【永遠の満月の方程式 -破- 後篇】


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「アルコル……アラビア語で『かすかなもの』……か」
 五時限目の講義が終わった後、輝は一人廊下を研究室に向かって歩いていた。
 昼に甕と八意思兼に言われた事が頭から離れないのだ。
 七人の術者、一つの式神、五つの元素《エレメント》。それをどうやって一般人でしかない輝が破れば良いと言うのか。
 輝は正直、犯人が分れば止められると軽く見ていた。しかし現実は犯人を知っても、いや、犯人を知ってしまったからこそどうして良いか分らなくなってしまったのだ。
 昼のあの後も、輝は睦月と雪の事を考えながら、稲生賢児に貰ったデータを見て「二人以外に怪しい陰陽師は居ないかな」などと考えていたのだ。
「確かに、何の力も持たない私は『かすかなもの』ですね」
 教え子であり特に気にかけていた二人が実は犯人でしたなどと、誰がすぐに信じる事ができようか。
 この期に及んで、輝は心の中で甕達の言っていた事が、嘘や間違いであったら良いなと思ってしまっていた。
(そんな私に一体何が出来ると言うのだ……宿命? そんなもの、信じられる訳ないでしょう)
 考えも決意も固まらないまま、とうとう研究室に着いてしまった輝。中からは話し声が聞こえる。
(睦月くん……雪さん……一体どんな顔をして会えばいいんだ)
 依然として気まずい気分のまま輝がドアノブに手をかけた時、ドアの向うから聞いた事のない声が聞こえた。
 ただの来客かと思いドアノブを握った手に力を入れようとして、輝はハッとそれを思い止まった。
 こんな時に来る客とは一体誰なのか?時が時だけに疑ってかかる事は当たり前の事だ。
 輝はドアに耳を当てて声をよく聞いてみると、その声は確かに今まで輝が聞いてきた事のある声の誰とも違う声だった。
 少年のように高く澄んでいながらも、大人のような落ち着いた感じがする。もしこの声の主が子供だと言うなら、輝は思い当たる人物を知らない。
 会話の内容までは判別できないが、中からは睦月の声もする。声の人物が誰かは分らないが、生徒をいつまでも見知らぬ人物と二人きりにしておく訳にはいかないだろう。
 そうして輝は声色だけで判断し、恐る恐る自分の研究室の扉を開いた。 
「だ、誰ですか? そこに居るのは」
 第一声目を発して輝はしまった!と思った。
 こんなセリフ、まるで自分が入る前に聞き耳を立てて中に知らない人物が居る事を知ってから開けたみたいで、相手からしたら酷く不自然ではないか。
 しかしドアが開ききり件の人物の姿を見た瞬間、輝の頭からはそんなどうでも良い心配事は消え去った。
 ドアの向こう、睦月の前に立っていた二人組が輝の方を振り向いたのだ。
 一人は輝と同じ歳くらいの風貌で、背高のっぽのスーツを着たサラリーマン風の男。
 そしてもう一人はスーツの上にインバネスコートを羽織りハンティング帽をかぶっている、所謂シャーロック・ホームズのような恰好をしている20歳になるかならないかくらいの若い男だった。
 その顔立ちは日本人離れした堀の深さと造形をしている。帽子から覗く髪の色も赤茶けた色をしており、青年のハーフっぽさを一層際立たせている。
 シャーロックホームズのような恰好をしたエージェント、リガルディーが輝の方に一歩出て柔和な笑みで話しかけてきた。
「星見空輝《ほしみぞらひかる》助教授ですね。私は政府直轄組織EXパラベラムの英輔・リガルディーと言います。後の彼は山田次郎、国のエージェントです」
 そう言って名刺を差し出してくる青年に輝は会釈で返し、隣の無口で無表情な山田次郎と呼ばれていた男にも会釈をする。
 のっぽの男は直立不動のまま何のリアクションも返さなかったが、英輔・リガルディーと名乗った青年の方は人懐こい笑顔で返事して下がっていった。
 その事に輝は安心しつつ、名刺に書いてある青年の役職を見ると年齢にそぐわない役職が書かれていた。
