雪が降らなくなる前に 前編


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 true tears  SS第二十二弾 雪が降らなくなる前に 前編

 竹林での告白の翌日、まばらにクラスメイトが登校して来る。
 三代吉が眞一郎に比呂美との近況を訊く。
 教室に入って来た比呂美は真っ先に眞一郎の席に歩み寄る。

 長くなりそうなので分けます。
 前作の続きです。

  true tears  SS第二十一弾 ブリダ・イコンとシ・チュー
 http://www39.atwiki.jp/true_tears/pages/275.html

 true tears  SS第十一弾 ふたりの竹林の先には
 http://www39.atwiki.jp/true_tears/pages/96.html
 true tears  SS第二十弾 コーヒーに想いを込めて
 http://www39.atwiki.jp/true_tears/pages/245.html

 

 昨晩、帰宅してから比呂美に電話やメールをしなかった。
 向こうからも何もなくて、早めに眠った。
 朝、起きると清々しくて居間に行けば、親父とお袋に驚かれた。
 ふたりは比呂美とのことを尋ねようとはしなかった。
 言葉にせずとも雰囲気から察してくれたのだろう。
 和やかな朝食を終えてから、学校に行った。
 教室にクラスメイトはまばらで珍しい状況を楽しむ。
「今日は槍でも振るんじゃねえの」
 登校して来た後ろの席の三代吉が声を掛けてきた。
「せめて雨にしとけよ」
 ふと窓を見ると薄っすらと曇り雲があった。
「そんな生易しいものではないな。……何かあんのか?」
 三代吉は教室を見渡してから囁く。
「湯浅さんとはどうなったんだ?」
 その問い掛けに身体をかすかに上下させてしまう。
「昨日から付き合うようになった」
 三代吉の目を見ながら答えた。三代吉は驚いてから、俺の右肩を叩く。
「だから早めに登校して来たのか。残念だったな」
 ふたりで比呂美の席を見ると主はいない。
「そんなつもりじゃない」
 あれから比呂美とは交流がなかったから、気になってはいる。
「まだ他の奴らには黙っておいたほうがいいのか?」
 さらに眼差しに穏やかな光を宿して問うた。
「隠すつもりはないけど、話し合ってなかったな。そういうこと」
 そこまで考えられる余裕はなかった。話題にならなかったことは把握できていない。
「学校でめだっているから大人しくしておきたいと言っていたよね、眞一郎くん」
 透明感のある済んだ声の音源を見ると、俺の席の右横にあった。
 コートを来たままで両手を添えて学生鞄を握っているから、直接に来たようだ。
 三代吉とともに比呂美が一瞬で出現したかのように口を開けてしまった。
「話ぐらいはしてもいいよね。席に着いてからだと決意が鈍りそうで」
 上目遣いで控えめに言葉を紡いでいた。
「何でも聞くよ」
 俺の返答に比呂美は一息を飲んで、顔を仰ぐように上げてから発する。
「今日、一緒に帰りたい。用事があるなら待っているし、できれば今日がいい」
 今日は特別な日でもないとは思うが、比呂美はかなりこだわっているようだ。
 瞳を合わせていても、訴え掛けているように外そうとしない。
「特に予定がないので、一緒に帰ろう」
 比呂美は八分咲きに表情を明るくしてくれる。
「忘れないでね」
「約束したから」
 比呂美は深く頷いてから自分のロッカーに行ってコートを脱いで畳んで入れている。
 こちらの視線に気づくと赤みが差して、そそくさと自分の席に行く。
「嘘ではなかったようだ」
 三代吉はふと洩らした。
「疑われていたのか……」
「祭りの日に愛ちゃんが公民館に行ったときに、湯浅さんが彼女宣言したらしい。
 片付けをしてから祝い酒のようにコーラで乾杯した。
 翌朝には湯浅さんがここに来て思い詰めていた。
 今度は悔やみ酒でコーラを愛ちゃんと飲んだ。
 さらにややこしくなっているようだったから」
 三代吉は淡々と打ち明けていた。俺にはわからないところでも迷惑を掛けていたようだ。
 三代吉は俺が愛ちゃんとキスをしてしまったことを知っているのだろうか?
 いつまでも洩らす事無く黙っておこう、比呂美にも。
「そこで塞ぎ込むなよ。あの湯浅比呂美の彼氏なんだろ」
 顔を近づけてきて、にかっと白い歯を見せた。
「彼氏らしいことをしてやれていないけど」
 比呂美のほうを見ると、いつものように黒部さんと雑談をしている。
 さっきまではいなかったはずなのに、ほんの少しの時間で微笑ませているのだ。
