「静止した闇の中で」(2008/11/14 (金) 17:05:08) の最新版変更点
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**静止した闇の中で ◆S828SR0enc
まるで底なしの沼に浸かっているかのように、闇は深かった。
空にやわらかに光る月はあれど、木々の群生する森の中では生い茂る葉にさえぎられ奥まで届くことはない。
気を抜けば自分の指先すらおぼつかない、粘性の高い黒々とした夜。
時刻は未だ未明、夜明けは遠く、あたりに街はなし。
全ては静かに闇の中に沈んでいた。
その闇の中に、ぽつりとともる灯りが一つ。
ランタンの灯を頼りに膝を突き合わせる形で、夏子とシンジは茂みの中に座り込んでいた。
不用意に誰かの目に触れるのを警戒して、ランタンの灯はお互いの顔が見える程度の強さにしかしていない。
そして、そのランタンの灯の中でシンジは自分の思考に深く沈みこんでいた。
「さて、どうしたものかしらね……」
大きくはないがよく響く夏子の声に、びくりと体を震わせてシンジは顔をあげた。
夢から覚めたような顔をしている。
夏子の言葉は実際そのままの意味と、思考を現実から剥離させたシンジへの覚醒の促しでもあった。
『死者の蘇生』
夏子が先ほど口にしたキーワードは、よっぽどこの少年の琴線に触れるものだったらしい。
考えてみれば当たり前のことで、今は亡き会いたい人がいる人間はきっと多い。
そういった人間を前にして不必要な希望や欲求を抱かせるのは下策だ。
相変わらず肝心なところがなってないわね、と夏子は心の中で少し反省した。
「あの、夏子さんはこれからどうするんですか?」
おずおずとした様子でシンジは問いかける。その中に、先ほどまではなかった媚びるような遠慮の気配が含まれていた。
雨蜘蛛に襲われたことによる興奮状態から脱したために、彼の素が出た、そんな風に思える。
しかし夏子が生きてきた砂漠において、他者の顔色ばかり窺うような人間はさほど長生きできない。
それゆえの戸惑いでとっさに言葉が出ず、夏子はその空白が彼をさらに委縮させる前に少し考えて答えを口にした。
「あなたはどうしたいの? ここは島の南側のようだから、施設が少なくて人と会うには不向きだけれど」
「え、それは……」
シンジは思う。
自分が死ぬのはとてもとても怖い。だが、誰かが死ぬのも怖い。
だったら戦うしかない。戦って勝つしかない。
だが戦うにしてもシンジの所有物はこの煙玉だけで、逃げることはできても戦うことが出来るわけもないのは明らかだった。
「すいません、地図を見せてもらえますか?」
シンジが質問を最後まで言葉にする前に、ひょいと地図が手渡される。予想していたかのようだった。
広げてみると、先ほど謎の男に襲われた採掘場が載っている。ということはここはH-7周辺のどこかだろうか。
確かに周りに施設は少ない。もう少しいけば博物館もあるが、それが戦いに有用な場所だとは思えなかった。
しばらく地図を見て、シンジはおもむろに地図の北側に指を突きつけた。
「北に行きましょう。警察署に行けば銃とか……もっと武器があるかもしれない。
それにホテルやデパートもあるから、きっといろいろな人が来ます。殺し合いたくないと思っている人も来るかもしれません。
ここから森を突っ切って、まっすぐ北の街に向かえば――」
「残念だけど、私は反対よ」
シンジの真摯な声に対して、返す夏子の言葉は冷たかった。
「そうね、あなたのそれはたぶん多くのひとが考えることよ。
北の施設に行けば人がいるだろう、武器や道具もあるだろう、ひょっとしたら自分を助けてくれる人がいるかもしれない。
……無力な人や小さな子供ほど、人やモノが集まる場所に行こうとするでしょうね」
「だったら、なおさら――!」
「だけどね、」
ぴしゃり、と夏子は言いきった。
「逆にいえばさっきの男――雨蜘蛛みたいな殺す気満々の奴らも、同じ思考をする可能性が高いわ。
北の施設には無力な子供をはじめとする参加者がたくさん集まるだろう、ってね。
そしてそういう奴らは集まる人間の事を考えて、強襲する用意をしたり一網打尽にするための罠を張ったりする。
そいつら相手に今の私たちの装備じゃ、返り討ちにされるのが関の山よ」
「だけど、それじゃ他の人たちが!」
「さっきも言ったでしょう。『自分が死んでもいいなら私は止めないわよ』って」
夏子の言葉に、シンジは先ほどと同じく口ごもるしかなかった。
人が死ぬのはいやだ。アスカが傷つけられたり、まだ小さな子供が死んでしまうのを想像するだけで震えそうになる。
それでも、それに輪をかけて自分が死ぬのはいやだ。傷つくのはいやだ。
シンジの葛藤を一蹴するかのように、夏子はすっと指を地図上に伸ばした。
「私はひとまず地図の真ん中を目指すつもりよ。
ここはこの緑のもののせいで視界が悪いけど、どうやら地図の真ん中に行くにしたがって地面が盛り上がっているみたいだから。
高いところからなら森の中でも街の中でも、大きな異常があったらすぐに見つけられる。
万が一敵が来ても、四方のどこか別の方向へ逃げればいい。
人を殺すような連中は意志の疎通が難しくなったら即仲間割れしかねないから、大人数で徒党は組まないしね」
「それってつまり……」
「そうよ。
人が死んで少なくなるまで様子を見ながら待つ。そういう意味よ。
それまでに強い力や武器を持った人間が殺し合いにのった連中を倒してくれるかもしれない。
残酷なことだとわかってはいるけど、生きるためには今はそれが一番だと思うわ」
「そんな!」
シンジの喉から悲鳴のような声が上がった。
「駄目ですよ!それじゃあ力のない人や子供はどうなるんです!?」
「運良く強い人間に保護でもされなければ、殺し合いが序盤のうちに皆死ぬでしょうね」
「そんなこと許されるわけないでしょう!
それに僕たちだって力はないけど、少なくとも会場にいたすごく小さな子供たちよりは大人です!