 この年齢でこの役職。そしてEX Para Bellum――特別な戦さに備える――と言う名の政府直属らしい組織名。
 恐らくこの青年も異能力者なのだろう。輝は詳しく聞くまでもなく、青年と組織がどんな物であるのかを悟った。
「アポイントも無しに突然訪問した非礼はお詫びします。しかし我々が動いている理由……あなたならご存知のはずですね?」
 政府に双葉学園の卒業者やその他の異能力者達が集められる対ラルヴァ・異能力者用の組織があると聞いた事がある。
 その組織が既に今回の魔術による月の急速接近事件――永遠の満月事件とでも題そうか――を受けて動いていたと言う事だ。
 それは輝の予想通りだった。これだけの事実を隠し果せる事が出来るとしたら、それは国家の力しかない。そして国家の力が動いていると言う事は……
「現在、あなた方に本件の犯人を匿っているのでは無いかとの疑いがかかっています。これが捜査令状です。」
「何の事でしょうか? 月の事は天文学者の端くれとして知っていますが、一般人でしかない私達が本件にどう関わっていると言うのですか?」
 輝は無駄かもしれないと思いつつも、とぼけると言う道を選択をしてみた。
 国家が動いているのなら、もう自分などが動く必要は無いではないかと思ったのだ。そしてこの件に関わる必要も最早無いと思ったのだ。
 相手は恐らく何らかの異能力者なのだろう。その能力は知らないが、大切な教え子二人に国家権力や神と名乗るラルヴァ達から嫌疑がかかっている事は確かだ。
 守ってあげたかった。輝にとっては二人は今まで一年間教えてきた大切な教え子だ。
 雪は素直で真面目で出来の良い生徒だ。睦月は少しいい加減な所はあるが底抜けに明るい女の子だ。
 深夜の天体観測に参加した時の二人の笑顔を輝は思い出した。
 コンビニに一緒に買いに行った真夏のアイスの冷たさと、おどけ合う二人の姿、計算に行き詰まった睦月に計算を教える優しい雪の姿、気弱な雪が強引な男子に誘われて断れない所を助けていた勇気ある睦月の姿。
 それら沢山の思い出が輝の脳裏に去来する。睦月も雪も普通の女の子達だ。いや、今時珍しいくらいに良い子達だ。
 二人が世界を滅ぼそうとする訳が無いと輝は信じたかった。突然訪れた非日常から、穏やかで楽しかったあの日々に帰りたかったのだ。
「……なるほど、どうやら隠れ蓑として利用されているだけのようですね」
「先生……」
 先程から一言も口を出せないで不安そうに輝を見るばかりの睦月の手が、かすかに輝の服の袖を握った。
 握られた方の腕にかかる微かな重さが、今は輝にとって心地良い。
 そう言えば、と輝は思う。天津甕星と八意思兼は輝に真実を告げた後、やる事があるからと姿をくらませてしまった。
 今にして思えば輝はあの二人に良いように丸め込まれたような気がしないでもない。
 EXパラベラムが動いている事を甕は占星術で知り、またそのエージェントが輝の元を訪れる事を占星術で知っていて、何らかの隠蔽工作の為に輝に接触して来たとも考えられる。
 輝はこの時、出会ったばかりの神二柱よりも、自分の教え子二人を信じようと心に決めたのだった。
 そんな輝の心情を知ってか知らずか、エージェントの青年リガルディーが首に駆けていたブルークリスタルの首輪を外し、右手に構えて輝の前に差し出してきた。
「この振り子は『ペンデュラム』と言います。まぁ占いの道具のような物です。私の能力はこれで色々な物を探し当てられる事でしてね」
 輝は思わず唾を飲み込んだ。
 国家指定異能力者のペンデュラム、最早何の誤魔化しも通じないだろう。
 その青いクリスタルが二人の教え子に向かないよう、輝は祈る思いでリガルディーの振り子の先をじっと見つめた。
 リガルディーが眼を閉じ軽く瞑想した後、ブルークリスタルはある方向に向かってその先端を延ばし始める。その先にあるのは……
「その方角は」
「そう、この学園の望遠鏡を設置してある天文台の方角ですよ。いや正確には少し違うかな」