「付き合って翌日で堂々とはしていられないだろ。
 その前に彼女宣言をした湯浅さんはよくわからない。
 今日にでもふたりで店に来て白状してくれないか?」
 三代吉も比呂美に視線を向けている。
「比呂美が何か考えているようなので、今日は無理だ。いつか行けるように訊いとく」
 俺の返答に三代吉は即座に首肯する。
「そのほうがいい。友情よりも愛情を選べよ」
「何のこと?」
「今の俺たちには関係のない古いことだ」
 三代吉は窓のほうを遠く眺めた。お互いに触れてはならない領域があるのだろう。
「比呂美と話をしても今までのことの折り合いができていないから、重苦しくなってしまう。
 もう少し笑顔で話せるようにならないと。
 今は冗談を言ったり、はぐらかしたり、もったいぶったりしている。
 比呂美のさまざまな表情を引き出してみたいんだ」
 昨晩の会話も不自然な流れでも、比呂美とうまく過ごせただろう。
 学校と仲上家ではできないふたりきりの状況なのに途切れなかった。
「いろいろあったんだろうな、お前らは。特に湯浅さんは暗い顔ばかりしていたし」
 俺に仲上家のことを訊き出そうとはしなかった。
 三代吉の家は農業に勤しんでいるので、田舎独特の複雑な社会を理解しているのだろう。
「まだ手を付けてないところもある」
「そっちはおいおいということで。湯浅さんを泣かせないようにな」
「嬉し涙なら」
「は?」
「こっちの話。怒らせたらコーヒーに塩を入れられるらしいし」
「コーヒーに塩!」
 素っ頓狂な声を出されて、増えつつあるクラスメイトに注目されてしまう。
 椅子を動かす音がして、比呂美が早足で近づいて来る。
「な……仲上くん、コーヒーに塩なんて入れてないよね」
 俯いていて目を合わせてくれない。
「ゆ……湯浅さん、入れられると言っただけだよ」
 まだ名字で呼び合っていると、比呂美は徐に顔を上げる。
 仲上家にいたときのような儚げで悲壮感を漂わせている。
「塩を入れると私も飲まないといけないの。濃いコーヒーを飲んだときのように。
 だからそんなことはしたくないの……」
 消え入るような声をかすかに出していた。
 教室が比呂美の部屋に変わって、テーブルの上にはマグカップがあるように思える。
 俺には何をすれば塩入りのコーヒーを飲まされるかがわからない。
 比呂美にとっては不吉なものの象徴かもしれない。
 比呂美の右横に黒部さんが寄り添っている。
「比呂美さん、自分から濃いコーヒーって暴露してどうするつもり?」
 溜め息を混じらせて呆れていた。比呂美は唇を噛み締めてから開く。
「私、帰る」
 比呂美は背を向けて去って行く。肩を落とさないのが虚勢を張っていそうだ。
「仲上くん、気を悪くしないであげてね。
 比呂美は一つのことにこだわると、まわりが見えなくなるときがあるの。
 コーヒーについてはよくわからないわ。
 でも仲上くんと付き合えると、昨晩は電話ですごく喜んでいたから」
 黒部さんが直接に話し掛けてくるのは初めてに近い。
 落胆しつつも最後には身体全体を震わせて喜びを表現していた。
「コーヒーは俺がバラしてしまった。
 あそこまでこだわっているとは思ってもみなかったので」
 今まで比呂美と話したことを誰にどこまで伝えていいのかを相談してはいられない。
 お互いの判断に委ねるしかないのだろう。
「ここで私からの情報を提供。
 比呂美はまた奇跡を望んでいるわ。起こしてあげてね」
 両手を合わせて右目を閉じる。
「ごめん、わからない」
 奇跡という単語を比呂美が使っているのを聞いたことがない。
「またなら一度はあったということだろ、眞一郎。考えてあげな」
 三代吉がにこやかに口を挟んだ。
「比呂美は自己完結したり単語に意味を込めたりするみたい。
 一人暮らしをするときだって、封印を解いたと言っていたわ。
 仲上くんと親しくなれそうって。
 それと石動純さんのことは私のせいね。
 比呂美に仲上くんのことで無理に追及したのがいけなかった」
 黒部さんは首を右に傾けて軽く謝罪した。
 比呂美に対して何かと世話を焼いていたのだろう。それが間違った方向に傾いてしまった。
「それも俺のせいだ。黒部さんはあまり気にしなくても良いよ。
 封印も詳しく知らないが」
 引越しするときも比呂美は結論だけを俺に伝えていた。
「全部、眞一郎のせいだ。
 普通、好きな女が他の男を好きであっても告白しておけよ、バカ野郎」
 三代吉は俺の頭の上に右手をおいて下に押し付ける。
 まるで黒部さんに俺が謝っているようにだ。
「痛いから、やめてくれ。これからもちゃんとするから」