守ってあげるくらい――」
「無理よ」
夏子の声はやけに辛辣にシンジの心に突き刺さる。
いつだってそうだ。
こんなに言っているのに、こんなに頑張っているのに、みんな僕を認めてくれない。
シンジの中に広がった虚無に、夏子は言葉を突きつけていく。
「もう一度言うけど、私たちの装備はナイフと煙玉だけ。さっき二人とも逃げ切れたのは運がよかったからよ。
雨蜘蛛が何が何でも私たちを殺すつもりで追跡してきたら、とても無事では済まなかった。
そんな私たちが人殺しの集まりかねない場所に向かってどうするっていうの?
まして小さい子供なんて、保護するとしても足手まといにしかならないわ。
――それともあなた、強いの?このナイフ一本でさっきの男より強い奴に勝てる自信があるくらい?」
「う、」
強いか、と言われればシンジは口ごもるしかない。
エヴァンゲリオンにのって今まで何度も人類を救った、そう自負できる程度の戦績は上げてきた。
だが、エヴァンゲリオンにのっていない今のシンジはただの子供だった。
生身の戦闘訓練を受けたわけでもない、銃だって用意されたものをただまっすぐにしか撃てない、十五歳の子供でしかなかった。
「思い上がらないで」
夏子の言葉は、シンジの抱いていた小さな勇気を潰すには十分すぎた。
◆ ◆ ◆
荷物をまとめ歩き出してから五分、シンジは無言だった。
仕方のないことだ、と夏子は思う。自分でも言い過ぎたとわかっている。
それでもあのシンジの姿を見ていると、どうしてもその理想に活をいれてやりたくなったのだ。
かつては夏子もこんな人間ではなかった――ごく幼い頃の話だが。
もっと希望や優しさというものを信じていたし、人を信頼し助けようとしていたと思う。
だが、夏子はそういった思いやりというものが通じるのはごくわずかな優しい相手にだけだということを幼くして悟った。
たいがいの卑劣で自分本位な人間相手にそう言った感情を向けても利用されるだけだ。
利用されてみんなを傷つけて、そして自分が深く傷つき悲しむだけなのだ、と。
もしかしたら幼いころの何も知らなかった自分とシンジを無意識のうちに重ねていたのかもしれない。
シンジのひとの顔色を窺うような態度も、夏子の思想の上では唾棄すべきものだ。
たとえ他人を利用してでも自分の有利になるように動く、それしか生きていくすべはない。
その一方で、シンジの純粋さは夏子にとって決して嫌なものではなかった。
だから先ほど彼に向けた最後の言葉は、自分の身の程をわきまえなければ生きられない、という戒めを込めたつもりだった。
理想を口にしても、それを実行する力がなければ自分も他者も無駄に傷を負うだけだ。
辛辣な言葉を心に刻みつけることで、その難しさを彼にわかってほしかった。
だが、後ろを行くシンジの沈むさまを見るにそれは伝わらなかったようだ。言葉が足りなかったのかもしれない。
もう一度、きちんと言おう。
そう思って夏子は振り向きかけ―――ナイフを抜き放って立ち止まった。
「誰? 出てきなさい!」
夏子の声にシンジがはじかれたように顔をあげるが、夏子の視線は目の前の木立の闇から離れない。
あたりは静かに風が木の葉を揺らす音が聞こえるだけで、怖いくらいに無音だった。
そのまま、しばしの静寂が続く。
「な、夏子さん?」
「静かに、そこに誰かいる」
軍人の夏子はこういった奇襲の事態に対する訓練も受けていた。闇の中でも人がいるのがはっきりとわかる。
あと五秒数えて、反応がなかったら煙玉を投げて逃げよう。
そう思って数を心の中で数え始めた、そのときだった。
ガサリ、と音をたてて目の前の茂みが揺れ、女性が一人そろりと顔をのぞかせた。
「ごめんなさい、隠れるつもりはなかったんだけど」
現れたのは、女性の夏子から見ても恐ろしく魅力的な女性だった。
可愛らしさと美しさ、艶っぽさが絶妙の加減で配合されたような顔立ち。見事としか言いようのないプロポーション。
声も愛らしさと大人っぽさが美しく調和している。
後ろのシンジが思わず喉を鳴らしたとしても、別に不思議なことは何もないほどの美女。
しかしその手には不似合いに黒光りする銃が握られている。
「なんのつもり?さっきから私たちを見ていたでしょう」
「お二人がいろいろ考え込んでいたみたいですから、声をかけてはいけないかな、と思っただけです。
他意はありません。信じてください」
懸命に語るその声にはいじらしいものがあったが、あくまで銃は手放さない。
まさか獲物が目の前で死んでいくのを見たい殺戮者ではないだろうし、敬語を使っていても態度にしおらしさはあまりない。
話す価値はありそうね、と思い、夏子はナイフを下に下げた。同時に女性も銃を下げる。
「いいわ、話をしましょう。私は川口夏子、こっちは碇シンジ。さっき知り合ったばかりよ」
「私は朝比奈みくると申します。早速ですがお二人の事、聞かせてください」
みくるの言葉に、夏子は自分の生い立ちと事情をかいつまんで話す。
シンジもそれに続いたが先ほどに比べて覇気がない。やはり夏子の言葉が効いているのだろう。
二人の自己紹介が終わると次はみくるが自分の事情を軽く話し、一つの提案をした。
「お願いがあるんです。
これから一緒に、北の方へ行ってはくれませんか」
それは偶然というべきか、シンジの先ほど行った提案と全く同じだった。
思わず、といった様子でシンジが声をかける。
「それは、人を見つけて助けるためですか?たとえば子供とか―――」
「それもあるんですけど、」
みくるは柔らかながらも有無を言わせぬ強さで言葉を紡ぐ。
「私はこの殺し合いの、そして主催者たちの情報が欲しいんです―――生き抜くために」
したたかな女だ、と夏子は思う。
頼むにしても有益な情報をはなから明かしたりせず、こちらの興味を誘っている。
ある程度の狡猾さも備えていそうだし、しばし共に行動するには申し分ないくらいだ。
「どういうことか、聞かせてもらってもいいかしら?」
はい、と頷いてみくるが続ける。
「たとえこの殺し合いで最後まで生き残ったとしても、この首輪がある限り私たちの命はあの二人に握られたままです。
そして、あの二人が最後まで生き残った人を本当に助けてくれるのかは誰にもわかりません。
だからこそ、主催に対する情報は命綱になります」
「それはわかるわ。それと北に行くことの関連性を知りたいの」
「パソコン、です」
「パソコン?」と小さく声を出して夏子は首をかしげた。
文明の衰退した夏子の世界にはそれでもある程度の機械は存在しており、パソコンと呼べるものも一応存在している。
だが夏子にとって、パソコンとは情報の入力、出力機器でしかない。
それと北に向かう意図との繋がりがよくわかっていないことに気がついたのか、みくるはあわてて言葉を付け足した。
「パソコンというのは……いわば、情報収集機器です。これはわかりますよね?