 天文台の方角に一体何があるのか?輝には全く思い当たる物がなかった。通い詰めた場所である。異常があればすぐに分る筈だ。
「とにかく行ってみましょう。この学園の中心へ、ね」
 輝は一抹の不安を抱いたまま、二人のエージェントの後ろに従って部屋を出た。その後を追いかけて睦月が部屋を出る。
 二人は国家エージェント二人の後を付いて回る事となった。 



「開けますよ」
 そう言ってリガルディーが開けたのは天文台の下部に位置する機械室の扉だった。
 自動制御式の望遠鏡を動かす為の機械や制御ユニットが収まっている部屋だが、ここに入る人間は少ない。
 三ヶ月に一度、専門の業者が点検と整備の為入る以外、誰も開ける事のない扉。そこを天文学者として何年もこの望遠鏡を使い続けてきた輝は、今日初めて潜る事となった。
 リガルディーは他の三人に先行して機械室に入ると、携帯電話の明かりを頼りに部屋の電灯のスイッチを探して明かりを点けた。
 一瞬の明滅の後、蛍光灯の明かりに照らされた部屋の中。そこに四人は奇妙な物を見る。
「っ!? なんですか……これは?」
「これが『式神』か……成程、考えたものだ」
 機械室の中にはモーターと駆動機、機械台や制御盤などが素っ気無く立っているだけだった。
 他に物は床の工具類以外何もない部屋の壁に、何かチェーンを下に引き続けるような動きをしている”人の影”だけが映っているのだ。
 それを指してリガルディーは『式神』と言った。
 光源を遮る物が何もないのに、まるでそのもの自体が生きているかのように動き続ける奇妙な独立した影。
 初めて見るその奇怪な光景に二人は言葉を失っていると、リガルディーは横にいる極度に無口な男、山田次郎にその影を指差しながら指示を出した。
「山田さん、許可は出ています。お願いします」
「あっ、何を!?」
 そう言われるや否や、山田次郎はサッカーのシュートでもするように一歩踏み出して、何もない虚空に振り上げた足を叩きつけた。
 すると一体何が起こったのか、影のあった壁に無数の穴が開き影ごと天文台機械室の壁面を粉砕する。
 これこそ山田次郎の異能力『ブラストキャリバー』。ゴミや砂粒を手や足で弾く事で散弾のように飛ばす事が出来る異能力だ。
 砂程度の軽い物しか動かせない極弱い念動力の一種だが、山田次郎はそれをアイデアと努力で強力な能力に育て上げた。
「やはりそうか」
 粉砕の土煙が晴れて元の場所が見えてくる。そこには壁は無かったが、残った地面に影が映っていた。
「影だから攻撃できませんね。そしてこの場所を破壊しても他の面に移るだけで止められない。恐らく完全な闇を作っても無駄でしょう」
 電灯を付ける前の機械室の闇の中でも影は動き続けていた。そして山田次郎のブラストキャリバーを受けても止められない。恐らく他のどんな物理的攻撃を与えても止まらないだろう。
 それは影が2次元の存在で、我々が3次元の存在だからだろうか。とにかく式神を止める事は不可能だった。
「となると、別働隊の報告を待つしかない……か」
「別働隊?」
 リガルディーは言った。別働隊、つまり他にも彼らのような異能力者が動いていて、他の場所で犯人達と戦っていると言う事だ。
 当然だろう。これだけの事態で行動しているエージェントがこの二人だけの筈がない。
「言ったでしょう? 国が動いていると。これは世界レベルの非常事態なのです。異能力者である犯人には既に殺傷許可が下りています」
「ま、待って下さい! もしかしたらその中には、うちの生徒や若い人達も含まれているかも知れないのですよ!? それを……!」
 何と、既に犯人には殺傷許可が下りていると言うのだ。
 確かに、異能力者同士の戦いは武器を持つ者同士の戦いに等しい。つまり戦いと言うより殺し合いになるケースの方が多いと言う事。
 まして先程のブラストキャリバーの威力一つ取ってみても、巨大なラルヴァならいざ知らず、まともに人間が受ければあの壁のように……
