 どうしてか、俺の言葉を聞いてウォフが息を呑んだ。
 表情は強張り、作り物の肌だというのに、いつもよりも血の気が引いているように見える。それはまるで……訃報か何かを唐突に聞かされたときの反応だった。
「御主人様……、私が……ウォフ・マナフが、ウィトルウィウスに勝てるだけの、力を……?」
「ああ」
「……そ、んな…………」
 ウォフは足場が崩れてしまったようによろめく。
 ふらふらとしていて転びそうなウォフを、右手を伸ばしてウォフの手を掴み、支える。
「あ、あ……」
 ウォフは掴まれた手と、俺の顔を交互に見比べる。
 そしてウォフは目に涙を浮かべ、俺の衣服の袖に縋りついた。
「どうした? あれは、何かまずいもんだったのか?」
 俺の呼びかけに、ウォフはただ泣くばかり。衣服に涙が染み込む感触が、肌に伝わる。
 やがて、ウォフは涙混じりに、こう呟いた。

「ごめん、なさい…………」

 不意に、眩暈がした。
 何日も眠らなかったときに襲ってくるような睡魔が唐突に俺を苛んだ。
 瞼が重い、頭が重い、身体が重い、魂が重い。
 思わず膝をつくと、背負っていた少女が俺の背中から床に転がる。
 ただ、そちらには構っていられない。俺自身が、どうしようもなく、危険な状態にあることは理解できた。
 この原因が、ウォフにあるということも……。
「ごめん……なさい…………」

 涙雑じりのウォフの声を聞きながら、俺の意識は深い闇の底へと引きずりこまれていった。





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