正確に言うとインターネットのほうが収集力が高いので私の目的はそちらなのですが、普通インターネットといえばパソコンで使うものですし……こちらにケータイがあれば別なんですけど、無線ネットワークが確立している保障がありませんから。
ちなみにインターネットというのは広義では複数のコンピュータネットワークというインターネットプロトコル技術を用いて相互接続された世界規模の――」
「あー、はいはい。えーと、要するにパソコンの中のインターネットとやらを使えば主催の情報が手に入る確率が高いってことね。
それと北の関連性は?」
「北の方には学校や図書館、警察署といったパソコンが置いてあるであろう施設が多いんです。
生き残るために主催の情報があれば、強い人と会っても交渉に使える確率が高い。
でも、私ひとりで行くには心もとないし、そのことを知っている人が多い方がいいと思ったんです。
だからこうしてお話しました。どうします?」
みくるの言葉に夏子はちらりと後ろを振り返った。
シンジはシンジで何か考えているようだったが、この議論に加わる気はなさそうだ。
彼が一人離れて行動することもないだろうと思い、夏子は答えを出した。
「いいわ、協力しましょう」
シンジがはっと目を見開くのがわかった。みくるは落ち着いたようすで微笑んでいる。
「ありがとうございます、では、さっそく出発しましょう」
「別にいいでしょう、シンジ君。君の最初の目標通りよ。
……ああそうそう、私は戦闘に巻き込まれている人間がいてもむやみに首を突っ込むつもりはないわ。
それでもいいわね?」
「……はい、かまいません。とにかく、情報が必要ですから」
屹然とした様子でみくるは言う。
シンジはその態度に気圧されたかのように、何かを言おうと開きかけた口を閉じた。
それは自分の願いが通った安堵なのか、それとも別の何かなのか。
わからないが彼を先ほど気落ちさせてしまったお詫びに、可能な限りは彼を助けてやろうと夏子は思った。あくまで可能な限りだが。
「それで、ここからどっちに向かって北に行く?」
「速さとしては直線状に突っ切ったほうがいいんですけど、山を登るとなると体力を消費しますよね。
安全に行くんだったからこっちの舗装された道から行く方法もありますけど……」
それだと時間がかかるかもしれない、と夏子は考える。
彼女の提案に乗ったのは、自分と同じく「ぱそこん」などについて何も知らない参加者がそういった施設を破壊するのを防ぐためもある。
これは人が減った終盤になればなるほど、戦闘の影響や苛立ちなどで損壊率が増えていく。
それに主催の情報を握るというのはかなりのアドバンテージだ。人殺し相手でも交渉できるかも知れない。
ならば出来るだけ早くそこに辿り着いたほうがいいだろうか。しかし体力の消耗は出来るだけ避けたい。
「そうね、だったら――」
地図を見ながらさくさくと葉を踏みつつ三人は進む。
森を知らない夏子にとっては、木々の葉は不気味に鳴る障害物にすぎない。
早くここを出たい、と闇をかき分けるようにランタンを掲げて夏子は思った。
◆ ◆ ◆
夏子と進む道準について語り合いながら、みくるは少し安心していた。やはり一人より二人、三人の方がいい。
それにこの夏子という綺麗な女性は受け答えを見るにかなり聡明なようだった。
そういった人間に対しては脅すよりも素直に頼み込んだ方が信頼を獲得しやすい。
思ったとおり、夏子はみくるの提示した案に賛成し、今後のことを見越して道順を考えている。
声をかけて良かった、とみくるは思った。
夏子とシンジには、まだ自分と主催――長門有希とのつながりについて話していない。
先ほどアスカという少女に「頼みこむ」時は脅しのニュアンスを含めるために利用したが、今は必要ないと思ったからだ。
そもそも自分とは違い機械利器のほとんど発達していない場所から来たらしい夏子。
パソコンの意味もわからず戸惑う彼女に対し、不必要なプレッシャーをかけるような発言は避けたかった。
後ろを行くシンジという少年もあまり気が強そうに見えない。主催とのつながりを明かしたら委縮する可能性もある。
いずれもっとお互いへの信頼が確立されてから言おう、そうみくるは心に決めた。
ちなみにみくるがパソコンを目指すのは、キョンに対して長門がパソコン越しに交信した過去があるからだ。
そもそも情報を操る存在である彼女が、その結晶体であるパソコンに対しアプローチをする可能性は高い。
彼女のとなりにいた男が誰かは知らないが、ごく普通の中年の男に見えた。
長門が何の感慨もなくハルヒやキョンをこんな状態に追い込んだとはどうしても考えられなかった。
何らかの圧力でこれを行っているなら、パソコンなどの中に何らかの情報を仕込んでいるかもしれない。
うまくやれば、長門とだけパソコン越しに会話できるかも知れないのだ。それを逃す手はない。
それに北は施設の関係から見ても人が集まりやすい。
SOS団のメンバーと出会える確立も、山中にいるよりは高いだろう。
時間を選ぶか、体力を選ぶか。
夏子と取りとめもなく地図を見て考えながら、みくるは今は遠いSOS団のメンバーに思いをはせる。
島を覆う暗闇の中で、彼らは一体今何を考えているのだろうか。
◆ ◆ ◆
目の前で長い亜麻色の髪が揺れ、甘い匂いが漂ってくる。
ごく普通の少年としてそれに惹かれながらも、なぜかシンジは言いようのない嫌悪感を朝比奈みくるに感じていた。
誰かに似ている、そんな気がする。だが彼女に似た知り合いは思いつかない。
がさがさと草を踏み茂みをかき分け、シンジは二人の後を追って進む。
その思考は不思議なくらいに静かだった。さきほど夏子に言われたことが堪えているのかもしれない。