「言った筈です、世界レベルの危機だと。G20の暫定採決の結果なのです。イギリスやUSAからも殺人許可証《マーダーライセンス》を持ったエージェントが数名来ています。この学園の醒徒会にも動いてもらっています」
「な……っ!?」
 輝の袖を掴む睦月の手にギュッと力が入った。事の重大さに睦月も怯えているのだ。
 そして輝も改めて自分が関わってしまった事の重大さに気づき、額の汗をグイと拭った。
 そうだ。これは世界の存亡を賭けた戦いであり、異能力者同士の殺し合いなのだ。人類はラルヴァにその生存権を脅かされていると言うのに、何故人類同士で争いが耐えないのか。
 よく外に敵を作ると内部が団結すると言うが、人間はラルヴァと言う外敵を得ても、結局協力し合う事が出来ないと言う悲しい事実が1999年の時からあった。
「繰り返しますが非常事態なのですよ。事が事だけに公に出来ないだけであって、今は非常事態なんです。我々は月が肉眼で近づいていると分る誤魔化しきれない距離に来るまでに、絶対に本件を処理しなければならないのです」
 そう、今はまだ体感的に「今夜は月が大きく見えるなぁ」程度の大きさで誤魔化せるレベルだ。
 月や太陽は地表近くの低い位置にある時、建物と比べる事ができるため人間の目はそれらが中天高く大きさを比較する物がない時より、遥かに大きいように錯覚する。
 そしてそれが膨張色である赤に近い色をしている時、体感的な大きさは更に増す事になる。
 今近づいて来ている月の反射光は、ドップラー効果により赤方偏移を起し赤みがかった色になっているので、一般人が見れば経験則から月が赤いから大きく見えるのだと納得してくれている筈だ。
 しかしそれも直に通用しなくなる。月は依然として地球に近づき続けているのだ。月の大きさが誰の目にも明らかに大きくおかしいと感じるようになるまで、もう何日も猶予がない。
 ふと、輝は隣に居る睦月の顔を見た。睦月はいつもの笑顔を無くし不安げな表情で影を見ている。
 輝が見た事の無い睦月の顔。その表情に少し見入っていると、睦月は視線に気付いたのか輝の方を見て「先生、私達どうなっちゃうんだろう……」とすがる様に聞いてきた。
「分りません……けれど、君の事は先生が守ります。だから心配しないで下さい」
「先生……!」
 睦月は輝の腕に縋り付く様に身を寄せてきた。輝の腕に睦月の微かな震えが伝わる。その姿と震えを感じ、輝は睦月は犯人じゃない、あの話は甕達の考え違いなのだと強く思うのだった。
「もしもし。……そうですか。……はい……はい……分りました」
 教師と教え子が体験した事のない未曾有の自体に身を寄せ合っている時、エージェント・リガルディーの携帯電話に着信が入った。
 二言三言、短い会話を終えると切ってしまったが、その内容は自ずと察しがつく。多分他のエージェントからの連絡なのだろう。もしかして犯人を捕まえた報せかも知れない。
 もしそうなら生徒がその中に居なければ良いな、怪我をしていないかな、この事件はこれで解決かなと、輝は思わずには居られなかった。
 そんな輝の心情など知らないのだろうが、リガルディーは輝と睦月の方を向き直り軽い現状報告をする。
「4つのポイントの制圧は完了したそうですよ。あと1箇所だけです」
 4つのポイント、そしてあと1箇所だけと言う言葉を聞いて輝は八意思兼の言っていた5つの元素《エレメント》の話を思い出した。
 睦月と雪の事は守ると決めたが、八意思兼の話を思い出すと陰陽師と陰陽五行説、そして式神。稲生賢児《いのうけんじ》の話していた術式を組んで行う大規模魔術の事。それらの情報は事実と合致するようだ。
 5つのポイントとは即ち『永遠の満月の方程式』を完成させる為、島中の異能力者達から魂源力《アツィルト》を吸収し大魔術のエネルギー源とする陣を形成するポイントなのでは無いか。
 そしてそのポイントは、輝は魔術に関しては詳しくないが、映画などで見た事のある安部清明などが使っていた五芒星の図形なのではないか。