「そんな言葉で済むか、やきもきさせやがって」
「私も比呂美に何かしようかな? 親友なのに嘘をつかれたし」
 平常心を取り戻して、微笑みながら仕返しを画策しているようだ。
「俺も比呂美の嘘には苦労した。やっと嘘か本心かわかるようになってきた」
 現実の比呂美と絵本の比呂美と一致させていたかったかもしれない。
 比呂美は嘘をつかないと理想化してしまっていたのだ。
「何、あの顔」
 吹き出した黒部さんが比呂美のほうを向いているので、俺も見てみる。
 頬を膨らませてじとりとこちらを窺っている。
「あれは幼い頃によくしていたな。ああなると置物ように動かなくなる」
 昨晩から比呂美の昔の面影が甦っている。
 俺たちは思い出から現在や将来を紡いでいるのだろう。
「初めて見た。いつもはどこかに逃げようとするのにね。慰め甲斐があるかも」
 黒部さんは席に戻ると、比呂美に顔を近づけて何かを言っている。
 比呂美は首を左右に振って、優しい母に諭される駄々っ子のようだ。
 俺にはできそうにない女同士の遣り取りなのだろう。
 比呂美のお母さんの千草さんが亡くなってから、八年も経過している。
「で、お前は何をしているんだ?」
 三代吉は眉間に皺を寄せている。
「黒部さんに任せたほうがいいような」
 俺の発言に三代吉はあからさまに息を吐いた。
「わざわざ帰ると伝えていたのも、こっちを見ていたのも、お前に来て欲しかっただろう。
 何でわからないのかな、玉砕覚悟で挑め」
 右の人差し指で比呂美を標的にしている。
 兄妹疑惑の告白、逃避行、引越し、雪の海、昨晩も追ったときには何らかの成果を挙げていた。
 俺は立ち上がってみる。
「付き添わないで眺めとく」
 三代吉が愛ちゃんに告白するときに俺は間に入った。
 お互いに経験不足で考え抜いた末に辿り着いた結論ではあった。
 成功も失敗も一緒に味わおうとしたかったのだ。
「せめて骨は拾ってくれよ」
「失恋話を店で聞いてやる」
「コーラを飲みながらか」
「最近、お前と飲んでいないからな」
 三代吉の応援を支えにゆっくりと比呂美の元へめざす。
 気配を察したのか、比呂美は俺の姿を捉えている。
「コーヒーのことを軽く考えていた」
 ただの他愛のない悪戯のようなものだとみなしていた。
「コーヒーはね、そのときの私そのものなの。だから塩なんて入れたくないわ」
 比呂美は胸のあたりで何かに祈るように両手の指を絡めている。
  俺は直立していて椅子に腰掛けている比呂美を見ていると、口付けで刻印した額が近くなる。
 昨晩の帰り際にしてから、すぐに比呂美の様子を窺えなかった。
「まともだとつまらないと言わない」
「はい」
 比呂美が納得してくれた唇を意識してしまう。
 前屈みになりつつも引き寄せられると、比呂美は身動きせずにそのままでいてくれている。
 急に薄紫の物体に視界を覆われてしまった。
「もしもし応答できますか?
 ここは教室です。ふたりきりの世界に旅立たないでね」
 黒部さんは無線のマイクを左手で握る仕草で現実に戻してくれた。
 さっきのはノートのようで今は取り除いている。
 俺は比呂美と目配せをすると、一気に朱に染まってしまう。
「眞一郎くん、私が行きたいところをわかっている?」
 ほんのりと頬を薄紅色にしたまま、直視して確認しようとした。
 漠然としていて一つに絞れそうにない。
「どこ? 教えて欲しい」
 俺の回答に比呂美は目を伏せてしまう。
「帰ってから考えて」
 呟くように拒絶されてしまい、俺は比呂美のそばから離れる。
 俺が歩くとクラスメイトが無言で道を開けてくれている。
 ますます人数が増える中で、そろそろ終わらせておきたい。
 比呂美の言動をかき消すために一手を打つ。
「恥ずかしながら戻って来ました」
 失笑があっても空気を悪くさせようとも構わない。
「蜻蛉よりも早く戻って来るんじゃねえ。そっちに行っていろ」
 三代吉は右手で外に払っていた。
 アイコンタンクトで感謝してから着席する。
 案の定、侮蔑の眼差しを向けたり、小声で話したりする者たちがいる。
「湯浅さんは笑ってくれているぞ」
 ちらりと見てみると左目の下を左の人差し指で掻いていた。
 比呂美は古典的な手法の笑いが好みらしい。
 洗面所で歯磨き粉と洗顔フォームを間違えるような。
「予想外の良い効果はあったかも」
「誰と誰が学校で大人しくしているんだっけ?」
 三代吉は頬を震わせながら堪えている。
 朝のホームルームが始まる前に、比呂美と俺との交際がクラス中に知られてしまった。
 チャイムが鳴ると、クラスメイトたちが慌てて席に戻って行く。