ただ今は何だか無性に泣きたい気分だった。いや、友人が死んだのだからそれは当たり前なのだろうが。
死にたくなかった。でも、誰かが傷つくもいやだ。
だって、カヲル君は死んでしまったんだ。目の前で、LCLに溶けて。
シンジにとってカヲルはかけがえのない友人だった。アスカもレイも失ったシンジの、最後の拠り所。
そして何より、シンジは彼がとても好きだった。彼は優しい人だったから。
ひとに「臆病だ」とか「意気地なしだ」とか「男らしくない」と言われ続けたシンジの弱さを、カヲルは責めなかった。
むしろ硝子のように繊細だと、好意に値すると言ってくれた。
そんな優しい彼が、なぜあのおかしな男と少女に殺されなければならないのだろう。
あのおかしな男と、少女に――
「…………」
ふと、気付いた。
みくるはインターネットにあの二人につながる情報があるかもしれない、といった。
だが、インターネットに流れる情報というのはあくまで「誰かが流したもの」だ。
主催に対する情報が流れているとしたら、それは……主催の二人か、その関係者が流したものにほかならない。
こんなことをする人間が、はたしてパソコンに自分たちの情報なんて流すだろうか。
流す可能性があると言える者がいるなら――――それは、そいつと主催者との間につながりがあるからだ。
「…………っ!」
「ん?どうしたの?」
思わず足を止めたシンジに夏子が振り返る。その横では優しげな顔をしているみくるもいる。
「なんでもない、です……」
「そう?」
そう言ってくるりと前を向いた二人は、お互いの支給品などを見せ合っているようだった。
デイパックを置いてきてしまったシンジの荷物は煙玉だけなので、確認する必要もないということなのだろう。
何事かを話し合い始めた二人を見ながら、シンジは考えた。
朝比奈みくるは、主催者たちの仲間じゃないのか、と。
こういった場で主催が一番困ることは何か――それは参加者が殺し合いを放棄することだ。
たとえば、一か所に集まって全員が協力し、主催に対抗する。あるいは、ずっとどこかに隠れている。
そういった状況を崩すために、主催者が息のかかった人間を投入する可能性は低くない、いや、高いといってもいい。
その証拠に、この女は情報を餌に自分たちを激戦区になるであろう北に誘っているではないか。
ただ北に行かせようとすると、先ほどシンジが受けたような糾弾を浴びせられる可能性もある。
だからこそ主催の情報というおいしそうな罠で釣って、自分たちを殺し合いのただ中に巻き込もうとしているのではないか。
そう思うと、とたんにみくるの優しげな振る舞いがおぞましいものに見えてきた。
そして気づく。
こちらの意志を優先するようでありながら、その実自分の意思をどうにでも押し付けようとする態度。
一見親密に接しているように見えるが、本当は自分の内側に触れさせる気はないという振る舞い。
立ち上る、女の匂い。
(そうか、似てるんだ……ミサトさんに)
かつては親しみ深い人だと思った。こんな自分にも明るく接してくれる、いい人だと思った。
でも違った。結局ミサトは自分がかわいいだけだった。
自分の願いを人に押し付け、自分の本当のところには触れさせず、相手の本当のところに触れようともしなかった。
身勝手な女だった。いや、大人は父も上司たちもみんな身勝手だ。
レイの死に沈みこんでいた自分の手を握ろうと身体を寄せてきたミサトに感じた嫌悪感がわき上がる。
(この人も同じだ。ミサトさんと同じで、僕を利用したいだけなんだ)
夏子に言う気にはなれなかった。
シンジの考えを頭ごなしに否定した「大人」である彼女が、シンジの話を真摯に聞いてくれるとも思えなかった。
だからシンジは何も言わない。何も言わず、先を行く大人二人の今にも闇に呑まれそうな後ろ姿をにらみつける。
そうして歩くシンジの心の中には、誰かの声が誘惑するように響いていた。
―――優勝すれば、死んだ人を生き返らせることだってできる……
それはどこか、シンジの優しい友人の声に似ているような気がした。
【G-8 森/一日目・未明】
【川口夏子@砂ぼうず 】
【状態】健康
【持ち物】コンバットナイフ@涼宮ハルヒの憂鬱、デイパック、基本セット
【思考】
0.何をしてでも生き残る。終盤までは徒党を組みたい
1.碇シンジ、朝比奈みくると行動し、いずれかのルートで北の市街地を目指す。
2.シンジに対して少し申し訳ないので、ある程度は助けてやりたい
3.水野灌太と会ったら――――
【朝比奈みくる@涼宮ハルヒの憂鬱】
【状態】健康
【持ち物】 スタームルガー レッドホーク(6/6)@砂ぼうず、.44マグナム弾30発、不明支給品1(本人と夏子が確認済み)
デイパック、基本セット
【思考】
0.長門有希の真意を確かめる
1.川口夏子、碇シンジとともにいずれかのルートで北の市街地を目指す。
2.市街地についたらパソコンのある施設を探し、情報を探索。可能なら長門との交信を試みる
3.SOS団メンバー、キョンの妹と合流したいが、朝倉涼子は警戒
4.この殺し合いの枠組みを解明する
※信頼を得られたら、長門との関係について夏子たちに話すつもりです
【碇シンジ@新世紀エヴァンゲリオン】
【状態】左肘に軽い銃創、疑心暗鬼
【持ち物】七色煙玉セット@砂ぼうず(残り六個)
【思考】
0.死にたくない
1.朝比奈みくるに対し強い警戒心と嫌悪感、夏子に軽い不信感。「大人」全般への疑心
2.とりあえず二人と一緒に行動し、いずれかのルートで北の市街地を目指す
3.アスカと合流したい
4.優勝したらカヲル君が――――?