 リガルディーはそこまで話さなかったが、輝は今まで集めてきた情報を元にそうでは無いかと考えたのだ。
 もうこの件に関わりたくないと思っていても、頭の中では考える事をしてしまう。それは学者と言う人種の悲しい性なのかもしれない。
「安心して下さい、今の所死者は出ていません。何人かは病院に搬送されたそうですがね」
 そんな考え事をする輝の深刻そうな顔を見て、リガルディーは気を使ったのか死者はいない事を告げる。
 やはり政府のエージェントはレベルが高いのだろう。相手を生かして捕らえるには殺しにかかるより3倍の労力と危険を必要とする。
 これだけの事をしでかそうとする必死な相手を殺さず無力化する、ハイレベルな異能者でなければ中々出来ない芸当だ。
「後1箇所ポイントを破れば本件は解決です。先生からは詳しい事情はその後でお聞きしましょう」
 輝は天津甕星や八意思兼に情報を貰って調べていたが、政府はそれらの情報も無しに輝より進んだ所まで事件の核心に迫っていた。
 方法は分らないが優秀な異能力者が大勢いるのだろう。輝は政府の、国家の力をこの時初めて頼もしいと感じた。
 四人は天文台の表に出て黒塗りのクラウンに乗り込む。島の最後のポイントに向けて運転席の山田次郎がアクセルを踏み込んだ。
 目指すは島の南西部。最後のポイント『金』の場所だった。



 島の南西部には森が広がりその先に島と海とを分ける巨大な壁が建っている。その向こう側がビーチになっているのだが、四人が着いた場所はビーチより手前、森と城壁に挟まれた、丁度野原のようになっている場所だった。
 四人は車を止める前にその場所に誰かが居る事が分った。男性ではない、女性三人だ。
 一人は大人し目な服装でロングスカートに眼鏡をしている。そして残りは二人とも巫女服のような和服を着ていて、一人は三人の中で一番背が高く、一人は子供のように背が低い。
 顔がはっきり見える距離まで行かずとも、輝と睦月にはそれが一体誰であるか分った。分ってしまった。
 だからこそ、その嫌な考えを否定しようと車が止まると、誰より先に二人は飛び出し外の三人の近くに向かって駆け出したのだ。
「雪さん!」
「雪ちゃん!」
 和服の二人に取り押さえられ身動き出来なくなっている雪に、輝と睦月は声を掛ける。するとぐったりとうなだれるように下を向いていた雪が二人の方を向いた。
「先生……睦月ちゃん……」
 その顔は憔悴したように弱った表情で、雪を取り押さえる甕と八意思兼は輝と睦月を見たまま何も語らず、ただ雪の両腕を抑え二人して一人を捕まえている状態である。
「甕さん、それに八意思兼さん! あなた方は何をしているのですか!?」
 輝は叫んだ。何故ならこの光景は明らかに悪い二人が自分の教え子を押さえ付け、何かしようとしていた所そのものだったからだ。
 それに対して二柱の神も雪も何も答えない。
 何故このような状況になっているのか?何故三人とも何も喋らないのか?輝も睦月も訳が分らないまま三人に近づこうとしたその時――
「あなたがラルヴァ『天津甕星《あまつみかぼし》』ですか」
 二人の後ろからシャーロックホームズのような恰好をした青年、リガルディーが割って入った。
 その手には先程使われたペンデュラムが握られ、先端のブルークリスタルははっきりと三人の方向を向いている。
 その後にはピタリと山田次郎が寄り添い、いつでも攻撃出来るぞと言う風に構えているのである。
 輝と睦月はエージェント二人の真剣な眼差しに臆され、三人にそれ以上の質問をぶつける事が出来なくなってしまった。
「天津甕星……いや、『不順《まつろ》わぬ神』と呼ぶべきかな」
「まつろわぬ……神?」
 『不順《まつろ》わぬ神』と言う知らない単語にクエスチョンマークを浮かべる輝。
 リガルディーは輝の知らない事まで知っている。
 何の力もないただの一般人でしかない輝には、既に何もできる事はなく、ただその場で立ち尽くし見守るしかなかった。
「今回の件を画策したのは『まつろわぬ民』と呼ばれる魔術者達の集団でした」