               (続く)

 

 あとがき
 後日談を描いていますが、どこまで続けるか決めていません。
 その回の思いつきで設定しています。
 本編はふたりが付き合うところで終了している都合上、後は想像に委ねられています。
 このふたりは毎回も違った行動をしてくれているので、臨場感を大切にしています。
 比呂美がコーヒーにこだわったり眞一郎が女同士の関係に配慮させる気はなかったです。
 これからも勝手に動いてくれるのを、最初の読者として楽しもうと思います。
 今回、分かれてしまったのは朋与のおかげです。
 比呂美が奇跡を望んでいると追加してくれました。
 九話で悪口から比呂美を守って信用を得た朋与は、比呂美の相談役になっています。
 眞一郎と結ばれてからでも、あのふたりの仲裁や導き手になりそうです。
 どことなく原案の湯浅比呂美であった朋与の慈悲深い聖女の雰囲気があります。
 三代吉は愛子の眞一郎への愛情のために眞一郎との友情を犠牲にしようとしたでしょう。
 でも眞一郎が乃絵と交際したり比呂美とは不確定であったために実行しませんでした。
 よって古いことになり眞一郎には何も言いません。
 確かに眞一郎が誰かと付き合ってくれれば、愛子の愛情を三代吉は得やすくなります。
 今回は本心から眞一郎と比呂美を応援しています。
 比呂美と眞一郎は、もうどこまででも進んでください。
 どうなるか私もわかりません。
 あれがもし教室でなかったら……。
 比呂美のお母さんの名前は、千草と決定しました。
 シャナとコードギアスに登場する人物です。
 性格が家庭的で尽くす女性として一致していますので、両方を兼ねています。
 独自に名付けるよりは、部分的でも想像しやすくしています。
 死亡時期はあの幼い頃の夏祭りの前に病死です。
『比呂美、お母さんみたいに優しくて強くなるんだぞ』
 前回のお父さんの言葉は千草を失って泣いてばかりいた比呂美に向けてです。
 その言葉が現在の比呂美に根付いていて、仲上家でも耐えられました。
 両親の影響が比呂美を形成しており、眞一郎と付き合うことで家族を求めています。
 幼い動作があるのは、眞一郎への依存というよりも安心感からかもしれません。
 ……と考えつつも、比呂美は異なる姿にもなりそうです。
 マクロスFのシェリルも似たようなものかもと妄想しています。

 次回は、『雪が降らなくなる前に 後編』。
 あさみがささやかな復讐を果たし、朋与が妖怪と呼ばれた恨みを晴らします。
 比呂美はさらなるアプローチを仕掛けますが、眞一郎にも計画があります。

 

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