**時系列順で読む
Back:[[月夜の森での出会いと別れ]] Next:[[君、死に給うこと勿れ]]
**投下順で読む
Back:[[月夜の森での出会いと別れ]] Next:[[月下の狩猟者]]
|[[少年少女と、変態]]|川口夏子|[[碇シンジがああなったワケ]]|
|[[少年少女と、変態]]|碇シンジ|[[碇シンジがああなったワケ]]|
|[[時をかける少女?]]|朝比奈みくる|[[碇シンジがああなったワケ]]|
**静止した闇の中で ◆S828SR0enc
まるで底なしの沼に浸かっているかのように、闇は深かった。
空にやわらかに光る月はあれど、木々の群生する森の中では生い茂る葉にさえぎられ奥まで届くことはない。
気を抜けば自分の指先すらおぼつかない、粘性の高い黒々とした夜。
時刻は未だ未明、夜明けは遠く、あたりに街はなし。
全ては静かに闇の中に沈んでいた。
その闇の中に、ぽつりとともる灯りが一つ。
ランタンの灯を頼りに膝を突き合わせる形で、夏子とシンジは茂みの中に座り込んでいた。
不用意に誰かの目に触れるのを警戒して、ランタンの灯はお互いの顔が見える程度の強さにしかしていない。
そして、そのランタンの灯の中でシンジは自分の思考に深く沈みこんでいた。
「さて、どうしたものかしらね……」
大きくはないがよく響く夏子の声に、びくりと体を震わせてシンジは顔をあげた。
夢から覚めたような顔をしている。
夏子の言葉は実際そのままの意味と、思考を現実から剥離させたシンジへの覚醒の促しでもあった。
『死者の蘇生』
夏子が先ほど口にしたキーワードは、よっぽどこの少年の琴線に触れるものだったらしい。
考えてみれば当たり前のことで、今は亡き会いたい人がいる人間はきっと多い。
そういった人間を前にして不必要な希望や欲求を抱かせるのは下策だ。
相変わらず肝心なところがなってないわね、と夏子は心の中で少し反省した。
「あの、夏子さんはこれからどうするんですか?」
おずおずとした様子でシンジは問いかける。その中に、先ほどまではなかった媚びるような遠慮の気配が含まれていた。
雨蜘蛛に襲われたことによる興奮状態から脱したために、彼の素が出た、そんな風に思える。
しかし夏子が生きてきた砂漠において、他者の顔色ばかり窺うような人間はさほど長生きできない。
それゆえの戸惑いでとっさに言葉が出ず、夏子はその空白が彼をさらに委縮させる前に少し考えて答えを口にした。
「あなたはどうしたいの? ここは島の南側のようだから、施設が少なくて人と会うには不向きだけれど」
「え、それは……」
シンジは思う。
自分が死ぬのはとてもとても怖い。だが、誰かが死ぬのも怖い。
だったら戦うしかない。戦って勝つしかない。
だが戦うにしてもシンジの所有物はこの煙玉だけで、逃げることはできても戦うことが出来るわけもないのは明らかだった。
「すいません、地図を見せてもらえますか?」
シンジが質問を最後まで言葉にする前に、ひょいと地図が手渡される。予想していたかのようだった。
広げてみると、先ほど謎の男に襲われた採掘場が載っている。ということはここはH-7周辺のどこかだろうか。
確かに周りに施設は少ない。もう少しいけば博物館もあるが、それが戦いに有用な場所だとは思えなかった。
しばらく地図を見て、シンジはおもむろに地図の北側に指を突きつけた。
「北に行きましょう。警察署に行けば銃とか……もっと武器があるかもしれない。
それにホテルやデパートもあるから、きっといろいろな人が来ます。殺し合いたくないと思っている人も来るかもしれません。
ここから森を突っ切って、まっすぐ北の街に向かえば――」
「残念だけど、私は反対よ」
シンジの真摯な声に対して、返す夏子の言葉は冷たかった。
「そうね、あなたのそれはたぶん多くのひとが考えることよ。
北の施設に行けば人がいるだろう、武器や道具もあるだろう、ひょっとしたら自分を助けてくれる人がいるかもしれない。
……無力な人や小さな子供ほど、人やモノが集まる場所に行こうとするでしょうね」
「だったら、なおさら――!」
「だけどね、」
ぴしゃり、と夏子は言いきった。
「逆にいえばさっきの男――雨蜘蛛みたいな殺す気満々の奴らも、同じ思考をする可能性が高いわ。
北の施設には無力な子供をはじめとする参加者がたくさん集まるだろう、ってね。
そしてそういう奴らは集まる人間の事を考えて、強襲する用意をしたり一網打尽にするための罠を張ったりする。
そいつら相手に今の私たちの装備じゃ、返り討ちにされるのが関の山よ」
「だけど、それじゃ他の人たちが!」
「さっきも言ったでしょう。『自分が死んでもいいなら私は止めないわよ』って」
夏子の言葉に、シンジは先ほどと同じく口ごもるしかなかった。
人が死ぬのはいやだ。アスカが傷つけられたり、まだ小さな子供が死んでしまうのを想像するだけで震えそうになる。
それでも、それに輪をかけて自分が死ぬのはいやだ。傷つくのはいやだ。
シンジの葛藤を一蹴するかのように、夏子はすっと指を地図上に伸ばした。
「私はひとまず地図の真ん中を目指すつもりよ。
ここはこの緑のもののせいで視界が悪いけど、どうやら地図の真ん中に行くにしたがって地面が盛り上がっているみたいだから。
高いところからなら森の中でも街の中でも、大きな異常があったらすぐに見つけられる。
万が一敵が来ても、四方のどこか別の方向へ逃げればいい。
人を殺すような連中は意志の疎通が難しくなったら即仲間割れしかねないから、大人数で徒党は組まないしね」
「それってつまり……」
「そうよ。
人が死んで少なくなるまで様子を見ながら待つ。そういう意味よ。
それまでに強い力や武器を持った人間が殺し合いにのった連中を倒してくれるかもしれない。
残酷なことだとわかってはいるけど、生きるためには今はそれが一番だと思うわ」
「そんな!」
シンジの喉から悲鳴のような声が上がった。
「駄目ですよ!それじゃあ力のない人や子供はどうなるんです!?」
「運良く強い人間に保護でもされなければ、殺し合いが序盤のうちに皆死ぬでしょうね」
「そんなこと許されるわけないでしょう!