 リガルディーはペンデュラムを前方に構えたまま三人の前へと向かって歩いて行く。
 その言葉は三人へ向けてのものと言うより輝に向けてのもののように感じられたが、視線はあくまで前方の三人へと注がれたままだ。
 イレギュラーな事態に遭遇したせいなのか、三人は蛇に睨まれた蛙の様に無言のままその場に凍り付いている。
 その三人の眼前に立ち饒舌に講釈を垂れ続けるエージェント・リガルディー。彼の言葉は止まらない。
「不順《まつろ》わぬ民とは当時、大和朝廷に従わず打ち滅ぼされた民の事であり、日本の国土を北へ北へと追われていった人々の事を言います。長い年月をかけて彼らは次第に日本と同化してゆき、今や完全に同じ日本の民となったと思っていたのですが……どうやら、数千年もの間怨みを忘れずに居た者達も居たようですね」
 リガルディーはポケットから取り出したもう一本のペンデュラムを左手にも持ち、両腕を大仰な動作で天に向けて振り上げた。
 時刻は午後18時。桜もまだの冷たい初春の空には、一番星が輝き夜の訪れを告げていた。
「そして彼らが信仰していた神は星を司る神だった。つまり『不順《まつろ》わぬ神』と呼ばれた者こそ……」
「それが甕、天津甕星だと言うのですか?」
 夜は甕《みか》――天津甕星《あまつみかぼし》――の時間。天津甕星は星の下、最大の神通力を発揮する。
「先生、言った筈だよ。一般人にしか運命を変える事は出来ない、と」
 リガルディーのペンデュラムがチャラチャラと音を立てて能力者の手から滑り落ち、二柱の日本の神、天津甕星と八意思兼を蛇のように縛り上げた。
 それを受けても天津甕星は動じない。視線を真直ぐ輝に向けて、ただ自分の選んだ者を信じ続けるとでも言うように、瞳を見つめて離さない。
 輝が見返した甕の眼には夜空の一番星が輝いている。少しの曇りも陰りも見えない澄んだ瞳。
 その瞳に射すくめられた輝は、甕を見る事が出来無きなくなり視線を逸らせてからこう訊いた。
「甕さん、貴女は一体――」
「騙されてはいけませんよ、先生」
 しかしその答えを聴く前に、リガルディーによって輝の問いは打ち切られる。リガルディーは既に勝ち誇ったように縛り上げた二柱の神を見下している。
 その上で、あえて彼は天津甕星と八意思兼を神ではなくこう呼んだ。
「その者こそ、この国に仇成す者達の長。人類の敵“ラルヴァ”なのですから」
 その言葉に、八意思兼が初めて露骨に嫌そうな顔をして口を開いた。
 そして甕も、輝を見つめていた瞳を閉じ、静かに下を向いて祈るようにこう呟いた。
「我々神を敵と誹るか、無礼者め。天皇を呼べ、国民の躾が成っておらぬ」
「先生、私は先生を信じるよ。先生は私が選んだ人なのだからね」
 リガルディーはペンデュラムを放しフリーになった手で輝にある物を握らせた。それは重く冷たく死の臭いのする道具。指先一つで人の命を奪える人類が生み出した冷酷な武器。
「先生、今後の為にも渡しておきます。その銃を向けるべき相手……間違えてはいけませんよ」
「人間、我らを信じるのじゃ。我らはこの国の神、民の味方じゃ」
 切迫する状況に耐えられなくなった睦月は地面にしゃがみ込み顔を両手で塞いだ。
 輝は極限の選択を迫られる中で、この銃を撃つしかないのか、銃で神を殺せるのか葛藤していた。
 本当にリガルディーの言う事が正しいのか、自分の思いは真実なのか、甕達の方が正しかったらどうすれば良いのか、自分の行った結果に責任を取る事が出来るのか、あらゆる思いをグチャ混ぜに葛藤し続け……
「先生!」
「人間!」
 リガルディーと甕の言葉がほぼ同時に輝にかかる。
 甕か、それとも雪か、そもそも本当に輝が撃つ必要があるのか、もし自分が撃たなかったらどうなるのか、輝は幾百の迷いの中で、自分にとって本当に大切な事は何かを選び出した。

――そして輝の出した結論とは――





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