それに僕たちだって力はないけど、少なくとも会場にいたすごく小さな子供たちよりは大人です!
守ってあげるくらい――」
「無理よ」
夏子の声はやけに辛辣にシンジの心に突き刺さる。
いつだってそうだ。
こんなに言っているのに、こんなに頑張っているのに、みんな僕を認めてくれない。
シンジの中に広がった虚無に、夏子は言葉を突きつけていく。
「もう一度言うけど、私たちの装備はナイフと煙玉だけ。さっき二人とも逃げ切れたのは運がよかったからよ。
雨蜘蛛が何が何でも私たちを殺すつもりで追跡してきたら、とても無事では済まなかった。
そんな私たちが人殺しの集まりかねない場所に向かってどうするっていうの?
まして小さい子供なんて、保護するとしても足手まといにしかならないわ。
――それともあなた、強いの?このナイフ一本でさっきの男より強い奴に勝てる自信があるくらい?」
「う、」
強いか、と言われればシンジは口ごもるしかない。
エヴァンゲリオンにのって今まで何度も人類を救った、そう自負できる程度の戦績は上げてきた。
だが、エヴァンゲリオンにのっていない今のシンジはただの子供だった。
生身の戦闘訓練を受けたわけでもない、銃だって用意されたものをただまっすぐにしか撃てない、十五歳の子供でしかなかった。
「思い上がらないで」
夏子の言葉は、シンジの抱いていた小さな勇気を潰すには十分すぎた。
◆ ◆ ◆
荷物をまとめ歩き出してから五分、シンジは無言だった。
仕方のないことだ、と夏子は思う。自分でも言い過ぎたとわかっている。
それでもあのシンジの姿を見ていると、どうしてもその理想に活をいれてやりたくなったのだ。
かつては夏子もこんな人間ではなかった――ごく幼い頃の話だが。
もっと希望や優しさというものを信じていたし、人を信頼し助けようとしていたと思う。
だが、夏子はそういった思いやりというものが通じるのはごくわずかな優しい相手にだけだということを幼くして悟った。
たいがいの卑劣で自分本位な人間相手にそう言った感情を向けても利用されるだけだ。
利用されてみんなを傷つけて、そして自分が深く傷つき悲しむだけなのだ、と。
もしかしたら幼いころの何も知らなかった自分とシンジを無意識のうちに重ねていたのかもしれない。
シンジのひとの顔色を窺うような態度も、夏子の思想の上では唾棄すべきものだ。
たとえ他人を利用してでも自分の有利になるように動く、それしか生きていくすべはない。
その一方で、シンジの純粋さは夏子にとって決して嫌なものではなかった。
だから先ほど彼に向けた最後の言葉は、自分の身の程をわきまえなければ生きられない、という戒めを込めたつもりだった。
理想を口にしても、それを実行する力がなければ自分も他者も無駄に傷を負うだけだ。
辛辣な言葉を心に刻みつけることで、その難しさを彼にわかってほしかった。
だが、後ろを行くシンジの沈むさまを見るにそれは伝わらなかったようだ。言葉が足りなかったのかもしれない。
もう一度、きちんと言おう。
そう思って夏子は振り向きかけ―――ナイフを抜き放って立ち止まった。
「誰? 出てきなさい!」
夏子の声にシンジがはじかれたように顔をあげるが、夏子の視線は目の前の木立の闇から離れない。
あたりは静かに風が木の葉を揺らす音が聞こえるだけで、怖いくらいに無音だった。
そのまま、しばしの静寂が続く。
「な、夏子さん?」
「静かに、そこに誰かいる」
軍人の夏子はこういった奇襲の事態に対する訓練も受けていた。闇の中でも人がいるのがはっきりとわかる。
あと五秒数えて、反応がなかったら煙玉を投げて逃げよう。
そう思って数を心の中で数え始めた、そのときだった。
ガサリ、と音をたてて目の前の茂みが揺れ、女性が一人そろりと顔をのぞかせた。
「ごめんなさい、隠れるつもりはなかったんだけど」
現れたのは、女性の夏子から見ても恐ろしく魅力的な女性だった。
可愛らしさと美しさ、艶っぽさが絶妙の加減で配合されたような顔立ち。見事としか言いようのないプロポーション。
声も愛らしさと大人っぽさが美しく調和している。
後ろのシンジが思わず喉を鳴らしたとしても、別に不思議なことは何もないほどの美女。
しかしその手には不似合いに黒光りする銃が握られている。
「なんのつもり?さっきから私たちを見ていたでしょう」
「お二人がいろいろ考え込んでいたみたいですから、声をかけてはいけないかな、と思っただけです。
他意はありません。信じてください」
懸命に語るその声にはいじらしいものがあったが、あくまで銃は手放さない。
まさか獲物が目の前で死んでいくのを見たい殺戮者ではないだろうし、敬語を使っていても態度にしおらしさはあまりない。
話す価値はありそうね、と思い、夏子はナイフを下に下げた。同時に女性も銃を下げる。
「いいわ、話をしましょう。私は川口夏子、こっちは碇シンジ。さっき知り合ったばかりよ」
「私は朝比奈みくると申します。早速ですがお二人の事、聞かせてください」
みくるの言葉に、夏子は自分の生い立ちと事情をかいつまんで話す。
シンジもそれに続いたが先ほどに比べて覇気がない。やはり夏子の言葉が効いているのだろう。
二人の自己紹介が終わると次はみくるが自分の事情を軽く話し、一つの提案をした。
「お願いがあるんです。
これから一緒に、北の方へ行ってはくれませんか」
それは偶然というべきか、シンジの先ほど行った提案と全く同じだった。
思わず、といった様子でシンジが声をかける。
「それは、人を見つけて助けるためですか?たとえば子供とか―――」
「それもあるんですけど、」
みくるは柔らかながらも有無を言わせぬ強さで言葉を紡ぐ。
「私はこの殺し合いの、そして主催者たちの情報が欲しいんです―――生き抜くために」
したたかな女だ、と夏子は思う。
頼むにしても有益な情報をはなから明かしたりせず、こちらの興味を誘っている。
ある程度の狡猾さも備えていそうだし、しばし共に行動するには申し分ないくらいだ。
「どういうことか、聞かせてもらってもいいかしら?」
はい、と頷いてみくるが続ける。
「たとえこの殺し合いで最後まで生き残ったとしても、この首輪がある限り私たちの命はあの二人に握られたままです。
そして、あの二人が最後まで生き残った人を本当に助けてくれるのかは誰にもわかりません。
だからこそ、主催に対する情報は命綱になります」
「それはわかるわ。それと北に行くことの関連性を知りたいの」
「パソコン、です」
「パソコン?」と小さく声を出して夏子は首をかしげた。
文明の衰退した夏子の世界にはそれでもある程度の機械は存在しており、パソコンと呼べるものも一応存在している。
だが夏子にとって、パソコンとは情報の入力、出力機器でしかない。
それと北に向かう意図との繋がりがよくわかっていないことに気がついたのか、みくるはあわてて言葉を付け足した。
「パソコンというのは……いわば、情報収集機器です。これはわかりますよね?
正確に言うとインターネットのほうが収集力が高いので私の目的はそちらなのですが、普通インターネットといえばパソコンで使うものですし……こちらにケータイがあれば別なんですけど、無線ネットワークが確立している保障がありませんから。
ちなみにインターネットというのは広義では複数のコンピュータネットワークというインターネットプロトコル技術を用いて相互接続された世界規模の――」
「あー、はいはい。えーと、要するにパソコンの中のインターネットとやらを使えば主催の情報が手に入る確率が高いってことね。
それと北の関連性は?」
「北の方には学校や図書館、警察署といったパソコンが置いてあるであろう施設が多いんです。
生き残るために主催の情報があれば、強い人と会っても交渉に使える確率が高い。
でも、私ひとりで行くには心もとないし、そのことを知っている人が多い方がいいと思ったんです。
だからこうしてお話しました。どうします?」
みくるの言葉に夏子はちらりと後ろを振り返った。
シンジはシンジで何か考えているようだったが、この議論に加わる気はなさそうだ。
彼が一人離れて行動することもないだろうと思い、夏子は答えを出した。
「いいわ、協力しましょう」
シンジがはっと目を見開くのがわかった。みくるは落ち着いたようすで微笑んでいる。
「ありがとうございます、では、さっそく出発しましょう」
「別にいいでしょう、シンジ君。君の最初の目標通りよ。
……ああそうそう、私は戦闘に巻き込まれている人間がいてもむやみに首を突っ込むつもりはないわ。
それでもいいわね?」
「……はい、かまいません。とにかく、情報が必要ですから」
屹然とした様子でみくるは言う。
シンジはその態度に気圧されたかのように、何かを言おうと開きかけた口を閉じた。
それは自分の願いが通った安堵なのか、それとも別の何かなのか。
わからないが彼を先ほど気落ちさせてしまったお詫びに、可能な限りは彼を助けてやろうと夏子は思った。あくまで可能な限りだが。
「それで、ここからどっちに向かって北に行く?」
「速さとしては直線状に突っ切ったほうがいいんですけど、山を登るとなると体力を消費しますよね。
安全に行くんだったからこっちの舗装された道から行く方法もありますけど……」
それだと時間がかかるかもしれない、と夏子は考える。
彼女の提案に乗ったのは、自分と同じく「ぱそこん」などについて何も知らない参加者がそういった施設を破壊するのを防ぐためもある。
これは人が減った終盤になればなるほど、戦闘の影響や苛立ちなどで損壊率が増えていく。
それに主催の情報を握るというのはかなりのアドバンテージだ。人殺し相手でも交渉できるかも知れない。
ならば出来るだけ早くそこに辿り着いたほうがいいだろうか。しかし体力の消耗は出来るだけ避けたい。
「そうね、だったら――」
地図を見ながらさくさくと葉を踏みつつ三人は進む。
森を知らない夏子にとっては、木々の葉は不気味に鳴る障害物にすぎない。
早くここを出たい、と闇をかき分けるようにランタンを掲げて夏子は思った。
◆ ◆ ◆
夏子と進む道準について語り合いながら、みくるは少し安心していた。やはり一人より二人、三人の方がいい。
それにこの夏子という綺麗な女性は受け答えを見るにかなり聡明なようだった。
そういった人間に対しては脅すよりも素直に頼み込んだ方が信頼を獲得しやすい。
思ったとおり、夏子はみくるの提示した案に賛成し、今後のことを見越して道順を考えている。
声をかけて良かった、とみくるは思った。
夏子とシンジには、まだ自分と主催――長門有希とのつながりについて話していない。
先ほどアスカという少女に「頼みこむ」時は脅しのニュアンスを含めるために利用したが、今は必要ないと思ったからだ。
そもそも自分とは違い機械利器のほとんど発達していない場所から来たらしい夏子。
パソコンの意味もわからず戸惑う彼女に対し、不必要なプレッシャーをかけるような発言は避けたかった。
後ろを行くシンジという少年もあまり気が強そうに見えない。主催とのつながりを明かしたら委縮する可能性もある。
いずれもっとお互いへの信頼が確立されてから言おう、そうみくるは心に決めた。
ちなみにみくるがパソコンを目指すのは、キョンに対して長門がパソコン越しに交信した過去があるからだ。
そもそも情報を操る存在である彼女が、その結晶体であるパソコンに対しアプローチをする可能性は高い。
彼女のとなりにいた男が誰かは知らないが、ごく普通の中年の男に見えた。
長門が何の感慨もなくハルヒやキョンをこんな状態に追い込んだとはどうしても考えられなかった。
何らかの圧力でこれを行っているなら、パソコンなどの中に何らかの情報を仕込んでいるかもしれない。
うまくやれば、長門とだけパソコン越しに会話できるかも知れないのだ。それを逃す手はない。
それに北は施設の関係から見ても人が集まりやすい。
SOS団のメンバーと出会える確立も、山中にいるよりは高いだろう。
時間を選ぶか、体力を選ぶか。
夏子と取りとめもなく地図を見て考えながら、みくるは今は遠いSOS団のメンバーに思いをはせる。
島を覆う暗闇の中で、彼らは一体今何を考えているのだろうか。
◆ ◆ ◆
目の前で長い亜麻色の髪が揺れ、甘い匂いが漂ってくる。
ごく普通の少年としてそれに惹かれながらも、なぜかシンジは言いようのない嫌悪感を朝比奈みくるに感じていた。
誰かに似ている、そんな気がする。だが彼女に似た知り合いは思いつかない。
がさがさと草を踏み茂みをかき分け、シンジは二人の後を追って進む。
その思考は不思議なくらいに静かだった。さきほど夏子に言われたことが堪えているのかもしれない。
ただ今は何だか無性に泣きたい気分だった。いや、友人が死んだのだからそれは当たり前なのだろうが。
死にたくなかった。でも、誰かが傷つくもいやだ。
だって、カヲル君は死んでしまったんだ。目の前で、LCLに溶けて。
シンジにとってカヲルはかけがえのない友人だった。アスカもレイも失ったシンジの、最後の拠り所。
そして何より、シンジは彼がとても好きだった。彼は優しい人だったから。
ひとに「臆病だ」とか「意気地なしだ」とか「男らしくない」と言われ続けたシンジの弱さを、カヲルは責めなかった。
むしろ硝子のように繊細だと、好意に値すると言ってくれた。
そんな優しい彼が、なぜあのおかしな男と少女に殺されなければならないのだろう。
あのおかしな男と、少女に――
「…………」
ふと、気付いた。
みくるはインターネットにあの二人につながる情報があるかもしれない、といった。
だが、インターネットに流れる情報というのはあくまで「誰かが流したもの」だ。
主催に対する情報が流れているとしたら、それは……主催の二人か、その関係者が流したものにほかならない。
こんなことをする人間が、はたしてパソコンに自分たちの情報なんて流すだろうか。
流す可能性があると言える者がいるなら――――それは、そいつと主催者との間につながりがあるからだ。
「…………っ!」
「ん?どうしたの?」
思わず足を止めたシンジに夏子が振り返る。その横では優しげな顔をしているみくるもいる。
「なんでもない、です……」
「そう?」
そう言ってくるりと前を向いた二人は、お互いの支給品などを見せ合っているようだった。
デイパックを置いてきてしまったシンジの荷物は煙玉だけなので、確認する必要もないということなのだろう。
何事かを話し合い始めた二人を見ながら、シンジは考えた。
朝比奈みくるは、主催者たちの仲間じゃないのか、と。
こういった場で主催が一番困ることは何か――それは参加者が殺し合いを放棄することだ。
たとえば、一か所に集まって全員が協力し、主催に対抗する。あるいは、ずっとどこかに隠れている。
そういった状況を崩すために、主催者が息のかかった人間を投入する可能性は低くない、いや、高いといってもいい。
その証拠に、この女は情報を餌に自分たちを激戦区になるであろう北に誘っているではないか。
ただ北に行かせようとすると、先ほどシンジが受けたような糾弾を浴びせられる可能性もある。
だからこそ主催の情報というおいしそうな罠で釣って、自分たちを殺し合いのただ中に巻き込もうとしているのではないか。
そう思うと、とたんにみくるの優しげな振る舞いがおぞましいものに見えてきた。
そして気づく。
こちらの意志を優先するようでありながら、その実自分の意思をどうにでも押し付けようとする態度。
一見親密に接しているように見えるが、本当は自分の内側に触れさせる気はないという振る舞い。
立ち上る、女の匂い。
(そうか、似てるんだ……ミサトさんに)
かつては親しみ深い人だと思った。こんな自分にも明るく接してくれる、いい人だと思った。
でも違った。結局ミサトは自分がかわいいだけだった。
自分の願いを人に押し付け、自分の本当のところには触れさせず、相手の本当のところに触れようともしなかった。
身勝手な女だった。いや、大人は父も上司たちもみんな身勝手だ。
レイの死に沈みこんでいた自分の手を握ろうと身体を寄せてきたミサトに感じた嫌悪感がわき上がる。
(この人も同じだ。ミサトさんと同じで、僕を利用したいだけなんだ)
夏子に言う気にはなれなかった。
シンジの考えを頭ごなしに否定した「大人」である彼女が、シンジの話を真摯に聞いてくれるとも思えなかった。
だからシンジは何も言わない。何も言わず、先を行く大人二人の今にも闇に呑まれそうな後ろ姿をにらみつける。
そうして歩くシンジの心の中には、誰かの声が誘惑するように響いていた。
―――優勝すれば、死んだ人を生き返らせることだってできる……
それはどこか、シンジの優しい友人の声に似ているような気がした。
【G-8 森/一日目・未明】
【川口夏子@砂ぼうず 】
【状態】健康
【持ち物】コンバットナイフ@涼宮ハルヒの憂鬱、デイパック、基本セット
【思考】
0.何をしてでも生き残る。終盤までは徒党を組みたい
1.碇シンジ、朝比奈みくると行動し、いずれかのルートで北の市街地を目指す。
2.シンジに対して少し申し訳ないので、ある程度は助けてやりたい
3.水野灌太と会ったら――――
【朝比奈みくる@涼宮ハルヒの憂鬱】
【状態】健康
【持ち物】 スタームルガー レッドホーク(6/6)@砂ぼうず、.44マグナム弾30発、不明支給品1(本人と夏子が確認済み)
デイパック、基本セット
【思考】
0.長門有希の真意を確かめる
1.川口夏子、碇シンジとともにいずれかのルートで北の市街地を目指す。
2.市街地についたらパソコンのある施設を探し、情報を探索。可能なら長門との交信を試みる
3.SOS団メンバー、キョンの妹と合流したいが、朝倉涼子は警戒
4.この殺し合いの枠組みを解明する
※信頼を得られたら、長門との関係について夏子たちに話すつもりです
【碇シンジ@新世紀エヴァンゲリオン】
【状態】左肘に軽い銃創、疑心暗鬼
【持ち物】七色煙玉セット@砂ぼうず(残り六個)
【思考】
0.死にたくない
1.朝比奈みくるに対し強い警戒心と嫌悪感、夏子に軽い不信感。「大人」全般への疑心
2.とりあえず二人と一緒に行動し、いずれかのルートで北の市街地を目指す
3.アスカと合流したい
4.優勝したらカヲル君が――――?
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